鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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『王の帰還』副題「東西両雄邂逅」

 

 

 セレスタの街に入り込んだテナルディエ軍の兵士達は思う存分の略奪を開始した。それは正に獣の所業であった。

 

 

 金品を奪い、雄叫びを上げながら物品を荒らして、神殿を威嚇する。無人の街を想うまま荒らすその様に、スティードは辟易する。

 

 自分とて戦においてそういうことがあることは理解している。とりあえず仕える相手が、それらを良しとしている以上は、それを実行する。

 

 何よりここをジスタートが奪いに来るとも限らない。いや、既にジスタートの食客が、ここにいる以上、アルサスはジスタートの領土になってしまったかもしれない。

 

 

「あれがヴォルン伯爵の屋敷か……誰でもいい。あそこに行ってモノを奪って来い」

 

 

 見あげる先には、この街では一番大きな家があり、そここそが虜囚の身となった貴族の居館であると分かった。

 

 スティード自身は兵達が神殿に手を出したりしまわないように見張っていなければならない。

 

 この中に神を畏れぬ罰当たりがいないとも限らないからだ。

 

 髭面の男が居館に向かうと同時に、時間はそれほどないことは理解していた。

 

 

(……何だ。馬蹄の音がする……)

 

 

 外ではまだ人外魔境な英雄の殺戮が繰り広げられている。それの音だと思うが、ザイアンの戦法は遅滞であり、騎馬兵は温存されているはず。

 

 伝令の兵士を物見に向かわせる。裏ではアルサスの兵士達の頑強な抵抗が行われている。そちらの方向から来るのだから変化が起こったと見るのが普通だ。

 

 しかしその判断をスティードは後悔する。やってきたのは自由騎士に次ぐ懸念していた通りの「本隊」とも言えるものだったからだ。

 

 

 † † †

 

 

 外では大音声が響いている。その音はティッタの身を竦ませる。これが戦いで蹂躙される街の運命なのだと嫌でも知らされる。

 

 

(ティグル様……!)

 

 

 守り刀……あのヤーファ人の男性からのものを握りしめながら思い出すは、自分の想い人。脳裏に現れた男性を迎えるためにも自分は、ここを離れなかった。

 

 そしてその想い人の為になるならば―――『宝』を守らなければならない。

 

 

「家宝の弓……あれは奪われてはならない……!」

 

 

 ティグルがそれに祈りを捧げているのを自分は見ている。それぐらい重要なものなのだ。直に弓を取る。瞬間―――ティッタの意識が遠くなるのを感じた。

 

(えっ……)

 

 まるで自分が無くなるかのような感覚。何か見えぬものの手で首筋を撫でられたような感覚。それが、ティッタを自失させた。

 

 しかしそれから覚めるような音が響く。扉を乱暴に破られる音。遂にテナルディエ公爵の略奪の手がこの屋敷に伸びたのだ。

 

 階下を窺うように見ると、そこには髭面の男。鎧で覆われた中年の男が剣を乱雑に振るいながら入り込んできた。

 

 

「ふん。やはりテナルディエ公爵ほどではないか。貴族の館だから何か金目のものがあると思っていたが―――」

 

 

 階下を見上げた男とティッタの目が合う。瞬間、生理的嫌悪感をティッタは感じた。

 

「とはいえ、侍女にこのような娘を据えるとは……流石は貴族の子弟……」

 

 

 舌なめずりをしながら上がってくる男。身を翻して小刀を抜く。両手で握り……切っ先を階段を上がってきた男に向ける。

 

 

「出て行って下さい……」

 

「俺は略奪をしに来たのだ。出て行けと言われて出ていくわけが無い……ザイアン様は女は捕える暇はないといったが……これはいい褒美になる。その小刀も中々の業物のようだからな」

 

「出て行け!! ここはアルサス領主の館だ!! 留守を狙ってやってくる鼠賊にくれてやるものなんてない!!!」

 

「小娘がっ!!!」

 

 こちらの意気を込めた言葉の後に、激昂して斬りかかってくる中年男。しかし、その剣がティッタを切り裂くことはなかった。

 

 見えぬ壁。透明な光の壁がティッタと中年男の狭間に降り立ち、剣は届かない結果となる。

 

 

「なっ!! き、貴様……ええいっ! 妖術師がっ!!! 斬り殺してやる!!」

 

 

 その時、中年男の脳裏には街の外と陣で、『怪物』のように何人もの兵士をあっという間に斬り殺したサムライの姿と同調していた。

 

 この女もその一人かと思い、厳命及び売り物になるかどうかすら考えず殺すことだけを考えて振るう。

 

 ティッタも、その現象に眼を丸くしつつも、逃げなければならない。この壁がいつまで続くか分からないのだ。

 

 バルコニーに出ると同時に、壁が砕けた。

 

 

「……!」

 

「逃がさんぞ……!」

 

 

 逃げ場が無い。今度こそ小刀を向けて凌辱されるというのならば自害、もしくは殺すのみだ。

 

 しかしティッタにはどちらも―――。

 

 振り下ろされる剣、しかしそれが下されることは無かった。

 

 

 飛来する閃光―――銀の一矢が、男の腕を貫くだけでなく、消失させた。

 

 

「飛べティッタ!!!」

 

 声が聞こえる。あの人が帰ってきたのだとバルコニーの下に身を投げた。馬を走らせて自分を受け止めるべく、駆けるティグルの姿が見えた。

 

 受け止められた。受け止めてくれたと同時にその首に抱きつく。

 

 

「ティグル様……ティグルさまぁ!」

 

「ごめん……本当にごめん。怖かったよな……ティッタ」

 

 

 抱きついた自分を抱きしめてくれる男性。その暖かさが忘れられないほどに、抱きつき自分の匂いと感触を与えつつ彼の匂いと感触を忘れられないようにしたい。

 

 そうして、二人の無事を確認すると同時に後ろをついてきたオルガは驚異的な跳躍で、バルコニーに飛び上がった。

 

 

「あ……あ……」

 

 

 失われた腕を見て、呆然自失しているテナルディエ軍の兵士。中年の男をオルガは冷たい目で見降ろしつつ身を上下に断ち、見える範囲にいたテナルディエの兵士に投げ捨てた。

 

 悲鳴が聞こえる。賊の位置が分かったライトメリッツ兵士が、向かう。

 

 ティグルの屋敷と庭を下郎の血で汚してしまった。という後悔の念を感じつつも、オルガは次の指示を仰ぐべく屋敷の前に向かう。

 

 

「賊は街中に展開して更衣兵になる可能性がある! アルサスの兵士を助けつつ見つけるんだ!!」

 

 エレオノーラの張りのある声が響く。指示を受けたライトメリッツの兵士達が、整然と賊を追い落していく。

 

 指示を出した後に、やってきたのはメイド服の少女を抱いた赤毛の貴族だ。

 

 

「すまない。先行してしまって」

 

「気にしていない。それにしても……この娘、一人で屋敷に居たのか?」

 

 ティグルの謝罪を聞きながらもエレオノーラは、少女が怯えた目でこちらを見ているの確認した。

 

「ティグル様、こちらの方は……?」

 

「詳しく話せば長いんだが……ジスタートで雇った姫君だ。アルサスを守るために力を貸してくれる」

 

「公国ライトメリッツ、戦姫エレオノーラ=ヴィルターリアだ。色々と私の同輩が世話になったそうで」

 

 

 自己紹介をされてオルガの同僚なのだと認識しつつも、何たる美貌だとティッタは場違いにも嫉妬心を感じた。

 

 しかしその後には雇ったという言葉でティッタも話さなければならないことがあるとして、口を開こうとした時に銀光が、走った。

 

 矢が放たれてそれはエレオノーラに向けられていた。しかし、それをアリファールが砕く前にティグルは手で掴み取った。

 

 返礼として弓に番え、引き絞り向かってきた下手人を貫こうとした時には、その下手人の気配が消え去る。

 

 何者かが下手人を殺したのだ。短い悲鳴が聞こえる前に、何かが走り込んだのを見ている。

 

「なっ……!」

 

 そんな次の瞬間には、影が自分たちを覆い尽くす。まるで巨大なものの下に隠れたかのように日陰に入る自分達。見上げるとそこには竜がいた。

 

 朱色の鱗の飛竜。それを見て全員が恐慌しつつも、その飛竜から一人の女性が下手人のいた茂み。今は刺客のいる場所に落ちてきた。

 

 そして飛竜もまた体躯が小さくなっていき……カーミエ、ルーニエと同じぐらいの幼竜となって、茂みに落ちた。

 

 

『なんで二人してここに落ちてきた!?』

 

 

 男性の声が響く。声色だけならば自分と同じような年齢だろうか。

 

 

『出る時は、家族揃って出たいんです。仮面でも持って来れば良かったですね。正体不明の助っ人とかミステリアスでいいです』

 

 

 面白がるような声、それは女性の声だ。飛竜から落ちた人だろう。

 

『なんて名乗るんだよ、そん時は?』

 

『そうですね。以前お会いした二人の男女―――『ライシン』とその妻『ヤヤ』とでも名乗りますか』

 

 

 最後には非常にメメタァな言動が聞こえてきたので、エレオノーラは茂みをアリファールで吹き飛ばして、そこにいる人間二人と一匹の幼竜を確認する。

 

 

「ティグル様! あの方…男性が先程までテナルディエ軍と戦ってくれていた方、ウラ・アズサさんです!」

 

「自由騎士リョウ・サカガミ! ティグル、あの人が私をティグルに導いてくれたんだ!!」

 

「好色サムライ! 遂にその野望を向けて統一王になる手始めにティグルの領地を奪いに来たか!」

 

 

 三人三様の答えが向けられて、さしものティグルも混乱してしまう。しかし、何故か同情するような視線を向けられつつ、こちらに近づいてくる血塗れの鎧を着ている男性と女性に幼竜一匹。

 

 

「あなたがティグルヴルムド・ヴォルン伯爵?」

 

 真っ直ぐな視線。射抜くようで全てを見通す目がティグルに向けられる。

 

 

「ああ。そちらが……東方剣士にして『竜殺し』リョウ・サカガミなのか?」

 

 

 生ける伝説となり、この西方を席巻する人物は、確かにマスハスの言う通り、自分と同じ若造だ。

 

 

「巷ではそう呼ばれているな。大したことはしていないつもりなんだがっ」

 

 

 兜を脱ぎながら、そんな風に言うリョウ・サカガミの姿にティグルは緊張ではなく、何故か親近感を覚える。

 

「ティッタが言っていたが、本当にありがとう。ここを守るために戦ってくれたみたいで」

 

「結局、俺は賊の侵入を防げなかったんだ。礼を言われる筋ではないな」

 

「けれど、あなたが獅子奮迅してくれなければ被害はもっと増えていたはずだ」

 

 ティグルの言葉に、被害の程を見たリョウは、どちらにせよ負け戦だった。と言う。

 

「自分に厳しいんだな」

 

「別に……そういうわけじゃない。それより怪我しているんじゃないか?」

 

 

 言われて、ティグルは手を見ると手袋を裂いて先程掴み取った矢ゆえの血が滲んでいた。

 

 

「問題ない。それよりこれから―――」

 

「戦わせてくれ。俺は伯爵閣下の為に戦いたいんだ。俺に使命を全うさせてくれ」

 

 全員が驚愕の表情でリョウを見る。ここにいる全員がリョウ・サカガミの武功を知っている。

 

 だからこそ何故―――ティグルだけの為に戦うのだと考える。その思いは言われた当人も同じだ。

 

「何で、俺に」

 

「詳しいことは後で話す。だが俺にとっても貴卿は、『光』なんだ」

 

 

 先程と同じくまっすぐな視線がティグルに向けられる。その視線を逸らすわけにはいかない。

 

 そうして自分の下に就くと言った騎士に「頼み」をする。

 

 

「……分かった。まずはテナルディエ公爵の軍を追い落とす。俺に力を貸してくれリョウ・サカガミ」

 

「了解した。ティグルヴルムド・ヴォルン」

 

 こそばゆい。そんな感覚をティグルは覚える。自分と同じような年齢の若武者だ。そんな人間が自分をまるで「今生の主」であるかのように敬ってくるのだ。

 

 

(もうちょっと明け透けな事を言える関係になりたいんだけどな……)

 

 そんなティグルの願いは、すぐさま叶えられてしまう。お互いに無い物ねだりをしていた二人の若者。

 

 だからこそお互いに尊敬して、友誼を深めてしまうのは――――普通の友人よりも早かったりしたのだから……。

 

 

 

 


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