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「助かるよ。まさかこれだけの鎧を用意してくれるとはね。リュドミラには感謝してもしきれないよ」
「アレクサンドラ様の支援をするためにリュドミラ様はこれを運ぶように言いました。兵も自分も要らぬならばせめて装備だけでも融通したいと」
海戦において、重い鎧は過重なものであり不要なものと思われがちだが、それでも身を守る鎧が必要となる場合がある。
その中でもリュドミラが治めるオルミュッツ製のアーマーは、海戦においても有効なものだ。
凡そ五十ものそれを選抜した手練れの騎士に使わせることで、生存率を上げる。だがそれでも足りないかもしれない。
火砲という武器がただの攻城兵器というだけでなく戦姫やそれに対するだけの戦士に対抗するために作られた兵器でないなど言い切れないのだ。
書かれている情報だけならば、人間の肉体を五十人単位で木端微塵にするだけの威力があるようだ。
(問題は射程距離だ。そんなに遠くまで打てないようだが……)
長距離兵器としては「トレビュシェット」が、こちらを滅多打ちにするはず。これまたアスヴァ―ルへと運ばれるはずだったその投石器の威力と射程もまた脅威だ。
これらに対抗するためには、どうしたらば良いのか。
「では私はこれにてアレクサンドラ様。ご武運をお祈りしております。あなたに黒竜と戦神トリグラフの加護があるように」
「ありがとう。彼女にもよろしく伝えておいてくれ」
リュドミラの領地の武官が自分の執務室を出ていくと同時に、頭の中で考える。これらの兵器を「無効化」する方法を―――。
一つは思いつく。だがそんなことは許せない。第一、武官達は海戦をするつもりで動いている。即ち水際での防衛戦である。
となると操船でこれらの兵器を無効化せねばならない。
(いざとなれば竜技(ヴェーダ)を使うことも考えるようか……)
あれだけエレンやリュドミラなどにも言ってきたというのに、自分がその戒めを破ろうとしている。
しかし、それもまた仕方のないことだ。そもそもこれらの兵器の開発目的はどう考えても自分たちに敗北させるためのもののはずだ。
(彼ならば……どうやって無効化するのだろうか?)
足音が聞こえる。去っていく武官とは違いこちらへと向かってくる音だ。その気になれば足音を消すぐらいは出来るだろうに、それをしないのは自分に敵意が無いことを示すためだろう。
何とも気回しの良い。だがそれは自分の部下たちを安心させる良薬だ。
「起き上がっていていいのかな?」
開け放たれた扉から姿を見せる黒髪の剣士。その姿を見た時に、胸が高鳴るのを抑えられない。
「問題ないよ。というか同じような質問を昨日もされたから少し興ざめだな」
「それはすまない。しかし帯剣していても咎められないというのは少し不味くないか?」
入ってきた姿を見ると彼の腰には、愛刀である鬼哭があった。普通ならば少しは警戒させられるところだが、彼にはそんな気は無いのだ。
みんながそう思っているのだろう。それ以前に戦姫がそう簡単に負けるとは思っていないのだろう。
「リョウがそんな人間ではないというのはみんな分かっているのさ」
「そうか………」
「な、なんだい? そんな僕の身体を凝視して、欲情したならば夜になるのを待ってくれないかな……色々と心の準備が僕にも必要だよ……」
「言っちゃなんだが俺も同じようなやり取りをつい先日やったような気がする」
自分の身体を抱きしめて顔を赤らめているサーシャには悪いが、リョウが考えていたのはそういうことではなかった。
昨日のロリータ娘から続く西方の娘の間にはヘソ出しの衣服が流行っているのかという疑問であった。
しかし、サーシャの戦装束というのはそういう範囲ではなく、動きやすさを重視した結果なのだろう。
それにしたって布で覆われた部分が少ないのと彼女自身の色香が扇情的すぎて、どうにも居心地が悪い。
「話したいことがあるそうだが、何かあったのか?」
「うん。実を言うと少し厄介なことがあってね。君の知恵を借りたい」
「俺の力が役に立つかは分からないが、まぁ全力を尽くそう。俺も君に聞きたいことがあるんだがいいかな?」
「もちろん。僕の知っていることならば答えるよ」
そうしてサーシャとリョウは、広げられた地図を前に様々な軍略を話し合う。
若い男女が話す内容としては、色気も何もなかったが、それでもサーシャは楽しかった。
◇ ◆ ◇ ◆
「ヤーファへの商船の手配ですか?」
「ええ、後々でいいのですが、とりあえずそうですね「水稲」の苗と「竹」の苗などを輸入出来るのならば交渉してもらいたいのです」
執務室に陳情に来ていた領地の商会の代表者にそういったことを言うとやはり怪訝な顔をされる。
「無論、ジスタートとヤーファの気候の違いなどは私も分かっております。ですが、だからといって出来ないことでもないでしょう。栽培などに関してはこちらで一任させてもらいます」
「戦姫様がそうおっしゃるのでしたら異存はありません。それと、この氷を利用した産業というのはよいですな」
「ええ、考えてみれば我々ジスタートの民というのは氷雪を忌みものとしてしか捉えてきませんでしたからね」
寒冷なジスタートにとっては温暖な気候というのは、一種の憧れでもある。四季はあれども夏よりも冬が長いジスタートの人間にとっては、どうやって寒さを凌ぐかのみの観点しかもっていなかった。
食糧保存程度ならば無論あったのだが、まさか雪の下に生野菜をしくことで「甘味」が増すなど考えたこともなかった。
また氷を「売る」ということなど、考えてなかった。西方でも氷を嗜好食品として食べるという文化が無いわけではないのだ。
「街道の整備・氷室の製造はこちらでも行います。あなた方はこれらの準備をお願いします。ジスタートの夏は短い。冬はそこまで来ていると思ってください」
「承知しました。ヴァレンティナ様」
一度こちらを拝跪した商会の代表者が、退室すると同時に溜まっていた政務を見てサインを押すことにしていく。
「そういえば東方の紙文化というのも面白いものだと聞きましたね。『和紙』と言ってました……それも見習いたいものです」
西方では紙は貴重なのだ。安価に調達できる方法があるというのならば、それも手に入れたい。
世界は広い。遠き東方よりやってきた剣士も、そう語って西方の文化に珍しくしていたのだ。
好奇心であり冒険心―――伝説の英雄に憧れる気持ちには、そういったものも含まれているのだろう。
「失礼しますヴァレンティナ様。裁可をいただきたい案件と共にお客人の来訪をお伝えします」
「……どちらか一方というわけにはいかないのでしょうね。仕事をさぼっていた罰として甘んじて受けましょう」
「ではお通ししてもよろしいので?」
文官の言葉に、誰が来たのかを聞こうとした時に、彼女は許可なく部屋にやってきた。
「遠いところからようこそ。今は執務中だからお茶も出せないけれど構わない?」
「どうやら今度ばかりはいたようね。少し安心したわ」
こちらの言葉を意に介さず現れたのは錫杖を手にした金色の髪の色々と豊満な女性であった。戦姫ソフィーヤ・オベルタスだった。
「領地をほったらかしにしているとでも密告するつもりですか?」
「そこまで意地の悪い人間に見えたかしら――――――――――」
皮肉に言葉を続けようとしたソフィーの口が開かれている。呆然と口に手を当てている彼女の視線の先には―――。
「ああ、納得しました。というかそろそろ硬直から解放されてもいいのでは」
「何ということでしょう……私の目の前に偶像などではなく質量を得た神が……」
竜を神扱いとは、この女性の趣味は既知であったとはいえいきすぎではないかと思う。とりあえず神官達に謝れ。
ソフィーの視線の先にはプラーミャがいた。自分の執務机にて丸まって日向ぼっこをしている幼竜は、欠伸をしてからまん丸とした目をソフィーに向けた。
「ヴァレンティナ。この子はどうしたの? どこで飼いならしたの? 名前は? 種類は? ついでにいえばもらっちゃダメ?」
興奮しながらこちらに詰め寄ってきたソフィーに少しばかり辟易しながらも、一つ一つの質問に答えていく。
「……質問が多すぎますよソフィーヤ。とりあえずその子はあげられません。なんせその幼竜は火竜山の主の子息にして将来の山の主である私とリョウの「子供」です」
ソフィーと話している内に集まっていた文官や武官達の何人かの顔が固まる。まさか戦姫が「竜の子供」を生むとか本気で考えていたのか。
人知を超えた力を持っていても身体機能は人間と変わらない。斬られれば血を流すし、「月のもの」も発生するのだ。
不敬罪で死刑にしてやろうかと言う考えの前に古株の老官が、「戯けたことを考えてないで仕事に戻れ」という言葉に、そりゃそうだという顔で全員が散って行った。
部下を殺さずに済んだという安堵をしてからソフィーヤの質問に答えることにする。
「名前はプラーミャ。種類はおそらく火竜、羽根があるから飛竜の血も入っているでしょうね」
「プラーミャちゃんでいいのね? プラーミャちゃ―――ん♪」
荒く鼻息を鳴らしながら、こちらに確認してきたことは名前だけだ。そして自分の机にいたプラーミャを抱きしめようとしたのだが、一瞬早く自分の膝に移動してきたプラーミャに間合いを空かされて、執務机に頭をぶつけるソフィーヤ。
頭を抑えながら、蹲るソフィーヤ。どうやらかなりいたかったようだ。
そして机を荒らすなという思いと憐みの思いで見ていたら回復したソフィーは立ち上がると同時に―――。
「や、やるわねヴァレンティナ。私の弱点を突いてこのような攻撃を仕掛けてくるなんて、流石は『虚影の幻姫』。恐ろしき力だわ」
「今のは貴女の自爆でしょ。第一こんなことで私の異名を出してほしくないんですけど……」
涙を目に溜めながら怒りの緑眼で見てきたソフィーヤに、呆れる思いである。
竜が好きなのに竜から少し恐れられるのが彼女だというのは聞いている。ライトメリッツの戦姫のところにいる幼竜とのやり取りもこんな感じなのだろうか。
膝の上で丸まった竜の喉を撫でてあげると余計に殺気をぶつけてくる。
「思うんですが、あなたのその猫かわいがりみたいなのが悪いと思うんですよ。エレオノーラの所にいる幼竜はどうか知りませんけどプラーミャは山の主の子息、つまり誇り高き竜王の血統ですよ」
「だ、だからこそ建国王の時代から竜と関わりの深い戦姫として精一杯愛情を注ぎたいのに! 何で!?」
「……つまりですね。彼らの尊厳を少しは尊重してあげましょうよ」
プライドというものが、どんな生物にもあるのだから、それを理解した上で、接したらどうかというこちらの意見に彼女が耳を傾けるかどうかは分からない。
『鬼女』とかいう言葉が似合いそうな面構えになりつつあるソフィーヤにそれが通じるだろうか。
「プラーミャ、あの無駄に胸が大きい女の人は別に怖くありませんよ。プラーミャが可愛くてそれを表現したいだけなのです。どうしても嫌になったら戻ってきていいですよ」
仕方なくプラーミャの方に事情を説明する。今にもこちらに竜具で攻撃してきそうなソフィーヤを宥めるにはこれしか無さそうだ。
言葉が通じたのか、首肯してから自分の膝から飛び立ちソフィーヤの方に行くプラーミャ。
腕の中に収まった朱色の幼竜は、ソフィーヤを見上げる。
「そこで頬ずりしない。ついでにいえばきつく抱きしめない。ただされるがまま、あるがままの自然体で接しなさい」
見上げると同時に何かしようとしたソフィーヤにすかさず機先を制する形で、忠告と助言を放つ。
「うう……それはそれで苦行ね。けど……暖かいわこの子……」
来客用の椅子に座り、ソフィーヤの膝で丸まったプラーミャ。そうして落ち着いたところでプラーミャの全身を撫でていくソフィーヤ。
「猫と同じですよ。竜は少しきままなところがありますから、そこを理解して接してあげてくださいな」
「ああ……幸せ。正直ここに来た目的なんてどうでもよくなってきたわ」
恍惚とした表情をするソフィーヤ。まぁ本人が幸せならばよいだろう。
「ではプラーミャを存分に撫でたらお帰りください」
「持ち帰り出来ないならば、目的は果たさないとならないわ」
内心、このままここに来た目的を忘却して帰ってくれないかと思っていただけに舌打ちを隠せない。
回されてきた書類を机に置きながら、彼女の用件を聞くことにする。
「客船クイーン・アン・ボニー? 聞いたことありませんわね」
「ある貴族の行っていた事業の一つ。上流階級のお遊びの遊覧船だったんだけど、これが少し厄介なことになっているのよ」
「海賊に襲われたというオチですか」
首肯をするソフィーヤに、それが今回の事に関して何の関係があるのか……どうせ、既に色々と終わっただろう。
「男子の貴族の子弟は殺されたり奴隷として売られたそうなんだけれど……そこからが問題なのよ」
「残された女の方は海賊の慰み者となっているということかしら」
「その通り。更に言えばその中にはかなりの有力貴族もいるということ……彼女らの親は陛下に救出の嘆願をしようとするところだったのよ」
「………止められましたの? その嘆願」
ソフィーヤの言い方が引っ掛かり聞き返す。つまりその嘆願は国王の耳に入らず、どこかで差し止められた。
国王に言わずともそれだけのことが出来るものは宰相―――いや、それ以上の地位のものが、遠ざけたのだ。
「エリザヴェータが、それを止めたのよ。有力貴族の領地はルヴ-シュに属していたから」
「………前から想っていたのですけど、どうにもあの子は自分の身の丈以上のことをやろうとしますよね。戦姫としての務めは少し現実的にすべきだと思いますよ」
ヴァレンティナとしては本当に頭を抱えたくなる。つまりエリザヴェータは、その有力貴族の子女を救出する腹なのだ。
それが彼女の軍単独で行われるならばともかく、他の戦姫などとの共同作戦の時にやるというのならば、連携行動を乱しかねない。
「いっそのこと、オステローデ軍を動かした方がいいんでしょうか」
「それをしたらば、サーシャが困ると思うのだけど……」
「大丈夫ですよ。リョウがいれば風の女神の如き神速で敵船に乗り込み、軍神・戦神のような剣劇殺劇を披露出来るはずです」
困り顔のソフィーヤに、自慢げに答えながら場合によっては自分もこの海戦に参加する必要があるかもしれない。
第一、アレクサンドラなどにリョウを渡すつもりはないのだ。
「それであなたとしては私にそれを話してどうしてほしいのですか?」
「さぁ? 私が何か頼んでもその通り動くかはあなた次第。私としてはその東方剣士のためならば何でもすると言ったあなたの心意気に賭けてみようと思う」
「分の悪い賭けをして破産するタイプですね。ソフィーヤ・オベルタス」
「本当に? ヴァレンティナ・グリンカ・エステス?」
短い言葉ながらも真剣な顔で名前と共に問いかけてきた金色の戦姫に何も答えられなくなる。
つまりは……アレクサンドラを助けてほしいということなのだ。ソフィーヤとアレクサンドラの間には少しばかり友情が存在している。
年長の戦姫同士の共感とでもいえばいいのか、そういったものだ。
だからといって自分に言うのは少しお角違いなのではないだろうかと思っていた時に、武官の一人が執務室に入ってきて急報を伝えた。
「戦姫様、ジスタート沿岸部に不審な船団が現れまして、我が方の商船が襲われかけました……って、あ、あれ?」
「どうやら随分と入れ込んでいるようね。どこが分の悪い賭けなのかしら」
嘆息しつつ、既に執務室から消え去ったヴァレンティナ。もはや理解した。あの戦姫は、自分たちを謀っていたのだ。
長距離の転移すら苦も無く行い、そして身のこなしの速さ。武官が瞬きする一瞬で――――。
「私の膝の上で微睡んでいたプラーミャちゃんを連れて行く敏捷性、あなたが病弱なんてのは完全な嘘ね」
二重の意味でソフィーは怒りを覚えた。一つは幼竜を連れて行ったこと、もう一つは自分の友人であるアレクサンドラを意図せずとも馬鹿にしていたということ。
「だからまぁ……少しはあの子の助けになってくれると嬉しいわ」
その後でならば、自分は許さなくもない。そうしてから執務室を出る官僚たちが恭しく敬礼をする中、ソフィーは公宮を後にした。
慌ただしくも、対処を過たず行い領地に関することを決めていく彼らを見るからに彼女が、いきなり消え去るのは今に始まった話ではないのだろう。
「それにしても……プラーミャちゃんか……少しやんちゃなところがあるルーニエちゃんとは対照的に育ちが良い感じがするわ」
二匹の幼竜は、それぞれの魅力を持っていてソフィーとしては本当に困ってしまう事態だ。
頬に手を当てながら先程まで撫でていた幼竜の暖かさが残っている感覚を覚えて名残惜しかった。