猫がいる   作:まーぼう

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第11話

 部室に戻ると屍が二つ転がっていた。

 二つの死体は勿論由比ヶ浜と雪ノ下のものだ。

 転がっていたと言っても床に横になっているわけではなく、まあ何と言うか、全てを出し切った矢吹さんを想像してもらえれば大体合ってると思う。もっともあんな爽やかさは微塵も感じられないが。

 

「……おーい、生きてるかー?」

「スイーツ(笑)……クソビッチって……なんで3号なの……?」

「怯えた……この私が……?信じられない……姉さん以外にあんな人がいるなんて……」

 

 声をかけてもこんな調子でブツブツ繰り返すだけでロクに反応がない。

 つうか正直、由比ヶ浜の方はある程度予想通りなんだけど、雪ノ下までこんな有り様ってどういうことよ?

 確か高坂京介の幼馴染みと話しに行ったんだよな?一体何者だよ幼馴染み。心に魔王でも飼ってんの?ベルフェゴールさん?

 まだ見ぬ田村先輩とやらに密かに戦慄を覚えつつ、今日はもう部活にならんだろうと帰り支度を始める。

 とは言っても、読みかけのまま放り出したラノベを鞄に突っ込めばそれで完了だ。後は二人が正気に戻るのを待たなければならないが、まあそれほど時間はかからないだろう。多分。

 窓からゆっくりと沈みゆく夕陽を眺めつつ、なんとなく昔のことを思い出す。ふと、ため息が漏れた。

 

「……久々にやっちまったな」

 

 

 

 

 それから二日。

 一年生を中心に、『やたら目付きの悪い上級生が一年の女の子を公衆の面前でいじめて泣かせた』という噂が駆け巡った。それはもう、セクハラ先輩の噂を塗り替える勢いで。

 赤城自身には話を広める気が無かったことと、俺の名前を間違って覚えていたのが幸いしてか、俺個人のことは特定されてないようだ。

 噂の内容が『目付きが悪い』というのもポイントだ。これが目が腐ってるだったら一瞬で特定されてた自信がある。

 

 雪ノ下と由比ヶ浜も、ダメージは抜けきっていないようだがどうにか復活した。

 五更の宣言通りなら、今日にはゲームは完成する筈だ。確かコンテストの締め切りにはまだ一週間ほどあったと思う。

 真壁の話だと、二人でやってギリギリ間に合う作業量だった筈。

 つまり五更が並外れて優秀だったということか。

 いや、手伝いに入ったという高坂京介が、予想より使える奴だったという可能性もある。それとも完成を優先してクオリティーを下げたか。

 何にしても、赤城は結局部活には出ていないらしい。

 雪ノ下達は今度こそ手出し出来なくなったらしく、ただ状況を見守るばかり。

 つまるところ、奉仕部は五更に対して何もしてやれなかったことになる。情けない限りだ。

 

 

 購買での激戦の果てに手に入れたいくつかの戦利品を持って、ベストプレイスを目指して歩いている時の事だった。

 階段で見知った顔を見かけた。五更だ。

 急いでいるのかやたら早足で、俺に気付くこと無く歩み去っていった。

 そしてその直後、五更を追いかけてか高坂京介が走り抜けていき、さらにその後から由比ヶ浜が現れた。

 

「なんかあったのか?」

「あっ、ヒッキー」

 

 声をかけると由比ヶ浜は立ち止まった。

 由比ヶ浜によると、雪ノ下と部室で今後の相談をしながら昼食をとっていたところ、下の階、要はゲー研の部室が妙に騒がしい事に気が付いたらしい。

 様子を見に行くと、五更と高坂京介が部室から飛び出してきたので、慌てて追いかけてきたそうだ。ところで昼休みの相談って何?俺そんな話聞いてないんスけど。

 

「んじゃ、何があったかは分かんねえんだな?」

「うん。ゆきのんがゲー研に話聞きに行ってるけど……」

「どうも五更さんのゲーム制作でトラブルが発生したようよ」

「あ、ゆきのん」

 

 追い付いた雪ノ下が、現れるなり説明を始めた。

 

「終盤の調整の段階になってプログラムにバグが出たらしいわ。直せないものではないみたいだけど、コンテストに間に合わせるのは難しいそうよ」

「そんなぁ……。五更さん、せっかくガンバってたのに……」

 

 まあ仕方ないだろ、とは言えなかった。

 実際、ゲーム作りにこういう状況は割とよくあるらしいのだが、だからと言って、努力の成果が試される機会すら得られずに潰えるというのは、見るに忍びない。

 

「んで、五更はどこに向かってるんだ?」

「それがよく分からないのよね。期限までに直すのが難しいと聞いて、急に飛び出して行ってしまったらしくて……」

 

 ふむ……。この先は一年の教室だ。もしかすると……

 

「……多分、五更の教室だ」

「何故?」

「真壁も部長も高坂京介も部室にいたんだろ?関係者はあと一人じゃねえか」

「そうか、赤城さん……」

「行ってみよう!」

 

 由比ヶ浜が返事を待たずに駆け出す。俺はそれを見送って小さく手を振った。

 

「おー、行ってこい」

「……あなたは行かないの?」

「もう手出ししないって言っちまったからな」

「……そう」

 

 それだけ言って、雪ノ下も由比ヶ浜の後を追った。

 まあ、ホントはこないだやらかしちまったから近付きたくないってだけなんだけどな。

 正直気にはなるが……仕方ない。俺が顔出したらこじれるかもしれないし。

 俺は後ろ髪を引かれつつ、飯食う場所を探して歩き出した。

 

 

 俺はフラフラと歩いて、いつものベストプレイスではなく、裏庭に来ていた。以前に五更と話したあのベンチだ。

 ……なんだかんだで未練タラタラだな。我ながら気色悪い。

 飯を食う気も、ベンチに腰掛ける気も起こらず、校舎に背を預けてぼんやりと空を見上げる。

 と、唐突に人の気配がした。

 慌てて身を隠す。

 隠れてからそんな必要は無かったと気付くが、今回はそれで正解だったようだ。

 

「まったく、人目を考えてくださいよ……!……信じられない」

 

 現れたのは赤城と五更だった。

 さらに向こう側には高坂京介の姿もある。もっともこれは、二人に介入する様子は見られないが。

 

「……どうしてそこまでするんですか?あんな、大勢の前で頭を下げて――」

 

 赤城は苛ついた様子で五更の腕を引き、自分の身体でサンドイッチするように校舎に押し付ける。

 

「それにあたしには、関係ないでしょう?……風紀委員にもスカウトされてるし、もうあんないい加減な部活、辞めるつもりだったんですよ」

 

 拒絶。

 五更は掴まれたままだった腕を振りほどき、触れ合う程に顔を近付けて睨み付けた。

 

「……私は、どうしても、ゲームを完成させたいの。そしてできることなら、コンテストで入賞したい」

「そんなことは分かってます!あたしが聞いてるのは、どうしてそこまでするのか、です!なんですか?あなた、コンテストで入賞しないと死ぬ呪いでもかかってるんですかね!どうにもあなたのその態度を見ていると、そうとしか思えないんですけど?」

 

 赤城は嫌味を吐き出すが、言っている彼女の方が苦しそうに見える。

 五更は赤城の言葉に対し「近いわ」と答えた。

 

「一度自分が始めたことは、最後までやり遂げる。目標を高く掲げ、全力を尽くす。誰かさんを見習って、私はそうすると決めたのよ。そうしないと、私は、ずっと負け犬で――穢らわしい怨念を抱えたまま、悠久の時をさまよい続けなければならない。そんな無様は、私のプライドが許さないの」

「……何を……言ってるんです?」

「今は遠くへ行ってしまった、大嫌いな友達の話よ」

 

 以前言っていた友達のことだろうか。そう何人も作れる奴とは思えないし。

 

「それってもしかして……プレゼンであなたが言ってた、一泡吹かせてやりたい相手?」

「……ええ、そうよ……足下に跪かせて、靴を舐めさせてやりたいの。そのためには、みっともなくても無様でも、最後まで全力で足掻かなくては」

 

 五更は薄笑みを浮かべ、舌舐めずりする。

 

「まったく……。私をこんな気持ちにさせるなんて……。奴にはしかるべき報いを受けさせなければならない。勝ち逃げなんて許さないわ。次に会ったとき、必ずほえ面をかかせてやる」

 

 次に会うときに、胸を張っていられるように。

 なんとなくだが、そう言っているように聞こえた。

 

「だから――」

 

 五更は赤城を真っ直ぐに見据える。

 

「どうか私に協力して頂戴、赤城瀬菜。これで足りないというなら、土下座でもなんでもするから」

「五更さん、あなた……」

 

 赤城は困惑した様子で五更を見つめた。

 

「どうしてさっきから、あたしを一言も責めないんです?自分で言うのもなんですけど、あたしって最悪じゃないですか。プレゼンで負けたのに、あなたの企画が気に入らないからって、逃げ出して――そのうえあなたに先に頭を下げられて……」

「どちらが悪いとか、どちらが先に謝るとか、そんなことより、もっと大事なことがあるわ。大切なのは、私があなたと一緒にゲームを作りたいということ」

 

 それはきっと、五更の本音だったろう。

 追い詰められたからこそ出て来た、素直な言葉。

 

「仲間というのは、なかなかどうして凄いものよ。自分だけじゃできないことでも、二人なら――三人なら――できるかもしれない。一人じゃ心細くて足を踏み出せないときでも、二人なら勇気を出せることもある。頑張っても頑張っても報われなくて、なまじ努力を重ねているぶん見返りを期待して……それでも結果が付いてこなくて……頑張ったぶんだけ裏目に出て……辛くて泣いてしまいそうなときでも……支えてくれる人がいれば耐えられるって、分かった。なんでもない一言だけで……報われるって、分かった。……うん、そう……そうね――」

 

 一瞬だけ――それが何を意味していたかは分からない。けれどほんの一瞬だけ、五更は確かに微笑んだ。

 五更はぼっちだ。そしてぼっちであることを誇っていたと言った。

 五更は俺と似ているんだ。それなのに。

 

「仲間がいれば、私はまだまだ頑張れるのよ。最近分かったことだけど」

 

 だから、一緒にゲームを作りましょう。

 頬を染めながら、それでも真剣な表情で、五更はそう言った。

 俺には決して言えない筈の、けれど、五更にならもしかしたらと思っていたその言葉を。

 

「……そーですか」

 

 赤城は肩を落として脱力し、あはは、と力なく笑った。

 

「それで?ゲームデータは、部室ですか?」

 

 俺はその言葉を聞いて、身を隠したまま静かにその場を離れる。

 二人の邪魔をしないためには遠回りしなきゃならんが……まぁ仕方ないだろう。

 

「あら、手伝ってくれるの?」

「手伝いませんよ」

 

 その後の展開は見なくても分かる。友情物のお約束だ。

 

「一緒に作るんでしょう?」

 

 

 

 

 それからのことを簡潔にまとめよう。

 

 結論から言うとコンテストには間に合った。

 一体どんな魔法を使ったのか、赤城は期限までには直せないと言われていたバグを、ほんの僅かな期間で修正してしまったらしい。

 それで余裕を持ってエントリーしたのかと言うとそんなこともなく、時間があるんだからもう少し改良しよう、という話になったらしく、それまで以上の修羅場を経て、結局ぎりぎりになったそうだ。

 真壁曰く、締め切り前日はまさしく地獄だったそうだ。実際にどんなもんなのかは想像できんが、改めて働きたくないと思ったもんだよ。

 肝心の五更と赤城の二人だが、相変わらずケンカばかりだそうだ。が、それでも互いに認め合っている。そんな風に見える。

 あれだけぶつかり合って、否定し合って、それでも並び立つことができるのなら、それはきっと本物なのだろう。俺は、本物は否定しない。

 

 そして奉仕部はというと、小町によってもたらされた新たな依頼に体制をシフトさせていた。

 なんでも小町にたかるゴミムシの姉が不良化してるとかなんとか。その姉が総武校の生徒なんだそうだ。

 

「結局あたしら、今回全然役に立たなかったね」

「そうね。出る幕が無かったと言う方が正確かしら」

 

 まさに雪ノ下の言葉通りだ。

 俺達のしたことは全て徒労。五更は奉仕部の力も、高坂京介の力も借りることなく、自らの力で状況を打破してみせた。

 結局のところ、一番初めに出した判断、すなわち『手助けの必要無し』というのが正解だったらしい。

 だがまあ、助けが要らないというなら、それが一番良いのだろう。昔読んだラノベに、医者が暇なのは皆が健康な証、なんてセリフもあった。

 

 だから。

 

「ま、たまには役立たずってのも良いんじゃねーの?」

 

 

 

 

 6月に入って少しが経った。

 なんかやたらと色々あったお陰でしばらくぶりのベストプレイス。

 久々にここで飯を食うことにしたのだが、少しは落ち着けるかと思ったらさっぱりだ。

 

 あのゲー研での騒動の後、新たに持ち込まれた依頼。それに一段落着いた直後のことだ。

 俺のごく個人的な事情から、奉仕部内での空気がおかしくなった。由比ヶ浜が、部室に顔を出さなくなった。

 俺は別に悪くない。と言うか誰も悪くない。誰も悪くないからこそ、どうにも出来ない。

 

 購買で買ったヤキソバパンにかじりつく。

 味がしない。あの、職場見学での別れ際に見た、由比ヶ浜の涙が頭から離れない。

 処理出来ないイライラを募らせながら、味のしないパンを咀嚼していると、コツン、と背後から足音が聞こえた。

 

「隣、いいかしら?」

 

 振り向くと五更瑠璃が、無表情に俺を見下ろしていた。

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