この織斑一夏は物覚えがいいようです。   作:夜水秋水

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 長期間に渡って更新が滞っていました。大変申し訳ありません。
 私生活がようやく落ち着きを取り戻したので、更新を再開しようと思います。

 よろしくお願いします。


第10話 約束のつづき

 出会ったばかりの彼女は、ただただ小さいという印象だった。

 生来のものだろう小柄な体格と、片言言葉がそれを助長していたのだと思う。

 教室で一人、寂しさを押し殺すようにふて腐れていた彼女。

 

 話しかけたのは、手を差し伸べたのは、気まぐれなどではなかった。

 気持ちの伝え方はよくわからないけれど。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 廊下を壊したのは僕の責任ということにしてもらった。あの惨状を捨て置くわけにもいかなかったし、目撃者もいなかったのだからそれが妥当な判断だったと思う。

 なにより、彼女の言葉を汲むと、悪いのは僕だったようだから。

 

 「それで、何があったのかは言わないんだな?」

 「・・・・」

 

 僕は今、散らかりきった寮長室で反省文を書かされていた。今にも書類がこぼれ落ちそうな机の上、そのわずかなスペースで原稿用紙を広げている。これを見ても片付けようとしない姉さんにはぜひ僕と同じく反省して頂きたいものだ。改めて思うが、それほどまでに汚い部屋だった。

 流石に脱ぎ散らかした衣服の中に下着まで混じっているのは勘弁してほしい。

 

 「なんだ?」

 「いえ、なんでもありません。それより、できました」

 

 僕の目線の動きだけでなにかを感じ取ったのかもしれない。不穏な空気を発し始めた姉さんに、ごまかすように完成した反省文を手渡す。

 ひとまずは見逃してくれたのか、黙って姉さんは僕の手から原稿用紙をさらった。けれど、目を通しはせず。

 

 「大方、凰を怒らせでもしたのだろう」

 

 さらっと言った。

 いやいや・・・なんでわかるの?

 

 「お前はあんな軽率なことをする奴ではないし、凰は一限を無断欠席していたからな。そう考えるのが自然だ」

 「自然って、鈴ちゃんが授業をサボったのは僕と関係ないかもしれないじゃないか」

 「あいつがおかしな行動をするのは一夏、お前が絡んだ場合だけだ」

 

 姉さんははっきりと断言する。

 反論したいところだったが、実際僕が彼女を怒らせたのは紛れもない事実であるため僕は何も言えない。

 言い返さない僕に、姉さんは言った。

 

 「それで、何があった。言ってみろ」

 

 言ってみろ。先程と言葉自体は同じでも、含む意味が少し違っていた。

 僕の話を聞いてくれるということだ。教師としてではなく、姉として。僕のこの世界で唯一の姉弟として。

 そのことをありがたく思ったり、くすぐったく思ったりしつつ、僕は口を開く。

 

 「姉さんの考えてる通りだよ。ちょっと、口喧嘩?みたいになっちゃって」

 「そんなもの、お前らはしょっちゅうやっていただろう。今度は何を言った」

 「僕は、鈴ちゃんを本当の妹みたいに思ってるって言ったんだ」

 

 思い出すのは、春の陽気を感じる朝の廊下。

 それらを吹き飛ばすかのように放たれた鉄拳と、僕に突き刺さった彼女の言葉。どちらも強烈に僕の記憶に残っていた。

 僕を見る彼女の、怒りに潤んだ瞳とともに。

 

 「ふぅ・・・・・」

 

 ため息をつくと、姉さんは目頭をもみ俯く。その仕草一つ一つからにじみ出ている苦労の原因の一端を僕が担っていることに、罪悪感を覚えた。

 精神年齢的には僕より年下である女性は、疲れたように言った。

 

 「あいつが哀れに思えてならないな。一夏、お前と凰の間には決定的なズレがあるんだよ」

 「ズレ?」

 

 僕を諭すように、姉さんは言う。

 

 「お前は記憶力が良すぎる。小学生の時の凰の姿を鮮明に覚えているから、初対面の印象をいつまでも残しているから、お前の中の凰は成長していないんだよ」

 「僕の中の・・・」

 「一方で現実の鳳は中学生、高校生となるにつれて成長した。特にこの一年間、あいつはお前の知らない時間を過ごしてきたんだ」

 

 僕の知らない時間。確かにその通りだ。

 中学生の時転校していってから、彼女が中国で何をしていたのか、どんな経験をしてきたのか僕は知らない。事実としては知っている。だが、彼女自身の思いを聞いたことはなかった。

 

 「分かるか、一夏。あいつはもう、お前が思っているほどか弱くはないってことさ」

 

 姉さんの言葉が、やけに心地よく響いた。僕がなぜ鈴ちゃんを怒らせてしまったのか、ようやく掴めた気がする。

 彼女はきっと、いつまでたっても変わらない僕に苛立っていたのだ。

 いつまでも成長しない僕に。

 

 「ありがとう、姉さん。なんとなくだけど、わかった気がするよ」

 「・・・そうか。精々油断しないことだ。今度のクラス対抗戦、あいつは自分の力を見せつけようとするはずだからな」

 

 手っ取り早く自分の成長を理解させるために。

 そう言う姉さんに、僕は緩みかけた気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だからって、初戦から当たることはないと思うんだけどなあ・・・」

 『トーナメントの組み合わせは厳正なる抽選の結果だ。文句を言うな』

 

 いや、それは分かってるんだけどさ。やっぱり思うことはあるわけで。

 ピットで準備している僕に、オープン・チャネルから織斑先生の声が聞こえた。

 

 「油断は禁物ですわよ、一夏さん。相手は近接格闘型。私の時とは勝手が違いますからね」

 

 続けて言ったのはセシリアだ。僕を心配してわざわざピットまでついて来てくれているのである。それはありがたいんだけど、危ないからあまり近づきすぎないでほしい。

 試合前に何を遊んでいるのかとでも言いたげに、箒の機嫌が悪くなっていくのが僕に試合以上の緊張感を与えていた。危ないのは僕なのである。

 

 『時間です。オルコットさんと篠ノ之さんは一夏くんから離れてください。出撃体勢に入ります』

 

 そうこうしているうちに山田先生が試合時間になったことを知らせてくれる。僕に寄り添うように立っていたセシリアも距離をとった。

 離れる前に、箒が僕に言う。

 

 「えーと、なにかな?」

 「・・・・試合が終わったら、覚えておけ」

 

 試合が終わったら僕をどうするつもりなのか。

 

 「ちょっと、箒?試合が終わったら僕は一体どうなるのさ!?」

 『織斑・・・いいから早く出撃体勢に入れ』

 

 身の危険を感じる。今すぐ箒に釈明したい気持ちだが、織斑先生の注意を受けて踏みとどまる。どことなく織斑先生の声も投げやりだった気がした。

 白式の両足を固定され、ハッチが開く。数秒後、僕は空中へと飛び出していた。二度目ということもあり落ち着いたものである。

 僕はアリーナのほぼ中央まで舞い上がると、そこで滞空する。目の前には、専用機を身に纏った鈴ちゃんの姿があった。

 赤黒い色の機体だ。両肩のスラスターには大きなトゲがついている。見た目的にも攻撃的なISだ。

 

 『覚悟はいいわね?一夏』

 

 オープン・チャネルから聞こえるのは、何度も耳にしてきたものと同じ声。だというのに、僕には別人のように聞こえた。

 

 「約束のことだよね?」

 『そうよ。勝った方が何でも言うことを聞かせられる。あんたは今から心の準備でもしておくといいわ』

 

 ―――――なんでだと思う?

 そう言って笑った鈴ちゃんが、僕にはやけに大人びて見えた。挑戦的で、魅惑的な瞳。

 試合開始のブザーが鳴り響く。同時に僕たちは飛び出した。

 

 『勝つのはあたしだからよっ!』

 

 大きく振りかぶられた青竜刀が、僕の頭を狙って振り切られた。僕は雪片を頭上にかざす。

 直撃した瞬間、衝撃が腕に響いた。

 

 「くっ!」

 

 たまらず僕は後方へと弾き飛ばされた。僕を追って鈴ちゃんが迫ってくる。

 上から振り下ろされた斬撃を受け、下から切り上げてくるのを躱す。さらに彼女はもう一本青竜刀を召喚した。

 息もつかせぬ連撃だ。右手と左手、両手で握った二本の青竜刀を駆使して鈴ちゃんは僕を攻め立てる。僕はなんとか合わせて雪片を叩き付け、弾かれながらも防御した。

 この距離は危険だ。このままではいずれボロが出てやられてしまう。一旦距離をとって体勢を立て直さなければ・・・。

 

 「――――甘いわよ」

 

 そんな僕の行動など予想済みだったのかもしれない。

 肉声が届く距離。彼女の右肩のスラスターが不自然に揺れたのが僕には見えた。

 しまった!これは甲龍(シェンロン)の第三世代兵器――――。

 

 「うああっ!?」

 

 無防備だった僕の胸を何かが殴り飛ばした。PICでも制御しきれないほどの衝撃によって、僕の身体はアリーナの地面に叩き付けられる。砂埃が舞った。

 砂が僕の口の中に入る。じゃりじゃりした感触を噛みしめ、それでも僕は必死に体を起こす。ハイパーセンサーによって、再度甲龍のスラスターが揺れるのを僕は察知していた。

 

 「ぐっ・・・!」

 

 転がるように右に避ける。数瞬後僕のいた場所に何かが激突した。続けざまに放たれるそれを、白式のスラスターを全開にし吹き飛ぶようにして躱す。

 彼女の攻撃は止まらない。僕の回避先を予測していたのか、鈴ちゃんは僕の前に回り込んできていた。

 放たれる斬撃を今度は受け止め、僕は鍔迫り合いに持ち込む。

 

 「ぺっ。・・・やっぱり、データで見るのと実際に目で見るのは違うな」

 

 甲龍に搭載された第三世代兵器、龍咆。砲弾どころか砲身すら見えない衝撃砲だ。

 苦しげに呟く僕に、鈴ちゃんは言う。

 

 「やっぱりね。立ち上がりは弱いと思ったわ」

 「・・・よく御存じで」

 「当然よ。あたしはあんたの幼馴染なんだから」

 

 鈴ちゃんは得意げに言った。対照的に僕は顔を歪ませる。この子は僕のことをよく知っていた。

 自分で言うのもなんだが、僕はISの操縦技術という面ではいまだ素人の域を脱したばかりだ。依然代表候補生と比べたら見劣りするレベルである。そんな僕がセシリアに勝ち放課後の特訓で割と動けているのは、彼女たちの動きを記憶する時間があったからだった。

 けれど今回は違う。鈴ちゃんは僕の記憶能力については既に承知しているから、ここまで果敢に攻め込んできているのだ。この子はわかっている。

 僕がまだガチンコ勝負では、彼女と渡り合えないことを。

 

 「まったく、姉さんの言うとおりだ」

 「・・・?」

 

 雪片を握る手に、一層の力を込める。彼女も負けじと押し返してきた。ギチギチと刃が擦れ合い、金属音が耳に障る。

 やっぱりだ。こうして思い切り押してみてもビクともしない。あんなにも小さかったのに、今では僕をぶっ飛ばすまでに強くなっていた。

 

 「君があんなにも怒ったわけが、ようやく理解できた気がするよ!」

 「!!」

 

 僕は零落白夜を解放した。蒼く煌めく刀身に危機感を覚えたのか、鈴ちゃんが飛び退く。それを確認して僕は零落白夜を解除した。これはただのこけおどしだ。

 僕たちの間に距離が生まれた。僕は言う。

 

 「あの時はごめん。君の言うとおり、僕は何も分かっていなかったみたいだ」

 『ふぅん?殊勝な物言いじゃない。だったらもう、わかってるわよね?』

 

 彼女は僕を探るように言った。本当にわかっているのか僕を試しているのだろう。

 小さくて、けれど大きな幼馴染に僕は答える。

 

 「約束(・・)するよ。もう二度と君を、鈴ちゃんなんて呼ばないから。()

 

 僕の気持ちは、少しは彼女に伝わったのだろうか。

 鈴は少しだけ目を見開く。頬がわずかに色づいた。

 

 「・・・やっと、わかってくれたんだ」

 

 鈴が俯いて何かを呟いた。それはオープン・チャネルを通したものではなかったから、僕にはなんて言ったのかわからない。それでいいのだ。きっと、彼女もそれを望んでいるのだから。

 鈴は二本の青竜刀を連結させる。顔を上げた彼女はもう戦士の顔をしていて。

 

 『ふん!それでも、手加減なんてしてあげないわよ!』

 

 青竜刀――――双天牙月を投擲した。僕は雪片でそれを弾き返す。

 このまま大人しく負けるつもりはない。ここから巻き返しだ!

 

 

 

 

 

 

 

 




おそらく不定期更新になってしまうかと思います。
長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
 
次回もよろしくお願いします。
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