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あたしが中国に帰国することになったのは、両親の離婚が原因だった。
何がきっかけだったのかは分からない。いつの間にか、両親の仲は冷め切っていて。
日を追うごとに静かになっていく家が、悲しかった。
だから、両親の離婚を知らされた時、あまり驚きはしなかった。
もしかしたら、彼と別れなければならないということで頭がいっぱいだったせいかもしれないけど。
◆◆◆◆◆
『今よ、一夏っ』
「だああっ!」
僕は雪片を真横に振り抜いた。零落白夜の発動によって蒼い光を放つ剣は、一筋の軌跡を描く。
だが、手ごたえはない。寸前で僕の攻撃は躱されたのだ。敵性ISは僕から距離をとると、再度ビーム弾を一斉掃射する。
『もう、何やってんのよ!これで二回目よ!?』
「わかってるよ!もう少し時間を作って!」
鈴の怒声に、零落白夜を解除しながら僕は答える。気持ちは分かる。僕は今のを含めて計二度、零落白夜を外していた。彼女が苛立つのもよくわかる。
だけど、いくら僕でもこの短時間で相手のISの動きをつかむことはできなかった。それができれば、鈴にだってあれほど苦戦はしなかっただろう。
『ったく、もう一度よ!』
そう言って、鈴は衝撃砲による陽動に入る。僕はそれに対処するISの動きを注意深く観察していた。相変わらず無駄がないというか、必要最小限の動きだ。目視できないはずの弾丸を、まるで見えているかのように躱している。もちろんセンサーによる情報を得てのものだろうけれど。
それにしても、そこには一切の感情が混入していないかのようだった。実際にISに乗ればわかるが、いくら360度の視界が保たれているからといっても肉眼で見える範囲は変わらないし、最初は不思議な感覚だった。
しかし、彼にはそういう人間臭さを感じ取れない。見えないモノへの戸惑いも、僕らに抱くはずの敵対心さえ。
なんだか・・・・。
「僕の気のせいなのか?」
まとわりつくのは、違和感。そうだ。おかしいのだ。
さっきの一撃だってそうだ。龍咆の衝撃によって確かに体勢を崩していた。左足の裏に砲撃を受け、前のめりになっていた。その倒れこむような体勢の瞬間を狙って、僕は頭部へ斬りかかった。にもかかわらず、あのISは僕の攻撃をのけぞるようにして躱したのだ。倒れていた体勢から、大きく後ろへのけぞって。
そんなこと、人間に可能なのか?しかも、ただでさえ不安定な空中で。普通なら、のけぞらずにそのまま倒れるように下降しようとするのではないか。倒れかけた状態から起きるより、倒れる方が自然だ。
確かに、のけぞる方が回避後の隙は小さい。身体が起きているからだ。まるであのISは、そう機械的に判断してあの行動を選択したかのように思えた。
「あのさ、鈴」
『なによっ?』
こんな時に話している場合か、そういいたげな声色だ。
そのことに少しだけ心苦しくなりつつも、僕はそれを口にする。
「ISって、無人機とかあったっけ?」
「駄目です!アリーナ全域に遮断シールドが展開されています。各通路の扉もロックされており、このままでは観客を逃がすこともできません」
管制室。真耶が報告したのは、状況があまり芳しくない、はっきり言ってしまえばアリーナの状況に手が付けられないということだった。それを聞いて、千冬の目が鋭さを増す。
既に政府には救援要請は出した。だが、それもどこまで信用できるかわからない。そもそも日本人はこういう緊急事態への対応が遅いのだ。慣れていないのである。ISが発表されるまで、日本は少し治安が良すぎたのだった。
「おそらく、あのISによるものだろうな。まるで邪魔者を寄せ付けたくないかのようだ」
「呑気に言っている場合ですか!このままでは、一夏さんたちが危険ですわ!」
誰の仕業かなんてどうでもいいだろう――――口には出さなくとも、要はそういうことだった。セシリアは苛立っていた。肝心な時に役に立てない自分に。こういう時こそ、彼のそばに立っていたかったというのに。
だが、それは千冬にとっても同じことだ。
「騒ぐな。こうなってしまった以上あいつらに任せるしかない。今も三年の精鋭部隊がシステムクラックを実行中だ。突破口が開けば救援も出せる」
いつにも増して語気の強い言葉だった。
それを受けて、やりきれないのは自分だけではないのだと悟り、セシリアは自らの失言を恥じる。
この状況で呑気なわけがないのだ、織斑千冬が。
「一夏・・・」
そっと箒が呟く。その呟きがセシリアの耳に届いた。ちらりと彼女の顔を覗く。
箒は一心不乱にモニターを見つめていた。それに映るのは、全身装甲のISへ砲撃を仕掛ける鈴と、敵のレーザーを回避しながら静かに相手の動きを観察する一夏の姿。
突然の襲撃にも、二人は冷静に対処していた。彼らが内心でどう思っているのかは知らないが、箒にはそう見えた。
それがなぜか、ひどくこの胸をかき乱す。
箒は、己の無力感を感じていた。
「・・・・私にも、ISがあれば」
映像の中の彼らに、隣のセシリアにあって、自分にはないもの。決定的な自分との差。
遠い。そう思った。
「箒さん・・・」
セシリアには箒の言葉が聞こえていた。けれど、かける言葉は見つからなくて。
彼女もまた、モニターに視線を移した。彼の無事を祈るように。
『はあ?無人機なんてあるわけないでしょうが。ISは人が乗らないと動かないもんなの。あんただって、忘れたわけじゃないんでしょ』
「いや、そうなんだけどさ・・・」
呆れたように彼女は言った。予想していた答えではあったものの、僕はその疑惑を捨てきれない。
鈴が言っていることが正しいというのは僕も承知の上だ。でも、そう考えるとしっくり来たのだ。あのISの動きからは、人なら誰しもが持っているはずのクセが感じられない。クセというか、特徴とでも言えばいいのか。それはあの
あのISにはそれがないのだ。あまりにも動きが機械じみている。それは特徴ともいえるものかもしれないが、少なくとも人間が持つような特徴ではないはずだ。
だったら、自ずと答えは見えてくる。
「僕には、あれが人間の乗っているISには見えない。僕はこれまで、あんな動きをする人間は
確信を持って言った。
自信満々に言い切った僕に、驚いたように鈴は言う。
『・・・そこまで言うか。珍しいじゃない、あんたがそんなに自信あり気なんて』
「そうかな?」
『そうよ。いいわ、あんたの言うことを信じてあげる。それで?どうする気なの?』
鈴はどうやら、あれが無人機だということより、そう言った僕のことを信じてくれているようだった。
そのことをありがたく思って。
「もう一度陽動を仕掛けてみてよ。今度は必ず当てるからさ!」
僕目掛けて、確かな殺傷力を持った光線が放たれる。それを避けつつ僕は言った。
『言ったわね!今度外したら許さないわよっ!!』
その声がどこか楽しげに聞こえたのは、僕の気のせいではなかったと思う。
甲龍が衝撃砲を連発しながら全身装甲のISへと飛び出した。迎撃するようにISがビーム弾をばら撒く。その様子をハイパーセンサーで観察しながら僕もビーム弾を躱していく。
このISも、セシリア同様直線のレーザーしか放てないようだ。軌道の予測は容易い。後はあの腕を使った直接攻撃だが、それについては問題ないだろう。
攻撃される前に斬り倒せばいいだけだ。
『エネルギー充填開始』
この技は、姉さんが使っていたものの中でも最も簡単で、原理も単純なものだ。だからこそ、今の僕でも記憶したイメージ通りの動きを再現できる。
白式が僕の両肩のウイングスラスターへとエネルギーの充填を開始した。同時に僕も全身装甲への接近を開始する。ここまで一度も攻撃が通っていないためか、僕に対する注意は鈴に対するものと比べると緩い。弾幕も心なしか薄い気がした。
しかし、ある程度まで近づいたところで、僕へと意識が向いたようだ。右腕を僕の方へと突き出す。銃口にエネルギーが収束していくのがわかった。
だが、もう遅い。
『充填率100パーセント。充填完了、
「いくぞっ!!」
僕は瞬時加速を発動した。気合のこもった僕の声を置き去りにして、爆発的に加速する。一瞬でトップスピードまで乗った僕は、目標の懐に潜り込む。そのタイミングでやっとレーザーは発射されていた。もちろん僕にはかすりもしない。
僕は零落白夜を解放する。鈴に向かってはなった時とは違い、フルパワー。全力だ!
「おおおおおっ!」
加速した勢いのまま振り抜いた雪片弐型が、全身装甲のISの右腕を切断した。切断面から覗くのは、金属や何かの回路。僕は自分の予想が的中したことを確信する。
そして―――――。
「――――――読み通りだ!!」
僕の側頭部を狙って突き出された左腕を、反転して避けた。相手の右肩だった部分に右手をかけると、そこを支点にしてくるっと背後に回り込む。
予想していた通りだ。人間なら、右腕を斬りおとされた直後に反撃なんてできない。だけど機械なら、痛覚を持たない機械なら、右腕がなくなろうが動ける限り躊躇なく反撃しようとするはずなのだ。
「これで、終わりだ!」
僕は左手で雪片を逆手に握る。大きく振りかぶって、無防備な背中に突き立てた!
零落白夜の力によって光り輝く光剣は、易々と金属装甲を貫く。何かの液体が噴き出して地面を濡らした。
『やったっ!』
通信越しに聞こえるのは、幼馴染の嬉しそうな声。僕は深く息を吐く。
ゆっくりと、正体不明の無人機は倒れていった。
あのISが倒れたことで、アリーナの機能は再び元通りになった。観客からけが人は出なかったし、ひとまずは一件落着だろう。壊れた無人機は先生たちが回収していった。これから様々な調査が行われるらしい。
なにか分かるといいんだけど。
「トーナメントは中止かー。残念だわ」
「・・・まだ戦う気なの?」
僕と鈴は、二人で並んで寮へと歩いていた。残念そうな彼女に僕は驚く。どこまでパワフルなんだこの子は。
すると鈴は、そんなわけないじゃない、と前置きして言った。
「あんたとの試合、決着がつかなかったからよ。おもしろい所だったのに」
「ああ」
そういうことか。僕は納得した。
たしかにいい試合だったと思う。序盤に押し込まれたときは駄目かと思ったが、僕もなんとか踏ん張れた。あれは箒とセシリアに感謝だな。あの二人に放課後しごかれていたおかげで、粘り強さが身に付いた気がする。
今度は本格的にISの操縦技術を磨きたいとは思うけど。
「あーあ、せっかくあんたに何をさせるかいろいろ考えてたのになあ」
「僕はそれを聞いて、中止になってよかったと心底思ったよ」
「なによ。あんただって、あたしに勝った時のことくらい考えてたんでしょ?」
ごめん。負けた時のことしか頭になかった。
僕の内心を知ってか知らずか、鈴は言う。
「―――――まあいいわ。あんたがあたしを妹扱いしなくなったことで、今回は良しとしてあげる」
そう言った鈴の顔が、いたずらっぽく笑う彼女の顔が、なんだか
僕は今一度、認識の甘さを思い知る。
「・・・それはなにより」
苦し紛れに言った。別に苦しんでいるのではない。―――いいや、違うな。これは嘘だ。
なんで僕は照れているのか。そんな自分が理解できなくて苦しかった。
照れ隠しのように僕は言う。
「そ、そう言えば、またお店は開くの?」
「えっ?」
「中華料理屋。昔鈴のお父さんが――――」
――――やってたじゃないか、とは、言えなかった。
夕日に照らされた彼女の顔が、あまりにも寂しそうに見えたからだ。何気なく放った言葉が、彼女にとってはそうでなかったのだと悟り僕は言葉を切る。
何か言おうとしたけれど、それよりも早く鈴は言った。
「ウチの両親、離婚したの。だから、お店はやらないんだ」
そう言った彼女の声は、暗く沈んでいて。
「転校したのもそれが理由なの。お父さんは、今どこで何をしているのかもわからない」
続けて紡がれた言葉に、僕は自分の軽率な物言いを悔やんだ。・・・なぜ気づかなかった。
この子は一言も、お店について話そうとしていなかったというのに。あんなに仲の良かった家族のことを、ここまで口にしなかったというのに。
鈴は足を止める。つられて僕も歩みを止めた。日が落ち始めたせいか、僕らの間に影が落ちる。
両親の離婚。子供を守るのが親の役目で、ゆえに親に子供が振り回されてしまうのも世の常だ。それはこの世界でも変わりなく、だからきっと彼女の日常は一変したのだ。
生半可な慰めはできない。無意味だと思った。そんなものでこの子を笑顔にすることはできない。
「あはは・・・。ごめんね、変な空気にしちゃって」
力なく鈴は笑う。
謝ることなんてないのに。いつだって、謝るべきは僕なのに。
そんな自分が情けなくて、強い彼女がもどかしくて、僕は言った。
「今度、どこかに遊びに行こう」
「・・・え?」
唐突に言った僕に、鈴が戸惑っているのがわかった。
気にせず僕は続ける。一生懸命伝えたかった。
「日本は久しぶりだよね?いろいろ案内するよ。おいしいものを食べよう。駅前に大きなショッピングセンターができたんだ。きっと君も気に入るよ」
「一夏・・・」
ただの気休めだ。なんの解決にもならないその場しのぎ。そう思った。
僕はわかっていた。今の僕には鈴の問題を解決することは不可能だと。もしかしたら、もうとっくに手遅れの状態なのかもしれないと。
だから、僕が伝えたかったことは―――。
「暖かくなってきたら、海とかもいいよね。鈴は泳ぐのも上手だったし、そうだ、花火とかもやろう!箒やセシリアも誘ってさ」
「・・・・っ」
僕は笑いかけた。鈴は俯く。一滴の雫が頬を伝った。
それがなんなのかなんてわかりきっていた。だけど、それでも僕は見えない振りをする。
これでいいんだと思った。
「――――うん。絶対行くっ」
だって、顔を上げた彼女は、何もなかったように笑ったから。
僕は今度こそ、自分の気持ちを間違わずに伝えることができたようだった。
原作ではあまり深く触れられていませんが、両親の離婚で海外へ引っ越しなんてかなり重たい出来事な気がしました。
次回もよろしくお願いします。