鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「羅轟の月姫Ⅰ」副題『受け止めて! 私の想い!!』byオルガ・ソフィー

 

 

山の木々をなぎ倒す様はまさに怪物の一言。その巨体が暴れ狂う度に、命の危険は増していく。

 

 

 

黄銅色の鱗を持った全身凶器の存在。「地竜(スロー)」は、自分に盾突いた小さき存在を喰らうべく探して回っている。

 

 

 

「やれやれ……飛竜や火竜でなかったのを喜ぶべきなのかどうか迷うな」

 

 

 

「鋼では砕けぬ鱗に強靭にして巨大な身体―――ティグルどうするんだ?」

 

 

 

地竜から500チェートは離れた位置に隠れながら従者である少女の質問に答える。

 

 

 

「山ならば様々なものが利用出来る。鋼が効かないとはいえ、生物である以上大質量のものを無効出来るとは思えない」

 

 

 

つまり―――巨岩・巨木などを落として、衝撃で竜の内腑を痛めつける。そうして軟らかくなって隙間が出来た鱗と肉の間に―――。

 

 

 

既に500アルシンを離れていった竜の身体は少しぼろぼろだ。ここまでの道程における踏破とティグルの仕掛けた罠で黄銅色の鱗も禿げ上がっている箇所もある。

 

 

 

弓弦を引き絞り狙いを定めるは尾と胴の境目。そこは既に竜にとっても弱所だ。見定めた場所に矢を放つ。

 

 

 

空気を引き裂き向かったそれが竜の弱所に突き刺さった。深く射貫いた矢の先端から血があふれ出る。

 

 

 

しかしそこまでだ。痛苦に身を捩る地竜だが、それだけではやはり倒せない。

 

 

 

(やはり頭蓋を貫かなければならないか……しかしそれも少し厳しいな)

 

 

 

無論、ここまでの戦いで頭蓋の鱗も禿げ上がっている箇所もあったが、少しばかり体力にも余裕が無くなっている。

 

 

 

「……ティグル、私があの地竜の攻撃を抑え込む。だからその間にあの竜の頭蓋を貫いてくれ」

 

 

 

「! 無茶だ。確かに君は普通の女の子よりは強いかもしれないが―――」

 

 

 

「私がどんな存在であってもティグルは私を信用してくれる。だから私は―――ちゃんと戦って見せるの」

 

 

 

構えなおした戦斧。オルガは問答を切り上げて、向かってきた地竜の突進を「受け止めた」。山の土砂が吹き上がり一瞬彼女の姿が見えなくなったが、それでも彼女は竜の突進を受け止めて、そこにいた。

 

 

 

一度だけ振り返り、こちらを見たオルガ。それを見てからティグルは己に出来ることを、精一杯やることにした。乱立する木々の取っ掛かりを利用して木の頂を目指していく。

 

 

 

何本もの木々を獣のように飛び跳ねて丁度最後の蹴り足で竜の全身を見渡せる木の頂にあがるとオルガはその戦斧を器用に利用してその場に地竜を留めていた。

 

 

 

彼女の正体が何であれ今は彼女の信頼にこたえる。自分のような弓ぐらいしか取り柄のない男を信じてくれたオルガの心意気に応えるためにも―――

 

 

 

木の頂から飛び上がり空を足場として弓を引き絞る。特注で作った若木の鏃と鋼の鏃を交互に五連としたそれを下にして竜に向けて引き絞る。

 

 

 

己の身体が落ちる感覚を覚えながらもティグルの弓射に淀みは無い。身体が落ちる前に矢は放たれる。狙い定めた脳天の鱗と肉の隙間に滑り込むように矢は突き刺さっていった。

 

 

 

苦鳴を上げる地竜だが、それでもまだ動いている。宙に投げ出していた身体から枝に手を引っ掻けて、着地をするべく落下の衝撃を殺していく。

 

 

 

地竜の声と怒りの視線がこちらに向けられる。突進が来ると思いつつも、既に次の一手を打つことは出来る。体勢を立て直しながら弓を引き絞る。

 

 

 

牙崩の壱(アジンクリーク)

 

 

 

瞬間、オルガは己の持っていた戦斧の形状を変化させて、地竜の尾を地面に縫い付けた。

 

 

 

斧の両刃が上下に伸び、鋸状に変形するとそれはまさしく竜にとっては、最大級の拘束となった。

 

 

 

痛覚は尾にもあるのか、火花を散らす斧と尾の擦過が、竜の頤を最大級に開けることに―――。地に足を着けて狙いを絞っていたティグルは束ねられた矢を竜の口内目掛けて一気呵成に射抜いた。

 

 

 

狙いは付けられていた。地竜に最初に与えた脳天を貫いた矢の煌めきそれが、口内に見えていた。

 

 

 

(硬い外殻の生物ほど内部は脆いもんだ……)

 

 

 

上顎から頭頂部に突き抜け脳髄を撹拌した一撃の下では、流石の竜であっても生命の終わりを与えられるしかなかった。

 

 

 

「凄い……ティグルは最初からこれを狙っていたのか……」

 

 

 

「まぁもう少しだけ時間はかかる予定だったが、オルガのおかげで早く終わったよ」

 

 

 

本来ならば毒矢なども利用する手筈だったが、動きを鈍らせてくれたのはオルガのおかげだ。そしてそれと同時に本当に彼女は何者なのだろうという思いが湧く。

 

 

 

考えてみればレギンを助ける時の地面を波打たせた行為といい尋常ならざる力だと思える。そして今回の地竜との戦いでの「押し相撲」の強さ。

 

 

 

「……ティグル。私がいままで隠していたことを教える。その上で……私をどうするかを決めてくれ」

 

 

 

「深刻な顔をしているところ悪いが、少し緊急事態だ……」

 

 

 

こちらの視線の意味を理解してオルガが少しだけ悲しそうな顔で独白をしようとした所に、ティグルは見逃せないものを見てしまう。

 

 

 

怒りの表情をしてこちらを見てくる黄銅色の幼竜が山の斜面からやってきたのだ。

 

 

 

どう見ても先程殺した地竜(スロー)の子供、親族といったところだろう。精一杯の威嚇をして生えそろわぬ牙を剥く幼竜にやむを得ないという思いで鉈を持とうとしたが―――。

 

 

 

「待ってくれティグル! いくら領内を荒らす存在だからと幼い子供にまで手を掛けるのか!?」

 

 

 

「ここでその幼竜を殺さなければいずれはアルサスに禍根を残すかもしれない。第一人間への復讐を誓うかもしれないんだ」

 

 

 

ティグルとてそんなことはしたくない。しかしティグルも王国貴族の慣習で育った人間だ。戦いで負けた方の一族……特に男子が生きていればそれは将来勝った方への復讐を誓うかもしれない。

 

 

 

そういった禍根を残さぬためにも一族郎党は全て処断するという流れもある。無論その前に王国などからの要請があれば、それが中止されることもあるが。

 

 

 

身を盾にして幼竜を庇うオルガ、彼女の国では幼竜は殺してはならないという掟はここまでの道すがら聞いたが、それでも何か違う感情の動きも見受けられる。

 

 

 

しかしながらオルガの挺身を無にするかのように幼竜は彼女の肩に爪を突きたてる。

 

 

 

「オルガ!」

 

 

 

「大丈夫……ごめんね……君の親を殺したのは私なんだ……ごめんね……」

 

 

 

顔を引き攣らせながらも、その後には穏やかな顔で幼竜の背中を撫でて宥めていく。涙を流しながらオルガはそれを懸命に続けていると、その行いと気持ちに気付いたのか爪を引き抜き、舌でオルガの傷を舐めていく幼竜の姿が―――。

 

 

 

「ティグル……この子は私が育てる……きっといつか山を無暗に荒らさない良い竜となるように教育する。だから……そんなことしないでくれ」

 

 

 

「……分かった。但し俺もその幼竜の世話をするよ。どんな理由があれどもその子の親を殺したのは最終的には俺なんだ」

 

 

 

生きると言うことは難しいことだ。今まで自分は多くの獣を狩る度にこういった……ある意味では自分と同じ存在を出していたのかもしれない。

 

 

 

だがそうしなければ領民に対して多くの犠牲が出ていたこともありえるのだ。

 

 

 

(父上……)

 

 

 

記憶の中での父。いつも思い出すのは大切なことを語ってくれた時の姿だ。

 

 

 

そんな父にはもっと自分は側に居てほしかった時もある。自分の成長を褒めてほしくもあったのだ。

 

 

 

(けど、今の俺はアルサスの領主なんだ)

 

 

 

とりあえずはオルガの手当をせねばなるまいとして、幼竜が爪を立てた箇所に薬草を塗りこみ、包帯を巻いていく。その作業を受けながら彼女は自分の来歴を話してきた。

 

 

 

「オルガは、ジスタートの戦姫の一人であり、そして騎馬民族の族長の孫……随分と複雑な人生を送っている」

 

 

 

「ブリューヌ貴族でありながら弓が得意なティグルには及ばないよ」

 

 

 

「耳に痛いことを言う……」

 

 

 

頬を掻きながら、彼女の皮肉に苦笑してしまう。

 

 

 

彼女の経歴の複雑さは少しばかり同情をしてしまうぐらいに、苛烈なものだった。何せ彼女には今まで自分が生きていた世界から違う世界に放り込まれてそこで「領主」になれと言われたのだから、その苦労は自分とは比にはならないだろう。

 

 

 

「私にとって今まで生きてきた広大な草原は「公国ブレスト」、「ジスタート王国」から見ても、とても小さなものだと理解した。理解した時から……怖くなった」

 

 

 

十二歳の少女にとってそれはとてつもなく大きな問題に思えたはずだ。自分が領地を継いだのは十四歳。それでもやっていけると思ったのはそこが生まれ育った所であり、父ウルスの教育あってのものだったからだ。

 

 

 

領地を周り、アルサスという所がどういう土地なのかを理解していなければ、もしかしたらば自分もこの少女のようになっていたかもしれない。

 

 

 

「ごめんティグル。こんな重要な事を今まで黙っていて……けれどティグルには……私を嫌ってほしくなかった。素のままの私と接してほしかった―――」

 

 

 

「ありがとうオルガ。俺みたいなつまらない男に乙女の秘密を教えてくれて―――だから、そこまで気にするな。俺は君が君だからこそ登用したんだ。同じ悩みを持つものどうし知恵を出し合い助け合えればと思ってな」

 

 

 

俯いたオルガの頭に手を当てて撫でながらそう話す。見上げてきた彼女の姿。それはかつての自分と父のそれに似ている気もしたが、少しだけ違う気もした。

 

 

 

「私を……追い出さないのか? だって私はジスタートの一騎当千の戦姫なんだ……ティグルは怖くないのか?」

 

 

 

「怖さよりもおかしさの方が先に目立つよ。君は色々と俺に恥ずかしい姿を晒しているんだ。いまさら印象は変わらないよ。密入国のお姫様っていう」

 

 

 

「なんだろう。ものすごく納得しづらいのに納得しなければ水かけ問答にしかならない気がする……」

 

 

 

頬を膨らませて怒った様子のオルガ、そんな姿ばかり自分に見せているから、ティグルとしては戦姫だなんだということよりも年頃の乙女というイメージでしか見れないのだ。

 

 

 

戦となれば違うが、それでも本当の彼女は年頃の乙女でしかないのだろう。しかしそれは自分だけで他のみんなは違うかもしれない。

 

 

 

「ティグル。ティッタさんやバートランさん達には……」

 

 

 

「とりあえず伏せておこう。余計な心配をさせるわけにもいかないからな」

 

 

 

その位は弁えているので、そういう風に……変な話であるが秘め事のように秘密としておくことにした。

 

 

 

「おいでカーミエ」

 

 

 

オルガが腕を広げ膝を曲げて幼竜を受け入れる体勢を取ると……少しばかり戸惑いつつも幼竜は己の短角を気にしながらオルガに抱きしめられた。

 

 

 

少しだけ鳴いてから、自分たちが殺した地竜の方に器用にも頭を下げてから再びオルガの無事な方の肩に頭を預ける幼竜カーミエ。

 

 

 

「俺が憎いなら俺を殺せるぐらい強くなってから俺に挑めカーミエ。それまでは俺とオルガが君の『親』だ」

 

 

 

頭を撫でながらそんなことを言うもカーミエは、最初に会った時のような表情はしていない。寧ろ心地よさそうな顔をしている。

 

 

 

「そろそろ行こう。それにしても……まぁ俺に「竜殺し」なんて異名は似合わないな」

 

 

 

しかしリョウ・サカガミにはいつか会いたいとも思っている。そう考えれば王都主催の武芸大会に出席すれば良かったかもしれないが……いたらいたで嘲笑の的にされてしまう。

 

 

 

だから今はこれでいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり夜だわ。とはいえ一日でネメタクムに着けるなんてあなたの「ミイツ」という術は随分と応用が利くのね」

 

 

 

「他にも風の勾玉の呪力をつかったからな。エレオノーラも似たようなこと出来るんだろうな」

 

 

 

考えたくないが、と付け加えてから馬を門番に預けてから、ネメタクムに入る。

 

 

 

門番もその日はこれにて閉門する予定だったのか、自分たちが入ると同時に重苦しくも扉が完全に閉められた。

 

 

 

閂を使い閉じられた門を見て、ここの治安は完璧なのだろうと考える。別に敵地に来たわけではないのだ。そもそもこのブリューヌにおいて自分たちは外様だ。

 

 

 

敵も味方も無いだろうに――――。しかし……。

 

 

 

「人相書きを持っていたわね」

 

 

 

「だな。とりあえず宿を取ろう。まさかそんな所まで手を回しているとは考えにくいが」

 

 

 

街区を見回る衛兵の何人かが紙を持ち、こちらと紙で視線を往復させたところから考えるに、内容は瞭然である。

 

 

 

もしかしたらソフィーは光の屈折を利用して竜具で盗み見たのかもしれないが、とにもかくにも宿を取る。

 

 

 

扉を潜り、部屋が空いてるかどうかを聞くと―――。

 

 

 

「申し訳ありません。現在一部屋しか空いておりませんので……二部屋となると用意は……」

 

 

 

見ると様々な人間が出入りを繰り返している。ムオジネル人もいればザクスタン人も、ブリューヌ王都の武芸大会は広く門戸を開けているらしく、異国人であろうと様々な人間を登録できる。

 

 

 

それゆえだろうか、武器を持ち酒場に繰り出すと言っている連中が大半だ。

 

 

 

「他の宿の『それでいいじゃない。今更他の宿に行くのも面倒よ』……それじゃ男女二名で……」

 

 

 

金を支払い、部屋の鍵をもらう。宿帳に名前をどう書くか悩んでいると―――。

 

 

 

『プラーミャ』『ルーニエ』と達筆に「偽名」を書き記すソフィーに内心呆れてしまう。

 

 

 

「ちなみにどっちがどっちだ?」

 

 

 

「どっちがいい?」

 

 

 

階段を上がりながら隣のソフィーに聞くと、こちらの顔を覗き込むようにしながら聞いてきたので―――。

 

 

 

「とりあえずライトメリッツの幼竜を名乗れば角が立つな」

 

 

 

「そこまでエレンを毛嫌いしなくてもいいのに」

 

 

 

「あっちが俺を嫌っているんだろ。そこは間違えないでほしい」

 

 

 

錠を開けて、部屋の中に入ると―――寝台は一つ。そして枕は二つという頭が痛くなる内装であった。

 

 

 

それなりに豪奢なものではあるのだが、その一点だけが自分にとって気がかりなものだったのだ。

 

 

 

「あらあら。どうしようかしら?」

 

 

 

「何で笑顔で聞いてくるんだ。普通に考えて俺が床で寝るべきだろ」

 

 

 

というかそれ以外に何があるというんだ。

 

 

 

「ニースはもう目と鼻の先よ。それなのに主賓であるあなたを疲れさせて出席させたらジスタートの沽券に関わりかねない。というわけで一緒に寝ましょリョウ」

 

 

 

「武芸大会に間に合うだろうけれども、その前にここの内情を調べるようなんだ。一日ぐらい床で寝ても問題ない」

 

 

 

ソフィーのあまりにも唐突な誘いを理性で断りつつ、窓の外を窺う。賑やかな町だ。それでいながらもどこかきな臭いものを感じる。

 

 

 

上手くは言えないが豊かになっている街特有の―――負の側面に蓋をしつつも、その匂いがここまで漂ってくる。

 

 

 

「早めに知りたい理由は分かる。けれども……今は休まない?」

 

 

 

「―――疲れてはいるな確かに。分かったよ……けれども本当にいいのかよ?」

 

 

 

既視感を覚えるほどに手早く着替えたソフィーがベッド半分に横たわり、もう半分を叩いて自分に眠るように迫っている。

 

 

 

プラーミャを連れて来ればよかったと思いつつも、もう半分に横になりながら、何でこんなことをするのかをソフィーに尋ねた。

 

 

 

「そうね……サーシャに当てられたかしら。女の悦びを知ったなんて言われれば」

 

 

 

「……本当に聞いたのかよ」

 

 

 

悪戯っぽい問いかけのソフィーから目線を外し天井を見てから顔を覆う。シレジアにての一夜のことを思い出すとどうしても顔が赤くなるのを隠せない。

 

 

 

「そしてサーシャも素直に言わないでほしかった……」

 

 

 

「女子特有の情報網とか出歯亀根性を舐めないでほしいわ」

 

 

 

「偉そうに言えることじゃないだろ」

 

 

 

「それ以外にも色々あるわよ……少しだけ私はあなたに興味があるの。剣士・英雄などとしてではなく……男性という意味で」

 

 

 

オニガシマにてソフィーは自分を疑っていたのだ。そこからどうしてそうなったのか分からない。それを視線で問うとソフィーは破顔一笑してから、朗らかに言う。

 

 

 

「それが恋とか愛とかであるのかは分からないわ。ただ戦場にいない時のあなたはどちらかといえば私のお父様や祖父様に似ているから、そういった意味で少しだけ親近感を覚えているだけかもしれない」

 

 

 

「俺だって故郷に帰れば領地がある武者だ。猪の如く武器を振るうだけでは食っていけないさ」

 

 

 

むしろ武士の仕事とは領地の安定の為に筆を執り、多くの書状・決裁に裁可を出していきつつ、その筆を持たない片手で刀を振るうということだ。

 

 

 

ザクスタンの昔の有名な宰相の一人に「片手でサーベルを振るい、片手にペンを持った」という宰相のように本当の武者・英傑とは文武を兼ね備えていなければならないのだ。

 

 

 

「だからあなたはどんな国の言葉でも流暢に喋れるのね」

 

 

 

「お袋に言われたんだよ。剣だけを学んでいてはいつか争い無き時代が来た時に生きるすべが無くなる。諸国を渡り歩いた「鬼」の一族であるのならば、世界の言語を全て自在に喋れなければならないって」

 

 

 

母の教えに、都での教導。剣を振るいつつも筆と声を鍛錬することにも力を注いだ。

 

 

 

結果として西方に来てから自分が言葉に完全に不自由した時は無い。座学だけであったがその後は傭兵稼業を通じて、様々な人間と会話をすることで自然な発音を獲得できたと思う。

 

 

 

文化が違えば言葉も違う。しかし相手の言葉を完全に理解していれば誤解や不幸な擦れ違いも然程起きない。

 

 

 

陛下が自分を選んだのもそういう所があるのかもしれない。

 

 

 

「サクヤ女皇陛下は、それ以外にもあなたの人たらしな所も見込んでこの西方に送り込んだのかもしれないわね」

 

 

 

「あの女にそこまでの考えがあったとは考えにくい。寧ろ女とばかり仲良くしていたらば、『神気』を込めた拳を叩き込んでくるぐらいだ」

 

 

 

あれは痛い。嫉妬されているのは分かるのだ。しかし、だからといって簡単に王配になれる人間ではないことは存じているはず。

 

 

 

そして『魔王』と呼ばれていた女性の事も気になるのだ。

 

 

 

二君に仕え、二君から女性として思われる―――嬉しい限りではあるが、素直に想いに応えられないのも、また事実なのだ。

 

 

 

詮無い考えを打ち切って、ソフィーに向き直って告げる。

 

 

 

「まぁこの国においては、今のところ君と俺は運命共同体だからな。少しは信頼関係を築いておくか……ただサーシャを泣かせたくないからこんなことは今回限りにしてくれ」

 

 

 

「私としては別に構わないのだけど、第一……本命でなくとも気に入った男性との間に多くの子を成すのがあなたの国の姫のありようじゃないの?」

 

 

 

「『源氏物語』の読み過ぎだ。というか読んだのかよ……」

 

 

 

というかジスタート語の翻訳版などを売っていたことが驚きだ。ソフィーの誤解を解こうかという時に―――眠気がやってきた。

 

 

 

「お休みリョウ、明日も寝台を共にするけれども気にしないように♪」

 

 

 

「お休み……絶対に明日は違う寝台を使うから、覚えておくように」

 

 

 

そうして不意の眠気に抗えず……眠りに就く寸前にソフィーが悪戯心からなのか自分の頭を胸に掻き抱くようにしたのを認識しながらも眠気には逆らえずにそのまま眠ることになってしまった。

 

 

 

 


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