鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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『虚影と鬼剣の輪舞曲』副題「アルサス前哨戦」

 

 何とかアルサス領民のそれなりの『信用』を得たリョウはバートランの苦衷の想いの話に付き合いつつも、この街を完全に守るのは無理だろうと思っていた。

 

「時間を稼ぐ。その間に神殿や山に逃げ込んでください。ティグルヴルムド・ヴォルン閣下がどうお考えかは分かりませんが、命さえあれば、この土地は生き残れる……なるたけ鼠賊共に痛撃を与えるつもりですが」

 

「……何故、わしらに御助力してくれるんで?」

 

 一応、バートランには己が何者であるかは語った。信じてくれるかどうかは五分五分だったが、オードの貴族マスハスは、この老兵士とはかなりの世間話をしていたらしく、自分が自由騎士だと信じてくれた。

 

 そして昨夜考えていた懸念は、ただの杞憂であった。これが一番の安心ごとであった。

 

「一宿一飯の恩義と……まぁ、俺の誇りが、奴らの所業を許しておけないんですよ。それだけです」

 

 言うと同時に、鬼哭を握りしめる。

 

「……では予定していた通りで?」

 

「ええ、俺が裏切ることあれば、城門を閉ざしてしまって構いません。後ろから矢を射かけてしまって構いませんよ」

 

 というよりも最初から門は閉ざす予定だ。そして門の前には人質として「息子」を置いておく。

 最初に自分は軍使として奴らの幕舎へと赴く。最初はこの街の有力者が向かう予定だったが、最初から乱捕りをする予定の連中にそんなものは無意味だとして、自分が向かうことにした。

 

「……申し訳ない。わしらがやらなければならないことなのに……」

 

「本当に気にしないでください兵士長殿、あなた方はヴォルン伯爵の領民、それを自覚して今は動いてください」

 

 バートラン以下、宿舎に集まったアルサスの兵士達を前にして、何も恐れは無かった。

 

 この一戦で果てるつもりはない。しかし、ここの領民は伯爵閣下を本当に愛しているのだと理解して故郷を思い出させた。

 

 義を見てせざるは勇なきなり。武士としてやるべきことをやる。

 

「じゃあプラーミャ、ちゃんと留守番しつつティッタさんを守るために頑張るんだぞ。父さんは、鼠共を駆逐してくる」

 

 頭を撫でながら言い含める。不安げな視線を、自分に向けつつも頷く竜王の子息。

 

「いい子だ」

 

 もう一度頭を撫でてから、焔の勾玉を渡しておく。

 

「では行って参ります」

 

 兵士宿舎を辞してから、外に馬を走らせる。

 

 大軍であり、噂通り―――竜を引き連れている。普通の人間であるならば恐慌してしまいそうな軍勢を、街から一ベルスタの所に見る。

 

「やれやれ我ながら神経がどうにかなってしまいそうだ」

 

 しかし―――戦意は衰えない。己の使命はまだここで終わらない。

 

 それが分かっているのだ。

 

 

 † † †

 

 

 幕舎では、今すぐにでも街を襲わせろという意見が飛び交う。それを聞きながらザイアンは心臓が思うように動かないのを自覚していた。

 

 まるで自分の意思を持たないかのように……自分が無くなるかのような感覚を覚える。

 

「失礼します。セレスタの軍使と名乗るものがやってきていますが……如何しますか?」

 

「軍使だと……ヴォルンは、虜囚の身だと聞いている。何者だ?」

 

 平静を装いながら幕舎に入ってきた兵士に尋ねる。旅の傭兵だと名乗り……蒼い鎧を着こんでいると言う。

 

「要求は何だ? 裏切り略奪の手伝いでもしにきたのか?」

 

「いえ……『軍を退かせろ』……『さもなければ無駄な死人が出る』と言っております……」

 

 兵士の怯えたような、その言葉に、幕舎に大笑が湧き上がった。たかだか旅の傭兵風情が……英雄気取りか。そういう考えでのものだ。

 

 ザイアンもそれには同意であり、笑いこそしなかったが殺して武器を奪い死体は街に投げ入れろと指示をした。

 

 その指示を受けて兵士は戻った。誰もが勝利と獣欲を満たすことしか考えない場所。それに辟易しつつもザイアンは、次なる命令を出そうとした瞬間、悲鳴が聞こえた。

 

 幕舎の外にて絶叫が上がる。悲鳴が上がる。しかしそれは一瞬、悲鳴も絶叫も一瞬で終わる。

 

「なっ……!?」

 

 竜が制御出来なくなったかと思うもの、何か幻覚でも見て狂乱した兵士いたかと思うも、その考えは無くなる。

 

 幕舎の中に投げ込まれる十の飛来物―――。それは兵士の生首であった。

 

 兜をつけていなければ分からなかったが、確実にテナルディエの兵士であった。中には先程伝令しに来た兵士の顔がある。その顔は死相で染まりきっている。

 

 そして生首の後にやってきたのは蒼金の鎧を身に纏った黒髪の男。

 

 まるで幽鬼のような、人ではない雰囲気を感じさせる。しかしその男の持つ剣が紅に染まっており、下手人がこいつであると理解出来た。

 

「やれやれ生首十を放り込んでようやく幕舎に行けるか……難儀なことだが、話し合おうじゃないか、平原の鼠共」

 

「貴様ッ!」

 

 入り込んできた凶手くずれ。近くにいて激高した騎士一人が剣を手にしようとした瞬間、首が吹き飛んだ。

 

 斬撃が見えぬほどに早かった。閃光が走ると同時に命脈は尽きた。

 

 全員の血の気が引く。何たる早業。招かれざる侵入者は死神かと思うも一人の騎士が正体を見抜いた。

 

「じ、自由騎士! 東方剣士リョウ・サカガミッ!!」

 

 全員の視線が一度だけ正体を見抜いた騎士に向けられてから、再び自由騎士に向けられる。

 

 その視線は全て恐怖に彩られている。当然だ。何故そんな大人物がここにいるのだと……。

 

 

「お前が、鼠賊の親玉か……見たことあるな……」

 

 

 真っ直ぐに総大将であるザイアンの方を眼で射抜く、見る者すべてを「ヒト」ではないとする眼。

 

 声は謳うように軽い。僅かな殺意すら無い、殺す相手を「ヒト」として認識していない声。

 

 

「何故、あなたのような人物が……アルサスにいるのだ……!」

 

「それは、どうでもいいな。俺は言ったはずだ。軍を退かせろ。でなければ無駄な死人が出ると……こいつらはその代償だよ」

 

 生首を毬のように蹴飛ばして机の上に乗せると、更に血の気を引かせる幕舎の人間達。

 先程までの勢いなどどこに行ったのかだ。

 

「さて既に十一人死んだ。怪我人含めれば五十は下らんな。こちらの要求を受け入れるか否か。それだけだ。アルサスに一歩でも踏み入れてみろ。その時は全員がその死に様となるだけだ」

 

「あなたは……アルサスに雇われたのか!? ならば今からでもいい。そちらの要求するものを用意する! だから我々に雇われ―――」

 

 ザイアンの近くで、そんな『愚言』を吐いた騎士の首が、再び吹き飛んだ。血の噴水が幕舎を再び濡らす。刀を鞘に納める音が再びの静寂に甲高く響く。

 

「鼠賊の親玉……ザイアン・テナルディエだったか。要求を呑むか否かだ。お前たちが侵略行為としてここにいるのは分かっている。そして俺はアルサスを守るだけだ。今、退くならば俺は死体二つ分の金銭ぐらいは払ってやる」

 

 十の死体は正当防衛だと主張する自由騎士。その絶技を見た後では、誰もが何も言えなくなる。

 

 だがザイアンは納得いかずに怒りの言葉をぶつける。

 

「ふざけるな……ヴォルンのアルサスを守るために自由騎士が立ち上がるだと!? ヤツに何があるというのだ! あんなヤツのために……あなたは剣を捧げるというのか!?」

 

「―――そうだ」

 

 余人には分からぬ理屈だとして即答すると同時に、激昂していたザイアンは驚愕の表情のままに、椅子に座りなおした。

 

 座り直すと同時に、睥睨するように命令を出した。怒りの感情が全てを塗り替える。

 

「……殺せ……殺してしまえ!!!」

 

 言葉の後には幕を突き破って槍衾が出来上がる。しかし、それを躱しつつ、御稜威を唱える。

 

「素は軽―――」

 

 天幕を「上」に突き破りながら、飛び上がる。陣営を全て確認しなければならない。

 

 どれだけの軍団陣容なのかを知る。

 

「飛竜が一、地竜が三、火竜が一。兵士の陣容はブリューヌ式。たかが領地一つに大層なものだが……!」

 

 それで『鬼』を殺せるものか! 心の叫びと共に混乱している陣の真ん中に降り立つ。剣も構えず、槍も構えず頭上を見ていた連中の脳天に刀が突き刺さった。

 

 その後は殺劇の開演である。混乱から立ち直りこちらに剣を向けようとした連中だが、既に「心の速度」で勝っていたこちらの剣の方が次から次へと遅すぎる相手の息の根を止めていく。

 

 如何に剣の速度、身の速度で勝っていたとしても心の速度だけは変えられない。

 

 得物を振るうと決めた瞬間にはリョウの剣は、のろまな敵を斬り捨てていた。しかも、御稜威の軽量化は、そのまま剣と身の速度を上げているのだ。

 

 神域に達した剣客の絶技が、術理を知らぬ愚か者共を次々と斬り捨てる。

 

 百人が死んだ所で攻撃が止んだ。次の一手は分かっている。恐らく弓による射殺である。

 

 それを分かっていただけに、出来上がった死体の中でも屈強な人間を剣で突き刺して―――

 

「放て!!」

 

 声と同時に人の壁として利用する。そしてその死体に矢が突き刺さりながらも、それを盾として突撃をする。

 

 裂ぱくの気合いと共に弓隊の一角に突進をした。盛大な音と共に混乱が再び起きる。

 

「ば、化け物!!」

 

 死体の圧で死んだ弓兵二人を見た誰かが叫んだが、構わずリョウは――――逃げた。

 

 包囲網は、お粗末なものであった。そもそも幕舎が奥では無く前面にあった時点で、敗着の一手だった。

 

 後ろに掛けられる罵声を聞きながらも、すぐには追ってこれないはずだ。

 

「火だ! 何処かに火を点けられたぞ!!」

 

 そんな風な声が罵声の中に紛れるのを聞いて、作戦が上手くいったのを気付く。同時に口笛を吹いて馬を呼び寄せる。隠れていた馬が自分に並走してきたのを見て、それに乗り込み所定の位置に向かう。

 

 バートランと示しあわせた場所は分かっている。鼠賊共の陣営は混乱続きだ。

 

(やれやれ彼女から贈られたものが、ここまで役立つとは…)

 

 それはブリューヌに再び来る前に、オステローデにおいて渡されたものだった。

 

『リョウ、これを私だと思って懐にでも仕舞っておいてくださいな』

 

 そうしてティナから渡されたものは造花の束、彼女が好んで服に着けている薔薇の意匠のものと分かった。

 

 生花であれば、直に枯れてしまうから確かに贈り物としては最適だが、何か裏がありそうな気もしていたので、どういう用途のものであるかを聞くことにした。

 

『これは、二つの芯で花びらを挟んで擦りあわせると良く燃えるのです。もしもリョウが、ブリューヌの馬の骨と懇ろになったらば私の嫉妬の炎が、心臓を焼くでしょうね♪』

 

 懐から荷物袋に移動させることにした瞬間だった。入れておけ、危険すぎるという押し問答の末に、何とか服に縫い付けることで了承させた。

 

 自分が『薔薇の炎』を仕込んだのは幕舎に投げ込んだ生首、脳天突き刺した死体、斬撃の死体の山の中に点在させておいた。……それは流れ出た血に混ざる黄色の液体、人体の脂を燃料として燃え盛る。

 

「ここで突撃でもかませれば最高なんだが……生憎、そういう戦術は取れないな」

 

 街から500アルシンに一人陣取り、軍神の気持ちを取りつつ、考えるは最後の一手を与えてくれた女性のことだ。

 

「後でティナに礼をしなきゃならないよな。結局、彼女のお陰で何とかなったんだからな」

 

 焔の勾玉の力で成竜となったプラーミャを一度見てから呟く。脳裏に浮かべるは黒髪の女性の姿だ。

 

「そうですね。私としてはまたリョウの郷里で出来たお酒が飲みたいです。あと猪を使ったボタンナベでしたか、それも食べたいですね」

 

「ああ、そんぐらいお安い御用だ。にしてもそんなに気に入った――――――あれ?」

 

 おかしい……。独り言の呟きに返事がある。

 

 声のする方向を見ると、大鎌を握った黒髪の女性の姿、自分の隣にいるのが不自然なようでいて自然な感じだ。

 

 約一か月ぶりといったところだろうか。その美貌になんら変じることは無いも少しだけ疲れているようにも見えるは、先程まで脳裏に浮かべていた女性。

 

「ティナ!」

 

「はい。あなたの可愛く美しい妻のヴァレンティナ・グリンカ・エステスです」

 

「いやいや、あまりにも唐突すぎるだろう。というか結婚の事実は無いだろ!」

 

 可愛らしく小首を向けつつ言う虚影の幻姫。何故、彼女がここにいるのか正直混乱してしまう。

 

「あの熱く想いを通じ合った一夜だけで私はリョウのお人形さんみたいなものです」

 

 頬に手を当てながら、滔々と語るティナ。しかしそれであれこれ喚いても意味は無さそうだ。

 

 取りあえず色んなものを飲み込みながら最初の疑問を解消する。

 

「どうしてここに……?」

 

「それを言うならば……先に言わせてもらいますが、どうしてこんな無茶をするんですか!」

 

 こちらが冷静になるも、ティナは激昂する。正反対な応酬。正直、怒られる理由が分からない。

 

 とはいえ、彼女の怒りを一度受け止める。

 

「あなたが万軍殺しをやったのはタラード将軍の部隊が駆けつけるまでの時間稼ぎだったのでしょう。今、あなたは何の援軍の当てもないのに、あんな大軍に戦いを挑むんですか?」

 

「いや、一応援軍の当てはある。アルサスの領主が帰還を果たすまで、自分が頑張ればいいだけだ」

 

 それは遠い話ではない。今、領主はここに向かってきているのだ。

 

「だとしても……一人で戦うなんて……!」

 

 後ろのセレスタの街を睨むティナ。彼女の怒りは嬉しい。けれどそれでアルサスの人に無駄な咎を負わせたくない。

 

「アルサスの人を恨まないでくれ。彼らは……領主がいなくて不安なんだ。近隣諸侯を纏める人も援軍として向かっているから、それまでの時間稼ぎを俺が引き受けたんだ」

 

「………」

 

 沈黙しているティナ。その頭に手を当てて撫でる。

 

「ありがとう。ここに来てくれて……そして俺の為に怒ってくれて、だから……俺を助けてくれ戦姫ヴァレンティナ。俺はアルサスの人達を見捨てたくない。テナルディエの暴虐に晒したくないんだ」

 

 こちらを見上げるティナの目が何回も瞬きされる。そうしてからため息が漏れた。

 

「そう言われると断れないです。リョウが私に頼みごとしてくるなんて、本当に……嬉し過ぎるんですから……」

 

「ありがとう。とはいえ今まで、宮廷であれこれやっていたんだろ? あまり勢い込まなくていいよ」

 

 疲労があるにも関わらず、自分の為にここまでやってきてくれた一輪の華。それに楽な戦いをさせるためにも自分は気合いをもう一度入れる。

 

 朱い顔をしているティナ。とりあえず彼女には馬に乗っていてもらう。彼女の疲労を取るためだ。

 

「―――動きありましたね」

 

「少し下がっていろ。五十人規模の騎兵で俺を相手取るなんて舐められたもんだ」

 

 幕舎の混乱が治まりようやく兵を出すことなったテナルディエ軍。どうやら先程の挑発でむかっ腹を立てさせることには成功した。

 

 全軍で押し立ててくればいいものを、報奨目当てで各隊の先手争いとするなど愚の骨頂だ。

 

「ではリョウ、あなたの万軍殺しの程……見させてもらいます。適度な所で私も参戦しますが……無茶せずにご武運を」

 

 100チェート離れた所に移動したティナを見送る。そして正面からやってきた騎兵五十を見る。

 

 槍を構え突進力を活かしたもの、しかしそれで一人を全て殺せるとは……愚か。

 

「もらったああ!!!」

 

 突撃槍が身を貫かんとする前に、振るわれた斬撃が腕を落として落馬をさせた。何が起こったか分からぬ騎兵だろうが、構わず延髄を斬りおとして馬を奪う。

 

(流石は奸賊の騎馬……鍛えられている)

 

 一人から馬を奪った後は簡単である。リーチに差はあれども、振るわれる剣戟の重さはこちらの方が上であり、擦り抜けるようにして五十全てを切り裂いていく。

 

 騎馬に乗りし侍が刀を振るう度に血飛沫が飛び散り命の華が散りゆく。

 

 全ては一瞬のこと。遠目から見ていた連中も何が起こったのか分かるまい。しかし五十の騎馬が全て死に絶えたのは分かった。

 

「どうした!! 俺はまだヤーファの剣術奥義の半分も出していないのだぞ!! 我が首欲しければ全力で、決死の覚悟を抱いてやってくるがいい!! 従軍の誓いを立て戦場に居ながら、その意志無くば今すぐ立ち去れ!!!」

 

 どてっ腹から出した声は、向こうまで届いただろう。こちらの挑発に向かってくるは、百人規模の歩兵部隊。槍やポールウェポンの類だが、それでこちらをどうこう出来ると思っているのだから愚か。

 

 馬の突進力。そして御稜威の力を利用して歩兵部隊を纏める。先頭にいた長槍持ちを引っ捕まえて槍を奪い取ると同時に切り裂く。

 

 神流の術法は、剣を基本としているが何も槍に関して不得手というわけではない。長柄の武器こそが騎馬の突進力を活かせるのだから。

 

 突撃、払い、反転。騎馬鎧を活かした体当たり。乱戦となりながらも、向けてくる長柄の武器だが、それを喰らうほどこちらものろまではない。

 

 一連の動作を繰り返すとただでさえ重い鎧を着せられている歩兵なのだ。蹄の一撃が、衝撃を予想以上に与えて、打撃武器も同然になる。

 

 完全鎧の弱点だ。そして何より槍を使った交差必殺。交わらず切り裂かれるだけの歩兵集団。

 

 ただでさえ略奪だけを目的としていただけに士気も低かったのか七十を殺した時点で、陣に逃げ帰る。悲鳴を上げていく歩兵集団。撤退の合図を出しているのに、投槍をして絶命させた。

 

 避けることさえ出来ぬそれはいとも簡単に、生命を奪う。

 

(戦力を小出しにすれば俺が勝つだけだ)

 

 もっともこれで弓、騎、歩の三連一体を繰り出して来れば対応にも苦慮する。

 

 鼠賊共が全員、馬鹿であることを願うも、流石に組織戦を展開しつつあるのを見て、リョウは「アメノムラクモ」を使うことにした。

 

 

「そろそろ私の出番ですね」

 

「大丈夫なのか?」

 

「ゆっくり休ませてもらいましたから」

 

 

 馬を並べてくるティナの様子を見ながら整列し、進撃の時を待っているだろうテナルディエ軍。

 

 あちらにもどうやら有能な人間がいるようだ。

 

 そうしてこの戦いにおいて予想外の事が起きた。いずれはやってくるだろうと思っていた竜を使う戦術。

 

 それは―――――――。

 

 

「突撃せよ!!!!」

 

 

 叩かれる銅鑼、太鼓の音。中央に地竜を押し上げて、騎兵と共にやってくる集団。

 

 しかしそれとは別に―――大きく迂回する形で地竜二頭が左右から―――セレスタを狙ってきた。

 

 そしてその地竜の背中には多くのテナルディエ兵。単純。しかし考えてこなかったわけではない。

 

「プラーミャ!!!」

 

 呼びかける前から息子は動いていた。まずは左の地竜を仕留めるべく翼を動かして上空から火を掛けた。

 

 地竜の鱗と甲羅のような外殻はそれに耐えられずに、燃え盛る。当然、それに乗っていたものも炭となり、運よく生き延びたとしてもその熱量と延焼の速さに生きながら焼かれ死んだ。

 

 敵をそれで仕留めたプラーミャは右に向かうも、城門及び柵を打ち破り侵入する兵士がいる。

 

(ギリギリまで竜を近づけて、その上で侵入か……考えやがる!)

 

 如何に人馴れしていないとはいえ、最大の戦力をただの輸送手段としたのはある意味あっぱれである。

 

 だが妙ではある。奇妙な点がありながらも、それが分からない。

 

 

「アルサスの兵士達は、応戦しないんですか?」

 

「……!」

 

 

 騎兵を切り殺したティナが質問をぶつける。確かに本来ならばあの時点で、弓を射かけているはずだが……。

 

 同じく騎兵を殺したリョウは街から火が上がるのを見て、別働隊がいたのだと気付く。

 

 

「やけに慎重なことを……挑発に乗っていると見せかけて、騎兵や歩兵の略奪部隊を迂回させてやがった……!」

 

 

 自分達を越えても、火竜にして飛竜がいる以上、潜入工作をするというのは常道だが……。

 

 なりふり構わない戦いに、少し意外な気分だ。今までの楽な戦いというのを改めたな。と思いつつも、対策は一つ。

 

 

(神速で全て切り殺して街に向かう!)

 

 

 既に中央の地竜を引き戻しているテナルディエ軍。そして三軍連携の攻撃が放たれる。

 

「弓、放て!!!」

 

 

 声と同時に放たれる矢の数々を風蛇剣で打ち払い、やってきた歩兵の群れを風蛇剣で瞬殺する。

 

 

「自由騎士に接近戦は挑むな!! 遅滞戦法でここに留めろ!!」

 

 声が響く。総大将である男が三軍を指揮してこちらを街へと反転させない戦法に出た。

 

 

「随分と消極的ですが……有効な戦法ですね!」

 

「こちらに近付いてくるでもなく、離れるでもなく……仕事が分かっている連中だ!」

 

 

 ティナの感想に、同意する。

 

 完全な足止め。テナルディエ軍からすれば奪うもの奪って即逃走という手筈に変更しただけだ。

 

 もっとも……人的資源。即ち娼婦などにする女を奪うことは不可能だろう。人間はものと違って動く。

 

 時間は有限なのだ。時間を掛ければ自由騎士の超絶な剣技が軍団全てを終わらせるかもしれないのだ。

 

 そういうことをザイアン・テナルディエは厳命していた。後は街に火を点けてしまえ。そういう指示を出していたのだが…それが完全に守られるとも言い切れないのが戦場なのだ……そして破滅の時は近づいていた……。

 

 


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