天邪鬼は神社で暮らすそうです(仮題)   作:ジャンボどら焼き

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お久しぶりです。
一応ですが生きています。



第7話 『天邪鬼と冥界の主従』

 昼間だというのにもかかわらず、蒼然とした空が広がり薄暗い光が世を包む。

 夏は既に終わりを迎えつつあり、つい先日までの猛火のごとき暑さが嘘のように、今は涼やかな風が駆け抜け秋の訪れを告げる。森の木々も季節の移り変わりに合わせ、青々とした様から紅い姿へと変化させる。

 

 と、前置きこの辺りにして、気になるのは我らが天邪鬼についてだろう。

 さて、彼が現在何をしているのかというとだが、まぁ、一言で答えるならば……

 

「いや〜、こうやって綺麗な庭を見ながら団子を食べるのもおつだねぇ」

「その気持ちわかるわ〜。こう綺麗だとついつい手が進んじゃうわよね〜」

 

 彼は現在、冥界にて一人の少女と団子パーティーに勤しんでいた。

 開催地は広い広い日本家屋。手の行き届いた枯山水の庭を一望できる縁側にて、巨大な皿にこれでもかと乗せられた団子の山、山、山……。

 

「それにしてもこの団子、美味しいねぇ」

「でしょう? 妖忌(ようき)の作る料理はどれも格別よ〜」

「羨ましいねぇ。こんな美味しい料理を毎日食べられるなんて」

 

 言葉を交わしながら団子の山へと手を伸ばす両名。また一つ、小さな欠片が胃の中へと運ばれる。

 ずずっ、温かいお茶の注がれた湯飲みを啜り、ほぅ、と一息。まったく、今日も今日とてお茶がうまい。

 

「それにしても悪いねぇ。成り行きとはいえ、お団子をご馳走になっちゃって」

「別に気にしなくていいわ。これも何かの縁、今は美味しくお団子を食べることに集中しましょう〜」

「それもそうだね」

 

 また一つ、団子を手に取り口へと放り投げる。そして咀嚼。再び団子は胃の中へ。

 

「それにしても、あなたどうやってここへ来たのかしら? 一応、そう安々とは来られない場所なのだけれど」

「僕としても驚きだよ。まさか冥界にやってくるなんてさ」

 

 はっはっは、笑みをこぼしながら語る天邪鬼。

 何故彼が冥界などという場所へ訪れることとなったのか。まぁこれといって特別な理由があるわけではないが、気になるかもしれないので答えよう。

 

 

 

 

 きっかけは彼が自身の『つなぐ程度の能力』を試したことから始まった。今まで目に見えている範囲で行使していた『空間をつなぐ』という技。妖怪の山の逃走劇ではだいぶ世話になったこの技だが、天邪鬼はふと思ったわけだ。見えない場所にも繋げられるのか、と。

 

 疑問を抱いたら早速実験。とりあえず適当に空間をつなげるイメージをすれば準備完了。石ころを投げ込んだ湖のように波打つ空間が目の前に現れ、天邪鬼が足を踏み入れるのを今か今かと待ちわびる。

 この先に待つものはいったい何か。まだ知らぬ異界の地か、それとも見慣れたこの里のどこかか。期待に胸を膨らませ、波紋へと足を踏み入れる天邪鬼。波打つそれを潜ったその先に待っていたのは。

 

 それは目を見張るほど広大な日本家屋。右から左へ視線を動かしてやっと全体を把握しきれるほど大きなその屋敷は、人里ではまずお目にかかれないであろう立派なものだった。

 その時点で天邪鬼は実験が成功したことを理解する。では次に考えるべきことはここがいったいどこなのか。自分がいた里から近い場所なのか、それとも遠く離れた都なのか。

 そんな天邪鬼の疑問は意外にも早く解決することとなる。

 

「あらあら、こんな場所にお客さんだなんて珍しい」

 

 ふわりと、まるでたんぽぽの綿毛のように軽く弾んだ女性の声。ほぼ反射的に、天邪鬼は声が聞こえてきた場所へと目を移す。するとそこには縁側に腰をかけ、こちらへ向けて微笑みを浮かべる一人の少女が。

 おそらく彼女が先ほどの声の主であろう。物腰の柔らかそうな顔立ちに、これまた人当たりの良い笑顔。

 

「妖怪がわざわざこの白玉楼(はくぎょくろう)に何の用かしら?」

「ん? いや、ただちょっと道に迷ってしまってね。よければ少し話を聞かせてもらえるかい?」

「そう、道に……。えぇいいですわよ、どうぞこちらへ腰をお掛けになって」

 

 そう言い自身の隣を手で叩く少女。言葉に甘え、天邪鬼は指定された場所へと腰をかける。

 

「まずは自己紹介からしようか。僕は天邪鬼、名前なんてない、ごくごく平凡な妖怪さ」

「うふふ、平凡ですか」

 

 天邪鬼の言葉に笑みを深める少女。そして今度は自分の番と、その小さな口を開く。

 

「私は西行寺(さいぎょうじ) 幽々子(ゆゆこ)と申します。ここ冥界の管理者をしている、ごくごく普通の少女ですわ」

 

 これが天邪鬼と亡霊少女、西行寺 幽々子との出会いであった。

 

 

 

 

 

「それにしても冥界ってところは、想像していたよりも過ごしやすい場所なんだねぇ」

 

 茶を啜り、ぽつりと漏らす。

 冥界と聞くと、死者などが過ごす地獄のような光景を思うものも少なくはない。しかしながら、実際に目の当たりにしてみると、なかなかどうして、非常に住みやすい。

 おそらくは環境がいいからなのだろう。ここは地獄のような怨々とした場所ではなく、木々や花々が生い茂る緑豊かな地だ。それに四季も存在するらしく、秋に先駆けて赤く染まりつつある木々がちらほらと目に映る。

 

「今は紅葉の季節だけれど、春になると一面が桜で染まって、それはもう綺麗なのよ〜」

「へぇそれはいいね。その時にはまた、お邪魔させてもらおうかな?」

「是非ともいらしてくださいな。桜を見ながらのお茶菓子もまた格別ですわよ〜?」

 

 朗らかな笑みを浮かべつつ、ひょい、と団子を頬張る幽々子。すでに山ほどあった団子は小さな丘ほど、二人の両の手で数えきれるほどにまでその数を減らしている。無論、そのほとんどを食べたのは幽々子である。

 だというのにこの少女、残りわずかになった団子を見て物悲しそうな顔をするではないか。いったい彼女の胃袋には何が住んでいるのか。腹の虫が鳴く、とはいうが、彼女の場合は”虫”ではなく”牛”なのではないか。

 

「幽々子は本当によく食べるねぇ。あの妖忌とかいうご老人も、さぞ作り甲斐があるだろうね」

 

 そう言いながらおもむろに、視線を家の中へと向ける天邪鬼。すると畳作りの一室を挟んだちょうど対面。鷹が木にとまった絵が描かれた襖から覗く、暗めの灰色の瞳と視線が重なる。

 

「一つ聞くけれど、あそこから覗いている子は誰だい?」

「ん〜? ああ、あの子は妖忌の孫で名前は妖夢(ようむ)。この屋敷の庭師の見習いよ〜」

 

 ようむ〜いらっしゃ〜い──と、幽々子は手招きをしつつ呼び寄せる。すると恐る恐ると襖が開き、そこから白い髪の少女が姿を現した。

 白いシャツに青緑色のベスト、そしてベストと同色の丈の短いスカートを身に纏った、人里にいてもなんら違和感のない可愛らしい少女だ。

 ただし左右の腰にぶら下げた二振りの木刀が、彼女に違和感を生み出してしまっている。

 

「ゆ、幽々子様、そちらの御仁は?」

「えっとね〜、いつの間にか庭に入り込んでいた、ごくごく普通の妖怪だそうよ〜」

「いつの間にっ⁉︎ そ、それって侵入者じゃないですか! なんで肩を並べてお茶をしてるんですか⁉︎」

 

 疑問から驚き、そして警戒へ。表情をコロコロと変えた妖夢は、腰に備えた木刀へと手を伸ばし、天邪鬼へと鋭い視線を向ける。

 

「こ、この妖怪! 何を目的に白玉楼へ来た⁉︎」

「ははっ、元気がいい子だなぁ。何かいいことでもあったのかい?」

「こ、このっ、子供だからってバカにして! 本当に斬るぞ⁉︎」

 

 グルルル、と不審者を見つけた番犬のように唸る少女。天邪鬼からしてみれば、ただ迷い込んだだけだとうのに襲われたんじゃたまったものではない。

 するとこんな状況にもかかわらず、相も変わらず、団子を頬張りながら幽々子が口を開く。

 

「ひょうむ、だいほうぶよ〜……んぐっ……この方は悪い妖怪ではないわよ。私が保証するわ」

「で、でも幽々子様!」

「私が大丈夫だというのだから大丈夫よ。それでも不安かしら?」

「……いえ、幽々子様がそこまで言うなら」

 

 渋々、本当に渋々とだが、木刀を腰へと収める妖夢。だがその瞳には、未だ警戒の火が灯っており、天邪鬼はやれやれと肩を竦める。

 何にもしていないのにやけに嫌われたものだ。別に嫌うのは構わないのだが、今後もお邪魔するであろう場所だ。できるだけわだかまりは失くしておきたい。

 

 お邪魔するよ──と、一言口にし、草履を脱ぐと和室へと足を踏み入れる。すると妖夢は警戒を強め、腰を低くし身構えると、腰の木刀へ手を伸ばす。

 

「お嬢ちゃん、親睦を深めるために、一つ遊びをしないかい?」

「……遊び?」

「そう、ただの遊び。お嬢ちゃんが僕に触れたら勝ち、僕はお嬢ちゃんの口にこの団子を入れたら勝ち。どうだい、簡単だろう?」

 

 遊びの説明を聞き、妖夢の口元が”へ”の字に曲がる。それもそうだろう。彼女は天邪鬼のどこかに触れば勝ちなのに対し、相手は手に持った団子を口に入れなければならないのだ。

 妖夢が口を開かない限り、団子は口に入れられないし。万が一開いたとしても、団子を入れるには正面からでなければならない。はっきり言って妖夢に分がありすぎる。

 

「僕が負けたら君のしたいようにしていいよ。でももし、僕が勝ったら……」

「勝ったら?」

「何てことはない、僕の友人になってもらうだけさ」

「……わかった」

 

 了承が取れたところで天邪鬼は

 

「それじゃあ、勝負開始だ」

 

 そう言い、ゆっくりと妖夢へ向けて足を進める。妖夢は口を開けぬよう気を配り、静かに距離を縮めてくる天邪鬼を警戒する。

 そして互いの距離が畳一枚分ほどになった時、不思議な現象が妖夢の目の前で起こる。

 

「へ……?」

 

 不意に、妖夢の視界から天邪鬼の姿が消え去った。それは身を隠したというより、まるで元からいなかったかのように、突然にだ。

 思わぬ出来事に妖夢は間抜けな声を漏らし、次いで、トントン、と右肩を叩かれたような感覚に振り返ると

 

「うみゅっ⁉︎」

「はい、僕の勝ち」

 

 いつの間にそこに移動したのか、天邪鬼が笑みを浮かべ自身を見下ろしていた。彼の伸ばされた右腕は妖夢の口元へと伸び、彼女の可愛らしい口元に団子を沈めている。

 

「あらあら〜、妖夢負けちゃったわねぇ」

 

 背後でからかうように言葉を吐く幽々子。彼女には今、何が起こったのかはっきりとわかっているのだろう。

 しかし妖夢からしてみれば、いきなり音もなく消え、自身の背後へ移動していたのだ。今の妖夢の胸内は、なぜ、どうして、という言葉が支配していた。

 

 まぁ種を明かせば簡単な話。妖夢の目の前の空間を能力で彼女の背後へと繋げた、ただそれだけのことである。ちなみにだが、能力使用の際に起きる波紋は抑えることができる。

 あとは驚いた妖夢の肩を叩き、振り返った彼女の口へ、可愛らしいその口へ団子を優しく入れるだけ。

 

 こうして天邪鬼は見事、勝利を勝ち取ったわけである。

 

「むぐむぐ……んぐっ……そんな手を使うなんて卑怯です! 勝てるってわかっているようなものじゃないですか!」

 

 主人である幽々子とは違い、行儀よく、ちゃんと団子を飲み込んでから抗議の声を上げる妖夢。

 しかし天邪鬼は笑みを絶やさぬまま、

 

「だから団子を口に入れる、何て条件を出したんだけどね。君が素直な子だったから勝てたんだよ」

 

 要は完全に手のひらの上で遊ばれたということだ。今にして思えば、あんな条件を出してくるんだから、それ相応の何かがあるのだと考えるべきだった。

 そこまで考えが至らなかったことに、妖夢はがっくしとうなだれる。

 

「でもまさか、あんな綺麗に口を開けてくれるとは思わなかったよ」

「妖夢はどこか抜けてるところがあるから。だからいつまでも半人前なのよね〜」

「あぅ……!」

 

 確かになぜあんなに口を開けてしまったのか。あれではバカみたいに相手の罠に引っかかってしまったみたいではないか。いや、実際に引っかかったわけだが。

 たまらず両手で顔を隠す妖夢。隠しきれない耳は真っ赤に染まっており、その表情が容易に想像できる。

 

 とはいえ勝ちは勝ち、負けは負けだ。勝敗が決した以上、約束は守らなければならない。

 

「さて、自己紹介をしよう。僕は天邪鬼。名前のない、ただの妖怪さ」

「……魂魄妖夢です」

「それじゃあ妖夢ちゃん、今後ともよろしく頼むね」

 

 そう言い、妖夢の頭を優しく撫でる。さらさらとした手触りは非常に心地よく、癖になる。

 

「むぅ……」

 

 無断で頭を撫でられたからか、はたまた子供扱いされたからか。妖夢は頬を膨らませ、拗ねたような表情を浮かべる。

 名残惜しいが、天邪鬼は彼女の頭から手を離し、幽々子のいる縁側へと戻る。

 

 そして縁側へ腰をかけ

 

「ほら、妖夢ちゃんもおいでよ。一緒にお話しでもしよう」

「いらっしゃい妖夢。団子は……あら、なくなちゃったわね……ようきー、お団子のお代わりちょうだ〜い」

 

 そう妖夢を誘う二人の間には、不自然に空いた、一人分の空間が。

 

「……はい」

 

 とてとて、という足音はすぐに止み。

 代わりに一つ増えた笑い声が、一陣の風に運ばれ、紅葉と共に冥界の空へと舞った。

 

 

 

 

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