ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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超お待たせしました


VSアイアント 脱出作戦

 

 一斉に舞う砂埃、それを感じられたとき生きているのだと逆説的にリエンは悟った。ポケットに入れておいた非常用ツールのライトを点けてみると、さっきよりも小さな空間に自分がいることがわかった。

 目の前には肩で息をしながらも、気を失っているバラル団の下っ端を抱えたダイがいた。白いジャケットは泥と埃で真っ黒になっていた。

 

「大丈夫……? なにをしたの?」

 

「タンマ、その前に……戻れみんな」

 

 ダイはボールにポケモンたちを戻した。恐ろしく狭い空間だ、酸素があるだけで奇跡に近いのだろう。出来るだけ外界とは遮断された空間であるモンスターボールにポケモンを戻した方がいいのだ。

 埃に咽ながらもダイは必死に説明しようとした。

 

「【ひみつのちから】だよ、前の旅で同行者からパク……拝借したわざマシンの一つで、なにがどうなってんのかわからないけど本来は秘密基地を作るための技なんだ。洞窟の奥、ディーノさんが埋まっていた場所は、穴が空いていたから上手く行けば秘密基地を緊急避難に使えるかもと思って」

「なるほどね、確かになんとか助かったけど……長くは保たないよね」

 

 人も、酸素も。リエンは空間全体を照らしてみる。この人数が呼吸をし続けるだけでこの密室の酸素はすぐに無くなってしまうだろう。ディーノが煙草を吸うかはわからないがこの密閉空間では勘弁してほしいところだった。

 ひとまず一命をとりとめた状態といって差し支えはなさそうだ。

 

「これからどうするの?」

「う~ん、【ひみつのちから】を使ってみてわかったけど、ここって結構岩盤が固くて俺たちのポケモンじゃ【あなをほる】で掘り進められるかどうか……」

「アルバとルカリオが見つけてくれること頼みってことだね……」

 

 そういうこと、と区切るとダイは壁に保たれて大きく息を吐いた。バラル団の二人は揃って気を失っているため、目覚める前に何かしらで縛っておきたいところだが、生憎自分の鞄を持ってきていないのだ。

 今自分が持っているものはポケモン図鑑とポケモンたちぐらいで、非常食なども持っていなかった。そう思うと、急にお腹が空いた気がしていた。

 

「ディーノさん、気分はどうですか?」

「ああ、良いとは言えないが岩の下敷きよりはずっとマシだ、本当にありがとう……」

 

 ダイと同じく壁に保たれながらディーノが呟いた。リエンは継続して怪我の手当を始めるが、今は絆創膏程度のものしか持ち合わせておらずすぐに手持ち無沙汰となってしまった。

 

「何か、現状を打開する術とかありませんか、ディーノさん」

「ない、わけではない。けれどリスクが高すぎる。私の手持ちのポケモンは"ボスゴドラ"、洞窟内で石を集める際に堅い岩盤を噛み砕くことが出来る相棒だ。恐らくこいつならば、この洞窟の岩でも容易く掘り進めるだろうが」

「この狭い空間じゃ、ボスゴドラが出てこれない。あいつ約2メートルあるってよ、ほら」

 

 そう言いながらダイがポケモンずかんを見せる。そこには、既にボスゴドラの詳細な情報が記載されていた。さらには重量まで表示されており、リエンはとても期待出来ないと思った。

 この空間、この人数がなんとか横になって広がる程度しか出来ず、ボスゴドラが出てこようものなら彼のポケモンは間違いなくパンクする。そもそもこの洞窟の岩盤相手に、一瞬でこの空間を作り出せたこと自体が奇跡に近い。

 

「こいつらの手持ち、なにかいないものか……」

 

 するとディーノは意識のないバラル団の下っ端の懐を弄り始めた。さっき持っていたシャベルやスコップは今頃岸壁の下敷きになっているだろう。そのときだ、ディーノは一つのモンスターボールに釘付けになっていた。

 ダイがその肩越しにモンスターボールを見た。すると図鑑がピピピと音を立て、そのポケモンを読み取ってデータを表示した。

 

「アイアントか……」

 

 ディーノが呟いた瞬間だった。ボールから飛び出したポケモン"アイアント"は突然その強力な顎を以てディーノに襲いかかった。間一髪、ディーノは傍にあった拳大の岩をアイアントの顎に挟み込むが、次の瞬間にはアイアントの顎はその岩を容易く噛み砕いた。

 

「なかなか……ッ! いや、とんだじゃじゃ馬だぞ彼は!」

「待ってください! ここは俺に任せて、ね?」

 

 アイアントに襲われるディーノが苦悶の顔を浮かべるが、両者の間をダイが遮るとダイはアイアントと目を合わせるように屈んだ。ディーノとリエンは今にもダイが襲われそうな雰囲気に息を呑んだ。

 

「やっぱり、気性が荒いからもしかしたらと思ったけど、こいつメスですね……たぶん、アイアントの群れのリーダーだったんじゃないかな、いわゆる女王アリってやつです。しかも"いじっぱり"でちょっぴりワガママなんだろうな……」

 

 地面に頭を擦り付けているような姿勢でダイが次々に言葉を発する。それを見てリエンは目を丸くし、ディーノは言葉を失っていた。

 

「み、見ただけでわかるの……?」

 

「ん? いや、だってポケモンだって生き物だぜ? 見れば一目瞭然だよ」

 

 ダイはそう言って、ポケットからモンスターボールを外し中からポケモンを出した。彼の手持ちでは遊撃手、時にサポート、時に主力として活躍するメタモンだった。メタモンはアイアントを認識するなり、ダイの意を汲んでアイアントへと変身した。

 

「このままメタモンに掘り進めてもらう手もあるけど、人手ならぬポケモンの手も借りたいところだ。そこで……メタモン、【なかまづくり】だ!」

 

 メタモンはアイアンとの姿で、バラル団のアイアントに向かって簡単な踊りをしてみせた。すると最初こそ警戒していたアイアントが今度は踊り返し、メタモンがそれに合わせる。

 やがてメタモンとアイアントはトレーナーの介在しない領域で心を通わせ、すぐに仲良くなった。

 

「よし……メタモンとアイアントと分担して俺たちのいる空間の下を掘り進めてくれ。"はりきって"いこう!」

 

 コクリと頷いたメタモンが身振り手振りでアイアントを説得しすぐさま地面を掘り進めていった。一件落着とまでは言わないが突破口が見えてきた、とダイはホッと一息ついた。

 

「驚いたな。顔を合わせるだけでポケモンの性格、特性、技構成まで把握してしまうなんて……」

「いやいや、だからこんなん普通ですって。そんな驚かれることじゃないですよ。それにポケモンと心を通わせることなら、今ここにはいないけど俺の仲間の方がよっぽどすごいですって」

「だとしてもだ、君に潜在する能力は凄まじい。恐らく私などでは比べ物にはならないだろう……彼もまた君のようにポケモンと心を通わせることに秀でていたのだろうな」

 

「彼?」とダイが尋ねるとディーノは今までの神妙な雰囲気を崩すように破顔した。

 

「私はね、石を集めることに心血を注いでいたが、若い頃はこの地……ラフエル地方の伝承について研究していたんだ。といっても、ちょっとしたエッセイくらいしか拵えたことはないがね」

 

 懐かしげにディーノが呟く。時間のかかる作業を行っているため、その暇つぶしとばかりにダイとリエンは身を乗り出した。

 

「大昔、恐らく今ほどポケモンが多くなかった遥かに大昔の話だ。一人の男が船から投げ出された、男の名はラフエル。彼の声も虚しく船は荒れる大海原を進んでいた。ラフエルは希望などないと暗い海の底へと落ちるのを待った。しかし彼は海底に捨てた希望を、なんと拾い上げたのだ。『希望が私を救えないのならば、私がすべての希望となる』……」

「やがて、ラフエルは三日三晩何度水に呑まれようと、泳ぎ続けこの地に流れ着いた、ですよね?」

 

 リエンが息を継いでいるディーノの言葉尻に付け加えた。ディーノはコクリと頷いた。リエンのその目にはまるで童話の読み聞かせを願い、次の展開を楽しみに待つ子供のような光があった。

 

「この地は、人間の住まう場所ではなかった。獣……ポケモンのみが暮らす島だったのだ。ラフエルはこの地の王に会わねばならぬ、そう決意し彼らが王の元へと馳せ参じ、獣の王と心を通わせた。そこには幾ばくかいろんな説があってね、ラフエルがその獣の王と相撲を取ったり、岸壁を登りあったり、深海の底へ潜りあったりと様々だ」

「ディーノさんイチオシの説ってあるんですか? ぜひ聞かせてください!」

「僕のかい? 僕も相撲を取ったと思うなぁ。それで結局、どの通説にしろ共通してラフエルは一度しか勝てなかったんだ。だけど獣の王は彼を認め、彼と共にこの地を開拓した。その最初に相応しき始まりの王国、それがメーシャタウンだ」

 

 その名前を聞いて、ダイは少しばかり懐かしさを覚えた。たった数日……だがもう少しでひと月になろうかという時間だ。その間に色々ありすぎて、思い出が風化してきてる気がしないでもないが。

 ディーノの話にリエンが質問や議論していると、不意に再び空間が縦に揺れ始めた。ディーノが二人の手を取り、崩落に備えた。

 

 しかし崩落は起きなかった。いや、起きたといえば起きた。ダイたちがいる空間が下に向かって崩れたのだ。感覚としては、エレベーターが急に落ちたような感覚に近い。すると先程空いた穴からアイアントとメタモンが顔を出した。

 

「ご苦労さん。そんじゃ次はこの空間をちょっと広くしよう。悪いな、もう少し手伝ってくれ」

 

 報酬とばかりに、アイアントに赤いブロック状のお菓子を与えるダイ。それはポロックだった。ホウエン地方で流行っているポケモン向けのお菓子で木の実を混ぜ合わせて作るのだ。

 

「ポロック……ダイくんはホウエン地方に行ったことがあるのかい?」

「えぇ、といっても旅なんて大層なもんじゃないですよ。言えば、腰巾着です。あの旅に俺は存在しなかった、それくらいは意味がなかったと思います」

「そんなことはないさ、君の技能は最初から突出していたわけではないだろう。各地で様々なポケモンを見てきた証拠だよ、君の旅にはちゃんと意味があったんだよ」

 

 手放しで褒めるディーノ、ダイは顔が熱くなるのを感じてゴーグルを着けて誤魔化すと、アイアントたちが掘り進め岩から土へと変わった土砂をかき分ける作業に入った。

 それから一時間ほどで足を畳まねば窮屈でしょうがなかった空間が、ちょっとした住居ほどの広さへと様変わりした。それほどまでにアイアントの巣を形成する能力は凄まじいということだった。今では立ち上がっても天井に頭をぶつけないくらい広くなり、リエンは身体を伸ばした。

 

「じゃあディーノさん、後はお願いします」

「うむ、任せてくれ。ただ、ボスゴドラが掘り進める衝撃で崩落が起きないとも限らない」

「じゃあ、リエンに俺のポケモンを預けておく。その代わりにミズゴロウを借りてもいいか?」

「わかった。ミズは天井にヒビが入ったらダイのペリッパーが【みずでっぽう】を撃つから、そこに向けてと【れいとうビーム】を合わせてね」

 

 ミズがコクリと頷きながらふよふよと浮かび上がり、待機する。ダイは未だに意識を失っているバラル団の二人を自分の足元へ連れてくると、手持ちのポケモンを総動員させる。

 

「メタモンはディーノさんがボスゴドラを呼んだら、念のためボスゴドラに変身して待機だ。ミズやミズゴロウが補強してくれた天井が崩れてきたときはお前が頼りだからな。ゾロアとキモリは小さな瓦礫が落ちてきたときに備えての迎撃、任せたぞ」

 

 各々が咆える。脱出に向けてのやる気は十分。三人で顔を見合わせると、同じタイミングで頷きあった。

 

「来い、ボスゴドラ!!」

 

 ディーノは満を持してボールからボスゴドラを解き放つ。メタモンは細胞を変質させてボスゴドラへと変身する。二匹のボスゴドラの咆哮が空間をビリビリと揺さぶる。

 

「【あなをほる】!」

 

「始まるぞ……」

 

 ボスゴドラがまるで砂で出来た城を崩すかのようにあれだけ硬かった岩盤を切り裂き、掘り崩していく。それだけでこの神隠しの洞窟は悲鳴を上げだす。

 作業を見守りながら、ダイはリエンから借り受けたミズゴロウに目線を合わせる。

 

「いいか、崩落が起きそうになったとき一番真っ先に感知出来るのはお前だ。もし崩落の予兆を掴んだら、どこが真っ先に崩れるのか教えてくれ。合図はそうだな、【みずでっぽう】でいい」

 

 いつもは抜けているミズゴロウが強気に頷いた。この作戦、成功することによってリエンを生還させるとあれば、やる気が入るのも道理だろう。

 掘り進める方向は【ひみつのちから】で作った出口ではなく、別の方向だ。もしかすると入り口付近はさらに脆くなっていることが考えられるからである。

 

「しかし、なんだってこんな洞窟があるんだろうな」

 

 ダイはぼそりと独りごちる。長々と続く一本道と、決して広いとは言えない部屋が一つ。偶然かも知れないがポケモンも一切現れなかった。

 旅をしてくる中でこういった奇妙な洞窟の話はいくつか聞いたことがあるが、どれも入ったことはなかった。かつての同行者がそう言った話にまったく興味を持たなかったというのもある。

 

「この洞窟はラフエル地方に残る謎の一つだからね、私もそれに目をつけ珍しい石を探しに来たんだ。あの有様だったけれどね」

 

 思いの外作業は上手くいき、ボスゴドラが丁寧かつスピーディに洞窟を掘り進めていった。屋内のせいでタウンマップのGPSが機能しなかったが、恐らくそろそろ洞窟の外へ出られるはずだ。

 と、誰もがそう思ったときだった。ボスゴドラが異変を察知した。掘り進めるたびに自分の腕に付着する()が気になるらしい。

 

「泥……そういえば、さっきから足場が泥濘んでるな……」

「クシェルシティが水の都と呼ばれているのは知っているかな? 恐らくその地下水が染み出しているんだろう」

「ってことは、もうすぐクシェルシティの近くってことか……このまま掘り進めたら穴が空いて湖の底でした、なんてオチがありそうですね」

 

 ダイの言葉に二人が頷いた。最悪、【たきのぼり】を利用すればこの穴に流れ込む水流に逆らって脱出自体は出来るだろうが、クシェルシティは湖の真ん中に存在する巨大な水の都だ。

 つまりクシェルシティに辿り着くまでの水圧に人体が耐えきれるとは思えない。ここは大人しく戻り、別ルートを掘り進めた方が得策だった。

 

「ここまで掘ってなんだけど、やっぱり元来た入り口を掘り進めていくべきかと。掘り進めてきたとはいえ、ここはまだ密室ですから穴が空いて水が流れ込んできたらそれこそ危ないですから」

「そうだな、私もリエンくんに賛成だ。一端戻ろう、それでいいね」

「もちろん、洞窟のエキスパートがそう判断したのなら俺は従いますよ。それに、悪党とはいえこいつらもいますし」

 

 そう、ここで未だに意識を失っているバラル団の構成員たちは、ここが水没したら真っ先に助からない人間だ。いくら悪いことをする悪党でもむざむざ死なせるのは忍びない。

 必ず生還させ、然るべき機関(ポケット・ガーディアンズ)に引き渡す。ダイはそのつもりで彼らを助けたのだ。

 

 そのときだ、ダイの顔に思い切り水がぶつかった。というのも、ミズゴロウが吐き出した【みずでっぽう】だった。そしてミズゴロウは頭のヒレを動かして、忙しなく何かを伝えようとしていた。

 事前の合図では、崩落の予兆を察知したときだ。

 

「来るぞ、どこだミズゴロウ!」

 

 崩落に備える。ミズゴロウが脆い天井の箇所を【みずでっぽう】でマーキングする。次点で、リエンがペリッパーとミズに指示を出しそこを凍らせ崩落を遅らせる。

 洞窟内に響く崩落の振動が徐々に強くなってきた。このままでは、凍らせた意味もなく大規模な崩落が起きるだろう。ダイたちはなりふり構っていられなくなった。

 

「多少のリスクは負わねば生還出来ないかもだぞ、これは……!」

「メタモン! ボスゴドラと協力して穴を掘り進めろ! この際崩落は確実に起きる、崩れきる前に洞窟を抜けるぞ!」

 

 ボスゴドラに化けたメタモンが頷き、ディーノのボスゴドラと共に強靭な爪を高速で動かし、最初に来た入り口を掘り進めていく。縦の揺れが強くなったそのとき、どこかで破裂音が聞こえてきた。

 そしてダイたちの真後ろ、つまり先程まで掘り進めていたクシェルシティ方面の通路から濁流が流れ込んできた。どうやら殆ど穴が開くレベルまで掘り進めていたらしく、湖の水圧がトンネルに穴を開けてしまったのだ。

 

「まずい! リエン! 水の進行を止めてくれ! ペリッパー!」

 

「わかった……っ、ミズ!」

 

「「【れいとうビーム】!!」」

 

 ミズとペリッパーが放つ冷気の光線がトンネルから吐き出されてくる濁流を凍らせる。しかし流れてくる水は凍った部分を押し出してなお湧き出てくる。

 かといって、このままでは間違いなくトンネルが開通する前にこの水が洞窟を満たしてしまうだろう。ダイは膝の高さまでたまった水を蹴飛ばしながら意識を失っているバラル団員二人を抱えて通路の先へ急ぐ。

 

「キモリ! 【タネマシンガン】で水を弾いて! ダイがボスゴドラに辿り着くまでどうにか時間を稼がなきゃ!」

 

 リエンがなんとか水の進行を食い止めてくれているが、焼け石に水だった。それどころか水のほうが遥かに質が悪いと来た。

 ダイは水に足を取られ、洞窟で思わず地面に倒れ込み泥水を派手に被ってしまう。しかしそれが功を奏したのか、バラル団員二人が目を覚ました。

 

「うーん……はっ!? な、なんだこりゃあ!!」

 

「うわぁっ! ど、どうなってるの! なにがどうなってるの!!」

 

 目覚めるなり辺りの惨状を見て二人のバラル団員は叫んだ。

 

「うわーボスー! 助けてくだせぇ~!!」

「おい騒ぐな! まずは水の進行を食い止めるのが先だ! お前らも手伝え!」

 

 ダイが大声で叱咤すると、二人のバラル団員は水に打たれたようにしんと大人しくなった。そしてやがて覚悟を決めたようにモンスターボールから状況を打開する仲間を呼び出した。

 

「アイアント! 【あなをほる】!」

「イワークもだ!」

 

 洞窟の広場へ飛び出した二体のポケモンが地面へ思い切り頭突きをかまし、そのまま勢いで掘り進めていった。

 

「っ、そうか……穴を掘ればそれだけ水の逃げ場が出来る……! だけど大丈夫なのか、アイアントはともかくイワークは水が苦手だろ!」

「へんっ! イワークは"いわへびポケモン"! それにいわタイプのポケモンの中では動ける方だ! 水が侵食するよりも先に掘り進めてみせらぁ!」

 

 相当の自信だった。イグナやその他の構成員もそうだが、バラル団は手持ちのポケモンを()()()()()()()()()()としては見ていないようだった。

 それこそ、信頼し合うパートナーのように。道さえ違えなければ、善良なポケモントレーナーであればきっと……

 

 ダイは頭に浮かんだ戯言を頬を張って打ち払う。リエン、バラル団員たちの善戦によって水の進行は徐々に食い止められていった。

 そのとき、ボスゴドラの咆哮が聞こえそれがトンネル内をビリビリと揺さぶった。

 

「みんな! 開通したぞ! 水が流れ出る前に急ぐんだ!」

 

 ディーノの声だ。ダイはバラル団員たちの尻を蹴っ飛ばし先に行かせる。あの二人は水の進行を食い止められるポケモンを連れていないからだ。アイアントとイワークも主に従ってトンネルを進んでいく。

 ペリッパーとミズが濁流を凍らせては水が溢れるのを防ぐが、リエンは既に腿に達した水に足を取られて上手く歩くことが出来ないでいた。

 

「リエン、手を!」

「うん……っ!」

 

 ダイは入り口に手を添えながらリエンに向かって手を伸ばす。濡れた手同士、掴んでもすぐさま離れてしまう。ダイは袖を伸ばし、手を覆ってリエンの手を再度取る。

 だが同時に予期せずに崩れだした天井と、降り注ぐ大量の瓦礫。

 

「【エナジーボール】!」

 

 リエンの身体から飛び出したキモリが一際大きな瓦礫を新緑のエネルギーで破壊する。しかしそれでもなお大きな瓦礫が二人に向かって降り注ぐ。

 身をかがめて後は祈るしかなかった。ザブザブと音を立てて水の内に沈んでいく瓦礫の山。そしてその瓦礫の体積の分だけ、水位が上がってしまう。

 

「そんな、まだ崩れるのか!?」

 

 ミズゴロウが騒ぎ立てているということは、さらに崩れるということだ。見れば、先程崩れたところのさらに上に薄暗い洞窟の中でさえわかるほどの亀裂が走っている。それがズズッと音を立てて段々とずれ落ちてきているのだ。

 

「立てるか!?」

「なんとか……痛っ!」

 

 見ればリエンの足に小さなあざが出来ていた。恐らく落下した瓦礫がぶつかったのだろう。水というクッションがあったとはいえ、落下してきた瓦礫が大きければ当然水程度では衝撃を殺せない。

 ダイは迷ってる暇はないとリエンを背負って立ち上がった。

 

「重くない……?」

「非常事態だし、それにさっきのあいつらよか全然軽い!」

 

 実は少しばかりやせ我慢が入っているが、所謂火事場の馬鹿力というやつでダイの動きはスムーズだった。そろそろ腹部に到達するかという水の中でさえ、普通に歩行する速度と変わりないほどに。

 

 

 が、そんな二人の真上に先程の亀裂が入った天井から欠けた瓦礫が自重に任せて落下した、かに見えた。

 

 

 二人は思わず頭を庇った。しかし、いつまでも瓦礫は頭部に落ちてこない。見上げると、小さな身体で落ちてくる瓦礫を抱え上げる姿があった。

 

「キモリ……!?」

 

 キモリはその小さな躯体で、壁に手足を縫いつけるように張り付き片手で天井を支えていた。しかし明らかに重量は岩の方が上だ。壁に張り付くためには片腕と両足を以て全力で踏ん張らねばならない。ゆえにもう片方の腕で瓦礫を支えれば確実にキモリは瓦礫の下敷きになる。

 ダイたちに出来るのはキモリの努力を無駄にしないうちにここを離脱することだった。だがその間に増えていく水位、胸の付近までやってきた水のせいで足がつかなくなってきた。

 

 ついに瓦礫がその身を以てキモリを捻り潰そうと落下する。瓦礫同士のこすり合わせで打ち消されていた落下エネルギーはそのまま弾かれるように瓦礫を打ち出し、キモリの身体諸共水底へと落ちる。

 

 ダイは苦渋の選択を迫られた。今離脱しなければ、恐らく通路に逃げ切る前に水位が天井に達する。しかしキモリを見捨てることなど決して出来ない。

 

「ダイ、行って!」

「ッ、わかった!」

 

 ミズゴロウとミズの誘導に従い、リエンが水の中を抜けて通路へと向かう。ダイの元に残ったペリッパーは覚悟を決めた顔で頷いた。次の瞬間、水中に潜ったペリッパーがものすごい勢いで水を飲み込み始めた。

 その小さな身体のどこに納めているのか、というほどの水を飲み下し洞窟内の水位を僅かにだが確実に下げていく。しかしペリッパーが【たくわえる】量にもいずれ限界が来る。

 

 ペリッパーが離脱時間を確保できるのはわずか、ダイは迷わずゴーグルで視界を保護すると暗い水底へと潜り込んだ。するとキモリは先程の岩の下敷きになっているようだった。

 ダイは自分が浮かび上がる力を利用して、岩を退かそうとするが大きさのせいでビクともしない。キモリも懇親の力を放って下から持ち上げようとするも、やはり動かない。

 

 このままでは二人共窒息する。だがダイは水面に浮上しようとはしなかった。力んで、肺の中の酸素がカラになろうとも、キモリを助けることをやめなかった。

 

「うぐ……かっ……」

 

 ボコボコとダイの口から空気が漏れる。器官に水が入り込めば今度こそお終いだ。それでも、岩を退けることを一度たりともやめようとはしなかった。

 ペリッパーが水を飲む速度がどんどんと遅くなっていく。キャパシティの限界だ。流れ込んでくる水が限界に達しかけている。

 

 そのときだ、ペリッパーは流れてきた何かを加えるとその場を離脱した。それは水が流れてくる方向、つまり最初にボスゴドラが掘り進めていた通路だ。

 飲み込んだ水を一気に放出、普段ならば使えない【アクアジェット】の要領で水圧を物ともせずに潜り抜けていく。

 

 しかしダイにそんなことを気にしている暇はなかった。心臓が酸素を寄越せと動きを早めていく。しかし供給できる酸素はもう残っていない。

 

 

 腕に力が入らなくなってきた。

 

 目を開けられなくなってきた。

 

 食いしばっていた歯と口が緩み、そこに水が流れ込もうとした。

 

 

 もうだめかもしれない、ダイの身体が抵抗出来ずに水面に上がろうとした瞬間だった。

 

 死なせたくない。死なせない、と。キモリが強く思った。自分を助けるべく死地に飛び込んできた主を、仲間を絶対に助けるのだと強く願った。

 

 その願いは、光となって成就する。

 

 突如眩い光が水中から発せられ、洞窟内を照らし出す。それは岩の下から、唐突に起きた。その光を目にしたダイは光を辿り落としかけた意識を再び手繰り寄せた。

 その光は強く、けれども小さなものだった。それが少しずつ、大きく、形を変えていく。

 

 

 ――――これは。

 

 

 ダイは確信した。この状況を切り抜ける、最後の手段だった。ダイはその光の中にある、強い意志を感じる眼と自分の目を合わせて頷いた。

 

 

 

 

 

 ――――斬り裂け、【リーフブレード】!!

 

 

 

 

 

 キモリが、正確にはキモリだったポケモンがその腕部の刃に極限まで高めた力をほとばしらせ、渾身の一薙を以て岩塊を両断する。

 スッパリと見事に両断された岩は重さを変え、ダイが持ち上げるとそのまま転がっていく。下敷きになっていた彼は力尽きかけたダイを抱えて水面へと飛び上がった。

 

 通路も当然水が敷かれており、走るのに支障を来す。だがそのポケモンはボスゴドラが掘り進めた通路の壁に値する部分を駆け抜けた。壁を足場として地面に対して九十度に疾走するのだ。

 

 見えてきた光に手を伸ばす。通路の先では誰もがへたり込んでいた。そこへ、緑色のポケモンがダイを抱えて滑り込んだ。

 

「ゴホッ、ゴホッ! ……ふぃ~、生きてる?」

 

 開口一番、ダイはそんな言葉を水とともに吐いた。リエンとディーノが彼を覗き込んだ。ダイはそんな二人に笑って、弱々しいピースサインを取った。

 ダイは起き上がって日の光を浴びている九○センチほどになったポケモンを見た。

 

「大きくなったな、キモリ……いや、もう"ジュプトル"か」

 

 キモリ改め、ジュプトルは力強く頷いた。

 

 今までの旅で積み重ねた研鑽。初めて並んで戦ったあの時(VSアリアドス)初めて辛酸を嘗めたあの時(VSユンゲラー)。それ以外にも色んな戦いを潜り抜けてきた。

 そしてその経験がエネルギーとなって、今日この時、ダイを救うために爆発させた。

 

 身体はより大きく、眼光はより強くなった。

 

「ところで、ペリッパーとメタモンは……? まさか、まだ中に?」

 

 そこまで呟いて、再びダイが洞窟内に向かおうと立ち上がった瞬間。不意に影が差した、空を見上げると水浸しのペリッパーがその背にメタモンを乗せてやってきた。

 二匹はダイが無事であるとわかった途端、【すてみタックル】のような勢いで突進して擦り寄ってきた。

 

 そのときダイはペリッパーに触れた。恐らくペリッパーは水が流れる穴を通してクシェルシティまで抜けていき、口に取り入れていたミズゴロウに化けたメタモンと共に【れいとうビーム】で穴を覆う形で氷を形成し水の進行を確実に止めたのだ。

 推測だが間違ってはいないはずだ。ダイにはそういった確信があった。

 

「おーい、ダイ~! リエン~!」

 

 その場の全員が生還したという実感を噛み締めていると、遠くから山積みの荷物を背負ったアルバとルカリオが走ってきた。随分と遅い到着だとダイとリエンのどちらも思った。

 額に浮かぶ玉の汗を見るに、限界までトレーニングを行っていたような感じだった。先程まで死地の中にいた二人は少しだけ文句を言いたくなったが、今現在無事なので不問とした。

 

「あれ!? そのポケモン! もしかして、キモリが進化したの?」

「まぁいろいろあって」

「うわぁ! おめでとう! もふもふはできなさそうだけど、今度スパーリングに付き合ってよ!」

「いいんじゃないか? ふふふ、とてつもなく硬い岩盤を真っ二つに出来る切れ味を味わうがいい」

 

 ジュプトルはというと、アルバの言葉を受けて得意げに腕を組んだ。それを微笑ましそうに見守っていたディーノがやや申し訳なさそうに割って入った。

 

「すまない、ダイくん。最年長である私が真っ先に脱出し、さらにはバラル団の連中も取り逃がしてしまった。なんと言ったらいいのか」

「いや、いいんですって。最年長である前に、ディーノさんは怪我人ですから。みんな無事で良かったですよ、あいつらも逃げ出す力は残ってるみたいで安心しました。次見つけたらとっ捕まえますけどね」

 

 ダイはボキボキと手を鳴らす仕草をする。今頃手持ちのイワークやアイアントとも合流している頃だろう。体力も消耗した今、追いかけるのはなかなかに至難だ。

 

「さて、今度こそ寄り道せずに行くか。ペリッパー、案内してくれよ……そういえば、ディーノさんはどうするんですか?」

「そうですね、もう洞窟水没しちゃってますし……」

 

 リエンがそう言うとディーノは苦笑いを浮かべて「そうだった」と呟く。次いで顎に手を当てて唸り始めた。

 

「うーん、しばらく洞窟や山は懲り懲りだなぁ。ひとまず近くのモタナタウンで休んでいこうと思うよ。だから君たちとはここでお別れだ」

 

 そう言ってディーノは自分の荷物を抱え上げたが、ふと何か思い至ったようにその背にあった鞄を漁ると三つの石を取り出した。

 

「ダイくん、私は君の能力を大いに評価しよう。ポケモンと心を通わせ、あの土壇場で進化を引き起こす君の技術(タクティクス)勇気(ブレイビング)にこれを進呈しよう」

 

 一つの石をダイに、そしてもう一つの石をリエンに渡した。

 

「リエンくんにはぜひとも、私と同じ舞台へ上がってきてほしい。ラフエル地方の伝説はまだまだ暗い部分が多い。そんな中あれだけ私と議論を交わせるほどの知識(ノウレッジ)に敬意を表すると共にこれを」

 

 葉のようなマークが浮かび上がった石は、太陽の光を受けて七色の光を放っていた。ダイもリエンも石には疎いが、それでもこの石が世界に数ある"力のある石"であることを察した。

 ディーノは最後に、未だに話していない蚊帳の外を思わせるアルバに向き直った。

 

「ルカリオか。"リオル"をルカリオへと進化させる条件は未だ不明瞭だ。これからの君の(ロード)に光をもたらすと信じてこれを送らせてもらおう」

 

 ダイ、リエンが受け取ったのと同種の石をアルバは受け取った。初対面の男に渡されたにも関わらず、アルバはそれを快く受け取った。

 

「ありがとうございます、えっと……ディーなんとかさん」

「ディーノだ、君たちとはいずれまた会える。そんな気がしているよ、そのときどれほど成長しているのか楽しみにしているよ」

 

 今度こそ重い荷物を背負ったディーノは三人に背を向けてモタナの方向へと去っていった。三人は彼に向かって手を振ると、さてと向き直った。

 

「じゃ、今度こそクシェルシティに向かおうぜ。早くジム戦がしたくなってきたよ」

「いいねぇ、じゃあボクとダイのどっちが先にジムバッジを手に入れるか勝負しようよ」

「私も、ジム戦はともかく次の街に行きたいな。さっそく出発しよ!」

 

 三人は頷き合い、ペリッパーの先導に従って整備された道を戻っていった。

 彼らがクシェルシティに辿り着いたのは二日後。その間、クシェルシティでは謎の水位低下が話題となっていることには、まったく気づかなかったようだ。

 

 


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