ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSマニューラ 雪を解かした悪魔

 薄暗い部屋、コンクリートの箱の中で目を覚ます。かれこれ、目を覚まして鉄格子を目にすること約三回。

 ガチャリ、と重い金属扉を開閉する音が響く。すると隣人たちが途端に格子に組み付いた。が、俺はそんなことはしない。

 

「飯の時間だぞ」

 

 台車に乗せられた質素な飯、ちょっと前までサンビエタウンやモタナタウンで名産を口にしていたとは思えないほどに貧しい食事だ、心も踊らない。

 しかし、俺の独房にはかれこれ数時間前に配給された飯が手付かずで残っていた。

 

「お前、また食ってないのか」

「無実の罪で投獄されたのにムショの飯なんか食えるかっつーの」

 

 飯当番の看守はムッとしたように、手付かずの飯を回収し律儀に新しい温かい飯を置いていく。これも手を付けるつもりはないけど。

 全ての人間に飯が行き渡ると、この空間は再びならず者の溜まり場へと早変わりした。

 

「お前らはお前らで、よくもまぁパクパクと美味そうに食うよなぁ」

「うっせーオレンジ色ォ、俺たちだって好きで食ってねーよ」

 

 そう言いながら、なんだかんだ俺の言葉に反応したのはバラル団の三馬鹿ジャン。その隣の房に入ってるジュンは割りかしマジで美味そうにガッツいている。

 俺たちはレニアシティのPGに捕まった後、一晩待たずにポケットガーディアンズのお膝元である"ペガスシティ"へと送られ、特別拘置所へとぶち込まれてしまった。

 

 なんと言っても普通の犯罪者と違い、バラル団などの組織犯罪に関わったと思われる人間は数時間ごとに取り調べが行われる。ハードスケジュールにそろそろウンザリしてきた。

 

「もし食わないならお前の分、もらってもいい?」

「ああいいぜ、お前が俺の房に来れるならな」

 

 食い意地の張ったジュンがションボリして隅っこで丸くなる。それを見てジャンがため息を吐いた。

 

「くそ、ジョンのヤツ無事だと良いんだが……」

 

 ジョン、と言えばレニアシティのビルで俺が昏倒させて制服を奪ったやつだ。ここにいないということは未だにあのビルのフロントの陰で伸びてる可能性がある。

 俺の取り調べまで時間がある。もう一眠りしようとしたところでジャンが「おい」と俺を呼び止める。

 

「食っとけよ、いざって時動けねーぞ」

「いざって時は来ないだろ、俺は無実を証明してここからおさらばすんだ」

 

 適当にあしらって目を瞑る。寒さを気にしないようにしても、やはり地面から伝わる寒さは誤魔化せない。こんな時、ゾロアが入れば暖かいしメタモンにほのおタイプのポケモンに化けてもらえばストーブ代わりになるのに……そういえば、あいつらはどうしているんだろうか。バラル団のポケモンたちと一緒にいるんだろうか。いじめられたりしてないだろうか。

 

 でも、ふと思うことがある。バラル団は悪党だ。だけどあいつらのポケモンはトレーナーによく懐いてる。トレーナーに命令されているから渋々悪事に手を染めているポケモンたち特有の気の弱さが全く感じ取れないんだ。バラル三頭犬イグナのグラエナや、ジンのスピアー、ケイカのギャラドスがまさにそうだ。ケイカに至っては、ギャラドスを意図的にこんらんさせる作戦を取っておきながら信頼は崩れていなかった。

 

「ポケモンにも信念がある」

 

 その信念と、バラル団の目的が一致しているから強いのか……?

 俺とポケモンたちだって、今は勝ちたいって思いが一致してるからジム戦を勝ち続けて来れた。それと同じなのか、悪事で繋がる信念って一体なんなんだ、バラル団の目的は――――?

 

 

 目を瞑って考え事をしていると、金属扉がまた開いた。飯の時間にはまだ早い、取り調べも同じだ。

 だけどその時、ふわりと香水の匂いが漂ってきた。そして硬質の床をブーツが踏みつける音が近づいてくる。

 

「出ろ」

 

 鈴のような声、聞き覚えがある。目を開けるとそこには金髪の冷血女が突っ立っていた。

 アシュリー・ホプキンス、ポケットガーディアンズの中でも上位に位置する警視正なんて役職につきながら現場に出てくるような変わり者。

 

 相変わらず氷のような目つきが美人を台無しにしている。もちろんそういうのが好みのやつもいるだろうが、俺のタイプじゃない。

 

「デートのお誘いかな、悪いねみんな」

「楽しんでこいよオレンジ色」

 

 開けられた格子を潜り抜けると、胸ぐらを凄まじい勢いで掴まれ向かいの格子に叩きつけられた。アシュリーさんは俺を格子に押し付けながら言い放った。

 

「私は冗談が嫌いだ」

「どうもすいません、ちなみに俺は暴力が嫌い」

「口が減らないな」

 

 これ以上からかうとマジで制裁を受けかねないので口を噤む。俺の手にカッチリと手錠が掛けられ、ロープで繋がれる。これで物理的脱出は不可能になった。

 ロープで繋がれながら連れ歩かされて喜ぶ特殊な趣味はない。せめて歩く度にふわふわと揺れるアシュリーさんのロングストレートを目で楽しむ、楽しむにしても限界はあったけど。

 

 取り調べ室はテレビで見るような簡素で寒々しい部屋だった。俺はドアを向かいにするよう椅子に座らされ、対面にアシュリーさんが座る。同じ宅に着いていざ対面すると本当に美人だな、これで脳みそがカイリキーじゃなければ引く手数多だろうに。

 

 俺の瞼にはきっちり山肌を水流で削り、暴走するケーブルカーにポケモンの大技をぶち当て強引に停車させた彼女の姿が焼き付いている。

 

「ここなら邪魔は入らない」

「二人っきりを強調したいならもう少しムードをですね……」

 

 直後、氷柱が俺の顔をギリギリ掠めながら壁へと突き刺さった。これまた、俺の瞼に焼き付いたポケモン、エンペルト。彼が出てくる瞬間も、彼女がボールを開ける瞬間も、認識したのは後ろで氷柱が砕け散った瞬間だった。絶対零度の視線が俺を射抜く。

 

「先程言った言葉の意味が、分からなかったのか?」

 

 マジでキレる数秒前だ、なんならもうキレちゃってる。俺はため息を吐いて、吐いて、吐きつくす。本当のことしか言い続けてないのに、否定され続けるのはいい加減頭に来る。

 

「口を割らせようったって無理だぜ。俺はバラル団員じゃないし、知ってる情報は無い! せいぜい、俺と一緒にぶち込まれてた奴らは組織の中で強襲班に分類されてるってことだけだ!」

「意外にペラペラ喋るな、その調子だぞ」

 

 アシュリーさんが腕を組み、相変わらず俺を見下しながら続きを促す。が、正真正銘俺に吐けるのはここまで。

 何か無いか、ここでひとまず間を保たせるための口実とか、何か……

 

 必死に記憶を探る。ゾロアが先に潜入してライブキャスターで拾ってくれた音声の中でこの場をやり過ごす情報、無かったか。

 

「そういえば組織の役職……というか、誰か人の名前を言ってた気がする……なんだっけ、確かあの連中を束ねてる幹部の名前は……そうだ、"イズロード"って名前が出てた」

 

 俺がそういうとアシュリーさんは目を見開いた。初めて、俺の言葉を受け流さずに受け止めた。

 

「ほう、上司を売る気になったか」

「ああもうそれでいいよ……」

 

 どうあがいてもアシュリーさんは俺をバラル団員にしたいらしい。それならそれで、こっちにも考えがある。我ながら、ぶっ飛んでると思うけど。

 

「そこでアシュリーさんに提案があるんだけど、取引しない?」

「悪党と取引はしない」

「そう言わずに。司法取引だっけ、情報を提供して捜査に協力する代わりに罪を無かったことにしてもらうっていう、さ」

 

 逮捕された者の権利を最大限に利用していく。というか本当に、アストンに確認を取ってもらえば一発で冤罪だって分かるんだけどな……それをこのカイリキー女に期待しても仕方がない。

 アシュリーさんはというと、指を顎に添えて考え込む仕草を取っていた。

 

「イズロード……まさかここでその名を聞くとはな」

「そんなにやばい人なのか……?」

「まさか団員にも知られていないということはないはずだぞ」

「新入りなもんで」

 

 そう言うとアシュリーさんは半ば憐れむような視線をこちらに投げかけてきた。大方、組織に加入した割に全く期待されていなかったから幹部の功績も知らないと思われているのだろう。

 取引には応じないと言ったはずのアシュリーさんだったが、やがて考え込む仕草を続けると立ち上がった。

 

「ひとまず今日の取り調べは終了だ。他の面子からも絞れるだけ情報を絞ってから貴様の処遇を決める」

「前向きな方向で頼むよ」

 

 こっちには一応、「あの日バラル団がレニアシティで何をしようとしていたのか」っていうカードも持ってる。他の純粋なバラル団員たちが情報を喋るとは思えないし、次の俺の取り調べの時にこれを切り出せば取引は成立するはずだ。

 

 再びアシュリーさんに連れられて格子の中に入れられる。やはりひんやりとしたこの部屋は苦手だ、ベッドとプライバシーが無いのも個人的に好かない。

 それから順番に他の団員たちも聴取に連れ出されたが、俺はとにかく眠ることにした。今はただただ、経過する時間を認識するのがしんどい。

 

 

 

 

 

 空腹を誤魔化すためか、俺の頭はかなりアッサリと意識を手放した。ただ、夢の中で俺は意識を保っていた。

 明晰夢、というやつだろう。詳しい話はあまり知らない、いつだったかアイと一緒にイッシュ地方を旅しているときに専門家から話を聞いたことがあるから、恐らくそれを覚えていたんだろう。

 

 夢の中で俺は白と黒が混じり合う境目に立っていた。

 

 それぞれの色のついた空間の中にそれぞれたった一つだけ、対になる色に輝く石があった。俺は黒い空間に漂う白い石に近づいてみた。

 白い石は、その暗黒の中にありながら全てを照らし出すような眩さを持っていた。触れようとすると、思ったよりも高熱で火傷しそうになった。

 

 黒い空間から離れ、今度は白い空間の黒い石に近づいた。

 目が潰れそうなほど輝かしい空間の中で、一際強く暗い輝きを放つ石。白い石のことがあったからおっかなびっくり触ってみる。

 

 するとバチッという音がした。気づけば俺は手を引っ込めていた、感覚としては静電気のような感じだ。

 

『君は英雄たらんとするものか?』

 

 その声は、黒い石から聞こえた気がした。明滅する黒い石に焦点を当てる、英雄たらんとする、か……

 

「たぶん、英雄には興味無い、かもしれない。そういう柄じゃないからな」

 

 すると黒い石はまるで()()()()()()()()()()()()()()()かのように声だけで小さく笑って見せた。今度は白い石が問いかけてくる。

 

『じゃあ君が求めるものはなに?』

 

「俺が、求めるもの? とりあえず今は釈放かな」

 

『そういう現在形のものじゃなくてさ、そうだな……このラフエル地方で君が証明したいもの、だよ』

 

 白い石もまるで俺をからかうみたいに、身体……と表現していいのか、ゆらゆらと面白げに漂う。

 それにしても、この旅で俺が証明したいことか……と言っても、今すぐには具体的に思い浮かばない。

 

「ぼんやりとしてるけど、俺が証明したいのは強さかな。ラフエル地方(ここ)に来たのは、俺が幼馴染(アイ)の腰巾着じゃない、一人の立派なポケモントレーナーだって証明したいからだ」

 

『そうなんだ。でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんだそりゃ、俺の前前前世か? それってもう別人もいいところじゃないか」

 

 というか、数百年前の俺とお前たちは面識があるのか? よくわからん、がよく考えればこれは夢だ。俺が気にする必要は無い。

 そろそろこの二色の世界も気味悪くなってきた、喋る石なんかもいるしな。しかしこの空間には出口がない、出ようと思って出られる空間では無さそうだった。

 

「夢の中からって、どうやって出るんだ……?」

 

『君が目の前の真実を見ようとすれば、いつだって出られるさ』

 

 白い石がそう言う。いちいち言うことが抽象的なんだよな、この石。続いて黒い石もまた言った。

 

『君が遙か先の理想を追い求めれば、いつだって出られるよ』

 

 ここまで来て、俺は悟った。

 俺の頭は幾許か、想像力が逞しいということに。

 

 

 

 

 

 ――――刹那、大爆発。爆音が俺の耳朶を蹂躙する。空が地面に、地面が空になる感覚。

 

 

 

 

 

 

 白い石の言う通り、目の前で起きている"真実"が俺を叩き起こした。もくもくと立ち上る煙と埃で思わず咳き込む。

 

「な、なんだ……!?」

 

 目を開けるとさっきまで壁だった瓦礫がそこら辺に転がっていた。個々の房を仕切っていた鉄の格子はぐにゃぐにゃにひしゃげ、へし折れていた。

 ブーツが硬質の床を蹴る音。壁に空いた穴からバラル団のメンバーが逃げていくのがわかった。

 

 しかもご丁寧に、俺の房からジャンの房への格子が綺麗にすっぱ抜かれていて、ジャンの房から外へ出られそうではあった。

 けどここでバラル団に便乗して逃げるというのは、一線超えた悪人になってしまう。そう考えると、俺はここで大人しくしてるのが一番だと思った。

 

 ところがその時、壁の外の光を遮る何かが現れた。それはポケモン"クロバット"に掴まり、フードを被った存在。下っ端の服とは微妙に異なるデザイン、何よりそのツリ目に見覚えがあった。

 

「よう、オレンジ色。仲間が世話ンなったな」

 

「お前、イグナ……」

 

 バラル団隠密班長にして、俺がこの地方に来て最初に紡いだ因縁。

 

 執念のイグナが、そこにいた。俺はカラカラの喉を震わせながら、言葉を紡ぐ。

 

「話をしてる暇ァ、ねえんだ。一緒に来てもらうぞ、お前に会いたいって人がいるんだよ」

「俺が大人しく着いてくると本気で思ってんのか?」

「ついてくるさ、お前はな」

 

 そう言ってイグナは後ろにいた下っ端に指示を飛ばし、俺のカバンや逮捕された時に持っていた荷物を一式寄越した。だけどその中に俺のポケモンたちはいなかった。

 

「探してるものは、ここだ」

 

 トレーの上に乗った四つのモンスターボールは、イグナの手持ち"コドラ"の足の手前に置かれていた。俺が断れば、ボールごと踏み潰すつもりだろう。

 

「汚い真似しやがって」

「なんとでも言えよ、俺達は悪党だからな」

 

 イグナはそう言うとコドラに前足を挙げさせた。ボールの中で申し訳なさそうに俺を見上げる奴らを、一瞥。荷物を纏めて立ち上がる。

 そんな俺の姿を見て、イグナは満足そうに手を下げた。

 

「ジャン、ジュン。今ジンとジョンが外でPG相手に大暴れしている、新入り二十人を纏めて西エリアに迎え。ソマリが撤収用の大型ヘリをスタンバらせてる」

「わかりました! イグナさんは?」

「俺はオレンジ色(こいつ)と残り十人を引っ張って一度北エリアへ行く」

 

 さすがは班長と言ったところか、あっという間に指揮を行い大量の人間をまとめあげてみせた。敵ながら、相変わらず洗練された手腕だ。

 ジャンとジュンがバラル団式の敬礼をして刑務所を脱獄する。外でジンが暴れているというのは本当らしい、戦争のような喧騒が壁の外から聞こえてくる。

 本当なら、今すぐ壁の外のPGに合流して暴動を収めたいところだが以前として俺の手持ちはイグナの手の中だ。

 

「グラエナ、索敵を始めろ。逃走経路に邪魔がいたなら先行して排除して構わん」

 

 イグナは走りながらグラエナを進行させる。すんすんと先の臭気を探り、集団を先導する。イグナが邪魔は排除しろと言ったが、グラエナは見事に手薄な場所へ俺たちを誘導した。

 西に向かったジャンとジュン率いるバラル団員たちとは違い、イグナは北エリアに向かっているようだ。

 

 ビルとビルの間、暗いネオン街をまるで闇夜慣れした獣のように通りすがるバラル団。隠密班の名は伊達じゃないらしい、ファーストコンタクトがファーストコンタクトだけに舐めきっていた。

 ペガスシティの北区はアミューズメント施設が集まるエリアだ。夜になるほど活気づくペガスシティの中で唯一、夜の閉園後に人気が無くなる。

 

 そうしてイグナの後に続いて走ることおおよそ二十分ほど。到着したのはペガスシティで一番大きな遊園地だった。

 先んじて入園用の改札機器が破壊されているのか、入場料を支払わずにイグナが通り過ぎる。いつか観光で来たかった場所だけに、俺としては少し複雑な気分となった。

 

「連れてきたぜ」

 

 イグナは前方、巨大なメリーゴーランドに駆け寄るとバラル団式敬礼を行いそう言った。すると天井から吊るされているシママの模型の影からスッと人影が現れた。

 その人影を見た瞬間、全身が震え上がるのを感じた。寒気? 寒気かもしれない。ゾッとするような、冷気を身体が感じ取ったのかもしれない。

 

 だけど、一番はたぶんプレッシャーだ。今すぐに、地面に屈してしまいそうな圧倒的な迫力があの人影から俺に向けて放たれている。

 

 

 

「――――イズロードさん」

 

 

 

「ご苦労、イグナ。下がって構わんぞ」

「了解」

 

 やがて月明かりに照らされて現れたその男は無精髭に特異な格好をした中年の男性だった。だが灰色に濁った目とそこから放たれるプレッシャーで俺は喉が締め付けられたような気がした。

 

 こいつが、この男が、バラル団幹部の一人……イズロード!

 

「わざわざご足労いただき恐縮だ、君が我々バラル団の邪魔をあちこちでしているという、オレンジ色君だな」

「だ、だったら……」

 

 その声はようやく絞り出せた。緊張で、喉が乾く。クスクスと嘲笑う下っ端たちを睨み返すようにしながら、俺はもう一度喉を震わせた。

 

「だったらなんです? 俺をこの場で始末しようって腹か?」

「そう結論を急ぐな。私は君と話がしてみたくて、ここへ連れ出したのだ。刑務所の中では落ち着いて話も出来んだろう」

「確かに。アンタが面会に来たら間違いなくシェアハウスが始まりそうだ」

 

 軽口に逃げなければ膝が笑ってしまいそうだった。しかしイズロードはそんな俺の冗談に、なんとクツクツと笑ってみせた。

 

「面白い冗談だ。何より、この場で私と対峙しながら逃げようという姿勢を見せない。ますます気に入った」

 

 そう言いながら、イズロードは指で弾くように素早くモンスターボールをリリースした。俺は一瞬遅れたが、ボールからヤツのポケモンが出てくるより先にヤツの右手前でご丁寧に整列してるバラル団の方へと駆け出した。

 

 出てきたポケモンはかぎづめポケモン"マニューラ"だった。ラフエル地方に来るまでに何度かアイが戦ってるのを後ろから見ていたことがある。そもそもマニューラという種が素早いポケモンだ。こちらもスピードタイプのポケモンで応じなければ翻弄される。

 

 俺はバラル団の下っ端を盾にしながら確実に、イグナへと距離を詰めた。狙いは、イグナが抑えている俺のポケモンたち!

 ヤツは俺の荷物をカバンごと寄越したが、どうやら中身までは確認してなかったらしい。レニアシティでジョンのポーチからパクった――――

 

 

「――匂い付き煙玉だ!」

「なっ、これは……!」

 

 

 香辛料に使われる木の実を乾燥しすり潰した粉末と酸味の強いノメルの実の果汁を煙玉の勢いで射出する。俺がこれを使うことを予想していなかった平団員たちは目を抑えて踞る。

 一方、班長同士お互いの手の内を知り尽くしているイグナには効かなかったが、防毒マスクをしていない状況下でヤツはフードで顔を覆う。

 

 即ち、大きな隙が出来る!

 

 イグナの手から俺の手持ちを奪取すると、そのままマニューラ目掛けてモンスターボールをリリースする。俺の手持ちで一番のスピードアタッカー!

 

「頼むぜ、ジュプトル!」

 

 ボールから飛び出したジュプトルがマニューラへと勢いよく体当たりする。体勢を崩したマニューラだったが、器用にバク転を繰り返しイズロードの足元へと戻った。

 イズロードはというと、未だに俺を値踏むような視線を投げかけながら、ハンドサインでマニューラに指示を出す。

 

 初めて戦う相手、しかもポケモンマフィアの幹部。出す技から対策を立てたいところだが、ハンドサイン……即ち予め決めておいた指示を出されるとこちらは直前まで対応が出来ない。さすが、抜け目のなさはジンやイグナ以上だ。

 

 マニューラは素早くジュプトルを取り囲むように動く。目にも留まらぬスピード、であるなら【こうそくいどう】か【でんこうせっか】である可能性が高い。

 

「早くても、倒す手段はある! 【マジカルリーフ】だ!」

 

 ジュプトルは手持ちの葉っぱを手裏剣のように撃ち出す。それが不思議な光を帯びて、残像を生み出すほどの速度で走るマニューラを捉えた。

 手裏剣が刺さる、鋭い音。たまらずマニューラが動きを止めた、今がチャンスだ!

 

「切り裂け、【リーフブレード】!」

 

 十八番の近接技、【リーフブレード】。腕の新緑刃に力を込め、ジュプトルが斬りかかる。しかしマニューラは一瞬で持ち直すと、今度は【かげぶんしん】で大量に数を増やした。

 イズロードが手を横に薙ぐような仕草をする。【かげぶんしん】で増えたマニューラが一斉に手中に冷気を集中させ、【こおりのつぶて】を作り出す。

 

Fire(撃て).」

 

 必ず先制攻撃出来る【こおりのつぶて】を、大量に分身したマニューラが一斉に撃ち出す。たとえ一匹につき飛礫が一つだったとしても、これだけの数。ちょっとした弾幕だ。

 防げるか、と言われればまず不可能だ。だけど、ジュプトルならやれることがある!

 

「気取ってんじゃねえ!! こっちも撃ち返せ、【タネマシンガン】だ!」

 

 ジュプトルが種の弾丸を撃ち出す。しかしそれよりも早く【こおりのつぶて】の雨が飛来する。しかし後手に回ったとしても、ジュプトルならやれる!

 放たれた飛礫がジュプトルと俺に着弾する。その直前、不自然に軌道を変えた。それを見たイズロードとイグナが驚きに目を剥いた、気がした。

 

「後手に回ることを前提に【みきり】で着弾するコースの飛礫のみを【タネマシンガン】で弾き、軌道を逸したか」

「流石に読まれてるか」

 

 あの男、ポケモン図鑑もなしにジュプトルの手の内を完全に把握してやがる。恐らくジュプトルの【みきり】の精度も今ので掴まれた。二度、同じ手は通用しないだろう。

 これまで上手いことやり過ごした気がする。だけどその実、手のひらに汗がやばいくらい浮いている。

 

「分身をどうにかしなきゃ、今度こそ【こおりのつぶて】を当てられる……!」

「そうだ、考えろ。トレーナーが動かなければポケモンも動かん。ポケモンバトルとはそういうものだ」

 

 悔しいがヤツの言う通りだ。俺が動かないとジュプトルは最大限に力を発揮できない。考えろ、フィールドを使い尽くして勝利をもぎ取れ……!

 

 一瞬の思考。

 

 周囲の観察。

 

 作戦の裏付け。

 

 全て整った。俺たちらしい、大博打だ。

 

 俺はもう一度煙玉を地面目掛けて放った。今度のは匂いもついてなければ果汁が含まれているわけでもない。本当に、目くらまし目的の煙玉。

 

「逃げる気か!」

「イズロード様! 追撃いたしますか!」

 

 下っ端がここぞとばかりに好き勝手言い出す。イズロードは応えない。イグナも追撃を指示しない。

 俺はこの視界が晴れる前に全ての準備を整える。俺の手持ちも全て了承の大博打、打って出る。

 

「だぁれが逃げるかってんだ、カーバ!! ジュプトル、こっちも【かげぶんしん】だ!」

 

 煙を吹き飛ばすように大量のジュプトルがマニューラへと殺到する。マニューラはというと、全て切り刻むとばかりに【メタルクロー】で全てのジュプトル目掛けて斬撃を繰り出す。

 その素早さは確かに俺が今まで見てきたスピードタイプのポケモンの中でも五指に入る。十数体のジュプトルの分身があっという間に斬り伏せられる。

 

 残った三体のジュプトルのうち、本物だと見切りを付けてマニューラが飛び込んでくる。

 

「【くさむすび】!」

 

 襲われたジュプトルが印を結ぶように手を組み変える。直後、レンガの下から長い蔓のような草が大量に生えマニューラの脚部を狙う。

 しかしマニューラはというと軽やかに跳躍、手を足に、足を手にするように【アクロバット】で【くさむすび】を回避。そのままジュプトルへと距離を詰めた。

 

 ジュプトルが避けられない、という顔を見せる。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今だ! 【だましうち】!」

 

 マニューラ渾身の十字切り(シザークロス)がジュプトルを切り裂いた、かに見えた。しかし攻撃を受けたジュプトルの姿が陽炎のように揺らめいた。

 直後、ジュプトルの幻影の足元からゾロアが飛び出し、完全にがら空きのマニューラ目掛けて体当たりを行う。綺麗に鳩尾にヒットしたか、マニューラが目を点にする。

 

「ダブル【かわらわり】!」

 

 V字を叩きつけ、両脇の分身のフリをした本物のジュプトルと、ジュプトルに化けたメタモンがマニューラの胴を薙ぎ払うように手刀を叩き込んだ。

 あく・こおりタイプのポケモンにかくとうタイプの技! それも二連撃! これはもらった!

 

 吹き飛ばされたマニューラがイズロードの足元まで転がり、目を回す。立ち上がる余力はない、戦闘不能まで追い込めた。

 

「こいつ、イズロード様のマニューラを……!?」

「何者なんだ、ヤツは!」

 

 イズロードのポケモンが戦闘不能になったと見るや、下っ端たちがざわめきだし我先に俺を討ち取ろうと手持ちのポケモンを繰り出そうとする、が。

 下っ端たちを控えさせるイズロード、「手を出すな」という意思表示だった。

 

「見事な連携だ。言外に君の指示を実行するポケモンたちも、行動から信頼が見て取れる」

「……どういうつもりだ」

「褒めているのさ。私達は確かに、世間から見れば悪党だろう。だが、崇高な理念のために悪事に手を染める覚悟を持つ者の集まりだ」

 

 空気を含んだ拍手を送ってくるイズロード。俺はヤツの意図が読めずに、困惑してしまう。

 

「だがそう述べても、悪党の高説だと切り捨てられるのが関の山だ。人は、己の身の丈を超えた思考を、理念を、受け入れ享受することは出来ないのだからな」

「それすらも、俺にしてみれば悪党があの手この手で言い訳してるようにしか思えねー!」

「そうだろう、それを浅はかと嘲笑(わら)うつもりは無い。仕方のないことなのだ。我々が為すべきことは、人の身にとってあまりに巨大(おお)きすぎる」

 

 イズロードが一歩前へ歩みだす。俺はそれに従い、思わず一歩後退してしまった。

 なぜだ、俺はヤツのポケモンを戦闘不能に追い込んだ。手持ちを全て万全の状態でキープしている今、明らかに優位にあるのは俺だ。

 

 だってのに、俺はヤツを恐れた。ヤツのプレッシャーの元は、まだ消え去っていない。

 

 それを理解したときは、既に遅かった。

 

 夜中の闇に乗じて切り込んできた影が、冷気を含んだ拳をジュプトルとメタモンの急所へと打ち込んだ。認識外の一撃、二匹のポケモンはくさタイプ。当然こおりタイプの技を急所に受けて無事では済まない。

 

「ジュプトル、メタモン……!?」

 

 レンガの上に倒れ伏す二匹を見て、俺は完全に取り乱した。イズロードの足元には先程まで倒れていたはずのマニューラがいた。

 戦闘不能にしたはずなのに、何故。いつ回復させた。いや、そもそも本当に戦闘不能にしたのか。思考が頭の中をぐるぐると周り、パンクを起こしそうになる。

 

「早速考えているな。それでいい、答を導き出すまでは次手を出さず静観するとしよう」

 

 再度周囲の観察、結論を出す。

 俺たちは確かにマニューラは戦闘不能にした。現に、イズロードは自分の足で隠してこそいるがマニューラが倒れて目を回しているのが確認できる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……?」

「御名答。だが不十分だな」

 

 不十分、何が不十分だと言うんだ……? マニューラが二体存在した、俺はそれ以上答えを見つけ出すことが出来そうに――

 

 

「いや、俺はアンタがマニューラを……正確には二匹目をボールから出す瞬間を見ていない」

 

 

 最初からスタンバイさせていた、というのならまだ分かる。だが、それでいいのか? あからさますぎる、これはヤツが求めている回答ではない。

 その時、ようやくマニューラをスキャンしたポケモン図鑑が詳細を映し出す。俺はそれを読み取ることで、ヤツの求める俺の回答を導き出した。

 

 そしてそれを理解した瞬間、俺は対峙している男の恐ろしさを再認識した。

 

「マニューラは、石や樹木にツメでサインを描きコミュニケーションを取るポケモン。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった、そうだろ」

「素晴らしい、ヒヒノキ博士から託されたポケモン図鑑を使いこなしているな」

 

 タイミングがあったとすれば最初の【かげぶんしん】だ。その時、俺達に【こおりのつぶて】を放ったマニューラは全て分身で、本物と二匹目のマニューラは俺達の視界の外でサインによる指示の伝達を行った。

 だが普段からイズロードの指示を受けて戦っているマニューラとは違い、どうしても指示と連携の中に経験不足で拙さが生まれる。だから俺達は野生のマニューラを退けることが出来た。

 

 逆に言えば、即席で指示を出した野生のポケモンを操り、ここまで俺を翻弄した。

 

「野生のポケモンに言うことを聞かせた、っていうのか。ポケモンレンジャーでも無しに」

「"キャプチャスタイラー"か。確かにアレもまた、野生のポケモンに言うことを聞かせる道具だな。だが私からすれば、野蛮な拘束具だ」

 

 イズロードは野生のマニューラに"すごいキズぐすり"を使って回復させ、復活したマニューラの頭を一撫でする。

 その姿はまるで野生のポケモンとのやり取りには見えなくて、俺はまたしても騙されているような気分になった。

 

 

「問おう、君にとってポケモンとはなんだ?」

 

 

 突然の問い掛け。俺は言葉に詰まった。

 

「俺にとって、ポケモンが何か……?」

「そうだ、返答によっては私は君を完全に敵と見なし、処断する」

 

 首根っこを掴まれているような気分になった。イズロードの刃のような瞳が俺を捉えている。

 

 逃げられない。

 

 ジリジリと言葉もなく追い詰められる。今まで堪えていたダムが決壊するように、恐怖が身体を支配した。膝がガクガクと笑い出す。

 冷たい眼差しに射抜かれ、身体が寒さを感じる。冷や汗が止まらない、じわじわと手袋やゴーグルの下を濡らし出す。

 

 そして、肌が焼けるような冷たさを感じた瞬間、俺はその冷たさに既視感を覚えた。

 

 反射的に、右へ飛び込んだ。そしてポケモンたちを一斉にボールへ戻した瞬間、俺がいた空間は元よりイズロードやバラル団員たちを飲み込むような冷気が迸り――、

 

 

「――――【ふぶき】!」

 

 

 夜の遊園地が極寒の大地へと姿を変えた。ポケモンだけでなく、トレーナーすらも襲う猛吹雪。

 そしてこの冷たさに俺は覚えがあった。そして、そのときもこうしてダイブして避けたのだった。

 

「ッ、ヘルガー! 【かえんほうしゃ】だ!」

 

 その時俺は初めてイグナの焦った顔を見たかもしれない。素早くボールをリリース、ダークポケモン"ヘルガー"を喚び出すと火炎を吐き出させた。

 バラル団員を飲み込もうとする大寒波をおギリギリのところで堰き止める灼熱。だが、その熱波すら凍りつかせようとする氷獄。

 

「各員、ヘルガーを援護せよ。ほのおタイプのポケモンを持つものはヘルガーへ炎を集めろ」

 

 イグナのヘルガーは"もらいび"、炎を受ければ自らの炎の威力へと加算する特性だ。"マグカルゴ"や"コータス"が現れ、【かえんほうしゃ】を継続して放つヘルガーへ火を送る。

 数十秒に及ぶ攻防。ヘルガーは炎を吐ききったが【ふぶき】は止み、バラル団員は無傷だった。

 

「防ぎきったか」

 

 その声にも聞き覚えがある。それこそ、半日もしないうちに話をした人だ。彼女の方をゆっくりと振り返る。

 

 

「アシュリー、さん……!」

 

「そこを動くなよ悪党ども、膝から下とお別れしたくないのならな」

 

 

 恐らく、彼女の決め台詞なんだろう。お決まりの文句を言い放ちながら、絶氷の鬼姫は冷ややかに投降を促した。

 

 




やっぱアシュリーさん、こおりタイプ使いに見せかけたかくとうタイプ使いの脳みそカイリキーだよ、そこが好き(隙好語)

それはそうと今回、ようっっっっっっっやくバラル団の幹部格が出てきました。
ルパソ酸性さん(@rupasosannsei)のイズロードさん。

最強に痺れるヒールだと思います。そう簡単に負けてほしくないなぁって思います。
それでいてただの悪役ではない。今までのバラル団と違って理念と信念の元に主人公に立ちはだかる強敵でいてホスィ……

余談なんですがCVを土師孝也さんで考えてるせいで執筆中幾度となく口調がス○イプ先生になりかけた、一人称が我輩になりかけた。

キャラシだと一人称は「俺」なんですが今回フォーマルな感じで「私」とさせていただきました。

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