天邪鬼は神社で暮らすそうです(仮題)   作:ジャンボどら焼き

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第5話 『天邪鬼と鬼と』

 妖怪の山。そのどこかにある秘匿された住居群。昔懐かしい屋敷が構えるそこには多種多様の天狗が日々を過ごしている。

 そんな天狗たちの住処の中、一際大きい屋敷に暮らす天狗──『天魔』と呼ばれる存在がいた。天魔は天狗たちの長として彼らを統べ、その力はかの鬼の四天王にすらも匹敵しうると言われている。

 その天魔の大屋敷の一室にて現在、机に向かい何やら筆を動かしている天狗が一人。静寂が支配する室内でただ黙々と筆を動かす彼女の耳に、徐々に近づいてくる一つの足音が。

 

「て、天魔様! すぐに耳に入れたいことが!」

 

 パァン!──激しく開かれる襖。その向こう側には切羽詰まった表情を浮かべる一人の天狗の姿が。

 天魔──そう呼ばれた女性は筆を動かす手を止め入口へと顔を向ける。つりあがった目元。深い、黒い瞳。

 

「ぁ……申し訳、ありません」

 

 言葉を発することも許されないかのような威圧感が天狗を襲う。ただ目が合っただけ、それだけのこと。そんな些細なこと、だというのに、思わず後ずさってしまう。

 口は縫い付けられたかのように開くことを拒み、雨にでも打たれたかと見間違うほどの雫が身体中を伝う。

 

 黙りこんでしまった部下へ、天魔は静かな口調で告げる。

 

「あの、要件は……」

「は、はい! げ、現在、山の中腹で伊吹萃香様が侵入者と交戦! もっ、森への被害が甚大で今も尚拡大しています! それと、両名の後を犬走が追っているとのことです!」

 

 まるで鈴の音のように凛と澄んだ声。肩を跳ねさせ、緊張から所々噛みながらも報告の内容を伝える。報告を聞き終え天魔は、ふぅ、と一つ溜息を吐く。その行動に天狗は心臓が締め付けられるような錯覚を覚えた。

 それもそのはず。山へ余所の者の侵入を許し、あまつさえ鬼と戦闘を繰り広げているのだから。

 

 この妖怪の山は鬼の縄張りとして知られているが、管理しているのは天狗たち。つまりその頂点に位置する天魔の彼女は、この森を守るという責任を背負っているのだ。

 日々幾つもの仕事を抱える彼女。できる限りの厄介ごとは減らしたいはず──だというのに現状はこの有様。堪忍袋の緒が切れても仕方がないと言えるだろう。

 

 普段は近寄り難い雰囲気を醸し出している天魔だが、よほどのことがない限り怒る姿を見たことがない。しかし今回の一件、さしもの天魔も平然と済ませはしないだろう。

 もしかしたら招き入れた失態として何か罰が下されるかも、そんなマイナスなことばかりを考える天狗へ、天魔は変わらぬ透き通った声で告げる。

 

「報告ありがとうございます。伊吹様が出たのなら私が行くしかありませんね」

 

 筆を置き、立ち上がる天魔。そして廊下まで出ると黒い翼、夜空のように澄んだ一対のそれを広げる。

 

「後のことはお任せを。あなたは仕事に戻ってください」

「は、はい! お気をつけて!」

 

 瞳は天を睨んだまま、部下の声を背中に受け、一陣の風とともにその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼ごっこ──子供の遊びの一つとして最もポピュラーであるといっても過言ではない遊び。鬼を決め、その他のメンバーは制限時間内に鬼に捕まらないように逃げ、捕まったメンバーは鬼を入れ替わるといったシンプルかつ、小さいお子さんから大きなお子さんまで遊べるお手軽遊戯。

 そしてこの鬼ごっこは時代の流れとともに派生系も誕生し、『いろ鬼』や『こおり鬼』などバリュエーションに富んだものとなっている。

 

 この僕、天邪鬼もこの鬼ごっこというものをどこか記憶の片隅に知識としてしまっており、和気藹々と楽しむ遊びであるという認識をしている。

 そう、僕があの小さな鬼に出会うまでは……。

 

「ほらほらほら! そんな逃げ腰じゃおっ()んじまうよ!」

 

 ぶぅんと、そのか細い腕でどうやって出しているのか、大木を振り回したような音とともにまた一つ大木がへし折れる。その張本人たる小さい鬼、萃香は笑みを浮かべその小さな拳を振るう。そしてまた一本、立派な大樹が尊い犠牲となった。

 いやー、あんなの喰らったらひとたまりもないよねぇ。僕の脆弱な体なんてあっという間に真っ二つだよ。

 

 喧嘩──という名の一方的な私刑(リンチ)が始まっておよそ5分程度、僕は喰らったら死は免れない彼女の攻撃を避け続けた。

 やはり鬼というだけはあり、その身体能力は先ほどの天狗達とはまさに天と地の差。攻撃一つ一つが即死級なんて、もはや存在自体がチートである。

 

「ねぇ、やっぱりやめにしないかい?」

「何言ってんだい! まだ始まったばっかりだろう!」

 

 僕の心からの提案は不満を前面に押し出した声で即座に否定される。

 でもねぇ、これ以上続けても悪戯に森が壊れるだけだよ? やっぱりさ、自然は大切にしないといけないと思うんだ。

 そんなことを考えていると眼前に小さな拳が迫り、慌てて両腕をクロスさせてガードする。ミシッ、という骨が軋む音と走る痛みに思わずしかめっ面になる。

 

「いったいなぁ……」

「平気そうなツラして、何弱気なこと言ってんだい!」

 

 何が嬉しいのか、その小さな口から白い歯を覗かせ笑う萃香。見た目相応、無邪気に笑う様は大変微笑ましいのだが、如何せん状況が状況だ。こちらからしてみれば悪魔の微笑みにしか見えない。

 拳の雨にさらされ続け腕が限界に達しようとする中、不意に萃香は殴る手を止め口を開く。

 

「お前さん、もしかして手ェ抜いてないだろうね?」

 

 スッ、と深紅色の瞳が細められ、彼女のまとう雰囲気が一段と重くなる。

 何か気に触るようなことしたのだろうか……。こちらとしてはただただサンドバッグにされていただけなので、むしろストレス発散の道具になっていたはずなのだが。

 

「これまでにいくらか反撃する隙はあったはずだけど。なんでしてこないんだい?」

「はぁ……」

 

 はて、反撃する隙なんてあったかな? 攻撃を防ぐだけで、受け止めるだけで手一杯だったんだけれど。

 しかし伊吹のお嬢様は大変不満げにしておられるようで……。はてさてどうしたものか。

 

「正直、こっちは受け止めるだけで精一杯なんだけどねぇ」

「……確かに嘘は言っていないみたいだね。けどそれはそれでおかしな話だ。あたしの拳を受け止めて平喘としてられるだけの力があるってのに、攻撃はトンと下手くそなんてさ」

「いやはや耳が痛いね」

 

 なにぶんこちらは戦闘経験がゼロなもんだからさ。勘とかそういう類のものは何も持っていないんだよ。

 

「体と実力がちぐはぐ……お前さんみたいなやつは初めて見たよ」

「はははっ、それは光栄なことだねぇ」

 

 この体ってそんなに頑丈だったのか。いやまぁ、鬼の一撃をまともに受けて痛いくらいで済んでるのだから、丈夫な部類には入るんだろうけれど。

 

「まぁ、鬼とはいえ君みたいな小さな子供に易々と負けるわけにもいかないしね。大人の見栄ってやつだよ」

 

 なんてこと言うけど、実際の所僕って何歳なのか。さすがに百なんて馬鹿げた年齢じゃないにせよ、五十くらいはいってるのかな?

 というか妖怪っていったい何歳(いつ)まで生きていられるんだろう。うーん、気になるなぁ。

 

 と、不意に思い浮かんだ疑問に思考を割いていると。眼前の萃香がなにやらぷるぷると体を小刻みに震わせ始めた。

 あ、もしかして小さいっていうのコンプレックスだったのかい? だとしたらごめんよ。謝るから、だからどうか怒らないでおくれ。

 

「くくっ──ハーハハハハハッ!」

 

 甲高い笑い声が鼓膜を揺らす。腹を抱え、まるでその中が捻れてしまったのかというほど身を屈ませ、依然笑い続ける。

 対する僕はというと、予想外の反応にただ呆然とするしかなく。

 

 時間にして一分ほどだろうか。なかなかに長い間笑い続けた萃香はようやく落ち着いたらしく、ふぅ、と息を一つ吐き気持ちを落ち着ける。

 

「いやー悪かったね。なにせそんなことを言われた経験、くくっ……生まれてこのかた一度もなかったからさ」

 

 目尻に溜まった涙を拭いつつ、まだ完全には収まっていない笑いを堪えながら言う。

 

「でも腑に落ちたよ。なんでお前さんがそんなに余裕でいるのかさ。いやぁ、無知っていうのは恐ろしいもんだね」

 

 どうやら彼女の中では僕は余裕を持って戦っていたらしい。しかし待った。僕は冷や冷やしながら戦っていたと、そう異議を申し立てたい。

 

「名乗りが不十分だったね。あたしは伊吹萃香──山の四天王って言われてる、ちょっとは名の知れた鬼さ」

「山の……?」

 

 してんのう……シテンノウ…………支店の王? なんてこったい、この山は数あるうちの一つ。大元は他にあるだって⁉︎

 なんて独り冗談を言うのはここまで。『四天王』彼女は確かにそう言った。鬼の数がどれほどかは知らないけれど、そんな呼び名がつくなら相当な実力を持った妖怪であることは間違いない。

 そう考えると、確かに僕の言ったことが笑われるのも理解できる。それほどの力を持った妖怪をからかうなど、そんな命知らずはいないだろう。

 ただ僕を除いて……。

 

「道理であたしを前にしても堂々としていられるわけだよ。ははっ、まさかどこか知らない場所から来た余所もんだったとはね」

「あー、もしかして気にでも触ったかい?」

「いや全然。むしろやる気が出てきたよ! これからお前に伊吹萃香の名を刻めると思ったら、なおさらね!」

 

 口端が天を睨むほど吊りあがり、真紅の瞳がギラギラと闘志を燃やす。なるほど、エンジン全開というやつか。

 いや十分に伝わったからさ、もうお開きにしよ、ね? 鬼の四天王が本気出しちゃ、僕なんて粉微塵だよ? ミンチだよ?

 

 とはいえ言っても聞かないとはこの短い間で十分理解している。もはや僕に残された道は最後まで付き合うというバッドルート。

 あぁ、どうしてこんなことになったのか。発端は……うん僕だね。自業自得とはまさにこのことを言うのかぁ。さとり、忠告を聞かないでごめんよ。

 

「さぁ! 続きをおっ始めようじゃないか!」

 

 はぁ……仕方ない。最後まで付き合うとしようかねぇ。

 気分は乗らない、乗るはずがない。しかしやらなければ確実に殺られる。やむやむ、僕が拳を握り構えを取ったその時。

 僕の体を黒が覆う。いや正確に言うならば影、がだ。

 

「──双方、待った」

 

 次いで、凛と澄んだ女性の声が鼓膜を揺らす。自然、僕の視線は声のする方──雲一つない蒼穹へと向かう。

 するとそこにいたのは、綺麗な着物に身を包んだ、これまた美しい女の天狗だった。

 

 いったい何の用が……。もしかして戦闘に参加するとか言わないよね? これ以上増えたら僕、本当に死んじゃうよ?

 突如現れた雰囲気強そうな天狗に、内心そんなことを思っていると。彼女は鋭い目つきで僕たちを見下ろしながら

 

「天魔として、これ以上この山での戦闘を禁じます。構えを解いてください」

 

 そう一言、告げた。

 

 

 ──なんだ、ただの女神じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 て、天魔さまぁぁぁあああああ!

 

 それはここまで天邪鬼と萃香の戦闘の後を追ってきた白狼天狗の少女──犬走(いぬばしり) (もみじ)の歓喜の叫びだった。

 本来ならば自分が森を傷つけず排除するはずだったのだが、萃香という思わぬイレギュラーによって状況は一転。あれよあれよと言う間に木々は破壊され、大地は抉れるという大惨事に。

 鬼よりも立場の低い天狗、しかもその中でもさらに下っ端に位置する哨戒天狗である椛。彼女には萃香に口出しするほどの権力がなかった。

 

 ただ黙って追いかけ、悪戯に破壊されていく森を目に、椛は心の内で涙を流していた。これでお仕置き決定だと、さめざめと。

 このまま森が破壊し尽くされてしまうかもしれない、そんな不安が頭をよぎる。しかしそんな椛に一筋の希望の光が。それは今まさに萃香と天邪鬼の間に割って入るように舞い降りた、一人の天狗の存在。

 

 彼女たち天狗が長、天魔である。

 

「まさか天魔自ら出てくるとはね」

「伊吹様ほどの妖怪が関わってるとなれば、私が出る他に対処のしようがないですから」

「ちぇっ、こっから面白くなるってのに。間の悪いやつだねぇまったく」

「私からしてみれば危機一髪でした。危うく山が破壊し尽くされるところでしたよ」

 

 言葉を交わし合う萃香と天魔。やはり天狗の長というだけあり、鬼相手にもまったく動じた様子を見せない。

 一通り話を続けた両名は言葉を切る。どうやら萃香はこれ以上の戦闘をすることはないようだ。

 

 次に、天魔は萃香から天邪鬼へと視線を移す。視線があった彼は、しかし萃香同様一切動揺することなくその瞳を見つめ返す。

 その反応に天魔はわずかに、一瞬だけ目を見開く。彼女は()()()()、並の相手だと話すことすら困難になってしまう。しかし目の前の妖怪は依然として平喘としており、そこには一欠片すらの恐怖の感情はない。

 

 なるほど、これならば萃香を相手にしても無事でいるわけだ。天魔は内心そう納得する。

 それに相対してみるとはっきり分かる。彼には全くもって敵意がない、戦う意欲がない。これならばこれ以上ややこしくならず、穏便にことを済ませることができる。

 

「あの、」

 

 そう、天魔が口を開くのとほぼ同時。

 天邪鬼の両手が、天魔の両肩を掴む。完全に油断していた天魔は対処に遅れ、そして存外強い力に身動きを封じられる。

 

 いったい何を、冷静に相手の次の行動への対応をしようと頭を落ち着かせる彼女へ、天邪鬼は嬉々とした声音で一言。

 

「お嬢さん、僕と友達になってくれないかい?」

 

 満面の笑みと共に、告げる。

 天邪鬼の予想外の言葉に天魔と、そして側から見ていた椛は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべ。

 

「あっははは! こいつはまた、おかしなことを言ったもんだね!」

 

 この場で唯一、萃香だけが面白おかしく笑い転げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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