こちら、つごもり眼鏡店   作:みょん!

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それを鑑るための度数は

 とある町の、とある駅前。大通りに面した小さな眼鏡屋さん。

 そこはなんの変哲もない、どこにでもあるような眼鏡屋さん。

 ただひとつ。

 『あなたの価値観、直します』

 眼鏡屋らしからぬ張り紙が入り口に貼ってあること以外は――。

 

 

   それを鑑るための度数は

 

 

 ちりりん。

 つごもり眼鏡店の来客を知らせるドアベルが鳴る音で、店主の晦朔希は顔を上げた。

 彼女は大絶賛曲がった眼鏡のフレームを矯正するための作業中で、すぐに立ち上がって接客ができる状況ではなかった。

 彼女が経営するつごもり眼鏡店は個人経営であり、バイトを雇っていないこともあり、接客から修理まで、全てを彼女一人で行っていた。

 

「いらっしゃいま……あぁ、あいちゃん、いらっしゃい。今日は眼鏡の相談? それとも別の方?」

 

 時計を見ると午後の16時30分すぎ。店の入り口に居たのは、この店の常連客となっているあいだった。――常連と言ってもいつも眼鏡を壊す常習犯ということではなく、この店にある本が目当ての時が大半なのだけれど。

 

「うぅん、今日は借りてた本を返しに来たの」

「そう、じゃあいつものところに座って待ってて、こっちはちょっと手が離せなくて」

「ん、大丈夫。朔希さんは本業の方に集中してて」

 

 接客が必要な客でないと分かった朔希は、再び手元の作業へと集中し直す。納期まではまだ時間はあったとしても、本人曰く「締め切りに追われると上手く集中できなくなる」とのことで、早めに終わらせたい性分なのだ。

 あいはあいで勝手知ったる店の中。展示用の眼鏡置きを兼ねている本棚から、一冊の本を持ち出し、朔希の作業テーブルの前に座ってその本を読み始めた。

 ――かと思うと、10分もしないうちにふぅ、と息を吐き、本をパタリと閉じてしまった。三度の飯よりもお菓子と本が好きなあいらしからぬテンションに気づいたのか、朔希は作業の手を止め、向かいのテーブルに座っている悩み多き年頃の少女に声をかける。

 

「あらそれ。ちょっと前に神田の古本市で仕入れたシリーズだったんだけど、ノットフォーユーだったかしら?」

「うぅん。そうじゃない、そうじゃない、んだけど……」

 

 ――何か訳ありなようね。

 朔希は、頬杖を付いてふぅ、と再度ため息を付く若き執筆者の聞き手に回ろうと、休憩室に向かいマグカップを二つ取り出した。

 

 

 

 あいが深い深いため息をつく理由はこうだった。

 

 最近本屋に行くたびに文芸の大賞や賞を取った作品が文庫化されている。それに応募したけれど一次選考で落ちていたもののコンテスト名を見て胸が痛くなった。

 ではその大賞を取った物とはどれだけのものかと買って読んで見たものの、面白いのは確かに面白いけど、少し前の自分と違ってなんだか本が楽しめてない気がしてどうにもこうにもストレスがたまってそれでお菓子を食べる量が増えて体重が……嗚呼……。

 

 話をまとめるとこのようなものだった。

 

「食欲の秋だもの……秋味のお菓子とか一杯出てるし……」

 

 等と言っているのは、きっと話の本筋から気を反らせたいためだろう、と朔希は感じた。

 では話の本命は、と言えば。

 

「最近、本が楽しめてない、と」

 

 朔希がマシュマロ入りココアを飲むのを促しながら言うと、あいは唇を少しだけ尖らせて、ココアに口を付けながらこくりと頷いた。

 

「なるほどねぇ……」

 

 朔希は考える。あいは趣味で小説を書いているのは知っていた。しかし賞に応募するところまで行っているとは思っていなかった。とすると、あいが感じているのは……。

 

「ねぇ、あいちゃんって、本を読む時蛍光ペンとか使ってたりする?」

「――――! そんなとんでもない! 本は大事な宝物、本を読む時は汚れ一つ付けないようにポテチも箸で食べるよ!」

「そう、私はね、実は蛍光ペンで線をたくさん引いて、たくさん書き込みをした本が何冊かあるんだ」

「え…………」

 

 朔希は、あいが引いているのを感じた。

 それもそのはず。本好きであれば本は命の次にとは言わないけれどそれに近いくらい大事なもの。それに書き込みや線を入れるなんて普通の人がすることじゃ無い、普通の感性を持つ人だったらするはすがない、と。

 

「一応弁明するけど、汚してもいい用の二冊目よ、それ。一冊目の読む本の方は大事に大事に、傷一つ付けないように読んでるわ」

「あっ……そうなんだ。よかった。こっちにある本もそんなのだったらどうしようかと思った」

 

 ほっとした様子で再びココアに口を付けるあい。それから優しくテーブルの上にマグカップを置いたあいは首を傾げる。その顔は、「でもなんでそんな話をしたのだろう」と、言わずとも顔がそう語っていた。

 

「ね、あいちゃんって普通本を読む時って眼鏡を掛けてるよね?」

「うん、眼鏡がないと、私はまっすぐにも歩けないからね」

「うん、じゃあ、この眼鏡を掛けて、さっきの本を読んでみて?」

 

 朔希はつい先ほどまで掛けていた、作業用の、ゴーグルにも似た眼鏡を手渡す。

 本を開いて、その眼鏡を掛けた瞬間――「ぅわっ」と一言あげて、目を強く閉じた。

 

「何これ、度強すぎ……。タイトル文字の『宝』しか見えなかったよ……」

 

 あいから眼鏡を受け取った朔希はにっこりとほほえんで、そしてあいに言い聞かせるように、言う。

 

「あいちゃんは今、度が強すぎる眼鏡で本を読んじゃってるんじゃないかなって」

「…………どういうこと?」

 

 あいは朔希の例えがよく分からなかったようで、思わず首を傾げる。先ほどの一連の流れに意味があったのか、と頭にハテナマークを浮かべていた。

 

「あいちゃんは、その賞を取った作品の、物語全体じゃなくて、一字一句、構成や表現、キャラクターの語尾、そういった細かい部分を見て、『どこが賞をとったものなんだろう?』って思っちゃってるんじゃないかって思うの。それこそ、さっきの眼鏡で見たようにね、大きい文字で、一文字一文字ずつ」

「…………それは……」

 

 マグカップを持つ手。あいの視線はココアの水面に向いている。

 

「同業者は、物語、じゃなくて、作品、として見ちゃう節があるから、きっとあいちゃんはその状態なんだろうなって。自分と違うところはなんだろう。優れているところはなんだろう。そういう風に見ちゃうんだろうなって」

「…………じゃあ、もう……」

 

 ――今までみたいに本を楽しめないの? あいはがばりと顔を上げて、朔希の顔を覗き込む。悲痛な顔は、きっとここのドアをくぐったときにも浮かべていたのだろうな、と朔希は想像し、黙って首を振る。

 

「いいえ。あなたが掛けてる、強すぎる度の眼鏡を取っちゃうの。そして、自分にあった眼鏡で、本全体を、物語として『楽しめば』いいのよ」

 

 ――そして、ね。朔希はあいの額をつん、とつついて。

 

「分析をするなら、徹底的にすべきよ。それこそ、本がアンダーラインで一杯になるまで、ね。本を読むなら、自分に合った眼鏡で物語を楽しむ。もしくは、度を思い切り強くして作品として機械みたいに分解してみる。二つの眼鏡を使い分けるのがいいと思うよ」

「二つの……眼鏡……」

「そ。大賞を取るような話だもん、きっとそれだけの理由があるはずだよ。そして物語として面白い、フォーユーな話ならめっけもんだし、ノットフォーユーでも分解すればあなたの身になるものがあるかもしれないよ? ただね、二つをごっちゃにするといまのあいちゃんみたいになるから、物語を楽しみたいのか、分解したいのか、自分に言い聞かせてから読むといいんじゃないかな。私はそうしてるよ?」

 

 過去に体験して、乗り越えた人生の先輩として、悩み多き後輩ににっこりと笑ってアドバイスをしてあげる。

 マグカップを持つ手はそのままに。けれどその目には、さっき見たときとは違う、輝きが見えた気がした。

 

「…………ん、私……その作品読むの怖かったけど、まずは物語として読んでみる。いろいろ考えるのはそれから、だね!」

「そ。本は楽しい。それを忘れないようにね」

「うん、朔希さんありがとう! 借りてた本置いてくね。そんで、大賞取った本、面白かったら朔希さんにも貸してあげるからー!」

「うん、まってるよー」

 

 ココアをぐいっと一気飲みして、会いは少しだけ高い椅子を降りて、店の出入り口へと掛けていく。

 ちりりん、とドアが開く音がして、「おじゃましましたー!」と元気な声と共にドアがしめられる。

 午後五時。夕焼けをすぎて夜の帳が降りてくる頃合い。

 朔希は表通りに面した窓の前を走って行く若き創作者を見て、一人、ぽつりと呟く。

 

「色々見えちゃうのも、考え物だよね」

 

 朔希は店の外の電灯のスイッチを入れて、再び作業机へと戻る。

 今日の作業は、マシュマロ入りのココアと一緒に。




創作活動をしていると、他の作品と比べちゃう事って、誰にでもあるんだと思います。
本になったり、たくさんの評価をもらったものを見て、羨ましがったり、自分の実力と比べて悔しがったりして、その作品を楽しめなくなることがあるかもしれない。
そんな時は一度立ち返って、自分が掛けている眼鏡がどっちなのかを確かめてみるといいかもしれません。
作品を作品として楽しむか。
はたまた作品の良いところを分解して自分のものにするか。
「作品鑑賞は楽しい」その原点だけは忘れないように、していきたいですね。

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