この織斑一夏は物覚えがいいようです。   作:夜水秋水

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第8話 多すぎた約束?

 彼が試験会場を間違えた結果ISを起動させた、というのが世間一般に知れ渡っている織斑一夏の経歴となっていた。

 だが、それを聞いた時、あたしはすぐにそれが嘘だと気付いた。

 たとえどれだけ広大で複雑な空間だろうと、あらかじめ地図を渡されていた以上あいつが道に迷うことなどあり得ないのだ。

 つまりそれは、何か彼なりの思惑があったということ。それがなんなのかは分からないけど、あたしにとって重要なことではないだろう。

 

 大事なのは、彼があの日の約束を忘れてなどいないということだ。

 絶対に。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 「それでは、今日も始めるといたしましょうか」

 「そうだな。準備はいいか?一夏」

 「・・・・」

 

 僕が箒に積年の恨み(?)を晴らされ、セシリアと和解した日。その次の日から僕は、彼女たちに連れ出され放課後はほぼ毎日ISの訓練に励んでいた。二対一で。なんなの。

 僕はこれで八回目となる不満を口にする。

 

 「ねえ、なんで毎回二対一なの?普通に考えてここは二人が戦っている間一人は見学とか、そんな風にするべき所でしょ」

 「それでは時間がもったいないだろう。せっかく訓練機を借りているのだから、最大限に活用しなければな」

 「箒さんの言うとおりですわ。それに、普段のストレスを発散させる絶好の―――――なんでもありませんわ」

 「忘れないよ?」

 

 僕は君のこぼした本音を絶対に忘れないからね?

 

 「あら、人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいませ。ねえ、箒さん?」

 「セシリアの言うとおりだ、一夏。あまり適当なことを言うものではないぞ」

 「あのねえ・・・」

 

 普段いがみ合っていることの多い箒とセシリアは、この訓練中に限っては固い結束を守っているのだ。気づけばお互いに下の名前で呼び合っているし。いつの間に仲良くなったというのか。

 まあ、それこそ女の子の秘密みたいなものなのだろう。

 

 「また変なことを考えているのではないかしら?」

 「まったく、一夏は本当に・・・・。いや、やめておこう。疲れるばかりだ」

 

 なんだろう。凄く失礼なことを言われている気がする。

 これ以上は時間の無駄とでも言うように、セシリアは宙へと飛び上がった。箒も近接ブレードを呼び出す。箒が装着しているのは純日本製のISである打鉄だ。

 僕も雪片を展開する。おしゃべりはここまでだということだ。

 

 『では、始めますわよ』

 

 オープン・チャネルから聞こえるのは、開戦の合図。

 数瞬後に発射されるはずのレーザーを躱すべく、僕はすでに動き出していた。しかし、動いた僕を狙って振り下ろされるのは鈍色の鉄剣だ。

 僕は振り抜かれる刃ではなく、それを握る腕目掛けて雪片を振るった。軌道をそらされた刃は僕を捉えることはない。そのまま追撃したかったが、僕を狙うビットの動きを先読みした僕はその場から急上昇することでレーザーを回避する。

 

 『くっ、流石に読まれ始めましたわね・・・』

 「そう何度も負けるわけにはいかないんでね!」

 

 何を隠そう、僕はこの訓練で彼女たちに負け越しているのだった。もちろん負けっぱなしではないにせよ、これは僕としても納得できることではない。男としての沽券がかかっているのだ。

 さらに僕を追ってくるビットの攻撃をかいくぐり、僕は隙を窺う。呑気にビットを狙っていては白式はもたない。燃費が悪いのだ、この機体は。

 僕が狙うべきは一撃必殺。

 

 「はっ!」

 「甘いよ」

 

 一直線に僕目掛けて斬りかかってくる箒を僕はいなす。セシリアが陽動、その隙をついて箒が大ダメージを狙うというやっつけ戦法でありながら当初は全く歯が立たなかった。だが、それも今の僕なら十分に対処は可能だ。

 彼女たちの動きは記憶できている。起動を重ねるほど白式の感覚も鋭くなっていた。今日も勝って、イーブンに持ち越させてもらおう!

 僕は零落白夜を解放した。まず狙うは空中戦にまだ慣れていない箒だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ~・・・。疲れた」

 

 僕がいるのはアリーナの更衣室。ISスーツのままベンチに腰を下ろし、今日も無事に訓練を乗り切ることができた僕は誰にでもなく呟いた。着替えなければならないのに、その気になれない。疲労感が僕の身体を重くしていた。

 ISに乗ると毎回思うんだけど、肉体的なものより精神的な疲労が半端じゃない気がするんだよね。いや、もしかすると僕がISに乗っている間全神経を集中させて相手の動きを記憶しようとしているせいなのか?

 ・・・それもあるだろうけど、やっぱりこの疲れは人数の違いによるのだろう。

 

 「そりゃ疲れるでしょーよ。あんた、いつもあんな訓練してるわけ?」

 「ん?」

 

 独り言に返事が返ってきた。

 声のした方を向くと、声の主である鈴ちゃんが更衣室に入ってきた所だった。

 

 「鈴ちゃん。ここ、男子更衣室だよ?」

 「このアリーナに男子更衣室なんてないわよ。空いてる更衣室をあんたが使ってるだけじゃない」

 「・・・そうだった」

 

 IS学園は本来男性の利用を想定した作りになっていないから、ここの更衣室の扉にはしっかり女子更衣室とある。着替える場所のない僕がとりあえずの更衣室としてもらっているのだ。

 鈴ちゃんは僕の隣に腰掛けると、ずいっとペットボトルを差し出してきた。

 

 「スポーツドリンク。のど乾いたでしょ?」

 「・・・ありがとう」

 

 そうだ。この子は基本的にこういう気配りのできる子だったのだ。

 僕はそのことに懐かしさにも似た暖かさを感じながら、ありがたくそれを受け取る。

 

 「それにしても、あんた凄いじゃない。二対一で勝っちゃうなんて、ISに乗り始めてまだ一か月もたっていない素人の動きにはとても見えなかったわよ」

 

 ごくごくとスポーツドリンクに口をつけていると、彼女が言った。感心したような声色だ。

 僕はペットボトルを口から離すと、一旦キャップを閉めて言った。

 

 「記憶力だけはいいからね。救われてるよ」

 「救われてるって・・・。さらっと言っちゃうあんたが恐ろしいわ」

 

 今日僕が勝ったことで通算戦績は五勝五敗だ。これで明日も勝つことができれば初めて僕が勝ち越すことになる。おそらくその可能性は高いだろう。

 もし二人がこのままの戦い方を変えなければ、だけど。

 

 「それにしても、驚いたよ。いつのまに代表候補生になんてなってたの?日本にいた時には、ISに興味があるようには思えなかったけど」

 「ああ、それね。あたしだって特別興味があったわけじゃないわよ?ただ、なんとなーく適性検査を受けてみたら予想以上の結果でさ。あんまり強く進められるもんだからついていっちゃったのよ」

 「ふーん。それでISに乗るようになった、と」

 

 なんともこの子らしい理由だった。好奇心旺盛で物怖じすることがほとんどない彼女の性格を如実に表している。

 すると、したり顔で頷いていた僕に彼女は言った。

 

 「あんたこそ、どうしてこんなとこに来るはめになったのよ?」

 「へ?」

 

 ここに来てから誰にも聞かれることのなかった質問に、僕は意表を突かれる。

 

 「――――試験会場を間違えたって、嘘でしょ。あんたがそんなミスするわけがないもの」

 

 あるいは、僕をよく知る彼女だからこその疑問ということだろうか。鈴ちゃんは、僕が姉さんと束さん以外に初めて僕の能力について伝えた人だった。ちなみに箒に教えなかったのは彼女がまだ幼すぎたからである。

 何が言いたいかというと、彼女は分かっているのだ。

 

 「・・・その通りだよ」

 

 僕があの日ISに触れたのは、単なる偶然などではないことを。

 

 「理由とかって、聞いてもいいの?まさか、最初からISを使えることをわかっていたとか」

 「流石にそれはないよ。僕だってこうなることまで予想してたわけじゃなかったんだ」

 

 そう。僕があの日ISに触れた理由。

 本当に単純で、言ってみれば僕らしい思いつきだったかもしれない。

 

 「ISだけ、だったんだよね」

 「え?」

 

 本当の意味で()が生きていた世界と、織斑一夏(ぼく)の生きている世界。

 二つの世界の、最大の特異点。

 そこには、僕の抱えるモノに対する答えが、その手掛かりがあるのではないか?

 

 「この目で見て、この手で触れてみたら、何か理解できる気がしたんだ」

 

 そう言った僕は、どんな顔をしていたのだろう。

 鏡がないからわからないけれど。あっても見たいとは思わないけれど。

 きっと、ろくでもない顔をしていたに違いない。

 

 「・・・一夏?」 

 

 僕の様子がおかしかったのだろう。心配そうに鈴ちゃんが言う。

 取り繕うように僕は言った。

 

 「ま、要するに好奇心の赴くままに立ち入り禁止場所に踏み込んでさ。そこに置いてあった試験用のISに手を出してみたんだ。後は君も聞いてる通りだよ」

 「・・・・ふーん。そうだったんだ」

 

 追及を拒むような僕の言葉をくんでくれたのか、鈴ちゃんはそれ以上この話を続けようとはしなかった。

 どことなく僕らの間の雰囲気が怪しいものになる。沈黙が僕らの間を流れていった。

 ・・・ああ。15歳の少女に気を遣われるのか、僕は。なんて情けない。

 自己嫌悪も相まって、居心地の悪さが最高潮に達する。逃げるように僕は口を開いた。

 

 「そろそろ部屋に戻るよ。体も冷えてきたし」

 「あたしは嬉しかったな」

 「え?」

 

 立ち上がろうとした僕を引き留めたのは、彼女にしては随分と勢いのない調子で放たれた言葉。

 

 「あたしは嬉しかった。どんな理由があったのかは知らないけど、こうやって一夏とまた話すことができるようになって、嬉しかった」

 「鈴ちゃん・・・」

 

 言い終わって恥ずかしくなったのかもしれない。彼女はぷいっとそっぽを向いた。顔をそらしても、髪の隙間からわずかに覗く横顔が赤く染まっていることを僕は見逃さなかった。

 なんだ。口では色々言いつつも本心では僕との再会を喜んでくれていたのか。こんな風に言ってもらえるなんて、兄貴冥利に尽きるというものである。

 鈴ちゃんは素直じゃないなあ。

 

 「僕も嬉しいよ。また鈴ちゃんと同じ学校に通えるようになってさ」

 「そ、そう?」

 

 ぴょこんとツインテールを揺らして僕の方に振り向く。ぱあっと鈴ちゃんの表情が明るくなっていた。

 じゃ、じゃあさ――――――そう前置きして、彼女は言った。

 

 「あの約束、ちゃんと覚えてるよね?」

 「・・・約束?」

 

 思わず僕は彼女の言葉を繰り返していた。僕を見つめる鈴ちゃんの眼差しは期待で満ちている。

 ふむ、約束か。約束と言われても、どれのことだろう。一つとして忘れてはいないけど、たくさんありすぎて話に上がったものがどれなのか分からない。いや、ほら。小さな子は事あるごとに約束っていうのを持ち出すからさ。

 とりあえず僕は、心当たりを片っ端からさらうことにした。

 

 「えっと、数学のテストで負けたら一週間給食のおかずを一つあげる、だったっけ?」

 「違うわよ! それはあんたの勝ちだったじゃない。そうじゃなくて、まだ終わってない奴!」

 「鈴ちゃんが僕より身長高くなったら、上から二番目だった僕の下駄箱と一番下の鈴ちゃんの下駄箱を入れ替える?」

 「ちっがう! そういう意味の終わってないじゃないわよ!!」

 

 怒る鈴ちゃん。これも外れだったようだ。

 そうだなあ、まだ終わってないってことは、まだ叶っていないということ。それなら・・・。

 

 「鈴ちゃんの胸が大きくなったら―――――」

 「馬鹿にしてんのかあんたはぁっ!!!」

 「うわあっ!?」

 

 ISの部分展開。鈴ちゃんの右腕に顕現したのは彼女の専用機のものだろう右腕。

 鈴ちゃんは僕の下あごを狙って強烈なアッパーを繰り出してきた。とっさにのけぞって僕はそれを避ける。

 

 「ま、待って! 危ないから! ちょっとした冗談じゃないか!!」

 「ふん!! もういいわよ、一夏のバカ!」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、鈴ちゃんは更衣室を出て行った。

 ・・・結局、約束ってどれだったんだろう?

 

 




ちゃんと覚えてはいるんだ、覚えては。

次回もよろしくお願いします。
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