積極的に前に出るタイプではなかった。
けれど、別に目立つことが嫌いだったというわけではない。
ただ、自分にとって最も気楽なポジションを維持していただけだ。
今となっては・・・・。
◆◆◆◆◆
二日目にして、早速問題は発生した。
「納得いきませんわ!」
僕の後方でバンッと音がしたかと思うと、響いたのはそんな言葉だった。声の主はわかりきっている。昨日散々話を聞いたのだ。
教室中の注目を集めて、セシリア・オルコット嬢は続けて言った。
「このセシリア・オルコットの所属するクラスの代表が男ですって?そんなこと我慢なりません!男なんて、力もなければ知性もない弱者ではありませんか。私は織斑一夏がクラス代表なんて認められません。クラス代表は私のような高貴なものに相応しいですわ!」
まくしたてるように彼女は言った。これまでになにか嫌な思い出でもあったのかもしれない。詳しくは分からないが、オルコットさんが男というイキモノに対してなにか並々ならぬ思いを抱えているのは僕にも容易に感じ取れた。
クラス代表か。正直僕には代表にこだわりなんて微塵もないし、オルコットさんが僕が代表なんて我慢ならないというのなら辞退するのはやぶさかではない、けど・・・。
「だ、そうだ。お前はどう思うんだ、織斑」
「そうですね・・」
これは僕が何とかしなければならない問題だということだ。織斑先生に促されて、僕も席を立つ。後ろに向き直って、オルコットさんを正面から見据えて言った。
「僕は代表にこだわりなんてないよ。でも、ちょっとだけいいかな?」
「・・・なんですの?」
怪訝そうな顔で訊きかえしてくるオルコットさん。昨日あれだけ適当に受け流していた僕がここまで堂々としていることを意外に思っているのかもしれない。でも、そうだとしたらそれは誤解だ。
織斑一夏は織斑千冬の実の弟だ。そんな奴がここまで好き勝手言われて黙っているはずがない。
だから僕は、ここで黙っていてはいけないのだ。
「君に何があったのかは知らないけど、男は君が言うほどに弱いわけじゃないよ。たしかにISは使えないかもしれないけど、それは武力としての弱さであって男性そのものの弱さにはならないはずだ」
「あら、私にお説教でもしてくださるのかしら?だったら余計なお世話ですわ。私は男性というものの弱さを知っています。貴方に言われるまでもありませんわ」
「でも、君が知っているのは男の弱さだけだよね?」
ISは女性にしか使えない。それが現代においては女尊男卑の風潮を流すことになっていた。街を歩けば無意味に媚びへつらう男たちや女王様のように振る舞う女性の姿を目にすることなんてざらである。ISの生み出した弊害の一つと言えるかもしれない。
オルコットさんの言っていることは間違ってはいない。彼女の言うとおり、僕の知る世界に比べてこの世界の男性はなんというか、肩身が狭そうだ。でもそれは、ある一面からの意見に過ぎない。
「君は男の強さを知らない。弱い側面だけを見てタカをくくっているだけだ」
普段の僕と比べると、幾分か強い口調になっていただろう。僕の言葉に、オルコットさんが目を見開いたのが分かった。驚いているのだ。
教室のクラスメートたちは静かに事の成り行きを見守っている。男だって強い所もあるなどと今の世間に言わせると少しばかり馬鹿っぽい発言だったと思うが、茶化す人はいなかった。この場の雰囲気に呑まれているのかもしれない。
オルコットさんはゆっくりと目を閉じると、キッと僕を睨みつける。彼女の雰囲気が変わった。先ほどまでのお嬢様の目とは違う、戦いを知る戦乙女の目だ。
「そこまでおっしゃるのでしたら、貴方がその強さとやらを見せていただけるのでしょう?」
「・・・君がそう望むのであれば」
それは宣戦布告を示していた。僕もそれを承知の上で頷く。あくまでも男らしく。
彼女は僕をスッと指差して宣言した。
「決闘ですわ!クラス代表を懸けて、私と勝負して頂きます!」
こうして、僕の初陣が決まった。
放課後。僕は織斑先生に言われ教室に残されていた。この場に残っているのは僕と織斑先生、それから山田先生である。
「こうしてお前を残したのは他でもない、次の模擬戦で使うお前のISについてだ」
「僕のIS?」
ISといっても、オルコットさんは専用機を持っているけど、僕にはない。だから僕は普通の訓練機を貸してもらって戦うつもりだったんだけど。
「織斑君。いくらなんでも訓練機で代表候補生、しかも専用機持ちのオルコットさんを倒そうなんていうのはオルコットさんを見くびりすぎですよ?」
「いや、あの子を馬鹿にしていたんじゃなくて、ないものは仕方ないかなって思ってまして」
「気にするな、山田君。こいつは普段落ち着いているくせに時折ああやって突っ走ることがあるんだ」
ため息をこぼす姉さん。それは僕が貴女の弟だからです、とは言わなかった。怒られることが目に見えているのだ。僕はマゾとかではないからね。
僕に織斑先生は言った。
「喜べ。お前には政府から専用機が与えられることになった。最も、政府からと言っても国で作った機体ではないがな」
「あ、だいたいわかりました・・・。でも、ただでそんなのもらえるんですか?」
「あいつの差し金だからな。ただし、お前のISスーツはデータ採取用のプロトタイプだ。そこは我慢しておけ。お前はそんなことで文句を言わないだろうがな」
「まあ、ただだしね」
これ以上注文は付けられないだろう。
「それにしても、意外でした」
「え?」
意識してではないが、山田先生を放置して姉弟で会話していると、山田先生がポツリと言った。
「まさか、織斑君があそこで啖呵を切るなんて思いませんでした。いえ、普段の様子とは少し雰囲気が違っていましたから」
「あ~・・・それはその・・・」
「なんてことはないさ。こいつも、これで男だということだ。それより山田君、続きを」
「あ、はいっ」
姉さんのフォロー(?)によってとりあえず追及の手からは逃れられたようだ。言えない。姉さんの弟だから言われっぱなしで引き下がれなかったなんて言えない。ただのブラコンの言い訳じゃないか。
僕が悶々としていると、手元の携帯端末を見ながら山田先生が言った。
「えっと、織斑君の専用機なんですがどうやら到着がぎりぎりになりそうなんです。もしかしたら模擬戦当日とかにもなりかねない状況でして」
「当日ですか?それはちょっと困るような・・・」
「ごめんなさい。まさかこんなに早く専用機が必要な事態になるなんて思わなくて・・・」
しゅんと項垂れる山田先生。その姿に罪悪感が僕を襲った。そうか。流石に入学二日目で生徒たちが決闘などと言い始めるとは想定できないか。どうしよう、申し訳なさでいたたまれない。
「あの、山田先生のせいじゃありませんよ?僕が軽率なことをしちゃったのが原因なんですから」
「・・・そうでしょうか」
「そうですよ。ほら、顔を上げてください。先生はニコニコしてた方が可愛いですよ」
「え?か、かわっ・・・!あ、えと、ありがとうございますっ」
出来る限り優しく微笑んで山田先生に言う。先生の頬が赤く染まった。
照れているのかな?
「この弟は、本当に・・・」
あれ。姉さんが額に手を当てて嘆いている。僕は何か間違ったことをしただろうか。
「なんでもない。とにかく、そういうことだ。話は分かったか?」
「あ、はい。僕は当日は専用機で出るってことですよね?」
「はい。といっても、それまで織斑君はISがないわけですから練習の時には訓練機を使ってください。申請すれば自由に使えるようにしておきますから」
「わかりました。ありがとうございます、山田先生」
にこっと笑って山田先生に言う。すると、まだ赤みの取れない顔で山田先生は僕に言った。
「いいんです、いいんですよ。それより、頑張ってくださいね!先生、織斑君のこと応援してますから!」
「え?は、はあ・・・」
「本当に応援してますから、困ったことがあれば何でも言ってください!なんでも!」
「・・・真耶。そこまでにしておけよ?」
「ひっ!?」
姉さんに凄まれて小動物みたく縮む先生に、僕は乾いた声で笑うことしかできなかった。
「それで、どうして箒がここにいるのかな」
「べ、別に理由はない。ただぶらぶらしていただけだ」
「・・・学校の廊下を、ぶらぶら?」
ようやく話も終わり、さてどうしようかと歩き始めた僕は、しかし数歩で足を止めていた。見慣れたポニーテールが廊下の隅っこでふりふりと揺れていたのである。しっぽみたいだった。
まあ、それは置いといて。
「そ、それより!話とはなんだったのだ?模擬戦についてのことだったのだろう」
「ん?うん、まあね。僕はISをどうするのかっていう話だよ。専用機を用意してもらえるんだって。到着は当日になりそうなんだけどね」
「専用機だと?だが、当日にならないと手に入らないのなら調整する時間がないのではないか?」
「うーん、そうかもね」
箒の疑問は最もだ。機体のスペックは当然としても、専用機の強みとしてはその操縦者自身のデータに合わせた調整が施される点がある。誰にでも扱える訓練機とは違い、その点もまた専用機の長所だった。
つまり僕は、それがままならないうちに勝負に出なければならない可能性があるということだ。
「文句は言えないよ。専用機を用意してもらえるだけありがたい話だからさ」
「それはそうだが・・・。だが、練習はどうするつもりだ?」
「僕、練習はしないと思う」
「なに!?」
箒が驚いて声を上げた。
カツカツと音を立てて歩み寄ると、鋭く僕を睨みつけて言う。
「まさか、端から勝負を捨てているわけではないだろうな?」
「そんなことしないさ。だったら最初からあんなこと言わないよ」
「だったら、何故だ?」
「邪魔だから」
僕は即答する。言葉自体の意味はひどくわかりやすいものだったが、この文脈の流れだと随分とわかり辛いものになってしまったかもしれない。
付け加えて、僕は言った。
「そうだね。もう少し詳しく言えば、余計な記憶はかえって思考の妨げになるから、かな」
「・・・?どういう意味だ?」
「箒にはまだ言ったことなかったね。姉さんと束さんは知ってるんだけど、実は僕――――」
それは、僕が
僕の存在を証明するモノであり、僕の傷跡。
「――――完全記憶能力者なんだ」
ある程度の話数が溜まるまでは更新ペースは速めだと思います。
ちょっとシリアスな織斑少年でした。
次回もよろしくお願いします。