この織斑一夏は物覚えがいいようです。   作:夜水秋水

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第11話 唐突な幕切れ、そして始まり

 一夏はあたしのことを何もわかっていない。

 

 日本語をうまく使えないあたしが、日本に来てどれだけ不安だったか。

 自己紹介でクラスメートたちに笑われ、あたしがどれだけ惨めだったか。

 

 ―――――こんにちは。あ、中国語の方がいいか。ニーハオ。

 

 初めて話しかけてくれたとき、あたしがどれだけ安心したか。

 日本語を教えてくれて、日本のしきたりを教えてくれて、ひとりぼっちのあたしと遊んでくれて。

 あたしがどれだけ、どれだけ嬉しかったか。楽しかったか。

 

 そう、彼はわかっていないのだ。

 

 あたしがどれだけ一夏のことを好きなのか。

 名前を呼んでくれたくらいで許してなるものか。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 「もう、何をやっていますの!?」

 「わっ!?」

 

 モニターに向かってセシリアが叫んだ。座っていた真耶がびくんと跳ねる。少しだけ気の毒に箒は思った。

 しかし、箒もセシリアと同感ではあった。一夏の一方的なやられっぷりに箒もまたイライラしていたのである。

 

 「何を押されて、反撃なさい! あ、そこっ! 撃たれますわよ!」

 「お、オルコットさん。少し落ち着いてください。ここで叫んでも、一夏君には聞こえませんよ?」

 「これが落ち着いていられますか! このままでは一夏さんは、あの中華娘にいいようにされてしまうのですわよ!?」

 「ちゅ、中華娘って・・・」

 

 本人たちがいないのをいいことに、随分な言い様だった。

 

 「どうやら様子見などではなく、単純に手も足もでないようだな。今の織斑より凰の方が戦闘経験も技術も勝っているのだから当然か」

 

 そんな二人には目も向けず千冬が言う。かつてブリュンヒルデとまで謳われた彼女は、鈴と一夏の力量を正しく見計らっていた。

 ISの世界においては、稼働時間の長さがそのまま実力と直結する。とくに専用機ともなれば、乗れば乗るほど経験値が蓄積されていき熟練度だけでなくISの性能も向上していくのだ。

 それを考えれば、この試合展開は当然と言えた。

 

 「それでは、一夏は凰には勝てないということですか?」

 

 横でそれを聞いていた箒が言う。彼女の顔色には心配の色が濃くなっていた。

 縁起でもないことを、そう言ってセシリアが口を挟む。

 

 「一夏さんが負けるはずありませんわ! もう少し時間が経てば、徐々に凰さんの動きをつかめるようになるのですから」

 「だが、凰にはその時間を与えるつもりはないようだ。あいつは織斑の能力について知っているはずだからな。それを考えてのこの猛攻だ。そこまであいつが耐えられるかな」

 「そっ、それは、その・・・!」

 

 正論だった。それ故にセシリアが反論できるわけもない。悔しげにモニターを見つめる。若干頬が膨らんでいるような気がした。

 黙り込んでしまったセシリアに、見かねた千冬は付け足すように言う。

 

 「・・・だが、思った以上に織斑も粘っているようだ。おそらくここまでに凰は試合を決めたかったはずだからな。お前たちとの訓練も無駄ではなかったようだ」

 

 千冬はモニターをじっと見つめる。アリーナでは一夏と鈴が鍔迫り合いを繰り広げていた。

 そこで一夏が零落白夜を解放する。驚いた鈴が後退して距離をとった。それを確認して、一夏は零落白夜を解除する。

 いい判断だ。千冬は思った。

 

 「相変わらず落ち着いていますね、一夏君は。あれだけ削られているというのに」

 「まあ、あいつの長所ではあるな」

 

 言いつつ千冬は横目で自らの教え子たちを盗み見る。箒とセシリアは、食い入るように試合の行方を見つめていた。まるで自分の事であるかのように。他人事であるはずなのに。

 その理由は、誰の目にも明らかだったから。

 

 「・・・・短所でもあるか」

 

 ぼそっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の攻撃パターンを完全に記憶できたわけではない。けれど、おおよそのスタイルを読み取ることはできた。ヒントはさっきの衝撃砲にある。

 たしかに強い衝撃だった。だけど、その割には白式のシールドエネルギーは大した減りを見せなかったのだ。それはつまり、彼女の衝撃砲は本当にただの衝撃砲だということだ。不可視の弾丸は不意打ちとして使えばこれ以上ないインパクトを持つが、純粋な火力としてはそれほど怖くはない。

 鈴もそれはわかっているだろう。だからきっと、彼女は最後の一撃は自分の手で決めに来るはずだ。彼女の機体は基本的にパワー型だ。攻撃力が持ち味のISなのである。

 

 「ヒュッ」

 

 小さく息を吸った。同時に僕は地表から離脱する。次の瞬間、僕の足元の地面が弾けた。

 龍咆の弾丸はまったく見えない。けれど、衝撃が放たれる直前、彼女の両肩のスラスターは反動か何かで小さく揺れるのだ。彼女の両腕にある方は、彼女の腕の向きから弾道予測が可能だ。この衝撃弾はどうやら直線にしか飛ばないらしい。

 龍咆の予備動作は記憶できた。後は彼女の近接攻撃に対する対処だ。

 

 『どうしたの? その距離じゃあたしには攻撃できないでしょ!?』

 

 鈴が言う。その間も龍咆による砲撃を休むことはない。僕は所狭しとアリーナ上空を飛び回る。

 これは誘いだ。鈴も近接戦闘を得意としている。僕が飛び込んでくるのを待っているのだろう。しかし、彼女の言うとおり僕には雪片弐型一本しかないのだから、これに乗らざるを得ない。罠だとわかっていても。

 けれど、僕だって先程までよりは彼女の動きをつかんでいるのだ。

 

 「いくよ」

 

 僕は龍咆の砲撃の合間を縫って彼女の方へと宙を駆ける。鈴も待ち構えていたかのように飛び込んできた。牽制代わりに撃ってくる衝撃砲を半身にして躱す。さらに鈴は双天牙月を振り下ろしてきた。だが、この太刀筋はさっきも見たものだ。

 雪片を青竜刀の刀身の腹に叩き付けて軌道をそらす。鈴はわずかに目を見開いた。僕は雪片を振りかぶる。

 しかし、それを振り切ることはできない。目の前で右肩のスラスターが揺れるのを視認した僕はスラスターを逆噴射させ龍咆を避ける。砲撃による追撃によって、僕はまた彼女から引き離されていた。

 

 『今のは危なかったわね』

 「くそっ!」

 

 僕は考える。とにかく僕には近接戦闘のスキルが足りていなかった。今の砲撃も離れるのではなく回り込んだりできれば一気にチャンスになったはずだ。

 放課後の訓練でそういう練習をすればよかったと後悔する。このままでは手詰まりだ。

 なにか、意外性のある一手が必要だった。

 

 「・・・やっぱり、あれしかないか」

 

 僕は決心した。大丈夫だ、イメージはたしかに記憶の中にある。姉さんの現役時代の映像全てを視聴した僕は、その中から一つ、今の僕でも使えそうな技術を見出していた。

 あれなら、砲撃の止んだわずかな空白をついて彼女に攻撃できるかもしれない。

 

 『何ぼさっとしてるのよ。諦めたの?』

 「まさか。逆転の手段を考えていただけさ!」

 

 ハッパをかけてくる鈴に、あくまでも強気に僕は返した。その返事と言わんばかりに撃ち出される衝撃砲を避けながら、僕は空中を疾駆する。

 接近しては離れ、離れては再度彼女の方へと飛び出す。速力なら白式の方が上だ。時折体を掠めていく衝撃波に肝を冷やしながら、僕はタイミングを探る。僕らの間に漂う緊張感が高まっていくのを感じた。

 僕が衝撃にあおられ、体勢を崩すのを待つ鈴。彼女が前のめりになり、ペースを乱すのを狙う僕。お互いがそれぞれの狙いを待って睨みあう。自分の呼吸の音がやけに大きく聞こえた。

 

 ―――――けれど、結果的には、僕の目論見は外れた。鈴の狙いも同様に。

 

 『敵性ISを感知。ロックされています』

 

 その警戒音(アラーム)がもう少しだけ早ければ、最低限の対処はできていたかもしれない。

 巨大な閃光が、アリーナのエネルギーシールドを突き破ったのだ。鼻先で起こった爆発に、思わず僕はのけぞる。

 

 「なっ!?」

 『な、なに!? なんなのよ、これ!』

 

 鈴の驚く声が届いた。彼女もこれには気づいていなかったようだ。いや、おそらく誰も気づいていなかったのだろう。アリーナで観戦していた生徒たちが悲鳴を上げていた。一気にアリーナはパニックになる。

 

 「これは、一体・・・・!?」

 『一夏君、凰さん! 今すぐアリーナから退避してください!』

 「山田先生?」

 

 山田先生から通信が入った。すると、アリーナの観客席に防護壁が展開される。観客を保護するためだろう。

 わかりきっていたことだが、これは緊急事態だ。山田先生の焦る声が僕にそのことを意識させる。

 

 『一夏! 早くピットに戻りなさい!』

 

 今度は煙の向こう側の鈴からだ。姿は見えないがまだまだ元気なようだった。

 そのことに安堵しつつ、僕は言う。

 

 「それはいいけど、鈴はどうするのさ?」

 『あたしは時間を稼ぐわ。その間にあんたはさっさと逃げなさい!』

 「そんな!鈴を置いて僕だけ逃げるなんて――――」

 

 ――――ピクッ。

 煙の中で光る何かをハイパーセンサーが捉えた。それが僕目掛けて放たれたレーザー弾だと気付いた時には、すでに僕は動き始めていた。僕の脇を光線が駆け抜けていく。かなりの威力を有したものだと、白式が僕に教えてくれた。

 

 「・・・どうやら、もう手遅れみたいだね」

 

 逃がしはしない、ということだ。

 一発でも喰らえば大ダメージは免れないだろう。僕は煙を破って現れたそのISの姿を視認する。見たことのない機体だった。

 まず目を引くのは、全身を覆うように作られた装甲。全身装甲(フル・スキン)を採用しているISはめったにない。なぜなら、ISにおいては装甲の意味が薄いからだ。シールドエネルギーによって操縦者は守られるため、金属壁で身を包む利点があまりないのである。だからISスーツだってほとんど水着のようなものなのだ。

 さらに、詳しい情報はないがあの機体には多くのビーム兵器が搭載されていることも分かった。全身の至る所に銃口みたいな穴が開いている。危険度は高そうだ。

 なおさら、鈴を一人置いていくわけにはいかない。

 

 「僕も残るよ。これでも力になれると思うから」

 『い、一夏君!?』

 「僕らが時間を稼ぎます。その間に、アリーナに残っている人たちを避難させてあげてください」

 『そ、そんな! 駄目です! そんなこと、許可できるはずがないでしょう!?』

 

 焦りと心配が入り混じった声で山田先生は言った。どんな表情をしているのか簡単に想像できて、心配をかけていることに申し訳なさを感じる。だけど、たぶん山田先生もわかっているのだ。

 この状況では、僕たちを止める方法がないことを。そして、あのISを足止めできるのは僕たちしかいないことを。

 

 『・・・いいの? 後悔しても知らないわよ』

 「君を置いて逃げるくらいなら、ここで死んだ方がマシだ」

 

 実は体験済みだったりする。冗談抜きで。

 

 『なっ・・・・!?』

 

 ん? 鈴が慌てている。

 

 「どうしたの? 大丈夫?」

 『だ、大丈夫に決まってるじゃない!? それより、来るわよ!』

 

 完全に煙が晴れたアリーナ。謎のISは、僕目掛けて飛び上がった。その巨大な腕を振りかぶる。僕は左に旋回することで突き出された右腕を躱した。

 動き自体はそれほど鋭いものではない。鈴を相手にするよりははるかに楽だ。僕は上昇していくISを追う。

 

 「やああっ!」

 

 鈴が龍咆を発射した。放たれた幾発もの衝撃砲を、そのISは巨体をひねって器用に躱す。さらに右腕を鈴の方へと向けると、手首に当たる位置にある銃口からレーザーを撃つ。これはただの牽制だ。

 たまらず鈴は龍咆による砲撃を止め回避する。それを確認するや、ISは両腕を大きく広げた。両肩の銃口から、僕たち目掛けてレーザーが降り注ぐ。雨のようだ。

 

 「全身が武器みたいだ!」

 『ったく、めんどくさいやつね!』

 

 急旋回を繰り返してレーザーから逃げ回る。躱しきれないものは雪片で弾いた。両腕のレーザーに比べ威力は小さいが、数があるだけ躱すのに骨が折れる。ビーム弾の数だけで言うなら、セシリアのものよりも濃い弾幕が展開されていた。

 これで両腕のレーザーはセシリアのものより出力が上だというのだから、困ったものだ。

 

 『で、どうするの?』

 

 オープン・チャネルから鈴が言った。闇雲にぶつかってもあのISを捉えるのは難しいと判断したのだろう。僕もちょうど話がしたいと思っていたところだ。

 僕は言った。

 

 「僕としては、しばらく観察する時間が欲しいんだけど」

 『そんなことは分かってるわよ。でも、悠長なこと言ってられる相手じゃないでしょ?』

 「そうだね。まあどっちにしても、僕は近接戦闘しかできないんだけどさ」

 『・・・そうだったわね。そんじゃ、あんたは適当に突っ込みなさい。あたしが援護してあげるから』

 

 鈴の指示に、僕はうなずいた。

 

 

 

 

  





 次回もよろしくお願いします。
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