とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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ブレイク・ザ・ワールドダウン その④

 眩いばかりの光がフロア全体を発光させていた。

 御坂美琴を中心に発生する電子の光。

 その目を覆わんばかりの放電現象は、落雷のごとく放射状に伸びて地面を焦がす。

 超電磁砲(レールガン)

 レベル5である彼女の通り名であり、自他共に認める最強の必殺技である。

 

「いくぞッ! 御坂ッ! 外すなよ!」

「誰にいってんのよッ、アンタこそ、死んでも恨まないでよッ」

 

 美琴の憎まれ口を背中で受けつつ、上条は駆ける。

 分かっている。それが彼女のやせ我慢だということを。

 自身も重症を負い、激痛で演算も完璧では無い。

 恐らくこれが最後の超電磁砲(レールガン)となる。

 だからこそ、ここでけりを付けなければならない。

 

 上条はただ無心で、遥か前方に控える鏑木の元までひた走る。

 この作戦はかなり分の悪い賭けだ。下手すれば重症、下手しなくても病院通いは確実だ。

 だが、現状で最も有効な手立てはこれしか考え付かなかった。

 

 美琴との意思疎通は出来なくなっている。あれほど頻繁に語りかけてくれた指輪の声も聞こえない。

 何かトラブルがあったのか、それとも消えてしまったのか。

 だとしても、今はやれることを。

 自分に出来るたった一つの事をやり遂げるだけだ。

『美琴を救う』。

 それだけを考え、行動に移すだけだ。

 

「《クククッ玉砕覚悟かね。ならばいいだろう、望み通りに圧死したまえ》」

 

 上条の行動を破れかぶれの特攻と見て取ったのか、鏑木が愉快そうに笑う。

 勝った、と鏑木は思った。

 後数手で勝敗が決まる、将棋のようなものだ。

 最早これは消化試合。

 後はただ能力を発動し、上条を討ち取るだけの――

 

「《? ――なんだ?》」

「御坂ッ! 今だ!」

 

 上条が吼えた瞬間、美琴の超電磁砲(レールガン)が放たれた。

 だが、ただ放った訳ではない。

 鏑木が散々砕き、四方に散乱するフロアの破片。

 直径3メートルはあるその破片を磁力で引き寄せ、ほぼぶん殴る様に超電磁砲(レールガン)の弾丸として打ち出したのだ。

 

「いっけえええええええ!」

 

 美琴の気合と共に直進する破片の弾丸。

 それは斜線上にいる上条を巻き添えにして、彼を弾き飛ばした。

 放物線を描くように空を舞う上条。余りに意図しなかった事態に、鏑木は驚愕の声を上げる。

 

「《なにぃ!?》

「――ぐ……ぎ……ッ!」

 

 背中を巨大なハンマーで殴られたような激痛に耐え、鏑木に迫ってくる上条。

 その速度は、まるでロケットのジェット噴射のようだ。

 

 超電磁砲で対象物を飛ばし、その威力で上条の身体を加速させる。

 腹部を損傷し、既に重症の上条を鏑木の元まで辿り付かせるには、その方法しか考え付かなかった。

 

「《馬鹿げているッ。こんな、こんな方法でッ! 成功する確立など何の保証も無い方法に、全てをかけたというのか!?》」

 

 理論上は可能かもしれない。だが可能だからといってぶっつけ本番でいきなりやるか?

 弾道計算はどうなっているのだ? 威力は? 発射角度は?上条(対象)の安全性は?

 なにより……

 この男には、恐怖心は無いのか?

 自分を倒すため、ただそれだけの為に狂気の沙汰としか呼べない行動を進んで実行する。

 そんな存在を目の当たりにし、鏑木は初めて恐怖心を覚えた。

 

 しかし今は現実的な問題に対処する事が先決だ。

 現に上条がこちらに迫ってきており、このままでは数秒もしない内にこちらに到達してしまうだろう。

 早急な対処が必要となる。

 

「《フェブリ! 攻撃だ! 岩石を弾丸のように飛ばし、この男の存在そのものをすり潰せ!》」

 

 何も反応が無い。

 まるで全てのリンクが遮断されたかのように、フェブリの意識にアクセス出来なくなっている。

 

「《どうした!? フェブリ、応答しろ! この男を……》」

 

 鏑木は知らない。

 最早フェブリの意識は鏑木の手から離れているという事を。

 能力を使うことはおろか、変質させた自信の肉体すら維持するのが困難になっているという事を。

 今かろうじて自分が存在できているのは、幻想の残り香に過ぎないという事を。

 ――それも、もうじき終る。

 全ての幻想を破壊する、上条当麻によって終らせられる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッ!」

 

 上条は吼えた。

 理性を捨て、本能の呼びかけのままに原初的な感情を吐露する。

 鏑木の夢を、理想を、世界そのものを否定する為に、全ての意識を右腕に集中させて拳を突き出す。

 受身の事など考えず、前だけしか見ない。

 

「終わりだァアアアアアアア――――ッ!!」

 

 そして、幻想殺し(イマジンブレイカー)が鏑木を覆う壁面に触れた瞬間、彼の野望は終焉を迎えた――

 

「《あ……あぁ……あァ……ァァァァァァァァ……》」

 

 右手が触れた箇所を中心に、全てが消えていく。

 壁は塵と化し、光の粒子となり、揺らぎとなって立ち昇る。

 元は人工物だと思われた巨大な容器は、それ自体が鏑木の生み出した幻想の産物であった。

 それが、上条によって剥ぎ取られていく。

 

「《そ、んな……私の……夢が……理想が……希望が……》」

 

 傷口が次第に広がっていく。

 外壁は完全に消滅し、本体の鏑木――その巨大な脳まで消滅させる。

 幻想殺しによって剥ぎ取られた箇所が、巨大な轟音を立てて崩れ落ちていく。

 

「《ワ……たしは……ただ……子供達と……純粋な子供達と、世界を紡ぎたかっただけだ……。だレも傷つかない、傷つけない、暖かで、穏やかな悠久の時を……》」

「幻想だぜ、それは……」

 

 全てが崩壊し、光る粒子に戻る瞬間、鏑木は上条の声を聞いた。

 夢破れ、砂の器のように崩れ去る夢の残光の中で、確かにその声を聞いた。

 

「アンタの作ろうとしたものは理想でも何でもない。ただの幻想、妄執だ。他人の人生を壊し、人格を奪い、悲しみを蔓延させる行為だ。そんなもの、俺は認めない。他人の人格を無視した一人遊びの世界を作り出して、何で楽めるんだ」

「……」

「アンタが野望に費やしたこの数十年を、俺は認めない。あんただけが幸せな世界を、俺は認めない。遠い未来に同じような事をしたら、何度でも立ちふさがる。そして同じように、そのふざけた幻想をぶち壊す! よく覚えて反省しろ、このクソ野朗がッ!」

 

 その一瞬、フロア全体は大きく光る。輝きを増して爆ぜるように光の粒子が四散する。

 やがて今までの事全てが幻想だったかのように、後には何も無い空間がそこにあるだけだった。

 

「ぐッ……か……はぁ……!」

 

 空中から落下した上条が背中をコンクリートにしこたま打ちつける。

 余りの激痛に動く事もままならない。

 今まで気を張っていた事で忘れていたが、先程まででも上条は十分過ぎるダメージを負っていたのだ。

 腹部裂傷。

 出血過多。

 全身打撲。

 特に右腕は根元からあらぬ方向へと捻じ曲がって余り見たくない光景だ。

 我ながらこれでよく生きながらえて来たと思うくらいに重症だった。

 

「だめだ……もう起き上がれねぇ……」

 

 どの道成功の確率は限りなく低い賭けだったのだ。

 むしろこの程度で済んで御の字と考えるべきか。そんな楽観的な事を考えていたら美琴が「当麻」と声をかけてきた。わき腹に手を当て、足を引きずりながらたどたどしくやってくる。どうやら上条ほどではないがこちらも重症のようだ。やがてぺたんと両膝をつき、上条の隣に。大の字になって横たわる。

 

「……終ったん、だよね」

「ああ、全身かなり痛いけどよ、どうやら無事みたいだぜ」

 

 そういって顎をしゃくって目配せをする。

 上条の視線の先。

 そこには弱々しい老人がただ一人、

 

「アアアア亜、馬鹿な馬鹿なこれは幻だ夢だ現実では無い私は私の野望は理想を体現子供達と楽園で夢を理想を……無駄になる?嫌だ嫌だこれは夢だ夢夢夢夢だ幻想だ幻だ白昼夢だ……」

 

 魂の抜けた表情で虚空を仰ぎながらひたすらに何かをブツブツと呟いていた。

 

「鏑木……」

「あの様子じゃもう悪事は出来ないだろうがな」

 

 鏑木の肉体はフェブリの能力で変質させたもの。その身体を幻想殺し(イマジンブレイカー)が無効化したということは、元の自分の肉体に戻るという事。

 もうじき自分の夢が叶うというその絶頂期に、それを全てぶち壊されたのだ。その喪失感たるや想像を絶するものだろう。恐らく鏑木は再起不能。もう二度と叶う事のない幻想を糧に、残りの人生を全うするのだ。

 可哀想だとは思わないし同情もしない。

 仮にもう一度同じ事態になったとしても、上条は迷わず同じ事をするだろう。

 

「なあ、御坂。ちょっと頼みがあるんだけど……」

「何、私に出来る事?」

「ああ、俺の右手なんだが、スマンがちょっと握っててくれないか? なんつーか、ちょっと寒くなってきた」

 

 美琴は上条の右隣に横たわっている。すぐに左手を伸ばせば手が届く位近い距離だ。

 普段の自分ならそんな事頼まれても出来やしないだろうが、今は別だ。

 自分を助けてくれたお礼として、その程度では申し訳ない。

 だが、何か様子がおかしかった。

 

「え?」

 

 右手を握った手に、暖かさが足りない。

 低体温症とかではない。もっと切羽詰ったこれは、命が消える際の温もりだ。

 

「そ、そんな!? 当麻?」

 

 美琴は思わず飛び起きる。途端に激痛が体を襲うが、そんな事今はどうでもいい。

 

「……」

 

 上条の腹部からいつの間にか大量の血液が止め処も無く流れ出て、学生服を赤く染め上げていた。

 これは最初の岩石の攻撃で切り開かれた際の傷。

 それが先程の戦いの際に大きく広がり、ついに大事な血管を傷つけてしまったのだ。

 上条の顔色は見る見るうちに蒼白になっていく。明らかに出血性ショックの症状だ。

 

「そ、そんな!? 当麻っ、しっかりしてよ! せっかく助かったのに、こんなのって無いわよ! 私、まだアンタに言いたい事何にも言えてないのよ!?」

 

 思わず傷口を押さえるが、それが何の効果も上げていない事は明白だ。

 彼を助けるには救急病院への搬送が絶対に必要だ。それも今すぐに。

 でもどうやって?

 この負傷した身体で上条を担いで、どれ位の距離を稼げる?

 

「……」

 

 上条は既に意識が無い様子だ。このままでは彼の命が失われるのは時間の問題だ。

 

「あ、指輪――ッ!」

 

 不意に美琴は懐に入れた指輪の存在を思い出す。

 あの指輪の効力がまだ残っているのなら……

 だが……

 無情にも指輪はその輝きを失い、薄黒く変色していた。

『御坂美琴を上条当麻に救わせる』。

 指輪はその目的を達成し、使命を終えたのだ。最早その指輪に輝きが戻る事はないだろう。

 

「違う……、こんな結末なんて……、望んでない……。こんな願いを、叶えたかったんじゃない……」

 

 美琴は(かぶり)を振りながら嗚咽を洩らした。

 指輪は多くの運命を操作し、数々の奇跡を生み出し、上条を巻き込んだ。

 そして美琴の危機を、上条は確かに助けた。

 

「でも、それでアンタが死んじゃ、何にもならないじゃない!」

 

 あの時涙子から指輪を渡され、本当は胸が高鳴った。

 自分の世界を変えてくれるアイテムに、心躍った。

 

 ――ねえ御坂さん。美坂さんは、何を願います?

 

 涙子に指輪を手渡されそう聞かれた時、美琴は一瞬言い淀んで……

 

 ――えーと、保留、かな? 別に欲しいものもないし。

 

 そう言って、曖昧に笑って誤魔化した。

 でも、本当は心に思い描いた願いがあったのだ。

 

「私、本当は……、本当に願いたい事は他に……」

 

 美琴が本当に願いたかった事。それは――

 

「私、当麻が好き……。だから、死なないでよ。こんなお別れなんて、嫌だよ……」

 

『もっと素直な自分になりたい』だった。

 嫌い、なのに好き。

 憎らしい、なのに構って欲しい。

 全て感情の裏返し。

 本当はもっともっと別の言葉で語り合いたかったのに。

 美琴の性格がそれを許さなかった。

 

「でも、そんな自分はお終い。もう、逃げない。自分の気持ちに、嘘は付かない。だから――」

 

 それはもう、手遅れなのかもしれない。だけど――

 美琴は「絶対に、死なせない!」その決意と共に上条の身体を支え、担ごうとする。

 何処までいけるか分からないが、やる前から諦めてどうする! その精神で一歩、また一歩と歯を食いしばりながら前進していく。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……ッ」

 

 だが、男性学生一人を負傷した女子中学生が運ぶには余りに力が足りない。

 たかが数歩進んだだけで、息切れがして、めまいが襲ってきた。

 幻覚すら見え始める始末だ。

 

 現に、扉の入り口付近に見知った顔がずらりと――

 

「え――」

「御坂さんっ!」

 

 声を上げこちらに駆け寄ってくるのは初春だ。その後に涙子と木山が続く。

 ――なんで、どうして初春さん達が?

 そんな声を上げる間もなく美琴は呆然と立ちすくむと、上条と共にペタンとその場に座り込んでしまう。

 あまりにありえない状況に思わず力が抜けてしまったのだ。

 

「よかった、御坂さんが無事で。でも、そちらの彼は?」

「大変! 初春っ、この人すんごい血が出てるよ!?」

「むやみに動かすべきではないな。体色が青白く、身体の表面が冷たい。意識の混濁も見られる。出血性ショックの症状だ。このままでは危険だ……フェブリ」

 

 フェブリ?

 その言葉に反応して視線を木山に移す。

 

「だいじょうぶ! フェブリが助けるよ。絶対ぜったい、たすけるからっ」

 

 木山の背後からフェブリがひょっこりと顔を出す。そして初春から手渡された画用紙に鉛筆で絵を書き始める。

 その絵からウサギがぴょんと飛び出ると、上条の体へと纏わり付き、彼の身体を光で包み始めた。

 

 確かフェブリとは敵の襲撃の際にそれきりになっていた。

 ここにいるという事は仗助に助けられたのだろうか?

 そういえばこのメンバーの中に仗助達が居ないが、どうしたのだろう?

 

「……」

 

 先程から頭がボーっとして働かない。

 怪我の状態と、ありえない人達が目の前に現れて、頭が混濁してしまったのだろう。

 あるいは単に頭に酸素が行き届いていないせいか?

 現状がイマイチ理解出来ない。

 そんな状況に追い討ちをかけるように、フェブリの木山の背後に隠れていたもう一人が姿を現す。

 

「ごきげんよう、元マスター。どうやら無事に願いを叶えられたようですね。持ち主の願いを叶える道具であった身としましては、これ程嬉しい事はありません」

 

 ……ああ、分かった。これは夢だ。

 あるいは幻想、白昼夢の類だ。

 そうでないのなら、死ぬ間際に現れるという走馬灯的な何かだ。

 美琴は目を閉じ身体の力を抜くと、その場に突っ伏すようにして倒れこんだ。

 

 

 ――だってありえないでしょう? 目の前に自分と同じ顔をした少女が話しかけて来るなんて。しかも昔の私の姿で。

 

 意識が次第に朦朧としてくる。

 著しい大量の消耗に身体が休めと訴えかけてくる。

 周囲では「御坂さんッ!?」と慌しく呼びかける声が聞こえてくるが、そんな事もう気にしていられない。

 

(でも、もし夢でないのだとしたら、当麻だけは助けて……お願い)

 

 自分の思い人の事を最後まで気にしながら、美琴の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この男が、仗助さんの話に何度も出てきた草薙カルマ。今回の騒動の黒幕……」

 

 事前に仗助から話を聞いていた黒子は現れた白衣の男性に対し、拍子抜けしたような感想を抱いた。

 自分が思い描いていたイメージと実際の草薙とのギャップが余りにも大きかった為だ。

 正直な話、もっとカリスマ性溢れる指導者を連想していたのだが、目の前の草薙はどう見ても只の小物だ。

 

「コイツは、本当に、あの草薙なのか……?」

「わ、分からねぇ……。仮に本物だとして、この身体が底冷えするような圧倒的な威圧感は何なんだ?」

 

 だが、草薙と対峙した経験のある仗助と八雲の見解は違った。

 以前の草薙には見られない、圧倒的な『凄み』。

 岩陰に潜む野生動物の気配を真近で感じた時の様な原初的恐怖感。

 それらを草薙の気配に感じ取った二人は、気圧される様に後ずさった。

 意識しての事では無い、身体が、本能が勝手に足を後退させたのだ。

 

「はぁ……ハァ……、来ると、思っていたよ……東方仗助……。お前は『ガーデン』内の『本物の東方仗助』から抽出された『クローン』に過ぎない……。だが受け継がれたその意思は、紛う事無き本物……。危険にあえて飛び込み、謎を謎として放って置けないその性格……。明らかに『ジョースター家』の血筋を受け継ぐもの」

 

 目の前にいる草薙カルマは荒い息を吐き、仗助と対峙する。

 どこか怪我をしているのか口元から絶えず血が滴り落ち、白衣を赤く染め上げていた。

 

「だが、それが良い! 因縁の決着をつける為にも、それを乗り越えるためにも! 復活の狼煙には、東方仗助! お前の血肉が必要なのだッ!」

「復活、だとぉ?」

 

 一体誰の? 何の話をしている? 草薙の口から放たれる単語の一つ一つは、仗助には理解不能なものが多分に含まれている。常軌を逸した草薙の表情や態度といい、誰がどう見ても『トチ狂った』と思わずにはいられない事だろう。

 苦痛に顔を歪めながら、それでも何かを崇拝するかのような恍惚とした表情を浮かべ、草薙は天に向かい叫ぶ。

 

「強く、偉大なる支配者ッ。我らが王! 恐ろしくも気高く、人を惹き付けて離さないそのカリスマ性! まさに支配するべくして生まれた、絶対的強者ッ!」

 

 言葉の意味は分からないが、草薙から発せられる圧倒的な『自身』は何だ。

 何かが起こることを期待して、いや、『確信』しているかの様なコイツの態度は何なのだ。

 

「フェブリの能力……フフッ。それにより我が主は私の肉体を媒介としてこの世界へと降誕なされた。主に肉体を提供出来る、糧となる喜び……ハハハッ。これ程の至福は無いよ。――今こそッ、我が生命を供物として捧げるッ」

 

 その瞬間、草薙の腹部が大きく爆ぜた。

 血飛沫が止め処も無く溢れ出し、床一面を鮮血に染め上げる。

 あまりの突然の事にその場に居る全員が固まり、事の成り行きを傍観することしか出来ない。

 やがて異変に気が付いた八雲が「じ、仗助君っ。て、手がっ!」と草薙の破裂した腹部を指差す。

 

「な、んだッ。手ッ!?」

「人間の手、ですのッ!」

 

 信じられ無い事だが、草薙の腹部からは筋肉質な右腕がニョッキリと生え、そこから何かがこちらを覗いていた。

 おかしい、現実的におかしい。物理的に異常な光景だ。

 その場に居る全員がそう思った。

 しかし、頭の片隅にはもしかして、という思いも浮かんでいた。

 自分達が救うべき少女。

 その能力ならばこんな非現実も可能なのでは無いか、と――

 

 草薙は、呼んだのだ。

 自らの肉体を生贄にして、この世界の住(・・・・・・)人ではない誰(・・・・・・)かを(・・)

 だが誰だ? 誰を呼んだ? 何を呼び出したのだ。

 

「草薙っ! テメェは、一体何を呼び出しやがったッ!」

「救世主さ」恍惚とした表情を浮かべながら、草薙はそう答えた。その瞳は最早仗助ではなく、遠いどこかを見ていた。

 

「……子供の頃から周囲とのズレ(・・)を感じていた私は、この世界にたった(・・・)一人の存在だった。周りは私のレベルに到達できない馬鹿ばかりだし、それどころか妬みにより私の足を引っ張る害虫共だった。『きっと自分はこの世界の人間ではない。誤ってこの世界にたどり着いた漂流者なんだ。』……フフフッ、子供じみた発想だが、私はそう自分を言い聞かせて世界と折り合いをつけていたのさ」

 

 草薙は、ガクリと力なく足を付く。

 全身の三分の一以上の血液が失われ、酸素の循環が阻害された為だろう。顔色は紫色に変わり、意識は朦朧とした様子だ。

 この出血の量、おそらく助からないだろう。

 しかし死ぬ事に恐怖すら抱いていないという事は、彼の表情から察する事が出来た。

 こんな状態になってもなお、彼の顔付きは至福に包まれていた。

 

「……そんな時だった。『ガーデン』、もう一つの世界と知り合ったのは。その中で『あの方』と出会ったのは。……強く、気高く、美しい……生まれながらの支配者。……フフッ、一目惚れだったよ。彼と同化したい、願わくば復活の為の礎としてこの肉体を謙譲したい。その欲求は日増しに強くなり、ついに私は計画を実行に移した。……そして、ついに、彼は今、私の中から生まれ出る……」

 

 全身から噴出する血はさらに激しく、草薙の体中に残る僅かばかりの血液を搾り出すかのように噴出する。

 それと同時に草薙の人間の肉体が上半身を覗かせる。

 それは男だ。黄金色を髪をした、筋肉質な男の上半身がこちらを凝視していたのだ。

 まるで草薙の体内から生まれ出るかの様な異常な様子に、先程まで先手必勝と意気込んでいた八雲達は完全に飲まれてしまう。

 全身が震え、足が竦みその場から動くことが出来なくなる。

 まるで蛇に飲まれたカエルの様に、全身に鳥肌が立ち、生理的恐怖感から冷静な判断能力を奪われてしまう。

 

「見るな……」

「仗助……さん……」

「見るんじゃあねぇ」

 

 そんな中、仗助だけは僅かばかりの理性で黒子を抱き寄せる。全身で彼女の視界を覆い隠す。

 前時代的と言われようが、年端も行かない少女に見せる光景では無かったからだ。

 そう仗助が思う程、目の前の光景は酷かった。

 

 草薙の身体は次第に自壊していった。

 片腕が千切れ、両目は押し出されるように飛び出し、そこから新たな鮮血を噴出している。

 腹部は完全に切り裂かれ、ついに中から草薙の言う『支配者』がその全貌を現した。

 

「ああ……『ディオ・ブランドー様』。この肉体は貴方様の為に……、喜んで提供いたしましょう……。供物としては些か物足りない我が肉体ですが、どうぞご賞味を。そして……この世界を……破壊し……統べる、支配者に……」

 

 草薙はそれ以上何も言わなくなった。

 完全に事切れ、その命を終えたのだ。

 その表情に満ち足りた笑みを残して。

 草薙カルマはその短き命を、崇拝する『ディオ・ブランドー』に捧げ、逝ってしまった。

 

「……」

 

 代わりに残されたのは一人の男が生み出した妄執、その産物である『ディオ・ブランドー』だった。

 漆黒のインナーから覗かせる筋肉質な肉体。

 190cm超えの長身。

 そして所々の所作に見え隠れする王者たる風格、気品。

 全身を黄金色の衣装に身に纏った彼は、只佇んでいるだけにもかかわらず圧倒的な存在感を放っていた。

 

 仗助は映画や歴史書の中でしか王と呼ばれる人物を見た事が無かったが、もしそれが現代に降り立ったのならきっとこの男の様な存在だったのだろうな。と思わずにはいられなかった。

 そう。全ての要素が仗助がこれまで出会ったどの相手とも異なっていた。

  

「……」

 

 まるで鷹の目の如き鋭き眼光がこちらを捉える。

 それだけで、仗助は心臓を射抜かれたような気がし、体が震える。

 その様子を見てDIO(ディオ)の口角が吊り上る。

 

「こいつは……グレートだ。グレートにヤバイ敵だぜ。草薙の野郎は、とんでもないモンを置き土産に残していきやがった」

 

 かもし出される雰囲気は絶対零度のソレだった。

 まるで背中からツララを突っ込まれた様な心底底冷えするヤツの冷笑を見た時、仗助の胸に去来したのは『宿命』と言う名の使命感だった。

 

 ここでは無いどこか。

 今では無い場所。

 自分は……いや自分達一族(・・・・・)は、目の前の男と対峙する。

 しなくては(・・・・・)ならない(・・・・)運命(さだめ)

 何故か知らないが、仗助はそんな気がしたのだ。

 

「――ジョースターの因縁……、どこまでも付いて回るか……」

 

 DIO(ディオ)が仗助から視線を外す。どこか感慨深げに、ソレでいて不愉快そうな声色で何かに思いを馳せている。

 だがそれも一瞬だ。

 すぐさま視線を戻し、仗助を視線の先で捕える。

 

「――――」

 

 DIO(ディオ)がその口元を歪ませる。

 自らの辿った因縁に、そしてジョースター家との奇妙な宿命に、思いを馳せてDIO(ディオ)が笑う。

 大型の肉食獣を思わせる犬歯が一瞬見え隠れし、それだけでこの男が人間を超越した何かだという事が仗助には理解できた。

 ――この男は、この世に存在してはいけないヤツだ、と。

 

「黒子……、八雲……、いつでも攻撃出来る体制を整えておけ」

「仗助さん……」

 

 仗助は抱き止めていた黒子から体を離し、後に下がらせる。

 

「俺が相手する。お前らはサポート……頼む」

 

 その圧倒的捕食者の態度を目の当たりにし、それでも仗助はディオと向き合うことを選んだ。

 不安が無い訳でもなく、恐怖心が消えた訳でもない。

 それでも立ち向かうことを選んだのは、この男から滲み出る隠し切れない『邪悪さ』を本能的に感じ取ったからだ。

 この男は『世界を壊す』。

 自分や、仲間達の暮らすこの世界を確実に破壊する。

 そんな暴挙を見過ごす事など出来るはずがなかった。

 

「『クレイジー・ダイヤモンド』」

「ほう」

 

『クレイジー・ダイヤモンド』を出現させる。その上で相手の出方を伺う。

 力とスピードならこちらの方が上だという自負が仗助にはあった。

 近接距離での戦闘で、自分に適うものはいないと。

 

「成程――、我が『世界(ザ・ワールド)』と同じタイプのスタンド。だが――……」

 

 一方のDIO(ディオ)も余裕の態度を崩さなかった。

 仗助の『クレイジー・ダイヤモンド』に些か関心を寄せたが、それでも驚きはしない。

 力、スピード、能力。

 全てにおいて自身のスタンドが上回っているという絶対の自負があったからだ。

 

「……確か、東方仗助と言ったか? 草薙(この男)の記憶内でのお前の名は……。成程、確かにどこかジョセフ・ジョースターの面影がある」

「やかましいッ! 俺の知らない名前を、したり顔でのたまうんじゃあねぇーーーーッ!」

「お前には何の縁もゆかりも無い話だが……。後顧の憂いを絶つ意味でも、ジョースターの因縁はここで断ち切っておく必要がある」

 

 そしてDIO(ディオ)は自身のスタンド世界(ザ・ワールド)を出現させた。

 

 

 

 

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