サブタイ、アクションその他もろもろボクが大好きなポケモンのマンガを参考に書いていきたいと思います。
また、同じタイトルで小説を投稿される方がいらっしゃると思います。ぜひとも検索をかけて読まれてみては如何でしょうか。
「夢と希望の物語は、そうそう安売りされてない」
少年は言った。高くてもいい、売ってくれと。すると男は笑った。
夢と希望の物語は、実はお金でも取引されてないんだと。
ならば、どうすれば手に入るのか。
男は答えなかった。ただ薄ら笑いに見える笑みを貼り付けるのみだった。
「反面、悪夢と絶望の物語ならば売るどころかばら撒かれている。無料で配布だ」
そんなものはいらない。どうしてもポケットに、その怪物が入ってくるのなら。
「夢と、希望に満ち溢れれれれれれれ…………」
下を見る、緑が見える。正確には、木の群々が見える。しかも木の頭の天辺までしっかり眼下に広がっている。
上を見る。空が見えた。しかし付け加えるなら岩肌の方が多く見えた。
「たっけえぇえええええええええええええええ!!!」
俺は今、断崖にへばりついていた。俗に言うロッククライミング中だ。
「ダイお兄ちゃん! 大丈夫ー!?」
「へ、へいきへっちゃらだぜ! バカ言っちゃいけねぇ! こう見えて俺はエイパムから生まれたと評判の木登り坊主だったんだぜぇ……いや、木登りと崖登りは一緒にしちゃいけねえと思うんだけど」
指が岩の角を思い切り掴む。間髪入れずに脚を次の突起に引っ掛ける。そうして、どんどん高度を上げていく。先人は偉大だ、高いところにいるときは下を見るなと言ったそうだ。その知識にあやかって俺は前だけを見て昇っていく。
そもそも、なぜ俺がこんな無謀なロッククライミングに挑んでいるのか説明するとしよう。ただ時間が少々遡るのと、俺の自己紹介が必要になるな。
俺の名前はダイ。ただのダイってわけじゃないけど、ダイっていえば俺って伝わるだろ? ならそれでいいじゃんか。
生まれはオーレ地方のアイオポートって場所だ。まぁオーレの中では有名な場所なんだけど如何せん、野生のポケモンが少ないことでまたしても有名な地方だ。最近ではちっとはマシになって、道を歩いてりゃ遭遇するくらいにはなってるんだが、その情報はどうやら他の地方のテレビには映らないらしい。ちなみにその情報はオーレの近くにあるイッシュ地方を旅しているときに知った。
さておきだ、俺は様々な地方を渡り歩いている。というのも、いろいろ事情があって地元にいられなくなったっていうか。こっちは説明しようとすると日が暮れちまうどころか明けちまう。
とにかく、だ。このラフエル地方にはラジエスシティにある港から入った。新しい土地、やっぱり心はときめくもんだ。男の子はいつだって冒険家さ、たとえ未熟でも。
そう、俺が未熟を感じる瞬間は多々ある。例えば、ロッククライミング中に脚を踏み外したりした時だ。
「やべっ!」
下の方で短い悲鳴が聞こえてきた。踏み外したわけではない、ただ俺の体重を岩の端が支えきれなかっただけだ。なんとか腕の力を使って体勢を立て直す。
そうだった、なんで俺がこんな崖をよじ登ってるかだったな。
ラジエスシティから出た俺は少し南下し、リザイナシティとハルビスタウンの間にある"ハルザイナの森"にやってきたのだ。すると、だ。もうすぐ森の入口だって、ところで今下で俺を見上げている女の子と出会った。
彼女はハルビスタウンに住む子で、名前はミエル。この森にはオレンの実を探しに来たらしい。どうやら、彼女の家で育てられているジグザグマの身体の調子が悪いらしい。オレンの実は知っての通り、どこにでも生えてる割に万病に効く木の実として有名だ。
ただ、最近ハルザイナの森は木々が育ちすぎたせいもあってか、陽の光と水が遮られ殆ど木の実が育たない環境になっていた。土の味でわかったが、陽の光さえあればいくらでも木の実が育つ土地だった。
だが、ハルザイナの森の外れにある断崖。そこの上ならば陽の光を受けたオレンの実が育っていると睨んだ俺はすかさずにクライミングを開始した。さっきも言ったがポケモンも使わずに。
もちろん理由はある。俺の手持ちのポケモンに、俺を乗せてほぼ垂直の崖を登れるほど大きなやつがいないからだ。
「……なんで、俺はこうして自分の身をすり減らして死ぬかもしれない可能性から目を逸らしながら、悪夢と絶望の物語を夢と希望の物語に書き換えるため、奮闘しているのであった」
モノローグをブツブツ呟きながら、俺は上を見る。もう少しで登れるはずなんだ、ミエルにオレンの実を渡すためにも。そして、彼女のオレンの実を待っているジグザグマのためにも。
歯を食いしばり、次の突起に向かって手を伸ばした――――
――――その時だ。不意に影がさした。
「うわぁあああああああああああああああああっ!?」
「あ、アブねぇ!!」
人だ、人が落ちてきやがった!!
間一髪、その男は命綱を上で結んでいるらしく、俺を巻き込んで落下するという最悪中の最悪を避けることは出来た。しかし急に命綱が腹を締め付け、男が悲鳴を上げる。そしてだらんと垂れ下がった上体から、カバンがずるりと落ちてきた。
「ヒィッ!?」
そこからは、なんというか、コンマの世界だった。落ちてきたカバンのヒモに腕を徹してキャッチするとすかさず岩を掴む。
「ありがとう……そのカバンには大切なポケモンたちが入ってるんだ……」
「い、いやいや今そういう話してる場合じゃないから。なんであんたこんなところから落っこってくるんだ?」
尋ねてみると、ラフな格好に白衣の男は苦笑しながら言った。
「ぼ、ボクは見習いのポケモン博士として、遠縁のオダマキ博士を師事しているんだ。名前はヒヒノキ、みんなはヒヒノキ博士って呼ぶよ」
ヒヒノキ博士っていえば、確か最近フィールドワークで様々なポケモンの生態系を調べて名を上げてる博士だったはず。ってことは、今日ここにいるのもフィールドワークの一環ってわけだ。
じゃあ、落ちてきたのはたんに事故? だとしたらずいぶんとツイてないんだな、ヒヒノキ博士。
「あっ、しまったッ! そういえば追われているんだ!」
「はぁ?」
そう言って上を向いた瞬間だった。白い何かが俺とヒヒノキ博士を狙って放たれた。しかし俺の真上にヒヒノキ博士がいる形でぶら下がっているので、放たれた何かはヒヒノキ博士を包み込んだ。
するとそれはあっという間にヒヒノキ博士の身体を絡めてしまった。暴れれば暴れるほど、ヒヒノキ博士に絡みつくそれはまさに、
「蜘蛛の糸だ……」
ヒヒノキ博士が上を見た。するとそこには、毒々しい色の蜘蛛のようなポケモンがいた。
「"アリアドス"……ッ!」
一匹の大きなアリアドスが口から糸を出し、ヒヒノキ博士を捉えていたのだ。なおも糸を出し続け、ヒヒノキ博士はどんどん雪だるまみたいになっていく。
「き、君! 戦えるポケモンはいないのかい!?」
「いるけど、手が塞がってる」
少なくとも、ちょっと動いただけでも落ちそうなのだ。回避行動なんか取ってられない。
「な、なら私のカバンの中にいるポケモンで戦ってくれ! っていうか早く助けてくれ~!」
「わかったけど、手が塞がってる」
「この薄情者め~!!」
確かアリアドスは絡め取った獲物の体液を後で丹念に啜るんだったよな、このままじゃヒヒノキ博士がミイラになって発見されちまう。下手すると見つからないかも。
さすがにそれはまずい、しかし未来の偉大なポケモン博士を助けた英雄として讃えられるのも俺的には非常に困る理由があったりする。
だが、薄情はそこまでだった。俺の中にあるほんのヒトモシの炎くらいの正義感が、急にメラメラと音を立てて燃え出す。
俺はヒヒノキ博士のカバンのチャックを開けると、それを頭上のアリアドス目掛けて放り投げた。もちろん、牽制の意味もある。ヒヒノキ博士は俺の突飛な行動にもはや目を瞑っていらっしゃる。
アリアドスは一旦糸を吐くのをやめて後退した。それと同時にヒヒノキ博士のカバンが落下を始める。開けたチャックから、荷物が溢れだす。
「今だ……ッ!」
俺は南無三と唱えながら崖を駆け上り、命綱と丈夫なアリアドスの糸でぶら下がっているヒヒノキ博士の背中目掛けてジャンプした。そして、溢れた荷物の中から紅白に分かれた球体をキャッチする。
"モンスターボール"、この世界のありとあらゆるポケモンを、言い方は悪いが封じ込める事のできるこのアイテム。既に中にはポケモンが入っていた。それが何かはもう関係ない。
「――――キミに、決めた!」
キャッチしたモンスターボールを再び投げた。そこから放たれたポケモンは目にも留まらぬスピードで崖を飛び越えると、その身体の割に大きな尻尾をアリアドス目掛けて叩きつけた。
「"キモリ"か!」
「へぇ、キモリっていうのかお前」
俺の足場になってるヒヒノキ博士と、そのうえで呟く俺の図。なんともシュールだが、崖っぷちで戦うってのはこういうことだと思う。
「つっても、何を覚えてるんだろうかこいつは……」
「私のカバンはどうした? まだあるかい?」
「一応、キャッチはしたけど……」
「ならその中に、"ポケモン図鑑"が入っている! キモリをスキャンして、彼が使える技をチェックするんだ!」
ヒヒノキ博士の言うとおり、彼のカバンには赤い箱型のアイテムが入っており、それのスイッチらしきものを押してキモリに向けると機械がピピッと音を出した。
『キモリ。もりトカゲポケモン。足の裏の小さなトゲを引っ掛けて垂直の壁を登ることができる。太い尻尾をたたきつけて攻撃する』
図鑑はつらつらと説明してくれた。そして、キモリは崖の上から下にいる俺を見て、コクリと首を振った。
……ッ! つまりこれは、俺に指示を仰いでいる。俺を、トレーナーと認めてあのアリアドスを退けるつもりなんだ。
「よし、キモリ。【たたきつける】攻撃!」
再び頷いたキモリがアリアドス目掛けて突進しているのだろう。このままでは俺は正確な指示を飛ばすことが出来ない。なにせ、二匹とも俺の頭上で戦っていて俺にはその状況がわからない。
「君! この命綱を伝って上に登るんだ! キモリを助けてやってくれ!」
「いいけど……あいつは助ける必要ないよ、十分つえーからな!」
そう言い切り、俺はヒヒノキ博士の胴体につながっている命綱を掴むとそれを手繰り寄せるように、身体を登らせていく。ようやく崖の上に登りきった途端、目の前では超スピードの戦いが繰り広げられていた。
キモリは自分の唯一の武器とも言える尻尾でアリアドスの脳天目掛けて振るっていた。しかしアリアドスも生き物とは思わせない機械的な動きで翻弄していく。
「他に何かキモリに使える技は……この状況で、なにか……」
俺が図鑑の画面をスクロールしてキモリが使える技を確認しているうちに、勝負が傾いた。アリアドスがヒヒノキ博士にしたように、キモリの身体に糸をくくりつけたのだ。
そのときだ、天啓とも言える閃きが振ってきた。俺はキモリに指示を出すべく声を張り上げる。
「キモリ! 【メガドレイン】だ!」
アリアドスの糸を伝い、キモリがアリアドスの体力を奪う。アリアドスが獲物を絡め取るために使う糸を逆手に利用してやったのだ。アリアドスはしばらくすると脚がカクカクするほど体力を消耗した。
間髪入れずにたたみ掛ける――――!
「トドメだ、この【にほんばれ】……使わない手はねえ!」
ハルザイナの森を覆う木はこの崖の上には存在しない。俺達の頭上にあるのは、少しの雲とドッピーカンの晴れ空だけだ!
「【ソーラービーム】!!」
キモリが糸を引きちぎり、陽の光を受けて練り込んだ特大のエネルギーをアリアドス目掛けて放出する。それはさながらちょっとした兵器のようで、ソーラビームが起こした突風が身体を撫でる中、改めてポケモンはすげぇってことを思い知った。
ただその突風が、俺を崖の上から吹き飛ばしさえしなければ。
「うわぁああああああああああああああああああああッッ……あ、あ……あれ?」
世界が逆さまになったまま、俺の身体は静止していた。というよりは、ぶら下がっているような感じだった。さっきとは違い、俺の下にヒヒノキ博士がいた。ヒヒノキ博士は俺を見上げると、更にその上を見て顔をパァッと明るくした。
なんとか見上げてみると壁に手を貼り付けたまま、もう片方の腕で俺の脚を掴んでいるキモリがいた。しかし俺の身体を平然と支えている辺り、やっぱポケモンはすげぇ。
と、安心した直後だった。キモリが貼り付けていた岩が、ペリッと剥がれたのだ。キモリが俺の体重を支えても大丈夫だったのに、岩肌はダメだった。
「ええいままよ! "ペリッパー"!」
キモリごと落下した俺は始めてベルトに留めてあったモンスターボールから自分のポケモンを出した。それは空をバサバサと羽撃きながら現れ、その大きな嘴で俺をまるごとキャッチした。
「ナーイスキャーッチ! やっぱお前は最高だぜ!」
ペリッパーの嘴から身体を半分出しながら頭を撫でてやる。ペリッパーは気持ちよさげに目を細めて、崖下に俺を降ろした。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
「おー、たぶん平気だ。頭も打ってないし、身体もぶつけてないし、うんへいきへっちゃら!」
たぶん一番ヒヤヒヤしたのはこの子だろう。俺が崖を登り始めてもうすぐ一時間になる。万が一、彼女の前で俺が真っ赤な花を咲かせていたかと思うとゾッとする、反省。
「それで、オレンの実は……?」
「あ~、そういえば……上の方には無かったな。割と切り立った崖って感じだった」
「そっか……しょうがないよね」
ミエルが目に見えて肩を落とす。目尻に涙が浮かんでいて、見てていたたまれない気持ちになった。
そこで俺は、ヒヒノキ博士のカバンを後ろ手に回しその中から新たに荷物を取り出した。
「おほん、えーと。ここに取り出しましたるは万能木の実のオレンの実にございます!」
俺がそう言って指に挟んだオレンの実をミエルに見せてやる。すると彼女は、信じられないといった風に目を見開いてキョトンとしていた。
「三個しかねぇけど、無いよりはマシだろ? すげぇんだぜ、このキモリがよ~この森育ちで~、オレンの実が生えてる場所を教えてくれて~、取ってきてくれたんだぜ~? なぁ色男?」
そういって茶化す。もちろんこのキモリがどこ出身かなんて俺は知らない。しかし俺の意を汲んでか、キモリは腕を組んで不敵に笑った。や、野郎……ちょっとかっこいいじゃねえか、不意にキュンと来たぜ。
「ありがとうダイお兄ちゃん!!」
「いいってことよ、さぁハルビスタウンに戻ろうぜ。お母さんも心配しちまうしな」
「うん!」
ウキウキ気分のミエルを追って、俺は森を出る。ヒヒノキ博士はぶら下がってるけど、ペリッパーが降ろしてくれるだろう。博士がカバンに入れていたオレンの実は駄賃として貰っていくぜ。
「はい? おじさん?」
「そう、ミエルは私の姪なんだ。するとダイくんは、ミエルのためにオレンの実を探してあんなところまで?」
「いやまぁ、そうなんすけど……似てねぇ~……」
プリティな幼女とちょっと痩せ型のラフスタイル男。見比べると、博士の不健康そうな見た目のせいでいかにも犯罪っぽい。頼むからポケット・ガーディアンのお世話にはならんでくれよ。
「しかしミエル、ダメじゃないか。オレンの実ならラジエスまで行けば港付近の行商人から手に入るのだから」
「でも、そんなことしてたらジグザグマもっと調子悪くなっちゃうし……」
……もしかすっと、ヒヒノキ博士はフィールドワークのためにハルザイナの森に入ったんじゃなくて、ジグザグマのために自然に生っているオレンの実を探しに行ったのかもしれない。
なるほど、そういうことならばこの二人は随分と似ている。危険とか、そんなものは二の次なんだ。大切なポケモンのために。
「じゃ、俺はそろそろ行きますね。ミエル、もうひとりで森をうろつくなよ、アリアドスに食われちまうぞ!」
「気をつけるね、ミエルも早くポケモントレーナーになって、ジグザグマと一緒に旅してみたいなぁ」
「そうだ! ダイくん、ミエルのためにポケモンの捕まえ方を教えてやってくれないか? きっとミエルも喜ぶと思うぞ!」
え、それは……。
困った風を装いながら、俺は首を振った。もちろん縦ではなく横に。
「俺なんかに教えられることないですって。それにジグザグマがいるなら、いいじゃないですか」
「新しいポケモンと出会うのも、旅ならではじゃないのかい?」
「そう、かもしれないですけど……」
そう、なぜ俺がこの申し出を渋るのか。それは、俺は"自分でポケモンを捕まえた"ことがない。野生のポケモンと戦っても、ボールを投げたことがない。
ペリッパーはキャモメの時から、アイオポートで出会った。もう二匹、俺には手持ちのポケモンがいるがその両方共、戦って手に入れたわけではなくなし崩しでついてきたようなものだ。
「じゃあ、本当にこれで」
「待ちたまえダイくん、忘れ物だよ」
逃げるように博士のラボを出ようとした俺は、その博士に引き止められた。博士の手には、一つのモンスターボールとさっきのポケモン図鑑が握られていた。
「キモリがどうにも暴れてね、君について行きたがってるんだ。それに、旅をするならこのポケモン図鑑はきっと君を助けてくれるはずだよ」
手渡されたモンスターボールの中にいるキモリがジッと俺を見ていた。
「本当に来るのか?」
コクリ、とそれだけだった。たった数分の関係だと思ってたのに、このキモリは俺と一緒に行きたいと駄々までこねたという。
「そっか、よーし。いいだろう、俺の行く先々でお前の力借りるぜ!」
ポケモン図鑑をズボンの後ろのポケットに差し込み、カバンを背負って、いざ――――
「俺のラフエル地方での旅が始まるんだな……マーベラス!」
改めてラフエル地方への一歩を踏み出した。その足先に、夢と希望があることを祈って。