猫がいる   作:まーぼう

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第10話

「えっと……どうかしたんでしょうか?」

 

 赤城は特に警戒もせずにそう言った。ま、赤城から見れば俺は部外者だしな。

 

「ああ、ちっとお前に話があってな」

 

 雪ノ下達は思い違いしているようだが、今回の依頼、と言うより五更瑠璃を巡るゲー研での騒動における主役は、五更と赤城の二人だ。

 高坂京介は、重要人物ではあってもあくまで脇役にすぎない。この状況で彼に接触したところで何の意味もないだろう。

 

「今日はどこまで遊びに行くんだ?」

「……なんでセンパイにそんなこと教えなきゃならないんですか」

「いや別に。ただ、ここ何日か毎日遊び歩いているみたいだからな」

「……!」

 

 赤城は俺の言葉にサッと顔を青ざめさせる。

 ギャラリーはキョトンとしているが、さすがに赤城は俺が何を言いたいのかを読み取ったようだ。

 赤城はここ数日の間、俺の言葉の通り部活をサボり、空いた時間でクラスの友達と遊び歩いているらしい。が、やはり後ろめたくは思っていたのだろう。

 

「……それは、その、色々用事とかあるんです、わたしにも」

 

 目を逸らしながら、ボソボソと聞き取り難い声で言い訳する。ということは、次は……

 

「別にいいじゃないですか。ていうか、ヒキタニセンパイには関係無いじゃないですか」

 

 やはりそう来たか。

 まず言い訳。次にお前には関係無い。そして責任転嫁が来て、最後には『みんなそうしてる』と、どこの誰だかわからない奴らに合わせて安心しようとする。

 

「大体わたしは初めから乗り気じゃなかったんです。それなのに無理矢理一緒にやれって。そんなんで真面目にやろうなんて思うわけないじゃないですか」

 

 リア充ってのは、追い詰められるとどいつもこいつも同じことをする。なるほど、確かに『みんなそうしてる』な。

 

「そんなの誰だってやる気なんか起きませんよ、ええ。わたしじゃなくたって、みんな反発するに決まってます」

 

 だが気付いているか、赤城瀬菜。

 わざわざ意識して口に出す時点で、そいつは『みんな』から外れているんだぞ。

 

「そうだな。みんなそうする」

 

 それがわからないというのなら、俺が教えてやる。

 

「元々一人でやってたことを、先輩命令でいきなり馬の会わない奴と二人でやれと言われて、しかも自分の作品を却下された挙げ句に嫌いな相手を手伝えと。そんなもん、誰だって逃げ出したいと思うよな」

「で、ですよね!?わたしは全然普通ですよね!?」

「ああ、普通だな。どこにでもいる、ごく普通のクズだ」

 

 絶句して固まる赤城に、容赦なく続ける。

 

「例えば車のまったく通らない道での信号待ち」

 

 お前らリア充は、自らを疑うことなく正義と諳じる。

 

「安全なことが判りきっているなら、わざわざ青に変わるのを待つ必要なんかないよな。多分、みんな信号を無視して道路を渡る筈だ。俺だってそうする」

 

 実際お前達は多くの場合正しく、強く、だからこそ他者から慕われ人が集まるのだろう。

 

「だけどそれは、赤信号を渡っても良いとルールが変わったわけじゃない」

 

 だがな、赤城。それは正しいから数が集まるのであって、数がいるから正しいわけではないんだ。

 

「『みんなそうしてる』。そんなことが何の言い訳にもならないことくらい、分かっているだろう」

 

 そこを履き違えている限り、お前達の強さ正しさは本物足り得ない。

 

 リア充は高みに居る。

 リア充は明るい舞台に居る。

 

 この表現は、実のところまったくもって正しい。

 リア充は実際、高く明るい場所に居るのだ。

 だからこそ低い場所、暗い場所からはハッキリとよく見える。そして逆に、明るい舞台上からは、暗い客席の様子は分からない。

 

 だが赤城。お前になら見える筈だ。

 光の中からでは見透せない闇の中が。

 高みからでは目の届かない谷底が。

 お前達が弱者と、敗者と、間違いだと蔑んだ者達の心が。

 闇に、谷底に堕ちた今ならば。

 戦いに敗れ、己れの弱さを突き付けられ、間違いを犯して自己嫌悪にうちひしがれている今ならば。

 お前達が畏れ忌み嫌う闇の中にあるモノが、お前達と何も変わらぬ人間だと解る筈だ。

 

「ま、折角ここまで堕ちて来たんだ。もうちょい見学してけや」

 

 

「何……言ってるんですか……?」

 

 赤城は怯えたように、震える声を絞り出す。

 

「見学ってなんですか……意味分からないこと言わないで下さいよ……」

 

 ろくに面識があるわけでもない相手に、突然ワケわからんことをまくし立てられれば、そりゃ面喰らうだろう。

 実際俺が言ってることに大した意味なんか無い。誰にでも言えることしか言ってないんだから。

 

「なぁ赤城。今の気分はどうだ?逃げ出して、投げ出して、遊び呆けているのは楽しいか?」

 

 だけどそれでもいいんだ。

 はっきりと伝わらなくても、連想さえしてくれれば。

 お前は真面目な人間だ。責任感のある人間だ。

 だから今苦しんでいる。自分を許せないでいる。

 苦しいだろう。悔しいだろう。惨めだろう。

 だけどその感情は、ぼっちが、俺のような人間が、五更瑠璃が、いつもお前達に対して抱いている感情なんだぜ。

 

「情けないよな。上から目線で偉そうなこと言って、自信満々で出陣してボロ負けとか」

 

 俺の心無い罵倒に、赤城はとうとう耳を塞いでへたりこんでしまう。だが俺は追撃の手を緩めない。

 

 お前達の強さは偽物だ。

 本当に強い人間というものは、己れの正しさのみを信じ、それ以外の全てを拒絶し、世界に戦いを挑み続けるような者のことだ。例えば雪ノ下雪乃のように。

 

 あるいは周囲と協調し、共鳴し、期待に応え続けながら、それでも自分の芯の芯だけは決して曲げない者のことだ。例えば葉山隼人のように。

 

 さもなくば周囲から拒絶され、敬遠されながらも己れを貫き、その上で尚他者に向けて手を伸ばし続けることが出来る者のことだ。

 例えば――五更瑠璃のように。

 

 五更はぼっちだ。

 雪ノ下ではなく、俺と同じタイプの、弱さ故に周りに馴染めない人間だ。

 五更はきっと、疎外され、除外されながら生きてきた筈だ。

 何しろあいつは中二病だ。それも、ほとんど初対面の俺に向かって平然とぶちかますくらいのガチ。

 使い分けが出来てるようには見えないし、それが無くても人付き合いが得意なタイプとは思えない。

 その様は、俺も元中二病だから簡単に想像出来る。材木座という現役の例もあるしな。

 だけどあいつは友達が居ると言った。高坂京介を好きだと言った。

 俺と同じ道を歩んでいるにも関わらず、友情を信じ、誰かを好きになった。

 

 愚かしいことだ。

 

 想いとは裏切られるものであって、報われることなど無いと、身に染みて知っている筈なのに。

 学習能力が無いのかと、そうも思った。

 だがそんな筈は無い。学ばない筈が無いのだ。苦しい想いをするのは自分なのだから。

 苦しむと知って、傷付くと知って、それでも手を伸ばす事がどれほど難しいか。俺はそれを良く知っている。かつてそれを諦めて、投げ出した結果が今だから。

 だからだろうか。俺は五更の想いを、普段なら鼻で笑う筈のそれを、美しいと思ってしまった。

 真剣で、懸命で、それこそギャルゲーのヒロインの如き一途な恋に、現実に存在する筈が無いと思っていた『本物』を感じてしまった。

 

 五更を、応援してやりたいと思ってしまった。

 

 要するに俺は、五更瑠璃という少女を、と言うより人間を気に入ってしまったのだ。

 万一、高坂京介が五更を泣かすようなことがあればぶちのめす。こっそりそんな誓いを立てるくらいには。

 弱いことが罪だとは思わない。俺だって弱いから。きっと他の誰よりも。

 だけど、いや、だからこそ、弱者が強者の邪魔をすることは許せない。

 

「バッタもんが本物の足引っ張ってんじゃねえよ」

 

 

 

「先輩、なんだかよく分かんないですけど止めてもらえませんか?赤城さん嫌がってるじゃないですか」

 

 突然脇から声がかかる。

 赤城の連れの女子だった。俺の暴言を見かねて割り込んできたのだろう。良い友達持ってんじゃねぇか。

 

「うちらこれから遊びに行くんで、邪魔しないでもらえます?赤城さん、行こ」

 

 言って、えーと、名前わかんね。ポニテちゃんで良いか。ポニテちゃんは赤城の手を引いて歩き出す。

 無論、そのまま行かせるわけにはいかない。俺は二人の前に立ちはだかった。

 

「どいてくれませんか。そっち行きたいんですけど」

「生憎だがそいつに用事がある。行きたきゃそいつを置いてけ」

「うちら赤城さんと遊ぶんです。先輩の都合なんか関係ないんですけど」

「奇遇だな。俺もお前らの都合なんかどうでもいい」

「な……!」

 

 引き下がる気配を見せない俺に面食らったようだが、ポニテちゃんはすぐに何か思い付いたようにニヤリと口元を歪める。

 

「良い性格してるじゃないですかセンパイ。空気読んで下さいよ。目付きやたら悪いし、もしかして友達いないんじゃないですか?」

 

 痛いところを突いたつもりなのだろう。少し得意気にも見える。

 だが甘い。そんな言葉が有効なのは、友達の数をステータスだと思っている奴が相手の時だけだ。俺クラスのぼっちにダメージを与えたかったら、雪ノ下レベルになってから出直してこい。

 

「確かに友達はいないが、空気を読めないってのは誤解だ」

「ハッ!やっぱり友達いないんじゃないですか。誤解?どこが!空気読めないから作れない……」

「俺は空気が読めないわけじゃない。読んだ上で無視してるだけだ」

「より酷いじゃないですか!?」

 

 この返事は想定してなかったらしい。狼狽えて辺りを見回し、いつの間にか結構な数が集まっていたギャラリーの一角に向かって声を上げる。

 

「ちょっと男子!ボケッと見てないで助けなさいよ!」

「エエッ!?俺ら!?」

 

 おそらくクラスメイトなのだろう。その他大勢に紛れていたチャラい感じの男子が悲鳴を上げた。

 

「普段調子良いことばっか言ってんだから女の子が困ってる時くらい助けなさいよ!」

 

 ポニテちゃんの声に注目が集まり、視線に押されるようにして二人の男子が渋々前に出る。

 初めは嫌そうにしていたが、俺を軽く観察して顔を見合わせるとニヤリと笑った。

 髪を明るく染めた、一年にしては背の高い、個性的なように見えて、その実無個性の極致のような典型的なリア充(笑)。

 こういう奴らは、注目を浴びるのは好きだが目立ちすぎるのは嫌と、実に面倒くさい性質を持っている。

 今回のイベントは、ヒョロい男一人(俺)を追い払って同じクラスの女子を助けるというもの。

 相手が先輩らしいことを差し引いても、程々に目立つには手頃だとでも思ったのだろう。揃ってニヤけながら近付いてきた。もうちょい年上を敬いたまえ君達。

 

「あー、センパイ?この娘ら迷惑してるみたいなんで消えてもらえません?」

「生憎俺は電球じゃないんでな。点いたり消えたり出来ねえんだ」

 

 凄めば引き下がるとでも思っていたのか。それとも単純にバカにされたと思ったのか。二人の顔からニヤけが消える。どうもカチンときたらしい。

 

「……センパイよぉ、俺ら見逃してやるって言ってんだよ」

「二人相手に敵うと思ってんのか?」

「思ってるが。試すか?」

 

 平然と答える俺に一瞬鼻白むが、すぐさま顔を赤く染めて俺の胸ぐらを掴み上げる。

 

「……オイ。一つ上だからって調子乗っててててて!?痛い痛い痛い痛いッ!?」

 

 そしてその次の瞬間には、俺がその腕を捻り上げていた。

 何が起きたのか分からずに固まっているもう一人に向けて突き飛ばすと、受け止め切れずにまとめて倒れ込む。

 

「邪魔だ」

 

 一言だけくれてやると、二人はヒッ!と息を呑んで抵抗の気配を消した。

 さっきのは昔テレビでやってた護身術。確か合気道かなんかで、指一本を掴んで軽く捻るだけで相手を制圧出来るというものだ。

 それを俺が脳内でアレンジしたものの一つで、今のは胸ぐらを掴まれた時用。理屈さえ理解してしまえば応用は利く。実際に使う日が来るとは思わんかったが。

 

 ……使わないと思ってたのになんでそんなもの考えてたのかって?聞くなよ……。ぼっちはそういうの、考えちゃうものなんだよ……。

 ちなみにこういうの考えると試してみたくなるもんだけど、友達いないからって妹で試すと親父から反撃が来るので注意。ちくしょう、奥歯折れるくらいおもくそブン殴りやがって……。

 

 まあ、とにかく何だ。内心でヒビってるようなガキに、開き直った俺を止められるわけねーだろ。

 男子二人があっさり撃退されたのを見て、ポニテちゃんが顔を青ざめさせる。だがそれでも赤城を見捨てる気はないらしい。気丈に俺を睨み付けている。

 ……ホント、良い友達持ってんじゃねえか。

 そろそろ潮時かと、どうやって退くか考えていた時のことだった。

 

 

「……何をやっているの、あなたは」

 

 

 後ろから聞こえた声に振り向くと、五更瑠璃が寒気のするような眼で睨んでいた。

 

「余計な真似はするなと、そう言っておいた筈よね。あの女もあなたの差し金なのかしら?」

 

 底冷えするような五更の声に、俺は思わず一歩下がる。

 迫力が異常だ。とんでもなく不機嫌らしい。

 あの女というのは由比ヶ浜のことだろう。一体何言ったんですかガハマさん。

 五更は俺の返事を待つことなく、スタスタと歩いて間を詰める。そして俺の前で一言。

 

「邪魔よ」

 

 今度は俺が息を呑む番だった。

 邪魔するつもりも無かったが、普通に気圧されて横に退いてしまった。

 

「……五更さん、その人と知り合いなの?」

 

 ポニテちゃんが五更に聞くと、五更はフンと鼻を鳴らして答えた。

 

「……知り合いと言えば知り合いね。二度ほど話したことがあるだけだけど」

「やっぱり!赤城さんが気に入らないからって知り合い使って嫌がらせとか、恥ずかしいと思わないの!?」

 

 強引過ぎるこじつけだが、ポニテちゃんにとって敵は一纏めにしておきたいのだろう。その方が楽だから。

 五更もそうした心理を理解しているのか、気に留めることも無く俺の横を通り過ぎる。

 

「下らない言い掛かりは止めてもらえるかしら。私は忙しいの。あなた達ごときに割く時間なんて無いのよ」

 

 そして赤城とポニテちゃんをも通り過ぎる。歯牙にもかけないとはこのことだろう。

 そんな五更が、赤城の脇でふと脚を止めた。

 

「……あと二日よ」

 

 振り向くことのないまま、背中越しに声をかける。

 

「二日以内に完成させるわ」

 

 一体何の話か。誰に向けての言葉か。それが解るのは、この場に三人だけだったろう。

 

「なん、で……」

 

 その三人の内の一人、赤城が五更の背中を見上げて弱々しく呟いた。

 

「言った筈よ。目にもの見せると。あなたはそこでそうして俯いていなさい」

 

 五更はそれだけ言い残し、足早に立ち去った。分かってはいたが、本当に忙しいのだろう。

 

 目にもの見せる。

 

 誰に、何を。いつの話なのか。俺にも分からない。

 それを知っているであろう赤城瀬菜は、五更の立ち去った方を呆然と眺めている。

 同じくそちらを見ていたポニテちゃんが、唐突にくるりと俺に顔を向け、改めて睨み付けてきた。

 俺は小さく両手を上げて降参のポーズを取る。そのまま背を向けて、学校の方へ歩き出す。

 俺が居なくなると同時に、ギャラリーの何割かが赤城に殺到する。赤城のお友達とやらなのだろう。

 これだけの数の目の前で苦しんでいたというのに、実際に手を差し伸べたのはたったの一人だけ。やはりリア充なんてろくなものじゃない。

 それとも嵐が過ぎ去ってから一緒になって陰口叩くのが友達ってものなのかね。

 そんな関係性を至上と考え、今も一丸となって俺に敵意を向けてくるその集団に吐き気を覚える。

 だけど、たった一人だけでも、本当に苦しい時に寄り添ってくれる相手が居るというのなら、それほど捨てたものでもないのかもしれない。

 赤城、他の奴らはどうか知らんけど、ポニテちゃんだけは大事にしとけよ。

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