鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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とりあえず外伝書きつつ、第二章を投稿。




第二章「ブリューヌ動乱編」
「魔弾の王Ⅰ」副題『始動する運命』


 

 

 

剣呑な空間だ。こちらが気を緩めているというのにあちらは険しい顔でこちらを見ているのだからしょうがない。

 

 

あちら―――相手方の副官・男女両名は、何度目かになる嘆息をしてから申し訳なさそうな顔でこちらを見てくる。

 

 

「成程な。事情は分かった。どうせならばお前、ブリューヌ側に雇われてみたらどうだ。諸共に潰してやる」

 

 

「意気込みはいいのだがな。二万五千にも上る軍団だ。そうそう簡単に打ち破れるかよ。第一、パラディン騎士を侮ればお前でも命は無いぞ」

 

 

前半はやり方次第だと思いつつも、後半は金星、兜首を上げられるものはそうそういまいという思いで放った。

 

 

執務室に備え付けられているソファーに腰掛けつつ、そう言って書状を渡した相手―――ライトメリッツ戦姫エレオノーラ・ヴィルターリアは、こちらの言葉に少しだけ考え込む。

 

 

「ではお前ならばどうやって二万五千を五千で倒す?」

 

 

「夜襲の背面突きだな。ディナントでぶつかるとしても海洋でぶつかるとしても―――あちらは負けるとは思っていないだろうからな」

 

 

勝ち戦を信じている軍隊程、士気が低く動揺が発生しやすい軍隊は無い。かつてヤーファで起こった戦でも水鳥の羽音にいないはずの軍隊を見て勝てるはずの戦から逃げ、来るはずがない方向からの奇襲というもので敗れ去った一大勢力はいた。

 

 

「その他には?」

 

 

「まぁ色々だな。火殺でも封殺でも―――問題は、その通りに動けるかどうか」

 

 

「忌々しいことに、お前と殆ど考えが同じだ。なぁリム。もっとこの男でも実行出来ぬ奇策・強策というものはないか?」

 

 

「エレオノーラ様、人類が文明を築いてからどれだけの血と共に多くの戦略・軍略が開発されたと思っているのですか」

 

 

「つまらん。ムオジネル商人から手に入れた火砲もまだ試験段階だから今回は使えないというのがまたつまらん」

 

 

諌めた方、諌められた方も微妙な顔をしている。エレオノーラは、このような気が乗らない戦をするのだから少しは面白みというものを求めている。

 

 

リムと呼ばれた副官リムアリーシャは、如何に戦費を使わずに勝てるというのならば、それを実行したいと思って、無茶振りに困惑している。

 

 

「ともあれ、お前さんの実力もライトメリッツの騎士達の実力も疑っちゃいない。だが一つ付け加えるならば、出来るだけ遺体の確認と貴室の人間は捕虜にしろよ」

 

 

「聞き捨てなりませんなサカガミ卿。我々は理性無き獣ではありません。戦場における道理と人道を守ることが出来る戦士です。そのような事は言われずとも行いますよ」

 

 

「申し訳ないなルーリック殿、ただ俺もヴィクトール王に言付かったことを言わなきゃ手落ちの責任を取られかねない」

 

 

黒髪を伸ばした美青年という表現が似合う男に返しながら、まぁそんなことは無いだろうなと思っておく。

 

 

それはこの部屋にいる「人間」には共通の認識であったようだ。もっとも視界の端で、丸まっている幼竜二匹には関係ない話だ。

 

 

「全くルーニエにはライトメリッツの竜としての自覚が無いのか、そのように敵と和睦するなんて主人に対する不義理だ」

 

 

視線をこちらから離して、絨毯の上にて寝転がっている火竜と飛竜の幼子を見たエレオノーラがそんなことを言い、それに対して反論をしておく。

 

 

「棲んでいる所が違うからといって何もかもが違う訳じゃないんだ。竜であれ、「人」であれな。なるたけ血を流さずに済むならばそうしていく。この場で一番賢いのは俺たちじゃなくてこの幼竜二匹なんだろうさ」

 

 

初めて見た同族に対してこの地にいた幼竜の取った行動はとりあえず無視であった。しかしながら自分よりも少しばかり大きい―――言うなれば「兄」のような存在に興味を覚えるのは即であった。

 

 

プラーミャが行儀よくしているのを見てルーニエもまたプラーミャを見習う形になった。しかし本当に興味あるものであれば二匹そろってそれを知ろうとしていた。

 

 

(だが真似っ子して俺の頭に二匹同時に乗ってほしくなかったな)

 

 

プラーミャの憩いの場所となっている自分の頭。そこに乗ると同時にもう一匹分の重みはなかなかに首の維持がしんどかった。

 

 

「……事情は分かった。だがお前、何か隠していないか?」

 

 

「色々とあるさ。もっともこの戦いが懸念していることの『起爆剤』となってしまうのが一番嫌だな」

 

 

険のある視線を向けられつつも瓢と受け流しつつ事情の一つを話しておく。

 

 

エレオノーラの側に問題は無い。元々心配など一つもしていなかったのだが、それでもロランと一対一になればどうなるか分からないのだ。

 

 

「そろそろお暇するよ。そして今回の戦いに俺は加わらない。細かな事に関してはサーシャが監督役として付いていくそうだから、そっちに従え」

 

 

「最後に吉報をくれて感謝する。ではとっとと出ていけ♪」

 

 

「客人を遇する態度一つでお前の器が知れるんだから自重しろ♪」

 

 

笑顔で言葉の殴り合いをするとやはりというか何というか副官二人は嘆息五回分ほどをしていた。

 

 

立ち上がり、エレオノーラの執務室を出る。言うべきことは言った。これ以上は余計なお世話だろう。

 

 

そうしてプラーミャを連れてライトメリッツを出る。

 

 

それはディナントの戦いの五日前の話だった―――――。

 

 

 

† † †

 

 

「駄目だ」

 

 

「何でだ。私はティグルの客将なんだ。ここでこそ働かなければ私がいた意味が無い」

 

 

もはや出征まで二日と迫った時に、ティグルは目の前にいる斧使いの客将に対して頑として譲れぬことを話した。

 

 

それは向こうも同じで譲れぬとして迫ってきた。

 

 

「俺は君を将として雇ったわけじゃない。言っただろ相談役及び侍女としてな」

 

 

「そんな詭弁を言うなんてティグルらしくない……」

 

 

「……この戦はブリューヌとジスタートの戦いだ。オルガ、下手に君を連れて行けばどんなことになるか分からない。第一、君の国の兵士だぞ。それを斬れるのか?」

 

 

どんなに彼女が今の自分はジスタートと無関係だとしても、それを信じるもの、理解あるものだけではないのだ。

 

 

無論、自分は彼女の事を信じている。しかしながら人とは自分の考えと視点でしか物事を見れないのだ。

 

 

如何に在位期間が少なかったとしてもオルガの事を知っている人間が皆無だとは考えられない。ブリューヌ貴族の中には戦姫と取引をしているものも大勢いるのだ。

 

 

何より―――オルガにそこまでの責を発生させたくなかった。ただでさえ流浪の放蕩をしている領主なのだ。これで同族殺しなどという罪科まで背負わせたくない。

 

 

「公国ブレストにいる民は、今でも君の帰りを待っている。それなのに帰ってきたらば責任と懲罰を負わせるだけ負わせるなんていう事、君の心証は最悪だぞ」

 

 

「……待ってなんかいない。ブレストの民は私のいた民族(いえ)とも違うのに、そんな事考えていないよ」

 

 

不貞腐れるオルガ、しかしながらこればかりはティグルも譲るつもりはなかった。

彼女が帰るにせよ帰らないにせよ、同胞殺し。内戦や領土争いでもない。国同士の戦いで彼女を―――戦姫を使うわけにはいかない。

 

 

「心配するな。こちらは二万以上の大軍だ。確かにジスタートの兵は精強で知られてるし、君で戦姫の力も存じているけれど俺は生きて帰る。正面に出るのは、大貴族ばかり小貴族である俺やアルサス兵の出る幕じゃない」

 

 

「けれど相手の戦姫は、戦上手で知られる女だ。けしからん乳でも知られる相手で一度は見たことがある」

 

 

「その身ぶり手振りがまさか胸の大きさを示しているわけじゃないよな…」

 

 

オルガの大袈裟な表現に真面目に考えながらも、そんな大きさで剣を振るうなんて、伝説に謡われるアマゾネス一族でもあるまいし、などと余計なことを考えてからオルガを止めるための方策はあるのだ。

 

 

「……ならば俺にもしものことあれば、オルガ君が俺を助けに来てくれ」

 

 

「ティグルのことだ。捕虜になるのも簡単だろうな」

 

 

ブリューヌの貴族でありながらも、ブリューヌの合戦礼法を出来るわけではないのだ。

 

 

「命あっての物種だ。それにマスハス卿も言っていたがこんな戦いに命を張るのは馬鹿らしい」

 

臣として禄を頂いている以上は、相応のつとめは果たすが、それでもやらなくてもいい戦いで命は落としたくない。

 

「俺に何かあれば、このアルサスは空白地帯になる。その際に信頼おける人間に何とかしてほしい……マスハス卿にも言っていたがオルガ、君にも動いてほしいんだ」

 

 

ここの領主は確かに自分だ。だがもしも自分が帰ってこれない時があれば、その時は……自分が帰れるまでここを守れる人に託したいのだ。

 

 

「オルガ、客将として君に頼むことはそれなんだ。頼めるか?」

 

 

「……分かった。けれども私は私の最善を尽くす。けれどティグル―――いや、ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵、あなたがこのアルサスの領主なんだ。ティッタさんもバートランさんも、みんなあなたの家族なんだ。だから……絶対に帰ってきて」

 

 

潤んだ瞳で、泣きそうな顔をしてオルガは、言ってきた。

 

 

戦に絶対はない。だからオルガの不安も良く分かる。

 

 

これ以上は、決意が鈍る。しかし、ブリューヌの貴族としての務め以上に皆を死なせたくない。ティッタやオルガのいるここで過ごしていきたい。

 

 

「だが、男子として戦いから逃げることは出来ないな」

 

 

そうしてディナントでの戦いは始まろうとしていた。

 

 

†  †  †

 

 

ディナントでの戦いの経緯は、聡いものいれば本当にくだらない理由で始まると見る者は数多かった。

 

しかしながらこれを好機と見るものもいた。

 

 

あるものは皇太子に武人としての箔をつけようと―――。

 

 

あるものは戦闘の最中に重要人物を害そうと―――。

 

 

あるものはこの戦いで盟主に対して顔を売ろうと―――。

 

 

様々な思惑が渦巻くのがブリューヌ陣営であり、それを敏感にティグルは察知していた。

 

 

(なんだろう戦の前だというのに、この浮かれきった気分と殺意のごちゃ混ぜは……)

 

 

周りにいる貴族達が口々にガヌロンとテナルディエの人道外れた所業を羨ましそうに言っている。それすらも耳に入らぬほどに、ティグルは緊張感に曝されていた。

 

 

「若、どうしたんですかい?」

 

 

隣の老人。自分の側仕えをしてくれているバートランが、聞いてきた。

 

 

「まぁ緊張しているだけだ。初陣以来だからなこんな戦いは」

 

 

「なぁに、我々は我々の役目をこなすだけですよ。ウルス様も仰っていたでしょう?」

 

 

「別に武功を立てたいわけじゃないさ。ただ―――」

 

 

バートランの笑いながらの言葉に救われる思いでいながらも、言葉が途切れたのは何人かの護衛。特徴的な細剣を携えた女騎士を伴った貴室のものがやってきたからだ。

 

 

思わずバートランも平伏して自分の後ろにて佇まいを正した。

 

 

「御変わり無いようで安心しています。武芸大会に来られなかったので何か重病の類いにかかったのではないかと心配しておりました」

 

 

「格段のお心遣い、臣として感極まります」

 

 

内心、何故このような場に、おまけに自分にレグナス王子が、挨拶をしに来たのか疑問もさることながら、いきなりな高室の登場にティグルは余裕を無くしてしまった。

 

 

こんな時に天幕の一つも用意してこなかった自分の浅はかさを恥じて、後ろにいるバートランは更に混乱しているだろうと思い、直ぐに領主としての応答を行う。

 

 

「殿下、幕舎の一つも用意出来ず申し訳ありません。ですがブリューヌの臣下として全力を以て挑む所存です」

 

 

「お構い無く。今日は顔を見れただけで十分です。ですがヴォルン伯爵、どうか身を大事にしてください。私は私のために己の命を賭けてまで戦われてはそなたらの先祖や私の先祖に申し訳が立ちません」

 

 

殿下も今回の戦いの目的を存じているのか―――。

 

 

当然か。この方が自分のことを分かっていないわけがない。同時にそうして畏まっている殿下に対してやる気の無さを見せていた自分を恥じておく。

 

しかしながら、それ以上にレグナス王子は自分の身を案じてくれていた。

 

 

「だからヴォルン伯爵、生き残ってください。そして私に再び野鳥の料理を食べさせください」

 

 

「……お咎めなければ、ただ出来ることならば私の事業で出来た乳製品を召し上がっていただきたい」

 

 

あの時のことを覚えていてくださったとは……という感慨あったが、それ以上にレグナス王子の近づけてきた顔の端正さに違う人間を思い出してしまう。

 

だがそれでも男相手に内心、紅潮してしまうなど気恥ずかしすぎて周りに知り合いがいなくてよかった。

 

そうして、諸侯に対する激励だったのかレグナス王子は、自分から去っていった。

名残惜しそうな王子の姿にやはり胸を締め付けられながらも、臣下としての礼を忘れずに叩頭しつづけた。

 

 

「若、いつの間に王子殿下とそこまで親しくなられたのですか?」

 

 

「いや、俺にも分からないんだ。ただ王都に行った時に殿下の御親族と少し話をしたからじゃないかな」

 

 

バートランの疑問に答えつつ再び歩きだそうとしたところーーー。またもや客が来る。

 

 

今度のは招かれざる客人というに相応しい。

 

 

「王子殿下と話したぐらいでいい気になるなよヴォルン」

 

 

「―――何故、こんな所にいるザイアン?」

 

 

ここは陣の中でも後ろの方だ。ザイアン……テナルディエ公爵ほどの軍勢ともなれば、ブリューヌ騎士としての威名を轟かせるために前の方で『たむろっている』はずなのだが、取り巻きの何人かの若手領内騎士…以前にみたのとは違うそいつらがザイアンに従容としているのを見て少しばかり怪訝な思いに囚われる。

 

 

 

今まではザイアンと同じ増長した貴族子弟がいたものだが、その取り巻きがいないことに不自然な思いを感じる。

 

 

何よりティッタと同じくメイド服を着た女性が一人ザイアンに従っている。妾か何かだろうかと怪訝な想いを出した瞬間。ティグルは身構えた。

 

 

殺気を出していないようでいて、その実こちらを油断なく睨み付けている侍女だろう金髪の女性に―――先程とは違う緊張感に曝される。

 

 

「お前を笑いにきた。そういえばお前の気は済むんだろう」

 

 

狩人領主を嘲笑いに来たと白状するザイアンだが、それでもそれが真実であるとは信じられなかった。

 

 

「以前、お前は言ったな民を大事にすることでこそ初めて領主としての資質があるのだと……」

 

 

「……ああ」

 

 

苦手でかつ嫌な相手のいきなりな発言。先程のレグナス王子と同じく昔の言動であり行動を持ち出されて、ぶっきらぼうな対応をしてしまう。

 

 

「……全面的に承知出来るわけではないが、お前の言いたいことは理解した。今回は己の分を守って領民の元に帰るんだな」

 

 

苦々しそうな顔の後には、隣にいる侍女を見て少し穏やかな顔をするザイアンを見て、本当にこの男はザイアン・テナルディエなのかと疑問に思う。実はザイアンには双子の弟で『ジャイアン』とかいうのでもいるのではないかとすら空想を逞しくしてしまう。

 

 

「心配してくれてるのか?」

 

 

「勘違いするな。おまえがいなければ色々と面倒になりそうだからだ。如何にお前がブリューヌ貴族として弱卒であっても国の禄で暮らしている以上、勤めは全うしろ」

 

 

おっかなびっくりの質問に鼻を鳴らしながらザイアンは捨て台詞のように言ってから去っていった。

 

 

その背中が見えなくなると同時に呟く。

 

 

「変わったなあいつ……」

 

 

「全くその通りだな。王宮でも度々話題に上がっているよ」

 

 

「マスハス卿!」

 

 

この陣の中で一番、親しい人物の登場にティグルは内心、救われた思いだ。自分にとってもう一人の父親とも言える存在だ。

 

 

「にしてもティグル、お主いつからあそこまで殿下と親しい間柄になったのだ」

 

 

「親しくはないでしょ。陣中激励の類なんですから」

 

 

同じくマスハスのからかうような言葉に返しながら、配給されている「果汁水」に手を伸ばす。

 

 

三人で乾杯をしてから焚き火の前で話を進めることにする。

 

 

「先程のザイアンが噂になっているとはどういう意味なのですか?」

 

 

「悪評・不評の類ばかり上がっているテナルディエ領ネメクタムだが、少しばかりいい噂もあるのだよ」

 

 

そうしてマスハスが語ってくれたのは、重税を課せられた村や街が離散したとしても、それをそのままにせずに他領に入植させたり、もしくは見舞金などを与えることで、彼らを流浪させないようにしているとのこと。

 

 

離散・崩壊させているのが父であるフェリックスならば、それを何とかしているのは、その息子という噂だ。

 

 

「儂も驚いているよ。あれが傲慢などら息子であったザイアン・テナルディエなのかとな」

 

 

「以前のあいつならば俺が弓を使うことをあからさまに嘲笑してきたでしょうからね」

 

 

もしくは自分の弓を踏みつけることもしてきた可能性がある。

 

 

そのぐらい嫌なヤツ。そして短慮に過ぎる男だったのだが…

 

 

「まぁ何はともあれ戦だ。ところでお主、今回のジスタートの主力が国軍でないと知っているか?」

 

 

「七戦姫の公国の一つとは聞いております」

 

 

「うむ。その中でもアルサスに近いライトメリッツだそうだ。こんな戦さえなければ、お主といい取引が出来たであろうに」

 

 

嘆くようなマスハスの言葉に反応したのは意外なことにバートランだった。

 

 

「マスハス様、お言葉ですが若の事業で出来たアルサスのチーズやバターはブリューヌで一、いや西方でも一番だと思いますぜ。それを考えれば、そんなことは些細だと思われます」

 

 

ライトメリッツという公国一つと取引するよりは西方全体での販路拡大を目指すべきだとするバートランの意見に成る程と感心しつつも、自分も確かにアルサスの食品は美味しいと思っている。だが、それでもそれは故郷故だからとも感じる。

 

 

やはり郷里の味というものが、一番肌にしみるのだから、ただの贔屓目にならないようにもしていきたい。

 

 

だが、そんな事を考えていると、この西方に拠るべき土地を持たぬ一人の騎士、英雄のことを考える。

 

 

彼はこの西方の文化と東方の文化を融合させた。否、故国の文化をこの西方で認めさせたのだ。その人物に対して知りたい思いが出てきたのだ。

 

 

「マスハス卿、俺は出席しなかった武芸大会で自由騎士リョウ・サカガミを見たのですよね? どんな人物でしたか?」

 

 

「普通の青年じゃのう。剣の腕は氷雪のごとき凍てつくものだが、心根はお前さんと変わらんよ」

 

 

それになんというか緩むときは緩む。と言われるとまるで自分が怠け者のようではないか。

 

 

「もっと言い方があるじゃないですか、泰然自若とか神色自若とか」

 

 

「小難しい言葉を使ってもお主よりはサカガミ卿の方に似合ってしまうよ。そんなサカガミ卿の異名に関連してだが、今回のジスタート軍の総指揮官が戦姫であること――――――」

 

 

言葉が途切れたのは、大音声が響き渡り、そして馬の嘶きがマスハスの言葉を消してしまったからだ……。

 

 

 

 

 

 


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