鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

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―――謁見前―――


ソ「悪いのだけど、竜具エザンディス―――あまり私の前に出さないでくれないかしら」

ヴァ「なぜですの?」

ソ「……なんだかそれを見る度に、こう……左胸から脇腹に掛けて痛い感覚を覚えるのよ…」

ヴァ「この『無駄な乳』がですか!? この無駄な『肉』が!?」

ソ「左胸をいきなり揉まないで―――!(泣)」

リョ(平和だなぁ―――いや逆かも)





「鬼剣の王Ⅳ」

 

 

 

 

 

 王宮は一種の騒ぎになっていた。何もヴィクトール王が崩御しただの、ムオジネルが侵略しにきただの、剣呑なもので騒いでいるわけではない。

 

 

 ジスタート王宮が、騒ぎになる時―――それは、大抵は戦姫絡み。戦姫個人の判断が問われる時が大半だ。

 

 

 今回の議題に上がるのは、ライトメリッツの戦姫とブレストの戦姫に関してである。

 

 

 事情を理解しているものもいる一方で何も理解していないものもいる。

 

 

 この謁見の間において行われる質疑応答にどれだけ明朗に答えられるかで全ては決する。

 

 

 

「ティグルヴルムド=ヴォルン伯爵―――彼の目的は何だ?」

 

 

「一先ずはテナルディエ公爵の遠征軍を打ち倒すことでした。次にやることに対して今のところ伯爵閣下の考えは聞かされておりません」

 

 

「仮にもしも、まだ協力を要請されたならば、そなたは彼と共にテナルディエ公爵との戦いに着くのか?」

 

 

「はい」

 

 

 

 膝を折りながら語るエレオノーラに、頭を抑えつつヴィクトール王は隣にいた己の「書」に視線でのみ意見を求めた。

 

 

「書」は国王との縁戚関係にあり、こういった案件に関わるのは不味いのだが、それでもこういった大事においては頼りにされること多々ありである。

 

 

 やむを得ず「書」―――ユージェン・シェヴァーリンは口を開き質問をすることにした。

 

 

 

「ヴィルターリア殿、現在我々は多々の案件を抱えている。大きなもの一つにはアスヴァール、二週間ほど前に革命成ったこの国は、まだいい。もう一つは其方とも関わりあるブリューヌに関してだ」

 

 

 そうしてユージェンは現在の状況を事細かに語り、そしてそれに対するジスタートの対応を語る。

 

 

 

「つまり……我が国はブリューヌには関わらないとおっしゃる?」

 

 

「そういうことではない。今は静観するという意見が多いというのが現状だ。無論…今後の情勢しだいというのは分かるな。わざわざ火中の栗を広いあげて大火傷というのは控えめにいっても間抜けではないか」

 

 

「……ガヌロン公爵とテナルディエ公爵がぶつかりあうことを望んでいるのですか」

 

 

 エレンとしてはあまりしたくないが、ユージェンの抜け目ない意見に少し噛み付きつつ、その後を次いだのはヴィクトールだった。

 

 

 

「今後とも両公爵が、伯爵を狙うというのならばお前の外征にも一理あろう。だが、果たしてその懸念があるかどうかだ」

 

 

 そう言われるとエレンも、あまり強くは言えない。一番分からないのが公爵側だ。あの後でティグルに聞いてみたが、テナルディエ公爵には、遠征軍指揮官ザイアンしか跡継ぎはおらず、その怒りは察するものがある。

 

 

 しかし……公爵がアルサスを狙ったのは自分たちの介入を嫌ったからであり、そのジスタートの国境の一つにアルサスがあっただけというのも考えられる。

 

 

 

「お前がこれ以上、伯爵の要請に答えてブリューヌの覇権争いに関われば、要らぬ勘繰りをさせること必定だ。それを理解した上で申しているのだな?」

 

 

 とどめの一撃であった。ティグルはおそらく領土の安定の為にテナルディエ公爵と戦うだろう。

 

 

 それは恐らく、多くの中立貴族との協調での話しだ。彼らもまた己の領土を脅かし、テナルディエにもガヌロンにも組しないという勢力を合してのものとなるはず。

 

 

 

 だが、それらは全て未定だ。もしかしたらば万が一、王宮が機能を回復して両公爵を成敗するなどという話もありえる。

 

 

 未定の上での行軍。これがせめてティグルが「義のための戦い」などと口先でも言ってくれれば、まだいいようはあったというのに。

 

 

 そんな問答に詰まったエレンだが、それを二人の男女が、玉座の方に進み出て口を開く。

 

 

 

「恐れながら申させていただきます」

 

 

 

 口火を開いたのはソフィーからだった。そうしてソフィーが語るは参戦した場合の利とエレオノーラの行動の正当化である。

 

 

 それは理路整然としたものであり、かつヴィクトールの「懸念」を払拭させるものであり、重臣達を納得させるものであった。

 

 

 そうしながらも第三者の意見をヴィクトールは求めてきた。

 

 

 

「ーーーサカガミ卿はどう思った?」

 

 

「ヴォルン伯爵には野心は無いですな。王宮が権能を二大に奪われつつある中、彼がネメタクムに軍を向けるのは自明の理かと―――」

 

 

 

 リョウは自分の私見を語りつつ、素性分からぬ「伯爵」が、進軍するのはやむをえない判断だと語る。それを信じたわけではないだろうが、ヴィクトール王は重ねて問いを発する。

 

 

 

「仮にそこまで行けたとして、ランスは卿の城となるか?」

 

 

 

 何も轟くものが無い貴族の進軍は途中で頓挫すると考えているのと、行けたとしてテナルディエ公爵の「力」は「誰」が所有するのかを尋ねてきた。

 

 

 それに対して答えられる範囲で答えておく。戦を仕掛けて、まだどうなるかは分からないのだから。

 

 

 

「自由騎士の矜持として悪漢の城を砕くことは出来ても奪うことは出来ませんよ」

 

 

 一言を簡潔に述べてから、ブリューヌで起こるだろう騒乱が収まればヤーファに一度帰ることを伝えると、臣下達は戸惑った表情だ。

 

 

 当然か、自由騎士にとって、ブリューヌでの戦いは己の依るべき土地を得るための戦いだと思っていた者もいるからだ。

 

 

 中でもテナルディエ公爵の領土はとてつもない。仮にその力を受け継ぐものがジスタートに近しい人間であれば、打ち倒された場合の懸念は無かったはずだから。

 

 

 ヴィクトール王は、目を瞑り考えてから口を開く。考えはまとまったようだ。

 

 

 

「分かった。これは国と国の戦いではなく……私戦として処理すればいいのだな?」

 

 

「それが賢明かと、第一……ジスタート全体で見れば、彼は恩人なのですから、そこまであれこれ言うのも義理と国としての度量を欠きますよ」

 

 

 

 その言葉に、ユージェンもヴィクトールもため息突いてあきれる様な笑いを返すしかなかった。

 

 

 次に現れる人物には流石に二人も強くは出られないのだろう。この二人からすれば、タイミングを見計らって進み出た桃色髪の幼女は、孫であり娘と近い年頃なのだから。

 

 

 

「長い間、お暇しておりまして申し訳ございませんでした」

 

 

 儀礼服に着替えた幼い戦姫の言葉に、ヴィクトールも強くは出られない。しかし、それでも国を守る要として言うべきことは言わなければならない。

 

 

 王とは法の体現者でもあるのだから。その王が時々によって都合よくなっていては国を思うもの達は酷く落胆する。

 

 

 

「その幼き身に重責であったのは察して余る。しかし務めを放棄した責任は重く、余は汝を処断せねばならない」

 

 

「はっ」

 

 

「戦姫オルガ・タム―――、汝はブリューヌにて旧恩ありしティグルヴルムド・ヴォルン伯爵に助力せよ」

 

 

 

 予想外すぎるその言葉に、予め聴かされていたもの達以外は動揺を隠せなかった。聞かされていなかったものの一人。紅髪の少女が拝謁しながら問いを投げる。

 

 

 

「陛下、どういうことですか? オルガ姫を……ブリューヌに派遣するというのでしょうか?」

 

 

「不服か、エリザヴェータ?」

 

 

「ええ、まずやるべきはブレストに帰り臣下達を安堵させることだと思います。でなければ何のための戦姫なのですか?」

 

 

 

 竜具に選ばれた戦姫は、ジスタートにおける戦乙女なのだ。その務めを放棄して他国の争いに介入させる意図が分からない。

 

 

 そういう意図で現れた戦姫エリザヴェータ・フォミナの言葉に追随するように、また違う戦姫が進み出てヴィクトールに質問をぶつける。

 

 

 

「私もエリザヴェータと同じ意見です。陛下のご意見とお気持ち教えていただきたいものです」

 

 

 

 二人が、このように言ってくるのは織り込み済みであった。しかしそれをどうにかするのもまた王としての責務だ。

 

 

 

「我が国の姫達が選ばれるのは、成人してからのものが多い。そういう意味では少しばかり配慮が足りなかった。エレオノーラが宮廷儀礼を習うためにパルドゥ伯に世話になるのと同時に、少しだけ教育期間を設けるべきであった。騎馬の族長の言葉を額面通りに受け取った余の短慮であった。どんなに賢く強くと言っても、まだ十二、三の娘であることを失念していた」

 

 

 傭兵暮らしであったエレオノーラの教育役であった人は苦笑するようにしている。本来ならば確かにそういった猶予期間が必要だった。

 

 

 本来ジスタートが、やらなければならないことをやってくれたのが―――。件の伯爵である。

 

 

 

「ティグルヴルムド・ヴォルン伯爵は自国の禄で我が国の姫を養った上に領地を収める領主としての教育もしてくれた。その恩義を忘れて、何もさせぬというのは如何にも恩知らずではないか」

 

 

「先程はエレオノーラの外征を問題視しておりましたが?」

 

 

 

 リュドミラも、簡単に引き下がりはしない。彼女にとって大きな取引先は、ティグルが戦おうとしている相手なのだから。

 

 

 

「勘違いをするな。余が問題視したのは「軍」を率いて事を構えたのは、何の意図があったのことかであり、オルガが恩ある伯爵のために戦うは自然の流れだ。それともリュドミラ、お主は、この国は義を重んじない裏切りと謀略の王国と諸国に喧伝したいのか?」

 

 

「そのようなことは……」

 

 

 

 言われてリュドミラも窮する。

 

 

 つまり、エレオノーラの「私情」を以っての「出動」よりは、オルガの「義理」を以っての「助力」の方が、よっぽど格好がつく。

 

 

 それを世間が、どう見るかは分からない。それでも対外的には、「私的」なものより「公的」な理由にしておいた方が色々と便利ではある。

 

 

 そして何より―――これは、オルガへの教育でもあるのだ。

 

 

 

 

 

「羅轟の月姫オルガ・タム。そなたはヴォルン伯爵の私戦に終着が見られるまでは、ジスタートに戻ることは許さぬ。恩義を返してから―――ブレストに戻りなさい。それが族長の言葉でもある」

 

 

「祖父様のお言葉。ヴィクトール陛下よりの多大な恩赦いただきありがとうございます。務めを必ずや果たしてみせます」

 

 

 

 再び深く頭を垂れたオルガの姿と言葉が謁見の間に響き渡る。

 

 

 ここに一応の議論の終結を見た。結局の所、ガヌロンとテナルディエと多くの付き合いがある連中にとっては確実に多くの遺恨が残るかもしれない。

 

 

 それを慰撫するために、自由騎士の外征であるということになったが、どれだけの人間が、それを信じているかだ。

 

 

 

「諸侯に様々な意見・取引あろうが、だがそれでも余はブリューヌに対して仁義を通そうと思う。それが一応の余の意見だ―――無論、最善かどうかは不明だから、その辺りは各々の判断に任せよう」

 

 

 

 そうヴィクトール王は、宣言することで、場に蟠る異論・反論を封じ込めた。

 

 

 

 議決が終わると同時に人の波にまぎれる形でリョウも出ようとした所に侍従長が呼びかけて、後ほど国王の私室に来るよう言われる。

 

 

 

 

 

 用向きのほどが分からないわけではないが、随分と早いものだ。

 

 

 だが、ヴィクトール王には伝えておかなければならないこともある。先ほどのオルガの例で言うところの食客として雇われている以上、雇用主に不義理は犯せない。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 案内された部屋には二人の男がいた。男といっても自分の家ならば家老の類だろう年齢だ。

 

 

 先ほどまで謁見の間にいた二人の男。ヴィクトールとユージェンの二人。

 

 

 

 案内された部屋の内装は豪奢であり、中央に小さいテーブル一つに椅子二つであった。

 

 

 王が椅子に腰掛けていたが、ユージェンはその側にたたずんでいる。空いた椅子に座るのは非常に申し訳ない気分だ。

 

 

 

「掛けたまえ」

 

 

「失礼いたします」

 

 

 

 そんな自分の心情に気づいてか気づかずにか、ヴィクトールは対面の椅子を示して、掛けるように促してきた。

 

 

 

「結局そなたのやったことはブリューヌへの侵略なのだ。ライトメリッツとそなただけの問題ではない。わしはブリューヌとことを構える気などないというのに―――などと言えばどうなったであろうな」

 

 

 悪戯のような問いかけ。それに対して―――

 

 

「反感は強かったでしょうね。特にあの銀髪は」

 

 

 

 答えと思い浮かべた姿が一致した。

 

 

 お互いに苦笑を浮かべて、あのどうにも短慮であり、私情を捨てきれない女のことを考えた。

 

 

 同意を得た後で、そんな風な議場にならなくてよかったとして、次なる話題に進む。

 

 

 

「慕情を以って軍を動かすなど、有り体に言っても国民感情よろしくないものだ。もっともアルサスに協力するのはそれだけではないだろうが、な」

 

 

 

 と言って机に放り出された書類の一枚を手に取り、黙読する。

 

 

 題名は『ブリューヌ方向開発計画及びヴォ―ジユ山脈街道整備計画―――エレオノーラ・ヴィルターリア』と署名された紙を見て、彼女の目論見がやっとわかった。

 

 

 つまり交易路をライトメリッツまで伸ばしたいということなのだ。

 

 

 現在の所、ムオジネル商人などが手近なオルミュッツでの販売からの王都への進路を取る点からいってもエレオノーラは、それを何とかしたかった。

 

 

 だが、その交易路の拡大には国境線を跨いでいる山脈開発が必要となる。そして片側には違う王国が存在しており、王国としてもそのような開発が「軍路」となられては、嫌だったのだろう。

 

 

 

「成程、これが彼女がティグルに協力する本当の目的か……その為にも辺境伯を使ってブリューヌに一定の影響力を持ちたい」

 

 

「見えるところでは、そんなところです。しかしまぁ……今の事態となっては、これが本当に必要になりそうですよ」

 

 

 

 ユージェン殿の懸念は分かる。今の所ムオジネルやザクスタンの目は豊かで国内混乱真っ最中のブリューヌに向いている。

 

 

 しかし、このままブリューヌが征服されてしまえば返す刀で、ジスタートにすら刃が向いてくる可能性もある。

 

 

 そう簡単に負ける事もないだろうが、昨今、開発された火砲の威力は凄まじく近隣諸国に脅威を与えている。

 

 

 

「鉄やら鉛だのの合金はともかく、火薬の量ばかりはどうしようもないですからね」

 

 

「そういうことだ。つまりどちらにせよ我々はブリューヌのどこかの勢力を支持しなければならなかった」

 

 

 

 アスヴァールにおけるジャーメインに対する有形無形の支援と同じく、それをする予定ではあったというヴィクトール王。

 

 

 第一候補としては、やはりガヌロン、テナルディエが大半であった。第二候補として王宮とパラディン騎士団―――。などと選定していた所にダークホースというわけではないが、戦姫と深い縁をもった貴族としてティグルがやってきた。

 

 

 最初はただ単に「出奔」していたオルガがいるから、それなりの義理を果たそうという時に、彼の土地にテナルディエ遠征軍が向かってきて、そこに駆けつけたのがライトメリッツ軍だったということだ。

 

 

 そして数々の援軍を得たアルサス軍は、それらを撃退してしまった。

 

 

 

「痛み分けどころか、壊滅に近い惨状であったことは聞いているよ。恐らく嫡男を失ったテナルディエ公爵は目の敵にする」

 

 

「仕方ありませんな。もっともこれで怒りだけで自分達に刃を向けてくるようならば公爵には王である資格はないですよ」

 

 

 

 つまり……ティグルを障害とみなすかどうか、私情だけで軍を動かすものに王たるべき資格は無い。

 

 

 

 もっとも―――それこそが自分が王になれない人間だろうな。と思っていたのだが。ヴィクトールの次の言葉に揺さぶりを掛けられる。

 

 

「玉座が欲しくは無いのか?」

 

 

「――――どこのでしょうか?」

 

 

 唐突な質問にこちらの心中を見抜かれたような気分だ。だがそういうわけではあるまい。

 

 

「ここでもブリューヌでも、アスヴァールでも」

 

 

 本気か、と思うもその目は真剣にこちらを見据えてきた。ユージェン様も瞑目して、こちらの言葉を待っているようだ。

 

 

 

「西方においては流浪の将である自分に、お気遣い感謝いたします。しかし先に語った通り、私は故郷に帰れば大将軍の地位を貰い受けるはずです」

 

 

 言いながら若干の嘘を交えた。皇剣隊の筆頭であれば「征夷大将軍」とまではいかなくてもそれに近い立場なのだ。

 

 

 それよりも自分が悔しいのは親父から家督を禅譲されていないこと。ティグルとの差はここだなと感じる。

 

 

 

「死ぬぞ―――と思うも、お主が死ぬところが想像出来んな。しかし王の資質もつものが、その地位に就かず放蕩していては人心は乱れるばかり、現にアスヴァールの全土はいまだに混乱している」

 

 

「時間はかかるでしょうが、タラード・グラムとギネヴィアならば上手くやれるでしょう。何事も早期の改革だけがいいとは言えませんよ」

 

 

「だがサカガミ卿、あなたならば全土を治めた上でエリオット王子のいるコルチェスターを襲撃していたでしょう」

 

 

 

 ユージェンの計画は自分が考えてはいたことだ。ジャーメインを「退位」させた上でギネヴィアを旗頭に「再征服」(レコンキスタ)

 

 ブリューヌ語で言うそれを行っていただろう。

 

 

 だが、それは自分がアスヴァール人で、タラードに近い立場であったならばの話であり、ありえない仮定だ。

 

 

 結局の所―――少しばかりタラードのやり口が気に入らずギネヴィア自身も、自分としては、あまり側にいたくない女性だったので、かの地から此処に来た。

 

 

 私人としてはいい人間だとは思う。ただ公人としての二人が少し気に入らなかった。好きになれなかった。そういうことだ。

 

 

 

「お前が今、依るべき人間としている二人は違うのか?」

 

 

 そういった旨を伝えるとヴィクトール王は更に食い下がる。二人とは―――。

 

 

「そうですね。俺はまぁでっかい夢を追ったり、勝ち目の無い戦いに挑む連中が好きなんですよ。ティグルヴルムドなんて小貴族、国内の有力者が、その気になればさっさと潰れましょう。普通ならば」

 

 

 だが、そうではないといえるものがある。本来ならばあのモルザイムの戦い。いやその前のディナントですら彼は死ぬはずだった。

 

 

 

 しかし天の采配は彼を生かし、多くの力を与えて奸雄の放った卑劣なる奸計を覆した。

 

 

 

「二千の兵で二万五千の「頭」を打ち破る。そんな『無謀で馬鹿』をするやつを俺は知っている。そいつと似た匂いがするから俺は伯爵閣下の戦いに従事したいんですよ」

 

 

「ならばヴァレンティナはどうなのだ?」

 

 

「彼女もまた俺にとっては好ましい人間ですよ。あまりにも謀略が過ぎるところはありましょうが……無謀なる夢、果て無き欲……されどその心は「乙女」のそれと変わらぬ。そういった人間の行く末ぐらいは見届けたいですね」

 

 

 

 思い出すのは「魔王」と呼ばれつつも、「ヒノモト」を一つにするべく戦うことを決めた魔王と呼ばれし『将姫』。

 

 「現人神」と見られながらも、甘味を食べては頬を緩ませ、民を食べさせるために「神仏」焼き払うことも辞さない『神女』

 

 

 

「二人はまだ天に昇ることすら無い『魚』でしょうが、いずれは己の力で『激流』を渡りきり―――霊力を抱き龍となりましょう。我が国の故事の一つです」

 

 

 自分は所詮、ただの武人だ。確かに多くの人は自分を王に推挙するだろう。だがその心に義侠の精神がある以上、無理だろう。

 

 

 天秤に自分の「大切なもの」を乗せることが出来ないのだから。そんな自分の言にヴィクトールも説得を違う方向に向けることにした。

 

 

 

「……やれやれ暖簾に腕押しだな。ならば、ヤーファに於いて官位に復帰してからも、我らの「自由騎士」になってくれるだろうか?」

 

 

「無論、サクヤ陛下はジスタートとブリューヌとの友好条約に前向きですよ。私も、それを望みます」

 

 

 しかし官位に復職しては、自由騎士ではないのではないかと思うも、結局ヤーファにおいてはそれで良くて「西方」に於いては「自由騎士」でいてくれということなのだろう。

 

 

 

「先程の言葉で、もしも二つが「対立」することあらば……その時はどうなさるかな?」

 

 

 ユージェンが王の書といわれるゆえんは、この深謀なる文人気質にあるのだろう。頼もしい「国王候補」だと思えた。

 

 

 ヤーファと西方が敵対することあれば、前ならば自分は「ヒノモト」の武士になるだけだと言えたが……今ではそんなこと言えそうに無い。

 

 

 

「仮定でしかありませんが、ユージェン様の懸念に更なる懸念を呼び込み「第三軍」として、二つと敵対しますよ」

 

 

 ここに来て、自分には大切なものが出来すぎてしまった。仮にそんな現実が来てしまえば、自分はどちらにも着けない。

 

 

 やり方は分からない。ただそれでもどちらかの犠牲を必要にするなんてこと―――出来ない。

 

 

 

「そうなった時こそが、余は汝が「建世王」という「統一王」として立つべきときだろうと思う。そうなった時が来てほしくないが」

 

 

「同感です。俺は王よりも武人として死にたい。王にならざるを得なかったヴィクトール陛下には申し訳ありませんがね」

 

 

「若造が、ほざきよる」

 

 

 老人が笑いを浮かべ、言うと悪罵も悪罵ではない意味になる。

 

 

 

 

 

「支援は、その内に出そう。もっとも王宮の感触を掴んでからだが……あまり当てにはするな」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 取り合えず手形だけでももらっておけばいい。自分がティグルに授けた『玉爾』が明らかになるまで彼が官軍とみなされる可能性は低いのだから。

 

 

 

「私からは、実を言うと伯爵とエレオノーラの連合軍に行く前にアスヴァールに行ってほしいのですが」

 

 

「―――何で俺なんですかね?」

 

 

 自分はジスタートの客分でしかない。アスヴァールにおいてはただの傭兵将軍でしかなかった。一を語られて十を知る結果となってしまう。

 

 

 そんな人間を「戴冠式」に呼ぶ意味が分からない。対外的な行事においてそこまで影響力があるわけではないのだから。

 

 

 

「モテる男は辛いな。ユージェン、そちらにはイルダーを向かわせよう。今後バルベルデにとって必要なのは近場の同盟者だろう」

 

 

「我が義兄では代理を嫌がりそうです」

 

 

「勅命だと伝えろ」

 

 

 簡素な受け答え。二人が友人のようなそれで答えてから全てが定まった。

 

 

 

「では若い娘たちの相手は任せよう。私のような老人にはあの手の女達は手に余る」

 

 

 肩を回してから脱力するヴィクトール王。気苦労察しつつも、そういった意味でも自分を手元に置いておきたいのだろう。

 

 

 戦姫と同じ目線を持つもの―――そういった意味では「若君」であった「後継者」が「喪心」したのが痛すぎる。

 

 

 

 一度、神殿に行ってきたが、ルスラン皇太子のあの様は呪術と薬物のどちらか、あるいは両方であり、手元にある薬とここの植生ではどうしようもなかった。

 

 

 そういう意味でも一度ヤーファに帰ったほうがいい。母の残した記述とサカガミの領地にある秘薬と薬師ならば、彼を元に戻すことも可能のはずだ。

 

 

 

 そんな風にリョウと王宮との話に決着が着いた頃―――、アルサスにおいても一つの話が持たれていた。

 

 

 

 


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