男なんて、ISを扱うこともできなければそれを他の何かで挽回してみせようという気概もない。
情けない。弱い。母の足元にも及ばない父を、私はそんな風に思っていた。
だけど、同時にそれに対する疑問も持っていた。
もし本当にそうなのだとしたら、だとしたら何故、母は最期の時父とともにいたのか。
それはもしかしたら、男が弱いだけの存在ではないと、母自身が認めていたからではないのか?
そして、もし男が女に劣らない何かを持ち合わせているのなら。
私は、その何かを持った
◆◆◆◆◆
「よし、あと三つ!」
僕は飛び回るビットの一つを落とすことに成功した。喜ぶのはほどほどに、次のビットを狙って動き出す。
既にオルコットさんの動きのほとんどは読みきっていた。機体をひねり、ブレードをかざしてレーザーをそらしながら僕は空中を自在に駆ける。
『くっ!貴方、一体・・・!』
オルコットさんの呟きが僕の耳に届いた。しかし僕は答えない。相手に情報を与えることは思わぬ窮地に追い込まれることに繋がりかねない。彼女にあれだけ格好の良いことを言った手前、ここで負けるなんていう格好の悪いことにはなりたくなかった。
『これ以上はさせませんわ!!』
オルコットさんがブルー・ティアーズの最後のビットであるミサイルを発射した。けれど僕はブルー・ティアーズのデータはすべて頭に入れていたからその攻撃は予測済みだ。レーザーをいなしながら大きく旋回すると、ブレードの攻撃範囲まで引きつけて叩き落とした。
「よし、次だ!」
僕は三基のビットに狙いをつけた。シールドエネルギーは十分に残っている。ビットを落とせばこの勝負、もらったようなものだ。
僕はISに意識を集中させる。まずは相手のレーザーを避けてから――――。
『
「えっ―――――――」
突然脳内に機械音が響いた。白式が僕の意に反して停止する。強烈な光が僕を包んだ。
重力に従い、僕の身体が落下していく!
「ちょっ、これ、どういう――――!?」
次いで僕の頭の中にこだまするのは、聞き覚えのある
《・・・・メ・・・・イ・・》
ひどく懐かしく感じる。
絶対に忘れはしない。
できない。
《ワ・・・モ・・・コンナ・・・・》
脳裏に浮かぶのは、遠い記憶の彼方。
もう二度と戻れない。
忘却の向こう側にある瞬間。
《・・・・・デ》
そうだ。
それから彼女は、僕に―――――。
『
そして聞こえたのは、僕が予想したのとは違う、機械音。同時に僕の身体が再びバランスを取り戻す。
ハッとして、僕は体を見回した。
白式の姿が違っていた。フォルムがより流線形に近くなり、機動性が高まっている。スラスターも大きくなっており、おそらく僕の戦闘スタイルを考えての変形だ。さらに、握っているブレードには名前がついていた。
「雪片弐型・・・。雪片って、たしか姉さんの・・・」
僕の思考に応じて、白式が機体データを見せてくれる。やはりそうだ。このブレードは姉さんが使っていた武装を踏襲したものらしい。ついでに
零落白夜。まんま姉さんのものと同じじゃないか。
「なんだか、誰かさんの作為を感じる仕様だな。にしても・・・」
さっきの声。あれは間違いなく――――。
『貴方まさか、今ようやく一次移行したとでも!?』
と、思考に沈んでいた僕をオルコットさんの声が呼び起こした。
僕は彼女を見る。普段綺麗に整えられている髪は少し乱れていた。彼女の心理状態を象徴しているかのようだ。
「そうみたいだね。ちょっとアクシデントはあったけど、無事完了したよ」
『アクシデントって、貴方、そんな機体でここまで私と戦っていましたの!?』
「まあ、時間がなかったからね」
『時間って、貴方ねぇ・・・!!』
オルコットさんは心中穏やかではないようだ。それも彼女の性格を考えれば容易に想像できる。この状況、いわば僕は彼女にハンデ付きで相対していたということなのだから。プライドの高い彼女にとっては我慢ならないことだろう。
『貴方、私を馬鹿にしていますの!?このセシリア・オルコット、ここまでの屈辱を受けたのは初めてですわ!!』
「僕はそんなつもりはないよ。君を馬鹿にする気も辱める気もない。ただ、こうなったのは本当に時間がなかったからなんだ」
『関係ありませんわ!!』
叫ぶように彼女は言う。それは僕に対してのものなのか、はたまたこれまで溜めこんできた何かを爆発させてのものなのか。
彼女は言った。
『この私が、よりにもよって男にハンデをつけられるなどあってはならないのです!そんな、そんなこと、許せるはずが・・・・!』
「・・・・」
僕は何も言わない。黙って続きを促す。こういう時は言いたいだけ言わせるのが一番なのだ。
これまでの人生経験から僕はそれを知っていた。
『貴方は・・・貴方は言いましたわね。私に男の強さというものを見せると。それは、こういうことだったのですか?』
「いいや、違うよ。言ったよね、ISはあくまでも武力としての強さだって。僕はそれを男の強さだとは思わないよ」
『だったら!だったら、貴方の言う強さというのは、一体なんなのですか?』
オルコットさんは言う。まるで縋るような目だ。僕を通して、違う誰かを見ているような、そんな瞳。
そんな彼女に応えるべく、僕は真正面から彼女を見据えて、言った。
「一つ目は、一度言ったことは曲げない事」
『・・・え?』
「二つ目は、嘘はつかない事。三つ目は辛くても諦めない事。それから、後は何があるかな・・・」
『あの、どういうことですの?』
「ん?だから、男が守るべき事だよ」
どうやら僕の答えは彼女の予想と大きく反していたようだ。無理もないかもしれない。
呆気にとられているオルコットさんの表情がなんだかおかしくて、僕は笑みをこぼして言う。
「男子たるもの、強く優しい紳士であれ。馬鹿みたいだと思うかもしれないけど、そういう男のプライドが男の子を磨くんだって、
そう、誰かが、ね。
『男の、プライド?それが、男性の持つ強さ、ですか?』
「ん~・・・。強さというか、それがあって男は強くなれるっていうか、まあ、そんな感じかな。僕はそう思ってるよ。それに、君にも通じる所があるんじゃないかな」
『・・・?』
プライドというのは厄介なものだ。それがなければ誰かとの競争には勝てないだろうし、それがあるから頑張れる時というのが誰しもあるはずだ。
一方でそれが強すぎれば自らを傷つけることにもなりかねないという、取扱いの難しいシロモノ。
「君だって、セシリア・オルコットとしての誇りがあったからこそ、ここまでやってこれたんじゃないのか?」
彼女が今傷ついている一番の原因。それは僕ではない。
他でもない、彼女自身のプライドだ。ここまで彼女とともにあり、彼女を強くさせてきたモノ。それがここにきて彼女に刃を向けてしまっている。
『・・・それは、そうかもしれないですわね・・・。成程、これが、この気持ちが、男性にだってあると、そういうことなのですね』
オルコットさんは胸に手を当て、ゆっくりと頷く。なにやら腑に落ちる所があったのだろうか。
いたいけな少女の力になれたのならお兄さんとしてはなによりだ。
『お兄さんって・・・貴方も私と同じ年齢ではありませんか』
「いや、そうなんだけどね?」
『ふふっ・・・。わかりましたわ』
オルコットさんは肩にかかった髪を後ろに流す。
その仕草が妙に様になっていて、僕は思わず息をついた。
『貴方のことを認めましょう。このセシリア・オルコットが全力を出す相手に相応しいと、貴方を認めます。織斑一夏』
そう言うと、彼女は再度レーザーライフルを構える。僕も雪片を強く握りしめた。
『とはいっても、そう簡単にはやらせませんわよ?』
「望むところさ」
ライフルからレーザーが放たれる。その一拍前に弾道を予測して動き出していた僕は易々とそれを回避した。同時に体の軽さを感じる。
白式と僕の間にあった
これが専用機か!
「これなら、なんだってやれそうだ」
飛翔するビットの動きを、ハイパーセンサーによって拡張された視界に捉えながら僕は空中を疾走する。彼女には大きな欠点がある。それは、ビットを動かしている間はそれ以外の行動が疎かになりがちだということだ。どうやら高速で飛ぶビットを制御するのには多大な集中力が必要ならしい。そこにつけこむ隙がある。
僕はライフルと同時に発射されていたミサイルを叩き落としながらビットに近づく。わずかにタイミングをずらして撃ち出された三発のレーザーを、そのタイミングに合わせて素早く左右に体を振ることで躱しきる。最小限の動きで躱すことで難なくビットに接近すると、ビットを一つ斬りおとした。
零落白夜はまだ使わない。とどめ用にとっておくのだ。
『くっ・・・どうして当たりませんの!?』
オルコットさんは僕の能力については知らない。彼女にしてみれば完全に自分の手の内を知られているかのような僕の動きは不気味なことこの上ないだろう。それについては若干の心苦しさを覚える。だが手を抜くようなことはしない。それが誇り高き彼女に対する僕の礼儀だ。
続けざまに三つ目のビットを沈め、弾幕も随分薄くなってきていた。こうなってはスペック上の速度が勝っている僕の機体が有利になっていくばかりだ。
彼女がライフルの射撃に移った隙をついて、宙を漂う最後のビットに接近する。
「これで最後!」
今の一撃で四基あったビットはすべて沈めた。ここからは仕上げだ。
僕はオルコットさんの周りを旋回し始める。好機をうかがうのだ。お互いにシールドエネルギーはそう多くない。となればこうしていれば間違いなく彼女は動く。
接近されてはオルコットさんはどうしようもないのだ。近距離では僕の方が圧倒的に有利だと彼女も理解しているから、そこに心理的な恐怖が働く。
『くうっ・・・!』
苦し紛れにオルコットさんはミサイルを発射した。数拍遅れてレーザーが撃ち出される。この時を待っていた僕はオルコットさん目掛けて飛び出す。
予想通りのコースだった。飛来するミサイルをすれ違いざまに斬り抜けると、僕は白式の力を解放する。
零落白夜の発動。雪片の刀身が展開し、シールドエネルギーで形作られた刃が現れた。
「フッ」
小さく息をついて、レーザーをいなす。なんと零落白夜の刃に触れたレーザーは一瞬で消失した。何の反動もうけなかったことで、僕はさらに加速する。
「はああああああああっ!!」
呆然とする彼女に、僕は逆袈裟に雪片を振り抜いた。
「あっ―――――」
すれ違いざまに耳に届いたのは、機械越しではない、か細い少女の声。
次の瞬間、それをかき消すかのように試合終了のブザーが鳴り響いた。同時にアリーナの生徒たちから歓声が巻き起こる。
けれど、手放しで喜ぶ気分ではなくて。
「オルコットさん、今回は僕の――――」
僕は零落白夜を解除し、ゆっくりと彼女に向き直る。
すると、彼女は僕に背を向けたまま言った。
「今回は、私の負けのようですわね。
「えっ?」
僕の声にかぶせるように、けれどそれ以上は何も言わず。どんな表情を浮かべているのかもわからないまま。
オルコットさんは、アリーナを後にしたのだった。
原作だとあっという間に攻略されていたセシリアですが、あの裏ではこんなことを考えていたのかもしれないなあ、と思った次第です。(二回目)
次は各方面へのフォローの回です。
次回もよろしくお願いします。