ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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鉄は熱いうちになんちゃら


VSグラエナ メーシャタウンへ

 

 博士のラボを飛び出した俺――ダイは新たに手持ちに加わったキモリをボールから出し、緑の多い通行用の道を歩いていた。その名も1ばんどうろ、他の地方からは船を利用してしか上陸する手段がないやや隔絶されたこの地方は他の地方と違い、道路のナンバーはリセットされている。

 そりゃ、百番以上道路があったらさすがに「あれぇここどこだっけ」ってなるよ。実際にホウエン地方を旅したことあるしな、俺。

 

「にしても、博士からもらったポケモン図鑑。ほとんど埋まってるじゃんか」

 

 キモリが俺の肩から図鑑を覗く。そうなのだ、この図鑑は出会ってないポケモンを見つけるとデータが自動的に書き込まれていくのだが、キモリのデータはもちろん他のポケモンのデータもすべて入っている。よその地方のポケモンすら記載されてるほどだ。

 ただ見てみれば、地方によってはごっそり抜け落ちている部分もある。

 

「さてはあの博士、旅の途中で俺に残りの頁を埋めろって言うんじゃあるまいな」

 

 その可能性が濃くなってきた。そりゃ、旅をしてればポケモンと出会うことはあるだろう。

 

「ま、それはおいおい。今はラフエルの土地を回るのが先だ。"あいつ"との約束もあることだし」

 

 俺が旅をするのには理由がある。詳しい話をしだすと、使い回しの表現になるが日が暮れるどころか明けちまうので割愛。いずれ話す機会はあるはずだしな。

 

「まずはメーシャタウンだ、行くぞ!」

 

 山道を駆け抜けるべく、履いている靴の親指をクリックする。するとどうだろう、走るという意識以前に脚が動き出す。やっぱデボンのランニングシューズが一番だよな、風になる。

 元々舗装された道だけあって、走り出すと障害物もなくやがて眼下にメーシャの町並みが広がってくる。

 

「すげぇ、ここが始まりの王国跡地か……」

 

 ラフエル地方の名前の元になった大英雄にして開拓者"ラフエル"が最初に上陸し、居を構えたというメーシャタウン。

 今では王国跡地の小さな町だが、今も王国の名残がきちんと残っているために俺を始めとする観光客の姿が見える。よく見ればツアー客なんかもちらほら歩いているほどだ。

 

「すげーな、確か町の外れには……そうそう、王城の遺跡があるんだろ」

 

 町の入口からでも頭が見える王城の遺跡、ツアー客もそっちを先に回るみたいで一緒に並んだらしばらく待ちそうだ。まずは今晩の宿の確保といこう。

 当然というか、やはり田舎町とはいえ一つはあるポケモンセンター。ポケモンの回復を無料で行ってくれる上に、トレーナーに対して宿泊施設をオープンしている。まさに旅するトレーナーバンザイの施設……

 

 なのだが、当然旅するトレーナーは俺だけではなく、宿泊施設はどう詰めても満員らしかった。俺は渋々外へ出ると、夕方の空に向かってため息をついた。

 

「しょうがねえ、野宿だな。慣れてるし。別に暖かい部屋の柔らかいベッドで寝たかったとか微塵も思ってねえから」

 

 何が悲しくて、ポケモンセンターが普及している町で野宿などしなけりゃいかんのか。まぁ野営に向いた公園もあるから、そこで一夜を明かすのも悪くはないだろう。白状すると本当にポケモンセンターのベッドで寝たかった。

 

「そうだ、今のうちに紹介しておくかね」

 

 俺はベンチに寝っ転がると持ってるモンスターボールからポケモンを呼ぶ。キモリはペリッパーとは既に面識があるため、そこまで濃い挨拶はしていなかった。

 ところがどうだろう、キモリは心底驚いていた。なにせ他の二匹もまた、キモリだったからだ。真相を知っている俺としては笑いを堪えるのが大変だったが、そろそろ種明かしは必要だろう。指をぱちんと鳴らすと、一匹のキモリは顔が途端にくにゃっとし、もう片方のキモリの姿が揺らめき始めた。

 

「ハハハ、驚いたか」

 

 からかいすぎたのか、本物のキモリは少しむくれてしまった。機嫌を取るために晩ごはんの準備をしようとした、その時だった。

 ガサガサ、と公園の反対側にある草むらが不意に揺れた。野生のポケモン? こんな町中に? そりゃ、ニャースとか町中に生息するポケモンがいないわけではないけど……

 

 

「そろそろ日が暮れる。自分たちの影が見えなくなったら、各々作戦を開始しろ」

 

 

 不意にそんな声が聞こえてきた。子供の悪戯、ってわけではなさそうだ。俺は立ち上がって、その草むらに近寄ろうとした。

 が、立ち上がった直後に空き缶を蹴っ飛ばしてしまい、それがカラカラと大きな音を立てた。ついうっかり、ってやつだ。

 

「やべっ」

 

 ガサッと大きく動き出した草むらから飛び出してきたのは、"グラエナ"と"コマタナ"だった。グラエナが牙を剥いてこちらを威嚇している。

 どうやらとんでもなくまずい連中が隠れていたらしい。草むらに隠れて日暮れを待つってお前……

 

「グラエナ、【かみつく】!」

「マジでやべぇっ! ペリッパー! 【そらをとぶ】!」

 

 俺はペリッパー以外のポケモンをボールに戻すと、ペリッパーの脚に掴まって飛翔させる。グラエナの鋭利な牙が俺の脚を噛みちぎらんばかりに大きく、強く開かれた。

 

 ガチンッ!

 

 牙を噛み合わせる音が響く。間一髪、グラエナの口に俺の脚が入ることはなかった。が、どうやら奴さんガチで俺を狙っているらしい。ちょっと覗かれたからってここまでするようないたずらっ子だとは到底思えねぇ。

 

「いったいなんだってんだ! コソコソしてねぇで出てこい!」

「コマタナ! 【ちょうはつ】しろ!」

 

 すると、コマタナがペリッパーに向かって不敵に合図する。するとペリッパーは目に見えて怒り出し、進路を逃走から決戦に向けて変え始めた。

 

「おい乗るな! ペリッパー! おい!」

 

 俺をぶら下げたまま、ペリッパーは降下を開始、そのまま猛スピードでコマタナに突っ込んでいく。このまま接触は避けられない。なら――――

 

「【つばめがえし!】」

「必中! なら、【みずのはどう】!」

 

 先にこっちの射程に入ってきたコマタナに向けて、ペリッパーが波を発生させる水を放つ。それがコマタナを打つと同時、コマタナが放つ高速の一撃が、ペリッパーを《掠めた》。

 

「なに……!? なんで当たらない!」

 

 草むらに顔を隠している誰かがそう言った。さっき俺が聞いた声とは別、グラエナとコマタナのトレーナーは別だということらしい。

 

「当たったさ、コマタナの中ではな!」

 

 そう言い捨てて、今度こそ俺はペリッパーを高く羽ばたかせる。草むらから出てきたその人物はフードで顔を隠したままコマタナに駆け寄った。

 

「これは、"混乱"している……!?」

「そーゆーこった、あばよ!」

 

 必中が避けられないのなら、当てる対象をぼかしてやる。ほとんど言葉遊びみたいなもんだが、今回は上手くいった。コマタナは自分の頭のなかではペリッパーに攻撃を当てたつもりでいるが、それはコマタナの中だけの話だ。

 

「さて、どこへ逃げたもんか……ポケモンセンターに言って、匿名通報でPG(ポケット・ガーディアンズ)を呼ぶか……」

 

「――――もうふんわり考え事か」

 

 その一言は、風の合間に俺の耳へと入り込んできた。振り向いた瞬間、ベチャッとした何かがペリッパーにぶつかった。それは酷い臭いを発し、ペリッパーの意識を混濁させる。

 

「【ヘドロばくだん】……!」

 

「ご明察、そら次だ。"ゴルバット"、【エアカッター】だ!」

「まずいッ! 躱せるか!?」

 

 答えは否、ペリッパーに直撃した真空の刃。ペリッパーは飛行するだけの体力を残さなかった。徐々に高度を落としてしまう。だが、後ろからは例のグラエナが追いかけてくる。

 

「くそっ、戻れペリッパー!」

 

 瀕死寸前のペリッパーをボールに戻して、地面に着地するとランニングシューズをフル活用して走り出す。しかしグラエナもぐんぐんスピードを上げて俺を追いかけてくる。

 そんな時、目に入ったのは王城の遺跡だった。ちょうどツアー客が引き上げるところらしく、門が締まりかけていた。

 

「ちょっと失礼!」

「あっちょっと君! 待ちなさい!」

 

 どんどん閉まる門に向かって滑り込む。なんとか王城の門をくぐり抜ける。しかしどうやらグラエナも猛スピードで鍵のかかっていない門を【とっしん】で突き破って俺を追いかけてくる。

 王城の中に入り込むと、まず先に俺は上階を目指した。遺跡とは言うもののやはり観光客向けに綺麗にされているため、俺が駆け回っても埃など舞うことはない。

 

「はぁ、はぁ……ここまで逃げ込めば……」

 

「よく逃げたもんだ、入場料はきちんと払ったのか?」

 

 部屋の入口で主が来るのを待っていたグラエナ。その男もまたフードで顔を隠していた。しかし声からして、だいぶ若い男のようだ。

 

「追っかけてくるしつこいワン公がいてね、悪いが財布を出してる時間も無かったぜ」

「歴史的文化跡地に入場料も支払わずに駆けずり回るとは、まるで野蛮な野盗のようだな」

 

 その男のジョークは面白かった。確かに笑いが止まらない。

 

 

 

「俺が悪党なら、おめーら人間やめてんぜ」

 

 

 

 明らかな挑発、しかし男は乗ってこない。どうやら真正面からぶつかるしか助かる道はなさそうだった。

 

「いけ、グラエナ!」

「頼むぜキモリ!」

 

 お互いにポケモンを向かわせ衝突させる。キモリはグラエナに向かってその尻尾を振るい、脳天を狙う。しかしグラエナはキモリより数倍身体が大きい割に素早く、攻撃はなかなか当たらない。

 しかしグラエナの攻撃もまた、キモリには当たらない。すばしっこさなら負けていないからだ。グラエナの牙も爪も、キモリを捉えるにはいたらない。

 

「解せないな、なぜキモリに指示を飛ばさない」

「飛ばすまでもねーから、って言ったら?」

「バカにしているのか」

「ああしてるとも」

 

 今度の挑発には、手応えがあった。男がじわじわと俺に向かって寄ってくる。その分だけ俺はじりじりと、窓に向かって後退する。

 

「窓から逃げるつもりか? そんな隙、俺が与えるとでも?」

「与えてくんねーなら無理やり作っから安心しろ……さぁ、今だぜ!!」

 

 パチン、と再び指を鳴らす。すると男が不意に身体をぐらりと揺らして体勢を崩した。グラエナもまた、同じように周囲を警戒している。

 

「なんだ、地震……!? お前、いったいなにを……」

 

「癪だけど正攻法じゃ勝てないと思ったんでね、俺の得意な搦手を使うことにした」

 

 次の瞬間、部屋の中心に大きな穴が現れる。そう、この部屋には最初、大穴が空いていた。下の階まで続く、大きな穴だ。

 じゃあ、そんな穴のあるフィールドでなぜグラエナたちが派手に動き回れたのか、それはやつがこの部屋に現れたとき、()()()()()()()()()()()からだ。

 

 くにゃりと、床が首をもたげる。その顔は随分と可愛らしく、またいたずらっぽく男に向かっていた。

 

「俺の手持ちの一匹、"メタモン"。あんたが来たときのために、足場に【へんしん】させてたのさ」

「……ッ! この、小癪な! ゴルバット!」

 

「そっちもさせねえ、キモリ! 【たたきつける】!」

 

「何……っ!?」

 

 そのとき、男は見た。下の階の天井に予め張り付いて待っていたであろうキモリが、ゴルバットが攻撃を繰り出す前にゴルバットを階下へ叩き落とすのを。

 おかしい、それこそ自分がこの穴に落ちるまでキモリはグラエナと戦闘していたのだ。こんなに素早く、気づかないうちに階下へと回れるはずがない。

 

「覚えておくぞ、オレンジ色……ッ」

 

 捨て台詞のように呟いて、男は落下していく。少なくとも死にはしないだろう、情けをかけるより早く逃げないと……

 

「いやー、ナイスだったぜ! 二人共!」

 

 カバンに張り付いてるメタモンと、たったさっきまでグラエナと戦っていたキモリを労う。するとキモリは姿そのものを揺らす。やがて、キモリの姿が大きく揺らめいたかと思えば、その場にいたのは真っ黒いポケモンだった。

 

「"ゾロア"にキモリの技は使えないからな、指示は全部アドリブだったけど上手く行ってよかったぜ」

 

 そう言うと悪戯っ気のある笑みを先程までキモリだった"ゾロア"が浮かべる。イリュージョンによる化かし合いはこちらの勝ちのようだった。

 

「遺跡っつうぐらいだからな。どっかにボロボロの部屋があってもおかしくないと睨んだけど、ビンゴだったな」

 

 そもそもグラエナのしつこさ、ペリッパーをたった二撃で戦闘不能に持ち込むゴルバットを鑑みて、逃走中既に戦うのは諦めていた。だからこそ逃走経路に王城遺跡を選んだ。

 ポケモンセンターを巻き込むのは渋ったくせに観光客がいるかもしれない場所を選ぶのはどうなんだとは俺も思うけど、正直あの男と戦ってそれ以上の配慮は出来なかった。

 

「メーシャ、次はいざこざなしで回りたいもんだ」

 

 夜の町中をランニングシューズで走り、灯りの無い山道を最短で駆け抜けてハルビスタウンを目指す。仕方がない、今夜は事情を話して博士のラボかミエルの家に厄介になろう。

 そして気づく、ハルビスのポケモンセンターの宿を借りればいいということに。

 

「とりあえず、シャワーだな」

 

 走り回って、滑って、転がって、気づけばいたるところが泥だらけになってしまっていた。ジョーイさんに申請して部屋を借りると、サッと水を浴びて服を選択してパパパッと乾かす。

 ベッドに転がると、ポケモン図鑑を取り出す。さっき戦ったグラエナと、コマタナ、ゴルバットのデータを参照する。

 

「ポケモンバトルに入れ込むつもりはないけど、戦わなきゃいけない場面、出てきそうだしな……」

 

 ポケモンが覚えられる技を、その応用を、頭のなかで戦略として組み上げているうちに俺の意識はだんだんと眠りに落ちていった。

 そういえば、あの男たちが着ていたフード……もしかしたら制服なのかもしれない、な。

 

 

 ダイが眠ってしまった後、モンスターボールから勝手に飛び出してきたポケモンたちが布団をダイにかぶせると、勝手にその体に体重を預けるようにして各々もまた眠りについた。

 

 キモリはダイの背中に、自分の背を預け腕を組みながら。

 

 ペリッパーは足元でダイの脚を冷やさないよう、また自分も温まるように丸まって。

 

 ゾロアはキモリの反対側、ダイのお腹の部分で寝転がって。

 

 メタモンは枕に【へんしん】して、ダイの枕元で。

 

 それぞれがもう既にダイに対してとても懐いていた。ペリッパー以外はなし崩し的についてきたと彼は言ったが、ついてくる気になったときからゾロアも、メタモンも、キモリもダイの事を認めているのだ。

 彼が一人前のトレーナーになるかはわからない。ポケモンを捕まえる気も、好き好んで戦わせることもしないからだ。

 

 ただそれでも、彼と共にいることがひどく心地良いのである。そういう雰囲気を、ダイは持っているのだ。

 

 




ラフエル地方のマサラタウン的存在メーシャタウンでした。

今回戦った男たちは、いわゆる○○団です。いずれ名前は明らかになります(Twitterの概要部分では既にオープンになってますが)


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