アランとのバトルを終え、サンビエタウンに戻ってきた俺は少し息の上がったリエンと合流した。ふと、アルバの姿が見当たらない事に気づいた。
「あそこ」
リエンが指差す場所を見ると、大の字になってレンガ敷の道路の上に寝転がって存分に肩を喘がせているアルバの姿が。一方、一緒に走っていたルカリオはまだ大丈夫そうだった。
「タマゴ、どうよ?」
「「進捗ダメです」」
「さいですか」
クタクタになるほど走り回ったアルバがダメなのだから、それより少し早めに切り上げたリエンのタマゴもまた反応は無いみたいだ。
「今日はもう遅いし、ポケモンセンターに戻ろうぜ」
「そうだね、明日はロープウェイに乗ってレニアシティに行くんだしね」
そう、次の目的地はレニアシティのジムだ。情報によれば、ほのおタイプの使い手らしい。
俺の手持ちも、アルバの手持ちも相性がいいとは言い切れない。むしろ主戦力のジュプトル、ルカリオはほのおタイプにめっぽう弱い。
だとしても、一度ぶつかってみないことには始まらない。
ぐったりしてるアルバの両足を小脇に挟む。ルカリオがアルバの両手を持ち上げ、人間担架のようにしてアルバを運びポケモンセンター入りする。
「じゃあ俺たちは汗流してくるから」
「私も、汗かいちゃったし」
入り口でリエンと一旦別れると、俺とルカリオは男性浴場にアルバを放り込む。一段落、と息を吐いたルカリオはボールの中に戻る。
俺も服をロッカーに入れると身体を洗ってから大きな湯船に浸かる。ホウエン地方縁の"オンセン"を参考にしているらしい。程よい熱湯によって身体がじんわり暖まってくる。
「そうだ!」
極楽心地で浮かんでいたアルバが一旦ロッカーに戻った。と、次の瞬間アルバがタマゴを抱えて現れた。
「お風呂で温めたら早く孵らないかな!?」
「大丈夫か? 食べごろになったりしないか?」
「しないよポケモンだもん」
早速アルバは湯船にタマゴを浮かべてニコニコしだした。ぷかぷかと湯に浮かぶタマゴはともすればそういった玩具のようで、眺めていてなかなか退屈しない。
「ねぇ、ダイはタマゴ欲しくはなかったの?」
「興味はあったなぁ、ただどっかの誰かさんたちが「ものすごい育ててみたい!」って顔してたからな」
「ハハハ、僕そんな顔してた?」
「それに、今の手持ちだけで割と精一杯だよ」
ジュプトル、ペリッパー、ゾロア、メタモン。クセの強い連中だけど、今までそれなりにやばい局面も乗り越えてきた。
やばい局面といえば、バラル団だ。なんだかんだ行く先々で奴らに遭遇してる気がする。それにどういうわけか、下っ端以上の奴らに目をつけられてる……
PGの中でもそれなりの地位にいるアストンと面識があるのは大きいけど、いつでもどこでもあいつの力が借りられるわけじゃない。
「やっぱ強くなるしかなブクブクブクブク」
ちょっとマナー違反かなと思いつつ、湯船の中に沈んでいく。いろいろと違うが、クシェルシティでリエンに励ましてもらった時を思い出した。あのときは湖に突き落とされたんだっけ。
思えばリエンの考えることはちょっとだけわからない。不思議ちゃん、というやつだろうか。幼馴染のアイが一番親しい女性だったため、世の中の女性はみんなアイツみたいなガサツで図々しいものだと思っていた。だからタイプの違うリエンは時々どう接すればいいのかわからないタイミングが存在する。
ふと、彼女は俺と話すの楽しいだろうかと考えてしまった。接し方がわからないゆえに結構アイと同じようにズカズカと話しかけていないか、もしかしてそういうの迷惑だったりしないだろうか。
そもそも俺はなんでこんなにリエンとの関係に悩んでいるんだろうか。やっぱり一緒に旅をする間柄、パートナーのことを知っておきたいってことなのかな。
そろそろ息が続かなくなってきた、一旦上がろう。そう思ってゆっくりと浮上したときだった、アルバが目を回していた。慣れない熱湯に浸かりすぎたのだろうか、今にも湯船に突っ込んで気を失いそうな顔をしていた。
「お、おい! ルカリオ! 来てくれ!」
事態は一刻を争う。俺は脱衣所にいるルカリオに声を掛けた。すると自力でボールから出てきたルカリオと力を合わせて今度は浴場からアルバを放り出す。すると次々に俺の手持ちのポケモンが飛び出してきた。
ペリッパーが翼でそよ風を起こし、ルカリオが桶に汲んできた冷水をアルバの顔にぶちまけた、なんという荒療治。
「ったく、タマゴどころじゃねえな……」
独り言を呟きながら、未だに湯船に浮かんでいるタマゴを抱えた瞬間だった。かつん、と中から何かが蹴っ飛ばしてきた感覚があった。しばらく抱えていると、時々動いているみたいだった。
「風呂効果か……? んな馬鹿な……」
ルカリオがアルバに服を着せ、担ぎ上げた。とりあえず取った部屋に連れて行こう。俺も身体を拭いて服を着直すと脱衣所をあとにした。
「「あ」」
その時だ、隣の女性浴場の脱衣所からリエンが現れた。湯船に浸かったんだろう、顔が少し赤くなってて湯気が見える。そして手の中にはタオルで包まれているけど、タマゴがあった。
どうやら考えることはみんな一緒らしい。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
それから朝になるまでは早かった。アルバは湯あたりでダウンしていたためポケモンセンターに放置してきた。リエンはタマゴの世話の仕方をシーヴさんに尋ねに行った。俺も途中までついていったのだが、アランは休暇終わりに合わせて昨晩ハルビスタウンに戻ったらしい。アランがいないのではしょうがない、シーヴさんの育て屋をあとにした俺はふと視界の大半を占める大きな山を見やった。さらに視界の端に映るロープウェイ。
「まぁ、今日は自由行動ってことで……」
さっそく俺はロープウェイに乗り込むとレニアシティに向かった。どんどん高くなる位置、サンビエタウンや13番道路がどんどん小さくなっていきシーヴさんの育て屋がぽつんと小さく見えるくらいになった頃、ロープウェイはレニアシティの乗り場へと到着した。
「うわぁ……すげぇ絶景」
なんだか先に見ちゃったことを二人に申し訳ないな、と思いつつ周囲を見渡す。周囲と言っても、基本的には空だ。正しくは眼下、まるで精巧に作られたミニチュアのように連なる街々がまるでこの山を中心に出来上がってるみたいだった。
「"テルス山"、か……」
ナビによると、ロープウェイ以外にも登山家用のルートも存在するらしい。サンビエタウンを西の方向から出るとその道に出るらしい。最も、俺たちは軟弱者なのでロープウェイで昇降するけど。
街並みを見るのもいいけど、やっぱりまずはジムだろ。というわけでランニングシューズをフル活用して街の中を走り回る。
と、軽く街の中を二周くらい走った頃にそれこそ、空を背にする形でオレンジや朱色をあしらった、いかにもほのおタイプのポケモンジムです! という主張のジムが目に入った。
「よし、行くか!」
ボールの中のポケモンたちと頷きあい、俺はポケモンジムの門を潜ろうとして――盛大に激突した。普段は自動ドアで挑戦者を認識すれば開くはずなのに、なぜ……
もしかして、留守? そりゃないぜ、わざわざ山に登ってまで挑戦しに来たっていうのにあんまりだい。
「おーいジムリーダーさん!! いるなら開けてくれー! いなくても開けてくれー!」
我ながら意味不明だと思ったが、それにしたって誰もいないってことは無いだろう。こう、
門下生みたいなさ!
「いなくても開けてくれ、とは少し無茶だな」
その時だ、不意に後ろから声を掛けられた。大人びた雰囲気の男性だ、それに旅を続けてきた
長年の直感でわかった。ポケモンバトルをする人だ、とすると俺と同じ挑戦者……?
「その様子だと、ジムリーダーは留守のようだ。仕方ない、俺の用事は日を改めるとしよう。それはさておいて、君は挑戦者か」
「あ、あぁ……アンタは?」
「ここのジムリーダーとは知り合いで、会う約束をしていたんだがタイミングが悪かったらしい」
挑戦者、というわけではないらしい。随分と落ち着き払っていて、なんというか"大人"って
雰囲気が形になった人みたいだ。
しかし彼は電子ロックの掛かったポケモンジムの手のひら認証ロックに触れた。普通、
承認、ピッと小さな音を立てて自動ドアが挑戦者を迎え入れる。
「あの、何を……?」
「ジムに挑戦しに来たんだろう、代わりと言ってはなんだが俺が相手をしよう」
「はい?」
冗談を言ってるようには思えない。マジで言ってる。ポケモンバトルをする人だとは思っていたけど、ジムリーダーの代わりって……
「心配はいらない。こう見えて俺はレニアシティジムに限り、ジムリーダーの代理をラフエルの
ポケモン協会に認可されている。俺を倒すか、俺が認めればこの"ブレイブバッジ"を授けよう」
そう言って男が取り出したのは以前雑誌で見たことのある、レニアシティジムリーダーが挑戦者を認めた証であるブレイブバッジだった。繰り返すが本当の本当に、マジで言ってるようだった。
だけど、いったい何者なんだ? ジムリーダーの代理を認可されてるなんて、並大抵の――――
「アンタ、名前は?」
「名乗ってなかったか、俺はシンジョウ。こう見えて、別の地方でジムリーダーを任されている」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ここはレニアシティジムだが、ルールは俺が普段用いてるものを採用させてもらう。そう難しいルールじゃない。俺はポケモンを一匹、挑戦者は二匹用いてバトルを行う。手持ちのポケモンが
全て戦闘不能になったら負けだ」
「そんなルールでやってんの?」
相当な
どちらかが戦闘不能になれば負けというルールだ。だけど、シンジョウさんのルールは違う。
一匹で、二匹倒すと言ってるのだ。
「俺が出すのは、こいつだ。来てくれ、リザードン!」
宙に高く放られたモンスターボールが燐光と共に吐き出したのは炎の翼竜。気性が荒く、育てるのは至難だがそれだけに心強いポケモン。
そしてそれは相対する時、圧倒的なプレッシャーとなる。
リザードンが吠えた。ビリビリと震える空気、耳朶にガンガン来る感覚。
「こっちの二匹はこれだ! ジュプトル! ペリッパー!」
俺が放ったモンスターボールから頼れる背中が現れた。そのうち、俺はジュプトルをステージ
インさせた。シンジョウさんが怪訝と興味の中間の表情で尋ねてきた。
「初手に、ジュプトルか。理由を聞いても?」
「そりゃほのおタイプ相手なら、みずタイプは切り札にするでしょ」
「そうか、野暮をした。さぁ、存分にやろう」
館内アナウンスのホイッスルが鳴り響く。リザードンが大きく翼を羽ばたかせ、宙空へ上がるなり口から灼熱を撃ち放つ。しかしジュプトルもまた俊敏さを活かし回避する。「この程度なら当たらないぞ」という挑発の意思を感じる。だがそれはシンジョウさんにとってもむしろ好ましい態度だったようだ。今の攻撃はジャブ、ただの小手調べ。とするなら、
「回避筋は見えた。【だいもんじ】!」
当然、ストレートが来る。まるで咥えるようにリザードンが口の中に焔を溜め込み、それを一気に放出する。このまま逃げ続けたらジュプトルは丸焼きだ、
「ジュプトル、防げ!」
直後、ジュプトルは腕の新緑刃で地面を切り裂く。まるで板のように切り出された岩壁を捲りあげ、炎への盾にする。対象物にぶつかり、大の字に燃え盛る炎。盾にした地面すらオレンジ色に光りだすほどの熱、そう長くはこの盾も保たないだろう。だけど、それでいい。
炎の陰からジュプトルが飛び出し、リザードン目掛けてジャンプする。すぐさま【だいもんじ】を放つのを中断し、迎撃の姿勢に入るリザードン。こちらの動きは見えている、シンジョウさんの言葉にウソは無いみたいだ。
「【リーフブレード】!」
「迎撃だ、【ドラゴンクロー】!」
空中では姿勢の制御が難しい。飛行手段を持つリザードン相手に空中の白兵はやや分が悪い。だけど、壁すら足場に出来るジュプトルならその分を埋めることが出来る。
ヒットアンドアウェイの要領で一撃かち合ったら即座に離脱。壁、天井、ありとあらゆる場所を足場として反転するジュプトルがリザードンを翻弄する。
「後ろだ! 再び【だいもんじ】!」
振り向きざまにリザードンが大火を放つ。攻撃するべく既に振りかぶっているジュプトルでは回避ができない。炎がジュプトルを飲み込んだ瞬間、ジュプトルが消滅する。跡形もなく消え去ったわけではない。明らかに質量のないジュプトルだったからだ。リザードンが怪訝に顔を歪めた。
「今だ! 【かわらわり】!」
「ッ、【かげぶんしん】か!」
リザードンの死角、さらにシンジョウさんからはリザードンに遮られて見えない天井に張り付いていたジュプトルが弾丸のように飛び出し、リザードンの翼の付け根へと手刀を穿つ。クリーンヒットとまではいかなくとも、リザードンを一度地上へ降ろした。【かわらわり】によって翼に物理的ダメージを与えれば、リザードンの飛行能力にガタが出るはずだ。
そして、地面を主戦場にしたならジュプトルでもリザードンを圧倒することは可能なはずだ、勝機はそこにある。
「もう一度【かげぶんしん】だ!」
今度は一匹だけではなく、数十匹に及ぶジュプトルの分身が円を描きながらリザードンを包囲する。今の所、シンジョウさんのリザードンが放つほのおタイプの技は【だいもんじ】だけ。【かえんほうしゃ】ならともかく、【だいもんじ】は必要以上にリザードンの体力を消費する。ならジュプトルの回避率を限界まで引き上げ続け、消耗を狙う。
「なるほど、最初の【かげぶんしん】が一匹だけだったのは偽物だと見破られるリスクを減らすため……さらにトレーナーの死角すら利用するか……」
シンジョウさんがぶつぶつ呟いていた。訝しんだ俺は本物のジュプトルに、リザードン包囲網の一番外に回るよう目で指示を送る。シンジョウさんが不意に髪をかきあげ、はっきり見えるようになった両目は静かに、けど確実に
「楽しいな、このバトルは」
表情の乏しい、クールな男かと思っていたけどそうではなかった。燃えるものを持っている人だ、かつて俺の隣にいたアイラがそうだったように。
「全力で行く」
「望むところ……!」
次の瞬間、リザードンが【だいもんじ】を自分の足元目掛けて放った。対象物、つまり地面に激突した劫火はリザードンを中心に大きな大の字を描いて広がった。それを受けてリザードンを取り囲む無数のジュプトルの分身が消滅する。瞬く間に本物だけになってしまったジュプトル目掛けて、リザードンが踏み込んだ。
「【ドラゴンクロー】!」
「正面からの打ち合いだ、ジュプトル!」
満足に飛行できない今のリザードンは地上に縛られているも同然。地上が主なフィールドならば、フットワークの軽いジュプトルに分がある。質量を持ったオーラを両手に纏い、リザードンが爪を繰り出す。対して、ジュプトルも新緑刃を閃かせ、激しく打ち合う。リザードンの攻撃は一撃が重い、ジュプトルの軽さでは押し負けることもあるがそこは柔軟性を持って対処する。ジュプトルは攻撃を正面から打ち合わせるようにして、
【かわらわり】も【リーフブレード】も、本来ならリザードン相手では有利に働かない技だ。それでも、こうして連撃で繰り出せばダメージは蓄積される。
このジム戦、入れ替えは自由。ジュプトルを下がらせ温存した上で、本命のペリッパーによるみずタイプ技でノックアウトに持ち込むという手もある。
「素早さなら自分たちに分がある、と思っているな」
「バレた……でも事実だ」
「今の状態ならな」
その時だ、リザードンが異様な覇気を放った。ジュプトルが気圧され、たまらずに距離を取った。俺はポケモン図鑑を取り出してリザードンをスキャンした。そして、今の覇気の正体を知った。
「【りゅうのまい】……!」
青い稲妻を身にまとったリザードンの速度はジュプトルの剣速に追いついていた。それどころか、一撃一撃がさらに重くなっていた。ジュプトルが攻撃を往なし切れなくなっていた。
ジュプトルはリザードンの【ドラゴンクロー】を回避する方向にシフトした。しかしそれはヒットアンドアウェイも安易には狙えない状況に変わったことを意味する。
しかしそうこうしている間に、リザードンはさらに【りゅうのまい】で素早さと攻撃力を高めていく。
「……君は図鑑所有者だったのか」
静かに、シンジョウさんが尋ねてくる。俺は首肯で返す。
その時小さく、彼の口角が持ち上がった気がした。
「なるほど、確かに戦術が知識を元に組み立てた、という印象を受ける。そのジュプトルも、相当鍛えられている」
表情は相変わらずフラットで読めないけど、恐らく褒められているんだろう。
だが、とシンジョウさんは言葉を続けた。
「鍛えているのはこちらも一緒、努力量が一緒だとして、残るは相性と実力が勝負に影響する」
シンジョウさんが言い切った瞬間、リザードンが正面から迫るジュプトルの攻撃を
「ッ、まずい! 抜け出せジュプトル!」
「詰めの【だいもんじ】だ」
地面に縫い付けられたままのジュプトルを灼熱の劫火が襲う。ジュプトルの苦悶に呻く声が聞こえてくる。フィールド全体を焼きかねない広範囲の【だいもんじ】、場外にいる俺ですら熱さに汗が止まらない。
やがて、数秒の放出を終えリザードンが後退する。上から巨体が退いたジュプトルは、ゆっくりと立ち上がった。シンジョウさんが意外そうに眉を寄せた。
「耐えた、か」
「今ので、隠し玉もおじゃんだけどな……」
そう言うと、シンジョウさんはリザードンの足元に散らばる灰になったなにかを見つけた。それは紐のように細長く、空気に触れるだけで簡単に崩れた。
「【やどりぎのタネ】だな、リザードンは基本俺に背を向けて君たちに相対している。つまりリザードンの前面は俺にとっての死角、随分と搦手が上手いな」
「シンジョウさんも言った通り、努力量……経験も実力も相性も全部負けてるなら、セコい手でも使わないとその差は埋まらないってね」
額から頬を伝う汗を拭いながら、啖呵を切る。ほぼ強がりみたいなものだ、今のでヤドリギは全て焼き払われた上にジュプトルはほぼ瀕死状態。ここから攻勢に転じるのはまず不可能だ。
俺はジュプトルを下がらせようと、ボールを構えた。その時だった。よろめきながら体勢を立て直していたジュプトルが一気に立ち上がり、リザードンに向かって吠えてみせた。
「無茶だジュプトル! 下がれ!」
そんな俺の言葉すら跳ね除けて、ジュプトルはボロボロになった腕の新緑刃に全力を込めだした。「俺はまだやれるぞ」と、話を聞かない。
だが、ジュプトルの腕の新緑刃は数こそもはや一本のようなものだが、その大きさは従来を大きく凌ぐ大太刀のような大きさへと変化していた。特性の"しんりょく"だ、確かに一撃必殺を狙うならこれ以上無い条件だ。
「蛮勇もまた
一瞬だけど、シンジョウさんが逡巡するような仕草を見せてから、ポケットから一枚のカードのような物を取り出した。それに嵌め込まれているのは、虹色の石。
それが徐々に、光を宿し始めた。
「全力のその上へ、限界を超える。覚えておけ、これがポケモンの可能性だ――――」
その光はやがて、天井のライトよりも強く激しい光を放つ。そしてその光に呼応するように、リザードンの身体の一部が輝きを放つ。よく見ると、類似する石が身につけられていた。
光の奔流は風を呼び、やがて突風もかくやという風が屋内に吹き荒れる。
「――――劫火よ、我が決意を糧にさらなる高みへ至れ」
俺もジュプトルも、地面に食らいつかなければ吹き飛ばされてしまいかねない突風。さらに目を開けているのも辛いほどの輝き、俺はゴーグルを下ろしサングラスモードを起動する。それでもなお視界全体を覆うような光が目の前に広がっていた。シンジョウさんとリザードンが腕を天に突き上げ、叫んだ。
「"メガシンカ"!!」
光が、弾けた。
そこにいたのは、
見たことのないリザードンの姿、俺は震える手でポケモン図鑑を取り出した。しかしポケモン図鑑すら今のリザードンの姿は測定が出来ないのか、表示がハッキリしない。
姿が変わったからか、ジュプトルが与えた翼の付け根へのダメージが回復したのか黒いリザードンは宙に舞い合がると右腕に巨大なオーラを纏わせてまるで彗星のように光を纏ってジュプトルへと降り注ぐ。
「【ドラゴンクロー】が来る!」
黒いリザードンが纏った光は熱を帯びていた。それに気圧されたジュプトルの反応が遅れ、"しんりょく"の力で底上げされた【リーフブレード】を数瞬遅れて繰り出した。
元々【りゅうのまい】で上げられていた攻撃力、さらにシンジョウさんが口にした"メガシンカ"という言葉がそのままを意味するなら、きっと従来のリザードンを遥かに凌ぐ膂力を持つはず……!
彗星が地面に激突する。舞う砂煙と、その中から吹き飛ばされてくるジュプトル。傍目から見て、完全に戦闘不能だとわかった。奥歯を噛みしめるより先に、焦りで俺はペリッパーを場内へ送りだす。
「【みずあそび】と【きりばらい】だ!」
ペリッパーはすぐさま周囲に水を巻き、空気中の水分を増加させる。その上で砂煙を羽ばたきによって散らす。煙幕の中から黒いリザードンが現れた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
落ち着け、図鑑が頼りにならないなんて、そんなのラフエル地方に来る前はずっとそうだった。その状況に戻っただけだ、それにあくまで相手はリザードン。ほのおタイプであることに変わりはないはずだ……!
「考えているな、それでいい」
「ッ、【みずのはどう】!」
ペリッパーが口から水の衝撃波を放つ。黒いリザードンはそれをひらりと交わすと、再び爪に特大のオーラを纏わせてペリッパーへと迫る。
【みずあそび】で軽減できるのはほのおタイプの技だけ、それに炎に元から耐性のあるペリッパーにわざわざ体力を消耗する【だいもんじ】を放つとは思えない!
当たるまいとペリッパーが飛行戦を繰り広げる。だけど黒いリザードンの方が素早さが高いらしく、徐々に追い立てられていく。しかしペリッパーは自分が追われる立場にあることを利用して、羽ばたきをやめて急制動を掛け、空中に静止する。黒いリザードンがペリッパーを追い越し、旋回しようとする。距離は十分以上離れている。旋回から再接敵まで、時間はある。勝負はここだ!
「【ハイドロポンプ】!!」
極限まで溜め込んだ水を勢いよく放出する。さらに水流の太さを絞ることで水圧をビームのように上げる方法で放たれたそれが旋回中の黒いリザードンへ直撃する。
「よし、直撃!! これで――――!」
「どうかな」
シンジョウさんがピシャリと言い放った。俺はゴーグルを外して目を凝らした。旋回中の黒いリザードンには確かに【ハイドロポンプ】の水流が直撃している。だが、
水圧を上げ威力を上げたところで、黒いリザードンはものともしていなかった。そして、巨大なオーラを纏った右腕が稲妻に包まれだした。
「【かみなりパンチ】だ」
再び彗星と化した黒いリザードンは【ハイドロポンプ】を正面から受け止めながら、ペリッパーへ再度接敵。【かみなりパンチ】をクリーンヒットさせた。
一撃だ、ペリッパーは吹き飛ばされながら目を回し、地面に落下する。ひと目で戦闘不能だとわかってしまい、俺はボールに二匹を収めた。
「ジム戦終了、良いバトルだった」
シンジョウさんの言葉は皮肉ではなかった。差し出された手を、少しだけ乱暴に取った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「かー負けた負けた!」
レニアシティジムをあとにした俺はレニアシティのポケモンセンターでポケモンを回復させると外に出た。もうすぐ地平線に太陽が沈む頃合いだ、サンビエタウンに戻らないと。
あのあと、シンジョウさんはまたジムを締めてポケモンセンターに行く俺に付き添ってくれたが、なかなか興味深い話も聞けた。
「メガシンカっていうのか、アレ」
遠い地方で伝承している技能らしい。ポケモンがバトル中のみ進化する特殊事象。必要なのはトレーナーが身につける"キーストーン"と呼ばれるアイテムと、ポケモンが身につける"メガストーン"。
さらにはポケモンとの強い絆が必要らしい。それこそ、
「今のお前と俺じゃ無理っぽいな」
俺がそう言うと隣を歩いているジュプトルがそっぽを向いた。さっきのバトル中、ジュプトルは一度俺の命令を聞かなかった。元々バトル意固地なやつではあったけど、このままじゃ行けない気がする。
ジュプトルとは何度も死線を潜り抜けたし、クシェルシティジムのサザンカさんを倒せたのはひとえにこいつの活躍ありきと言って間違いはない。
「まぁ、今度は本当のジムリーダー相手に頑張ろうぜ! 期待してるからな」
そっぽを向きながらではあったが、ジュプトルが返事をする。しかしシンジョウさん曰く「レニアシティのジムリーダーが持つ可能性は俺以上」だそうだ。
いったいどんな人なんだろうな、早くジムを開けてほしいもんだ。
来た時と同じようにケーブルカー乗り場までやってきた。あとはトレーナーパスを提示すればいいのだが、どういうわけかパスが見当たらない。
「もしかしてポケモンセンターに置いてきたか……?」
ジュプトルたちを回復させる際、そのまま受付に置いてきてしまった可能性がある。
ポケモンセンターに忘れてきたならまだいい。どこか道で落としたのなら探すのは大変だ、PG交番辺りに届いているといいんだけど。
「一旦、取りに戻らないとな……ん?」
ケーブルカー乗り場から離れてしばらく走ったところで、俺はあるものを見た。鞄からデボンスコープを取り出すとそれを装着する。
街中にあるなんてことはない古びたビル、その三階に位置している窓で確かに見た。
「あれは、バラル団……!?」
胸の奥がざわついた。なんだってこんな街中に。隣を歩くジュプトルが俺の裾を引っ張った。確かに、クシェルシティ以来の因縁がある。それにここで何をしてるのかを突き止めれば、アストンたちの助けになるはずだ……
俺はデボンスコープを外すとそのまま古びたビルの割れた窓から建物の中に侵入した。
今回、ジョシュア(@Joshua_0628)さん家のミスター主人公「シンジョウ」さんお借りしました。
彼がダイくんの先を行くことで、ダイくんもちゃんと主人公になれますように。