おそらく今後も不定期かつ遅い投稿となるかもしれませんが、何卒お付き合いの方をよろしくお願いします。
では、第3話をどうぞ!
やぁ僕だよ。
天邪鬼になって早一月以上が経過した頃かな? 少しずつだけれど妖怪としての生活にも慣れてきたよ。……まぁ、大抵は神社でグータラと過ごしていたんだけれどね。
だってしょうがないじゃないか、何かしようにも知り合いなんていないし、おまけにこんな辺境の地にある廃神社へ足を運ぶ物好きもそういないんだからさ。
うん、こうして言葉にしてみると、なんだか虚しい思いがこみ上げてくるよね。でもこれが現実なんだと、これが今の僕の現状なのだと理解せざるを得ないだろう。
こうして夜空を覆い尽くす程の星を見てしまうと、自分のぼっちさが極まってしまっているように実感してしまう。いや、殆どぼっちなのだけれど。
「……いつまでもこうしてグータラしてるだけっていうのは、見事なほどに時間の無駄だよねぇ」
「そう思うのならば、何か行動を起こしてみればいいじゃないですか」
寝転がる僕の隣では、体育座りをしたさとりが同じく、満天の星空を眺めながらそう返してくる。
それにしても……う〜ん、行動を起こすかぁ……。
「起こすにしても、心惹かれることがないからねぇ」
「はっきり面倒臭いと言えばいいじゃないですか。そんな遠回しな言い方しなくともよいでしょうに」
いやいや、別に面倒臭いなんてことはないんだよ? でもね、僕って自分が思っていた以上に気分に左右されるらしくてさ。こと興味のないことに関しては何もする気が起きないんだよね。だからモチベーションというか、やる気が
「そんなもの、
「そうだよねぇ……」
正論を突きつけてくるさとり。
僕もそれは理解しているのだけれど、如何せんやる気が出なくて出なくて……。
「さとり、君は何か面白そうなことが起きそうな場所を知ってるかい? それか誰も訪れたことのない秘境とか」
「あるにはありますよ。というか、私が今住んでいる場所がその一つです」
なんと、身近に面白そうな話題のネタを持っている人物がいたらしい。まったく、そういった面白そうな話題をなんで黙ってなんかいたんだい?
「いえ、私の住んでいる場所はなんというか、かなり危険なので」
そこからしばしの間、さとりから話を聞く。どうやら彼女の住んでいる場所は天狗の縄張りになっているらしく、勝手に侵入しようものなら問答無用で成敗されるだとか。
故に、その場所へ立ち入ろうとするものは少なく、人々、延いては妖怪の間でも謎に包まれているらしい。
おやおや、それはかなり面白そうな場所じゃないか。未だ誰も足を踏み入れたことのない未開の地。それをこの目で暴くなんて、うん、いい感じでこみ上げてくるものがあるよね。
テンションが上がりつつある僕とは対照的に、さとりは眉間に皺を寄せ呆れ顔で口を開く。
「あなたが考えている数倍は危険ですよ? それに天狗は妖怪の中でも強い部類に入ります。たとえ下っ端でも、そこらの妖怪なんかよりははるかに格上なはずです」
まるで幼い子供を宥めるようなそんな口調である。
「あなたの実力がいかほどかは知りませんが、控えめに言っても死にますよ? 天狗は集団で組織を作っていますし、多勢に無勢です」
「おや、心配をしてくれるのかい? さとりは優しいねぇ」
「……はぁ。もういいです、勝手に行って勝手に死んできてください」
平坦ながらも呆れの念を含んだ言葉を吐くさとり。そっぽを向いているから表情は伺えないが、うん、きっと照れてるんだろう。
ははっ、相変わらずさとりは素直じゃないねぇ。まぁそういったところが可愛らしいんだけれど。
「大丈夫だよ、さとり。僕はただ遊びに行くだけで、別に喧嘩をしに行くわけじゃあないんだから」
流れる沈黙。どうやら僕はまた、彼女の気に触るようなことを言ってしまったらしい。さとりが冷ややかな目で僕を睨みつけてきているのがその証拠だ。
もはや返事をするのも
「そうですね、これ以上は何を言っても無駄でしょう。ですので今日はもう帰らせてもらいます」
「おや、もう帰るのかい?」
小さく首を縦に振り、さとりは鳥居へと向けて足を進める。去り際に「明日は死なないように気をつけてください」と、そう言葉を残してくれるあたり、やっぱり優しい子だねぇ。
すでにさとりは闇の向こうへと消え、一人になった僕は再び寝転がる。明日になるのが楽しみで眠れそうにないし、天体観測の続きでもしようかな。
〜*〜
次の日。待ちに待った朝である。いつもより数割ましに高まったテンションのおかげか足取りも軽く感じる。
気分も体調も万全なのを確認したし、早速目的地である山を目指して出発といこうか。
意気込みも十分、廃神社を後にした僕だったんだけど……どうやら重大な危機に直面してしまったようだ。
いや、これはある意味予想できていて、それで回避することも十分にできたはずなんだけれど、どうやら予想以上にテンションが上がっていたらしい。いやはや、我ながら抜けていたと思うよ。まさか……
「まさか、その山がどこにあるのかを聞くのを忘れていたなんてねー」
そう、僕はその山の場所を知らない。さとりに場所を聞けばわかることだったのに、なんで聞くの忘れてしまったんだろうねぇ……。
わかってるのは山っていうことだけだけど、山なんてそこらにあるしなぁ。
「ふむ…………とりあえず大きい山を目指せばいいかな」
縄張りって言っているくらいだから、それなりの大きさの山だとは予想がつく。となればこの近くで一番大きな山は……うん、あそこかな。
一際存在感を醸し出す、天まで届きそうなほど高い山。他の山とは一線を画すそれに的を絞り、歩みを進めた。
そして歩くこと早二十と数分。ようやく麓へと辿り着き、川の近くにある切り株に腰をかけて一息をつく。その時ちらり、と山を見上げてみたが……うん、やっぱり間近で見るとまた一段と迫力が増すねぇ。
なんてことを考えながらぼぅっとしていると、
「おや、この辺じゃ見かけない妖怪だね」
不意にどこからか──というか、目の前で流れる川の中からそんな声が聞こえてきた。何事か、と目を向けていると、次いでぶくぶくと水面に泡が溢れ出し
「よいしょっと!」
ザパーン、という効果音がつきそうなほど派手な水飛沫が起こり、その中から一人の少女が姿を現す。
ウェーブのかかった水色の髪を赤い数珠でツーサイドアップにし、こちらを見つめる瞳は青色。水色の上着になぜかポケットがいっぱいつけられた青色のスカート、そして何よりも僕の目を引いたのは
「……でっかいリュック」
身の丈はあるのではないかと、そう疑ってしまうほどのリュック。そんな大きなリュックを背負っても疲れた顔一つ見せない少女は川岸へ上がると、ずんずんとこちらへ向かって近づいてくる。近くで見るとさらに思う、本当におっきなリュックだ。
まぁそれはそれとして、ここで誰かに会えたというのは幸運だったね。是非とも道を伺いたいものだ。
「やぁ初めまして。ちょっと道を伺いたいんだけれどいいかな?」
「道をかい? まぁ私に答えられる範囲だったら構わないけど」
了承を得たところでさっそく本題へと入る。
「ここいらの山に天狗の縄張りがあるって話なんだけれど、それがどこかわかるかい?」
「……お前さん、それ本気で言ってるの?」
僕の言葉に少女は視線を鋭くさせる。やはりさとりの言っていた通り、天狗の縄張りは相当危険な場所らしい。
「そうでなければ、わざわざ質問したりはしないよ」
「……ただの興味本意って言うんなら悪いことは言わない、考えを改めて帰りな。天狗っていうのはお前さんが思っている以上に危険だよ」
細めたたままの視線で忠告を促す少女。ただただ真っ直ぐに僕を見据えるその瞳には冗談の色は一切含まれていない。その声音も出てきたときよりも幾分か低くなっている。
ふむ、と顎に手を当ててしばし思案する。
確かに僕は、彼女の言う通り興味本位で来た。おそらく彼女が聞いたら必死の形相で止めるであろう、それくらい軽い気持ちで来たと自分でも理解している。
天狗という妖怪が何たるかを知っている彼女からすれば、さしずめ僕は獣の巣窟に生肉をぶら下げて入り込む大馬鹿者、といったところか。確かにそんな奴が目の前にいたのなら、よほどの薄情者でもない限り見て見ぬ振りなど出来ないだろう。
「君は天狗をよく知っているんだねぇ」
「そりゃあ伊達にこの山の近くに住んでいないからね」
その口振りからするに、彼女は長い間この山で暮らしてきたと見た。そして今の会話の流れから、天狗の住む山がどこかようやく目星がついたよ。どうやら、僕の勘は当たっていたようだね。
視線を少女から外し、代わりに天を突かんばかりの巨山へ向ける。すると小さく、はぁ、と溜息を吐くのが耳に入る。どうやら僕が天狗の居場所を突き止めたことに気がついたらしい。
「まぁお前さんも妖怪だ。他人の意見に縛られるなんて柄じゃあないよね」
「悪いね、せっかくの心遣いを無下にして」
「いいってことさ。本来私が助けるのは盟友──人間だからね。今回はただの気まぐれって奴さ、気にしなくていいよ」
そう言いひらひらと右手を振るう少女の顔には先ほどの鋭さはなく、からから、と屈託ない笑顔が代わりにあった。
「まぁ天狗も無警告で襲ってくるようなことはしないよ。もしもやばいと思ったなら、その指示に従うことだね」
「ああ、もしもの時はそうさせてもらおうかな」
「はっ、嘘つけ。初対面だけどわかるよ、お前さんが相当な頑固者だって」
ニヤリ、と今度は挑発的な笑みを向けてくる。
まったく、失礼にもほどがあるとは思わないかい? 僕は他者の意見は極力取り入れる、素直な妖怪だっていうのに。
すると少女は一歩、僕との距離を詰めると白くか細い右腕を差し出してくる。
「ここで会ったのも何かの縁。私は
「ああ、よろしく」
小さなその手を握り返す。こうしてただ触れ合うだけだったら、人里にいるであろう子供たちとなんら変わりはない小さな手だ。
っと、彼女だけに名乗らせるっていうのは失礼だね、僕も名乗り返さないと。
「僕は天邪鬼。名前なんてない、ごく普通の妖怪さ」
まぁもっとも、僕には名乗る名前すらないんだけどね。
〜*〜
遠ざかっていく背中。黒い甚平に身を包んだ茶髪の男──天邪鬼は、ゆったりとした足取りで巨山、通称『妖怪の山』へと足を進める。
そんな彼の背中を見送りながら、にとりはまたも溜息を吐く。
「あーあ、本当に行っちゃったよ。ごめんよ
聞こえるはずも、届くはずもない謝罪だが口に出さずにはいられない。昔馴染みの下っ端天狗の少女の姿を思い浮かべ、にとりは胸の前で合掌する。
まぁ自分にあの天邪鬼を止める義務があるのかと問われれば、無論『ない』と答える。だが止めなかった結果、そのツケは知人に行くのだ。申し訳ないと思うのは仕方ない。
それにしても、とにとりはもう見えなくなった男の背中を思い浮かべながら、どこか考え事をするように眉を
「名前のない妖怪、ねぇ……。まったく珍しい奴もいたもんだ」
自分を含めあの天邪鬼のようにある程度の理性と知性を持っている妖怪は、皆例外なく種族名とは別に名前というものを有していた。あの男のように名前を持たない妖怪を見たのは、はっきり言って初めてだ。
とはいえ、名前の有無が何か決定的な差になるというわけでもないので、本人が名無しでも気にしていないというのならそこに意見するのは不躾という奴だろう。
「……ま、行っちゃった奴のことを考えても仕方ないし、早く帰って次の開発に移ろうかな」
死なない程度にがんばりなー、と届かぬエールを送り、にとりは川の中へと姿を消す。
そしてこの後、天狗たち(主に下っ端)にとって向こう数百年忘れられないであろう、一人の侵入者との追いかけっこが開幕することになるのだが、それは次の話で語るとしよう。