久しぶりの更新です。
暇つぶし程度にどうぞ。
木枯らしが吹き、体温が一気に持って行かれる。冬もはじめだというのにこの寒さでは、これでは本格的になってきたらどうなってしまうのだろう。
今は昼時ということもあり、日は確かに差しているのだが、こうも気温が低くては『焼け石に水』いや、この場合は『氷に線香花火』といったほうが正しいだろうか。まぁどちらも言えるのは『あまり意味をなさない』ということだけ。
この廃神社では寒さを凌ぐという機能は期待できず、建物中にある穴から侵入してくる隙間風に体を震わせることしかできない。
「いやぁ、アリスに冬服を貰っておいてよかったよ」
そんな廃神社の現主人である天邪鬼はというと、いつもの縁側の近くの地面に枯れ枝や落ち葉などを集め、焚き火をすることで暖を取っていた。
パチパチと音を鳴らす焚き火の暖かさに口元をほころばせる天邪鬼。そんな彼の服装はいつもの黒い甚兵衛の上に、黒い羽織りのようなものでその体を包み込んでいた。
これは先のアリスとの『冬用の服を用意する』という約束により手に入れたもので、これのおかげで幾分かは寒さが軽減されている。それでもまぁ寒いものは寒いのだが、甚兵衛だけの時からしてみればだいぶマシだと言えるだろう。
「それにしても、君はこんな寒さの中よくここまで来るねぇ」
「妖怪ですから、多少の寒さはなんともありません。それにここに来るのも単なる暇つぶしの一つですから」
「ははっ、暇つぶしでも嬉しいよ。こんな場所で一人寒さに震えるのは、いくら僕でも勘弁だからね」
そう言いながら、天邪鬼は焚き火の中に突き刺すように入れていた木の枝へ手を伸ばし、突くように動かし何かを確認する。
そんな天邪鬼の動きにさとりは、こてっ、と可愛らしく首を傾げ
「何をしているんですか?」
「ん? ははっ、決まってるじゃないか。焚き火と言ったら……これだよ」
得意げに笑みを浮かべ、天邪鬼が燃え盛る火の中から枝を抜くと、中から現れたのはほかほかとその身から煙を上げる芋だった。
「焼き芋、ですか……」
「いやぁ、寒い日はやっぱりこれに限るよね……はい、さとりの分」
「え、ちょっ、熱っ!」
不意に投げ渡された焼き芋を戸惑いつつキャッチするさとり。だが出来たて間もない熱々のそれを素手で持てばどうなるかは明白。さとりは右手と左手で交互に持ち替えつつ、ポケットから布を出しそれで焼き芋を包む。
布を巻いたおかげで熱さが軽減され、一息吐いたさとりは天邪鬼へ抗議の視線を向ける。
「いきなり渡さないでください。火傷するかと思ったじゃないですか」
「ははっ、ごめんごめん」
謝りつつ、天邪鬼は自分の分の焼き芋を取り出す。「あちちっ」と、さとりと同じように左右の手で持ち替えながら芋を半分に割る。ほくほくと、煙とともに香ばしい匂いが立ち上り、割った断面は綺麗な黄金色で食欲を唆る。
さっそく、両名は芋へと齧り付く。味は甘味のように甘く、その食感はペーストのようにとろけ、ねっとりと舌に絡みついてくる。
「……美味しい」
「だね。素材が良かったんだろうね、いやーいいものをもらったよ」
「そういえば、この芋は誰からもらったものなんですか?」
このおんぼろ神社に立ち寄るような人間、延いては妖怪など自分かあの天魔ぐらいなもののはず。であるならばこの芋は一体どこの誰からもらったものなのか。
「ああ、これは知り合いの神様から貰ったものだよ」
「神様、ですか?」
「うん。秋静葉って言ってね、彼女から色々と譲って貰ったんだ」
共に神社の周りの木々を赤く染めた、紅葉の神様である秋静葉。その時のお礼として、天邪鬼は彼女から多くの作物をもらったのだ。
「天魔に引き続き、神とも知り合いになっていたんですね。あなたの交友関係には毎度驚かされます」
出会ってまだ半年かそこらだというのに、この天邪鬼は次々と交友関係を広めていっている。それに聞けば、彼がいま着ている羽織も友人となった者からのもらい物だとか。
長くここに住んでいるが、未だ友人と呼べる者がこの天邪鬼と天魔の二人しかいないさとりは、早々にこの妖怪に友人の数を抜かれてしまった。
なんてさとりが現実を直視し項垂れていると、焼き芋を食べ終えた天邪鬼がふと尋ねる。
「妖怪の山や魔法の森の他に、どこか面白そうな場所はあるかな?」
「そうですね、人が寄り付かないというのであれば、いくつか心当たりがあります」
「おぉ、それじゃあ早速教えてくれるかい?」
期待に笑みを浮かべる天邪鬼へさとりは「そうですね」と、顎に手を当てしばし考え込むと
「近場だったら『迷いの竹林』でしょうか」
「迷い……なんとも興味を唆る名前だね。それで、その迷いの竹林っていうのは?」
さとり曰く、迷いの竹林とは昼夜問わず深い霧に覆われ、不規則に並んだ竹が足を踏み入れた者たちに無限にも思える広さを錯覚させる。また目印になるものが全くと言っていいほどなく、自分が前に進んでいるのか後ろに進んでいるのかすらもわからない──まさに迷いの竹林。
「なるほど、足を踏み入れれば進はおろか、戻ることすら難しい竹林ねぇ」
「えぇ、妖怪ですら足を踏み入れるのを躊躇う場所です。私としてもおすすめはしません」
「そうかそうか、おすすめはしないか……なるほどねぇ」
ニヤリと、口角を上げる天邪鬼。
行くな、や、おすすめしない、と言われて胸が踊らないわけがない。彼女の言う迷いの竹林は未だ誰も足を踏み入れたことのない未開の地。これは嫌でも期待が高まってしまう。
笑顔を浮かべる天邪鬼を見て、彼の思考を読んださとりは「またか」といった風に溜息を吐き
「大変嬉しそうにしていますが、二度と戻ってこられないかもしれないんですよ? わかっているんですか?」
「もちろんわかってるさ。でも大丈夫、僕にはとっておきの切り札があるからね」
切り札とは無論、能力による擬似ワープのことだ。あれさえあれば、この廃神社に戻ってくるなど造作ない。
「そこまで自信があるのなら大丈夫ですね。まぁ、行っても何もないとは思いますけど」
「あるかないかなんて、行くまではわからないさ。なんたって、まだ誰も入ったことがないんだからね」
くつくつ、と楽しそうに笑みを浮かべる天邪鬼。
そんな彼を横目で見ながら、さとりはまだ食べきっていない焼き芋に齧り付くのだった。
すると二人を覆うように影が現れ、漆黒の羽根がふわりと舞い落ちる。
「おや、君も来たのか。わざわざ寒い中ありがとね」
「い、いえ! こちらこそ、突然お邪魔して申し訳ありません……」
ぺこり、と申し訳なさそうに頭を下げるのは、ぼっちな天魔こと烏丸芙蓉だった。
そんな彼女に天邪鬼は苦笑しつつ、頭を上げるように言い
「僕としては来てもらうのは嬉しいんだけれど、君は仕事はいいのかい?」
「は、はい。ふ、冬は作物も育たないので、山に入る者も少なく……だ、だからいつもよりは、忙しくはないんです」
そして焚き火の近くに腰を下ろす芙蓉。そんな彼女に天邪鬼は焚き火の中から焼き芋を取り出し、布に包んで手渡した。
「ここに来るまでに大分冷えたろう? これでも食べて温まるといいよ」
「焼き芋……あ、ありがとうございます」
焼き芋を受け取り、あむっ、と小さな口で齧り付く芙蓉。そして、あむあむ、と何度か咀嚼をした後、ごくん、と飲み込み
「はぁ……美味しい♪」
「ははっ、口にあったようで何よりだよ」
幸せそうに笑みを浮かべる芙蓉に、天邪鬼もつられ笑みを浮かべる。
そんな二人をさとりは残りわずかとなった焼き芋を口に放り入れ、静かに眺めているのだった。
「ほうほう、なるほどなるほど……そう言うことでしたか」
だがこの場にもう一人、神社に並ぶ木々の隙間から、談笑をする天邪鬼たちを覗き見る影が一つ。
「ここ最近、天魔様が住居を離れることが多くなったので気になって付いてきてみれば……まさかこんな場所で妖怪と密会をしていたとは」
黒髪のボブカットには山伏が被るような赤い帽子。服装は冬とは思えない黒いミニスカートに白いシャツ、そして気持ち体を温めるのは首元に巻かれた赤いマフラー。
天邪鬼や芙蓉に聞こえないよう小さな声で呟き、その姿を隠し見る彼女の名は
じっくりと、天魔と話す妖怪たちを観察するように眺める文。
まず彼女が視界に入れたのは、これはこの付近に住むものであれば誰もが知る覚妖怪だ。心を読むとされ、他の妖怪から
まぁそれは今は放っておいてもいいこと。問題は次の妖怪だ。普通天魔と話す者は、その威圧感から竦んでしまうことがほとんど。
しかしあの妖怪は天魔とああして正面から話をして平静を保っている。間違いなく並みの妖怪ではないだろう。
「しかし、いつの間に天魔様にあのような友人が」
いつも天狗の住居で仕事に忙殺され、少しある休日も部屋で過ごしている彼女が、一体どうやって天狗以外の友人を作ったのだろうか。
ここ数十年の記憶を掘り返してみるが、天魔が直々に腰をあげる事態など……いや、一つだけあった。それもつい最近の出来事だ。
妖怪の山に侵入し、哨戒天狗を物ともせず、
「となると、あの妖怪がその時の侵入者で間違いはないですね。それで事件の日に天魔様と関係を持ったと……」
おそらく、いや十中八九これで間違いない。
天魔が外出をするようになった時期とも重なるし、あの男こそが妖怪の山へ単身侵入してきた妖怪なのだろう。
「いやはや、天魔様をつけたら予想外の妖怪に出会しましたね。しかしこれはかなり使えそうです」
むふふふ、と怪しげな笑みを浮かべる文。そして彼女は首から吊り下げた、最近河童が開発したという映像を絵として記す絡繰りを構え、談笑する天魔たちの姿を記録に収めた。
この絡繰りは河童たち曰く『かめら』と呼ばれるもので、丸い水晶の下にある隙間から一枚の紙が自動で排出される。
文はその紙を手に取り、そこに写った天魔たちの姿を見て、うんうん、と頷き
「記念すべき『第1号の記事』として不足はありません。ではでは早速、後日にでも接触をしてみましょうか」
そう呟くと文はそれ以上の観察はせず、すぐにその場を後にする。
その表情はとても満足気で、まるで子供のように純粋な笑みを浮かべていた。