この織斑一夏は物覚えがいいようです。   作:夜水秋水

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第2話 姉の机は汚い

 ()から、割と世渡りは上手い方だった。

 ルックスもどちらかと言えばいい方だったし、友達も多かった。恵まれた方だったのだと思う。

 けれど、やはり、だからこそ、ということだったのかもしれない。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 痛む腹をおさえて教室に戻った僕を待ち受けていたのは、入学初日といえどもなんら情け容赦のない授業だった。当然だ。ここに集められているのはエリート中のエリート、ISの操縦者になろうとしているスーパー乙女たちなのだから。僕以外は、だけど。

 まあ、僕もちゃんと事前に配られた必読教本をあらかじめ読んでいたから特別困ることはなかったが。こういう時に苦労しないように下準備は念入りにしたい性分なのだ。

 

 「なるほど。基本事項についてはある程度習得してきているようですわね。けれど、その程度で満足しているようではこのセシリア・オルコットには到底及びませんわよ?」

 「・・・そっか」

 

 授業の合間の休憩時間。数時間をこの環境で過ごしたおかげか朝よりは気が楽になっていた頃、僕は一人のクラスメートにつかまっていた。彼女の名前を僕は覚えていた。セシリア・オルコット。自己紹介の時にそう言っていた。この子の自己紹介はダントツに長かったことも覚えている。

 縦ロールの金髪に碧眼、それにバランスのとれたスタイルは彼女の立ち振る舞いも合わさって令嬢のような気品を漂わせていた。事実いいとこのお嬢さんなのだろう。たしかそんなことを自己紹介で話していたのだ。

 

 「あら、別に落胆することはありませんのよ?イギリスの代表候補生たる私に劣ることは仕方のないこと。あなたも世界で初めての男性の適応者なのですから、私を目標に励まれてもよろしくてよ?」

 「そうだね・・・」

 「・・ちょっと、私の話を聞いていますの?」

 

 僕の相槌があまりに適当だったためだろう。気持ちよさそうに話していたオルコットさんが、話を切って言った。綺麗な眉は彼女の機嫌の悪さを表すかのように歪んでしまっている。しまったな。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。けど僕の気持ちも考えてみてほしい。そんなに上から目線で自慢話(?)みたいな話をされたら誰だってげんなりすると思うんだ。

 仕方なく、僕はオルコットさんに答える。

 

 「聞いてるよ。日本語上手だね」

 「ふふっ、当然ですわ。この程度の言語習得は私にとって造作もないこと。・・・・って、今はそんな話ではなくて――――」

 「あ、ほら。先生が来たよ」

 「~~~!くっ、今回はここまでのようですわね・・・・!」

 

 タイミングよく先生が現れ、僕はなんとかオルコットさんから逃れることができた。やけにぐいぐいくる子だった。僕は小さくため息をつくとイスに座りなおす。

 孤立しっぱなしなのは辛いんだけど、これはこれで厄介かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神修行のようだった一日はなんとか終わった。僕は帰り支度を整えると、帰路に就く。何やら後ろからぞろぞろと女子集団がついて来ているようだけど気にしない。この学園は基本的に女子集団なのだから仕方のないことだ。そういうことにしておこう。

 IS学園は全寮制の学園だ。だから授業が終われば生徒たちはみんな同じ場所へと帰っていく。僕も例外ではなかったし、つまりそれは僕に逃げ場はないということだった。

 

 「右も左も女の子、か・・・。生前は憧れもなくはなかったけど、これはさすがにきっついわ」

 

 誰にも聞こえないように、ぼそっと呟く。僕の言葉は正しく独り言になった。

 きっと織斑一夏でもそう思ったに違いない。

 

 「さて、と。まずは寮長室に行かなきゃならないんだっけ」

 

 そう姉さんに言伝されたのだった。もらった地図はもう完全に(・・・)暗記していたから道に迷うこともない。寮の中に入ったことで僕の後ろの行列も散っていた。それぞれの部屋に戻ったのだろう。背中に突き刺さっていたプレッシャーがなくなって肩の荷が下りた気分だ。

 いや、別に嫌なわけじゃないんだよ?ただ、物事には限度があるというか、もうお腹いっぱいというか。

 

 「ここか。失礼しまーす」

 

 目的地の部屋の前までたどりつくと、僕は入室の許可を得るべくドアをノックした。

 

 「織斑か。いいぞ、入れ」

 

 部屋の主たる姉さんの返事を待ち、ドアを開けて入室する。中では姉さんが机に向かって何やら書類に目を通しているようだった。

 

 「とりあえず今日はご苦労だったな、一夏」

 「はい、あ~、うん。ありがとう姉さん」

 

 思わず敬語で返しそうになるけど、姉さんが僕の名前を呼んだことで僕はここでは姉弟としていてもいいのだと悟る。

 苦笑して答えると、姉さんもわずかに口元を緩ませて言った。

 

 「どうだった?女の園は」

 「どうもこうも・・・からかわないでよ。僕がそんなに楽しそうに見えたの?」

 「ふん、どうだかな。たしかに今はやり辛いだろうが、いずれは慣れなければならないんだぞ。お前はおそらくこの先一生この環境で生きていかねばならないのだからな」

 「それは、そうかもしれないけど」

 

 姉さんの言うとおりだった。僕はこれから女性と切っても切り離せない生活を送らなければならない。あれ、この言い方だとなんだか変な意味に・・・。

 

 「どうかしたか、一夏」

 「いや、なんでも?それより、僕をここに呼んだ理由を教えてよ」

 「・・・そうだったな。お前を呼んだのは、部屋割りについてだ。お前はまだ自分の部屋を知らないだろう?」

 

 姉さんがそう言ってごそごそと書類を探し出す。しかしまあ、随分と姉さんらしい机だ。いや、人間性に溢れていて僕は別に嫌いじゃないよ?ただ、淑女としては、もう少しこう、なんとかならないものか。

 

 「・・・もうちょっと、片付けた方がいいんじゃない?」

 「うるさい。これで私にはどこに何があるかわかっているんだ。・・・・っと、あった、これだ」

 

 姉さんがかき分けるように取り出した書類を僕に見せてくれる。そこには、いくつかの生徒の名前があった。

 

 「これは?」

 「お前のルームメイト候補だ。そこから選べ」

 「選べって・・・僕が決めちゃっていいもんなの?」

 

 こういうのは学園側が決めるべきものじゃなかったっけ。

 

 「ほう。せめて部屋にいるときくらいはお前のリラックスしやすいようにと計らう姉の気持ちがわからない、と・・・」

 「うっわあ!嬉しいなあ、ありがとう姉さん!!」

 

 姉さんの右拳が急速に力を増していくことに気づき、僕は感謝感激の旨を伝える。わざとらしかろうがなんだろうが、ここで黙っていたら負けなのだ。そう何度も鉄拳制裁を食らってたまるものか。

 何はともあれ差し出された書類に目を通す。そこには数人の生徒の名前が載っていた。

 

 「あれ、一年生だけじゃないんだね」

 「それはウチの生徒会長だ。お前の護衛とか言って立候補してきた。そいつにするか?」

 「うーん・・・・ルームメイトっていなきゃ駄目なのかな」

 

 誰を選んでも、相手は年頃の女の子。僕にとって気が休まらないことこの上なかった。

 いや、だからって間違いが起こるとは思わんけど。

 

 「お前ならそう言うと思ったよ。ルームメイトはなしで構わん。お前がそう望むのならな」

 「なんだ、姉さんだってそのつもりだったんじゃんか」

 「何年お前の姉をやっていると思っている?ほら、これが部屋のカギだ。今日はもう休め」

 「うん、ありがとう姉さん」

 

 姉さんから部屋のカギを受け取ると、僕は寮長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれが、今の一夏か・・・」

 

 シャワーを浴び終えた私は、バスタオルに身を包むとシャワー室を出る。火照った体に部屋の空気は程よく涼しくて心地よかった。着替えを求めて私は自分の荷物のもとへ歩み寄る。

 その間にも思い浮かぶのは、彼。

 

 「思ったより身長は伸びていたな。私よりも10センチほど高かった。男子ならそれほど高い方でもないのだろうが」

 

 外見は、一言で言ってしまえば優男。

 あの気高く美しい姉を見れば当然といえば当然かもしれない。少し中性的だが整った顔をしている。身体は細身で、けれどか弱い印象は受けない。落ち着いた雰囲気と柔らかな物腰は同年代の男子とは少し異なっていた。

 

 「あいつが変なのは、昔からそうだった気がするが・・・」

 

 下着をつけ終わると、簡単な部屋着―――寝間着にそでを通す。着物だ。私は寝るときには大抵この格好をする。それが道場娘としての名残なのかもしれない。久しく帰ることができていない実家を思い出した。

 ・・・いいや。名残というより、私は繋ぎとめていたいだけなのか。

 

 『箒がいてくれて本当によかった』

 

 優しげな、けれどどことなく陰のある笑みで彼は笑う。昔から変わっていない所の一つだ。

 嬉しかった。そう言ってもらえたことは嬉しかった。でも、やっぱり私の気持ちには届いていないらしい。

 

 「女々しいものだ。自分からは何も言わないくせに気づいてほしいなどと」

 

 私は女だから女々しくてなんらおかしいことはない。けど、そんな自分が嫌だった。もっと素直になれたらどれほど楽だろう。

 本当は言ってやりたかった。伝えたかった。

 

 ――――私は、お前にもう一度会うためにこの学園にやってきたのだ。

 

 その上で、彼にそう言ってもらえたなら、どんなに。

 

 「はぁ~・・・」

 

 私はベッドに倒れこむと、枕に顔をうずめて唸る。顔が熱いのは湯あがりのせいではないことは明らかだった。

 一夏は私を見てどう思ったのだろう。私のことを忘れてはいなかったようだが、それは旧知の仲だからということか。それとも少しは私のことを特別にとらえていてくれたのか。あるいは孤立した状況で知り合いがいたことに安堵しただけなのか?

 それ以上を望むことは――――。

 

 「ああ!駄目だ、考えるのはよそう」

 

 私は身体を起こす。若干はだけた寝間着を正すと、ベッドに座り込む。

 そろそろ私のルームメートが姿を現す頃だろう。最初からあまりみっともない所を見せては今後の関係に支障が出るかもしれないからな。

 私は大人しく同居人の登場を待つことにした。胸中に渦巻く思いには気づかないふりをして。

 

  




いかがだったでしょうか。
今回は彼女の登場でした。

次回もよろしくお願いします。
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