鬼剣の王と戦姫   作:無淵玄白

52 / 86
ツイッター及びピクシブを確認すると、川口先生と付き合いが多いイラストレーターさんから、最終巻に対する祝いのイラストが―――。

特にフィーネ姐さんのメイドコスでの赤面顔とか、BBA結婚してくれ―――などというタグが付いてもおかしくないね。(失礼)

アシオ先生GJ!



「戦姫と戦鬼の会合-Ⅰ」副題『ルクス城砦の怪』

 国王の私室から出ると同時に、女に捕まえられた。相手は知らぬ相手ではない。しかし何故にわざわざ腕を捕って歩く必要があるのだろうか。

 

 

 事実、王宮の回廊を逆方向に歩く人間達には様々な意の視線を向けられてしまう。大意としては羨望が多いだろう。

 

 

「ソフィー、自力で歩けるから腕取らないでくれるか?」

 

 

「私が自力で歩けないからリョウが支えてくれると助かるわ。ヴァレンティナが王宮から転移した後は私一人で雑事を取り仕切っていたのだから」

 

 

「ご苦労様、色々とご迷惑かけたようだが……もう何日も前の話じゃないか」

 

 

 二の腕「全体」に感じる感触は、まぁ悪くない。悪くないが、だからといってそれを容認していいかどうかの判断ぐらいは着けなければなるまい。

 

 

 だというのに、この女性は……からかっているのだと分かっていても、あまり慣れるものではないなと思う。

 

 

「まさかエレンが捕虜とした貴族の下に出奔したオルガが居て、更にそこに折り『良く』、西方の自由騎士が通りがかるとは何かしらの運命を感じるわ」

 

 

「無いともいいきれないな。恐らくティグルは将星持つものを自然と集めて己の力として使える男なんだろう。歴史の変わり目にはそういう人間が確実にいるのだと俺は信じている」

 

 

「人はそれを―――『英雄』と呼ぶのでしょうね」

 

 

「同感だ」

 

 

(あなたもそうでしょうが)

 

 

 と、ソフィーは心中でのみそう言っておく。どうせ言ったところでリョウは認めようとしないだろうから。

 

 

 だがリョウの価値観では、ティグルの方が英雄に思えるのだから仕方ない。他人の話を良く聞き、他人を理解して、その心を掴み己の言葉で動かせる。

 

 

 個人の武勇ばかりが際立つ人間などよりも、ティグルのようにいざとなれば武威を以って立てる人間の方が、一世の英雄に思えるのだ。

 

 

「それで今から向かう場所―――何人いるんだ?」

 

 

「私を含めて七人全員。目的はそれぞれ違うけれども、まぁ話し合いたいこと多いんでしょ」

 

 

「集まりいいね」

 

 

 まとまりに欠ける女性陣ばかりなので、正直、何人かの参加を期待していなかった。ただ、それだけティグルに対する関心が高いという現れである。

 

 

 ソフィーに腕を引かれてやってきた扉の前。話し声一つもしないのが不気味に感じられる。

 

 

 サーシャやヴァレンティナがいるから喧々囂々が鳴りを潜めているのか、それともやってきた哀れな獲物を食らうべく息を潜めているのか、どちらとも言える空気だ。

 

 

 決意して扉を空けて入る。そこには円卓の椅子に掛けている竜の姫六人が様々な表情で座っていた。

 

 

 印象的なのはリーザとミラが少し不機嫌な面をしている。反面、ティナとサーシャは笑顔ながらも怖い空気を出していた。

 

 

 反面そんな同輩、先達の異様な空気にさしものエレオノーラとオルガも呑まれかかっている。

 

 

「私の求めに応じて集まっていただいて感謝に堪えないわ。ゲストであるリョウもやってきた所だから思う存分話し合いましょう。色々と聞きたいことはあるでしょう?」

 

 

 ソフィーが議長として、場を取り仕切っていたので、それに応じて―――書記役で行こうと思ったのだが、強引に椅子に掛けさせられた。

 

 

 両隣にはミラとリーザ。二人揃って少し泣きっ面みたいなものを見せてくるので居た堪れない。

 

 

 口火を切ったのはミラからであった。

 

 

「義兄様、長いことお目通り出来なくて大変にミラは心苦しかったです。身の安全を確認出来て幸いですが―――何故なのですか?」

 

 

「何故とは?」

 

 

 質問の意を掴みかねる。しかしミラの言葉は、予想通りといえば予想通りであった。

 

 

「このリュドミラ、義兄様が己に依るべき土地を得るためとして動くというのならば、これまでのブリューヌの諸侯との付き合い全て切り捨て、一身に支援しました。だというのに……!」

 

 

「不満か。俺がティグルヴルムド・ヴォルン伯爵の旗下に収まることが」

 

 

「当然です。何があるというのですか、そんな弓しか取り柄が無い小貴族に」

 

 

 それに対して腰を浮かそうとしたオルガとエレオノーラ、口を開こうとしたエレオノーラを視線で制してから、反論を行う。

 

 

「まずは俺がブリューヌに所領を持つこと、これは完全に無い。ブリューヌ王国はヤーファとの国交及び軍事同盟を模索していた。そんな中、俺がそんな行動に出れば故郷と他国関わらず不義不忠の蛇蝎と見做すだろう。俺には家督を継ぐ家があるのだからな。二つ目には、伯爵閣下の力は大きなものではない。だがそれは己の強みを理解しないで精力的に動いてこなかったからだ。ブリューヌのような硬直した政体の中では彼を活かすことは出来なかったのも一つだが、動けば―――それだけのものも出来る」

 

 

 視線で、テーブルにある酪農製品を示す。その製品は恐らく多くのものが求める味であるはず。諸注意あるだろうが、山に牛などを放ち自生している草などを食べさせれば独特の味の製品も出来上がるし山林保護にも繋がる。

 

 

「三つ目には今のブリューヌは完全に無政府状態にあるといってもいい。テナルディエが右向けと言ってガヌロンが左向けと言って王宮が待てと言う状況。人民にとって確実なのは自分の領地の諸侯の判断だけ―――ならば多くの人々を思えば、義理を通して義憤に燃える俺と同じ志持つやつの夢に投資するだけだ」

 

 

「ヴォルン伯爵には……それがあると?」

 

 

 俄かには信じられない話だとしてミラは少し疑いの眼差しを向けている。これが長い付き合いのオルガやエレオノーラの言葉であったならば、一笑に付していただろう。

 

 

 男に絆されて私情に走る戦姫が。などと切り捨てて、この議場が流血のそれになっていたかもしれない。

 

 

「俺を助けるのと同じくティグルを助けてやってくれないかな?」

 

 

「―――私は、その伯爵のことを知りません。その言葉に即答は出来ません。故にいずれ―――格を見定めさせてもらいます」

 

 

「それに不合格であったならばどうする?」

 

 

「リョウ義兄様とは敵となる道も有り得るかと」

 

 

 それもまた戦国の世の常だなと感じる。「是非もなし」、その返答にミラが少し落ち込む様子になった。

 

 

 動揺してくれると思っていたのだろうが、親兄弟であっても反目すれば殺しあう世の中なのだ。

 

 

 自分を慕ってくれた義妹に対して酷だと思いつつも、信念を曲げるわけにはいかない。その信念を曲げる時は―――それに代わるものが出来た時だ。

 

 

(ミラはテナルディエ公爵と付き合い多い。恐らく―――最初に敵となる戦姫は彼女だろう)

 

 

 果たしてティグルはこの凍てつくように高貴なる蒼の公主の心に『矢』を放てるだろうかと、英雄への試練を夢想する。

 

 

 そうしていると反対隣のリーザが髪を掻き上げつつ言ってくる。その様が高貴なるままであり、彼女の美貌を減じさせていない。

 

 

「ウラ、私もミラと同じくブリューヌの重要諸侯と付き合いが多いです―――。それでもいいのですか?」

 

 

「ヴィクトール陛下も何も言っていないんだ。その辺りは任せるよ。個人としては二人と敵対はしたくない」

 

 

 ただ世に大義示すための戦いでもあるのだ。そんな意見ばかりも言えない。しかし状況次第だとなる。

 

 

 所詮、どれだけ言葉を尽くしてもティグルの剣だけでもいられない「自由騎士の剣」なのだから。と考えていると、そんなリーザやミラの懸念を払拭させる形で、サーシャが提案をしてきた。

 

 

「それなんだけどね。いずれは僕達が持ち回りで監督役としてアルサス・ライトメリッツ連合軍に就こうと思うよ。特にリーザ、君はそうしたいだろ?」

 

 

「む……」

 

 

「ヴィクトール陛下にも言っておいたけれど、エレンに親しい僕やソフィーばかりが軍監では報告が偏る可能性もある。その懸念はジスタート全体に燻るだろうからね。それを一掃して尚且つ、オルガの将としての采配や成長を見るためにも、この提案どうだろう?」

 

 

 上手い提案だなと思った。しかしそれを両名が納得するかどうかだ。視線が自然と二人に向けられる。

 

 

「私は構わない。ティグルこそが私の王。私を導いてくれる光だから皆にも知ってもらいたい」

 

 

「…致し方あるまい。皆の懸念が分からぬほど私も道理を弁えていないわけではない。ただ移動手段はどうするんだ?」

 

 

 勢い込むオルガと渋面のエレオノーラ、そしてエレオノーラの最大の懸念の解消は早かった。

 

 

「疲れること甚だしいですが、私が皆さんを連合軍の元にお送りしましょう。リョウを思えば移動距離は万里を越えましょうから」

 

 

 この中で一番ブリューヌに遠い領土を持つオステローデの戦姫であるティナの提案を断るものはいなかった。

 

 

 彼女ならば特にどんなしがらみも無いだろうと思えたからだ。

 

 

「にしても連合軍か、味気ない名前だな……」

 

 ぼそっ、と呟くエレオノーラであるが、その呟きが後々に騒ぎをもたらすことになるのだから、何事も分からぬものである。

 

 

「一つの議論に決は着いたわね。では次の議題いいかしら?」

 

 

「君からあるならばどうぞ。まぁ何であるかは分からなくもないがな」

 

 

 ソフィーの言葉を促す形で、次なる話題に入る。

 

 

 

 

 

「魔物という存在に関して―――――――みんなの意見を聞きたいわ」

 

 

 

 

 

 金髪の戦姫の口から放たれた言葉に関して全員が一様に表情を引き締めた。

 

 

 † † † † †

 

 

 どうやら大勢は決したようだ。このルクス城砦を攻略すべく多くの兵士達が圧力を掛けてきていることは身に分かる。

 

 

 明日になれば、合流してきた連中を率いてこの砦は陥落するだろう。

 

 

 心理戦の一つとして、この辺りの民謡が夜闇に響いている。恐らく城砦の連中に変節を促すためのものだろう。

 

 

 大陸側において覇権を握ったのは、あの男だ。恐るべき妖刀、神剣を使う―――鬼のサムライ無くともここまで出来るとは正直見縊っていた。

 

 

 

(さて後々、ここを砕くべく攻城兵器を使ってくることも予想される。寝返った旨は出したし、コルチェスター側からも色よい返事はもらった)

 

 

 問題はどのようにして、『島』の方に向かうかである。

 

 

 

(抜け出すことは容易いな。そして海竜を使えば、行くことは容易い。問題は怪しまれるかどうかということだ)

 

 

 小船一艘で出てきましたというのをエリオットが信じるかどうかだ。

 

 

 そして、砦の兵士が騒がしい。恐らくだが総大将である自分の首を取ることでタラード軍に開門をしようとしているのだろう。

 

 

 

「ならば―――――――」

 

 

 殺しつくし、焼き払うことで己の行方を偽装する。まずは扉の向こうにて突入の算段を整えている連中からだ。

 

 

 久々に己の「真の姿」を曝け出しての殺戮に出られることにルクス城砦の将軍「レスター」は、喜びを感じていた。

 

 

「―――レスター将軍! お命頂戴―――――――」

 

 

 扉を蹴り破って言って来た兵士の一人の顔が驚愕に染まっていた。

 

 

 そこにいたのは禿頭の人間ではなくおよそ人間には思えない短角の牛が人間になったような化け物。

 

 

 二十チェートを超えた体躯に盛り上がるだけ盛り上がった筋肉―――白い肌に「三本角」の東洋における化け物「鬼」を連想させる存在であった。

 

 

 休眠期でありながらも発現させた己の五体の確認として、まずは扉を蹴り破った兵士達を血祭りにする。

 

 

『将軍としての最後の指導だ……貴様達に真の恐怖というものを教えてやろう!!!』

 

 

 レスター……ならぬ『トルバラン』という魔物は、雄叫びを上げながら殺戮を開始していく。

 

 

 ルクス城砦に止まぬ悲鳴と絶叫が上がり、包囲をしいていた傭兵部隊の隊長であるサイモンは就寝から飛び起きた。

 

 

 無論、音全てが聞こえたわけではない。しかしここからでも聞こえる大音声であった。幕舎に入り込んできた男の報告を聞きつつ指示を出す。

 

 

「サイモン殿、ルクス城砦が―――」

 

 

「篝火を強くしろ。それと精鋭部隊を結成させて、ルクス城砦の様子を見に行くぞ」

 

 

 五百アルシンの辺りに陣取っていたタラードの軍団。それを率いるサイモンは、事態の異常性を感じ取っていた。

 

 

(ラフォールがトレビュシェットを持ってくれば終わりだったろうに……自棄になりやがったか、あのハゲオヤジ)

 

 

 心中でのみ軽口をたたきながらも、それ以上の何かを感じ取る。事実、レスターに対しては元同僚と言うには格が違いすぎた剣士が注意を払っていた。

 

 

 その注意とは、こういった事態に対してのものだったのではなかろうかとも感じる。

 

 

 そうして――――サイモンがルクス城砦に向かった時には砦のあちこちから煙が上がり、それが火柱となって燃え上がっていた。

 

 

 黒い花崗岩を積み上げて築いた城砦であり、ここを破るには質量をぶつける兵器が重要であった。

 

 

 いつぞや、そういう砦に火攻めを行った将軍がいたが、あいにく「土」などを焼いた壁ではない故なのか燃え上がることはなく、火攻めは難しいという判断。

 

 

 しかし――――中で小火が起こり、それが大火となれば―――熱を逃がすには不合理な「家」だ。

 

 

 火の勢い次第では中の人間は蒸し焼き状態になってしまうだろう。

 

 

「サイモン隊長どうするよ?」

 

 

「……城門開け放ってくれれば逃げた人間を保護出来るんだがな……判断に困るぜ」

 

 

 傭兵部隊の副長が、火を上げて燃え盛るルクス城砦を見ながら、言ってきたがサイモンとしても困ってしまう。

 

 

「仕方ない。とりあえず裏門ぐらいは開けるぞ。丸太持ってきただろうな」

 

 

「へい!」

 

 

 北側にある裏門は、南側の正門と違って作りが小さい。更に言えば裏門の隣にある第二の門は、鉄の扉としかいいようがない代物だ。

 

 

 抵抗ないならば、そこをぶちやぶるぐらいは出来るはず。

 

 

「用水確保出来ました」

 

 

「よし、破れ!!!」

 

 

 騎兵が左右に展開しながら丸太を紐で持ち上げている。それを騎馬の進行方向の勢いそのままに、扉に当てる。

 

 

 非常に原始的な攻城兵器であり、今では殆どの国で使われていないものだ。それは馬も人間も守備力無くすものであり、「特攻」としか言えないものだからだ。

 

 

 しかしそれが今回は採用できた。砦の中からは助けを求める声ばかり―――妨害は無いのだから。

 

 

 

 ―――そうして夜を照らす大きな火は朝になると同時に、消し止められた。

 

 

 サイモンは怪我人の治療の後送。実況見分をする羽目となりレスターの首で一攫千金とはいかないことに酷く落胆した。

 

 

 助けられた兵士達の証言によれば狂乱したレスターにより火付けが行われ、俄かには信じがたいがレスターの驚異的な膂力によって多くの兵士達が殺されていったと。

 

 

 曰く巨大化した将軍の腕が五十人を吹き飛ばし、曰く将軍の咆哮が兵士達の体を砕いただの……およそ信じられるようなことが一つもない。

 

 

 ともあれ、その後レスターは火に巻かれながら死に絶えたという証言が多数有り、自暴自棄ゆえの「自殺」という結論となった。

 

 

 炭化しすぎた死体のどれかを判別することは出来なかったが、レスターが先王ザカリアスから下賜された宝剣。それを握り締めている体格ほぼ同一の死体が見つかり、レスターの死亡が「確認」された。

 

 

 後に、この事件は「ルクス城砦の怪」と称されていくことになり、様々な諸説が流れていくことになる。

 

 

 中には、こんな証言もあった。包囲していたアスヴァール軍の証言には『砦の正門方向から、何か巨大な『マシラ』(大猿)のようなものが飛び出ていった』というものだ。

 

 

 それが夢か現かは分からぬが、それでもこのルクス城砦が落ちたことにより、ギネヴィア率いる正統アスヴァールは大陸側全土を支配下に置けた。

 

 

 かくして――――アスヴァールに関する騒乱は一旦の落ち着きを取り戻して、西方情勢は全てブリューヌ側に移っていくことになる。

 

 

 それは新たなる戦乱の幕開けでもあった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。