レニアシティ復興祭二日目も佳境、空の色はオレンジ色から紺色へと移り変わりつつあった。
ダイはというと、ランタナと揃って正座させられ反省させられていた。そろそろ足の感覚が無くなってきて足裏に触られると身悶えるレベルだ。
「ランタナさん、生きてますか」
「死んでる」
「そうですか……」
他愛ない雑談など行えるわけもなく、かと言って無言を貫いていると足の痺れが容赦なく襲いかかってくるのだからたちが悪い。
他の三人はどうしているかな、などと考えながら街行く人々を寂しく見送るダイ。そんな時だ、人混みの中から見知った顔が現れたのは。
「ダイさん!」
「お~、ミツハル。サンキューな、ペリッパーのこと」
「いえいえ、しばらくサンビエに滞在するって話だったのに次の日にはいなくなってるんですもん、びっくりしましたよ」
そういえばそういう話だったな、と既に懐かしさを感じる。ダイは傍らに転がっているモンスターボールの中からペリッパーの入ったボールを手繰り寄せ、ミツハルに差し出す。
「それじゃあまた頼むな、ペリッパー」
「……いいんですか?」
「今度はお互い合意の上だ、全部終わったら迎えにも行く。だからお前が預かっててくれ。そんでペリッパー、お前はミツハルのことしっかり手伝ってやれ」
ボールの中から「クワ!」と元気よく返事したペリッパーに頷き、ダイは改めてボールをミツハルに手渡した。
「はい、大切にお預かりします! それでは、僕はこれで!」
早速ボールからペリッパーを出し、じゃれ合いながら走り去るミツハルを見送ってダイは少しだけノスタルジーに浸った。
小声で小さく、「またな」と呟くと胸中に溜め込んだ空気を一気に吐き出す。
それを真横で見ていたランタナが腕を組み、なにやら頷いていた。
「泣けるねぇ、うん……歳取ると涙脆くっていけねえや」
「ランタナさんまだ二十八じゃないですか、まだ若いでしょ」
「そうは言うけどよ、カエンやコスモスを見てみろよ。あんなに若ぇ連中がしっかりしてっと、十個以上離れてるのにちゃらんぽらんだとどうしてもな」
コスモスはともかく、カエンに関してはダイも同じことを思わざるを得なかった。まだ十歳にも関わらず既にジムリーダーとして立派に活動している。
英雄の民という肩書に物怖じせずに日々切磋琢磨している。転んでも何事も無かったかのように立ち上がる姿は周囲に希望を齎すだろう。
「さて、と……そろそろ反省はいいだろ。ずっとここに座ってちゃカビが生えちまう」
「ステラさんのお許しはまだ出てないですよ」
「知ったことか、せっかくの祭りだぜ? 最後まで楽しまにゃ損! それに、お前はあのヘッドフォンガールと約束があるだろ?」
ランタナが茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせると、ダイは「あー」と思い出したかのような声を出した。
というのもアルバたち三人は最初ダイの謹慎が解けるまで一緒にいようとしたのだが、それこそ今のランタナのように時間が勿体ないと送り出したのだ。
そしてソラが「今夜花火があるから、みんなで見に行こう」と持ちかけたのだ。
「花火まで時間はあるが、俺たちゃまず足の麻痺をどうにかしなくちゃならんからな」
「そう、ですね……じゃあ抜け出しますか」
一気に立ち上がると、ぷるぷるとまるで生まれたてのメブキジカのような足取りになる二人であった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ソラ、はいあ~ん」
「あー」
かぷり、と口の前に差し出された棒付き木の実飴にかじりつくソラ。しかしなかなか筋がしつこく、リエンが棒を引っ張ってもソラがついてくる始末だった。
それを苦笑して見守るのは、三人だけで催しを楽しんでいたところに現れたアイラだった。先程のジム戦でフリーダムバッジを手に入れたからか、いつもより三割増しで機嫌が良さそうだった。
「お待たせ、アイラ!」
「ん、サンキュー。これお代ね」
代金を渡してアルバがたった今仕入れてきた縁日焼きそばに手を付ける。手作りの、また出来たてというジャンキーさが空腹にとにかく刺さる。
アイラは今日のMVPであるフライゴンを呼び出すと、箸でつまんだ焼きそばをフライゴンにお裾分けする。
「あいつも乗っけたりして、疲れたでしょ。いっぱい食べて、ゆっくり休んでね」
そう言ってフライゴンを労う様を見て、アルバはガサツな少女だと聞いていた彼女の評価を訝しんだ。
しかしここ一ヶ月、サザンカやレンギョウの元で一緒に修行する中で彼女がリエンやソラと変わらない至って普通の女の子だと理解を改めることが出来た。
「そういえば、アイラはこれからどうするの? まだサザンカさんのところで修行を?」
「んー、どうしようか迷ってるっていうのが本音かな。もちろんプラムもサザンカさんも歓迎してくれるとは思うけれど……」
アイラは箸を落ち着けると、広場の方を見やった。恐らくまだ反省中のダイに思うところがあったのだろう。
それを見てアルバは、修行中ですら尋ねなかったことを聞いてみることにした。
「子供の頃のダイって、どんな感じだったの?」
その言葉はリエンとソラの注意を引くには十分だった。なんだかんだ、ダイは自分の過去について話したがらない。
クシェルシティでのアイラとの再開の際にその場に居合わせたアルバとリエンはなんとなく察することが出来るものの、ソラにとっては初めて触れる内容だった。
「そうねー、あんま言い触らしたりは良くないと思うしー」
しかしアイラはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべて渋った。アルバとリエンがそこまで必死に聞き出そうとしていたわけではないので、引き下がろうとしたときだった。
「お願いアイラ。私、気になる」
意外にも、ソラはアイラに詰め寄って聞き出そうと身を乗り出していた。まさかソラがここまで興味を示すとは思わず、アイラのみならず二人も目を見開いた。
ぐいぐいと押されるとアイラも弱く、「しょうがないなぁ」と話し始めた。
「あたしたちはオーレ地方のアイオポート出身で、そこは海がとても綺麗な港町なんだ。家族同士の仲がとっても良くて物心ついた時から一緒にいたかな。もう本当、姉弟みたいなものだよ」
説明しながらアイラは新調したスマホロトムを取り出してアイオポートの写真を見せる。そこに輝く海はキラキラと輝いており、浜辺の有無はあれど海の町育ちであるリエンは感嘆の声を零した。
「それで、あたし達のパパは豪華客船の乗組員で世界中を旅して帰ってくるの。あたしのバシャーモやフライゴンは、アチャモとナックラーだった頃にパパがプレゼントしてくれたポケモンでね」
その時、ボールから勝手に出てきたバシャーモがフライゴンと共にアイラに擦り寄って戯れる。あれだけ普段苛烈な二匹も、こうしてアイラには甘えたがるのだ。
二匹を存分に可愛がってから、アイラは思い出したように再び言葉を紡ぎ出す。
「ちょうどその頃だったかな、ダイが港で怪我しているキャモメを保護したのは」
一同が「あぁ」と納得する。そこで以前ダイから聞いていたペリッパーとの出会いの話に繋がるのだ、と。
バトルこそ苦手だったがダイとペリッパーのコンビネーションは進化する前から卓越しており、アイオポートでは彼の母親のこともあり、知らない存在はいなかったほどだ。
「あいつ、小さい頃はとにかく元気って言葉が走り回ってるような子供でさぁ」
「うん、なんとなく想像できるよ」
アルバも、リエンも、ソラも半袖短パンでそこら中を駆け回っているダイの姿がありありと想像できた、傍らで楽しそうなペリッパーまでおまけでついてくるほどに。
「大きくなったら、お母さんみたいに強くなるー! って口癖だったなぁ」
その時だ、その一言がアルバの強者センサーに反応した。というのもダイは身内の話を全くしてこないからだ。
「ダイのお母さんってどんな────」
「ハァイ、ボーイズアンガールズ。楽しんでる?」
一瞬、アイラの上に影が差したかと思った時だった。勢いよくアイラの身体が怪力でホールドされた。
突然の闖入者にアイラ以外の三人が硬直、祭りで浮かれていたのもあり判断が鈍ったのだ。
襲撃者、にしては敵意がない。その点に関してはアルバも自身の直感と同意見だった。
「ちなみに────おばさんはチョー楽しんでまーす!!」
脳が現状を理解した瞬間、次に襲いかかってきたのは強烈な酒気だった。ひと目で既に泥酔寸前まで酔っ払っているのがわかった。
しかしその酒の臭いに惑わされなかったのがソラだ。アイラに絡みつく女性の心が放つ大音量のビートが、彼にとても似通っていたことに気づく。
「この人が、ダイのお母さん」
「……よくわかったわね、ソラ。その通り、この人がコウヨウさんって言って正真正銘、ダイのお母さんよ」
「はーい、お母さんでーす! 不出来な息子が普段からお世話になってまーす!」
酒のせいか普段より七割増しで上機嫌な紅髪の闖入者──コウヨウは腕の中のアイラを猫可愛がりする。既に慣れたアイラはコウヨウのさせたいようにさせている。
しかし女性同士の絡み合いというやたらと刺激の強い光景のせいか、はたまた彼女らに気を使ったのか、アルバは視線を反らしていた。
「すんすん、おやおや……そこの青いボウヤ」
「ぼ、僕ですか……!?」
「そう、君。君さぁ、美味しそうな匂いがするねェ」
獰猛な肉食獣の視線が自分を射抜いている、そう思った瞬間アルバは恥じらいよりも先に警戒心が出た。
その対応が彼女にとって満点だったのか、アイラから離れてツカツカとヒールを鳴らしながら、アルバを睥睨する。
「匂いでわかるよ、ポケモンバトルが好きで好きでしょうがない。勝ち負けなんかよりも、強い人と戦いたいっていう純粋な狂気」
見抜かれているな、とアルバは気づいた。実際、昼間のスカイバトルロワイヤルはジュナイパーに頑張ってもらった部分があり、アルバ自身が不完全燃焼気味だったのは否めない。
そんなところに近くにいるだけで強者とわかるオーラを放つ存在がいる。
「でもダメ~、今日はアタシもオフなのだ!」
「え、え~!? これだけ引っ張っておいてですか!?」
「女は男を振り回すくらいじゃないとモテないぞ、女子諸君」
「「「参考になります」」」
「しないで!!」
真剣にメモを取り出す三人組にツッコミを入れるアルバ。普段からダイとの漫才でこういったやり取りはだいぶ手慣れたものだが、自分以外が全員ボケるとどうしても体力に限界を感じてしまう。
「まぁアタシは暫くテルス山にいるからさ。時間の許す日があれば、バトルしにおいでよ」
「そこまで言うなら今日お願いしたいんですけど……」
「しつこい男は嫌われるよ。一方、諦めの悪い男はモテるぞボウヤ」
「参考に──いやしないですよ」
アルバを手球にクツクツと笑うコウヨウ。どうやら年頃の男をからかって遊ぶのが大好きなようだと、ここにきてアルバはようやく気づいた。
それこそダイもいじられて、しかして愛されてきたに違いない。そういう暖かさもやり取りの中で伝わってきた。
大きなため息をアルバが吐いた瞬間、夜空で大きく花火が爆ぜた。キマワリのような花火が幾つも空へと打ち上がる中、三人は気づく。
「ダイ、まだ反省中なのかな」
「さすがにもういいんじゃないかな、迎えに行こうよ」
「……そーいえば、あいつさっき一人でプールエリアの方にフラフラ歩いていくのを見かけたよ」
それを聞いて、三人は訝しんだ。予め、ソラが花火の時間は告げてある。それ以前に開放されたのなら合流を急ぐはずである。
であるにも関わらず、ダイはなぜかプールエリアへ向かったらしい。自分との約束を忘れられたと思ったか、ソラがきゅっと唇を噛み締めた。
「きっと、穴場スポットを探しに行ったんだよ。きっと大丈夫」
「うん……」
リエンが不安げなソラのことを気遣い、手を引いて走り出す。向かうのはプールエリア、そんな彼らが気になったのかアイラもまたコウヨウに一礼して三人を追いかけた。
若い衆の背中を見送りながら、片手に持った未開封の酒缶を開け一気に呷る。
「ぷはーっ! どれ、もう一本……あっ」
「飲みすぎよ、コウちゃん」
勢いよくもう一本の缶を開けたところで、それは後ろから現れた人間によって没収されてしまう。
そこにはコスモスと、彼女の母にしてコウヨウの親友──ヒメヨが立っていた。没収された缶の中身はヒメヨが一気に飲み干してしまう。
「ふぃー! 一気飲みは効くわね~! コスモスちゃんは飲んじゃダメよ、まだ早いからね~」
「分かってます、というか母様の酒気だけで酔いそうなので」
「それで、コウちゃんはどうしたの? こんなところで一人ぽつんと。いつもみたいに馬鹿騒ぎしないの?」
まるでいつも自分が馬鹿騒ぎしている変人みたいではないか、とコウヨウはムスッとするが次にはもう「まぁその通りか」とケロっと笑う。
手の中にあるモンスターボール、その中にいるフシギバナが大きな欠伸をする。
「実はさぁ、アタシがラフエル地方に来たのには観光の他にもう一つ理由があんだよね」
「そうなの? ダイくんの様子を見に来たんじゃなく?」
「それはおまけのおまけ、んでこれは
コウヨウがそう言うと、コスモスとヒメヨの纏う空気がピリッと切り替わる。
ポケモン協会本部、それはつまり全国に散らばるポケモン協会を総括する部署のことを指す。言わばコウヨウは、その本部直轄のエージェントということになる。
「これ、なんだか分かる?」
そう言ってコウヨウが取り出した小瓶には極小の石が収まっていた。しかしただの石ではなく、まるで意思があるかのように碧く明滅している。
「力のある石……ポケモンの進化に用いるものと同じオーラを感じますが……」
「────"隕石"だよ、これはその一部。アタシは半年くらい前にラフエル地方に降り注いだ隕石を探してたんだ」
小瓶を揺らしてみせると、隕石は光り方を変えた。
すると、今まで何かを思い出そうと思案顔だったヒメヨが「あっ」と顔を上げた。
「そういえば、ここ最近はやたらと流星群の頻度が高くなってるって聞いたことがあるけれど……まさか」
「恐らく
誰かが意図的に落としている、そうとも考えられる。だからポケモン協会はわざわざコウヨウを調査に駆り出したのだ。
「最強の一角を使い走り、協会本部は何か知ってるんでしょうか?」
「だろうね、アタシはこのままこれをリザイナシティの研究所で調べてもらうつもり。偶然にも、バカ息子がコネ持ってるみたいだからさ」
そう言ってコウヨウは意地悪く笑い、隠し持っていたもう一本の酒缶を開けたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
足の痺れも無くなって、確かな足取りで俺は撤収作業を待つだけとなったプールエリアのステージへ向かっていた。
街の方で大々的な祭りが行われているからか、プールの近くは人っ子一人いなかった。
空で弾ける七色の火が俺の影をアスファルトに焼き付ける。ソラとの約束を破ってしまうことに心苦しさはある。
だけど、俺には先約があった。俺をこの先のステージで待っている奴がいる。俺はソラたちとの約束よりそいつを取った。
もしかしたら、ソラたちに嫌われるかもしれないな。そう思うと、この選択が正しかったのか答えを求めて足が止まりそうになる。
それでも足を止めるわけにはいかない。プールエリアの中へ足を踏み入れた瞬間だった。
ぐにゃり、と空間が歪曲するのを感じた。そして俺はそれを経験したことがある。
それこそ俺が初めてのジムバッジを獲得するに至った、ポケモンの技【トリックルーム】だとすぐに気がついた。
俺と約束をした相手なら、こんなことをするはずがない。
であるなら。
「こんばんは、今宵は良い月ですね。些か、騒がしい空ですが」
ぬるりと、暖かい風が肌を撫でる。建物の陰から現れたのは、絶世の美女。
それこそ見た目
それは彼女が放つ、まるで毒のような雰囲気だ。
アルバ風に言えばニオイ、ソラ風に言えば無音だった。何も感じないのに、これ以上無いほどに伝わってくる。
純粋な、殺意とも取れる敵意。
「っ……ナンパなら他を当たってくれよ。これからちょろっと用事を済ませて、女の子と花火を見る約束なんだよね」
「それは失礼しました。それではご要望に沿って手早く済ませると致しましょう」
美女は手を真横に薙いだ。瞬間、俺の直感が「避けろ」と告げた。
僅かに屈むと、俺のゴーグルを
「──ゾロア! メタモン!」
即座に俺は二匹のポケモンを呼び出し、襲撃者の正体を暴く。ゾロアの【ちょうはつ】によってその正体が"カクレオン"だと分かった。
幾度となくこのポケモンとは戦ってきた。それも、こいつの保護色能力を悪事に使う連中と。
すぐさまメタモンはその姿を変える。変身する対象はむし・はがねタイプを持つきへいポケモン"シュバルゴ"。
優秀な防御性能を持ち、今展開されている【トリックルーム】下においてカクレオンよりも素早く動けるポケモンだ。
俺はポケモン図鑑を取り出してシュバルゴが使える技に一通り目を通し、二匹と視線を交わして頷きあう。
「聞こえなかったか? 俺は忙しいんだよ、名前も名乗れない女と夜明かすつもりは毛頭無いね!」
「随分と些細なことを気にするのですね。私の名前などあなたにとってどうでも良いでしょうに」
変わりなく、美女はカクレオンを俺に向かってけしかける。しかし俺を狙ってくるのは返って好都合だ。
二匹と一人が攻撃対象の中、俺を執拗に狙うということは二匹のマークが外れるということ。
「あなたの言う通り迅速に事を終えたいのは私も同じこと。この夜空を彩る花火が撃ち終える頃には私はこの場を去り、あなたは────」
ゾロアがカクレオンを突き飛ばし、
しゅるりと何かが俺の首元へ巻き付き、直後一気に呼吸が制限された。ふかふかの何かが俺の首を締め上げていた。
「──死んでいるでしょうが」
「がっ……! これは、"コジョンド"の毛……!!」
クシェルシティの修行の岩戸で戦ったことのあるポケモン"コジョンド"、その長い腕の体毛がムチのように唸り、俺の首を絡め取った。
ぎりぎりと音を立てて締め上げられる首。このままじゃ、呼吸困難以前に首の骨をへし折られてマジで死ぬ。
「冥土の土産、という言葉をご存知でしょうか。それに則り特別にお教えしましょう、私の名を」
その時、空に打ち上がった真紅の花火が美女の顔を鮮血色で照らし出す。まるで透き通るように白い肌に切れ長の目。
常に三日月の弧を描く唇は妖しく彩られていて、まさに毒のある花といった容貌。
「バラル団幹部、参謀及び実働補助を任されているハリアーと申します。
白陽の勇士よ、以後お見知りおきを。そしてさようなら」
コジョンドが俺の首をさらに締め上げる。ゾロアもメタモンも間に合わない。他のポケモンを呼び出そうにも、既に意識を持っていかれそうだ。
万事休すか、そう思われた瞬間、業火がコジョンドの腕の毛を根こそぎ焼き払った。
「ちょっと、無事!? 生きてる?」
「ゲホッゲホッ、なんとかな……サンキュー、アイ」
"バシャーモ"の【ブレイズキック】だ、さらに【にどげり】の要領で放たれた炎の蹴撃がコジョンドを蹴り飛ばす。
膝を突く俺の元に、アイが手を差し出した。それを掴んで立ち上がると美女──もとい、ハリアーに視線を戻す。
「ところで、なんでここに? ってあだっ!」
「アンタねぇ! ソラと花火見る約束してんのになんでこんなとこフラフラしてんのよ! おかげで手分けして探すハメになったじゃない!」
首を締められていた俺に対してアイが容赦の無いヘッドロック! まずい、このままじゃこいつに殺される!
腕をタップしてアイの手を逃れると美女改め、バラル団の幹部ハリアーへと向き直った。しかしハリアーは今までの余裕が嘘みたいに、顔に無表情を貼り付けていた。
ただ人数有利を取られたからといって、あの顔はしないはずだ。俺の疑問を他所に、アイは鼻を鳴らして笑った。
「こんばんは、ハリアー。ちょうど一ヶ月ぶりくらいかしら?」
「おや、誰かと思えば……覚えていませんね。あなただけ、私の記憶から消えているようです」
「だったら思い出させてやるわよ、"ジュペッタ"!」
アイは新たに繰り出したぬいぐるみポケモン"ジュペッタ"に【シャドーボール】を放たせる。しかしそれはハリアーめがけてではなく、真上へと。
それを確認し、アイは掌底部分が分厚くなっているタクティカルグローブを身に着けた。
まるで重力に従って落下してくる魔球はさながら、バレーのトスで打ち上げられたボールで。
トスされたボールがどうなるのか、当然
アイはタイミングを合わせて跳躍し、落ちてきた【シャドーボール】を腕でスパイクする。
ぎゅん、という音を立てて豪速球がハリアー目掛けて飛んでいく。
「──コジョンド、弾きなさい」
即座にハリアーの元へ帰還したコジョンドが腕の毛を扇風機のように回転させ、防御する。
あらぬ方向へ飛んでいき四散する魔球を見て俺はというと、
「お前も人間やめちゃった感じ?」
「まだ人間よ」
「だから卒業内定済みみたいな返事やめろよ! お前もアルバも!」
改めてサザンカさんの元で修行すると誰も彼もが人外になると悟った。たとえ友達が人間やめてしまっても、俺だけは人間でいたいと思った。
まぁ、死者蘇生を果たしているのでただの人間とは言い難いんだけれど……話が逸れた、戦いに集中しよう。
「ジュペッタがそのままシャドーボール撃つよりも、あたしが加速させた方が強いのよ」
「聞きたくなかったよ、それ」
さておき、今こっちの場にはアイが新たに呼び出したジュペッタがいる。こいつは、ハリアーが張り巡らせた【トリックルーム】を有効活用出来る低速帯のポケモンでもある。
「──さぁ、反撃開始よ」
「あぁ、花火が終わんないうちにな!」
こいつと、アイと肩を並べて戦うなんていつぶりだろうか。
いつにない安心感を覚えながら、俺はハリアーを睨みつけた。