ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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超、超お久しぶりです。




VSゴルーグ 凍てついた街

 

「ったく、朝っぱらから叩き起こして何事かと思ったらネイヴュの応援に行けたぁな……」

 

 欠伸を噛み殺しきれず、間延びした声でランタナが言った。

 そんな彼の目の前には修理が完了したネイヴュ支部のヘリがあった。運転席では機長とアシュリーが話をしていた。

 

「相変わらず迅速な手回しだな、フリック市長は」

「そういうトップガンも、うちのジムリーダーじゃないというのによく召集に応じたな」

 

 ランタナは腕を組みながら横に立つ男、シンジョウにぼやいた。

 それを補足するように後ろから横に並ぶ少女がある。

 

「彼は私の管理するVGメンバーとして、私が声を掛けました」

 

 ビルの屋上に吹き荒ぶ風が彼女の艶やかな銀髪を乱暴に撫でる。コスモスだ、ネイヴュに向かうとあってかいつもよりも厚着でいつも以上に黒が多い様子だ。

 

「声を掛けた、っつーか無理矢理呼び出してそうだな」

「察しが良いな、拒否権は認めないと言われたぞ」

「尤も、シンジョウさんは拒否しないと思いました。どうせ彼のことが気になっていると思いましたから」

 

 そうコスモスが呟くとシンジョウは静かに頷いた。

 最後に会ったのはレニア復興祭だ、ランタナ自身もダイの心に巣食う使命感を軽くさせるためジム戦を行った手前気にならないといえば嘘になる。

 

「そういや、ジムリーダー全員に召集がかかったって話だが随分集まりが悪ぃな」

「カイドウくんは同行しないようですね」

「まぁあいつは来ないだろうな……」

 

 苦笑いしながらランタナは振り返る。他にこの場にいるジムリーダーはカエン、アサツキ、ステラの三人だった。

 サザンカにも声を掛けたのだが、どうやら連絡がつかなかったらしい。聞けば彼の管理するVGメンバーによればまさに昨日ラフエルを離れてカロスに向かったという話だ。

 

 カエンは手持ちのポケモンを呼び出し、コンディションを直接話して確認していた。

 そうして思い思いの行動を取って時間を潰すこと五分。ヘリポートにアストンが降り立った。

 

「すみません、お待たせしてしまいましたね」

「来たか。ちょうど離陸の準備が出来たところだ、乗ってくれ」

 

 ヘリからアシュリーが顔を覗かせて言った。それを受けてジムリーダーたちの顔が引き締まる。

 全員が乗り込むとヘリコプターはプロペラを回転させて離陸する。

 

 手持ち無沙汰を誤魔化すかのように、ステラがポツリと零した。

 

「ダイくんの話では、ネイヴュ支部との連携が難しそうだという話でしたけど……」

「あいつの話じゃ、バラル団の目的はアイスエイジ・ホールに潜む伝説のポケモンだって言うじゃねえか。それはネイヴュの連中にも伝わってるんだろ? なんだって協力しようって気にならねえかな」

 

 ランタナが背もたれに体重を掛けながらため息交じりに言った。仮にも自分たちのテリトリーで大事を起こそうとしている勢力を叩こうというつもりはないのか、誰もが思っていた。

 

「もしかすると、今ネイヴュ支部は()()()()()()()()()()()()()()()()()()があるのかもしれません」

 

 アストンの言葉にアシュリー以外の誰もが首を傾げたが、アストンの補足を待たずにアシュリーが「内輪の話だ」と追求を拒んだ。

 

「なんだっていいさ、どの道オレは一度復興の様子を見に行こうと思ってたんだ。いい機会だぜ」

 

 ネイヴュ復興の一端を担っているのは、そう言うアサツキの実家"カヤバ鉄工"。"ジムリーダーとして"以外にも"職人として"ネイヴュを訪れる必要があったのだ。

 

「俺ぁシャルムでゆっくり寝てたかったけどな!」

「顔に嘘だと書いてあるぞ、上辺だけ薄情でもわかるものだ」

「言うなよトップガン……」

 

 バツが悪そうにそっぽを向くランタナに各々が苦笑を浮かべる。だが和やかになった空気を入れ替えるようにアストンは言葉を紡ぐ。

 

「問題は、先遣隊が襲撃に遭ったということです。我々に襲いかかってくるということも十分ありえます」

「考えすぎじゃねーか? 先遣隊が襲われたのは出立の情報をバラル団が持っていたからであって」

「そうとも言い切れんのだ。ダイは私に連絡を寄越した後、聞かれないようにメッセージで内通者の存在を仄めかした」

 

 アシュリーの言葉に緊張が走る。うっかりランタナは全員に視線を送ってしまうが、頭を振って否定する。

 一瞬でも仲間を疑ったことを恥じたが、考えてみれば無理もない話なのだ。

 

「俺達の防衛手段をわずかに上回る攻勢、と言いたいのか」

「その通りです。レニア決戦、及び復興祭でも決して少なくない数の戦闘員が配備されていました」

 

 レニア決戦はバラル団にとってもライトストーン及びダークストーンを確保する重要なミッションであったため、幹部級や班長級が多く動員されていたのも頷ける。

 だがその復興祭はどうだろう、隠密を得意とするイグナ班をほぼ全員動員した挙げ句に幹部、戦力で考えればほぼ同じ。

 

「我々が配備したPGやVGがまず確実に抑え込まれ、好き勝手にされている現状から鑑みてもダイくんの推理は概ね当たっていると考えます」

 

 筋道が見えてくるほど、足場の悪さに絶望するもの。ランタナはついうっかり呼吸を忘れるほどだった。

 そうして内通者がいると仮定した上で、考えてみることにしたのだ。

 

「誰だと思う? ジムリーダーとかPGのお偉方にいるって線は考えたくねーな……」

「規模からしてもVGメンバーという可能性の方が濃厚だろうな」

 

 誰かを疑うという話になった途端、ステラが眉を寄せた。その心境を察したアシュリーだったが議論を止めることはしなかった。

 

「先遣隊が襲われた、ということで怪しいのはハロルド氏だが……」

「あの成金だるま親父に、自分ごと囮にするような作戦を立てたり実行に移したりするかねぇ……」

「ですが可能性はあるかもしれません。本部にハロルド氏の近辺を探るよう手配します、本人不在の今なら調査は素早く済むはずです」

 

 アストンは手早くポケギアで本部へと繋いで調査の手配を始めた。現場に出てくるから忘れがちになるが、彼もアシュリーもハイパーボールクラスで本来なら安楽椅子を決めていてもおかしくない立場の人間なのだ。

 もっとも優秀な人材が積極的に前に出なければ、バラル団との戦いに勝利出来ないのが現状であるため後ろに引きこもるなどということは出来ないわけだが。

 

「皆さん、もうすぐフローゼス・オーシャンに差し掛かります。先遣隊が襲撃を受けたのも少し先と聞いていますので注意してください」

 

 その時だ、操縦を担当している者がそう言った。見れば眼下は既に流氷の運河が出来上がっており、思えば機内の気温も出発時より下がっている気がした。

 何事も無ければいいが、誰もが思っていた。今ならステラに倣い手を合わせて祈るのもやぶさかではないとさえ、ランタナは思っていた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 一軒の家があった。

 

 それは豪邸でも、立派なマンションでもない。

 真っ当な人間がようやっと買えるような、小さな家だ。

 

 家、だった。

 

 いつも心に靄がかかるとこの家だった廃墟を訪れる。

 

 吹雪く夜でも、暖炉には火が灯っていた。

 

 いつだって家族の温もりがあった。

 

 

『お前は自慢の息子だ、絶対チャンピオンになれるぞ!』

 

 

 父はいつだってそう言って頭をクシャクシャになるまで撫でた。

 

 

『ママはいつだってあなたの味方よ。世界を敵に回したって構わないわ』

 

 

 母の愛はこの家の温もりを人間に閉じ込めたみたいな熱を持っていた。

 

 

『兄ちゃん、いよいよ明日だね! ジム制覇の旅!! おれ、ここで応援してる! そんでいつかおれも旅に出て、チャンピオンになった兄ちゃんと勝負するんだ!』

 

 

 弟の太陽みたいな言葉はいつだって背中を押してくれた。

 

 

 だけどそれはもうない。

 

 門扉は見事に砕け散り、扉は蝶番がイカれているのか半開きのまま。

 横向きの吹雪はあらゆる隙間から家の中へ入り込み、家具の尽くを凍りつかせていた。

 

 団欒の中心にあった暖炉は埃と雪で汚れている。

 テーブルの上には、ここに生活があった最後の日の、最後の夜がこれみよがしに残っている。

 

 割れた皿、倒れた鍋と散乱したシチューの残骸が床へ散らばるも片付けられないまま、あの日を鮮明に焼き付けている。

 

 

 彼──フライツは雪解けの日以降、なにかあるとかつて自宅だった場所へ足を運ぶ。

 まるで迷える信徒が神に導いてもらおうとしているかのように、自らの髄に刻まれた指針の歪み(ブレ)を正すように。

 

 

「──また、来るよ」

 

 

 しん、と静まり返る無音の街に消えていく独白。

 そうして律儀に玄関から出ていく。見慣れた景色は雪解けの日のまま崩れていて、目を背けたくなる。

 

 フラッシュバックする、空から爆撃のように墜ちてくる巨人(ゴルーグ)の群れと、母を庇って潰された父の最期。

 頭から追い出すように頭を振ったときだ。

 

 いつもの弔問なら絶対に有り得ない、珍客。

 

「……ぁ?」

 

 だからか、口をついて出るのは頓狂な声で。

 そんなフライツを姦しい瞳たちが射抜いていた。

 

「……なんだ、観光気取りか?」

「厳密にはソラが見て回りたいって言っていたから、観光より帰省ね。アタシたちはその付き添い」

 

 そう返すのはフライツにとってやや忌々しい(いろ)を持つ女、アイラ。

 ダイと同じようにああ言えばこう言うタイプで、フライツはイマイチ反りが合わないタイプだと思っていた。

 

 別段付き合う必要もないか、フライツは頭の中でそう一人ごちると踵を返した。

 それを見届けるでもなくソラはそびえる一軒家を見上げた。そして新雪に刻まれた足跡を見て家の標識を見つけるなり目を瞑った。

 

 深く吸う息、そうして絞るように小さな声で喉を震わせた。

 それは歌だった。しゃくしゃく雪を踏み潰す音がふと止まる。フライツは振り返った。

 

 ソラは目を瞑ってまるで祈るように歌う。それはかつて母が好きだった民謡。

 子供の頃、自分をあやすために何度も歌ってくれたことを今でも覚えている。

 

 まるでソラが、母の霊と会話をしているようでほんの少し薄ら寒くなった。

 だがそれ以上に、彼の壊れた感情の泉は郷愁とそれを奪われた憎しみが同時に吹き出てきた。

 

 ズカズカと歩調が粗くなる。その矛先は小さな歌姫で。

 

「どういうつもりだ」

 

 肩を小突くと、ソラは体勢を崩して雪の上に転んでしまう。

 しかし慣れてるとばかりに立ち上がるとスカートについた雪を払うと、フライツの目を見据えて言った。

 

「みんなの無念が少しでも安らいだらと思って。気に触ったのなら、ごめんなさい」

 

 そう言ってソラは周囲を仰いだ。まるで本当に死人と歌を通じて会話していたかのような物言いにフライツは面食らう。

 しかし自分の怒りはともかくとして、弔問に来た人間を小突いたままとあってはさらに気分が悪くなる気がした。

 

「……悪い、冷静じゃなかった」

 

 瞑目しフライツが言った。

 黙って見守っていたリエンはいつになく大人しいフライツに、故郷がそうさせているのだろうと見破った。

 

「なぁ、どうしてお前らの代表はネイヴュ支部(俺ら)の支援を受けようとしねえんだ? 渡りに船じゃねえのか?」

 

 それは心からの疑問だった。なんならソラもアイラも分からないという顔をしていたが、リエンだけは心当たりがあった。

 

「たぶんね……ダイは憎しみで戦ってほしくないんだと思うよ、誰にもね」

「……は?」

 

 だから出てきた言葉と、思い返すダイの態度が脳内でチグハグな縺れを生み出した。

 

「ネイヴュ支部の人とかネイヴュの避難民だったVGメンバーとか、バラル団が憎くてしょうがない、復讐してやるって人がいっぱいいるけど、そういう気持ちで戦う人を見たくないんじゃないかな。自分勝手だよね、私も今回ばかりはそう思う。でも同時に気持ちも分かるの」

 

 復讐が結んだ実は、毒の味がする。

 その後の人生全てを蝕むような強烈な後味を残す。

 

「だから、ダイなりに人を慮っての決断なんだよ。本当のところは分からないけどね」

 

 なんだそれは、とフライツは戦慄さえ覚えた。

 そんな綺麗事のために、自分の助力は断られたのか。

 

 なんというか腸が煮えくり返りつつあるのを、ふつふつと感じた。

 

「それの何が悪ぃんだよ……家族を殺されたヤツは殺したヤツを憎んじゃ、そいつを殺してぇって思っちゃいけねぇのかよ……!」

「自由だよ、結局のところ。私はダイだけが正しいとは思わない、あなたの感性は至って普通(ヘルシー)だと思うし、復讐が全てなら私達じゃ止めようがないでしょうし」

 

 だけど、とリエンは続けた。

 

「どうせなら、バラル団に「意趣返し」してやることが最高にアベンジしてていいんじゃないかな」

「意趣返し……?」

 

 思考の追いつかないフライツがオウム返しする。

 

「バラル団はアイスエイジ・ホールの伝説のポケモンを使ってラフエル地方全土を脅かそうとしている。じゃあそれを阻止したら、面と向かって「ざまあみろ」って言ってやれるわね」

 

 アイラが補足するも、フライツは目をヒクつかせて絶句する他なかった。

 本気で言っているのか、家族を殺された復讐をただ嘲笑ってやるだけで晴らせるものか。

 

 

 ──馬鹿にするな、ナメるな、巫山戯るな。

 

 

 口を開けば罵詈雑言が飛び出しそうになった。だが、もはや墓標と化した家の前で人を面罵する気にはなれなかった。

 なぜだか本当に家族が見ているような気がしたから。

 

 正直に言えば、今でもバラル団の連中は八つ裂きにしてやりたいとフライツは思っていた。

 だが、今この瞬間。実家の前にいる時だけは、それを家族が望むかという思いが復讐心を鈍らせていることに、気づいてしまった。

 

「ちょっとだけ揺らいだでしょ、なら踏みとどまれるよ」

 

 全てを見透かされていた。呆気に取られているとリエンが薄く微笑む。

 

「守るための戦い方で、私達はバラル団に勝つ」

 

 ソラは静かに、だが力強く言った。

 自分と同じで雪解けの日に家族を奪われた人間が放つその言葉が、嫌に眩しくて。

 

「……そうかよ」

 

 そんな言葉しか出てこなかった。

 別の言葉も用意しないまま、フライツは今度こそ踵を返してその場から去っていった。

 

「行っちゃったわねぇ」

 

 その背中を見送ってからアイラが呟いた。

言いたいことは三人で分担して言ってやったので後腐れは少なくともこちらにはない。

 

「にしても、リエンはいつの間にそんなダイに詳しくなったの? バカ専門博士?」

「ふふ、そうかも」

 

さすがは"見定める者"として図鑑を預けられただけのことはある、とアイラは渋々思った。

もうずっと自分よりもダイの心情把握に長けている彼女が頼もしい反面、幼馴染特有のちょっとしたジェラシーが無いでもない。

 

「でも、だからこそ……気になることがある」

 

だからか、そんなソラの重たい一言が空気をしんと凍りつかせた。

 

「薄々、感じていたことがあって。でもネイヴュに来てから、もしかしてって思ってて……」

「なによ、今更歯切れが悪いわね」

 

きょとんと疑問符を浮かべるアイラに、ソラは目を伏せがちに呟いた。

 

 

 

 

「ダイはなにか、嘘をついてるんじゃないかって」

 

 

 

 

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