この織斑一夏は物覚えがいいようです。   作:夜水秋水

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第6話 織斑少年と令嬢の話

 私のプライドは簡単に砕かれてしまった。

 けれど、意外と悪い気分ではなかった。

 それは、彼が相手だったからなのか。それとも完膚なきまでに圧倒されて逆にスッキリしたからか。

 いずれにせよ、私が負けたことは明らかで。

 

 この胸に芽生えた想いは、簡単には消えてくれそうにない。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 「一夏。途中のあれ(・・)はなんだったかわかるか?」

 

 開口一番に姉さんが聞いてきたのは、白式が一次移行した時に僕の身に起こった出来事のことだった。

 だけど、IS関係で姉さんにわからないことが僕にわかるはずもないのだ。

 

 「わからないよ。その後の動きには問題なかったし、一次移行自体はちゃんと完了されていたとは思うんだけど」

 「お前の機体データを見てもそれは間違いなかった。だが、だからこそ気になる。何故白式がお前の制御下を一時的とはいえ離れ、あの光がどうして発生したのか」

 

 姉さんの顔が険しさを増した。問題がないからこそ問題である、か。確かにその通りだと思った。

 何かの間違いだとしても、あの声は僕にとっても見過ごせるものではない。僕の深い所にあるべきものなのだ、あの記憶は。

 これは、姉さんにも言えないけれど。

 

 「織斑先生。白式をどうするつもりなのですか?」

 「正直、このまま一夏に白式を預けたくはない。だが、問題がない以上取り上げることも難しいのだから、このまま一夏に渡すしかないだろうな」

 

 山田先生が心配そうに僕の右腕を見る。白いガントレットがそこには着けられていた。待機状態の白式である。

 ISにはいまだ謎が多い。そもそもこれだけ各国の技術者が日夜研究に励んでいるというのに、機体はともかくISのコアがたった一人の科学者にしか作れないという時点でもうおかしいのだ。たった一人の頭脳だけがまるで異世界から来たかのように別格だという。本当にそんなことがあり得るのか?

 いや、あの人本人を前にすれば納得できてしまうことも恐ろしいけど。

 

 「今日はご苦労だった。お前はもう戻れ。それから、織斑先生だ」

 「・・・はい、織斑先生」

 

 心配するな――――。

 そう言わんばかりにこつんと僕の額を小突いて、織斑先生は学園へと戻っていった。

 やっぱり、千冬さんは格好いい人だなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれからオルコットさんは、何も言わずにアリーナを後にした。

 結局僕が一方的にお説教というか、お兄さん的な目線から好き勝手言って終わってしまったことが少し気がかりだった。

 あまり、落ち込んでいなければいいんだけど。

 

 「一夏!」

 「・・・ん?」

 

 後ろから僕を呼ぶ声が。

 振り向くと、箒が駆けてくるところだった。

 

 「箒か。どうしたの?」

 「どうしたって、お前・・・・」

 

 なんだろう。何か温度差を感じる。

 あまりに呑気な(箒視点)僕に勢いを削がれたのか、大きく息をつくといくらか落ち着いた調子で彼女は言った。

 

 「さっきの模擬戦、凄かったぞ。途中はどうなることかと思ったが、最後は完全にオルコットを圧倒していた」

 「あ~・・・うん、そうかな」

 「?なんだ、嬉しくないのか?」

 「そりゃ、勝ったことは嬉しいけどさ」

 

 僕が箒のように喜べない理由。それはもう、箒にも知られていることだ。

 僕の濁すような物言いに察しがついたのだろう。箒は言う。

 

 「完全記憶のことを気にしているのか?」

 「・・・・多少は」

 

 僕は一度見たものを完全に記憶できる。それをオルコットさんは知らない。そしてそれは、戦闘においても僕の大きなアドバンテージとなっていた。

 きっと彼女がそれを知っていたならば、あんな試合展開にはならなかっただろう。おそらく僕は開始早々に一方的に沈められていたに違いない。

 そんな僕の内心を悟ったのか、箒は言った。

 

 「不要なことだ。そんなことをされても、オルコットは喜ぶのか?」

 「それは・・・」

 

 箒はまっすぐだ。彼女の言葉は僕の胸に食い込んでくる。

 目を合わせようとしない僕に、僕の顔に手を添えて顔を上げさせると彼女は言った。

 

 「敗者に対する同情は、最大級の侮辱だぞ」

 「・・・箒」

 

 澄んだ瞳だった。いつもの鋭さは鳴りを潜め、けれど僕の心をつかんで離さない。

 まつ毛すら数えることができる至近距離。なんだか恥ずかしくなった僕は、話をそらすように言った。

 

 「そ、それよりさ、箒は何も思わないの?」

 「何もとは・・・・どういう意味だ?」

 「いや、だからさ・・・」

 

 これは、ずっと箒に言わなければならないと思っていたことだ。幼少時代、まだ幼かった彼女に僕が犯してしまった、小さくて、大きな罪。

 ごくん、と唾を飲み込んで、僕は言った。

 

 「――――完全記憶があったから、昔箒は僕に勝てなかったんだよ?」

 「・・・・・」

 

 がしっ。(箒が僕の両肩をつかむ音)

 

 「あ、あの・・・箒さん?あ、やめて、痛い痛い」

 「そうか、そうか」

 

 おかしい。僕の両肩がこれまで聞いたことがない音を立てている。ISに乗ったせいで猛烈な肩こりになってしまったのだろうか。

 ・・・いや、よそう。わかっていたことだ。僕が罰を受けなければならないということは。

 

 「ところで、一夏。お前のISは剣しか武器がないようだな?」

 「え?あ、うん。そういう仕様だったんだ」

 「そうだな。だったら、お前ももう少し剣術に習熟していても悪いことはないわけだ」

 

 ああ、やっぱりそうなるよね・・・。

 

 「今日から、私がお前を鍛えなおしてやろう。何、心配はいらないさ。ちゃんと急所は外しておいてやる」

 

 幼少の頃の罪は、かくも重いものだったのか。

 剣道場に引っ張り込まれた僕は、元全国1位の剣道少女にボコボコにされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うう、なんだってこんな目に・・・」

 

 なんとか剣道場から脱出することができた僕は、午後8時を回った頃ようやく寮に戻った。

 ああ、身体の節々が痛い。以前ならいざ知らず、今はまだそんな歳ではないというのに。

 

 「ってか、また明日ってどういうことなの」

 

 毎日ですか。毎日これを続ける気なのか彼女は。まあ、今日で大分記憶したから明日はそれほど一方的にやられることはないと思うけど。

 でも、やはり駄目だ。ISを装着している時とは違って、記憶通りの攻撃を先読みできても僕のイメージに僕自身がついていけないのだ。純粋に、箒が速すぎるのである。

 

 「なんで、僕の周りの女の子たちはあんなに強いんだ。あっ、こんなとこにも擦り傷が」

 

 二の腕をさすりながら寮内を歩く。既に人影は薄かった。この時間だとみんな部屋に戻っているのだろう。いいことだ。寮にいるときの女の子たちは、こう、少々格好がラフすぎるというか、露出が激しくなるというか、目に毒なのだ。

 僕は寮の食堂に入る。やはり誰もいな――――。

 

 「・・・・あら?」

 「えっ」

 

 僕の一日は、まだ終わるには早かったようだ。

 強かに頭やら身体やらを打たれて頭の隅から抜け落ちていた問題が再浮上した。

 

 「オルコットさん」

 「こんばんは。貴方もこれから夕食ですの?」

 

 柔らかく微笑んで彼女は言う。あまりに穏やかな表情に僕が何も言えずにいると、これまた優雅にオルコットさんは言った。

 

 「せっかくだから、ご一緒しませんこと?」

 「・・・喜んで」

 

 断れる雰囲気では、到底ない。

 誘われるままに料理を手に取った僕は彼女と同じテーブルに、そのオルコットさんの対面の席につく。

 

 「では、頂きましょうか」

 「いただきます・・・」

 

 そう言うと、オルコットさんはフォークを手に取ってパスタを巻き始めた。僕も手を合わせていただきますをすると、箸を握る。

 すると、僕の手を見てオルコットさんが言った。

 

 「貴方、なんだかボロボロですわね」

 「え?ああ、ちょっと過去の清算をね」

 「・・・深くは聞かないでおきますわ」

 

 僕の返答に彼女は微妙な顔をした。巻き終わったパスタを口に運ぶ。

 うん。いや、え?なにこれ。普通だ。普通にごはんを食べてる。

 

 「あの、オルコットさん?」

 「なんですの?」

 「いや、僕が言うのも変なんだけど・・・もう気は済んだの?」

 

 まだ模擬戦が終わって数時間しか経っていないのだ。この年頃の女の子がそこまで切り替えが早いとは思えない。

 特に、彼女のような人は。

 

 「もちろん、まだ吹っ切れたとは言えませんわ。ただ、なぜか今は気分がいいのです。あれだけあっけなく負けてしまったせいかもしれませんわね」

 「オルコットさん、それは」

 「私も一つ聞いてもよろしいかしら?」

 

 コトンとオルコットさんがフォークを置く。この子は一つ一つの仕草が本当に様になっている。

 彼女は言った。

 

 「模擬戦の時、貴方の動きが時間に比例して異様に良くなっていくように感じました。何かカラクリがあるのですか?」

 

 来た。核心に迫る質問だ。僕が今まさに話そうとしていたことでもある。

 覚悟を決めて、僕は答えた。

 

 「僕は、一度見聞きしたものを完全に記憶できる。完全記憶だとか瞬間記憶だとか呼ばれるものだ」

 「・・・成程。それで、途中から私の攻撃が全く当たらなくなったのですわね」

 

 罪悪感からか、まっすぐに彼女の顔が見えない。

 模擬戦の時よりもはるかに近い距離なのに。ISの補助がなくても声は届くのに。

 ――――いいや、ここでへこたれてちゃ駄目なんだ。僕は織斑一夏なんだから。

 

 「だから、ごめん」

 

 僕は深く頭を下げた。

 きっと、彼ならこうすると思うから。

 

 「・・・言い訳はしないのですわね」

 「本当に悪かったと思ってる」

 

 オルコットさんの表情は見えない。アリーナを出て行った時と同じだ。今彼女はどんな顔をしているのだろう。僕を情けない奴だと思っているのか、蔑んでいるのか。

 しかし、僕に向かって放たれたのは、ひどく耳触りのいい言葉だった。

 

 「それも、貴方の言う男のプライドというものなのですか?」

 「・・・?」

 

 顔を上げた僕の目に映ったのは、静かに笑う彼女。

 

 「確かに黙っておられたことには思うこともありますが、その記憶力だって貴方の能力には変わりないのですから、貴方が謝る理由はないでしょう?」

 「・・・そうかもしれないけど」

 「それなのに、貴方は私に頭を下げましたわよね。言い訳一つせず。それも、男のプライドなのですか?」

 

 あの時と同じだ。まっすぐに僕を見つめてオルコットさんは言う。

 今になって思うと、男のプライドなんて少々臭いことを言ってしまったとちょっと後悔した。

 でも、あの時の言葉に嘘はないんだ。

 

 「そうだよ。男だったら言い訳はしてはいけない。それ以上に」

 

 そこで一旦言葉を切る。

 もう一度深く息を吸って、はっきりと言った。

 

 「女の子に恥をかかせるなんてこと、絶対にしちゃいけなかったんだ」

 

 だから。

 

 「だから、貴方は私に謝ったと・・・そういうことですわね」

 「うん」

 

 僕の気持ちは彼女に伝わったのだろうか。僕は彼女の様子を見守る。

 気づけば僕は箸を置いていた。食事は一向に進まない。おもむろにオルコットさんは言った。

 

 「私の父は、母に比べるとあまり優秀な人ではありませんでした」

 

 それは、彼女の身の上話だった。僕が軽く聞いていい話とはとても思えない。

 けれど、遮ることを許されない。そんな気がした。

 

 「不思議に思っていたのです。何故母は、最期の時間を父といたのか。でも、貴方のおかげで少しだけわかったような気がします」

 「・・・オルコットさん」

 

 今、彼女は何を見ているのか。それはきっと、僕ではなくて。

 もしかしたら、あの時彼女が僕を通してみていたのは・・・。

 

 「――――一夏」

 「ん?」

 

 ふと、いつのまにか僕の隣に誰かが立っていることに気づいた。

 いや、このシルエットはさっきまで嫌というほど見ていたのだ、僕は。

 

 「ここで何をしている?・・・何時間か前まであれだけいがみ合っていた相手と今では仲良く食事をとるとは、手の早いことだ」

 「箒?いや、別に僕はナンパみたいなことをしたわけじゃ」

 「あら、貴女には関係のないことではなくて?篠ノ之さん」

 

 えっ。

 なぜか臨戦態勢の箒に僕が弁解しようとした所で、対面に座っていたオルコットさんが立ち上がった。僕の代わりに応戦する。

 ・・・いやいや、応戦してどうするのさ。

 

 「あの、オルコットさ」

 「私のことはセシリアとお呼びくださいな。もちろん呼び捨てで」

 「おい、オルコット!何を勝手に言っているのだ!」

 「あらあら、勝手に私たちに割り込んできたのは貴女の方ではなかったかしら?」

 「わ、私たち、だと・・・!!」

 

 僕を置いてけぼりにして、けれど僕の話でヒートアップしていく二人。さっきまでの雰囲気は嘘のようだ。まるで他人事のように成り行きを見守る僕。

 って、駄目だ!このままじゃ血を見る結果になるのは明らかだ!

 

 「ちょっ、二人とも落ち着いて!箒、木刀を握るのはやめて、ってオルコットさんもフォークで何をするつもりなのさ!?」

 「お前がはっきりしないのが悪いんだろうが!」

 「私のことはセシリアとお呼びください!」

 「ツッコむとこそこ!?」

 

 二人の矛先は一瞬で僕に向いて。

 突如始まった模擬戦の延長戦は、騒ぎを聞きつけた姉さんが乱入してくるまで続いたのだった――――。

 

     




セシリアさんと食事をするとき、マナーとか気にして落ち着かなそうだなぁとか思ってしまう自分がいました。

次回からは中華娘のターンです。
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