天邪鬼は神社で暮らすそうです(仮題)   作:ジャンボどら焼き

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第1話 『天邪鬼』

 

 ──天邪鬼(あまのじゃく)

 

 名前くらいなら知っている人は多いだろう。『人の心を見計らってイタズラを仕掛ける妖怪』として言い伝えられており、現代日本においては『ひねくれ者』や『素直になれず反発する人』という一つの言葉にもなっている。

 その姿は小鬼として語られており、そのキャラクター性から特撮作品においても敵役として登場しているらしい。

 

 と、話が訳のわからないところまで逸れてしまったようだ。

 なぜこんな冒頭で天邪鬼なる妖怪の話をしたのかというと…………実は僕、その天邪鬼になってしまったらしいんだ。

 頭がおかしくなったと思ったかい? 無論、僕もこれが冗談で済むようなことならどれほどよかったかと思っているさ。けれどなってしまったんだ、その事実だけは変わらない。

 肩まで伸びた茶髪の髪の毛、そしてそこから生える二本の小さな角。手で触ってみると、それらは頭に根を張っているようにピクリとも動かない。うん、飾りじゃないことは確かなようだね。

 

 そもそも、なぜこのような事態に陥っていたのかというと…………正直なところ僕にもわからないんだ。

 気づいたらこの姿になっていて、気づいたら何処とも知れない場所にいた。自分が前とは全くの別物になっていると、そう頭では理解できてはいるんだ。けれどその前の、天邪鬼になる前の自分に関しての記憶が欠落してしまっていた。

 いったい僕は誰だったのか。何処で暮らしていたのか。何が切っ掛けでこうなってしまったのか。そもそも僕は人だったのか────そうした大事な部分が綺麗さっぱり抜け落ちていた。

 

 普通だったら、きっとこの状況に驚いてあたふたするんだろうね。でも、今の僕はなぜかこの姿になったことを受け入れてしまっている。先の考えとは別に、これが今の自分なんだと理解している僕がいる。

 だからこそ、僕はこうして冷静に語ることができているんだろう。我ながら、随分と淡白な性格をしていると思うよ。

 

 さて、僕のことについて話すのはここまでにしておこう。といっても、語ることなんてこの程度のことしかないんだけどね。

 今からは僕がここで生きる残るために動くとしよう。この人のいる気配のない森から脱出して、あわよくば人のいる場所にでも辿り着ければ上々といったところか。

 

 こうして、僕の天邪鬼としての第一歩というか、1日目が始まった。

 

 

 

 

 

 〜*〜

 

 

 

 

 

 さて、僕が森の出口を目指して歩くこと体感で三十分。僕は実に運がいい妖怪だと、現在は喜びに打ち震えているよ。

 あ、淡々と話してるからわからないだろうけど、本当に喜んでいるんだよ? だって、歩いてすぐにこんな立派な神社の廃墟を見つけられただなんて、まさに幸運と言わずしてなんと言うんだい。

 

 僕が発見したのは、石造りの長い階段を上った先にある神社だった。

 しかし廃墟というだけあり、境内は落ち葉や雑草で荒れ放題。鳥居のすぐ近くにある手水舎(ちょうずや)の水盤は枯れ果てており、屋根のいたるところには蜘蛛の巣がこれでもかというほどある。

 社殿は見るからにガタがきており、腐った木製の扉は少し力を入れただけで簡単に外れてしまった。中に入ると、そこは道場のように木の板が床一面に貼られあちこちに穴が空いている。さらにその奥に奉られていたであろう御神体は首だけがもぎ取られ、なんとも言えない物悲しい姿で立っていた。

 

 社殿の奥には、この神社の神主が住んでいたであろう居住空間が存在した。とはいえ、そこも例に漏れず荒れ放題。埃は被っているし障子は穴だらけ、タンスなどの家具は倒れ中身は散乱。まるで地震か夜襲にあったのではないのかと、そう疑いたくなるような惨状に目を奪われつつ、僕は一度神社の外へと足を向けた。

 

 さぁ、ここで一度状況を整理しよう。運良く雨風をしのげる廃神社を見つけたのはよし。けれど中身は期待を裏切らない荒れっぷりときた。いくら今の僕が淡白で何事にも無関心だからといって、これほど荒んだ状況を放っては置けない。というか、埃まみれの床に横になりたくはない。

 となると、これから僕が最優先にすることはこの神社の掃除。これまた運がいいことに、太陽はまだ真上を過ぎてはいない。今から全力で取り掛かれば、夕方までには寝れる程度の場所は確保できるだろう。

 そしてそのためには掃除道具が必要なわけだけど……この廃神社にそれを求めるのは酷というものだよね。

 

 ということは、やはり必要なのは人がいる場所へと辿り着くこと。そしてそこで掃除道具を借り受け、本格的に掃除を開始する。

 しかもこれまた運がいいことに、この神社はかなり高所に作られていたらしく、鳥居からは景色を一望でき、その景色の中には人が住んでいそうな里も混じっているではないか。

 度重なる幸運に気を良くしつつ、僕は眼下に映る里を目指し階段を降りる。

 

 

 

 

 

 〜*〜

 

 

 

 

 

「おい妖怪だ! 妖怪がきたぞ!」

 

「男は全員武器を持て! 妖怪を里に入れるんじゃねぇぞ!」

 

 目の前には鍬やら斧やら槍やらと、それぞれ各々の武器を持った男の集団が里の入り口を死守していた。

 え? 誰からだって? それはもちろん僕からさ。

 

 いや迂闊だったね。そういえば僕は妖怪だったんだっけ。忘れてたから普通に挨拶してしまったよ。

 

『やぁこんにちは。ちょっと頼みを聞いてくれないかい?』

 

『ん? 頼みってなん──って妖怪だぁあああ!?』

 

 なんて風に気軽に声をかけたら、その男は血相を変えてね。里の中まで走って行ったと思ったら、出てきたのは目の前の集団ときたものだ。

 とはいえ、これが当たり前の反応なんだろうね。妖怪と人は襲う襲われる関係にある以上、警戒されてしまうのも無理はないことだろうし。

 

「おい妖怪! この里にいったい何の用だ! 理由によっちゃただじゃすまさねぇぞ!」

 

 すると集団の中から、一人の男が叫んできた。視線、声共に敵意むき出しである。これが妖怪が向けられる視線というものかと、妖怪と人間との間にある溝を実感することができた。

 しかし今僕が欲しいものはそんな実感などではなく掃除道具だ。兎にも角にも、僕はそれを手にするまではここから離れられない。

 それに怒声を浴びせてきた彼が、実に都合のいいことを言ってくれた。

 

「つまり、理由によっては穏便に済ましてくれるのかい?」

 

「ああ、穏便に済ませれば…………はあ!?」

 

 びっくり仰天。男はその双眸を大きく見開かせる。見れば周りの人達も彼と同じような表情を浮かべている。

 ふむ、実に面白い反応をしてくれる人間だ。他人の驚く顔というのは、やはり見ていて飽きないものだね。

 とはいえ、いつまでも驚かれてては話が進まない。まぁ僕としては、そこまで驚かれるようなことを言った覚えはなのだけれど。

 

「何を驚いているんだい? 君が言ったんじゃないか、“理由によっては”って。つまり僕がここを訪れた理由次第では君たちは武器を収める、そういうことだろう?」

 

「…………」

 

 おや、話を進めるつもりがさらに黙らせてしまったみたいだね。別に難しいことは何一つ言ってはいないつもりなんだけど、これはどうしたものかな。

 

「無言は肯定と取らせてもらうけど、何か言うことはあるかい?」

 

 とりあえず、こう言えば少しは反応を示してくれるだろう。ほら、すでに一人が何か言いたそうな顔をし始めた。

 

「それじゃあ、お前はなんでこの里に来たんだ?」

 

 うん、予想通りの返事だ。ああ言えばそう返してくれると思っていたけれど、まさかここまで見事に的中するなんてね。

 さて、あとは僕の訪れた理由を言うだけで事も穏便に進んでくれるはずだ。

 

 とは言っても、そんな緊張した面持ちで待ち構えないでほしいな。なんていうか、言うのが無性に馬鹿らしくなってくるじゃないか。まぁ言うんだけど。

 口を真一文字に閉ざし僕の言葉を待つ男達。そんな彼らの視線を受けながら、僕は静かに口を開いた。

 

「掃除道具、貸してもらえないかな?」

 

 無音……。目の前の彼らだけではない、先ほどまで頬を撫でていた風、ひいては世界すらも呆気にとられたかのようにその動作を止めた感覚に陥る。

 やっぱりこうなるものだよね。まさか妖怪の口から掃除道具を貸してくれなんて、立場が逆だったら僕も同じ反応をしてると思うよ。

 

 そんな完全な静寂の中、一人そんなことを考えていると、いち早く我に返った一人が開口する。

 

「掃除道具を貸せ、だと……?」

 

 しかしその言葉も、僕が言った言葉を確認するように、問いかけるような一言だった。

 一言、小さく「ああ」と返す。するとどうだろう、彼──そしてその周りの男達の表情が憤怒で歪み始めたではないか。

 

 あれ、なんで? 何かおかしなことを言った……という自覚はあるけれども、別に怒るようなことではなかったはず。

 いったい、目の前の彼らは何をそんなに怒っているんだろうか。

 

「ふざけるな! そんな見え透いた嘘、通じると思ってんのか!」

 

「おい、こいつを囲め! 一気にやっちまうぞ!」

 

 その言葉を皮切りに、男達は一斉に動き出す。そしてあれよあれよという間に僕を囲み、それぞれが戦闘体勢へと移る。

 

「……ここの人間は掃除道具を家宝か何かにしているのかい?」

 

「うるせぇ! さっさと正体を現しやがれ、妖怪め!」

 

 正体も何も、これが今の僕の素の状態なんだけど。

 それに嘘を吐いた覚えもない。本当に掃除道具が必要だったんだもの。だからこうして、わざわざ人のいる里まで足を運んだわけだし。

 

 しかし、これは少し困ったことになったね。僕は別に、彼らと争うつもりなんて全くと言っていいほどないのに。なんでこうも風当たりが強いんだろう……ああ、僕が妖怪だからか。また忘れていたよ。

 とにかくどうにかして弁明したいのだけれど、この状況では何を言っても逆効果になりそうだ。まったく、どうしたものかな。

 こうも話を聞いてくれないとなると、残された手段は肉体言語という名の言葉(拳)を交わすしかないかな。

 

「動いた! みんな気をつけろ!」

 

 僕が拳を握りしめると、男達はそれぞれ警戒心をMAXにして僕を睨みつけてくる。

 本当はこんな荒々しい手は使いたくないんだけれど、この際は仕方がないかな。極力、大怪我だけはさせないように気をつけよう。

 

 そう注意事項を決め、まずは一番近くにいる男へ詰め寄ろうと足を動かす──

 

 

 

 

 

 〜*〜

 

 

 

 

 

 結果は言うまでもなく僕の勝利に終わった。天邪鬼として初めての戦闘?だったけれど、意外にこの体に馴染めていた。

 いやいや、妖怪の体っていうのはすごいものだよ。普通の人間じゃ反応すらできない速さで動けるなんて。おかげで無傷で勝利することができたよ。

 

 自分の体に少し感心しつつ手を払う僕の周りには、頭頂に大きな大きなたんこぶを作った男達が倒れている。

 

「いてぇ……頭が割れたみてぇだ……」

 

「まったく、他人(ひと)の話は聞けと教わらなかったのかい? 揃いも揃って、大の大人がこれじゃあ子供達に示しがつかないだろうに」

 

 何事も暴力に訴えるのは良くないことだ。

 いや、僕の場合は止むを得ない最後の手段だったわけで。もしもあのまま無抵抗だったら、今頃は八つ裂きにされていたかもしれないだろう? 天邪鬼として生活を始めた初日でそれは、さすがの僕でも勘弁願いたい。

 

「ちくしょう! 殺るなら一思いに殺りやがれ!」

 

「だから話を聞かないか。別に僕は君たちを取って食おうなんて思っちゃいないよ」

 

「だったら、なんだって妖怪が人里に来るんだよ!?」

 

 やれやれ、いったい彼らは僕の話の何を聞いていたんだろうね。僕がこの里を訪ねた理由など、とうの昔に言ったはずだというのに。

 しょうがないから、もう一度だけ言ってあげるとしよう。

 

「いいかい? 僕がここに来たのは掃除道具を借りる、ただそれだけのためだよ」

 

「……それは本当なのか?」

 

「さっきから何度も言っているだろう。それさえ渡してくれれば、すぐにでもここを離れてあげるよ」

 

 そう言うと、男達は一箇所に集まり話し合いを始めた。そして結論が出たらしく、集団の中の一人が里へと向かう。おや、これはひょっとすると話が通じたのかな?

 そんな期待を抱きつつ待つこと数分、男は里から戻ってきた。しかもその両手には箒やらちり取やらと、掃除に必要な道具が握られており

 

「ほら、これでいいんだろ」

 

「ありがとう。しばらくしたら返しに来るよ」

 

 そう言って差し出された掃除道具を、礼を返しつつ受け取る。里の男達も、僕が本当に掃除道具を借りに来ただけだと言うことを理解したらしく、どこか安堵の表情を浮かべていた。

 そんな彼らのことはさておき、ようやく掃除道具を手にすることができたよ。思っていた以上に時間を取られてしまったし、早速戻って掃除を開始しないとね。

 

 やっと手に入れた掃除道具に少しだけ気を良くしつつ、僕は里を後にする。

 

「お前、変わった妖怪だな。そんなもの借りる奴なんて聞いたことないぞ」

 

「人にも妖怪にも変わり者はいるってことさ。それじゃあまた会おう、人の子」

 

 その言葉を最後に、僕達の話は終わった。

 

 人里に背を向け歩き出すその後ろから、男達が何やら楽しげに会話をしている声が聞こえてきた。僕はそれに、どこか懐かしいものを感じたのだが……はて、それは一体何故なのだろうか。まぁどうせ、思い出すことなど出来ないのだし考えるだけ無駄かと、意識の外へと追いやる。

 大事なのは今自分に必要なことをすること。とりあえずのところは廃神社のリフォームが目下最大の目標となるわけだ。

 

「さて、リフォーム頑張るぞー」

 

 おー、と一人抑揚のない声で言い、右拳を耳あたりまで上げる。

 

 そんな僕に付き合ってくれたのは足元から前方に伸びた、僕と同じ姿を形取った影だけだった。

 

 

 

 

 

 

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