山奥月明かりが眩しいほどの幻夜に一人だけ到る魅魔。微かに残る霞と打ち解けそうな星々の煌き。そんな幻想風景の中魅魔はある人物を待っていた。
「そろそろ出てきたらどう?紫」
誰もいない空間に対して魅魔は聞く。すると魅魔の左側の空間が裂け、目が大量に映る空間から一人の女性が這い出てきた。
「あらバレてた?」
「あんたがスキマを歩く音気持ち悪いほど聞こえるからね」
「それ霊夢にも言われたわ。博麗人には聞こえるのかしら?」
八雲紫。彼女は幻想郷の結界を維持するのに欠かせない存在だ。スキマを操って好きな空間に行くことが出来るが、スキマの中は現世と同じ広さがある別次元のため、実際に歩いて行くことが出来る。今回の場合はイタズラで歩いていたのだろう。
「さあ。で、今日は何の用?」
「あの子、どうなの」
「どうなのって・・・」
「私が見るにあの子はあなたが昔――」
「それ以上は言わない方がいいわ」
目と口で威嚇しておく。その言葉には魅魔を怖がらせる何かがあるようだ。
「そう。まあ大体分かったわ」
「それだけかしら?」
「もう一つ」
今度は畏まった表情で魅魔に告げる。
「冥界の庭師を消したわ」
重く告げられたその事実に魅魔は
「・・・・・・そう」
とだけ伝えておいた。
少しの間を置いて紫が動いた。
「言いたいことはそれだけよ。それじゃあ」
「紫」
「なに」
俯いて表情が見えない。普段通りの落ち着きある声で聞く。
「今度は私かしら」
その質問に対して紫は何と返していいのか分からなかった。
だから
「私は違うと思うわ」
そう言う事しかできなかった。紫自身がそうしたかったからだ。
その後、いつの間にか紫は姿を消していた。
魅魔はその場で立ち尽くし、静かに泣いていた。それが何を指して泣いているのかは誰にもわからない。ただ涙が溢れてきたのだ。
「魅魔様ー」
朝、元気な黄色い声が聞こえた。
木造の階段を下りる音が聞こえ、途中からリズムを崩して大きな音を立てた。
「朝っぱらから騒がしいねぇ。何してんだい」
「いって―よ!5段目だけ妙に深いぞ!?」
「そりゃそんなこともあるだろうよ。ここは私が作ったんだから」
「どうりで欠陥住宅なわけ・・・」
「そんなことより朝ごはん食べな。もう出来てるから」
「おー!腹減ってたんだ」
二人が朝食を食べながら魔理沙は今日のことを話す。
「今日は何するんだ?」
「今日はこの五行山の奥地にある棒を取ってきてほしい」
「?。わかった」
疑問を抱きながら魔理沙たちは朝食を食べ終えて、外へ出た。
空は快晴。季節は秋で山が色付き始めていた。
「それでどんな棒なんだ?」
「如意金箍棒って言ってね。所々に金色の装飾があってね、この先を行ったらそれっぽい祠があるからきっとすぐ分かるよ」
「分かった。そんじゃ行ってくらー」
「行ってらっしゃい」
箒に跨って飛翔する魔理沙。あれから物体浮遊法もすぐ習得し、コツが掴めたようだった。おかげで箒を操縦することも慣れたようですっかり魔女っ子だ。
地上から魔理沙に手を振って見送る。何処か母親のような事をしている自分が馬鹿馬鹿しくなって笑った。
「さ~て、そのなんたら棒ってのは何処かな~」
涼しい季節の五行山は霧が晴れており、大きな山にある遺跡らしき穴はすぐに見つかった。奥地と言うからにはここからだろう、というかそれ以外は山が囲っている。
遺跡の前まで来ると『如意豪符部間』と書かれた石碑が見えた。
「うわー、何て読むんだコレ。つーか汚ねぇ・・・」
そう言いながら石碑を触っていると「ガタッ」と大きな音を立てて目の前の石壁が両側へ開いた。
それを見て魔理沙は目を輝かせた。
「おお!なんか探検家っぽくていいじゃん!コレだよ俺がしたかったのは」
心躍らせながら中へ入って行くが、直後に入ってきた入口の扉が閉まり、好奇心は不安と絶望へと変わった。
「・・・・・・・」
扉を見つめて立ち尽くす。石壁を触ってどこかに装置が無いか調べるが、真ん中に丸い窪みがあるだけでただの石壁だ。
人間誰しも密室に閉じ込められると咄嗟に脱出手段を考えようとする。外に出られないとはそれほど人に大きな感情の淀みを与えるのだ。
仕方なく先の道を進むことに。先は暗闇でひたすらに続く石廊下。暗くて見えないため、覚えたての初歩魔法「
すると光が見えてきた。
「スン・・・・なんか水の匂いがするな・・・」
滝の目の前にいるとよく匂う水の匂いだ。そして同時にカビ臭くもある。
光に向かって走って行くと、灯篭がいくつも置かれた明るい部屋へ出た。部屋の隅の方と魔理沙が今いる部屋の入口から滝のように水が流れている。
「偉く豪華な部屋だな」
奥まで目をやると、二つの宝箱に挟まれて縦に棒が飾られていた。
祠と言うより飾られているようだった。
「あれか。でも横の箱は何なんだ?」
近づいて棒を取って帰ろうとすると、突然両サイドの宝箱から骸骨が飛び出してきた。
「やっぱり来ると思ったぜ!」
肩から下げるカバンから大きなフラスコ瓶を二つ取り出して両方の骸骨目がけて投げる。
「そいつはくれてやる!おいしく頂いて――」
炸裂と同時に後ろを振り向き、左手の親指を立てて下へ向けた。
「死ねッ!!」
骸骨達は瓶の中の爆液を喰らって吹っ飛んだ。爆風により骸骨達はバラバラに。
「あー骸骨だからもう死んでるか」
瓶に入っていたのはキノコから抽出した魔素を混ぜ合わせた爆薬。魔法の練習と同時進行で進めていた物で、分類的には魔術に入るそうだ。簡単に作れて魔法使いを目指す物は誰でも作れるそう。
「なんちゃら棒も手に入れたし、帰り道探すか」
ガタガタ
嫌な音がした。
振り返って見ると先ほど倒したはずの骸骨達がいない。
嫌な感じがして振り向いてみると骸骨の一人が剣を振り上げて切り付ける瞬間だった。
とっさに掴んだ如意金箍棒で骸骨のサーベルを受け止めた。鉄のように重量感のある音が部屋に響く。
「クッ・・・この棒は・・・」
見た目は錆びた鉄棒だったのが骸骨の一振りを受け止めた瞬間、赤い胴体と金の装飾が現れた。
これが真の如意金箍棒の姿なのだろう。そして骸骨のサーベルを振り払い、懐にその一突きを入れる。その拍子、魔力を流し込んでしまった。すると如意金箍棒はグンと延び、骸骨を石壁に叩きつけて肋骨を粉砕した。
「はぁはぁ・・・・たしかもう一体居たはず」
魔力を頭に送り込むイメージをする、すると脳内にこの部屋の全てが見渡せた。感覚的には部屋の中にいる物の存在を見分けられるのだが。
これは魅魔が教えてくれた技「魔力検知」だ。魔力を脳内に送り込み、全感覚で周囲の状況を目で見なくても把握することができる。魅魔が紫の存在に気付いたのもこれのおかげだ。
「そこだ!!」
宝箱の中に存在を察し、祠の右側の箱を如意金箍棒で貫いた。
案の定、中には骸骨がいた。不意打ちをするために戻ったのか、それとも自動で戻るように作られているのか。分からないが知っているかぎりの骸骨は倒した。
「ふぅ。これでやっと帰れ――」
ガダンッ!!
再び嫌な音。同時に流れる勢いを増す流水滝。
さすがにこの感じでは誰にでも予想は付く。これからここは水に浸かるのだ。依然入口は閉まっている、ここから出るには
「とにかく出口まで走るしかない!!」
全力で入口へ走る。他に出る道が無いのならここが出口だ。
水はかなり早く流れており、石廊下を半分切ったところで水が溢れてきた。もはや魔理沙が今走っているのは廊下ではなく「水路」だ。
「やばいやばい!間にあわないぃぃ!!」
この速さだと出口まで間に合わずに水に襲われる。たとえ扉の前に着いたとしてどう開けばいいかわからない。だがその時魔理沙は思った。
「そういえば扉にあった丸い窪みって丁度これと同じ大きさだったような・・・」
その考えを疑う暇はない。そもそも出口の無い遺跡なら最初から罠としてあるはずだ。態々遺跡の中に骸骨を用意する理由が無い。
一か八か、魔理沙は覚悟を決めた。
「行けッ!如意金箍棒!」
魔力を込めた、すると如意金箍棒は命令してもいないのに扉へ一直線に向かって行った。
吸いつくように扉の窪みに入って行った。その勢いは魔理沙の方にまで来て、如意金箍棒に引っ張られるように扉へ向かった。
扉にぶつかる直前で扉は開き、外へ放り出されるように飛び落ちていった。
「で、出た!」
空中で体勢を立て直し、今更箒の事を思い出す。
箒に乗って素早く飛翔した。
「ふぅ。助かったぜ」
振り返ると、先ほどまで走っていた石廊下が洪水に溺れ、勢いよく出口から噴出していた。まさに危機一髪だった。
かばんにはしっかり如意金箍棒と言うお宝を入れている。この手伝いを受けた時点で薄々気づいてはいたが
「これって所謂『試練』ってやつか?だったら下手糞過ぎるだろ・・・」
あの過保護なオバケが泣いて抱き付いて『よくやった!』等と言う姿を想像すると寒気と吐き気がする。
そうしていると五行山の柱崖、一番高い頂点に魅魔の姿を捉えた。褒美と文句を言ってやろうと近づくと
「取ってきたかい?」
「ああ、この金ぴか如意棒だろ?」
「そうだ。よくやったね」
想像通りの発言。だがどこか重苦しい感覚に魔理沙は違和感を覚えた。
「どうしたんだぜ?」
「魔理沙・・・」
魅魔は自分専用のロッドを魔理沙に向けて一振りする。するとかばんの中にあったミニ八卦炉が光り輝いて外へ飛び出していった。
茫然としていると魅魔が杖をもう一振りし、八卦炉が分解して魔理沙の周りを八枚の板が浮遊し始めた。
「な、なにするんだ―――」
「これより!八卦の炉の中に霧雨魔理沙を封じ込める!!」
一体何を言っているのか分からなかった。私が一体何をした?
それよりも折角苦労して取ってきた如意金箍棒はどうした?
様々な疑問が一瞬のうちに浮かんだ。それと同時に魔理沙の周りを浮遊していた八枚の板に挟まれ、八卦炉の中に封じ込められた。
「おい!ここから出せよ!!おい!!」
突然の出来事、謎の閉塞感、不安と焦りで頭の中が破裂しそうだった。
気が強い魔理沙も心は純粋な乙女。体は幼い少女だ。恐怖に脆く、焦りに敏感になる。
「クソッ・・・・あのオバケババァめッ!!」
怒りが湧いて出る。何故自分がこんな目に合わなければならないのか、と。
すると狭く暗い空間に突然眩い光芒が浮き出てきた。思わず目を瞑る、すると
「目を逸らすな!!我を見よ!!」
女の声。だが魅魔とは違う、何処か威厳のある声だ。
目を開けるとそこには翼を生やした金髪の女性がいた。白い布の様な物を羽織っており、左手に大鎌を持っている。周りには絵に描いたような星が浮いている。
「あ・・・・・んたは・・・・・」
「我が名はミカエール・ルシフェル。又の名を『ミカエル』と書す者」
「ミカエル・・・・ってことは。あんたは天使?」
「否。我は血に塗れ、この魔の墓標に埋め立てられた堕天使。神の御膳する天使とはかけ離れた存在だ」
「それで、堕天使さんは俺に何をするんだ?」
魔理沙は以前神や悪魔に関する書物を読んだことがあった。一般的に普及している物でほとんどが神話にまつわるものだが。そしてその中でミカエルと呼ばれるものは天使に属していた。
魔術や魔法に置いて、天使は悪魔の最上位に属する精霊の一種。悪魔は主に大魔術等に使われるが、天使はクラスが高いため、守護霊や祟り神として使われることが多い。しかし堕天使、これはクラス外で、天使の力量を持ち合わせながら自由行動を許された存在。故に堕天使は自らの能力を一つの生命体に依存させることができた。
「貴様が“星の器”に相応しいか見極めるのが我の役目。貴様がここに来たと言うことは査定される権利がある」
「星の器?また大したものに選ばれちまったぜ・・・」
器と呼ばれるのは正にミカエルの依り代のことだろう。八百万系統ならば御神木等に憑依できるが、ミカエルは東の国に依存できない。
つまり
「貴様は星の器に相応しいか・・・・」
ミカエルは魔理沙と魔術契約を結ぶことを審査している。
魔理沙はごく一部の知識しかない、歳も若く、ミカエル程の大魔術を使える代物は宝の持ち腐れである。しかしここは幻想郷。どんな力も力のままに、使うがままに使われる世界。
そんな神々も恋する世界で魔法に魅入られた少女はミカエルに堂々と一言叫んだ。
「私の名前は霧雨魔理沙!恋と光の魔法使いさ!!」
懐かしいこの響き、この叫びに魔力を込めて堕天使に吹きかけてやった。すると
「よかろう。貴様の轟き受け止めた。貴様を星の器と認めよう、そして」
続けざまにもう一つ別の存在を肯定した。
「貴様を“メイガス”の騎士に認定しよう」
「え?ちょっと、それな――――」
光芒が激しくなり、爆発したように突風で八卦炉から解放される。その一瞬で堕天使は八卦炉に吸収され、同時に魔理沙の体は空中に放りだされた。
「うあっ、ちょ、まてってッ!!」
ドスッ、と腰に棒の様な感覚で受け止められる。よく見ると魅魔の左腕で魔理沙の体を受け止めていた。その顔には笑みが浮かんでいる。
「よくやったな。魔理沙」
魅魔は魔理沙を褒めた。魔法を覚えたわけでもなく、何かを成し遂げたわけでもなく。優しい笑みで魔理沙を抱擁した。
「よく八卦炉を破った。これでお前は正式にミニ八卦炉を使える」
「そうだったのか。だけどもうちょっとマシな方法あっただろ」
「恥ずかしくてな。ゆるしてくれ」
ふと堕天使に言われた言葉を思い出す。
「なあ。堕天使が俺のことをメイガスだとか騎士だとか言ってたんだけど。あれはなに?」
そのことを伝えると魔理沙を下ろし、ポケットから古い紙布を取り出して魔理沙に見せた。
そこには謎の文字が書かれていて、魔理沙には読めない。
「なんて書いてあるんだ?」
「これは魔術文の原書だ。最初期に作られた魔術法の階級を表している」
魅魔は話を続けた。
魔理沙は読めないが、魅魔は読めるため、その階級を全て教えてくれた。
世界を作ったと言われる神々の一人、法を培う者「マギ」が、自分以外の指導者を作る際に決めた階級。言い表せば、能力を備え優れた才を持つ者に与えられる称号、と言うことになるらしい。
マグ・マゴス・マゴイ・メイジャイ・メイジャン・マグス・メイガン・モーリサァ・メイティ。そして“メイガス”だ。
八卦炉を使うと言うことは所有者になると言うこと。その所有者、謂わば主を決めるのは八卦炉自体と言うことだ。その称号が
「第五の有権者“メイガス”。それがお前だ」
「一気に存在価値上がったな」
「まあ八卦炉を使う者としては当然だろう。それにしてもお前が旅に出るための準備なのに八卦炉が必要とは、ハードルが高かったんだな」
「魅魔様がそれ言ってどうするんだよ」
魅魔様が高らかな笑いを上げる。
その笑顔に釣られて魔理沙もほくそ笑んだ。