鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「雷渦の閃姫Ⅱ(後)」

 

 

 

 

――――後方の船団と合流を果たそうと離れていくペトルーシュカ号の姿は、海賊、エリザヴェータ共に見えていた。

 

 

(良かった……どうやらごねずに行ってくれましたのね)

 

 

安堵を半分に、失望を半分と言った面持ちでエリザヴェータ・フォミナは、爆雷船の甲板の中央にて来るべき時を待つ。

 

 

それにしても分からぬものだ。自分の死にざまが海の上になろうとは。嘆息してから少しだけ物思いにふける。

 

 

 

戦姫になってから自分は自分だけでやってきたはずだった。

 

 

無論、従うべき意見があれば、それには従ってきたが……周りにいるものは、能力が高く信頼出来たとしても、自分と同じ視点でものを見てくれる人はいなかった。

 

 

先代の戦姫は随分と優秀な人間だったようだ。武官はともかく文官は、自分の能力よりも高いものを求めていた。自分と同じく「少数」の視点を持ってくれなかった。

 

 

色の異なる双眼で世界を二回「隻眼」で見てから……決意をする。例え、周りに不満があっても己の責からは逃げない。

 

 

瞳の色で世界は変わらずとも、自分の気持ち次第で世界は色を変えるはずだから――――。

 

 

「さて、では始めるとしま――――――」

 

 

瞬間、何かが海から飛び上がるように飛沫を伴いながら甲板に乗り込んできた。

 

 

「!?」「凄く驚いているのは分かるけれども、まぁ生きた人間なんで安心してくれ」

 

 

張り付いた前髪を掻き上げて、乗り込んできたものは己の素性を明らかにしてきた。

 

 

「あ、あなた何でここに!?」

 

 

「泳いできた。そして馬鹿なことをやろうとしている女を止めに来た」

 

 

ずぶ濡れの身体に服を絞っている様子は、男のいつも通りな行動にも思えた。見たことは無いが。

 

 

「ルヴ-シュ軍の最高責任者は私です。アナタは私の命令に従えないんですの」

 

 

「だから俺が来た。海の者とも山の者とも分からぬ人間ならば君があれこれ気を回さなくていいだろ。最初にも言ったが……何でもかんでも自分一人でやろうとするな。今の君には助けが必要だろ」

 

 

青年は、海竜の速度よりも早く海を泳いできたと言う。疑問は尽きぬが、それでも先程までの失望が無くなる。少しだけ嬉しい気持ちもある。

 

 

「二体を倒す術……ありますの?」

 

 

「君の竜技(ヴェーダ)が、あの海竜に効かなかったのは見えていた。とはいえ武器や電撃そのものが無効化させられているわけじゃない。先程の釣りの応用だ」

 

 

「私のヴァリツァイフで動きを止めるというの? その前に体当たりを仕掛けられたらどうするの?」

 

 

「その時は、二人そろって海の藻屑だな。その前に海竜の腹に収まるか、まぁどちらにせよ楽しい未来ではないな」

 

 

速さが肝要だ。というこちらの意見に頷くルヴ-シュの戦姫。エリザヴェータ・フォミナに言うが早く海竜はこちらの両舷側を漂う。

 

 

先ほどの轍は踏まないという意識が見えてくる。しかしながらそれは敗着の一手だ。船縁を飛び、眼下にいる竜の頭上に飛ぶ。

 

 

鎖環で武装した「鎧竜」は上に向けて口を開いた。落ちてくる間抜けな獲物を食らう意図だろうが、それをリョウは裏切った。

 

 

空中で回転をして頭から背中に飛び、その身体に―――鎖を避けて剣を突きたてた。身を捩って抵抗する海竜だが、それに負けじと、先程よりも深く剣を突きたてる。

 

 

眼が眩むほどの衝撃を浴びながらもリョウは、斬撃を身体に落としていく。再生力も考えて深く深くされど正確に斬を放つ。

 

 

身体の半分までを切り裂いた時点で耐えかねたのか、海竜は海に潜った。この小さき生物が海の中では呼吸出来ないことをしっての行動だ。

 

 

なにくそと思いながらも、決して離れはしないという思いで、柄を押し込んで足場の安定を図る。この剣に捕まっていれば問題は無い。

 

 

そして、ここからが本当の釣りだ。エリザヴェータの黒鞭が黄色く発光しながら、水中に潜り込んできて軟体生物の触手のように海竜に巻き付いた。

 

 

最後に先鞭が、自分の剣に巻きついて身体の内部に電撃を送り込む。同時に勾玉を雷に変えていたお陰で、その効果は一層極まって、海竜を感電死させた。

 

 

しかし、生き残っていた一匹は、仇討のつもりかそれとも電撃に気付いたのか水中にいる自分、焼け焦げた海竜の身体に乗っているこちらに突進を仕掛けてきた。

 

 

逃げるにせよ立ち向かうにせよ剣を引き抜かなければならない。そう思って剣を抜いた瞬間に、黒鞭が自分の身体に巻きついて水中から引き揚げていき、間一髪のところで竜の頤から逃げれた。

 

 

海の青の後に空の蒼を見ながら受け身を取るべく下を確認するとそこには戦姫エリザヴェータの安堵した姿が。

 

 

「死体を引き揚げなくてよかったですわ」

 

 

「そういうことか――――――ッ」

 

 

甲板に着地すると同時に、大きな振動が自分たちを襲った。自分を釣り上げて少し力を使い果たしていたのか、よろめいたエリザヴェータの腰を手で支える。

 

 

「二体目も同じくいきたいが……、もう船が砕かれたな」

 

 

足場を気にせずに戦うことは不可能ではないが、失敗すれば終わりだ。俺一人の命だけで済むのならばどうとでもなるが、今この場には守らなければならないものがある。

 

 

「……最後にいくつか聞いてもいいかしら?」

 

 

「最後とか不吉なことを言うな。まだ手はある―――」

 

 

と言いたかったが見ると状況は悪化していた。

 

 

 

死んだはずの海竜達にまで有効なのか、死体となり邪竜となったものが生き残りの海竜に加わり三匹の竜が、この船を周回して食らいつく瞬間を待っている。

 

 

しかも……かなり離れている。それはエリザヴェータの鞭が届かない範囲だろう。「詰みだな」という言葉が心中に出てくる。

 

 

ヴァレンティナの救助を待つのみかという気持ちで腰を甲板に落ち着かせてから彼女の言葉に答える姿勢を取る。

 

 

倣うように彼女もスカートの裾に気を付けながら甲板に腰を落ち着かせてきた。

 

 

「アナタは……何故そこまでして私を助けたがるの? 人質といい今回のことといい……」

 

 

「俺にとっては女が死ぬという現実は何よりも耐え難い。それを回避出来る方法を俺が持っているのならば、別に躊躇う必要は無い」

 

 

侵略だのなんだのという他意は無いとエリザヴェータに言いながら、彼女の瞳を見る。今更だが彼女の瞳の色は左右で違っていることを認識した。

 

 

「女性が死ぬことが耐えられないの?」

 

 

「お袋が死んでからだな……色々と苦労していたというのに、それを表に出さずに死んでしまった。だからかな……最初は君を助けたいとは思わなかったけれども……お袋みたいに苦労している女を助けないわけにはいかない」

 

 

「無理しているように見えました?」

 

 

頬を一掻き、髪を一掻きして赤くなっているエリザヴェータ。

 

 

 

ティナの人物評価とかを真に受けていたわけではないが、何というか普通の子だなと思えた。

 

 

肩肘張り過ぎた生き方は、この子には似合わないとも思える。だがそれでもそんな生き方をしなければいけない理由は何となく分かる。

 

 

「ティナでもサーシャでも同輩に協力を求めるのを嫌がっている風だったからね……同輩というには少し年上なのかもしれないが、他の戦姫には君と同年代いるんだろ?」

 

 

「……白状しますけど、私は友達が少ないのです。友達は欲しいですけど、何というか上手くいきません」

 

 

「その眼か」

 

 

間髪入れずに言うとエリザヴェータ・フォミナは、片方の目を手で覆いながら少し陰に籠った声でエリザヴェータは言う。

 

 

「ええ、今はそんなに関係ありませんけど地位が上がっても、誰かとの関係が上手くいくとも限りませんね」

 

 

その人の人間性を知らずに外見的な特徴などで、相手を敬遠する。そんなことはどこの国、地域でも変わらぬものだ。

 

 

自分もそんな風な経験あったし、何よりそんな相手と接することも多かった。エリザヴェータ・フォミナの話を聞きながら、思い出すは故郷でのことだった。

 

 

『坂上の若殿は鬼の血が濃い―――』

 

 

そんな陰口をたたかれることもあった。だが、自分の周りにはそれ以上に友が多かった。

 

 

何よりも、正式にお仕えすることになった時にも言われた。陛下―――咲耶の言葉が耳に蘇る。

 

 

『幼時の頃より知っていたけれども、あなたがそんな風だったなんて初めて知りました。リョウがそんなことを気にする必要は無いです。生まれや血だの出来る出来ないだけで人を区別することは、私の治世においてはもっとも愚か―――』

 

 

求められるのは、己の人間性と力のみ。力だけでは心は歪になり、心だけでは何も守れない。

 

 

『リョウ、あなたの力と心を私に下さい―――』

 

 

そうして捧げていた「刀」と「魂」をこの地に向けろと言われた。

 

 

「君は随分と繊細みたいだが、自分が思うよりも他人はそんなことに関心を抱かないと思うぞ。地域によって差はあろうが、それでも……まぁ誰か信頼できる相手の前でぐらい普通の女の子でいても構わないと思う」

 

 

思い出すは初めて会ったとき、山の中で「サクヤと呼ぶがいい!」などと敬意を求めない感じで言ってきた女の子だった。

 

 

「ならばリョウ・サカガミ、その……私と……」

 

 

「サーシャとティナとの仲を取り持つぐらいはするぞ」

 

 

中でもサーシャは三人ぐらいの戦姫とそれなりの友誼を結んでいると聞くので、悪い友人を作るよりはよかろうと思って提案したのだが、彼女は意気込んだ様子でこちらに食って掛かる。

 

 

「違いますっ!! 私には領地経営などでの相談できる相手がいません。そういうわけでヤーファからのご客人であるあなたは私と友人になってもらいます!! いいですか!? 返事は「『はい』、もしくは『応』」で!!」

 

 

「逃げ道が無い……こんな一方的な交際申し込まれたの初めてだぞ……というか近い、近い」

 

 

勢い込んでこちらに近づいてきたエリザヴェータ・フォミナの顔の美しさも然ることながら、その紅の髪の豊かさに見とれる。

 

 

そして何より自分の胸板に当たる胸にどうしてもエリザヴェータ・フォミナにいけない感情を抱いてしまいそうになる。

 

 

そんなティナに見られたならば「刈り取られたいんですか?」などと怖い笑顔で問いかけられそうな場面の終焉は、遂に痺れを切らした海竜三匹の突撃によって訪れた。

 

 

「こりゃ覚悟を決める時だな……」

 

 

「最後にもう一つ聞いてもいいかしら?」

 

 

「いくらでも聞け。俺の命運は尽きようとしているんだからな」

 

 

「私の瞳を見てどう思いました? 素直に言ってください」

 

 

「そんな人間もいる。それだけだ」

 

 

正直言わせてもらえば、自分の元職場には色々と『びっくり人間』ばかりだっただけに眼の色云々などどうでもいいのだ。

 

 

陛下など『見ろリョウ、私の眼を左右違う色に輝かせられるのだぞ。すごいと思わないか!?』と言ってきたので『人間一人、五体満足に二つの眼しかないのです。それで遊ぶんじゃありません!!』と何故か自分が彼女を怒る羽目になった。

 

 

「むぅ………」

 

 

「君は眼に関して褒められたいの? それとも蔑まれたいの?」

 

 

「邪険に扱われるのも嫌ですけど、常のものとして扱われるのも嫌なんです」 

 

 

特に自分の領地では吉兆のものなのだという彼女に対して、「めんどくさい女」という感想が出かかったが、何故か彼女は笑っている。

 

 

何かおかしかったのだろうか。

 

 

「ごめんなさい。まさかそう返してくるとは思わなかったから……あなたの故郷では私の眼は特に珍しくないのね。私もヤーファに生まれたかったです」

 

 

「その場合、俺は叱らなければならない女が二人に増えるから勘弁してほしい。まぁ猫にはまれにある瞳の色だな」

 

 

金目銀目の猫は確かに吉兆を呼ぶものだ。そういう意味ではヤーファとルヴ-シュは似通った地域なのかもしれない。

 

 

となれば吉兆を呼ぶものを死なせるわけにはいかない。せめてティナが来るまでは時間稼ぎをしなければならない。彼女だけでも守る。

 

 

そうした想いは――――エリザヴェータも同様だった。今までは自分の命一つで全ての人間を守ろうとしていた。

 

 

それは自分の誇りを賭けたものであり、自分などいなくても後に代わりは出るという捨て鉢な想いもあった。

 

 

幼少期に自分を助けてくれたのも傭兵であったが、この歳になってからの自分を和らげさせたのも、傭兵であった。

 

 

この青年ともっと話がしたい。自分のことをもっと知ってもらいたい。

 

 

死にたくない。もっと生きていたい。先程までの自分の想いを捨て去るほどに、この青年と話がしたいという思いが出てくる。

 

 

強い想いに応えたのか――――握りしめたヴァリツァイフが黄雷を自然発生させて、甲板に落ちていく。それだけで誘爆しそうであったが、その前にクサナギノツルギが黄雷を纏め上げている。

 

 

既に自分の頭には響きつつある声、どうやらまだ彼女との信頼とか情とかが自分と繋がっていないようだ。

 

 

利用するわけではないが、彼女の想いを引き出すためにも、リョウはとにかく艶っぽい言葉を吐くことを「強要」された。

 

 

「エリザ「リーザ、いつまでもそんな風に長い名前やら君だの呼ばれたくないので、これからは私をそう呼ぶことを許可します」―――リーザ」

 

 

「なんでしょうかリョウ?」

 

 

「君は、絶対に死なせない。ヤーファの騎士……サムライは『姫』を守ることを至上の命題としているから、君を守る」

 

 

彼女の金目銀目を見つめながら語った言葉に嘘偽りはない。だが少し恥ずかしかった。しかし―――反応は即であった。

 

 

雷の勾玉が反応を示し、刀身を倍以上にまで延伸させる。そして、己の身体に戦鬼と称された先祖「温羅」と同じく八種の雷神器が装着される。

 

 

リーザもまた己の頭に響く声に反応して、軟鞭を天空に掲げて直立させ硬鞭となる。「鋼鞭(クスタル)」という形態変化に従い、棒状の武器となったそれに雷が落ちる。

 

 

天空より落ちる雷が船を砕き石を頭上から落とされ散逸する魚のようになろうとしていた海竜達は、動けなくなっていた。

 

 

不可視の力により海から中空に持ち上げられていく様は遠くにいる敵味方問わず全ての船員達が見ていた。

 

 

輪のように閃雷が舞っている。その輪に捕らわれているのが海竜であり、そして輪の中心にいるのがリーザとリョウだった。

 

 

もはや動くこと叶わぬその様を前にしても戦姫と戦鬼は容赦しなかった。

 

 

戦鬼は雷の神剣に己の四肢から発せられる雷を載せて斬突を生きている海竜に雨霰と放ち、戦姫は己の持つ硬鞭に己の雷気を載せて斬打を肉ある死んだ海竜に凄烈に放った。

 

 

黒環と鎖ごと焼き叩き斬る様は、それを託した相手からしても恐らく驚きであったはずだろうが、それは今は関係ない。

 

 

完全に死んだ竜を戦の神への生贄とした後に、海に落とす。10アルシン下へと落ちた竜の後を追わせるかのように骨だけの死んだ海竜を落とす。

 

 

『神薙神威・建御雷神』

 

 

言い終わると同時に、逆手に持った剣と硬鞭を手に勢いよく落ちながら10アルシン下のボーンドレイクに対して、突きたてた。

 

 

苦哭すら上げられぬほどの威力と死者すら消却する冥獄の雷が海上を光り輝かせて、その後には海竜がいたという痕跡は全て無くなっていた。

 

 

 

ただ一つだけ証拠を上げるとすれば、その瞬間。雷が当たり海面で燃えていた船が、完全に沈没を果たしてその上空には白雲から雷が数刻放たれていたことを全員が見ることとなる程度――――。

 

 

 


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