とある科学と回帰の金剛石《ダイヤモンド》   作:ヴァン

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ブレイク・ザ・ワールドダウン その⑦

 目を開けると自分の腕が見えた。

 それ自体はおかしなことではまったく無い。自分の腕なのだから自分の視界に入って別段おかしなところは何処にも無い。

 問題なのは、どうして自分の腕が地面にあるのか、そして何故自分が地面にひれ伏すようにして倒れこんでいるのかという事だった。

 俺は確か仗助と対峙していたはず、それがどうしていきなり地面へ敗者のように無様に倒れているのだ?

 直前の記憶が酷くあやふやで思い出す事が酷く困難だった。

 何故なら――

 

「が、はァアアアッ!」

 

 彼の左側頭部は完全に砕かれ、中の脳にまで深刻なダメージを負っていたからだ。

 そう。彼――DIO(ディオ)は仗助の一撃により、今や敗北寸前にまで追い詰められていたのだった。

 

 ――なんだ、コレは? どうして俺が地面に倒れている?

 ――目の前にあるのはコンクリートか? 地にひれ伏しているのはこの俺か? 

 ――記憶が定かでは無い、頭が酷く痺れて思考が旨く定まらない?

 

 DIO(ディオ)は何とか地面にから顔を上げようとして、四つんばいのまま再び地面に崩れ落ちた。

 酷く気分が悪かった。油断すればこのまま嘔吐してしまうほどだ。

 視界が回り、平衡感覚が戻らず、自分が立っているのかすら分からない状態だ。

 

「ば、馬鹿な。この俺が、気分が悪くて立つこともままならないだとォ!?」

 

 少しずつ、かけていた前後の記憶が蘇りつつあった。

 そう。自分は仗助と対峙し、奴に不意を付かれる形で攻撃をまともに受けてしまったのだった。

 そして力任せに吹っ飛ばされ、不覚にも意識を数秒もって行かれてしまったのだ。

 

「ぐ……ぅ、ぅぅ……。こんな、カス共に……」

 

 のろのろとだが、DIO(ディオ)は体を再び起こす。

 相変わらず世界は不規則に回ってはいるが、体に力が少しずつ戻ってきている。

 驚異的な吸血鬼の再生能力が、DIO(ディオ)の体を修復し始めているのだ。

 だがいくら吸血鬼の能力を持ってしても、完全に治癒するには時間がかかる状態だった。

 少なくとも10分や20分。

 その間は完全に無防備となり、相手に絶好の好機を与える事となってしまう。

 その間に、何としても仗助を出し抜く手段を考え付かねば。

 

 そういえば、当の仗助は?

 なぜに追撃をしてこないのだ?

 そう思い居たり、顔を上げたDIO(ディオ)に飛び込んできた光景。それを見た彼は口角を吊り上げ、彼が信じる運命に感謝の言葉を述べる。

 

 ――まだ、運命はこのDIO(ディオ)を見捨ててはいない、と。

 

 

「……仗助さん、しっかり……」

「…………ゥ……」

 

 死力を出しつくし、立つ事もままならないた仗助に黒子が救護措置を施し始める。

 先程仗助が拒否した風紀委員(ジャッジメント)用の医療キットを取り出し、応急処置を始める。

 まずは止血だけでも何とかしなくてはならなかった。

 

 仗助はDIO(ディオ)に追い討ちをかけようとして、一歩踏み出したところで力なく倒れこんだ。

 体が震え、力が入らない。今のが正真正銘、全力の一撃だったのだ。

 もはや一歩踏み出す力が仗助には残っていない。

 後一撃、もう一撃を加えればDIO(ディオ)を倒す事が出来るというのに。

 

「……ヤロー……は、どこ……だ……もう、目……が……」

 

 仗助の体温が少しずつ冷たくなっていく。

 まずい、このまま意識を失ったらきっと、二度と目覚めない。

 黒子は努めていつもの口調で、叱咤激励するように呼びかける事にした。

 今は恨まれようが何だろうが意識を繋ぎとめる方が専決だと思ったからだ。

 

「仗助さん! いつものふてぶてしい貴方は何処に行きましたの! この様なピンチ、いつも切り抜けてきたではありませんか、何ですの、この程度の傷!」

 

 傷口からは止め処なく血液が滲み出て、応急処置で塞いだはずのガーゼを真っ赤に染め上げていた。

 止血剤の浸み込んだガーゼだ、直接患部に当てて血液を凝固させる事が出来るすぐれもののはずだ、なのに、どうして血が止まらない!

 黒子はすぐさまガーゼを剥がし、新しいモノと付け替える。

 

「いつもいつも勝手に突っ走って、自分だけ先に行って、それで最後はテレビアニメのヒーローのように自己満足に殉職するつもりですの? そんな事、(わたくし)が居る限り許しませんわよ!」

 

 新しいガーゼがジンワリと赤く染まる。

 他の傷口は粗方塞がったのだが、この脇腹の傷だけが、どうしても血が止まらない。

 

「残された者の、……(わたくし)の気持ちも少しは汲み取りなさいですの! こんな、このような感情を抱かせておいて、その気持ちを伝える事も出来ないだなんてッ。そんなやり逃げみたいな真似は絶対にさせませんわ。こう見えても(わたくし)、とても諦めの悪い性格ですのよ! 例え今際の際だろうが、ブン殴ってでもこちら側に呼び寄せますわ! ……だから、……だから!」

 

 最後の方はとても支離滅裂で、何を言っているのか黒子自身でも分からなかった。

 普段は硬い殻に覆われている感情が、失われていく命のぬくもりを前にしてあふれ出してきたのかもしれない。

 プライド、気恥ずかしさ、他人の目線、傷つき、・恐れ。

 本当の自分の気持ちを覆い隠していたベールがゆっくりと剥がれ落ち、素直な自分が顔を出す。

 

「目を開けなさいですの! 東方仗助ッ」

「――……その必要は、ない……」

「――ッ!」

 

 唐突にかけられる声。それと同時に激しい痛みが腹部を襲い、黒子はその場に倒れこむ。

 腹部を見るとガラス片が突き刺さっていた。今この場にいる人間で、こんな真似が出来る人物は一人しか居ない。

 

「――デ、ディオ・ブランドー……」

「目を開けさす必要は……、ない。何故なら、このDIO(ディオ)が始末をつけるからだ」

 

 そこにいたのはDIO(ディオ)だった。

 仗助に頭部の半分を吹き飛ばされたディオが四つんばいの体をまるで餓鬼の様にずり動かし、こちらへ向かってきていたのだ。

 神経がまだ直結できていない為か、両の手だけでずるずるとこちらへ向かってくる様はまさに悪鬼のそれで、黒子はその姿を見ただけですくみ上がりそうになる。だが、逃げるわけにはいかない。

 黒子は必死にその場にある適当な石の欠片を手にすると、迫ってくるディオに対して空間移動(テレポート)させようと意識を集中する。

 

「――ぐっ」

 

 だが、うまくいかない。

 腹部の痛みが演算処理を阻害して能力が発動できない。

 回避や防御など、型にはまればこの上なく強力な能力である空間移動であるが、その複雑な演算処理ゆえに集中力が乱れるととたんに使用不能となってしまう。そこを相手に付かれる形となってしまった。

 

その状態(・・・・)では、まともに戦えまい。……このまま、動かない方が懸命だぞ。そうすれば苦しまず楽にあの世に送ってやる。屍生人(ゾンビ)として部下に加えても面白いかもしれんなぁ」

 

 ここに来てDIO(ディオ)が思い至ったのは、仗助の存在だった。これまでは一族を根絶やしにする事ばかり目がいっていたのだが、腐ってもこの男はジョースター家の血を引いている。

 つまり、なじむ(・・・)ということだ。

 

「……そこにいる仗助の血を吸いとれば、今度こそ完璧な形でこの肉体を我が物とする事が出来よう。肉体の傷はたちどころに癒え、100%の形でスタンドを操る事も出来るはずだ。時間も……、今は3秒が限界だが、10秒、100秒、より長く止めて見せよう」

「……させませんわ! 私の命に代えてもッ」

「無駄だ。所詮は子供のままごと。命のやり取りをする土俵に立つ事も出来ぬ臆病者よ」

「な!?」

「目を見れば分かる。お前がこれまで人を殺めた事など一度も無い事などな。如何にして相手を殺さず、戦う力を奪うか、お前の戦いはそこに焦点を置いているのだろう? せっかくの強大な力を持ちながら実にもったいない。それこそ宝の持ち腐れというものよ」

 

 DIO(ディオ)は額をコンコンと叩きながら黒子に言う。

 

「もし違うというのなら、何故に最初の戦闘で私の体内に物体を転移させなかった? 頭なり心臓なりに転移させていれば一瞬でケリは付いていたと言うのに」

「この状況を招いたのは(わたくし)だと? (わたくし)が貴方を殺していれば、仗助さんはこんな状態になっていなかったと?」

「…………」

 

 DIO(ディオ)はあえて何も言わない。言わないが、無言の嘲笑をもって答える。

 

 ――これは全てお前が原因だ、と。

 

 相手の心の隙間に付け入り、その人心を掌握する。それはこれまで数多くのニンゲン達にDIO(ディオ)が行ってきた事だ。人間というものは実に利己的だ。口では互いに愛していると嘯きながらその実、極限状態に追い詰めればたちどころにその心に秘めた下卑た本性をむき出しにする。

 涙を流し、懇願し、一方を生贄にさし出し、自分だけはと助かろうとする。

 

 今回もそうなるはずだった。

 この場合、「仗助を助けてやる代わりに、その体を我に捧げろ」或いは「忠誠を誓うのならば永遠の安心をお前に与えてやろう」だろうか?

 ちょっぴり心のかさぶたを剥がしにかかり、甘い言葉をささやけば、立(ち)所に股を開いてきた女達同様、進んでこのDIO(ディオ)に忠誠を誓うだろう、と。そう思っていた。

 だが、当の黒子は「お生憎様ですわね」そういって、DIO(ディオ)の言葉を一蹴する。

 

「確かに私の力はその気になれば、人を殺める事も可能でしょう。ですがそれは新たな負の連鎖を生む事に他ならない」

 

 ――誰かを殺せば、その友達や家族は決して黒子を許さないだろうし、黒子自身もそんな自分を許す事が出来ないだろう。人を殺したという事実はいつまでも心の中に燻り続け、いつしか黒子自身を飲み込み、殺していく。

 そう、人はそんなに強くない。受け止められる精神的余力は、実はそれほど多くは無いのだ。

 だからこそ強大な力を持つ人間はその能力にきちんと向き合い、自らに対し責任を負わなければならない。

 

「敵を倒す事はできても 同時に敵を作る事は避けられない。(わたくし)心に決めてますの、自分の信じた正義は、決して曲げないと」

「それがお前の信念、か」

「ええ。たとえ時間を遡れたとしても、(わたくし)は貴方を殺さないでしょう。その上で別の方法を考えて貴方を止めますわ」

「…………」

 

 こういう人間はたまにいる。自分を強く持ち、決してこちらの思惑通りにはならない人間が。

 DIO(ディオ)がまだ人間だった頃にも、一人いた。

 それはまだ若く、田舎じみた生娘だった。

 まだ若きジョナサンを孤立させるために、その唇を奪った。まだ純粋なお嬢様には自分の心が陵辱されたかのような衝撃だった事だろう。それが間接的にジョナサンを追い詰める事に繋がるはずだった。

 だがその瞳は「決してこちらの思惑通りにはならない」という強い意思を秘めた目をしていた。

 

 そんな瞳を目の前の小娘もしている。

 決して悪には屈しない。

 そんな太陽のような力強い瞳でこちらを見据えている。

 DIO(ディオ)にはそれが不快でしょうがなかった。

 

「『世界(ザ・ワールド)』」

 

 誘惑が意味のなさないものだと判断したDIO(ディオ)は、スタンドを出現させ黒子の元へと向かわせる。

 ダメージを負った『世界(ザ・ワールド)』だが、瀕死の男と小娘を始末するには十分だと判断した為だ。

 

「くっ……」

 

 黒子にはスタンドを見る事は出来ない。だが、自身に迫りつつある何らかの圧迫感は感じる事が出来た。

 瞬間的に体を倒し、仗助に覆い被さるようにしてその身を守る。能力の使えない今の黒子が出来る、精一杯の抵抗だった。

 

「無駄無駄。結局、全て無駄事よ。情愛? 信念? 正義? それが何の役に立つというのだ? そんな便所のネズミのクソにも匹敵する下らぬ考え方が、お前等人間の限界よ!」

 

世界(ザ・ワールド)』の拳が黒子を捉える。ものの数秒も必要なく、その豪腕から繰り出される攻撃は、確実に黒子の生命を奪うだろう。

 

「このDIO(ディオ)に罪悪感など存在しない。あるのは『勝利して支配する』、たったそれだけのシンプルな答えのみよ! ――過程や、結果なぞ、どうでも良いのだァァァァァ――――ッ!!」

 

 無慈悲な右のストレートが振るわれる。

 黒子の腹部には大きな風穴が開き、鮮血は床を染め上げ、仗助のものと交わりあい、どちらのものなのか分からなくなる。DIO(ディオ)は高笑いをし、勝利の美酒に酔いしれるように滴り落ちる血を貪り飲んだ。

 

 そうなる、はずだった。

 

 

「――ッ!?」

 

 世界から突如として色合いが消えた。

 色合いどころか、音も、人物も、物体すら全ての動きを停止してその場に佇む人形と化す。

 仗助を庇う為にその身を盾にする黒子。

 空中を浮遊するシャボン玉。

 全ての事象が停止している。まるで『世界(ザ・ワールド)』の時間静止のように。

 

 だが、おかしい。こんな現象はありえない。

 理解の出来ない現象にディオは頭を振る。

 私は確かにここにいる。肉体は動き、思考もしている。

 だが、それならば!

 私の目の前に居るディオ(この男は)一体誰なのだ!?

 

 DIO(ディオ)の目の前には黒子に攻撃を加える寸前の、勝利を目前とし満面の笑みを浮かべたディオ(自分自身)がいた。

 

「――Break the World Down(世界を破壊せよ)。これガ、フェブリの真ノ能力ダ」

「――ッ!?」

 

 気が付くとDIO(ディオ)はここでは無いどこかの場所にいた。

 見渡す限り一面に広がる白の空間。眩しくも、暗くも、暖かくも冷たくも感じない、時間の感覚すら分からなくなる不可思議な世界。

 その世界に只一つ、長方形状の黒枠が浮かんでいる。DIO(ディオ)がその枠を覗き込むと、そこには先程までDIO(ディオ)がいた世界が存在した。

 そう。DIO(ディオ)は黒子に攻撃を加える直前の光景を俯瞰して眺めていたのだ。

 

「なんだ、これは? 俺は一体何を見ているのだ?」

 

 最後の瞬間まで仗助を庇おうとする黒子、勝利を確信し止めの一撃を加えようとするDIO(ディオ)

 まるで、ビデオの一時停止ボタンを押したかのように、動きを止めている世界。

 その光景を呆然とした表情を浮かべていると。

 

「ここハ、何者モ及ぶ事は無い上位ノ世界。世界ヲ思うがままニ破壊シ、創造できル、私ノ世界ダ」

「お前は!」

 

 そこにいたのはフェブリだった。

 色彩の欠いた世界にフェブリが只一人そこに佇んでいた。キャンパスノートを胸元に持ち、こちらの様子を伺う少女。その両目はギラリと赤い光沢を放ち、DIO(ディオ)を凝視している。

 

「お前ノ精神ハ我がスタンドニ捕らわレ、魂だけノ存在トなっタ。最早お前ニはどうすル事も出来なイ」

 

 フェブリはしゃべってはいない。その口は真一文字に硬く閉ざされ、一度として開いてはいない。だが声は確実にする。それは、彼女の抱えているキャンパスノートから。

 

「Break the World Downは世界を創造するスタンド。この能力の秘密ハ、本体であるフェブリさえモ知る事はなイ」

「ッ!」

 

 キャンパスノートからズルリ、と何か黒い影が這い出てきた。

 黒い、何処までも黒い何か。この白き世界ではその異様さがより浮き彫りになる。

 フェブリは動かない。そもそも、目の焦点はここでは無いどこかを見ているようで、まったく定まってはいない。まるで、このスタンドが本体のフェブリを操っている、そんな印象さえ覚えるほどだ。やがて、その異形のスタンドが黒い塊から人の形へと変体していく。

 

「我が主・フェブリの願いを叶えル。それが我が能力の根源。活動の動機となル。そのフェブリが願ったのダ。お前達を排除しろとナ」

 

 

 ――フェブリにとって、毎日は生き地獄だった。

 生まれた瞬間から暗い一室に閉じ込められ、研究データを取るという名目の人体実験を何度もされてきた。

 愛も貰えず、ただ無感情な大人達の道具となり続ける日々は、確実に少女の心を傷つけ、悪意にも似た感情を蓄積させていった。

 このままその感情が育ち続ければ破滅が待ち受けているのは誰の目にも明確だった。

 

 そんな時、木山と出会った。

 短い時間ながらも、自分にきちんと向き合ってくれる彼女に対し、フェブリは親の愛情にも似た何かを感じた。

 最初はぎこちない挨拶程度だったのが、やがては手に触れ、体に触れるスキンシップに変わり、やがては愛情に変化していった。

 そしていつしか木山の事を本物の母親として慕うようになっていった。

 

 研究員の誰もが与えてくれなかった『人を信じる心』や『愛情』といった感情を、フェブリは木山を通して学んでいったのだ。

 

 だが、それすらも奪われてしまった。

 フェブリを逃がす為に奔走する木山との再会。仗助を含む心優しき仲間たちとの交流。

 その後に待ち受けていた襲撃と拉致監禁。

 鏑木や草薙による、ただ己の快楽、願望を満たす為だけに行われる最終実験。

 

 その結果、フェブリは人の姿すら奪われ、ただぬるま湯の様な世界に一人揺蕩(たゆた)い続けていた。

 

 ――なんで、こんな目にあうの?

 

 朦朧とする意識の中でフェブリは何度も自問していた。

 悪いことなんて何もしていない、ただ好きな人たちと笑い合っていたかっただけなのに。

 なんでひどいことするの?

 

 誰にも届かない、何処にも行き場の無い自問を何度も何度も繰り返す。

 やがて、ソレ(・・)は目覚めた。

 フェブリの心の中で渦巻く黒い感情、それを糧として彼女のスタンドが覚醒した。

 

《悪いのは、誰ダ》

 ――悪いのは研究所(ここ)の人達。フェブリは嫌だって言ったのに、いつも痛いことをしてくる嫌な人たち。

《そいつらをどうすル?》

 ――いなくなって欲しい。フェブリの目の前から消して。あいつ等みんな消し去って!

《約束しよウ。Break the World Downはアナタの為に生み出されたスタンドダ。アナタの世界を脅かす要因は全て排除する事ヲ》

 

 深層心理でのやり取り、目覚めた時、フェブリ自身は覚えてもいないだろう。だが、”彼”にとっては全ての行動原理を決める重要な契約を交わしたのと同義だった。

『Break the World Down』。フェブリの世界を守る為に存在するスタンド。完全自立型で彼女を守り、彼女の望む世界を作り出すスタンド。

 そしてスタンドは世界をフェブリの望む形に創造し始める。

 

 フェブリの危機に仲間達が集い、敵を排除し、助け出してくれる世界を。

 クリスティーナが死亡し、外敵は白井黒子や初春飾利、その他外的要因で次々と沈黙させられた世界を。

 黒幕の一人鏑木を御坂美琴の思い人、上条当麻が倒した世界を。

 そして東方仗助によってディオ・ブランドーが倒された世界を。

 それぞれに創造し、合成し、世界を作り変えていった。

 

 

 

 

「ば、かな……、ではこのDIO(ディオ)は!? 今いる私は一体なんなのだァ!?」

 

 DIO(ディオ)はワナワナと震える声で、フェブリに向かい怒鳴り散らす。

 気品や貫禄など気にしている状況ではすでに無い。醜悪な表情を滲ませながら、詰め寄ろうとするが体が動かない。

 

「な、ん、だと」

「私の能力はフェブリにとって望む世界を創造する事ダ。だがこのままでは望んだ結末が与えられないと分かっタ。だから、シナリオを修正すル」

 

 身体の自由が封じられたDIO(ディオ)はなす術も無く事の成り行きを見守ることしか出来ない。

 Break the World Downは人差し指をそっと立てるとDIO(ディオ)に上を見るよう促す。その動きにつられ見上げれば、巨大な球体が天空に浮かんでいた。

 青白く、そして馬鹿でかい球体はゆっくりと回転を繰り返し、次第に下降し出す。

 

「準備は出来タ。新しく世界をアップデートしよウ。……ああ、それト……」

 

 Break the World Downは自身に怒鳴っていた先程の一件に触れ、答えを返す。

 

「何故お前が、という事についての答えだガ……」

 

 球体は膨張を続け、ついにこの空間一杯に広がっていった。

 赤青黒白緑黄色紫……様々な色合いが画面一杯に広がり、モノクロの世界に色を与えていく。

 その中で、DIO(ディオ)は確かにスタンドの答えを聞いた。

 

 ――……意味など無イ、ただの悪意サ。

 

 そして、世界は――

 

 

 

 

「……――このDIO(ディオ)に罪悪感など存在しない。あるのは『勝利して支配する』、たったそれだけのシンプルな答えのみよ! ――過程や、結果なぞ、どうでも良いのだァァァァァ――――ッ!!」

 

世界(ザ・ワールド)』が黒子に対し慈悲な右のストレートを振るう。

 このままいけば仗助と黒子の腹部には確実に大きな風穴が開くのは確実だろう。DIO(ディオ)は鮮血で床を染め上げ、高笑いをしながら、勝利の美酒に酔いしれるように滴り落ちる血を貪り飲むだろう。

 だがそれでも、黒子は仗助に覆いかぶさったまま動かなかった。彼の命を守ろうと必至に縋りついていた。その行為にどれほどの効果が期待できるか分からない、だがそうせずにはいられなかった。

 

 何故なら、信じているから。

 初春を、涙子を、そして木山を。

 ファブリを救出し、こちらに向かっていることを信じているから。

 だから最後まで、可能性があるならとことん抗い続けようと思ったのだ。

 その瞳は閉じられず、抗う意志の強さをディオに見せ付けるように睨み続けていた。

 

「――ッ!」

 

 そのお陰で黒子はその光景を目の当たりにする事が出来た。

 DIO(ディオ)の背後に近付く影、その姿をはっきりと認識できた。

 

「――確かに湧かないね。アンタに対してそんな感情、擁きようもない」

「……がッ、……ァ…………ッ!」

 

 DIO(ディオ)が背後で掛けられた声に一瞬反応した瞬間、その首は鋭利な刃物で切断されたかのように綺麗に分断されていた。まるでスローモーションのように暗転する世界の中、ディオは声の主を確認し、驚愕に目を見開く。

 

「――罪悪感なんて感情は、特にね」

「お前、は!?」

 

 地面に無様に転がる自分を見下ろす人物。それはほんの数分前に確実に殺したはずの――八雲だった。

 

「……八雲、さん。間に合ったんですわね……」

 

 自分達に微笑を湛える八雲の姿を見て、黒子は初春達が無事に任務を全うしてくれた事に感謝し、そのまま気を失ってしまった。

 

「どんな気分だい。生まれて初めて見下ろされる側になった気分は」

 

『クレイジー・ダイヤモンド』をコピーした八雲は、その能力ですぐさま負傷した仗助と黒子を治療する。

 傷口はみるみると塞がり始め、二人が完全に覚醒するまで後数分、と言った所だろうか。

 最も、二人が目を覚ます頃には全てが終っている事だろうが。

 

「お前は、どうして……」

「どうして生き返ったからって? フェブリの能力に決まっている。アンタも分かっているんだろう? 自分にもう勝ち目は無い事に。そしてこのまま、アンタを嬲り殺すのに数秒もかから無いという事実に」

 

 脱出を図っていたフェブリ一行はその道すがら偶然に(・・・)八雲の亡骸を発見した。

 

 フェブリの能力は世界を壊す。

 世界の理すら捻じ曲げ、描き出した願望を成就させる。

 それが例え死者蘇生だとしても、問題なく実現できてしまう。

 

 今回フェブリがキャンパスに描き出した能力は時間逆行。

 死んだ人間の時間を10分ほど巻き戻すアイテムの作成だった。

 10分前、生存していた「八雲」の状態に巻き戻された八雲は、DIO(ディオ)を追撃する為にフェブリの能力を使い、仗助達の元まで移動してきたのだ。

 

「何故僕一人でここに来たか分かるかい? 借りを返す為さ、あんたに殺された借りをね」

 

 八雲はガラス片を拾い上げると、先程DIO(ディオ)の頭部を切断した黒子の空間移動で、未だのた打ち回っているDIO(ディオ)の胴体を攻撃する。ガラス片はDIO(ディオ)の体内に入り、肉片や神経、臓器など重要器官を押し出し、その四肢をバラバラに切断した。

 

「コレでもう、攻撃は出来ない」

「き、きっさまぁ!」

「アンタを倒すのに、僕は何の躊躇も無い。何の感慨も湧かない。仗助君や白井さん達が抱くはずの罪悪感なんて一切感じない。だから決着は僕が最適なのさ。なんせ僕は、性格悪いから」

 

 八雲は手にしたガラス片をDIO(ディオ)に向ける。この頭部を潰せば、全ての決着はつく。

 

 ――こ、コケにしやがってッ! だがコレはチャンスだ。奴はこのDIO(ディオ)に最早抗う力は無いと油断している。そこが命取りよ。

 

 DIO(ディオ)は、この最悪の状況でもまだ諦めてはいなかった。

 自分には勝ち目は無いというフリをし、消沈したように見せかけ、八雲がこちらの射程に入る瞬間を虎視眈々と狙っている。

 後一歩、その右足をほんのちょっとでも動かしたなら、完全に八雲を射程に捉える事が出来る。

 やがてチャンスが回ってきた。

 こちらの射程に、八雲が足を踏み入れた。今だ!

 DIO(ディオ)は首元から触手のようなものを出し器用に向きをかえると、八雲を正面から見据える。

 その瞳はぱっくりと開き、何かが発射されようとしている。

 

 眼球内の体液に高圧力をかけ、水圧カッターのように発射する。

 空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)!

 かつてジョナサン・ジョースターに致命傷を与え、この肉体を手に入れるきっかけとなった技。

 この近距離、それも不意をつく形で打ち出されたこの攻撃、波紋法を習得していない人間が咄嗟に回避することはまず不可能!

 事実ディオの放った液体に八雲は反応すら出来ずに――

 

「なッ!!」

「すると思ったよ。最後の悪あがきで何かしてくると思ってたんだよ。だから事前に、こちらも対策しておいたんだ」

 

 DIO(ディオ)の最後の攻撃は八雲に届かなかった。一直線に八雲の元まで向かっていたその攻撃は、辿り付く直前にこの世界から消滅したのだ。

 

「…………」

 

 目の前に突如として出現した、生物によって。

 八雲の手にはキャンパスノートが握られている。そこからこの怪物を顕現させたのだ。

 

「『ハートエイク』。どんな能力でも30秒間だけコピーできる、僕のスタンド。この能力でフェブリの能力をコピーした」

 

 正確には能力の一端だけであるが、八雲が知る必要は無い。

 必要なのはこの生物だ。

 巨大な顔だけの生物はその大きな口を開け、八雲の命令を涎をたらしながら待ち続けている。

 

「この生物は、アンタにだけ作用する。アンタが生み出した全ての事象を飲み込み、アンタ自身を飲み込む。その上でアンタを元の世界(・・・・)に返す。そういう設定にした」

 

 ヒュゴゥゥゥゥゥゥゥ!

 八雲が手を上げる動作をすると同時に、その生物は思い切り息を吸い込み始めた。

 凄まじい突風がDIO(ディオ)を襲い、引き寄せられていく。

 

「うおああああああああああああああああああッ!?」

「僕はアンタに対して罪悪感なんて抱かない。あんたがどうなろうが知ったこっちゃ無い。だけど『殺す』という行為はしたくない。アンタの為にこちらの手を汚すなんて真似、死んでも御免だ。だから、『帰ってもらう』」

「きっさまあああああああ! このDIO(ディオ)に対してェ! 世界の覇者たる我によくも、こんな真似をォォォォォッ――ッ!」

 

 さらさらとDIO(ディオ)の頭部が砂の粒子に変化し、崩壊していく。

 フェブリの能力が発動した以上、防ぐことは不可能。実質、八雲が黒子達の元までたどり着いた時点で勝敗は決していたのだ。

 だが、疑問が残る。

 何故八雲はDIO(ディオ)の頭部を切断するというまどろっこしい真似をして黒子達を救出したのだろうか?

 すぐさま能力を発動させ、DIO(ディオ)をこの世界から消滅させれば決着などすぐについただろうに。

 そんな疑問に答えるように八雲はDIO(ディオ)に向かって

 

「――……特に意味なんテ、無いんダ、……しいて言うなラ、ただの悪意サ」

 

 その瞳は、どこか怪しげに赤く光り輝いているように見えた。

 

「――――ッ」

 

 その瞳と言葉をどこかで聞いた気がした。一体、いつ、何処で? ――やがてDIO(ディオ)の意識は完全に消失し、その細かい砂の粒子共々、生物の口の中に完全に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

「――――仗助君、白井さん!」

「やく、も……?」

 

 仗助が意識を取り戻すと、そこには見知った顔がいた。

 八雲がこちらを見下ろして、必至に呼びかけている。

 というか、地べたに寝っ転がっているのは俺のほうか?

 覚醒したばかりで頭の働かない仗助は、「そうか、俺も死んじまったのか」とその状況に勝手に納得していた。

 そんな仗助に対して、同じく意識を取り戻していた黒子は

 

「何を言っていますの、きちんと生きていますわよ。(わたくし)も、仗助さんも」

 

 苦笑して仗助の肩を軽く叩いた。仗助は反射的に「痛て」と口にしながら八雲を見上げる。

 

「ありがとうよ。お前が、ケリを付けてくれたんだな」

 

 仗助とDIO(ディオ)の肉体は、奇妙な因縁の元でその存在を感じる事が出来る。少なくとも目が覚める前まではそうだった。だが今は、圧倒的なDIO(ディオ)の気配を感じることは無い。

 それは、DIO(ディオ)が完全にこの世界から消滅している事を意味していた。

 

「ああ、……まあ、その……」

 

 しかし当の八雲は頬を掻きながら、曖昧な返事で答える。

 そう答えるしかなかった。

 

 何故なら蘇って以降の八雲の記憶は酷く曖昧で、現実味がまったく感じられないからだ。

 所々の記憶自体は残っており、自分がDIO(ディオ)を倒した、とは思うのだが、いかんせん実感がまったく湧かない。 まるで夢の中の出来事を思い返そうとするような不安定さ。だからどうやって倒した、と聞かれればこう説明するしかない。

 

 ――八雲()がふと我に返ると、全ては終っていた。

 

 なんだそりゃと、仗助には突っ込まれそうだが、事実そうなのだから仕方ない。

 

「おい、八雲大丈夫か? お前どこか調子悪いんじゃあ……」

「医療キットに何か残っていましたかしら? ……正露丸くらいしか無いですわね」

 

 八雲の様子がどこかおかしい事に気が付いた仗助達にどう言い訳しようかと考えあぐねていた所で、救いの手が差し伸べられた。

 初春達だ。こちらの様子を伺いに駆けつけてくれたのだ。彼女達はこちらの様子に気が付くと手を振り「おーい、おーい」と駆け出してくる。

 

「おやあ? あれは初春さんに佐天さんじゃあないかあ! 仗助君、白井さん、行こう早く」

 

 追求されても回答に困っていた八雲は、渡りに船とばかりにワザとらしい口調で駆け出していく。

 と思ったら途中でコケた。

 

「逃げたな」

「逃げましたわね」

 

 仗助と黒子はワザとらしい八雲の演技力に顔を見合わせると、やがて込み上げてくる笑いに声をそろえて吹き出した。

 

「……なんか絞まらねぇなあ、おい」

「でも、(わたくし)達らしくていいんじゃありませんこと?」

「かもな。考えてみりゃあ世界の命運を握る戦いだったんだよなぁ。一介の学生にはちょいと荷が重過ぎるイベントだったぜ」

「でもそれももうお終いですわ。明日からまたいつも通りの……」

 

 そう言葉を口にして、黒子ははたと動きを止める。

 いつも通り。

 本当にそれでいいのだろうか?

 この戦いは邪な欲望を満たす為だけに行われた迷惑極まりないモノだったが、それでも得られるものが無いわけじゃなかった。

 黒子はこの戦いで自分の中に湧き上がった気持ちを理解した。

 

 最初は美琴お姉さまにケンカを売る失礼極まりない男だと思っていた。

 だがあすなろ園での一件で、単なる粗野な男じゃ無い事を知った。

 その後も偶然から何度も顔を合わせる仲になり、いつしかその背中を目で追う様になっていた。

 仗助と一緒に居ると安心する。

 仗助が一緒に居ないと寂しい。

 そして最後のこの戦いで、黒子はやっと自分の気持ちと向き合えた。

 白井黒子は、東方仗助の事を――

 

「お、おい?」

「戦いの後遺症かしら? ちょっとふらつきますわね。仗助さん、悪いんですけど身体を支えてくれません事?」

「お、おう。大丈夫か? なんなら俺の『クレイジー・ダイヤモンド』で……」

「心配なさらないで、じきに収まると思いますから。それよりも皆の所まで行きましょう」

 

 黒子は仗助の腕に寄りかかると、そのまま腕を絡ませ歩き始めた。仗助も慌てて黒子の歩調に合わせて進み始める。ついでに腕をギュっと強く握る。仗助からは「おい、黒子?」と訝しげに見られるが、「何でもありませんわ。ホラホラ前進前進!」赤らめた頬を取り繕うようにして、仗助の腕をさらに強く引っ張ってやった。

 

(今はまだ、この関係が心地良いですわ。だからまだ、この気持ちはしまっておきますの)

 

 この気持ちを打ち明けるにしても、それは今では無い。

 もっと先の、未来の話だ。

 大事にしよう、この気持ちを。そして少しずつ育んでいこう。

 

 胸の中に暖かい感情の種が眠っている。

 それがいつしか芽吹くのか、それとも眠ったままなのか、それは黒子次第。

 

 だけどきっと、(わたくし)は絶対にこの感情を――

 

 遠くの方では初春達がこちらに温かい(?)視線を送っているのが見える。特に涙子はなにやら悪戯っぽい表情で含み笑いを浮かべ、黒子達が来るのを今かと待ちわびている。

 ……これは絶対にイジられるパターンですわね。

 黒子はやれやれ――とため息をついた後、「私と仗助さんがどういう関係か、ご想像にお任せしますわ――」そういう含みを持った笑みを涙子に対し送ってやった。

 まさかこちらに不意打ちをかけて来るなんて思わなかった涙子は、逆にどぎまぎとうろたえる表情を浮かべ、慌ててこちらから目を逸らす。黒子はその挙動がおかしくて、思わず短い笑い声を挙げるのだった。

 

 

 

 

 DIO(ディオ)&『世界(ザ・ワールド)』。

 この世界から塵一つ残さずに消滅した(元の世界で彼がどうなったのかは不明)。

 完全敗北 ――リタイア――

 

 

 

 

 

 




次回いよいよ最終回です。
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