スキルポイントとか、レベル数とか。ロープレの概念がそのまま現代にあればなぁ、などと考えながら書いた話です。
ぽりぽり。ぱり。ぱきっ。
コンソメ味のポテチを箸でつまみつつ、あいと茉莉の二人は隣り合ってモニタに流れるイベントシーンを眺めていた。
自分の秘めたる力を見いだされた凡庸だった主人公が、勇者適性の高い武器を手に取り巨大な敵を一薙ぎで討ち滅ぼす――簡潔にまとめると、そんなよくあるストーリーイベント。
「――――ロープレはいいわよね。ロープレは」
アニメ映像のイベントシーンが終わり、画面が暗転してフィールド画面に戻ったその時だった。茉莉の隣から、そんな呟きが聞こえてきたのは。
視線を隣に移す。クッションを抱いた親友は、目線はモニタにまっすぐに向きつつも、視線はどこか遠くを見ているようだった。
そしてその声はまるで、可愛い服を見つけたはいいものの、手が届く値段じゃなくてそれを眺めるしかできないときのような、そんな声で――いや、こいつの場合は服じゃなくてプレミアの付いた本か、と胸の中だけで修正。
「うん?」
親友がこんな声を出すときは、大体決まっている。目にした情報が、自分の中の何かに反応していじけているか、もしくはゲームの空想世界そのものが羨ましく思っているかのどちらかだけれど――。茉莉は続きを促して、反応を見てみることにする。
「そのこころは?」
視線は画面に向けたまま、胸の位置まで持っていたコントローラーを床にそっと下ろして、あいはふぅ、とため息をひとつ。
「ロープレってさ、自分のレベルが数値で一目で分かるし、どのくらいでレベルアップするかも分かっちゃうじゃない? 町の周辺でエンカウントする敵を何回倒せばいいかって計算もできちゃう。…………いいなぁって」
「あー、そういうこと?」
――そういえば。さっき『詰まってるからちょっと気分転換』とか言ってたなぁ。
操作していたキャラがレベルアップしたとき、小さく息を付いていたのはそういうことか、と茉莉は納得する。足踏みしているのだ、この親友は。そして目の前の主人公パーティが敵を惰性で倒していてもレベルが上がると言うことに、どこかうらやましさのようなものを持ってしまったのだろう。
この子、定期的に抱えちゃうからなぁ、と半分の慰めと半分の同情を込めた視線を親友に向けつつ、相づちを打つ。
「それでさ? キャラごとにステータスが設定されてるし、見えるじゃない? 得意属性も苦手属性も早わかり。……いいわよねぇ」
その声はテレビに向かっている。しかし本当に声が向いているのは――きっと自分自身なのだろうと茉莉は思う。
「しかも自分の得意な属性とか、武器の適正が分かるって本っ当素敵。そっちにスキルポイントを振っていればいいだけだもの。うまく活かせないところに振る必要も無いしさー? 得意なもの、客観的に自分で分かるって、いいよね。数値化されてたらもっといい」
胸に抱いたクッションに顎を埋めて、もうひとつため息。――結構重傷だなぁ。
ステータス、数値化、適正。
それをリアルの世界にもあったなら、すごく楽だなぁとは思う。だって将来のことを考えるときだって、自分のステータスが高い所をそのまま活かせる所を選べばいいだけだし、自分の弱い所からは逃げちゃえばいいだけだから。
ロープレをしている側からしてもそう。バランス型はバランス型で強いけど、やっぱり一点特化は強い。特化した強みを活かせる場所に投入して、そうじゃないところでは出さなきゃいい。
――でもそれはゲームの中であって、リアルじゃそんなことありえないんだよねぇ。
やれやれ、うちの勇者サマはなんというか、お悩みが多き年ごろなようでありますなぁ。
隣に悟らせないよう、心の中だけでため息をついて。そして茉莉は親友へなんて伝えようかと頭を巡らせる。
「……あんた、どらくえの一番最初のやつやったことは?」
「見たことも聞いたことも」
「じゃ、他のシリーズは?」
「……6を、少しだけ」
「そ、」
ならいいわ、と言って、茉莉はモニタの近くにあった本棚を物色し始める。
「これ見てよ、これ」
ぽんとあいの手の上に渡されたのは、ノート大の下敷き。そこには世界地図のようなイラストが描かれていた。
「あなたは勇者。ロトの勇者よ。そう言われてこのゲームは始まるの」
茉莉は広げた手のひらをモニタに向けて、勅命を言い渡す王のごとく語り出した。
「『勇者よ! 魔王を倒してくるのだ!』そう言われて、あなたは町から一歩踏み出すの」
そう言って指さしたのは、地図の中央部。砦のようなアイコンのすぐ右下の方には、別の島があり、同じように砦のアイコンがあった。そちらの方は紫色の地面に囲まれた城だったけれど。
そして茉莉は、指を右下にそっとずらす。紫色に囲まれた城を指差して、声を低くする。
「希望に満ちあふれた勇者。しかし町を出た勇者は、その倒すべき魔王の城がそびえ立っているのを目にするの。高くて禍々しくておどろおどろしくて、見るからに
ま、最初からいけるわけもないんだけどね、と笑いながら言って、そしてあいを指差す。
「目の前に、今のままでは到底、勝てない敵がいる城がある。旅立ちを志した勇者よ、これからあなたはどう動く? ――目の前の敵が強大すぎるからって、そこで冒険を終わらせる?」
鼻の頭を指差されたあいは、ぽかんとしたまま指先を見続ける。何を言われているのか要領を掴めないと言ったような、そんな顔。
「あんたは、目の前が見えちゃって、尻込みしちゃう勇者なのかって話。
ちょっと視点を変えれば、ちょっと歩き出せば、その目の前に乗り越えるのにちょうどいい
「そういう――」
「そういうことよ。レベルが分かって経験値を稼いでいればレベルが上がるからロープレはいい? ロープレなめんな。甘いこと言ってんじゃないわよばーか」
「ば」
あいに言い返せたのはそれだけだった。茉莉の勢いに一瞬だけひるんでしまったのがひとつ。そして――その言葉は、違う世界の話をしているはずなのに、やけに胸を射貫かれてしまったような気がしたから。
「どんなロープレだってねぇ、最初はレベル1なの。そして最初は弱い装備で弱い敵と戦うの。それがセオリーってもんでしょ。最初からはぐれめたるなんて存在しない、最初からレベル100なんてあり得ない。勇者は、ひとつひとつ敵を倒し、ひとつひとつダンジョンを突破し、町をめぐり、イベントをこなし、仲間を増やし、そしてまた町を巡り、成長していくの。どんな勇者だって、敵を倒そうとしなければ、レベルは1のまま」
ロープレの話をしているはずなのに、あいはやけに胸がじくじくと痛むのを感じていた。これはゲームの中の話。その、はずなのに。
「さて、ここで質問です」
茉莉はやけに大きく、明るい声を上げて指を一本立てる。その指をあいへと向け、問いを投げかける。
「旅だって道半ばの勇者は、とある中ボスに苦戦している。たったひとりの勇者は、ここからどうやって危機を切り抜けるのがいいでしょうか? 仲間を見つける、という選択肢は有りだけど、実際に中ボスと戦うのは勇者ひとりとする」
突然指差されたあいは目をきょろきょろさせながら、それでもなんとか答えを出そうとし。
「…………周りの敵を倒して、レベルを上げる?」
おどおどと、茉莉が欲しかった答えを口にした。
「分かってるじゃない。なんでしないのよ」
「?」
自分で導き出したはずの答えに、あいの表情はきょとんとしたまま。
茉莉は口元はにやけさせつつ、ため息ひとつ。髪と髪の間で広く開いた額に向けて、人差し指と親指で輪を作り、弾いた。
「ったぁっ!?」
「敵を倒して、積み上げてレベルを上げる。それだけのことじゃない。なんでしないのよ」
「いきなりなにすんの……。ゲームの、こと?」
「いいや、あんたのこと」
これでも言って分からないようなら、もう一回かましてやる。そう胸の中で思いながら、言葉を投げかける。
あんたがいろいろと悩んでる答えの解法を一つ教えてあげたんだけど、と。
結局のところは、それしかないんじゃない? と。
「中ボスを前にした勇者がすべきことは何か。あんたは分かってる」
指を立てて、そして行き先を示してやる。ちょくちょく自分で薄暗い路地に迷い込みがちな親友に。面白がって全力で走り回って、ちょくちょく息切れをする親友に。
「はぐれメタルを探すことじゃない。かといって宿屋で何もせず何泊もしていることでもない。
それ以上はもう言ってやんない。茉莉はゲームの中の話をする。それはあくまで茉莉がやっているゲームの中の話。
それでは、あいがやっているゲームは? その主人公は?
「…………そう、だね。うん、そうだよね!」
床に置いたコントローラー。スタートボタンが押されて、コマンド画面が現われる。
[セーブしますか?]
▼はい いいえ
「――ごめん、今日は帰るね!」
「あいあい」
帰るね、の後も。
あいあい、の後も。
言葉にはしない。けれど二人の会話の中には、言葉が隠されている。
ありがとう、も。
どういたしまして、も。
二人の中にだけ。