ダイがアシュリーとイズロードの戦いの舞台となった遊園地を訪れている頃、テルス山からラジエスシティを目指すアルバ、リエン、イリスの一行はラジエスシティの北部にある6番道路に差し掛かっていた。
トンネルにより道路が開通しているとは言え、そこは車が通れるハイウェイ。従って歩道などは当然存在せず、ヒッチハイクに失敗した三人は無駄な時間を使わないよう、徒歩による進軍を行っていたのだ。
「そろそろ、休憩しよっか。新顔二匹もそろそろくたびれてる頃だろうし」
「わかりました。"グレイシア"、おいで」
イリスが汗を拭いながら獣道の途中で荷物を下ろした。それに賛同し、自分の半歩後ろを歩くポケモン"グレイシア"に手を差し伸べるリエン。
このポケモンはリエンがシーヴの育て屋から預かったポケモンのタマゴから生まれたイーブイを、シーヴから渡された"凍結した岩の欠片"によって進化させたものだ。
グレイシアは自身の体温を下げ、それにより空気中の温度を徐々に低下させる。それが長時間の移動で火照った三人の身体が程よく冷却させる。イリスに至ってはシャツの胸元をバタバタと仰いで冷気を取り入れていた。
「ふぅ、疲れた……"ブースター"、大丈夫かい?」
少し遅れてやってきたのは、修行と称してリエンの荷物まで背負ってここまで行軍してきたアルバだ。そして彼の傍にも新しいポケモンがいる。
グレイシアと同じく、アルバがシーヴから預かったタマゴから生まれたイーブイを"ほのおのいし"で進化させたポケモンだ。アルバ好みのもふもふの体毛を揺らしながらアルバの傍に腰を下ろすブースター。
「はぁ、もふもふ……幸せ」
「アルバくんはあれさえあれば何十時間でも歩いてられそうだね」
腰を下ろしたかと思えばブースターを抱き寄せその背中と尻尾に顔を埋めてご満悦、といった風のアルバを眺めながらイリスが苦笑する。リエンはそんなアルバを見て、一つ思いついたようにアルバの意識外からアルバの首筋にグレイシアを下ろしてみた。
「ひゃあああああああ~~~~~~~!?」
結果、普段のアルバからは想像もできない素っ頓狂な声を上げた。グレイシアは体温をマイナス60度まで下げることが出来る。そんな氷よりも冷たいグレイシアが火照った身体に直撃したのだ、今の反応は当然だろう。
リエンのイタズラをイリスが腹を抱えて笑った。実際、グレイシアはリエンが素手で触れるほどの温度を保っているが、それでもアルバにとっては冷たかったらしい。
「モヤモヤしてるでしょ、アルバ」
「……バレちゃったか」
「私がそうだもん、アルバはもっと考えてるだろうと思った」
二人共、特にアルバはダイがバラル団と共に脱獄したという旨を聞かされて、彼が何を考えているのかわからなくなってしまった。
きっと何か事情があるに違いない。だがそれは如何なる理由か、考えても答えは出てこない。
「バラル団が、お友達……ダイくんを唆したんじゃないかな。私、知ってるんだよね。バラル団にそういうスカウト専門の班があること」
「でも、ダイが唆されたくらいで着いて行くかな……」
「二人の話を聞いた感じだと、彼はとってもいい子みたいだから……きっと人質とか、ポケモンを盾に取られたらきっと、従うんじゃないかな。そういう優しさに漬け込む輩は絶対にいるんだよ」
イリスの言葉に、アルバは一人だけ心当たりがあった。言葉を聞くだけで、全神経が拒絶を始める悪意の塊を。かつてリザイナシティで遭遇したことのあるバラル団員は、イリスが言うような輩だったとアルバは記憶している。リエンはアルバほどバラル団と遭遇経験があるわけではない。だがかつて戦ったバラル団の女班長は人を嬲ることを楽しんでいた、その手の行動原理が理解できない相手だと考える他無かった。
「それにしても、イリスさん随分バラル団に詳しいんですね……」
「うん、実は戻ってきてから何度かドンパチやらかしたんだよね、ハハハ」
「ハハハ!? え、笑い事なんですか!」
「実際、なんとか撃退出来たからね」
やはり次元が違う。バラル団と戦ったことをこうも明るげに口にできるその精神力と、実力。アルバの憧れは伊達ではないのだと、彼女の物言いが証明していた。
「大丈夫だよ、きっとすぐにダイくんは見つかるよ……ってあぁ、脱獄したから見つかっちゃダメなのか……面倒くさいな」
つい本音が出てしまうイリス。苦笑しながら自分の頭をコツンと小突くイリスに、アルバもリエンも同じく苦笑しか返せない。
脱獄したダイがどう動くか、ざっくりとしか割り出せないが少なくともペガスシティに残るということは無いはずだ。ダイにとっての頼みの綱はもはやアルバたちの証言にかかっているのだから。
即ち、もう一度レニアシティに戻るはずだ。そしてペガスシティからレニアシティに向かうのなら、絶対にラジエスシティに向かうはずだ。
ペガスシティからラジエスシティまで、恐らく徒歩なら一日から二日ほどかかるだろう。それまでにこちらもラジエスシティに向かう。
そうすればきっと、またすぐに会える。
「じゃあ、そろそろ行きましょう。休憩はこれくらいにして」
「うん、そうだね! もう十分回復した! もふもふパワー!」
リエンが発破を掛けるとアルバが勢いよく立ち上がり、再び自分とリエンの荷物を一気に担ぐ。それを見てイリスはまるで十五年前の自分を見ているような気分になって、少しだけ感慨に耽った。
「イリスさん?」
「なーんでもない、お姉さんのセンチメンタルだよっ」
ズボンに付いた砂をパンパンと払い落とすと、イリスも一際大きなバックパックを背負いあげ、タウンマップを広げる。あと数キロ歩けばもう6番道路だ、あとは舗装された道をずっと南下すればいい。
「それじゃあラジエスシティ目指して、レッツゴー!」
「おー!」
「おー」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌朝、ペガスシティとラジエスシティを結ぶ五番道路では定期的に行われるサイクリングレースが行われていた。
その集団の先頭から数百メートル離した先を走る、白とオレンジ色の自転車。
「野生のポケモン! ゴースト、頼む!」
先頭車――ダイは前方に飛び出してきた野生のポケモン――"バケッチャ"目掛けて、手首に装着されたデバイスのスイッチを押す。ハンドルを握ったまま、手持ちのポケモンを呼び出すことが出来るデバイスだ。ボールから勢いよくゴーストが飛び出す。
開幕、先制の【おどろかす】が炸裂し、バケッチャが動きを止める。その隙を突いて追撃の【シャドーボール】を撃ち出すゴースト。闇色の魔球がバケッチャを飲み込み、戦闘が終了する。
再び手中のスイッチを押し込み、ゴーストをボールに戻すダイ。
彼がサイクリングレースに参戦したのには理由がある。今日運悪く開催されていたこのレースによりペガス~ラジエス間で全体的に交通規制が敷かれており、今日のうちにラジエスシティに向かうにはこのレースに参加するしかなかったのだ。
しかしそれはそれとして、優勝商品のわざマシンセットに目が眩んだのもまた事実だ。どうせ参加するしかないのなら、優勝を狙っていく腹積もりなのだ。
だがいくらダイが先頭を走り、後続に差をつけているとはいえ限界は存在する。ダイの自転車はどちらかといえばツーリング向きの、どこでも走れる万能型の自転車だ。しかし後ろを走るレーサーたちが用いているのはレース用に調整されたスピードを出すことに特化している自転車なのだ。地のスピードが違いすぎるため、このままでは確実に追いつかれる。
だからこそ、ダイは得意の搦手に出ることにした。
このレース、ポケモンを携行可能ではあるものの、当然ポケモンを使って他のレーサーに攻撃を仕掛けたり妨害をすることはルール違反だ。
ではなぜポケモンの携行が許されているのか、それは道中の野生のポケモン対策だ。
逆に言えば、野生のポケモンによる妨害はレース上仕方のないアクシデントであり、またそれが見ものなのである。
「メタモン、もういっちょだ!」
レースが始まってからずっとダイの頭の上に待機しているのはポケモン"ミツハニー"に変身したメタモンだ。
メタモンは羽を揺らし、周囲に【あまいかおり】を放つ。すると匂いに引き寄せられ、大量の野生のポケモンが現れる。
「ゴースト! ゼラオラ!」
現れたのは"オコリザル"と"ニョロボン"だった。どうやら決闘の最中だったらしく、それを中断して【あまいかおり】の正体を確かめに来たらしい。ダイはゴーストをオコリザルに、ニョロボンにゼラオラをぶつけた。
ゴーストは【サイコキネシス】でオコリザルを後ろに吹き飛ばし、ゼラオラはニョロボンに【かみなりパンチ】を叩き込む。
が、さすがにかくとうタイプを持つポケモン。弱点といえど打撃攻撃には強く一撃で倒し切ることは出来なかった。
だがそれでいい、ダイはゼラオラを下がらせた。
「いいぞ、ゼラオラ! よくやった!」
ダイに相手にされなかったオコリザルとニョロボンは当然、後続のレーサーたちに八つ当たりを開始しようとする。レーサーたちはドードーやレアコイルなど、即座に有利なポケモンを呼び出すが当然その間スピードは減速せざるを得ない。
「このままぶっちぎるぜ!」
ラストスパート、見えてきたゴールテープ目掛けて自転車を叩き込む。花火が打ち上がり、歓声が沸き起こる。
表彰台で適当にコメントを残し、商品を受け取ったダイは物陰に隠れた。
「ふひひ、"かみなり"に"ワイルドボルト"! その他にもレアなわざマシンがいっぱいだぜ!」
もっとも、目当てのでんきタイプの技が封入されたわざマシンはまだゼラオラに使うことが出来ないのだが。それでも他のわざマシンを他のメンバーに宛てて、強化が図れるのだから良い。
ダイは商品のわざマシンをしまうと、ライブキャスターでニュースを開く。
『昨日未明に発生したバラル団集団脱獄事件に関して続報です』
「どうやら、俺が逃げたことはマスコミにはバレてない……みたいだな」
逮捕された時の記事では不服そうな自分の顔写真がテレビに写ってしまっていた。だから、と思ったのだが確認したところ脱獄した者のリストに自分の名前はなかった。
「とりあえず」
独り言を呟きながら、ダイはついにラジエスシティに足を踏み入れた。
ゲートを潜った瞬間、まるで出迎えるようにそびえ立つ巨大なビルの数々。タウンマップによれば、この街は地域発展を図る"企業エリア"と、ラフエル地方のこれまでを司る"歴史エリア"、西には海路を以て他の街への流通を広げる"商業エリア"、そして北に広がる"住宅エリア"と言わば街の集合体だ。街の全てを周り切るのに恐らく一ヶ月は平気で使うだろう。
「まぁ、街めぐりはまた次だな。ひとまず東エリアからレニアシティに行かないと」
タウンマップを閉じ、再び自転車のペダルを漕ぎ出す。しかし都会だけあり車通りも多く、信号による立ち往生が三回目を超えた辺りでダイもさっそくこの街の広さにウンザリし始めた。
それでも何個かの信号を超えた際にダイは二つの巨大な塔を目にした。見た目はいかにも電波塔という感じだが西エリアに聳え立つビルは豪華絢爛、だが言わせてみれば些か成金趣味が過ぎる気がした。
返って東エリアにある電波塔は歴史を感じさせる荘厳さがあった。タウンマップによれば西の塔が"ハロルドタワー"、東の塔が"ラジエスタワー"と言うらしい。
名前からして西の塔は個人の資産だろう。だからこうも個人の趣味が見え隠れする建造物になっているとダイは推測した。
「ん? なんだ、あの人だかりは……」
そのハロルドタワーの奥に覗くのは"ラジエススタジアム"だ。スポーツから芸能まで、ありとあらゆる部門で使用できる万能のスタジアム。その周囲から、ダイの眼の前に至るまで長蛇の列が出来ている。それを観察しながら自転車を走らせていると、見覚えのある二人組の男女が目に入った。と言っても、片方は子供であったが。
「おーい、ヒヒノキ博士ー! ミエルー!」
その二人はダイがラフエル地方に来て最初に結んだ縁だった。その声を頼りに二人がキョロキョロ周りを見渡し、ダイはその隣に自転車を寄せた。
「ダイお兄ちゃんだ!」
「なにしてるんだい、こんなところで!?」
少女――ミエルはダイに駆け寄り周囲を飛び跳ねる。ヒヒノキ博士に至っては少々間抜けた顔をさらし続けている。ダイはミエルの頭にポンポンと手をあて、彼女の手の中にいるジグザグマの頭を撫でる。ジグザグマはすんすんと彼の手のひらの匂いを嗅ぎ分け、今度は自分から手のひらに頭を擦りつけた。
「君、逮捕されたんじゃなかったかい……?」
「あー、うん。ちょっとした間違いでな……」
「それじゃ、無事保釈されたんだね? よかった、心配し――」
「保釈っていうか、脱獄だな。うん、脱獄したんだ」
大声で叫びそうになったヒヒノキ博士の口を大慌てで塞ぐダイ。どうやらミエルに聞かせるつもりはないようだ。人差し指を口の前に立てながらヒヒノキ博士を睨むダイ、なかなか凄みがある。
「まぁそれはいいのよ、おおっぴらにはなってないから」
それからダイは逮捕された経緯と脱獄した経緯をミエルに聞こえないようにヒヒノキ博士へと説明した。あまりに濃すぎる冒険譚にヒヒノキ博士は聞いてる最中に胃もたれを起こしそうになった。
ともかく、誤解から逮捕され仕方なく脱獄した話を理解してもらえたようで、ダイはホッと胸を撫で下ろした。
「それにしたって、今日は二人してどうしたんだ? ハルビスタウンから来たにしては、ラジエスシティはだいぶ遠出じゃないか?」
「ダイくん、それも知らずにラジエスシティに来たのかい? 今日は"Try×Twice"のライブがあるんだよ」
「
ダイが訝しんでいると、ミエルが鞄の中から一つの雑誌を取り出した。その表紙を飾るのは見目麗しい二人組の男性アイドルが写っていたではないか。
金髪と銀髪を持つ男性デュオアイドル、とてもじゃないがヒヒノキ博士がファンとは思えない。
「ははぁ、つまりこの"T×T"のファンはミエルで、ヒヒノキ博士はお守りってことだ?」
「仰る通り、僕はバラエティには疎いんだ……ずっとポケモンの研究ばかりしていたからね」
ミエルから借り受けた雑誌をパラパラと巡るとそこには彼ら二人のインタビューが載っていた。ダイは最初から順序に沿って目を通していく。彼らの来歴に目を通し終わると、取材記事のページを開く。
「へぇ、デビュー二ヶ月の電撃参戦にも関わらずもうスタジアムを借りてライブすんのか、大丈夫かそんなんで」
ダイがうっかり零すと周りの熱心なファンが一斉にダイを睨みだした。うっかり口を滑らせたダイが雑誌で顔を隠す。だが、ダイはその雑誌に目を通しながらどこか違和感を覚えていた。
というのも、その二人をダイはどこかで見たことがあるのだ。しかし彼らがデビューして二ヶ月ほど、ダイは全くといって彼らのことを知らなかった。
だというのに、彼らに見覚えがある。
「ちょうどいい、実はミエルの母……僕の姉も本来来る予定だったんだが用事が出来てしまってね、チケットが一つ余ってるんだ。泊まってるホテルの荷物の中にあるから、今取ってくるよ。ダイくんも一緒にどうだい?」
「え、あ……いや俺は……」
ダイが返事をする前にヒヒノキ博士はミエルをダイに預けてホテルに戻ってしまった。ミエルの話によればホテルは目と鼻の先らしく、この列がスタジアムの中に入るまでには戻ってこれるそうだ。
しかし話題には困らなかった。ダイがラフエル地方に来てからもう随分経つ。ミエルと別れた時、確か彼女は意識がなく彼女が目を覚ました時には既に次の街へ向かってしまったからだ。
「そうだ、ダイお兄ちゃんには見せておかないとね! 出ておいで、アゲハント!」
そう言ってミエルはモンスターボールに入っていたちょうちょポケモン"アゲハント"を喚び出した。そのアゲハントは、ダイと参加した虫取り大会で捕まえたケムッソが進化したものだった。
「すっげぇ……ミエル、お前ひょっとすると俺よりポケモントレーナーの素質あるかも」
「えへへ、そんなことないよぉ」
これほどの短期間にケムッソから"カラサリス"を経て"アゲハント"に進化させるなど、既に片鱗が見えてきている。
もっともミエルがしたことと言えば、ジグザグマとケムッソと一緒に遊んだだけだ。それが経験値に繋がり、進化しただけのこと。それでも、二段階進化を経るには随分と早いが。
しっかりポケモン図鑑でアゲハントをスキャニングし、データを取っておくダイ。他にも列に並んでいる中でポケモントレーナーが連れ出しているポケモンを軒並みスキャンする。
「ところでよ、結局"T×T"ってどんなアイドルなんだ?」
さっきの件があるため、ダイはヒソヒソとミエルに話しかけた。ミエルは相変わらず情報のアンテナが低いダイに困ったような呆れたような顔を見せ、先程の雑誌を開いて説明を始めた。
「いーい? "Try×Twice"はポケモンアイドル界に降り立った、えっと……そう、王子様なの! デビューしてたった二ヶ月だけど、もうこれだけの人が応援してるんだよ」
「へぇ、そんなにすぐ人気が出るなんて、いったいどんな魔法だ」
「魔法じゃないもん! レンさんもサツキさんもすっごいカッコいいんだから! それに歌だってダンスだってすっごい上手なんだから!」
ミエルがムキになってインタビューと一緒に載せられている写真を見せつける。長い金髪を結った方がレン、銀髪のミドルショートで背の低い方がサツキだそうだ。
確かにこれは女性に人気が出そうだ、とダイは確信した。見れば列の殆どが女性で構成されている。しかし中には男性客もちらほら見受けられる。
「はいこれ、今のうちに予習しておこうよ」
手渡されたイヤホンを渋々耳につけるダイ。そうして流れてくる音楽は明るいポップから熱いロックミュージックまで幅広く、女性だけでなく男性客まで虜にする勢いがなんとなくわかった。
歌詞にテーマ性が強く反映されていて、聴いている人を応援する二人のメッセージがこれでもかと伝わってくる。そして何よりまず彼らが頑張っているからこそ、その歌詞のメッセージが信憑性を得る。
リアルタイムに、彼らを応援することでまた自分たちも応援されているような気分になれるのだ。
「へぇ、いいじゃん」
一通り、今日行われるライブのセットリストを聴き終えたダイが呟いた。ミエル他、近くにいるファンの人達が「わかる」と呟いた。
その後ヒヒノキ博士が戻ってくるまで、如何に"Try×Twice"というユニットが素晴らしいのかを語り聞かされた。ミエルのボルテージは徐々に上がっていき、最後には周りのファンと同調してダイに向かって良さを語りかけてくる始末だ。
「おまたせ、はいチケット……って、随分疲れた顔してるけど、待機疲れかい?」
「……ちょっといろいろあって」
ぐったりとしながらチケットを受け取るダイ。一方「語り尽くしたぜ」と言わんばかりに気持ちの良い汗を流しているミエルその他のファンたち。
きっとここにダイがいなければあの熱烈なT×T語りを聞かされていたのはヒヒノキ博士だっただろう。そう思うとダイは些か不満があるでもない。
長いこと話をしていたおかげか、待機列はどんどん中に入場していく。スタジアムの中に入り込めた瞬間、ダイは腹を括った。
そしてチケットに記された席はなんとステージ真ん前。
「もしかして博士、ちょっとコネとか使いました?」
「あはは、バレたか。ミエルにせがまれてね」
職権乱用だ汚ぇ、とダイが毒づくがヒヒノキ博士は苦笑しながら頭をかいた。二人の真ん中で今まさに王子様の降臨を待つ夢見る少女はステージをまだかまだかと凝視する。
直後、ステージ端からクラッカーが発射され、リボンが飛び交う。爆音でオープニングが始まり、ステージのモニター奥から二人の男が現れる。
「みんな~! 声援ありがと~!」
「めっちゃ聞こえてるよ! ありがとう! 今日は楽しんで行ってね!」
その声を聞いた瞬間、ダイの中でカチリと何かがハマった。歌声を聴いているときはミックスによる編集か、全く気づかなかった。
だが自分はその声を、その肉声を聞いたことがある。そう頭が判断した。
「アイツら、まさか……」
確証は無い。あの時彼らはフードを被っていた、だから顔を見ていない。だが、もしあの腰にぶら下げたモンスターボールの中にあの三匹がいるのなら。
ダイは腰からモンスターボールを外し、手の中に潜ませる。そしてチャンスを伺う。ここには今数万人単位の目がある。そんな中で人気アイドルにちょっかいを出せば再びPGの世話になることだろう。
だが、ステージの上で歌い、舞う彼らは正真正銘の王子様のようで場内の女性ファンから黄色い歓声が飛ぶ。
何故彼らがそんなことをしているのか、ダイには分からなかった。ひょっとするとなにかの作戦かもしれない。
と、オープニングから地続きの一曲目が終わりMCが入りそうなタイミング。ステージ真上のライトが一つ、急にぶつりと光を消した。厳密に言えば、消えたのではない。
そのライトが落下を始める。ライトは消えたのではない、落ちたのだ。
「ッ、ゴースト! 【サイコキネシス】! ジュプトルは【でんこうせっか】!」
手の内に忍ばせたモンスターボールをリリースしながらダイは勢いよくステージに飛び上がる。ボールから飛び出たゴーストが強力な念動力で落下するライトを空中で静止させ、ジュプトルがそれを目にも留まらぬスピードで蹴り飛ばす。そしてダイはレンとサツキを押し倒すようにして避難させ、その隙に彼らの腰につけられているモンスターボールに目をやった。
「イワーク、ハスブレロ、アイアント……やっぱり」
会場内が一気にざわつき始める。しかしそんな喧騒などどこか遠い世界のようにダイはステージの上で二人のアイドルに懐疑の視線を向けた。
何が起こったのかわかっていないレンとサツキは自分たちの上に落ちてきた照明と、目の前で自分たちを睨むダイの姿を見て首を締められているかのような錯覚を覚えた。
「お、オレンジ色……」
幸い、今のトラブルでマイクがオフになったのだろう。レンの零した、
だがそれで確信出来た。ダイにはもう二人の正体がわかっている。
遥か前という程ではない、それこそちょうど二ヶ月ほど前になるか。
モタナタウンの北にある"神隠しの洞窟"、そこでダイは一度この二人に会っている。
今回は短めです。
そして以前登場したバラル団の二人組をブラッシュアップ、アイドルになってもらいました。