鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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魔弾最新刊にして最終巻と目されているのが遂に七月発売―――、いやぁ感慨深い。

ラストがどうなるかを期待していきましょう。




6月4日追記 改めて読み直すと場面転換が多すぎると思い分割することにしました。ご理解いただけると幸いです。


「光華の耀姫Ⅳ」(前)

 

その時、皇太子レグナス―――もといレギンは、この観客席の中に一人の男子がいないことに不満と後悔を抱いた。

 

 

後悔してしまうのは、もしも自分が「レグナス」としてでなく「レギン」としてならば彼は来てくれたのではないかという後悔だ。

 

 

自分に暖かさを教えてくれた一人の狩人領主。多くの貴族騎士達は嘲笑する武芸しか持っていなくてもレギンには、どんな武人よりも優れた武芸にも思えるのだ。

 

 

白刃の恐ろしさを真に理解して生き死にを賭けてまで、「生き残る」武芸。でなければ、あれほどまでの弓射は出来ない。

 

 

そんな彼が居ないことがレギンにはとても不満だった。そして、眼下にて繰り広げられていた試合の終わりは近づいていた。

 

 

瞬間―――、寒気が走った。背中に氷柱を入れられたのではないかという―――凍れる痛みが。

 

 

「殿下、身を伏せて!!」

 

 

側に居たジャンヌが自分の頭を無理やり下げて観戦机の下に潜りこませてきた。護衛としてだけでなく女騎士としての彼女の判断は正しかった。

 

 

その後には、何かの爆発音が響いた。耳を塞ぎたくなるほどの轟音。側に居た父もまた護衛によって守られていた。

 

 

観客達の混乱が広がっていく。轟音の後には闘技場の縁―――円形の傘に立つ黒ずくめの連中がぐるりと存在していた。

 

 

誰から気付いたわけではないのだが、轟音が響いたのが外からだったので自然と全員が外の方を向いたから気付いたのだ。

 

 

しかし黒ずくめの連中は、その視線を意にも介さず、三枚刃(ジャマダハル)を両手に握って、駆け下りてくる。

 

 

いずれ起こる惨劇が広がる気配に恐怖の絶叫が響いた。

 

 

 

† † †

 

 

その黒ずくめの登場。それに本当の意味で混乱していたのは、ムオジネル人の男だ。

 

 

ダーマードはそれが母国のアサシンの伝統衣装と、伝統武具であることを理解していた。

 

 

だが、こんな派手なことをしては暗殺の「意義」が無い。

 

 

つまり真正面からの対決となることは間違いない。ダーマードは、それにどう対応するかに苦慮するも―――、判断した。

 

 

「ブリューヌの重要諸侯の首を獲るぞ。テナルディエ、ガヌロン、ファーロンに近い連中の首をあげたものに『ワルフラーン勲章』と『土地1等」をくれてやるとクレイシュ様から言付かっている」

 

 

集まって下知を望んでいた部下の全てに目標を伝えると、全員の顔が輝く。先程までは絶望的な戦いになるかと思っていた。

 

 

黒騎士と自由騎士の二人に勝てると豪語出来るものはいないことを嘆くべきなのか、それとも全員の士気が上がったことを喜ぶべきなのかを悩む。

 

 

だが当初の予定通りだ。『粉塵に紛れて「真紅馬」を討取れ』その符丁の意味を考えるまでもなく多くのムオジネルの工作員達は戦闘行動に入っていった。

 

 

(賓客席の場……そこは全て騎士共が両脇を固めていた……つまり騎士共の壁を超えなきゃならないということだ)

 

 

何とも憂鬱な気分になりながらも、獲るべき首ぐらいは見定めなければならない。

 

 

そうして自分は這い上がってきたのだから―――――――――――。

 

 

 

† † †

 

 

混乱は広がるばかり、しかしながら事態の推移は既に承知済み。そして、狙われているものも自ずと分かっている。

 

 

「ロラン、あんたは「客席」にてたむろっているムオジネルの鼠共から「守れ」―――こっちに向かってくる黒ずくめとあいつらは「別口」だ」

 

 

「……何を守るか、そして本当の意味で守るべきものは――――今ならば分かる――――しかしお前ひとりで……」

 

 

一度だけ賓客席にいるファーロン国王に視線で問いを発したロランの思いは分かる。もしも自分との問答無くばこの男は確かに「守っていた」だろうが、それでもそれは忠節の道とは別だ。

 

 

そして戦士の礼儀としてロランは自分一人をここに置いていくことを躊躇っていたが、自分たちに影が差して、上から何かがやってきたことが分かる。

 

 

「リョウ!! 私を受け止めなさい!!」

 

 

(辞退したい……)

 

 

垂直落下する形で落ちてきた女―――戦姫ソフィーヤ・オベルタスのとんでもない行動は「変人戦姫列伝」に列されて紹介してもいいぐらいだろう。

 

 

もっとも彼女とて受け身ぐらいは取れるだろうに、と思いつつもとりあえず男子として武士として姫の頼みを無下にするわけにもいかず金色の姫君を落下する所から自分の腕の中に納める。

 

 

「成程、お前にはもう一つの「仇名」があったな」

 

 

「そっちに関しては不本意極まりないんだから言うんじゃない」

 

 

皮肉るような笑みを浮かべたロランに苦虫を噛み潰しながら、ソフィーを地に下す。

 

 

「ならば、あの暗殺者共は任せた。俺は俺の主の守るべきものの剣となりにゆくよ――――」

 

 

そうして、暗殺者の殺到する波を掻き分けながら観客席の方へと戻っていくロランは今にも激突の様相を見せ始めた騎士達に下からも通る大声を掛けた。

 

 

「忠勇なるブリューヌの騎士よ!! 我らが本懐を思い出せ!! 我らは国に生きる民全ての守護の剣!! 民一人にでもムオジネルの刃の傷一つあれば我らが負けと知れ!! 誇りを以て「務め」を全うしろ!!」

 

 

それはかつて門衛に対してロランが語った発破の言葉。それを今は本当の意味でファーロン国王の剣という自覚を持ったロランが言うのだ。

 

 

賓客席の両脇を固めていた騎士達に光を与えた。民を守るか、王、貴族を守るか。

 

 

民を守る――――ムオジネルの狼共は最賓客席を狙ってきているが、それでも民達に狼藉を働こうとしている連中も見受けられる。

 

 

彼らを守ることこそが本当の意味での自分たちの戦う理由なのだと気付く。

 

 

ファーロンの満足そうな顔と視線を騎士達は理解する。この文人肌の王の本当の剣となるならば自分たちは、凶賊を打ちのめさなければならない。

 

 

『了解です!! 黒騎士ロラン!!!』

 

 

騎士達の決意と同時の応答と同時にムオジネルの餓狼と騎士達は決戦に入る。

 

 

そしてリョウとソフィーもまた戦闘準備に入る。黒ずくめ達はロランにはわき目も振らずにこちらにやってきた。

 

 

ロランの隙のなさに攻撃できなかったというのもあるが、それよりも―――分かってしまうのだ。

 

 

「こいつら既に施術されている……」

 

 

「サーシャが言っていたけれど亡者の兵士かしら?」

 

 

こちらを取り囲もうと円状に迫ろうとしているが、それをさせないと移動しつつ、相手の出方を待つ。

 

 

暗殺者相手に「待つ」など悪手だが、それでも敵の全容がしれない以上、まずは相手の一手を見る。

 

 

周辺をぼうっと見るようでいて集中した視線の全てが細部まで暗殺者の全てを見透かす。

 

 

起こった変化は即だった。

 

 

数が―――「十二」人になっている。もう一人はどこに行ったのか―――。

 

 

殺意が―――下から注がれる。刃が殺意に向けて振るわれるが己の影のみ。

 

 

しかし影から―――暗殺者が飛び出してきた。一歩退いて、下方から突き出される刃を躱す。躱すと同時に前進をして暗殺者の体に拳を重ねる。

 

 

距離が一歩にも満たない距離からの打撃。臓を砕くほどの殺人打を放ったにも関わらず、圧でたたらを踏んだ後には平然と佇立をしていた。

 

 

「防具は無い。こいつらの軽さは元々だが……厄介だな」

 

 

「影から影へと渡った……そういう理解でいいのかしら?」

 

 

頷いてから、対策は一つとして実践をする。ソフィーと背中合わせとなり、視線を八方に散らす。

 

 

まずは連携を崩す―――。

 

 

「我が先を疾走よ輝く飛沫よ」(ムーティラスフ)

 

 

瞬間、ソフィーの竜具ザートから無数の光の粒子が迸る。ソフィーの前面から襲いかかろうとしていた暗殺者はそれで眼を焼かれて幻惑される。

 

 

そして次の瞬間には全身が焼かれる。光の粒子の後を追うように閃雷(さきいかずち)が暗殺者二人の身体を焼き尽くしたのだ。

 

 

「その剣―――雷を放てるの?」

 

 

「雷蛇剣の機能と俺の微妙な妖術適正で放てる唯一の道術だ」

 

 

とはいえ、背中合わせになっていたソフィーがそんなことをするとは思っていなかっただけに、対応が少し遅れたのもある。

 

 

雷は一番自分にとって相性がいいのだ。歴代のアメノムラクモの所有者は、豪雲雷雲を呼び寄せたオロチの力の中でも風は相性よく使っていた。

 

 

しかし雷はその特性上、己の身すらも焼きつくしかねないということで使うことをためらうものも多かった。

 

 

だが戦鬼「温羅」はその身にイザナミより与えられし四つの雷神器を纏っていた。

 

 

その為か歴代の所有者よりも自分は雷を利用することが出来た。ゆえに―――。

 

 

「ならば私が光で攪乱するから、あなたはその雷剣で全ての暗殺者を殺して―――もちろん私の珠のようなお肌に傷をつけないように♪」

 

 

「分かった。お前さんの光の技ならば影を一定にすることは出来ないだろうしな」

 

 

相手も判断を即にして、こちらの連携を崩そうと挑みかかる。

 

 

しかし一度に挑みかかれるのは精々、二人―――己の怪我を考えなければだが。

 

 

一人が影に潜り、二人がジャマダハルを掲げて襲いかかる。

 

 

(上下の連携攻撃―――)

 

 

「我が空を照らせ柔らかき灯よ」(ネヴァセレート)

 

 

頭上へかざしたザートの先端から白銀の光が生まれて無数に拡散する。

 

 

リョウの前から来ていた暗殺者は眼を焼かれながらも覚悟を決めてこちらに挑みかかる。しかし本当の理由は―――。

 

 

「素は軽、肩に風実、八重の浮羽、十八重の雲、火吹き、地流れ、空渡る」

 

 

御稜威をかけるは伸ばされた己の「影」に対してだ。瞬間その影から勢いよく飛び出してきたのは暗殺者だ。

 

 

現れた同胞の存在に二人の暗殺者は、瞠目する。

 

 

本来は前後からの必殺の交差殺術だったのだろうが、その連携はソフィーの光によって自分の前に出来た影によって崩された。

 

 

「出てくるのが人の影だってんならば対処は簡単なんだよ!」

 

 

入口は無数に固定されているが、出口は無数に変化させられる。こちらの都合によって、こんな屋外で襲いかかった時点で失着だ。

 

 

正面からぶつかり絡み合った暗殺者三人。数瞬あれば解くことは出来ただろうが、その数瞬は鬼の振るう剣によって命ごと奪われた。

 

 

残りは八人。その内三人がいなくなっている。

 

 

「入り込まれたわけではなく―――後ろに隠れているだけだな!!」

 

 

こちらの頭の良さを利用したものだが、ソフィーの竜具の光は、八つの影を暗殺者に作らせていた。

 

 

微妙に角度を調整させた上での照射は、人影を確実に作り出していた。

 

 

しかし暗殺者は、散逸をして縦横無尽に動き回り狙いを付けさせないように動いてきた。

 

 

「動くと言うのならば好都合というものよ―――私にとっても」

 

 

襲いかかる暗殺者のジャマダハルを躱し、己の錫杖で叩き落とし、回すように振るわれた石突の部分が暗殺者の喉を潰して吹き飛ばす。

 

 

上方より襲いかかる暗殺者に関しては、躱さず―――受け止めもせずに「虚空」を貫いた。

 

 

「!?」

 

 

「光の屈折で虚像を作り出すか」

 

 

実体のソフィーは居らずに、虚像のみを貫いた暗殺者が自由騎士の剣により刎頸させられる。

 

 

残りは六人。ことここに居たり既に追いつめられた暗殺者は、こちらの動きを窺いながら、手首の辺りに何かを装着した。

 

 

(何かあるな……毒か?)

 

 

己の腕の無事を考えずに、腕から滴り落ちる毒が刃を纏い、そのままに攻撃の手段となる。

 

 

考えられる手はいくつもあるが、こちらの思考を破る形で一人が「影潜り」をして、こちらの影に移動してきた。

 

 

ソフィーの光の方向で正面から出ることは分かっている。

 

 

瞬間、出てきた暗殺者を斬ろうとした瞬間に、不穏な匂いがした。一種の刺激臭から毒かと思ったが違う。

 

 

刃と手甲を擦りあわせる暗殺者。つまりは―――。

 

 

眼前で、何かが爆発をした。その爆発は連続して起こり、自分の身体が痛めつけられるのを実感する。

 

 

(火薬か!)

 

 

正体を察すると同時に、全てのアサシンが自傷を厭わずにこちらに「発破攻撃」を仕掛けてきたのだった。

 

 

 

 

 


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