鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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「三美姫会合」

 

 

 朝の目覚めは唐突だった。ティッタというアルサス領主の侍女が起こしに来る前に目が覚めた。

 

 大軍が近づいている音、まだ距離はあれどもそれでも近づいてきている。

 

 

 それを耳にした時から起き上がった。窓の外からは見えないが、間違いなく近づいてきている。

 

 身支度を整えて、戦支度をしておく。かつてペレス村で戦った時は余裕が無さすぎた。しかし、今は少しだけの余裕もある。

 

 

(止めるヤツもいないしな……まぁこれでタラードが残ると言えばあいつの革命を助ける理由になっただろうが……)

 

 

 お前の片腕にならなかったのは、そこだ。と此処には居ない相手に言う。

 

 

 

「ウラさん! えっ……どうしたんですか? その格好……?」

 

 

 

 勢い良く開けた扉の向こうにいた男の格好にティッタは疑問が出る。

 

 

 

「ここを襲う鼠賊を切り殺すための格好だ。君は早めに避難した方がいい。若い娘が戦においてどうなるかぐらいは知っているだろう」

 

 

 

 手甲と脚甲を着けて、肌に鎖帷子を着込んで羽織を纏いて全てを切り裂く覚悟を決める。

 

 そんな格好を見たティッタは、呆然としつつも……拒否しようとする。

 

 

 この問題は、アルサスの問題だというのに、旅人……それなりに武芸にも達者だろうが、それでも傭兵一人で何かが出来るわけがない。

 

 

 しかし、何故か止められない。この人はどうやっても止められぬ戦で勝ち抜けるのではないかと―――戦の神トリグラフの託宣を受けたかのように、ティッタはその人間を止められなかった。

 

 

「私は避難しません―――ティグル様が帰ってくるまで、この館は侍女である私が守るんです」

 

 

 心意気は買うが……と思いながら、リョウはティッタを止められないと感じていた。彼女は何処かで自分の母親同じく神奉る家系の人間であろうと感じていた。

 

 恐らくその領主の帰りを受け止めるまで彼女はここを動かないだろう。

 

 

 

「分かった……だが、この家が一番大きいから狙われる……これを持っておくといい」

 

 

 

 瞬間、取り出したのは守り刀。短刀に近いが女でも振るえるだろう重量の武器。

 

 

「これは……?」

 

「俺のお袋の形見なんだ。そいつでやってくるだろう賊を殺してやれ……酷かもしれないが、陵辱されそうになったらば、それで自害するぐらいの気概は持て……ただここの領主が帰ってくるまで生きようとはしてくれ」

 

 

 この栗色の髪持つ侍女が想い寄せるものが誰かは分かっていた。だからこそ彼女を守ることは、ここに座していた王を守ることにも繋がる。

 

 

 

「そんな大事なもの……!」

 

「バターナイフよりはマシだろう……それでは行ってくる。行くぞプラーミャ」

 

 

 ティッタに一礼したプラーミャは、己のやるべきことを分かっている。領主不在だからと船倉に巣くう鼠のごとくやってくる鼠賊共を殺すのに何の躊躇いもない。

 

 館を出ると、やはり混乱が起こっている。避難も予定通り進んでいるとは言えないだろう。

 

 

 そんな中、革鎧を着込んで鉄槍を持っている老人が、普段着……少しばかり素材良い服を着ている老人二人と話し込んでいる。

 

 

 

「……失礼、ここの兵士長とお見受けする。私を――――――」

 

 

 

 そうして鬼の侍は、「魔弾の王」の「国」を守る「騎士」として戦うこととなった。

 

 

 † † † †

 

 

 

 紅茶の馥郁たる香りが充満する。己の心身を緩ませるほどのものでありながらも、その場において二人の女性はぐったりして、すっかり貴人としての相好を崩して椅子に体重を完全に預けていた。

 

 

 何とか入れた紅茶だが、どちらも口を付けない。というかそれをする余裕も無いというのが現実だ。

 

 

「まさか……ここまで疲れるとは思っていなかったわ…というよりもどれだけこの国はブリューヌと取引をしているのかしらね……」

 

「裕福な国ですからね……なによりここまで両公爵の動きが早いとは……」

 

 

 

 金髪と黒髪の女性二人がここまで疲れたのは、簡単に言えばブリューヌの政変の動きが早すぎたというのもある。一つの国が二つに割れて、覇権を奪い合う。

 

 

 それがジスタートまで波及した。しかし……どちらにせよ動けるようにしたのは大きかった。

 

 

 ティナとしても、己の野望の為にブリューヌを利用するというのは考えていたからスムーズに行った。

 

 

 特に自分の傍に「自由騎士」がいるのが気に食わないという連中の多くにはブリューヌを割譲することで、そこの太守にリョウを就かせようという意見を出すことで動かした。非戦派には、ブリューヌを手に入れるメリットを話す。

 

 

 また参戦派には、ブリューヌという火中の栗を手に入れることのデメリット、具体的には…反乱貴族、盗賊、現体制への不満分子―――特にガヌロン、テナルディエの政策の苛烈さによって生まれている反動勢力の大きさを話すことで、仮に両公爵に肩入れ、もしくは共倒れしたとしても後に残るは、ゲリラ共ばかりでまともな取引も出来なくなる。

 

 

 そんな風な話でブリューヌに介入するデメリットを話した。

 

 一見、逆の手法に見えるかもしれないが、これは人を動かすうえでの話術の一つだ。どちらも「利」を得て「損」をしたくないというのだから同じ穴の貉。

 

 

 そんな彼らを自由に動かすには己の主意見の他に『そういうこと』もあるとして自由に動かすことだ。

 

 そうなった時に話し方次第では反対勢力は同調勢力となり、逆もまた然りである。

 

 

(けれど……リョウを手元に置いておきたいんですよね。特にカザコフ様は、随分と熱心でしたわ)

 

 

 理由は分かる。いまやオニガシマはもう一つの公国にして国だ。今の所イルダーはこちらにかかりっきりであり、領地であるビドゴーシュに対しては代官を立てて統治しているぐらいだ。

 

 

 オニガシマが自由騎士リョウ・サカガミの領地にいずれはなり、彼がヴィクトールのもう一つの懐刀になると思っていた貴族は多い。

 

 しかし彼は自由騎士の名に恥じぬようにブリューヌでも友好を結び、ヤーファの大使という枠を超えて動いている。

 

 結果として得られた領地は、イルダーの公国として繁栄している。

 

 

 その隙を狙ってカザコフはビドゴーシュ及び北部地方に対して大きな影響力を得たいと思っている。無論、それを許さないのはエリザヴェータと自分である。

 

 

(イルダー様がいなくなるだけで、ここまでとは……あんまりにも度が過ぎるようでしたら)

 

 

 自分の大鎌が遠慮なく振るわれる。それだけの話だ。無論、その際に出るものは残さず自分が「保護」しようとは思っているが。

 

 

「ところでソフィーヤ、外は任せてましたけれど、そちらは大丈夫なんですか?」

 

「ご心配なく。商会、組合、神殿……全て押さえてあるわ。残るは私が直接ブリューヌなど各国に向かうしかないでしょうけど」

 

 

 後は大使としての動きだけだ。内部調整は、ここで大半は行われるが、外部調整は直接王宮などに向かわなければならないのだ。

 

 しかしここまでお膳立てしておきながらも、どこかでこれを「壊してくれないか」という欲求がティナにはある。謀略・策略―――そんなものを全て無にしてしまう。

 

 チェス盤をひっくり返すほどの何かが……。それをもたらすのは東方より来た「昇竜」

 

 

「――――――おや、随分と疲れているようだね。まぁ苦労は察するけれども淑女の威が欠片も無いよ」

 

「殿方が見ていないところでぐらい、こうしていてもいいでしょう。というか何をしに来たんですか?」

 

 

 

 ソフィーヤとヴァレンティナ。二人が良く利用する王宮の執務室に入り込んできたのは、彼女らの同輩。数週間前までディナント平原での戦いの主役に同行していた焔の戦姫でる。

 

 

「知っている相手とそんなに知らない相手がもしかしたらば接点があるかもしれないなんて聞いたからね。少し意見具申しようかと思って」

 

 

 

 知っている相手というのは恐らく「ティグルヴルムド・ヴォルン伯爵」、そして知らない相手とは「戦姫オルガ・タム」だろう。

 

 丁度いいと言えば丁度いい。どうやら彼女はヴォルン伯爵をそれなりに知っているようだ。

 

 人柄、知略、武芸の程……それらを知れば、どう動くのか何となく分かるだろう。

 

 

 

「人柄は……リョウに似ているかな? まぁ彼の場合、与えられた環境が人格形成に影響したんだろうけれど…」

 

 

 

 アルサスなる土地は山林多く、平地少ない所らしく村三つに街一つという場所だ。そんな辺境に住んでいれば、落ち着いた性格ではあろう。しかし、リョウの場合は牙を向けるべき時に向けるのだから少し違うような気もする。

 

 

「とはいえ彼も一角の武芸は持っている。そして領地を守るためだったらば、どんな手も使うだろうね」

 

 

 大敗したディナントで生き残った一人の男。その男が、どう動くのか……。

 

 

「出来うることならばエレンには彼を解放してほしいわ。何せオルガの身柄預かり人だとすれば粗相があっては、どうしようもないでしょうし」

 

 

 ソフィーヤが、そんな風に言ってくるものの、エレオノーラはアレクサンドラの言葉によれば、弓の武芸に惚れこんで彼を捕虜にしたとのこと。

 

 可能ならば部下にしたいという思惑が見える。エレオノーラの思考をトレースするに、どうにも……不器用なスカウトをしているはず。

 

 そんな相手が爵位や金銭で動くものか。そういう男が動くのは―――己の誇りを守るためだけだ。

 

 

 

「リョウをハーレムで釣れなかった私が思うに、その男性―――何が何でもアルサスに戻ろうとしているでしょうね」

 

「エレンのスカウトは不発か……けど、オルガがいる以上あまり拘束しているのも悪いだろう。働きかけも必要かな?」

 

 

 執務室の椅子に座りながら、アレクサンドラは言う。しかしその前に事態は風雲急を告げそうなのだ。

 

 三日前、カザコフに働きかけた時に…情報役の人間が、気になる話を持ちかけてきた。

 

 テナルディエ公爵の軍勢がジスタート方面に向けて進軍してきていると…。

 

 決戦を行うならばアルテシウムのガヌロン公にありもしない咎を着せて南下するはずだが、ランスに終結した軍勢は、真っ直ぐ北上しているとの話。

 

 

 

「……そう言えばヴァレンティナ、リョウはブリューヌにいるんだよね? どの辺に今いるかとか知らない?」

 

「知っていたとしても貴女には教えない…などと意地の悪いことは言いません。こちらも掴めてませんよ。ただ王宮とディナントを往復したところまでは把握しています」

 

 

 

 アレクサンドラの質問に紅茶で喉を湿らせながら応える。しかし、確かにリョウの動きが把握出来ていない。

 

 しかし、何かが一致してくるような気がする。

 

 

 ブリューヌの内乱、領主不在の地、エレオノーラ、オルガ、ヴォルン伯爵、機能不全の王宮、自由騎士――――進軍中のテナルディエ公爵の軍団。

 

 勢いよく立ち上がり、予想以下の推測の妄想……が自分を熱くした。このままでは……もしかしたらばという想いだ。

 

 

(……リョウは、アルサスに居る!)

 

 

 しかし確信として言い切れる。何というか分かるのだ。自由騎士の考えが―――、彼が教えてくれたファーロンからの期待が。

 

 ――――――彼を戦に向かわせるのだ。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 何か探られるような目でソフィーヤが見てきたので、自然な笑顔を作り『急に花摘みしたくなりましたわ』と色々と台無しにしながらも、執務室を出る。

 

 こちらの心の動揺を押し殺しながら回廊を歩いていく。王宮にいる人間達はこちらの早足に少しだけ驚いているが、そういう目は後で弁解出来る。今は不名誉を負ってでも向かわなければならない。

 

 

 

 エザンディスの転移は、長距離を行くとしても……その場所の正確な所を思い浮かべなければならないのだが……。

 

 

(アルサス……というよりも、リョウのいる場所をイメージする……プラーミャも思い浮かべつつ…)

 

 それしかない。

 

 人目に付かない所を見つけると同時に、大鎌を呼び出す。封妖の裂空を杖のように持ち集中する。

 

 己の髪も浮かび上がり、光が円状に広がる。ここまでの集中では、着いた時にはかなり消耗しているのではないかと思うも、眼を瞑りイメージするは一人の男性の姿。我が子の姿。

 

 

 

(見えた―――――!)

 

 

 

 変化したのか巨竜となった我が子が街の前で門番のようにふさがり、それより前、500アルシンの所に、今まで見たことない東方の鎧を身に着けたリョウの姿。

 

 

 

 かつてアスヴァ―ルにて「蒼金の騎士(エクスカリバー)」とも称された彼の姿は、これなのだと分かり胸が熱くなりながらも、そこに向かうために大鎌を振るい切り裂き転移をおこな―――。

 

「待ちなさいヴァレンティナ!!」「抜け駆けとか随分と姑息―――」

 

 

 刹那、聞こえてきた声に集中が途切れつつも王宮から彼女は即座に姿を消した。

 

 彼女がいたのは、華の匂い漂う庭園の一つであり、少しだけ散らかる花弁が彼女の痕跡である。

 

 執務室を出て行ったヴァレンティナを最初から、二人とも安穏と見送ったわけではない。

 

 最初から疑っていたソフィーとサーシャだったが、彼女の転移能力の程が分からないので、少しだけ放っておいたのだが、探し当てた庭園にいたヴァレンティナが、今にも転移しそうになっていたのを見た時には―――。

 

 

「間違いない……リョウはアルサスにいるんだ! ヴァレンティナはそれを何かで理解したんだ!」

 

 

 叫ぶサーシャを尻目に、犬か。という感想が卑しくもソフィーは思い浮かんだ。しかし、考えてみれば彼女の勘の良さと情報精査能力を考えれば、予想できた事態ではある。

 

 それにしても、何たる行動の速さ。

 

 

「どうしようかしら?」

 

「今から僕たちが向かった時には、開戦には間に合わない……こういう時に彼女はずるいんだ……」

 

「拗ねないでよ。まぁとにかく一度はリョウも王宮に戻ってくるでしょ。その時―――いっぱい甘えたら?」

 

 

 涙を浮かべ、少女のようにいじけるサーシャに言いながら、考えるに本当に忙しいのはアルサスでの戦いの後だ。

 

 ティグルヴルムド・ヴォルン―――、リョウ・サカガミ―――。

 

 

 

 二人が邂逅してどうなるか。それを考えつつソフィーは何か運命のようなものを感じていた。

 

 

 一方とはまだ会ってもいないというのに、それでもこの二人の出会いが、この西方を席巻するものを生み出すと思えるのだ。

 

 

 

 


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