キャスターや吹雪達が出発してから数分、俺は早速メガネの機能と端末を使用し、海を往く彼女達の視界とリンクしていた。
「すごいな……船を使わないで、己の足だけで海を渡ると、こんなにも違って見えるものなのか」
水面がすぐ下にあるから、船に乗っていては味わえない迫力や臨場感を感じられる。
これを自分の足でやったらどんな気分なのだろう。きっと爽快感が凄まじいに違いない。
『ご主人様、夢を壊すようで偲びないのですが、実際こうして海を進むのは実に
端末越しに届くキャスターの不満に、俺は思っていたのと現実は違うのだと思い知らされ、少しがっかりな気分になる。
言われてみれば、直に水飛沫や潮風に煽られる訳だし、普通の服装でそれを実行するには最悪と言っても仕方のない事か。
「なら、吹雪達もそうなのか?」
『いいえ。私達艦娘は艤装のおかげで影響を受けてませんよ。ほら、艤装が海水で錆び付いてしまったら大変じゃないですか。なので、艤装には妖精さん特製のコーティングがされていて、私達もその恩恵で海水などのべたつきが軽減されているんですよ』
へえ~。と、ボタンがあったら押してしまいそうになる。
確かに、兵装が潮で使い物にならないのは困りものだ。だが、それにしたって妖精さんのコーティング技術は謎であるとしか思えない。艦娘まで装備の恩恵を受けられるとか、どんなコードキャストだって話だ。
『司令官、そろそろ目的海域へと進入します!』
妖精さんの技術に想いを馳せていたら、朝潮からの通信が入る。
という事は、敵もいつ現れてもおかしくないのか。
「みんな、注意して進むように。敵を視認したら、一旦進行を停止してくれ」
俺は敵を発見した際の指示を出す。俺達が今後戦う事となる敵の姿を、一度じっくりと見ておきたかったからだ。
『了解です。攻撃開始のタイミングは、提督にお任せします』
『浜風さんもこう言ってらっしゃるので、ご主人様が機を見て命令して下さいましね?』
了解、とだけ伝えて俺は右目に集中する。逐一、四人の視点と式神からの視界へ切り替えながら、俺も周囲の異変を察知する事に努める。
しばらくは特に何もなく、淡々と変化のない海面を見続けていた俺だったが、何度目かの視点を切り替えた時だった。
不意に、前方遠くの海面で、何か黒い影のようなものが見えた気がしたのだ。
「キャスター、式神は端末から操作出来るか?」
『? はい。ですが、どうか致しましたか?』
「いや、ちょっと気になるものが……」
俺はオートで動いていた式神を、手動に切り替え操作する。視点も式神のものへと変え、航行する彼女達よりも先へと飛ばせた。
そして───
「──何だ、アレ……!?」
その影の正体を、俺は知った。
下半分は海面下のために見えないが、小さなクジラのような姿に、どことなく歪な気配を纏い、アレが人類の敵対者であると本能が告げているのが
『ご主人様、それがこの世界における敵───『深海棲艦』です』
「深海……棲艦……?」
名前だけ聞けば、なるほど確かに、アレは仄暗い海の底から這い出てきたのだと納得させるだけのおぞましさを、心へと感じさせてくる。
艦娘とは違い、あちらは
『こちらで視認出来ました! 司令、どうしましょう?』
攻撃は俺の合図で。そう言っていたので、吹雪が俺に指示を仰いでくる。
うん。とりあえず、敵がどんなものかは見れたし、攻撃を開始しても構わない。
「よし。総員、敵を撃破! こちらから確認出来ただけで、敵の数は四隻。数は同じだけど、連携を取って各個撃破するんだ」
一人一体撃破では、もしもの事も考えられる。それなら、連携しながら一体ずつ確実に仕留めていった方が安全かつ迅速に戦闘を行えるだろう。
「キャスター、君は無理に前に出すぎないように。危険だと分かれば、回避に専念するんだ」
『あいあいさー♪ 自分で言うのもなんですが、紙耐久に定評のある身ですので、その点についてはご安心下さいね?』
いや、何一つ安心出来る要素が無いんですけど!?
……いつものキャスターの軽さが、今は逆にありがたいかもしれない。この世界での初戦闘だが、おかげで緊張せずに臨む事が出来そうだ。
『司令官に勝利をお届けします! 皆さん、行きますよ!!』
初期艦である吹雪が号令を掛け、それにしたがって他の者も臨戦態勢へと移行する。
『開幕魚雷、装填──発射します!!』
魚雷を装備している吹雪、朝潮が先制攻撃として魚雷を発射する。幸い、まだこちらには気付かれていない。上手くいけば、この時点で何隻かは倒せるか、そうでなくともダメージを与えられるだけでも僥倖だ。
『………、着弾確認! ですが敵は未だ健在です!』
朝潮の悔しそうな声が端末から響いて来るが、それでもダメージを与える事は出来たのだ。それだけで十分と言える。
「よくやった二人供。今のでこちらの位置が敵に捕捉されたから、すぐに気持ちを切り替えて迎撃するんだ」
『……はい! 深海棲艦接近、戦闘開始します!』
朝潮とリンクした視界に、俺もまた敵の姿を確認する。やはりダメージが尾を引いているのか、航行速度が遅いように見られる。
『さあさあ、水底へと沈み憎悪と絶望に取り憑かれし悪鬼達、天へと召して差し上げましょうとも!』
視界の端で、キャスターがテンション高く武器である鏡を取り出す姿が見えた。危なくなったら退避するって事を忘れてなければいいんだが……。
式神へと視点変更し、上空からの様子を伺う。上から見たおかげで分かったが、四隻中一隻が群を抜けて突出してきている。
ダメージが浅かったか、それとも戦意がずば抜けて強いからなのか。どちらとも言えないが、単独で突っ込んでくれるのは好都合。
このまま、まずあの一隻を倒してしまおう。
「先頭が他三隻より距離を離しつつ接近中! まず奴から撃破しよう!」
『了解。行きます、提督』
返答の後、三人は同時に前進を開始する。接敵する直前に、それぞれ三方向にバラけさせ、深海棲艦を取り囲む形で分散したところで、主砲による砲撃が敵へと襲い掛かる。
三方向から襲い来る全力攻撃───名付けて、トライアングルアタック!!
『ご主人様、それはゲームが違います』
キャスターの冷静なツッコミがあったが、しかし効果は抜群だ。深海棲艦は左右前方からの同時砲撃を受け、為す術なく撃沈していった。
「よし。今ので分かった。アイツらに高度な知能はない!」
まあ、最初の方で出て来る敵のレベルが低いなんてよくある話。不気味ではあるが、見るからに単純そうな造形だし、深海棲艦の中でも低級の個体と判断出来る。
『撃破確認。提督、このまま残敵掃討に移ります』
「ああ。そうしてくれ、浜風。他のみんなも、連携するのを忘れず、油断せずに戦うように!」
『『はい!』』
クールな浜風に、気合い十分な吹雪と朝潮がそれぞれ返事を寄越してくる。
キャスターも実験を兼ねているので、最後の一体になったら本格的に攻撃を試してもらおう。
残っていた三隻の深海棲艦もようやく接敵し、こちらも危なげなく回避、攻撃を続けていく。時折、俺からも敵の動きに対する指示を出し、最後の一体となったところで、キャスターの出番だ。
四方を囲み、逃げ場を無くした上でキャスターが手にした呪符を深海棲艦へと投げつけ、呪術を発動させる。
『手始めに炎天から行きましょうか』
本来ならペラペラで真っ直ぐ飛ぶ筈のない紙なのに、呪符は迷う事なく一直線に深海棲艦へ目掛けて飛来し、触れた瞬間に爆発的な炎上を起こす。
「どうだ……?」
炎に覆われており、その様子をはっきりとは確認出来ないが、キャスターの方は手応えを感じているようで、
『うんうん、まずまずといったところでしょうかねぇ。さて、氷天です』
容赦も甘さも一切なく、淡々と呪術による攻撃を行うキャスター。
知ってはいたが、やはり敵や興味のない相手にはドライな態度だ。加減など全く見られない。
『……おお~』
吹雪の間の抜けた声に、俺はふと我に帰る。どうやら、突然敵が燃えたり凍ったりした事に驚嘆の声を上げていたらしい。
『アーチャーさんから話に聞いてはいましたが、こうして直接目にするのとでは全然違いますね!』
朝潮も若干興奮気味に、キャスターへとキラキラとした尊敬の眼差しを向けている。心なしか、キャスターは少し照れ臭そうだ。
『ふむふむ。ダメージはしっかりと通っている様子。実験は成功ですねぇ。それでは皆々様、ササッと片付けちゃいましょう』
結果に満足したのか、キャスターが吹雪達に砲撃の合図を出した。こちらとしても問題ないので、そのまま許可を下す。
『撃てぇーー!!』
浜風の掛け声に合わせて一斉掃射が為され、氷付けにされた深海棲艦は逃げる事も避ける事も許されぬまま、その身に集中砲火を浴びせられる。
爆炎の跡に残るのは、黒煙とブクブクという水面からの泡立ちのみだった。
戦闘は一度だけだったが、大事を取って撤退命令を出した俺は、一足先に司令室へと戻っていた。
報告は後に回すとして、彼女達には帰還次第、風呂に……えっと入渠だったか? それに行ってもらっている。
この世界での入渠には二通りある。一つは単純に入浴。これは俺達と何も変わりない。
もう一つが重要で、こちらは修復を目的としたものだ。そのため、一度に使用出来るのも一隻のみで、使用出来る専用入渠も四隻分しか存在していなかった。
今回の場合、特に被弾した者は居なかったので、前者の方が該当する。
いくら妖精さんのコーティング技術が優れていても、完璧とまでは流石にいかないので、艦娘達も潮風に煽られて少しはべたつくらしい。
まあ、より顕著なキャスターたってのお風呂希望が一番の要因でもあるのだが。
「……そういえば、まだ帰ってないのか、アーチャー」
出撃開始前から探索に出ていた彼だが、あれから一時間は経過している。もしかして結構遠くまで行っているのかもしれない。
「そして、俺はまた暇になる……ってね」
ああ、こうなれば、妖精さんに頼んで暇つぶしになる何かを作ってもらおうか。
「喜びたまえマスター。これからそんな暇は無くなるのでね」
聞き慣れた声が司令室入り口から届けられる。
見れば、アーチャーがそこに立っていた。その顔からして、探索結果は上々だったらしい。
「何か見つかったのか?」
「ああ。街だ。この世界には街が存在している。月の聖杯戦争の際にはなかった、完全なる人類の生活の場だ。あそこには、私達以外にも生命が存在しているようだった」
その言い方からして、人間はやっぱり俺だけなのか。居たとするなら、それはAIやNPCだろう。
となると、桜や一成、タイガーも居るのだろうか。別に居なくても良いが、言峰神父も居るかもしれない。
まあ、かなり可能性は少ないのだろうが。
「出撃の方はどうだったんだ、マスター? キャスター達の姿が見えないが……」
「初めての出撃は上手くいったよ。今は帰還しているところだ。帰ったらそのままお風呂に直行してもらう予定だな」
それを聞いて、アーチャーは少し考える素振りを見せる。が、それもすぐに止め、彼は小さく頷くと、続きを話し始める。
「では、彼女達が帰還したら、一人は留守を任せるとして、何人か連れて街の調査に向かおう。なに、思ったより街が広くてね、私だけで全てを調べ切るには、幾分時間が掛かりすぎる。こういうのは手っ取り早く済ませてしまった方がいいだろう?」
それもそうか。彼一人に任せて何日も掛けるくらいなら、総出で探索した方が早い。
それと、鎮守府を空にするのもよくないというアーチャーの考えはもっともだ。妖精さんが居るとはいえ、彼らは裏方なのだし。
誰か一人、悪いが残って留守番してもらう必要がある。申し訳ないので、留守番係には特別にお土産でも買って帰るとしよう。
幸い、端末を弄っていて分かったのだが、聖杯戦争中の通貨だったPPTもそのまま残っているし。ついでに礼装とかも。
お金に関しては、多分使えると信じて……。
街、か……。
記憶が存在しない俺にとって、学校のソト以外の公共の場は初めてだ。この仮想世界に来た時も少しワクワクしたが、それ以上に期待に胸躍る自分が居るのが分かる。
街の探索……今から楽しみだな。
作者より。
戦闘描写は如何せん下手クソなので、今後もあまり期待しすぎないで下さいね。