天邪鬼は神社で暮らすそうです(仮題)   作:ジャンボどら焼き

6 / 11
第6話 『天邪鬼と天魔』

 早朝。まだ日が昇りきることなく、新緑が暗い影に包まれた、そんな時刻。

 

「ぅ……んん……」

 

 もぞもぞと、山の形を作った布団が動く。そしてしばらく、山の動きがぴたりと止まり中から姿を現したのは。

 

「もう、朝……?」

 

 窓の隙間から漏れる光を寝ぼけ眼で見つめる天魔だった。それから数分、眠気と布団の魔力との戦いを続け、ようやく布団から出る。

 そしてやや覚束ない足取りで部屋の隅に置いてある姿見の前へ。そこに映る自分の姿を目に映し

 

「うわぁ……」

 

 一言。

 肩のあたりで切り揃えられた黒い髪は寝癖でボサボサ。寝巻きである白い無地の浴衣はシワでヨレヨレ。天魔として天狗たちの頂点へ立つ姿とは懸け離れたその様に、深いため息が漏れる。

 それからすぐに寝巻きから紺色の着物へと着替え、手櫛を用意し髪をとく。これでようやくいつもの自分の出来上がりだ。ただ、目の下にうっすらとできた隈を除いては。

 

 昨日の伊吹萃香と侵入者との一件。相応の被害が出たこの騒動のせいで、ただでさえ多い仕事がさらに増加。徹夜を余儀なくされ寝不足なのだ。

 

「これじゃ、ますます怖がられちゃいますね……」

 

 いつも以上に鋭く、機嫌が悪そうに見える目元。鏡へ顔を近づけそっと、両手で眼の端を抑え垂らす様に下げるものの、手を離した途端再び元の位置へ。

 深いため息が鏡面を白く染める。

 

 天魔である彼女には一つ、大きな大きな悩みがあった。いや人によっては芥子粒(けしつぶ)と捉えられるほどのものなのだが。それでも彼女にとっては大きな大きな、それこそこの妖怪の山よりも大きな問題なのだからしょうがない。

 では、天魔である彼女が直面しているその悩みとは。

 

「どうやったら、もっと親しみやすくなれるんでしょう……」

 

 彼女の抱える悩み。それは身内である天狗たちから恐れられているということ。

 天魔として上に立つ以上、一定以上の威厳や畏怖を抱かれることは必要なことだと理解している。だがしかし、それにしても怖がられすぎじゃないかと、彼女自身常々感じていた。

 昔から他者との接し方が下手で、会話を思う様にできない。ただ仕事として必要な最低限の話しかできず、それも愛想はなく淡々としたもの。まずこの段階で仲の良い友などできるはずもない。次にこの目付き。鋭く、まるで常に気が立っているような、睨んでいるかのような目元。これがその性格と相まって負の相乗効果を生み出してしまう。

 そして極め付けは自身の持つ能力。これが一番の原因であると言っても差支えがない。

 

『圧を加える程度の能力』。読んで字のごとく、言葉の通りの能力だ。

 この能力、ちゃんとコントロールはできている……そのはずなのだが。どうにも言葉を発する際や行動を取るときに自然と発動、相手を威圧してしまうのだ。これに耐えられるのは、彼女と実力が近いものか、神経が図太いものだけだろう。

 

「かれこれ千年以上経ちますけど、なんでなのでしょう……」

 

 自身がこの世に生を受けて千年以上の時が流れた。当時は能力がうまく扱えず、今よりも悲惨な状況だった。あの頃はほとんど一人ぼっちだったなぁ、過去の黒歴史を思い返し懐かしそうに呟く。

 いつの日からか『天魔』と呼ばれ天狗の長としての地位へ就き、皆をまとめるため日々忙しく駆け回った。その際に衝突することも多々あり、少々手荒な真似をしたことも。しかしその甲斐もあって今の天狗たちの生活があると思うと、うん、なんだかんだ悪くはない日々だった。

 

 ただそれとこれとは話が別。色々と落ち着いてきた今、もうそろそろ仲良くなってもいいはずだ。というか仲良くしたい。もう宴会の席で一人上座でお酒なんて飲みたくない。

 脱・千年の独りぼっち。そのためにはまず、自分から動かなければならない。自らが行動し、他の者が付いてくる。今までの経験でこれ以上なく身に染みたことだ。

 まずは会話。自身が他人と話すことになれなければいけない。そこを第一歩として、これから頑張っていこう。

 

「ちょうど、お友達になってくれる方も見つかりましたし……ここからですよね!」

 

 頑張るぞっ──鏡の前で両手を握りしめ気合いを入れる天魔。こういった可愛らしい仕草を見せればいいのだが、天魔として部下たちの前ではどうしても、常に冷静沈着でいなけれければという意識が働いてしまう。なんと難儀なものか。

 

 さて、天魔のいう『お友達』。これは言わずもがな、あの天邪鬼のことだ。無礼にも天魔へ友達になろうと、命知らずな態度をとった彼だったが、いやはや運がいい。ぼっちを抜け出そうとしている彼女にとって、その言葉はまさに渡りに船。

 椛の手前即答、というわけにはいかなかったが、何かしら理由をつけてこちらからあっちへ出向くという約束を取り付けた。一日休暇もとった。これならば部下の目を気にすることなく、伸び伸びと会話に勤しむことができるはず。

 

「顔を洗って、朝食をとって……あ、手ぶらじゃ失礼でしょうか⁉︎ 何かお土産を──」

 

 いつになくソワソワと部屋を歩き回る天魔。その顔に浮かぶのはいつもの天魔としてのものではなく、友達の家に遊びに行くただの少女のそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は流れ、昼も近づこうとした頃。太陽は爛々と輝き、陽の光を浴びた草木が体いっぱいにそれを取り込む。風物詩とも呼べる蝉の鳴き声は煩わしく、しかし合唱のように幾つもの声が重なったそれは、なかなかどうして耳心地がいい。

 そんな大合唱や緑に囲まれた廃神社。ところどころに穴が開き、いつ崩れ去ってもおかしくはない、そんな神社の縁側にその妖怪()()はいた。

 

「はぁー、しっかし今日も暑いねぇ。こんな日は冷たいものが食べたくなるよ」

 

 相も変わらず黒い甚兵衛に身を包み、呑気な口調で呟くのは天邪鬼。手を団扇代わりにして扇ぐもこれといった効果は得られず、その頬をつぅ、と一筋の汗が流れる。

 

「やっぱりかき氷かな? あのキーンって感覚、いやぁ懐かしいね。うん、夏といえばかき氷、定番だよね」

 

 君もそう思うだろ──そう言いながら隣へ顔を向ける、その先には

 

「…………」

 

 同じく腰をかけ、しかし無言で正面を向き天魔の姿が。表情はピクリとも、それこそ眉ひとつ動かさずただ前を見つめる天魔。もちろん、返事など帰ってこないわけで。

 視線どころか言葉すら交わそうとしない彼女へ、ふむ、と顎に手を当て考え込む天邪鬼。

 

「もしもーし?」

 

 ぺしぺしと、右手で彼女の頭を軽く叩き反応を見る。見るものが見れば卒倒ものの光景だが、それでも天魔は反応を示さず、依然視線は正面へ。

 端から見れば完全無視を決め込んでいる。そう捉えられてもおかしくはない、それほどまでの無反応。しかし実際、彼女の内心はというと

 

(どうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょうどうしましょう──)

 

 なんてことはない、ただのオーバーヒート中だった。冷静な仮面を貼り付けたその下では、表情からは考えられないほどの速度で思考が巡っていた。

 

(な、なにか、何か話さないとっ……)

 

 あれほどやる気に満ち溢れていた天魔の身にいったいなにがあったのか。それは冷静になって考えればすぐに分かる。

 千年以上という時をぼっちで過ごした天魔。そのコミュ障は身内の天狗にすらも発揮されるほど。そんな彼女がほぼ初対面の、しかも異性の妖怪と一つ屋根の下に二人ぼっち。これは緊張するなという方が無理な話だろう。

 

「おーい、聞いてるかーい?」

(せ、せせっせ、せっかく来たんですから、何か話を! で、でもっ、私っ、話題になることなんてなにも……)

 

 パニックもパニック、大パニックである。天邪鬼が正面に立ち手を振るも、それすらもわからないほどに揚がってしまっている。数千年で磨き抜かれたぼっちには、些細なコミュニケーションでの会話は望めないらしい。

 どうしたものか、首を傾げる天邪鬼。仕方なし、両手を天魔の両頬へと運び

 

他人(ひと)の話を聞く時は、目を見て聞きましょう!」

(ひゃあっ⁉︎)

 

 ぐにーん。その白い頬をこれでもかと引っ張った。その効果はあったらしく、天魔は声には出さなかったものの、心の内で可愛らしい悲鳴をあげる。

 

(はっ! そうでした、私なにを話すかに気を取られて、彼の話を……)

「ようやく目が合ったね。まったく、返事がないと寂しいじゃないか」

 

 冷静になった天魔。やっと交わされた視線に天邪鬼は笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、楽しいおしゃべりを続けよう」

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、君は他人と話すのが苦手だったのか」

「お、お恥ずかしながら……」

 

 天魔との話を続け約半刻ほどの時間が経過した。天魔は未だに緊張はしているものの、ポツリポツリとだが短い返事を返す。

 そして彼女の口から語られる悩み。コミュ障、鋭い目つき、そして能力による他者への威圧。それらの要因により恐れられ避けられてきたこと。そのことにより一人ぼっちが続いたこと。

 

「わ、私は他の天狗達と仲良くなりたくて……ど、どうかお力を貸して頂けないかと」

 

 どうやら会話が不慣れなのは本当らしい。詰まりながら拙くも言葉を並べる天魔に対して、天邪鬼は彼女の言葉が本当のことだと理解する。

 

「て、天魔として信頼してくれているのは、じゅ、重々理解しています。ですっ、ですが、その……距離を置かれるのが、さ、寂しくて……」

 

 慣れない相手との会話、そして本心を話すことに対する恥ずかしさに頬を染め、また言葉を(ども)らせる。

 シュン、と背中を丸め縮こまる彼女へ、無意識の内に天邪鬼は温かな目を向ける。

 

「いやー、君って以外と可愛い性格してるんだねぇ」

 

 昨日、萃香との一戦の時に現れた天魔。その時彼女に抱いたのは『強者』、というイメージだった。萃香に対し臆することなく注意を促し、あの場を収めた様は今も覚えている。あれは本当に助かった。

 しかし生き物、とりわけ知性を持ったものというのはわからないものだと、天邪鬼は感慨に耽る。話してみなければ、こうも彼女が可愛らしい性格をしているなどと誰が思おうか。

 

「そ、そそそっ、そんな、可愛いなんてっ……!」

「くくっ、そういうところが可愛いんだよ」

 

 モジモジと体を動かし、片手で髪をいじる。きっとその仕草も、先の言葉も、彼女の部下達はなにも知らないのだろう。知っていれば彼女が怖いだなどと、そんなことは露すらも思わないはずだ。

 

「仲良くしたいなら話しかければいいんじゃないのかい? そう気負わないでさ、軽く世間話するくらいの感覚でさ」

「わ、私、人前に立つと上がってしまって。それに他の天狗達の前では、その、つい天魔としての振る舞いが出てしまうので……」

「まぁしょうがないか。ずっとそれで接してきたんだし、すぐに変えろって方が無理だよね」

 

 ぐーっ、と背伸びをし天を仰ぐ。今日も今日とて空が青い。

 

「い、今すぐには無理、なので……だから、その……」

 

 尻窄みになる言葉。最後はなにを言っているのか聞き取れなかったが、チラチラと向けられる視線にああ、と見当をつける。

 

「いいよ。僕でよかったら練習に付き合っても」

「ほ、本当ですか⁉︎」

 

 思わず前のめりになる天魔。ズイッ、と急接近する彼女の顔に身を引きつつ首肯をする。

 お世辞にも知り合いが多いとは言えない天邪鬼。彼にとって知り合いが増えるのは別段困ったことではない。それに相手が天魔ともなれば、再びあの山に入る際に色々と融通が効くかもしれない。なんてちょっとした下心もありつつ了承した天邪鬼。

 それに──

 

(この笑顔を見れるのが僕だけっていうのも、ちょっと勿体ないからね)

 

 目の前で嬉しそうにはにかむ天狗の少女。彼女が人前でこの笑顔を浮かべることができたその時は、きっと、その周りは大勢の友で囲まれていることだろう。

 そんな将来(さき)のことを思いながら、天邪鬼は静かに右手を差し出す。

 

()()()()()自己紹介をしよう。僕は天邪鬼、名前はない、ただの普通の妖怪さ」

 

 友人、その言葉に天魔はより一層笑みを深め

 

「わ、私は烏丸(からすま) 芙蓉(ふよう)といいますっ。宜しくお願いします!」

 

 芙蓉──自らをそう名乗った少女は、喜色に染まった笑顔を浮かべ、差し出されたしっかりと握り返す。

 彼女の悩みが解決するのはいつになるのか、それは誰にもわからない。数日か数ヶ月かはたまた数年か、もしくは……。

 

 ただいつの日か、彼女の周りを囲むのが──幸せな笑顔に満ちた、そんな仲間でありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。