大地を凪ぎ払う暴風が空気を軋ませ根刮ぎ削りぶち抜く。
横に走る積乱雲から轟く雷撃は空間を裂き回避不能の破壊をもたらす。
変則自在の蛇腹剣は距離感を狂わせる中・近距離を切り刻む殺戮結界。
右目の決戦兵装は万物を滅焼し
対人、対軍、対城、高出力並びに全方位に満遍なく優れている。
何者が相手であろうと絶対に優位に立つ理想的な万能型。
それが
いわゆる“堅実な天才”。 卓越した戦闘技能はそれら意志力で獲得したものであり、才能に胡坐をかいた者では鎧袖一触されるのみ。
その引き出しの多さは
人類の英雄が一人
故に、男は唸る。
「――――――困った」
肉を裂く音、骨を断つ響き、鼻を突く鉄の臭い。
視界を占めるのは、真新しい鮮血を大量に流す自分の姿。
戦略、知略においてギルベルトは他者の上を行く。怪物の頭脳を持つ"黄金"ナラー姫も、創造主に叡智たれと極限の才能を持つ"炎獄"デミウルゴスも、ナザリック全階層のシモベをたった1人で管理する万能的優秀さを持つ"正妃(自称)"アルベドも、他者を信頼できないが故に目的を達成する事において僅かに劣ってしまう。他者を信頼し、不確定要素の想いすら作戦に組み込む未来予知に等しい予測。それが、たった一人の敵に正面から突破された事実。
「閣下のような不条理ならば納得した。知略なぞなんのそのと……」
軍隊では
プレイヤーに独自法則があるように、我々にもそれらを無視する独自法則が存在する。
互いに未知だからこそ成立する対等なパワーバランス。
それを。
「――――――対策されている。能力も、剣術も、体術も、即席とはいえ超越者に対抗しえる連携も何もかも知られている」
可能か?可能なのだろう。此処は敵地で死の支配者の腹の中。此処での出来事は観られていて当然だろう。それでも上手すぎる。
まるで、我々と戦い敗れた者達とまた戦っているかのような。
「そうか……なるほどそういうことか。君は神への
「『
丸い眼鏡をかけている赤色のスーツを着用した
「困るんですよ貴方のような察しのいい眼鏡は」
人型の
武人建御雷が最後に造り出し、一度も鞘から抜かれることがなかった"究極の一振り"『ツルギ』。
たっち・みーに勝つためだけに生み出された無骨な刀。外装データは初期のまま一切の遊びを無くした勝つための"ツルギ"。それを振るうのは皮肉にも武人建御雷が勝ちたかった想い人のコピー。
「……
一振りで切り刻まれた肉体は生存に必要な血液を失い。外からの援軍も無し。パーティーメンバーは既に血の池に沈んでいる。無防備に晒された心臓へと奔る必殺の剣閃の向こうで――――――
(閣下ッ。貴方の紡ぐ英雄譚の礎足らんとするならば、この局面で選ぶのは当然この選択だった!!)
ギルベルトの蒼き瞳が、張り裂けんばかりに見開かれた。
「――――――そう、まだだッ!!」
叫び上げたそれは、単なる決意の表明。独自法則でも魔法でも、まして奇跡そのものの発現でもありはしない。
たかが気合と根性ただ一つで、"究極の一振り"を弾き返す絶対の劣勢を覆すなどという不条理が。
「ええ、まあ……そうくるでしょうね」
パンドラズ・アクターはコキュートスとマーレの戦闘の記憶を知っている。ナザリックの仲間たちの経験を知っている。チトセの万能。ギルベルトの頭脳。アスラの技術。ペストーニャの治癒魔法。どれも脅威だ。ユグドラシルではステータスを確認すれば大体の脅威度は計れた。
この世界は解りにくい。財政のように数値で語れればどれだけらくか。
ならば、知識で補おう。ナザリックの下僕は全てパンドラズ・アクターなのだから。
「貴方が犠牲となった人々を背負い勝利へ進むと言うのなら……私もまたナザリックを背負っているのです。半端な眷属『
それでいい。ええ、それがいいんです。
「デミウルゴス、シャルティア、セバス、アウラ、マーレ、コキュートス、オーレオール、ガルガンチュア、ユリ、ナーベラル、ルプスレギア、ソリュシャン、恐怖公、紅蓮――――――」
一般メイドたちよ、名も無き仲間たちよ。貴方たちの敗北は、経験は、私の力となる。
皆が報われる――――――否。死者は何も語らない。されど、弔いとなればこそ。
「
弾かれると予感していたパンドラは、ギルベルトの覚醒劇とともに左手の顔へと添えていた。
「眠れ
「わた、し……は……」
逆らえぬ眠気が眼鏡の意識を強制的に深く沈める。
気合いと根性を封印された眼鏡はフレームガバガバのずり落ちる不良品。
レンズにヒビが入った眼鏡は、何故殺さないのか何百通り予測し、閣下ならばと……瞼を閉じた。
「――――――ガハッ」
四肢を這いつくばり肺に入り込んだ血を吐き出す。震える手で握る蛇腹剣に力が籠る。
無様だ。敵の罠にまんまとかかった自分が憎らしい。
先頭にいたチトセはゼファーを腕に抱いた。抱いてしまった。落下エネルギーを加速させ左右に広げた腕の中に捕まえたゼファーは私の知るゼファーだった。臭いも、食感も、感触も、鼓動さえ本物、だからこそ文句の一つなく私を抱くこの男を殴り飛ばした。
加減もない反射的に突き出した拳はゼファーの首から上を染みのオブジェクトにかえる。
それに伴う胸を刺す痛み。殴った反動でぶれたナイフは心臓を逸れ、左の肺を傷付ける。
肺に血が入り込み、酸素を求める喘息患者のように呼吸を繰り返す。それだけならば、問題なく闘えるポテンシャルをチトセは備えている。
全身の神経・細胞膜などに作用して、筋肉の動きを弱め血から腐らせていく毒は、精神に反し肉体を捕縛する。
次に脱落したのはアスラ。
ペストーニャを抱えていた彼は安全を確保するため最後尾で落下していた。
故に、断崖に潜んでいた
次に脱落したのはギルベルト。
最後までヴァルゼライド閣下を想っていたのか、満更でもない吐き気がする笑みを顔面に張り付けたまま眠りについた。
(この面子を相手にこの手際の良さ……奥歯に仕込んだ解毒のポーションも無力化する"毒"。アスラも同じ毒を盛られているか。ペストーニャは手足の健を切られ、眼鏡は熟睡)
どれだけ思考しようと浮かび上がるのは敗北の二文字。
逆襲する闇はいない。ヴァルゼライドのように吹っ切れてもいない。武器を持った手を持ち上げようとするもカタカタ震えるだけ。これこそが絶望――――――狂気にすら達した殺意を、無制限に放射する。
「
解毒によりアスラより"少しまし"程度に回復したチトセが立ち上がる。
空気を焦がす覇道がパンドラの皮膚を刺激する。雄々しき愛の乙女は凌駕する敵を前に啖呵を切る。
「
"噛み殺すぞドッペルゲンガー……細切れにしてやる"
そんな殺意だけの虚勢を深いため息で受け流す『千変万化の顔無し』は、タブラ・スマラグディナに変態して創り出した"毒"をくらいなお戦士へ擬態する人間を冷静に分析する――――――時間が勿体ない。
「数少ないlevel60のドッペルゲンガーを一体消費してこの結果はまずまず。ですがチトセ殿、少々……いえかなり勘違いをしていらっしゃる。アクターの名を冠する私がどの口でと気分を害すると思いますが……」
視覚から消えた瞬間、冷たい吐息と知りたくもない言葉が鼓膜を震わせた。
「
男の細長い指がチトセの後頭部を掴み、優しく草原へ叩き付けた。
頭蓋骨が破裂しないギリギリの力加減。死んではいない。眠らせただけ。右手の五指が痙攣するチトセの頭部から離れた。
衝撃で俟った土煙を手で払う。ナザリックで、否。世界で最も激しい戦いが行われていた第八層。プレイヤー如き何億人集結しようと呼吸の一吹きで消滅する
万雷の拍手などない。人知れず開幕し終演した『神々の戦い』はパンドラズ・アクターだけが知っている。
その事実に寂しさを滲ませながら自ら定めた『運命』へ歩み出す。
「まあ嘘なんですがね」
そんな気の抜けた言葉を残し、とことこペストーニャの傍まで来ると一つの指輪を嵌め手元の近くに二つの小瓶を転がした。
「指輪に
これでもう舞台に邪魔は入らない。
歌劇は始まってすらいない。
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを天に掲げ――――――第九階層へ転移した。
"キチキチキチキチキチキチキチキチ――――――"
それは幾万と絡み付き蠢くムカデの巣。壁に張り付き空を飛ぶ蟲も含めて、視界に入れるのも、同じ空間に居るのもおぞましく、一度見てしまったものは例え目を背けようとその気持ち悪い景色が瞼にこびりつく。
一部の例外を除き正気度が削られるそれを率いるのは一匹のメイド。
「アインズさまぁ……」
玉座の間に侵す愚行。死をもって償うべき行いに迷いはなく、そうしたがためにエントマ・ヴァシリッサ・ゼータは進行する。
エントマのカルマ値:-100『中立~悪』。
ナザリックNPCにしては珍しく、人間は食料として認識しているものの、特に嗜虐心があるわけではなく、他に優先することがあったり、満腹であればあまり興味は示さないし、見逃すことすらある。姉妹からは「そんなに悪い子じゃない」と評価されている。
そんな空腹時を除き生真面目な彼女が大量の蟲を引き連れ至高の御方の旗さえも穢している。
「えへへぇ…………じゅるりぃ。ん~どうしよぉ……涎が止まらないよぉ~」
失われた声の代わりに口唇蟲から発せられる少女の声帯で、甘ったるい声音を吐き出す。
エントマは人間の肉が好きだ。
女性や子供の肉より、筋肉質な男の肉のほうが脂肪が少なくダイエット向きでサッパリしている。
ちょっとこってりとした人肉が食べたいときは脂身が多い女性。
贅沢がしたいならとろみのある子供を。
人類の敵たる人食種。『蟲愛でるメイド』の異名を誇るエントマちゃんは欲望を全開に玉座の間を這い進む。
彼女だって生きている。趣味の一つや二つあって当然だし、食べてみたいゲテモノも存在する。
人食種だって人肉以外を食べたいのだ。フグを正しく食べれるようになった人類。特に液状の豆腐に初めて凝固剤をぶち込んだ人はすごいと思う。※エントマちゃんはフグも豆腐も知りません!!はぁ…エントマちゃんかわゆ…
要はエントマもまた試行錯誤して食べてみたいのだ――――――アインズ様を。
「骨しかないのにぃ~なんで美味しそうにみえるんだろぉ~………………じゅるりぃ」
硬くて味が薄そうな骨。でも元NPCにとって縛りが外れても至高の御方はやはり別格なのだ。特別で至高な神。自分たちとは違う創造する側の上位存在。そんな御馳走をエントマはなんとしても食べてみたいのだ。王座で両手を顔で覆い丸まる絶対者を。
「あぁ……やっぱりアインズ様は特別ですねぇ。薄れ、無くなったはずの忠誠心がふつふつ湧いてきますぅ。でもぉ、だからぁ、どうしてもぉ――――――嚙り付きたいんですぅ!!」
蟲が一斉に加速する。中央に位置する真紅の絨毯が隠れる密度。その先は玉座に続く階段まで伸びている。十数段の階段を上がった先にはアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが施された真紅の巨大な布がかけられていて、その前に水晶で出来た玉座であるワールドアイテム『諸王の玉座』が鎮座している。
獲物は動かない。逃げる意思も攻撃する戦意も感じられない。なら、ならならならならならならならならならならならならならならなら――――――いいってことだよねぇ。
階段に指をかけ、エントマは蜘蛛の脚力で鎮座するアインズに飛び掛かった。
許可が出たのだ。食べないほうが失礼。丸齧るのもいい。砕いて人肉に振り掛けるのもいいかも。ハンバーグみたいにするのもいいし、それからそれから……。
思い付く食べ方を全部実戦しよう。そうすれば美味しい食べ方が一つや三つ見るかるだろう。
「――――――あいんずさまぁ~!!!」
涎を撒き散らし"キチキチ"牙を滾らせ、最初の一口を求め蟲が齧り付いた。
"ガリッ"
――――――……え。あまりの硬度に歯が砕ける。視界を埋め尽くしていた純白の骨が、漆黒の鎧になっている疑問をよそに、濃密な殺意がエントマを喉を締め上げた。
「……ア、アルベド……サマァ……」
「潰れろ、蟲が」
地雷を全力で踏み抜いてしまったと悟ったエントマ。次の手をさせる暇なぞ与えるはずがなく、殺意の化身はエントマの魔改造メイド服(和服)と装備である
「ギャア、――――――ッ!!」
「喋るな。喚くな。誰を勝手に触ろうとしてる――――――この、虫が
虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が。虫が」
振り下ろされる靴底がエントマを潰す。潰す。潰す。潰す。息をするな動くな死ね。形を保つな消えろ塵屑。
生物を壊す破壊音が、"パシャパシャ"になろうと殺意は収まらない。
塵を構成する全てが存在することが赦せない。
肉片血の一滴までも消滅するまで振り下ろされた足が止まる。床を僅かに陥没させても周辺ごと破壊しなかったのは、愛しの御方を気遣ったため。
これでもう誰の邪魔も入らない。誰も触らせない。私だけが、私こそが――――――
「愛しています。
女は愛する男を抱きしめた。
最終章に入りました。亀更新のため長らくお待たせしました。我らがアインズ様です(キリ