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完全記憶。
瞬間記憶とも呼ばれるそれは、一度経験したものを細部まで完全に記憶し続けることができる能力だ。
僕はその中でも特に、視覚と聴覚に基づいた記憶の完全記憶能力者だった。
けれど、それは生まれながらにして得たものではない。
僕が壊れたあの日、僕はこの能力に目覚めた。
僕の心に一筋の傷跡を遺して。
◆◆◆◆◆
いよいよ模擬戦の日を迎えて、僕は内心冷や冷やしていた。なぜかって?この状況を見れば一目瞭然だろう。
「どっちが勝つのかな」
「やっぱり代表候補生は伊達じゃないっしょー」
「私は織斑君に頑張ってほしいなあ」
「私も!教室での織斑君、結構格好良かったよね!」
「うんうん、普段はおとなしいのに意外だった!」
モニターに映るアリーナは生徒で、それも女子生徒で一杯だった。当たり前だ、この学園には女子しかいない。ただの現実逃避でした。
このクラス代表決定戦のことはなぜか学園中に広まっており、この模擬戦は授業時間外で行われるため野次馬が集まってしまっているのだ。みんなそんなに暇なのか。特に上級生。あなた達はこんな下級生の試合なんて見ても得るものはないんじゃないんですか?
「大人気だな、織斑。喜ぶべきか嘆くべきか、私は複雑な心境だよ」
「できたら、慰めてほしいです・・・」
ピットで待機している僕の隣に立つ織斑先生が皮肉っぽく言う。力なく僕は返した。僕は何もしてはいないはずだ。
知らぬ間にこうなっていたのだから、もう勘弁してほしい。・・・僕をそんな目で見るのは。
「今からそんな顔をしていてどうする。そんなんじゃオルコットにいいようにされてしまうぞ」
「そりゃそうかもしれないですけど・・・。それに、僕の専用機はまだなんですか?」
『一夏君、専用機が到着しました!』
・・・一夏君?
見計らったかのようなタイミングだった。加えて気になる言葉が含まれていた気が存分にするが、僕の意識はその直後に視界に現れたIS―――僕の専用機に奪われた。
白を基調にカラーリングされた機体だ。フォルムは全体的にシャープな印象を受ける。静かに佇むその姿は、自らの主を待ち構えているかのようだ。
『機体名は白式。近接格闘型のISで、織斑君の専用機です』
「・・・白式」
無意識にその名を復唱してしまっていた。
これが、白式。僕専用の、僕のIS・・・。
「よし。織斑、すぐにISを装着しろ。私は山田君の所へ戻る。・・・あまり、私に恥をかかせるなよ?」
『時間がないので、
「・・・了解しました」
僕は白式に触れる。触れた瞬間、僕と白式の間をなにかが駆け巡ったような感覚が生まれた。
探るように。戸惑いながらも、でも確かに、僕の中に手を伸ばしてくるような、そんな感覚。
ISには自己意識が備わっている。でも。
まるで、生きているみたいだ――――そう思った。
私の父親は婿養子だった。その負い目もあったのかもしれないが、父は母に頭が上がらない毎日を過ごしていた。
私から見れば卑屈な男。対照的に誇り高く優秀で、一家をまとめていた母。そんな環境で育った私は自然と父に憤りを覚え、母に尊敬の念を抱くようになった。
父と母。男と女。私の両親はあまりにも正反対で、そのため私が男性に対しある種の偏見を持つまで時間はかからなかった。それは両親が事故死し、さらにISが世界に現れたことで加速度的に強まっていったと思う。
・・・そう。私の両親はすでにこの世にはいない。そろって事故で亡くなったのだ。二人そろって、あれだけ仲の悪かった二人が、なぜかその日に限って二人一緒にいた。その理由はよくわからない。
ともかく、私は男という生き物に対して侮蔑にも似た感情を抱いていた。
『君は男の強さを知らない』
そう言った彼だって、どうせ他の男と変わらない。
口だけは達者のようだったが、果たして中身が伴っているのか。まあ、あそこで黙りこくっていなかっただけ少しは骨のある男だったということか。
いずれにせよ、IS初心者が代表候補生に勝てるわけがない。
「この私に銃を取らせたのですから、少しは楽しませて頂けるのでしょうね?織斑一夏」
思い浮かべるのは、男らしいとはいいにくい容姿のクラスメート。
綺麗な顔をして、細い。けれどあの時、私を見据える彼の瞳からは力強さを感じた。
いつもの彼とは違う、鋭さを秘めた光。
なぜだろう。少しだけ、私は―――――。
『オルコットさん。出撃準備をお願いします』
「!・・・・わかりましたわ」
最後に胸をよぎった感情はなんだったのか。
余計な思考と割り切って、私は出撃準備に入った。
『行くぞ、織斑。衝撃に備えろ』
オープン・チャネルを通して織斑先生の指示が入った。僕はわずかに体が強張るのを感じる。緊張もあるが、ISを装着しているとはいえ空中に投げ飛ばされることへの恐怖もなくはなかった。高所恐怖症とかそういうわけではなかったけれど、やはり未経験の体験に恐怖を感じるのは生物として当然の反応だろう。
・・・なんて誤魔化してみても、時間は待ってはくれない。
「くっ・・・」
僕の周りの景色が急速に後方へと流れていった。もちろん動いてるのは僕で、撃ち出されたと気付いた時には既に空中に飛び出していた。しかし思っていたほどの衝撃も体への負担もない。PICのおかげだろう。
「うわ・・・」
飛び出すのもほどほどに、僕は空中で静止する。僕のイメージ通りに止まってくれたことに安堵して、同時にISに乗るのが二度目ということもあり僕は興奮を抑えきれなかった。
ハイパーセンサーによって視界は360度全方位に及んでいて、自分の後ろの景色まで視認できることに違和感を感じ、遠くを見ようとすれば自然とズームされることに感動すら覚える。
「・・・・今なら、ISを操縦できることがどれほど幸せなのか理解できるよ」
『・・・あなた、先程から何を言っていますの?』
一人で勝手に楽しくなっている僕に不審感を持ったのか、対面に静止しているオルコットさんがオープン・チャネル越しに僕に言った。
変な人を見るかのような目に若干頭を冷やされた僕は、彼女に言う。
「いや、ちょっと感動を抑えきれなくってさ。こんなものがあるのだからこの世界も捨てたものじゃないと思えるよ」
『それを聞いてますます貴方が怪しく思えてきたのですけれど・・・。まあいいですわ。それより、あの時の言葉を忘れてはいませんよね?」
「・・・ああ、もちろんだよ」
きょろきょろと辺りを見回すのを止め、僕は彼女の姿をしっかりと見据える。全体的に青い機体だ。
ブルー・ティアーズ。射撃特化型のその機体は、兵器というよりもドレスのように美しい彼女の姿を彩っていた。
――――僕は今から、彼女を倒す。
「君に勝って、僕は男の強さを示して見せるよ」
彼女の蒼い瞳を見つめて言い放つ。
『・・・では、見せてくださいな。貴方の言う強さを』
試合開始のブザーが鳴り響いた。
瞬間、一瞬で彼女はレーザーライフル―――――スターライトmkⅢを展開する。彼女の機体データは既に記憶済みだ。あれが彼女の主力武装である。
「くっ!」
僕はまだ彼女ほど速く武装を展開することはできない。なんとか左に旋回すると、僕の右肩口をレーザーが掠めていった。
『どうしましたの?丸腰で私に勝つおつもりですか!?』
「くそっ・・・!」
僕は襲いくる射撃から逃れながらなんとか近接ブレードを召喚する。できれば射撃武器が欲しい所だが、この白式は武装が剣一本という素敵仕様なのだった。日本人の侍へのリスペクトは伊達ではない。
「なんて言ってる場合じゃないか!」
僕はレーザーから逃れるように地表へと降下し、地面を滑るように大きく旋回して再び上昇する。その間に躱しきれなかったレーザーによって僕のシールドエネルギーは着々と減少していた。
『その程度で、よくも私にあんなことが言えましたわね?』
勝ち誇るようにオルコットさんは言う。手も足も出ない僕に自らの勝利をこれっぽっちも疑っていないようだ。
しかし、僕だって黙ってやられているわけではない。徐々にこの機体にも慣れてきたし、なにより彼女の攻撃を十分に観察できた。
銃口の角度、彼女の視線、手足の動き。
「だんだんつかめてきた!」
僕は逃げるのを止め、彼女に向かって加速する。僕の胴目掛けて襲いくるレーザーをブレードで右にそらして進む。
さらに、続けて放たれるレーザーを右に左に躱して僕はオルコットさんに接近する。
『!?』
いくらISが高性能だからといって、それを扱うのはどこまでいっても人間だ。特有のクセがあれば射撃パターンも存在する。特にオルコットさんのようになにかに特化した人ほど自分のスタイルから外れた動きをすることは少ない。
彼女の攻撃パターンは記憶した。今度はこっちの番だ。
「はああっ!!」
速度に身を任せてブレードを振るう。彼女を捉えたかに思えた斬撃は、寸でのところで回避された。大きく飛び上がった彼女がこぼす。
『・・・少し油断しました。ここからは本気で行きますわよ!』
彼女の機体から、四基のビットが射出された。
それらは縦横無尽に飛翔して、四方から僕を狙う。
「うわっ!」
一撃の威力はレーザーライフルより随分小さなものとはいえ、数を食らうと危険だ。僕は再び彼女から引き離されてしまう。
今度は四基か・・・・。だが、あのレーザーにさえ注意していれば早々に撃墜されることはない。まずは様子見だな。
僕は再びアリーナを飛び回る。
「うわあ・・・。凄いですね、一夏君。あれがISに乗って二度目の戦闘だなんて信じられませんよ」
モニターに映る一夏とセシリアの姿を見て、感心して真耶は言った。アリーナで繰り広げられている模擬戦が、とてもIS初心者と代表候補生の対決には見えなかったからだ。
一夏の動きが明らかに良くなってきている。序盤はISを動かすので精一杯というようだったのに、瞬く間に飛行が安定してきたかと思うと今度はセシリアの射撃をかいくぐって攻撃を仕掛けたのだ。今でさえ四基のビットから逃げ回りながらも致命傷となり得るライフルの射撃にはきちんと対処している。
何よりも、攻撃を受けていてあの落ち着き様というのは明らかに初心者のそれではなかった。
「流石は織斑先生の弟さん、ということでしょうか」
「いや、
「え?」
同じくモニターを見つめていた千冬が真耶に答えていった。
「あいつは昔からああだった。剣道の試合でも、まずは様子見から入る。最初に相手のクセ、動きを完全に記憶した上で攻撃に転じるんだ。だからあいつは当時、篠ノ之相手にも最初の数回しか負けたことはなかった」
「完全に記憶って・・・そんなことが可能なんですか?」
「ああ。あいつは完全記憶を持っているからな」
「えっ!?」
真耶が驚きのあまり声を上げた。しかし千冬は彼女に目も向けず、モニターを見つめている。
そこには、ビットの攻撃が当たらなくなり焦り始めているセシリアの姿があった。
「どうやら、オルコットはそれについては知らなかったようだな。ここに来てようやく焦り始めたようだ」
「・・・そうですね。一夏君の被弾回数も目に見えて減って・・・あっ」
ちょうどその時、一夏がビットを一基斬り落とした。セシリアの顔がわずかに強張る。
これ以上は不味いと思ったのだろう。セシリアはようやく最後のビット二基、ミサイルを発射する。しかしブルー・ティアーズのデータを記憶している一夏はそれも予想済みだったのだろう。引きつけて叩き落とした。
「失策だな」
勝負は決まった。千冬は思った。
セシリアが本当に一夏に勝ちたければ、序盤に一気に畳み込む以外に方法はなかったのだ。時間をかければかけるほど、一夏はISの感覚を、セシリアの動きを記憶していってしまう。そうなれば、射撃一辺倒の戦闘スタイルであるセシリアでは到底一夏を捉えることはできない。
これで決まりか――――千冬がそう思った、その時だった。
『えっ―――――』
白式が、不自然に動きを止める。
「一夏!?」
「一夏君!?」
白式が、重力に従って落下し始めた。
強烈な光に包まれて。
セシリアはこんなことを考えていたのかもしれないなあ、と思った次第です。
僕の想像が多分に含まれておりますが。
次回もよろしくお願いします。