とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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東方仗助! 御坂美琴と遭遇す その①

 その教師は、一言で言うならば『嫌なヤツ』だった。

 

 見下した物言い。

 相手をえぐる暴言。

 格下を見るような眼差しは、とても教育者とは思えなかった。

 

「いいですか。人間とは平等ではありません。幸福と不幸の割合は必ずしも均等ではないのです。恵まれた人生を送れる人間など、一握り程度しか存在しない! そして君達はそのハズレの方だと自覚なさい。そんな最底辺の君達は将来の事など何も考える必要などありません。夢など持つだけ無駄。希望などこの学園都市では無意味! 今の内に上の人間に媚び諂(へつら)い、ご機嫌を取る方法でも見つけておきなさい」

 

 入学時のホームルームでの第一声がそれなのだから、夢と希望を持って入学してきた新入生にしてみたらたまったものではないだろう。

 

 この教師はいわゆる能力至上主義者であり、この学園都市ではもっともポピュラーな人種であった。

 早い話、人種差別ならぬ、能力差別者である。

 能力の高い人間には擦り寄り、低い人間は徹底的に痛めつける。

 事あるごとに生徒を侮辱し、精神的にねちねちと追い詰めるのが何よりも生きがいだと自称する人間的にも一本欠けている男だった。

 そんな彼だから当然の成り行きとしてクラスメイトの受けが良いはずが無く(完全に嫌われているといってもいい)この日も暴言の雨あられで、生徒達の怒りゲージを溜める事に一役買っていた。だが今回は相手が悪かった。

 

「東方君。入学当初から思っていたんだが、何だいその頭は? まさかとは思うがカッコイイと思ってやっているんじゃあないだろうね、君。そんな全時代的なヘアースタイル、まったくもって――」

 

 教師がその先の言葉をしゃべることは無かった。

 彼は仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』によって顔面を殴打され、三階の窓ガラスをぶち破って地面に転落していったからだ――

 

 

 

 

「――って、いうのが俺が転校する理由になった原因だ。今でも思うが、『後悔』なんて微塵もねぇ。もし、過去に戻って同じ場面に出くわしてもよぉ。まったく同じことをするだろうぜ、俺ァ。……相手が誰だろーと、俺の髪をバカにする奴はゆるせねぇ」

 

 そういうと東方仗助(ひがしかた じょうすけ)はその時の出来事を思い出したのか、眉を吊り上げ憎憎しげに缶コーヒーを一気に飲み干した。

 

 事の顛末を聞いたクラスメイトの八雲憲剛(やくも けんご)言葉無く曖昧な返事をすることしか出来なかったが、一緒にいた蛭田真昼(ひるた まひる)は違った。ブルブルと太ましい肩を震わせていたかと思うと、感極まったかのように仗助の言葉に賛同した。

 

「わかるっ! わかりますぞぉ! 人間(ひと)には決して譲れない存在理由(アイデンティティー)というものが確かにあるのでござる! 仗助氏の髪っ! 拙者のフィギュア! それを護るためならば、命を賭けてもかまわない程の物がっ!」

「だろぉーー! 蛭田っ! オメー、話がわかるじゃあねーかっ」

 

 そのフィギュアって下着とか丸見えの美少女フィギュアなんだろーな、と八雲は思ったがせっかく親睦を深め合っている二人に水をさすほど野暮ではない。つっこみは心の中に止めておく。

 

 仗助と蛭田は肩を組み合い意気投合している。正直この二人がこんなに仲良くなるとは思わなかった八雲は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 (ちなみにその転落した教師だが、不思議な事にまったく傷一つなく無事に生還したとの事。ただ、顔の一部分が著しく変化したことと精神的トラウマから自宅に引きこもり、今だに復職出来ていないそうである)

 

 八雲は室内を見渡す。適度に小物が散乱し、小汚い。同世代の男子となんら変わらないマンションの一室。

 こういう一面を見るとやっぱり「同い年なんだよなぁ」と親近感が湧く。

 

 今日は学校の授業も半日だった為、こうして蛭田と共に遊びに来た訳だが、今この場所にいても未だに信じられない自分がいる。

 

(まさか、自室に招き入れて貰えるほど仲が良くなるなんてね。最初の頃には想像も出来なかったよ――)

 

 八雲は思い返す。仗助がクラスに転校してきてからの二週間を――

 

 

 

 ――当初、やはりというか、当然というか、仗助の存在は恐怖の対象でしかなかった。

 まだウワサが一人歩きしている状態で、仗助の印象は『学校を追い出された危険人物』という認識の方が強かった。

 しかし彼と共に過ごすうちにその認識は次第に変わっていく事になる。

 

 仗助は話して見ると人当たりもよく、外見に反して意外とお茶目な一面を持っていた。

 クラスメイトが困っていると率先して手を貸してくれるし、ケンカの仲裁も買って出てくれたこともある。

 その奇抜なリーゼント頭や服装を覗けば、『ちょっとお調子者な』ごく普通の高校生でしかない事が分かってきたのである。

 

 それは例えるなら、いかつい不良が実は子犬や困っている人を放って置けないという意外な一面を垣間見た時に感じる『コイツって実はいい人なんじゃね?』現象と同じである。

 

 もともと顔立ちも良く、性格も温厚。何より話していて楽しいとくれば人気が出ないはずが無い。一部女子の間ではひそかに『ファンクラブ』まで結成されている始末だ(逆に一部の男子の間では嫉妬と妬みの『仗助を呪う会』なるものが結成された、らしい)。

 もっとも全てが仗助の力によるものではなく、彼と少なからず親交があった八雲や蛭田のサポートも大きかったのは言うまでも無い。特に物怖じせず誰にでも話しかける蛭田の性格はクラスメイトと仗助を隔てている壁を取り払うのに大きく貢献した。

 

 こうして僅か二週間で東方仗助は、八雲達のクラスの一員として迎え入れられたのである。

 

 

 

 

「――さて、少々名残惜しいですが、拙者は御暇(おいとま)させて貰う事に致しますぞ」

 

 たっぷりと仗助との親交を深めた感のある蛭田は、申し訳なさそうな表情で二人を見ると、いそいそと帰り支度を始める。

 

「なんだよ、おい蛭田ぁ。帰えんのかよぉ」

 

 仗助は不服そうに唇を尖らせ蛭田に抗議する。その抗議に、蛭田は涙混じりに返答する。巨体をブルブルと震わせ、若干テンションもおかしい。そして感極まったのか「うおぉおおお!」と吼えた。

 

「……すみませぬ。しかし……しかしっ! 拙者は行かねばなりませぬ。――なぜならっ! 『二次元にゃーたん』のライブイベントが四日後の深夜0時から開催されるからっ! 今の内に徹夜して席を確保しておかなくてはならぬのですぞっ! 『二次元にゃーたん』は今流行のバーチャルアイドル! その競争率は一般アニメイベントの数倍! 確実に会場に入る為には今からでも遅い位でござるっ! ……という訳で八雲氏、仗助氏っ、拙者はしばらく学校を休むゆえ、その旨クラスの皆様方にお伝えしてくだされ。……しばしの別れでござるっ。……さらばっ! 友よぉーーーー!!」

「お……おう……?」

 

 最後の方、完全に絶叫に近い感じで出て行ったが、イベントがらみの蛭田のテンションはいつもあんな感じなので八雲は「またかよ」位にしか思っていない。問題は仗助だろう。クラスメイトの突然の変貌振りにあっけに取られて目を白黒させている。

 

「まあ、気にしないで……アイツのアレは日常茶飯事なんで……」

 

 八雲がフォローを入れる。いつの間にか仗助だけでなく蛭田とも仲良くなってしまった自分に軽く苦笑するが、最初の頃に比べると不思議と嫌な感じはしない。

 それはあの時、不良達にも一歩も引けを取らずに渡り合った彼の芯の強さを垣間見たからだ。

 理由はどうあれ、自分の信念を曲げない彼に、八雲はある種尊敬にも似た感情を抱いたのである。

 

「――なんつーか……。アイツ、未来に生きてんな……」

「……うん。それは否定しない」

 

 仗助の問いに、八雲は全面的に同意した。

 

 

 

 

「ほー。お前、鳥取県出身なの? あのラクダと砂漠の国の?」

「……君。今全国の鳥取県民を敵に回したぞ」

 

 仗助と談笑を交わしながら街道を歩く。

 夕飯の買出しに行くためだ。

 蛭田との別れの後、適当にF-MEGAをプレイしたり、単行本を読んだり、待ったりとした時間を過ごしていた彼等だったが、少々小腹が空いて来た。

 最初はファミレスの『joseph`s』で食べる案も合ったのだが、仗助が日持ちする食材で作り置きしておきたいとの提案で、こうして食材を求め街中まで繰り出しているのである。

 ちなみにその食材というのは男の定番料理『カレー』だ。

 

「……そういう君の出身地は? 僕は小学生の時からここにいるけど、なかなか才能の芽がでなくてねぇ……」

「――……あーー。……その……俺はよぉ……」

「……?」

 

 話題が出身地の事になったので、仗助にも質問をする。ほんの何気ない、ごく当たり前の質問だと思ったのだが、仗助は少々言葉を詰まらせた。その微妙な応答に、八雲は怪訝な表情を作る。そしてすぐ自分の質問の迂闊さを痛感する。

 

「……俺は、なんつーかよぉ……。生まれも育ちも『ココ』っつーか、両親の顔も知らないっつーか……」

「……あ」

 

 苦笑し頬をかく仗助に、今度は八雲が言葉を詰まらせる。

 そうだ。迂闊だったのだ。

 この学園都市に来る人間全てが親元から祝福されて送り出されて来る訳ではないのだ。

 中には親に見離される形でこの街に置き去りにされる子供達も存在する。

 

 置き去り(チャイルド・エラー)

 

 学園都市では入学さえしてしまえば衣食住の心配をせずに生活をする権利を保障されている。

 その制度を悪用し、社会問題となっている案件が存在している。

 それが置き去り(チャイルド・エラー)問題だ。

 彼らはこの学園都市において、社会的後ろ盾を無くした被害者である。

 そんな彼らは時として非人道的な実験の被害者としてモルモット扱いされる事もあり、上層部側でも早急な対処が必要とされている案件として頭を悩ませている存在なのである。

 

 

「……そんな顔すんなッつーの。別に両親は恨んじゃあいねーよ。施設の先生方も優しかったしよー。そんな事に腐っているより、人生楽しんだ方が幸せだろー?」

 

 そういって「気にしてねーよ」とばかりにぽんぽんと八雲の頭を叩く。

 

 こういう時、どんな言葉を掛ければ良いのか? 

 謝るのも違う気がするし、微妙な空気になるのも何か違う。

 そもそも『可愛そう・申し訳ない』という感情になる事自体、『友達』に対して失礼だ。それは対等な関係では決して無い。

 だから、八雲は――

 

「――そうだね。どんな事があっても、『君は君』だしね。僕の『友達』であることには変わりない。……それより、期待していいの? 今日の『カレー』。僕結構味にうるさいんだけど」

「おー。期待して良いぜ。二種類のブレンドを使い分けるのがコツだぜー」

 

 ――友達として悪態を突きつつ、仗助(かれ)と向き合う事にした。

 

 

 

 

rublun(らぶるん)本日新装開店で~す。よろしくお願いしま~す♪」

「あ、どもッす」

 

 仗助達がスーパーに行く途中、制服姿の店員らしき女性からチラシが行きかう人達に何やらチラシを配っている。

 そのまま無視するのも気が引けたので仗助は何の気なしにチラシを受け取る。

 

「なんのチラシ?」

「……なんかよぉー。クレープ屋新装開店だとよ。先着100名で何か貰えるらしいぜ」

 

 八雲がひょいと覗き込むと成る程、確かに何か景品が貰えるらしい。

 しかしその景品の部分を見て微妙にがっかりした気分になる。

 そこには

 

『先着100名様、ゲコ太(紳士ver)マスコットプレゼント!』

 

 という文字と、隣に紳士服を着ているカエルのキャラクターの絵が描かれていた。どうやらこれが景品らしいが……

 

「……なんつーか。微妙だな」

「だよねー」

 

 高校生の男子二人が貰っても微妙に嬉しくない景品だった。仗助に賛同しつつ先を行くと、次第に甘い匂いとちらほらと人だかりが見え出してきた。

 

「すげえ人だなぁ。おい」

 

 仗助の視線の先にはピンク色の乗用車に列をなす人だかりが見えた。どうやらあそこがrublun(らぶるん)らしい。そこにはおびただしい数の子供とそれを見守る大人の姿。普段の生活ではあまり見かけない光景だ。

 

「……ああ、成る程。今日は『見学会』かぁ」

 

 八雲が「分かった」とばかりに手を叩く。

 

「成る程ねぇ。これから『お仲間』になる『後輩』っつーことかよー」仗助も合点がいったようで納得する。

 

 学園都市では毎年外の世界から新しい人材を確保する為、こうして『見学会』を行っている。実際に目で見て、学園都市の空気を体験して貰おうと言う訳だ。もっとも彼らはまだ『一般人』に過ぎないので、『解放された地区』以外の立ち入りは硬く禁止されているわけだが。

 

「休憩は一時間でーす。あまり遠くに行かないで下さいねー」

 

 バスガイドが拡声器を使い声を張り上げ子供達(と保護者)に叫んでいる。どうやらツアーはここで小休止のようだ。しばらくこの子供達はいなくならないだろう。

 

「どうする? 仗助君。僕達も並んで見る?」

「マジか……。八雲、お前そんなに『ゲコ太』が好きだったのか」

「違うって。ただ、あんなに人が並んでるんだから、おいしいのかなーって……」

「お前、意外とミーハーだね……」

 

 八雲は「タハハ」と笑いながらクレープ屋の列を見る。あの列の状態からして20分って所か。

 

「まあ、俺も甘いモンは嫌いじゃあねーけどよぉ。……『あの』列に並ぶのはちーっと気が引けるぜ」

 

 仗助が苦い顔をして列を見る。並んでいるのは殆ど子供&女子の列だ。あの中にいかつい高校生が並ぶのはいささか抵抗があった。

 

「そうだよね。仗助君っていかつい顔立ちしてるもんねー。じゃあ、僕が二人分買ってくるから、ベンチの確保頼むよ」

 

 仗助の「なんだとー」という声を無視して、八雲は親指を「ぐっ」と立ててクレープ屋の列へと突入して行った。

 

 

「――ったくよォ……」

 

 そう悪態を突きながら仗助は飽いているベンチに腰掛ける。そして一息付き、全身をベンチに預ける。

 空を見る。

 透き通るような青い空と雲が何処までも広がっている。

 広場を見渡す。

 子供、大人、はしゃぐ学生達。

 

「なんつーか……平和だねぇ……」

 

 理想を絵に描いたような平穏な一時。

 仗助は大きく伸びをし、目を閉じる。

 

 風になびく木々の音。行きかう人々の声。街の音。

 肌に触れるビル風が心地よい空気をもたらす。

 ゆったり流れる時間がとても心地良い。

 

 このまま気を緩めてしまえば確実に寝てしまいそうな、そんな午後の時間。

 それを破ったのは爆発音と、耳を劈(つんざ)くようなけたたましい非常ベルの音だった。

 

「――ン、だァ……?」

 

 突然の衝撃に仗助は驚き、その原因となったものを探す。

 原因はすぐに分かった。

 『いそべ銀行』と書かれた建物のシャッター部分が破壊され、中からどす黒い黒煙が立ち上っている。

 そして中から現れる四人組の男性。

 手にはかばん。

 顔は半分布で覆われている。

 

 これは間違いない。

 

「――強盗……かよ」

 

 せっかくのいい雰囲気をぶち壊しにされ、仗助は不機嫌になりベンチから立ち上がり周囲を見る。

 突然の事に何が起きたのか分からない子供達は戸惑い、おびえた表情を浮かべ両親に抱きついている。

 その様子に仗助は「カチン」と来る。

 子供達に恐怖を与えた原因。強盗達に怒りが込み上げる。

 

「子供にトラウマ植え付けてんじゃあねーよ!」

 

 そのまままっすぐに強盗達の所へ――

 

「お待ちなさい」

 

 だが仗助よりすばやく現場に一人の少女が立ち塞がる。

 

(女ァ……?)仗助はその訝しげに少女を見る。何処にでもいる女子中学生がなぜしゃしゃり出てくる?

 

 首元にエンジ色の二本線の入った茶系のベスト。

 エンジが入ったプリーツスカート。

 この学園都市の中でも5本の指に入るお嬢様校の制服を着ているその少女は、ツインテールを棚引かせながら颯爽と登場し、右腕の腕章を犯人達に提示する。

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの。器物破損、及び強盗の現行犯であなた方を拘束します」

 

 まだあどけない表情が残る外見からは想像もできない勇ましい勧告に、犯人達はしばしあっけに取られ、そして笑った。

 

「まったく、お笑い種だぜ! こんなお子様風紀委員(ジャッジメント)が俺たちのお相手をしてくれるなんてよぉーー」

 

 その嘲笑にむっとした表情の彼女は犯人達に歩み寄りながら最後通行を出す。

 

「このままおとなしく投降するなら危害は加えません。ですがそうでない場合は――」

 

 その言葉をさえぎり、巨漢の男が少女に掴みかかる。

 

「ホラホラ。子供は早くどっか行かないと、大怪我しちゃうぜぇッ!」

 

 その巨漢を生かしての右ストレート。小柄な彼女の身体で受ければ一溜まりもないだろう。

 だが彼女は余裕の笑みを浮かべてわずかな動きだけで難なくかわす。

 その華麗な動きは一石一夕で身に付くものじゃない。どうやら体術の心得もあるようだ。

 

「――なっ!?」

 

 バランスを崩した男の右腕を右手で引っ張り、足払いをかける。

 男はまるで柔道の一本背負いを決められたかのようにその巨漢を宙に浮かせ、そのまま地面へ。頭ごと落下していく。

 

「――そういう三下のセリフは、死亡フラグですわよ……って聞こえるはずないですわね」

「ぐ……ぐえ……」

 

 打ち所が悪かったのか男は白目を向きながら気絶していた。

 

「テ、テメェッ!」

 

 仲間がいともあっさりと倒されようやく危機感を覚えたのか、犯人達は行動を開始する。

 一人は足止めとして少女と対峙し、残る二人は別の方向へバラバラに逃げる。

 

「……考えましたわね。これでは同時捕獲は困難ですわ」

「捕獲? そんな心配は必要ねーよ。テメーは俺に倒されるんだからよぉ!」

 

 男は手の平からバスケットボール大の火の玉を発生させる。

 

発火能力者(パイロキネシスト)! レベルは3……といった所ですわね)

 

 少女は冷静に犯人の能力を分析し、対策を立てる。

 

 ――直撃すれば大ダメージは必須! ならばっ――

 

 少女の姿が一瞬のうちに消え、犯人の後方上空へ。死角から後頭部へ蹴りを放つ。

 

「ぐはぁッ!?」

「――先手必勝ですのっ!」

 

 突然の不意打ちに完全に虚を疲れた男はそのままバランスを崩し地面へ。あお向けに倒れこむ。

 その瞬間を彼女は見逃さない。

 自身の太ももに装着されているレッグホルスター。そこに手を伸ばす。ホルスターには複数の鉄芯が収められており、彼女が手を通すと、たちどころにそれらは消失した。

 

「――お、オマエ。まさか……!?」

 

 犯人がハッとした時にはすでに手遅れだった。消失した鉄芯は犯人の服に転移。地面と服を縫い付ける形で拘束されてしまう。

 

空間移動能力者(テレポーター)!?」

「そういうことですの。これ以上抵抗するのならこの針を直接体内に転移させますけど、よろしくて?」

 

 少女は鉄芯を目の前にちらつかせながら男に問う。

 

「ちく……しょう……」

 

 その言葉に男は観念するしかなかった。そして思い出した。「風紀委員(ジャッジメント)の中には捕まったが最後、相手の身も心も踏みにじって再起不能にする最悪の空間移動能力者(テレポーター)がいる」ということに。

 

「……」

 

 その”最悪”の空間移動能力者(テレポーター)こと『白井黒子(しらい くろこ)』は、がっくりとうなだれている犯人を拘束した後、逃げた一人を追跡する為空間移動(テレポート)する。

 

 

 

「……あーー。今日は身体が重いなぁ~~。ちょ~~っと屈伸なんかしちゃおうかなぁ~~……」

 

 一方、完全に出鼻をくじかれた形になった仗助は、体裁を取り繕う為にストレッチを開始していた!

 

 

 

 

 

 

「仗助君っ!」

「お~~八雲かぁ。無事にクレープ買えたかよぉ~~」

「そんな悠長な事いってる場合じゃあないだろっ。ヤバイ状況になってるんじゃあないの?」

「ああ……状況的にいってかなりマズイぜ……。三竦みの睨み合い。ヘタ打ちゃ人質が死ぬ」

 

 大勢の野次馬に揉まれながらも、八雲と合流を果した仗助は視線を現場へと向ける。大勢の野次馬たちと同様その視線の先――二人の少女に挟まれる形で対峙している犯人へと……

 

 

「く、くるなぁーー! 来たらこの女をぶっ殺す! それが嫌なら道を空けやがれッ!」

 

 追い詰められ激昂している犯人は、手にしたナイフを人質の女性の首筋へ突き刺している。手はブルブルと震え小刻みに何度も刺すものだから、薄い水色をしたシャツがその度に真っ赤な鮮血に染まっていく。

 その女性に仗助は見覚えがあった。あれはバスの添乗員の女性だ。

 

「くっ!」

 

 犯人と真正面から向き合っている黒子は唇を噛み締めながら、手を出す事が出来ない状況に歯がゆさを感じていた。

 鉄芯を犯人の身体に付きたて、取り抑える事は簡単だ。だが、もしそれで逆上した犯人が突き刺しているナイフに力を込めたら? 一瞬の判断ミスが被害者の命を奪うことにもなりかねない。

 

 それは犯人の背面に回っている黒子の友人、御坂美琴(みさか みこと)も同様だった。彼女の能力・超電磁法(レールガン)は超強力だが、反面、このような繊細な判断が必要とされる状況ではあまりに不向きだ。このように犯人と被害者が密着した状況では逆に被害者の生命が危ない。

 先のように犯人を逃走車ごと吹き飛ばす、という訳には行かないのだ――

 

 

 ――白井黒子が犯人の一人の下へ急降下する途中。空気を引き裂くような音が反対方向から聞こえた。黒子はその音に聞き覚えがあった。彼女の敬愛してやまない”お姉さま”こと御坂美琴。その超電磁法(レールガン)が発射された音だ。

 秒速8000を越える音速で打ち出される、現時点でこの世界で打ち抜けないものは存在しないとまでいわれている彼女の超電磁法(レールガン)。それが犯人の逃走車を吹き飛ばしたのだ。

 

 (さすがは(わたくし)のお姉さま。やる事が派手ですわねっ)

 

 黒子は苦笑しつつ犯人を追跡する。残るは一人。取り押さえられない相手ではない。黒子は犯人の後ろ姿を確認すると、死角から攻撃する為空間移動(テレポート)を開始! そのまま攻撃を加えようとして手が止まる。

 

「なっ?」

 

 くるりと犯人が向き直る。

 そこには犯人によって首元を真っ赤な鮮血に滴らせているバスガイドの姿があった――

 

 

 

「――オラァーーッ! てめェら、動くんじゃあねーぞーーッ! 少しでも動いてみろっ! この女をブスリといくぜェーーーー!!」

「あ……あ……ぅ……」

 

 人質に取られたバスガイドは、かすれた声をあげる。ひょっとしたら首筋の重要な器官を激しく傷つけられたのかもしれない。顔色が青白く、その瞳には生気が宿っていない。もはや一刻の猶予も無い状態だ。

 

(――しかたない。このままではジリ貧ですわ。いっそのこと――)

 

 黒子がそっと太ももに装備しているレッグホルスターに手を忍ばせる。

 だが次の瞬間――

 

「野次馬どもッ、もっと下がりやがれーーッ! そこの『変な髪の男』! それ以上変な動き見せるんじゃあねェーーーー!!」

 

 犯人のこの一言が膠着状態を一変させた。

 

「……てめぇ……、今なんつッた……!?」

 

 例え野次馬の中に飲まれていても、東方仗助は嫌でも目立つ。目立ってしまう宿命!

 この性格で幼少の頃からトラブルに巻き込まれること幾多。

 病院送りにした不良の数多数!

 仗助自身、自分が何故髪の毛をけなされると激高してしまうのか分からない。

 理由なんて無いのかもしれないし、前世で何かあったのかもしれない。

 

 そして今回もそれが最悪の形、最悪のタイミングで芽吹いてしまう。

 

「なんだぁ!? テメーはっ。来るなッ! この女を『ぶっ殺す』ぞーーッ!」

「ちょっとっ、アナタっ!? 犯人を刺激しない! 下がりなさいっ!」

 

 もはや錯乱といった感じでつばを飛ばしながら威嚇する犯人と、突然の乱入者を制止しようとする黒子。

 だが、もはやその両方の声も仗助の耳には届いていない。

 あるのはただ一つ。

 『貶した相手をブチのめす』その一点の感情のみだ。

 

「……誰だろーと……たとえテメーがどんな野郎だろーーと……、俺の髪にケチを付ける奴はよォ~~……」

 

 犯人と対峙する。距離にして約3メートル。

 このあまりに無謀な行為に、ついに犯人がキレた。

 

「引き金を引いたのはオメーだからなァーーーーーー。追い詰めたのはオメーなんだからなァーーーーー。この女は『ブッ殺す』ッ!」

 

 犯人のナイフが深々とバスガイドの首下に付き立てられた。

 

「『クレイジー・ダイヤモンド』!!」

 

 仗助が吼えたと同時に、クレイジー・ダイヤモンドはバスガイドの喉元と犯人の胸元を同時に貫いた。

 

「う……そ……」

 

 黒子は瞬間的に口元を押さえ、信じられないものを見たかのように表情をこわばらせた。

 女性の首下にぽっかりと大きな穴が開いたと思ったら、次の瞬間にはその傷が瞬く間に塞がっていったのだ。

 代わりに聞こえる犯人の悲鳴。

 

「う、うわああああああァ!? お、俺の胸元に、ナイフがぁああああッ!?」

 

 男は半狂乱になって胸元に手をあてがっている。自分は先程までナイフを握っていたはずだ。だがそのナイフが自分の身体に埋め込まれている!? その事実が理解できず、パニックをおこしている。地面にぺたんと尻餅を付き、人質の事などもはや眼中に無いようだ。

 

 そんな犯人を見て仗助は

 

「――取り出してもらうんだな。搬送先の病院でよォッ!」

「ぐぇええッ!?」

 

 自身の拳で犯人を殴りつけた。

 

 地面に倒れるソイツを無視し、バスガイドの元へ歩み寄る。

 

「……よぉ。災難だったな。喉の傷は平気かい?」

「え、ええ……。でも、どうして? 刺されたはずなのに……」

 

 ガイドは不思議そうに喉元をさすり、傷を確認する。自分でもダメだと思ったくらい酷い傷だと思ったのに……

 

「ソイツは良かった。ガイドのアンタに何かあったら、アイツ等が心配するからよぉ……」

「あいつら?」

 

 仗助が視線を向けている先を見る。そこには心配そうにこちらを見るたくさんの子供達の姿があった。

 

 

 

 

「――ちょっと、そこのアナタ。一体どういうつもりですの?」

「あん?」

 

 子供達の下へと駆け寄るバスガイドを見送っていると、声を掛けられる。それも何か敵意丸出しの声を。

 

「一般人であるアナタがしゃしゃり出て、現場を混乱させてっ。アナタの能力がどのようなものかは存じませんが、もし被害者に何かあったらどう責任を取るおつもりなんですの!」

 

 その声の主、白井黒子は怒り心頭といった感じで仗助に食って掛かる。

 

「別に何にも無かったんだから結果オーライじゃあねーか。何をそんなにカリカリしてんだぁ、オメーは」

「今回はたまたま被害者が助かっただけですのっ。学園都市の治安維持は(わたくし)たち風紀委員(ジャッジメント)のお仕事! 勝手に立ち回られては困りますっ!」

「その風紀委員(ジャッジメント)様が不甲斐ねーから『一般市民』の俺が出張る事になったんダローが。もっとスムーズに解決しろや、コラッ」

「この、いうに事欠いて何て言い草をーー!」

 

 売り言葉に買い言葉、二人の舌戦は次第にヒートアップしていく。

 その流れを止めたのは今まで二人のやり取りを静観していた美琴だ。

 

「――ちょっと、アンタ。私の友達をあんまり侮辱しないでくれない? もしケンカを売る気があるんなら、私が買ってあげるけど」

「美琴お姉さまっ」

 

 黒子の表情がぱっと和らぐ。美琴は黒子を庇う様に立ち、仗助に挑発的な眼差しを送る。

 

「どうするの? 私個人としてはアンタの能力にすんごい興味あるんだけど」

 

 バリッと美琴の身体から放電現象が発生し、地面に落ちる。

 自信の笑み。

 自分の能力に絶対の自信を持っていて、それが覆る事なんて天地がひっくり返っても無いと本気で信じている顔だ。

 そして好戦的。戦いたくってうずうずしているって顔をしている。

 

 そんな美琴を目の前にして仗助は――

 

「……アホくさ」

 

 冷めた。

 

 頭をボリボリとかくと二人に興味をなくしたかのように背を向ける。

 

 

「へ? ――ちょ、ちょっと?」

「おい八雲。とっとと買出しいこうぜ。余計な時間食っちまった。タイムセールに間に合わなくなっちまう」

 

 あっけにとられる美琴を無視し、八雲と共にこの場を去ろうとする。

 

「ちょっと、逃げんの? それが上級生のやることぉ? 勝負しなさいよ!」

「……ああ言っているけど、いいの? 相手しなくて?」

「いいのいいの。何で俺がそんな得にもならない戦いをしなくちゃならないんだ。ガキのままごとに付き合ってられるかっつーの」

 

 美琴の存在などはじめから無かったように、日常に戻ろうとする仗助。

 そのむかつく態度に美琴はキレた。全身から怒りの電流を発散させ、黒子が「おわっ?」と思わず飛びのく。

 

「無視決め込むんじゃないわよっ! この軍艦頭っ! 私、売られたケンカは必ず買うようにしてんのっ! アンタのその態度は私にケンカを売っているのと同義なのよっ。いいからこっちに戻ってきて私と――」

「あわわわわわわ……き、君はっ。な、なんて事をォーー!!」

 

 美琴のその暴言に、八雲は頭を抱え恐れおののく。

 

 『逆鱗』という言葉が示すように、世の中には言ってはいけない言葉、吐いてはいけない暴言というものがある。それを事もあろうかこの御坂美琴という少女は触れてしまった。

 竜の鱗に触れてしまったものは、例え殺されても文句は言えない。

 

「オメーーッ! いま! なんつッた! コラアァ!!!!」

 

 まるで映画の『大魔神』のごとく、仗助の顔が般若のように激昂したものに変わる。

 怒りのあまり髪の毛の何本かが逆立ち始める。

 『怒髪天を衝く』をそのまま絵にしたような仗助の状態に、八雲はただ立ち竦む事しか出来ない。

 

「……例えオメーがアメリカの大統領だろーと、イギリスの皇太子だろーとッ! 天皇陛下だろーーとよォ!! 俺の髪にいちゃもん付ける奴は、誰だろーーが許さねェ!!」

 

 一方の美琴は唐突に始まる戦い(バトル)の予感に好戦的な表情を浮かべる。

 

「……へーー。許さなきゃ、どうするってのよ?」

「ブチのめすッ! 完膚なきまでになァッ!!」

 

 仗助はそのまま標的の美琴に向かい、『クレイジー・ダイヤモンド』を繰り出した。

 

 

 

 

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