やぁみんな、僕だよ。
あれからもう十日ほど経ったかな? 里の人間から無事に掃除道具を借りれることができたことで、僕はようやくあの廃神社の掃除をすることができたよ。
まぁ掃除できたとは言っても、この神社自体はボロボロだからね。ただ寝て起きるくらいのことができるほどにはなった、というくらいかな。
僕はそれだけでも別に十分なんでけれど、さすがにこのままってわけにはいかないんだよね。掃除しててわかったんだけれど、やっぱり建物自体にガタがきてるみたいで、強い風が吹くたびに社殿全体が悲鳴をあげるが如くミシミシと音を立てるんだよ。
いやー、もしかしたらあと数ヶ月後には壊れてるかもしれないね。こう、瓦礫の山と化すみたいな感じにさ。
「君もそう思うだろう? こんな廃神社を見てたらさ」
そう、問いかけるような言葉を口にする。しかし、僕の言葉に返事を返してくれるものはおらず、聞こえるのは風に吹かれる木々のざわめきのみ。
おや? おかしいな、返事がない。これじゃあ僕がただ独り言をつぶやいただけの悲しい妖怪になってしまうじゃないか。
確かに僕は一人でいることが好きだけれど、独り言を言うほど寂しい妖怪じゃあないんだよね。
「君もそう思うだろう? こんな──」
「わかっているので繰り返さなくて結構です」
もう一度同じ言葉を繰り返すと、淡々とした女性の声が隣から返ってくる。僕が視線をそちらへと向けると、薄紫のボブの少女が半眼でこちらを見つめていた。
フリルの多いゆったりとした水色の服にピンクのセミロングスカート。頭には赤いヘアバンドに、最大の特徴といってもいいであろう胸元に浮かぶ一つの瞳。
僕と一緒に鳥居の下に座る彼女の名前は……名前は…………おや?
「
ああそうそう、そうだった。古明地 さとりだったね。彼女は何を隠そう、その胸元に浮かぶ三つ目の瞳で人の心を読む妖怪『さとり妖怪』なんだって。
「だって、とは随分投げ遣りな言い方ですね。それに私の名前も忘れていましたし。まぁ特に気にはしませんが」
このように、彼女の前ではプライバシーも黙秘権もあったものではない。彼女には僕の心の中、すなわち考えていることは全て筒抜けなのである。
そう、今こうして考えていることも全部、彼女は把握しているのだ。
「『ぷらいばしー』や『もくひけん』というものが何かは知りませんが、これが私の能力なんです。そう悪く聞こえる言い方はやめてください」
そう言って冷ややかな視線を向けてくる。心なしか、その半眼が鋭くなっているようにも見える。
でもこう言われるのってもう慣れっこなんだよね? 他の妖怪たちにも言われてるんだから、今更僕一人が増えたところで変わるものじゃないと思うんだ。
「あなた、私を茶化して楽しんでいるでしょう? いえ絶対茶化してますね、心を読むまでもありません」
おや、ばれてしまったか。まぁいいじゃないか、茶化しの一つや二つくらい。
こうして二人きりで話をするなんて、君にはなかなか経験のないことだろう?
「それはそうですけど、『話をする』というのなら、そろそろ返事をしてくれませんか? 私が独り言を言っているみたいじゃないですか」
そう、頼むような口調で言ってくる。
えー面倒くさいなぁ。別にこの場には僕と君しかいないんだから、そんなの気にすることもないだろうに。
それにせっかく便利な能力を持っているんだし、惜しみなく使ったほうがいいとは思わないかい?
「どの口が言うんですか。あなただって、先ほどは同じようなことを考えていたじゃないですか」
はぁ、と疲れたように溜息を吐く。
そういえば、溜息を吐くと幸せが逃げるっていう言い伝えがあってね。
「誰のせいだと思っているんですか。まったく、悠々自適を体現したかのような妖怪ですね、あなたは」
なに、僕はただ自分に素直なだけさ。それに、自分のやりたいようにやる事の何が悪いと言うんだい?
「はぁ……いえ、何も悪くありませんよ」
またも溜息を吐き、疲れたような表情で正面を向くさとり。さっき溜息は幸せが逃げると言ったばかりだというのに、仕方のない子だ。
とはいえ、これで話は途切れてしまい、僕と彼女の間に会話はなくなる。こうなると暇へ一直線に向かって行ってしまうので、暇つぶしがてらに彼女との馴れ初めを話すとしよう。
それは、つい一週間ほど前のことだ──
〜*〜
神社の掃除を始めて三日、社殿の埃もあらかた取り終え、掃除道具を人里へ返しに行った後のことだ。僕はそのまま真っ直ぐに神社へは戻らず、ブラブラと森の中を散歩していた。
午後の日差しは木々に遮られ木漏れ日となり、心地よく僕の体を温めてくれる。
ああ、今日は散歩日和だねぇ。こうやって何も考えずに気ままに歩く。うん、最高だねぇ。
今日1日くらいだったらずっと歩き続けられる気がするよ。まぁ、実際にそんなに長い時間歩くのかと問われれば、そんなわけないと答えるのだけれどね。
そしてここ数日、神社で暮らしていてわかったんだけれど、ここには僕以外にも妖怪がいるようだ。もちろん、そんなことぐらいだったら僕も把握していたさ。里の人間たちとの会話からそれとなく予想できていたからね。
けれどどうやら、この場所に住み着いている妖怪の数は他の場所と桁が違うらしい。今のような太陽がでている時間帯であればそうでもないように感じられるのだけれど、一度逢魔が時が訪れれば一変。今僕が歩いているこの道など、知能のない獣妖怪とのエンカウントの連続だろう。
とはいえそれは夜の話。今はただの散歩スポットな訳なので、なんの心配もなく目の前に伸びる獣道を歩く。
それからしばらくして辿り着いたのは、不自然に木々がなくなった空間だ。遮るものがなくなり、ここぞとばかりに陽の光が大地に降り注いでいる、
そんな広場のような場所の中央に、彼女の姿はあった。
膝を抱えて地面に座る、いわゆる体育座りというものをしている彼女は、その半眼でじっと空を見上げていた。そんな彼女の姿をこの目で捉えた僕が、次のように思ってしまったことは仕方のないことだと、先に弁解させてもらうよ。
──ぼっちだ。あれ、絶対仲間外れにされたパターンのやつだ。
ね? 仕方のないことだとは思わないかい? だって、一人ぼっちで体育座り + 空をじっと見上げてるんだよ。明らかに寂しい子じゃないか。
「赤の他人に対して失礼なことを考える妖怪ですね。それに所々に意味のわからない言葉を交えて……非常に不愉快です」
聞こえたのは、僕と同じ淡々とした声。それで思考をいったん停止させた僕は、その声の主であろうぼっちな子へと視線を戻す。
すると彼女はその半眼と、胸元浮くコードにつながった目玉を向けていた。
おや? もしかして口に出していたかな? そんなはずはないと思うのだけれど、でも彼女がこっちを見てそう言ってくるということは、無意識に出してしまったのかもしれないね。
まぁ仕方ないか。だって、見事なぼっちぶりだったんだもの。
「心配ありません、口には出していませんでしたよ。ただ私があなたの心を読んだだけです。
……それとぼっちというのはやめてください」
今度はその三つの瞳に非難の念を込め、彼女はそう言ってきた。
これが僕と彼女、古明地 さとりとの出会いである。
〜*〜
そうして僕という知り合いを手に入れた彼女は、これまでのぼっち生活を抜け出すため、僕の住む神社へ足を運ぶようになりましたとさ。
「最後のそれは余計です。それに、私が今日ここに来たのは、あなたが話がしたいというから来ただけです」
しかしそれだけで抜け出せるほど、ぼっち生活は甘くはなかった。なぜなら、次なるぼっちの魔の手がすぐそこにまで来ていたのだから……。
めでたしめでたし。
「いい加減怒りますよ? それにその終わり方のどこがめでたいんですか。ふざけるのも大概にしてください」
そう言いその小さな手で僕の頭を平手で叩いてくるさとり。本当にイライラが溜まっていたらしく、パァン、と聞くだけであったら気持ちのいい音が響く。ちょっと痛い。
「それに、あなたが話したいことは私との出会いの話ではないでしょう。そろそろ本題に戻しませんか?」
そう言うさとりの表情はどこか重い。だいぶ疲れが溜まっているようである。他人と話すだけでこれとは、ぼっちここに極まれりということだろうか。
そんなことじゃこれから先、もし、万が一にでも友ができた時、絶対に苦労するよ。
「もういいです、あとはあなた一人で話を進めてください。私は疲れました。もう横になります……」
ごめんごめん、君の反応が面白くってついね。これから真面目に話するからさ、ね? もう一回付き合ってくれないかい?
「…………本当ですか? 信じてもいいんですね?」
もちろんさ。この僕を誰と思っているんだい? 君の友人の天邪鬼だよ?
「……しょうがないですね。もう一度だけ付き合ってあげます」
──あ、ごめん。友人は言いすぎたよ。訂正、顔見知りってことでよろしく。
「そこについている口を取れば少しは大人しくなりますか? なりますよね?」
その一言でイライラを通り越したさとりは、無感情で平坦な声音でそう言いながら僕の口へと両の手を伸ばす。
こらこら、口を取っても心を読んでるんだから意味は無いよ。だからその手を伸ばすのをやめなさい。こら、口を左右に広げようとしない、口裂け女になってしまうじゃないか。
いやっ、ちょっ、割と本気で取ろうとしてるのかい? ごめっ、謝るから、っていたたたたたたた!?
もはや僕の心の声での宥めなど意味をなさず、さとりはこれでもかと僕の口を引っ張り、時にはつねったりと、溜まった鬱憤を晴らすかのように弄くり回す。
その半眼も珍しく開ききっており、僕を捉える深紅色の瞳は異様に黒ずんでいたことを明記しておこう。
その後、お仕置きを受けること約10分。ようやく落ち着きを取り戻したさとりは、僕の口から手を離し静かに座り直す。目も元の半眼に戻っており、瞳も深紅色になっている。
あいたたた……いやぁひどい目にあったね。
「自業自得です。他人を茶化すからそんな目にあうんですよ」
ジトッ、とただでさえ半眼だというのに、さらにそれを細めて僕を睨みつけてくるさとり。とはいえ、顔立ちも幼い彼女に睨みつけられても『怖い』という感情など生まれるはずもない。生まれるとしてもせいぜい『微笑ましい』くらいだろうね。
おっと、訂正するからジリジリにじり寄ってくるのをやめてくれないかい? それと顔まで上げた両手も引いてくれると助かるのだけれど。
僕の心の声を読んだのかは知らないが、さとりの手は僕の口元へ伸びる直前で止まる。そしてその深紅色の瞳で僕を見下ろし、僕も黙って彼女の目を見つめ返す。
そして目を合わせること十数秒、何を思ったのかさとりは、ふっ、と口元を綻ばせた。
あれ、この流れだとまたさっきのをリピートするかと思ったんだけれど……なんで笑っているんだい、さとり?
「いいえ、なんでもありませんよ」
そう言い、さとりは手を引き体を離し
「私はこの辺で失礼させてもらいます。それでは、また」
そう言葉を残すと、鳥居へ向かって歩き出す。その背中は1分と経たない内に鳥居の向こうへ消え
「あー暇だなぁ…………寝よ」
一人残された僕は、特に何もすることがなくなったので昼寝をすることに。
天気もいいし、今日は気持ちのいい夢が見れそうだねぇ。
〜*〜
廃神社をあとにした私は、森の中を歩き静かに家路を歩いている。木漏れ日の小さな煌めきをこの身に浴び、ただまっすぐに進んでいると
──おい、さとりだ。さとりがいるぞ。
──なんだってこんなところにあいつがいやがるんだ。
──ヤベェ、こっち見た! 心を読まれるぞ!
視界の端に映る妖怪たちの心の声が聞こえてくる。その声はどれも、お世辞にも快いと言えるものではなく、嫌悪感を前面に押し出したものばかりだった。
これが私、いえ私達さとり妖怪の現状。皆に嫌悪され、忌み嫌われる、そんな妖怪だ。
ただ一人、あの妖怪を除いては。
心が読まれるというのに、なんら臆することも嫌悪することもなく接してきたあの天邪鬼。あんな風に話しかけられたことなど、というか他人と話すことなどあまりなかった私はつい驚いてしまった。
同時に思いもした。裏表がない心というものは、こんな心のことを言うのかと。
話をする中で、私は試すように彼へ一つの問いを投げた。『心を読まれることが怖くはないのか』と。
すると彼は一瞬だけ考える動作をする。その時、私の耳に聞こえてきた彼の心の声は
『──どうしよう、聞いてなかった』
……言葉を失った。この妖怪、いったいどれだけ間が悪いのだろう。意を決してというほどではないにせよ、それなりの覚悟で尋ねたというのに聞いてなかったとは何事か。
ああ、自分が今冷ややかな視線をしているのがわかる。なにやら内心でどう言おうかと考えているようですが、そんなもの私の前では無力。このまま静観するように見せて、心の内をことごとくを看破してみせましょう。
『──ええっと、確か心が読まれるのがどうとか……だったけ?』
なんだ、ちゃんと聞いているじゃありませんか。そうですそうです、さあ、あなたの本心を聞かせてください。
『──そうだねぇ、僕はそういう実感が湧かないから、特に気にしてはいないけれど』
普通の相手ならば、心が読まれていると知れば大なり小なり不快感を抱くものなんですが、そう考える彼にはそれが全くありませんでした。まぁ、私がさとり妖怪と聞いても話しかけてくる妖怪ですし、当然と言えば当然だったのでしょうけど。
器が広いのか、それともただなにも考えていないだけなのか。さて、もう少しだけ心を読ませてもらいましょう。
『──でも一つだけ、気になったことがあったね』
気になること、ですか。先ほどの件で否定的なものが来ないとは思いますが、さて、いったい何が気にかかったんでしょうか。
次の思考を待つ。1秒か、10秒か、はたまた1分か。柄にもなく楽しんでいるらしく、一瞬にも満たない時間が嫌に長く感じた。
だがそんな時間もついに、終わりを迎える。
「『──君は、心を読むのが辛いのかい?』」
──それは同時だった。頭の中に響くように聞こえる声と鼓膜を揺らす声。どちらも全く同じ声で、それでいてただの一語も違わない言葉で。
あの時の私はなんと言葉を返したのだろうか。頭が真っ白になっていたので覚えてはいない。恐らくは『もう慣れました』とか、それに近い言葉を返したんだろう。
しかし思い返してみれば、なんとも予想外な質問をしてきたものだ。さとり妖怪に心を読むことが辛いかなどと、そんな愚問に等しいものをしてくるなんて。
そんなもの、とっくの昔に『慣れた』のだ。悪意も敵意も嫌悪も不快も、それら全てが入り混じった心を見ることも。私が一人でいるのも、周りが心を読まれるのを嫌って近づかないだけだ。決して、私の交友能力が低いわけではない。ええ、そうに決まってます。
第一、人混みが苦手なんですよ私は。心の声がうるさくてうるさくて、もううんざりしちゃいます。それに友人とは量ではなくて質ですよ。広く浅くよりも狭く深くの方が信頼できますし。だから私が一人でいるのは、まだ私の友人の定義に当てはまるものが現れていないからです。断じて私の交友能力がないというわけではないんです。大事なことなので二回言わせていただきます。
……はぁ、何を言い訳してるんでしょうか私は。辛くないのなら、辛くないとはっきり返せば良かっただけだというのに。それを『慣れた』などと、あんな曖昧な返事を返した時点でたかが知れていたのだ。それに、こうしてあの廃神社へ足を運ぶのが何よりの証拠である。
他人の悪意に満ちた心に、それがわかってしまうこの目に嫌気がさしたから。だから、私と普通に接してくれる存在を、彼を求めたのだろう。
本当に、自分で自分を笑ってやりたくなる。
でも笑えない。笑うことができない。他人と関わることをやめた私には、笑顔を作ることができない。
けれど、あそこへ行けば笑うことができる。無意識だが、私も笑顔になることができる。
だから、笑うのはまた今度にしよう。あの場所で、あの天邪鬼と共に何気ない会話をしながら、彼の笑う隣で私も笑おう。
その一時を謳歌するために。そして見栄っ張りな自分を嗤うために。
ああそうだ、今度は何か手土産を持って行ってあげましょう。あそこの木に成る果実はなかなかに美味でしたから、それを持って行くのもいいですね。
足取りは依然として変わらない。そんな私の頬を木々の間を縫うように吹いた風が撫で、木の葉を巻き上げながら空へと登っていく。
気がつけば、先ほどまで聞こえていた雑音は、いつの間にかどこかへ消え去っていた。