鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「銀閃の風姫Ⅰ(前編)」

 

 

「一目見た時から認識した……お前は間違うことなく敵だ―ーーー!!!!」

 

 

「どんな認識でそんな判断がなされたってんだ……!」

 

 

王宮内部に関わらず腰の鞘から竜具―――特徴的な長剣を抜き払う風の戦姫の斬撃を同じく剣で受け止めることになった。

 

 

紅の瞳が怒りで燃え上がりながらも、どうしようもなく彼女の怒りを受け止めることになる。

 

 

それこそがあらゆる意味で終生のライバルとなりえる少女エレオノーラ・ヴィルターリアとの初会話であった。

 

 

もっともそれを本当の意味で認識するのはリョウ・サカガミが「魔弾の王」と面識を持った後のことであるのだが―――――。

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

ジスタート王国の首都シレジア。

 

 

そこは端的に言えば都会中の都会としか言いようがないほどに賑わっている場所だった。吟遊詩人が英雄譚を歌い上げ、踊り子が音楽に合わせて舞い、威勢のいい掛け声で商品を紹介していく店主。

 

 

時代が求めたものに従った職業の人間達が活気を上げて今日と明日の糧を得ていく。その様子を見て、本当に遠くまで来たと実感する。

 

 

「ここに来るのも本当に久しぶりだ……けれど初めて来たときといる人間に劇的な変化はないね」

 

 

「それだけ世の中が平和ってことだろ。喜ばしいことじゃないか」

 

 

「ミネストレーリが歌う物語に『邪竜殺し』が加わるも遠くない話だろう」

 

 

隣にいるサーシャの言葉に、アスヴァ―ルで出会った変な「吟遊詩人(バード)」の事を思い出す。

 

 

あいつが、こっちまでやってくる事も考えられたが、その時はその時だと思った。こっちに来たらば他の英雄に向かうかもしれない。

 

 

「ヴィクトール王は何を求めて俺と会いたいなどと言ってきたんだろうな……」

 

 

往来に見える笑顔の全てを目に収めてから隣のサーシャに聞く。馬車の中にいた彼女は、少し考え込む。

 

 

「いくつか考えられるが……やっぱり自国にとって脅威かどうかじゃないかな」

 

 

「ヤーファからジスタートを征服するとしても兵站の問題がある。仮にアスヴァ―ルと同盟して大陸制覇などという考えを持っていても、ブリューヌを素通り出来ないだろう」

 

 

ジスタートに危険を遠ざけたければ、その時点でブリューヌと同盟すればいいだけだ。

 

 

「そこすらも同盟に加えて大陸制覇を考えるってのもあるよね。ヤーファはともかくとしてリョウにはそういう野望は無いの?」

 

 

「正直無いな。王になりたいと思ったことも無い。冠を戴けばそれだけで今みたいな自由さは無くなるんだ」

 

 

サーシャの言葉を笑って返しながら、何人かの皇家の方々から「王配」を薦められたことがあった。しかし、サカガミ家の男子は自分しかいないのだ。

 

 

従兄でもいれば話は別だったが、そんなものはいないので自分はそんな大層な地位に就くことは出来なかった。第一、「王」になるというのは今までのように村一つを守るために無謀な戦いをすることも出来なくなるのだ。

 

 

必要な犠牲と割り切れるほど、自分は非情にはなれない。戦で死ぬのは武士だけであってそこに民の犠牲を上乗せするなど出来ない。

 

 

(結局、俺もリーザと同じだよな……)

 

 

少数が必要な犠牲だからといってそんなことを容認出来ない。もしもサーシャの陣営でなくリーザの陣営に雇われていたならば、最初からそういう行動に出ていたはずだ。

 

 

「後は……やはり戦姫に余計な力を付けさせたくないといったところか」

 

 

「? どういうことだ?」

 

 

「歴代の王に仕えてきたのが戦姫というものだが、全ての王が戦姫から信頼を得ていたわけではない」

 

 

「………色々と複雑そうだな。まぁ……分からなくもない」

 

 

「ああ、人知を超えた力を持つ僕らは普通の人間からすれば脅威だからね。今の王もそれを警戒している」

 

 

「ジスタート王室に廃嫡を求めてきた戦姫もいそうだな」

 

 

自分たちにとって都合の良い王を立てて、国内政治全てを意のままにする戦姫。

 

 

ティナの目的は、それに近い―――。しかしそれは確実にこの国に混乱を招くはずだ。

 

 

(いっその事、どこか誰も知らぬ他の土地で二人だけの国でも建国するとか提案した方がこの国にとっては、健全かも)

 

 

しかし、それを行うには―――全てを捨てなければいけない。益体も無い妄想だとしてその考えを破棄する。

 

 

「まぁ何にせよ……君はこれから礼賛されて自由に動けなくなる可能性もある……場合によってはジスタートの官職に取り込まれるかもしれない」

 

 

「まさか、それは無いだろう」

 

 

深刻に言ってくるサーシャに笑いながら否定するも、彼女の表情は硬いままだ。

 

 

そこまで自分は敵視されているのだろうかとも思う。異国の人間を取り込むためには色々な手があるが、自分たちの陣営に引き込むことが一番だ。

 

 

そして自分たちと同じ存在にしてしまう。

 

 

「とにもかくにも出方次第だ。俺は俺自身の我を通すためにも、ここに来なければならなかったんだから」

 

 

「だったらば一人だけ味方を教えておくよ。ソフィーヤ・オベルタスという戦姫は確実に君の味方だ」

 

 

「謁見の間に入れば分かるんだろうな」

 

 

サーシャの言葉と同時に城門前にて馬車が止められて誰何の問答が行われる。ここから先は、本当の意味での謁見が行われる。

 

 

この国の支配者との―――――。

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

「何でお前までいるんだ」

 

 

「ここは私に宛がわれた部屋よ。あなたこそ何でここにいるのよ」

 

 

「同じく宛がわれた部屋だからだ。三代も続いた家の癖に別荘を持っていないのか」

 

 

「いたとしても長期に滞在しないならばお金の無駄だとか考えられないのかしら、これだから傭兵上がりは」

 

 

椅子に座りながら紅茶を飲んでいる女の侮蔑の視線に同じく侮蔑で返す。そんな睨みあいを一度切り上げてから、青髪の女に問いを投げる。

 

 

「お前は今回の召喚どう思う?」

 

 

「仰々しいとは思う。ただ一人の剣士相手に戦姫を何人も呼び出すなんて」

 

 

エレオノーラの疑問に対して紅茶を飲んでいる女―――戦姫リュドミラ・ルリエは、目を細めながら言う。

 

 

気は合わないが、こういったことに関しての見識は一致する。気に食わないが。

 

 

「けれども目的が分からないのだから万が一に備えているんでしょ? しかし……仰々しい。いざとなれば暗殺しろと言われている気分だわ」

 

 

「私ならば迷うことなく賛同する。礼を一言述べてからだがな」

 

 

「野蛮な。陛下の下知さえあれば己の竜具を暗殺者のダガ―に貶めるというのかしら?」

 

 

「道具は道具だ。それを扱う人間次第でしかない。第一、話によれば竜具でもその男に勝てるかどうか分からない」

 

 

そこまでの実力だからこそ、王宮も警戒している。件の男。リョウ・サカガミがヤーファの寄越した暗殺者である可能性もあるのだから。

 

 

「何はともあれ、そんな事態になったらあなたは下がっていなさい。無様を晒す前に」

 

 

「お前こそ己の力不足を露見する前に領地にひっこむがいい」

 

 

言葉による応酬から険悪な視線がぶつかり合い、お互いに剣槍を抜き放つという前に、部屋に圧倒的な光量が投げ込まれた。

 

 

思わず視線を外して光に対して手で覆いを作るほど、光が収まると同時に部屋にいままでにいなかった人間が現れる。

 

 

金色の髪をして緑色の衣装を身に纏った錫杖の戦姫。名をソフィーヤ・オベルタスといい、二人にとっては頭の上がらない姉貴分とでもいったらいいだろう。

 

 

「全く、あなた達二人は顔を突き合わせる度にコブラとマングースのように牙を出し合って、そんなに喧嘩がしたいの?」

 

 

「ソフィー、それは違う。私はサーシャを拐かした男を殺すためにその邪魔をしそうなこいつを排除したかったんだ」

 

 

「エレオノーラがあまりにも短慮な行いで、ヤーファのご客人を害する前に排除したかったのよ」

 

 

その言葉に、困ってしまうのはソフィーだ。正直言わせてもらえば、二人とも理由はどうあれリョウ・サカガミと一戦交える覚悟でいるようだが、王宮としてはそんなことは困るようだ。

 

 

仕方なく、二人に王宮の意向を伝える。でなければどんな行動に出るか分かったものではない。

 

 

「事前にパルドゥ伯が、彼と会ったらしいから、そういうことは無しで、寧ろ東方からのご客人なんだから失礼のないように」

 

 

「つまり……ジスタートとしては、リョウ・サカガミを歓迎するのか?」

 

 

「ええ、今回の海賊討伐は本当の意味でジスタートを長年悩ませてきた問題を終わらせた。彼がアスヴァ―ルの関係者としてやってきた可能性を考えたんだけど、それは無いという結論よ」

 

 

海賊……アスヴァ―ルのエリオットの主戦力ともいえるこれらをある意味一掃したことから、リョウ・サカガミは「草」としてやってきたのではないかという考えもあった。

 

 

だが結論としては、そんな深い思惑は無い。ただ今まで味方をしていたジャーメイン陣営の保全のためにも海賊を一掃したということらしい。

 

 

義理と人情を重んじる青年―――そういう評価が下された。そして、官職を追放された経緯こそ不明であるが、武者修行と任官の旅をしているのでは……という予測がなされた。

 

 

「任官とはいうが、アスヴァ―ルでは駄目だったのかという疑問が出てくる」

 

 

「好みの問題もあったんでしょ。ただそれは予測だけ。本当の目的を知るためにも今回の召喚命令だった。私達も呼び出されたのは万が一のため。けれどそうはならないと思っているわ」

 

 

「何でそう思うんだ?」

 

 

エレオノーラの疑問に対して金色の戦姫は微笑を零しながら、自分の考えを伝える。

 

 

「サーシャが信じるほどの男の子よ。その人間性が酷いものとは考えたくないわ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間のエレオノーラの顔はとてつもなく苦いものであり、反論したくても反論しきれない理屈でどうしようもなかった。

 

 

そうして、自分たちが居る目的を告げられた後に、そろそろ時間だということを察する。

 

 

立ち上がり出ていく準備をするリュドミラとソフィーを見送りながら、エレンは人知れず決意をする。

 

 

(ソフィーはああ言っていたが、サーシャは病気で弱っていたからそれを治してくれた男に騙されているだけだ。私の眼は誤魔化されない)

 

 

その時は力を貸してくれという思いで腰の鞘に納められた剣―――アリファールを叩くと、どこか気弱な感じの風を出してきた。

 

 

気乗りしないといった感じの微風で、諌める感覚を覚える。それでも自分は、親友である女性のためにも斬らなければならない。

 

 

† † † †

 

 

「頭を上げて構わぬ。他国からの賓客相手にそこまで拝跪されてはむずがゆい」

 

 

「失礼いたします」

 

 

多くの者が見守る中、東方国家の礼服を身に纏って特徴的な帽子―――エボシというものを頭にしている騎士―――「サムライ」がジスタート国王を見上げる。

 

 

再び見るとその顔は、王者のものとは思えぬものであるようでその実、様々な苦労を背負わされてきたというものを感じる。

 

 

だが、それでもこの人こそがジスタート国王、ヴィクトールなのだと認識しておく。

 

 

「此度の海賊討伐に対する協力、深く感謝をする」

 

 

「ありがたきお言葉痛み入ります」

 

 

「そう畏まらずともよい……サカガミ卿、此度のことでそなたに恩賞を与えたいと余は思っている。何か望むものはあるか?」

 

 

そう問われれば、普通の傭兵であればこの国の貴族や騎士にしてくれと頼んだり、莫大な金銭を要求するだろうが、リョウにはそんなものは無かった。

 

 

「滞在許可を頂ければ、それだけで構いません。具体的には私が戦姫様方の土地で御厄介になったとしてもそれを咎めないでいただければ」

 

 

「そうか……余としては、イルダーの副官として着けたかったのだが」

 

 

それは聞かされていたことだ。手伝うことは吝かではない。だが、そこまで多大な地位を与えられては旧臣達は気が気ではないだろう。

 

 

そのぐらいは自分でも、分かる。北方の蛮族に対する備えもしなければならないとのこと、ならば一時でもイルダー殿の手助けはする。

 

 

恐らくそうしなければタラードも困るはずだから。

 

 

「手助けはいたします。戦士の役割とは戦うだけでなく戦った後の始末にもあります。それは――――私にとってはアスヴァ―ルの頃からの責任ですから」

 

 

「助かる。北方の蛮族に対しては……パルドゥ伯。そなたが交渉役でいってもらえるか? 妥協点を探ってくれ」

 

 

そうして、側にいた重臣に対して言うと心得たとして、頷くユージェン殿にその際の護衛は自分が務めると言うと横やりが入る。

 

 

「失礼します陛下。その際の護衛は私が行います。何もかも外の人間ばかりを使う必要はないはず」

 

 

「エレオノーラ、そなたの領地から北方は離れていることを分かっているのか……この場に、エリザヴェータとヴァレンティナがいない理由を考えよ」

 

 

「私はそこの男に構って領地を放り投げることはありません。何よりパルドゥ伯は私に宮廷作法を教えてくれた教師です。その人を守る上で私ほど適任はおりません」

 

 

いきなり横やりを入れてきたエレオノーラという銀髪の―――戦姫の険悪な視線と言葉に、予想は当たってしまう。

 

 

誰からも好かれる人間というのもそうそういないということぐらい、自分は知っているのだが、それでもこの対応はかなりきついものがある。

 

 

「……とりあえずまだ先の話だ。一応頭の隅程度に入れておけという類のな。その際にはサカガミ卿に我が朋友を守ってほしい。願望だ」

 

 

苦しい言い訳だな。と思いながらも、まさかアレクサンドラと仲が良い戦姫から、そのような横やりが飛んでくるとは思えなかったのだろう。

 

 

「とりあえず……どの戦姫の所に行かれるか?」

 

 

「まずはアレクサンドラ様の病状を見なければなりませんが、その後にはヴァレンティナ・グリンカ・エステス様の所に御厄介になろうかと、彼女はこの国に来て出来た初めての友人ですから、その友誼に応えたい次第です」

 

 

自分の願望を言うと、残念そうな顔をしながらもそれも一つかという不承不承の納得をしてから、ヤーファ女王サクヤの書簡を受け取り、謁見は終了となる。

 

 

ヴィクトール王としては、恐らく自分を取り込みたかったという印象は受けた。

 

 

それは恐らく戦姫に対する抑えなのだろう。一騎当千の人知を超えた力を持った存在に対して、いざという時に御せられる存在。

 

 

(まぁ……態度から察するに、戦姫全員の忠誠を集めている感じではないのは分かるが、そこまで反抗的でいいのかな?)

 

 

余所の国には余所の国の事情があるとして謁見の間から出て、宛がわれた私室に向かう途中でサーシャと、もう一人の女性を連れ添ってこちらにやってきた。

 

 

やってきた女性は金色の髪を長く伸ばして、踊り子のような衣服に身を包んでいた。そして同じく黄金の錫杖を持っており、どういう人物なのかは理解した。

 

 

しかしながら、その服は……やはりというかへそが出た衣装であり、戦姫という存在は全員、こんな衣装しか着ないのかと想いながら寒くないのかと勘ぐる。

 

 

「お初にお眼にかかります。ポリーシャの戦姫 ソフィーヤ・オベルタスです。この度は私の友、アレクサンドラ・アルシャーヴィンを助けていただき感謝しております」

 

 

「ご丁寧にどうも。しかし、そこまで感謝されることではありませんよ。余計な手伝いだったかもしれませんし」

 

 

「それだけでなく彼女の病状を回復させたことに関してもですよ……ちなみに私もあなたのことをリョウと呼んでいいかしら?」

 

 

微笑を浮かべて、そんなことを言うソフィーヤに、そんなことを気にする奴がいるんだろうかという気分だ。

 

 

「構わない。俺もあんまりしゃっちょこばった話し方ばかりしていると肩が凝る」

 

 

「私は普通にしていても肩が凝るわ……今更気付いたって顔しているわね」

 

 

「ああ、何というか女性的な魅力云々よりも戦姫の服というものに注目してしまっていたから」

 

 

確かにソフィーヤの身体は、隣に立つサーシャよりも出るとこ出て、引っ込む所は引っ込んでいるが、それよりも自分は衣装の奇抜さと髪の方に目が向いてしまっていた。

 

 

もっともソフィーヤと同格だろうティナの方を見慣れてしまっていて、それに注目しなかっただけかもしれないが。

 

 

「あんまり性的な目で見られるのも嫌だけど、無視されるというのもそれはそれでプライドが傷つくわ」

 

 

頬に手を当ててため息を突くソフィーヤに、一種の面倒さを感じる。まさか彼女のアイデンティティが胸の大きさだのだけとは思っていないが、それでも少しは女性として見られたかったという所か。

 

 

「ソフィー、あんまり僕の『色子』を困らせないでくれないかな? 彼はそういったことをあんまり気にしないんだ」

 

 

「ごめんなさい。けれども安心したわ。サーシャの側に居る男の子が、そこまで色欲に狂いそうな人じゃなくて」

 

 

「僕としてはもう少し発情した獣のように色欲を出してくれてもいいんだけど、具体的には襲ってくれてもいいぐらい」

 

 

「ちょいとお姉さん方、一応男の前でそういう生々しい発言やめてくれないか。正直いたたまれない」

 

 

自分よりも年上だからなのか、そういう会話に彼女らは抵抗感が無いようだ。しかし聞かされている側は、「玉無し」とか蔑まれている感覚を覚えてしまう。

 

 

そうしてこちらの動揺に気を良くしたのか、微笑を湛えてソフィーヤは提案をしてきた。

 

 

「さてと……それでは少し三人だけになれる所に行きましょうか。謁見の際のあの様子だとエレオノーラが突っかかってきそうだもの」

 

 

「あの銀髪の戦姫……何であんなに怒っているんだか……」

 

 

何となく合わないだろうとは思っていたが、まさか何の挨拶もしない内から突っかかられるとは思わなかった。

 

 

「それも含めて色々と説明してあげるわ。だから行きましょうリョウ♪」

 

 

こちらの腕に腕を絡めて自分の胸を押し付けてくるソフィーヤ。流石にそこまでされては自分も赤くならざるを得なくなる。

 

 

(ボリュームではティナの負けだが、軟らかさは……って何を考えているんだ……)

 

 

下種な考えを上塗りするかのように、反対側の腕を取って絡めてくるはサーシャ、リプナの宴でも同じようなエスコートをしたが、表情はその時とは正反対に悪い。

 

 

二人の美女に腕を取られながら色んな葛藤を胸中で押し込めて辿り着いた先は、庭園だった。

 

 

様々な薔薇の装飾で彩られた景観鮮やかなそこに円卓と椅子が用意されていた。

 

 

「お茶は自分で淹れるようなのだけど、私達戦姫たちにとって内緒の話をする場所だから、ここの防諜は完璧よ」

 

 

そうして竜具である錫杖を一振りしたソフィーヤは、椅子に腰かけて、倣うように自分とサーシャも椅子に掛ける。

 

 

「それでは私たちの出会いを祝して―――」

 

 

淹れられた紅茶を掲げて打ち合う。厳かな音の後には会話を滑らかにするために三人とも喉を潤した。

 

 

ムオジネル産のこれらは、アスヴァ―ルの頃から嗜んでいたが淹れ方が違うのか非常に旨く感じる。

 

 

少しだけお互いの緊張をほぐす意味で薫り高いものを淹れたのだろう。それは目の前の金色の戦姫の気遣いなのだろう。

 

 

「それにしても、予想よりも普通の青年で少しびっくりしたわ。あなたがここで何て呼ばれていたか知っている?」

 

 

「色々とよろしくない感じで伝わっていたり、よろしい感じでも脅威としか認識されてないかな?」

 

 

「概ねそうなんだけど、ただ今回の事で警戒感を強めた貴族は多い。一方であなたを頼る人も多くなる―――、一番には陛下だけど」

 

 

戦姫という存在を抑えるための人間と言うことで自分を頼る。それ自体は構わないが……そこまで彼女たちを脅威に思うか。

 

 

「仕方ないわよ。私たちはどう言ったところで、この武器を手にした瞬間から竜の一部なのだから」

 

 

竜具(ヴィラルト)というものが、どういった経緯で作られたものかは不明だ。しかしながら、一つだけ分かることがある。

 

 

自分のクサナギノツルギと同様に、人間世界に過剰な力―――これらを作り出した時代や世界の人々には、「これ」でなければ倒せない「敵」がいたということだ。

 

 

ヤーファの人間達はその「敵」を「鬼」「妖」と称して畏れた。そしてそれを倒す存在もいた。

 

 

「どちらにせよ。俺は己の目的―――陛下に言われた決して人の世と相容れぬ邪悪を撃ち滅ぼすために、この地に来たんだ」

 

 

「………それがあなたの目的なのねリョウ?」

 

 

意外なことにサーシャは彼女に話していなかったようだ。一度だけ首肯をして謝意を示す。手を上げて気にするなというサーシャに安心してから話を続ける。

 

 

「ああ、光明は見えている。どこにいるのかは分からないが、この西方に潜んでいることは分かっている」

 

 

己を神として崇めよとしてきた反乱の「王」である存在のように明確に見えているわけではない。

 

 

しかし確実にいるのだ。今回出てきた屍兵など良い証拠だ。空を仰ぎながら嘆くように一つの結論を言う。

 

 

「俺がしていることは余計なお世話だ。この地に戦姫がいる以上、そうそうこの地が魔窟になることはないだろうさ」

 

 

剣は何かを斬るためにあり、何かの対象は、その剣の鋭さに関わる。ただの人間を殺すためだけに「竜具」という武器の鋭さはあるわけではない。

 

 

つまりは本当に余計なお世話だ。しかし、ソフィーヤはそんなに卑下するなとして言ってくる。

 

 

「けれどもあなたが余計なお世話を焼きに来なければ、サーシャはいつまでも病床にいたわ。そういう意味ではあなたの来訪に私はとても感謝をしている」

 

 

「それ以外では疎んでくれて構わないよ」

 

 

嫌われたいわけではないが、それでも必要以上に近づかれたくない。それは無用な心配という波風を立てるから。

 

 

そんな自分の内心を読んだのか、少しだけ微笑みを深くしたソフィーヤ。

 

 

「手ごわい男の子ね。攻め方を変えた方がいいわよサーシャ。でなければ一途に一人の女の子だけに焦点を絞ってしまう。具体的には付き合いの長いヴァレンティナ辺りに」

 

 

もっとも付き合いの長いのは故郷である陛下サクヤなのだが、そのことを言うと要らない波風を立ててしまう。

 

 

本人を目の前にして身体を使って甘えろだの、弱々しい儚げな演出をしろだのと言っていると作戦倒れではないかと思いながら、紅茶を一啜りしてから、ため息を突いておくことにするのだった

 

 

† † † †

 

 

回収されたものを検分しながら、占い師は怪訝な顔をする。

 

 

海竜の遺骸の全てを並べながら、その内の骨の一つに触れると、再生中の「妖魔」が震えるのを感じるのだ。

 

 

部屋の一角を完全に占拠した上で、「水溶液に満たされた透明な棺桶」に入っている「四つ」の欠片が。

 

 

「ヤーファにいた『我々』の同胞は、鬼剣の王の一族によって殺されたと聞くが、もしや鬼剣の王とは……だがそれであるのならば、此度の鬼剣の王とは……」

 

 

我々と近いものを持っている。まだ「冥府」にて「女神」に接触をしていないとはいえ、「初代」に近いはず。

 

 

「恐らくパダヴァを殺した時にだけ、その影響が強く出たのだろうが……、何故屍兵の時には出ていないのだ?」

 

 

分からぬことは多いが、それでも今は雌伏の時だ。恐らくブリューヌにあるだろう「弓」のために国内最有力のテナルディエ公爵に取り入ったのだ。

 

 

如何に、弓蔑視の国とはいえ「魔弾の王」ほどのものならばこの目端の利く強欲な貴族ならば取り込むだろうとして、ここに来た。

 

 

「ガヌロンと対決するフェリックスを本当に勝利させるならば、こやつらを使わなければなるまいな」

 

 

ガヌロンも出来ることならば弓を取り込みたかったのならば、やはり大きな戦争を起こすしかない。

 

 

そういう意味では上手くやったものだと考える。いずれ全てを支配した上でこのブリューヌの地面全てをほりつくすものでやるはずだ。

 

 

他人のやり方などには特に非難するつもりはない。どちらにせよ我々の手に最終的にあればいいのだ。

 

 

「まぁいい。今は鬼剣だ……」

 

 

現状、こちらの尻尾を掴ませる真似はしていない。しかしこれ以上介入を続けていれば、鼻を利かせてこちらにやってくる。

 

 

「放置しておくが、今は得策か……迂闊であったな」

 

 

余計な手出しをしてしまって火傷を負うのは、良くない。

 

 

蜂の一刺しが人間一人を殺すこともあるのだ。それを考えれば、占い師―――ドレカヴァクは、得られた「瘴気」をそれぞれの棺桶に込めていく。

 

 

完成までまだかかるだろうが、それでも完成した暁には、戦姫すら圧倒する魔物が完成する。

 

 

その日になれば――――かの「キビノカジャ」など、諸共に潰せるだろう。

 

 

ドレカヴァクに不敵な笑みが浮かんだ瞬間であった―――。

 

 

 

 


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