"勝ち方の分からない、相手の手の内を戦闘中に読む戦いをしたかったんだよ"
唯それだけの願い。
強い人と戦いたかった。
宿敵が欲しかった。
最高で、燃えるような闘争がしたいだけなんだ。
"だから俺は……あの日、あの場所、あの瞬間で満足できなかった"
溜め込んだ渇望が、流れ出す。
彼は剣の天才だ。センスがその一点特化に集約された彼の人生は勝利しかなかった。
駆け引きなど、同じ土台に立たなければ意味はない。
対策など、相手が弱ければ何の意味もない。
出来てしまう者は、出来てしまうのだ。努力、才能、環境と、人の優劣を決定づける要因も確かに存在していた。その埋まらない彼我の格差。
彼とて理解している。彼は天才で、生まれる時代を数世紀間違えた剣豪。
それでも、無理を押し通し現れてほしいと願った。
彼を打倒する者を。
血肉踊る――――――そんな夢を叶える為に。
そんな私が敗北した。一人の騎士により完膚なきまでに。
初めての経験は人を劇的に変える。私は、自分の得意分野で敗北したのだとその日の夜やっと理解できた。自覚した頭から胸へ怒涛とこれまでの勝利の余韻の域を超え、精神そのものに訴えかける衝動。
望んだ夢がかなった喜びか?――――――否。
ライバル登場への歓喜か?――――――否。
否、否、否、否否否否否――――――断じて否。
そう、望んだことだ。一度だけでいい、味わいたいと確かに願った夢にまで見た戦いを実現させた。
それなのに、それなのに、それなのに……嗚呼、
築き上げた勝利に泥を塗る
私は戦った。鼓動を高鳴らせ彼の全てに見惚れていた。恋だの愛だの、生涯独身を貫いた男である私が、彼の事を考えるだけで、脳裏に存在を思い浮かべただけで、鼓動が早く脈打ちその美しくも荒々しい剣筋に見惚れていた。
そのせいで相手の手の内を戦闘中に読む戦いを忘れるとか切腹もんだよ!!
"この刹那をもう一度、あと一度……"
これが、恋なのだろう。
これこそが、愛なのだろう。
愛しいぞ。お前の全てが愛しくてたまらない。
だから、お願いだ。本当の本当の願いだ――――――私を敗北者でいさせてくれ。
「武人建御雷……サマ」
"敗北者でありたい"常勝の剣豪が渇望する歪んだ願い。コキュートスは創造主の意向を理解する。
ステータスをブッパするだけでは攻略不可のゲームはいくつか存在する。死んで、負けて、敗北して、その度に行動パターンや勝ち方を模索していく。
プレイヤーの操作技術。戦略に装備にアイテムに至る組み合わせも考慮される。
一人の敵に対して、勝つまで膨大な時間を浪費する。リトライ、リトライ、リトライ、リトライ――――――奥歯を噛み締める悔しさと苛立ち。ラストのもう少しで死んでしまった時など叫びながら罵倒を口にする。
敵の情報を細かく調べ一つ一つの攻撃力からそこから繋げるコンボパターン。他の人のプレイスタイルも参考にあの攻撃をどう対処するか模索する。
それが楽しいのだ。それこそが醍醐味なのだ。
最後の最後、次こそは、今度こそ……勝利への渇望は加速する。
だが存外、本当の最後は案外あっさりと終わりを迎える。最後の一撃は努力が報われた喜びと勝利した喝采と――――――切なさ。
勝ったら終わりなのだ。意見はあるだろう。タイムアタック、level制限からアイテム制限、攻撃手段の限定、一撃喰らったらリセットなどなど追求すればそれこそいくらでも遊べるし楽しめる。でも……ああでも、最初のあの瞬間、最後の一撃が成功した際の静謐の時。
勝利して
武人建御雷はそれが許せない。それでは駄目なのだ。一度灯った篝火を消したくない、消させない。
故にコキュートス。自分より強いNPC。まあそんなものは創造不可能で、創り終わってからは要らない武器置き場に成り果てた。
創造主はNPCに愛情など、ましてや目的さえ達成できないモノに興味も懐かない。ナザリックも過言ではない。武人建御雷が求めるのは強さ、無謀に挑み勝ち方の分からない戦闘中に相手の思考を読む戦いをプレイしたい――――――ずっと……。
死の狭間、世界の亀裂から洩れだした
創造主の本音を知ってしまった。私は、愛されてなどいなかった。慈悲もなく、唯己の道を那由多へと歩む武士道。
胸を締め付ける哀しみ。要らない奴。存在を否定された、物置き場。
「……ヨカッタ。私ハ捨テラレタ分ケデハナカッタ」
七割溶け落ちた外殻、失った隙間から覗くドロドロ煮えたぎった血が噴出することなく蒸気となる。辛うじて繋がった手が握り締める一刀両断『斬神刀皇』。
抉れた大地に中央に佇むコキュートスに空気を切り裂く螺旋が迫る。結合を解かれた連接剣は蛇腹の刃に分解され、余人には扱いきれぬ変幻自在の殲滅兵装と化す。
「……私の切り札を直撃して生きている生物がいるとはな。自信を無くすぞ」
チトセは切り札の一つ神の血を煽り、傷口を全快させコキュートスを包囲する逃げ場を無くした蛇腹が、殺到する。
「神話の怪物は……人間に討たれてこそ見せ場だろ?」
なんて人間側の身勝手な意見。
化け物は、怪物は、最終的に人間に倒されなければならない。英雄とは人々の希望として君臨する象徴。誰かの為に戦う人類の守護者。
人間だけ、そんな理屈が通用する理不尽。
人間のように心も、平和な日常も、ちゃんとした生活もある。組織としての立場も責任もある。家族や皆の為に戦う命の使い方も――――――人間と変わらない。
「勇マシイナ……ダガ、何故ダロウナ――――――手ガ軽インダ」
想いに身体を預けた縦一文字が嵐を切り裂いた。
決意、覚悟、克己心、自らの誇りを、NPCとしてではない。自己の欲望をコキュートスは自覚する。
「英雄ヲ……知ッテイル。タッタ一人ノ、
誰かが困っていたら助けるのは当たり前。武人建御雷も、たっち・みーも、障害となるならナザリックのNPCどころかギルメンでさえ手にかける。
悪いのは、我々では無い。偉大な御方に殺されるのなら本望だろうが、何の抵抗もなく死ぬのは
「……スマナイ。先ニ謝ラセテクレ」
肉体の著しい損傷による身体機能の低下に伴う――――――死。
武士として、もう全力で戦う事が出来ない。戦いを維持しようと先に勝手に死んでしまう事への懺悔でもない。
「勝手ナガラ、ヤリタイ事ガ出来タ」
「そうか、なら好きにすればいい。死んでからな!!」
疾風迅雷は健全。蛇腹剣は蜘蛛の巣の如く獲物を逃がさない。ギルベルトもまた分岐した未来三十九通りに対応すべく
防御の要たる鎧を失った昆虫の王。力強い覇気も武士として主の刃の鋭さも欠片も感じない虫けら。なのに――――――
「抑制ガ……我慢ノ限界ダ。死二際ハ盛大二ト今決メタノダ」
動から静へ。意識など不要。無意識に肉体の赴くままに、静謐の大太刀が音もなく全てを断ち切る。
それはあり得ない現象。あのコキュートスが二人の人間を翻弄する。
人類の最高峰はこの現象を知っている。追い詰められた限界の先にある覚醒、進化。
だがそれは、光の属性。
「魔眼解放に伴う世界の揺らぎをオリハルコンを通して感知した。低い確率で先のエネルギー放出が原因で引き起こされたなら世界とはその程度なのだと納得しよう」
「おいこら待て。お前の糞つまらん冗談はどうでもいいんだ。結論を言え」
「可能性の一つなのだがな。結論から言えば理屈は皆目見当もつかない……星とは自己を最小単位の星と規定し法則を超能力という形で発現する。
空気、音すら切り裂く静謐の刃がギルベルトの首の頸動脈皮一枚ギリギリに反応する。
「驚いた。太刀筋が別人と見違えるほどの進化……否、学習したのか?オリハルコンでさえ僅かな違和感しか感じさせなかった神と、少しとはいえ繋がった?」
従属神とぷれいやーとの関係性。
えぬぴいしいは、神に創造された存在。
ならば、神であるぷれいやーもまた創られた存在である可能性は?
えぬぴいしいとぷれいやーが創られた者ならば、魂無き器に死の淵に瀕した魂が繋がった可能性は?
従属神は、神につくられる。両者には血縁以上の契りの繋がりがある。
もしも、もしもこの仮説が正しかったら――――――
「コキュートス殿、ご教願いたい。よもや創造主の記憶、またや経験を獲得していないか?」
「両方ダ」
――――――人もまた、神に至れる。
「……神をただ倒すのではなく、取って代わる。条件さえ解明できれば人類は閣下の栄光で永劫の繁栄を約束される」
この呟きを聞いたものは誰もいない。不干渉の神以外は。
現状長引くのは目に見えている。コキュートスは何としても現状を打開して命尽き果てる最後の刃で殺したい相手がいた。
ならば、天命の如くナザリック第八層から第一層の機能を完全停止させたソレは、コキュートスにとって光の架け橋に見えた。
轟く神の鉄槌を振り下ろすは、天変地異。
第八層から放たれた観測不能の膨大なエネルギーが地表まで絶対的な破壊を穿った。
すべてが逆さまになる。
超エネルギーの奔流。宇宙まで穿つ光の柱を、全人類が目撃する。
ナザリック上空を
余波でさえあらゆる万物が塵となる破壊の素粒子。至極真っ当、合理的に、本能にしたがい人間に過ぎないチトセとギルベルトは遠くへ逃れようと全力速で森林を駆け抜ける。
「くッ、右目が疼く」
ウェンデッタが力を行使した時と似た疼き。プラスされる何処か懐かしい嘆きの叫びは紛れもなくゼファーもの。そして。
「なんだアレは?あんな馬鹿げたモノが存在してていいのか。ふざけるのも大概にしろよこの世界めが」
「どうしようもない。形となった真の神とはああゆうのを言うのだろう。だが、何より興味を引かれるのはその神と戦っているコールレイン少佐だ。今回の戦争を無事に生き延びたならば話を聞きたい」
「私が許可するわけないだろ」
巻き込まれないためにこの階層の壁越しまで距離をとったが、奔流の余波に破壊されたジャングル。土砂と木々から身を守りながら、更地となっていく景色を眺めた。
「……鉄で打った無属性の刃でさえ血が流れ、焚き火さえ火傷をする。どれだけ技を磨こうと人間としての脆弱性は変えられない。この光景で改めて人間の弱さを思いしったよ」
この現象を引き起こした化け物と私の
「お前が珍しくやる気になったんだ。結果はどうあれ……絶対に私のもとに帰ってこい」
「今ノ私ナラ分カル……ルベドノ仕業カ」
天命は味方している。我道を指し示すかのように彼の足元に転がり込んできた世界級アイテム『幾億の刃』を超エネルギーの奔流から発生する余波に刃先を向け、静かに解き放った。
「『幾億の刃』――――――発動」
破壊を逃れたコキュートスは、
その奇行を、
『奮闘も高揚も後悔も憤怒も悲憤も感じぬまま消滅するのが貴方の願いなの?』
空気を漂う素粒子がナザリックを満たし、素粒子を通して感情の揺れ、体調、
『これは警告。例えアインズ様を殺しても貴方の望みは得られない』
「――――――ッ!!」
『怒らないで。だからこそ、穴を抜けて北西を目指して、幾億の刃に乗っていけばいい。その先に……望む敵がいる』
コキュートスの熱く、輝く、闘志をもって――――――アインズ以上の相手と戦いたい。
『私を信じて。貴方の願いは、渇望は、絶対に満たされる』
絶対に抱いてならない願いを渇望してしまったコキュートスの初めての理解者。素粒子を通してルベドなら必ず私を導いてくれると確信する。
「感謝スル……アリガトウ」
改めて仲間に指摘され、自身の願いが破滅さに笑ってしまう。
「武人建御雷様同様、私モ馬鹿者ダナ」
勝利を求める分まだ親よりましだと、やっぱり似た者同士だなと胸を張って
KH2FM:この作品の裏ボスがいい思いで。攻略動画とか見ても勝つのに二週間かかった。確実に100回以上は負けてる。
武人建御雷:めんどくさいひと筆頭。
コキュートス:似た者同士。
この二人の願いを皆さん少しは共感できますか?
※コキュートスはまだ全部をさらけ出してはいません