G・Iの子 作:めーび臼
腕を組んで、右手の一指し指でイラただしげにトントンと組んだ左の二の腕を叩く。
クラピカは今にも感情が昂り、瞳の色が紅く変わってしまいそうなのを瞼を閉じてじっと抑え込んでいた。
黒塗りの乗用車の後部座席でクラピカの隣に座るセンリツは、彼の心音を聞き心配そうにクラピカを盗み見ている。
この自動車の中にいるのは4人。
運転しているのはバショウ。そして、その横でセンリツ同様に重い空気を作るクラピカをチラリと見やるのが、モミアゲがクルっと巻いたトッチーノ。
クラピカは頭の中で、スーツを着込んだノストラードファミリーのホテルに突如現れた少年、ジバルの事を思い出していた。
クラピカの中には今、罪悪感と危機感と言う二つの感情が渦巻いていた。
ジバルはまだ十に届くかどうかの少年だ。そんな彼の心臓に『律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)』を打ち込んだ事は、世間から見て酷過ぎる仕打ちだった。
一般良識に基づいた呵責は、常識と言う鎖でクラピカを縛る。
だが、クラピカには常識や法律に縛られていては成し遂げられない目標、いや、自分を根幹たる信念がある。
幻影旅団を殺し、クルタ族の敵を討つ。その為だけに生き、作りあげた能力が敵である蜘蛛に知られる事など万が一にもあってはならない事だった。
むしろ、彼にしてみればクラピカの能力を知るジバルは『律する小指の鎖(ジャッジメントチェーン)』で制約を掛けただけでは、足りないと感じていた。
絶対なんてあり得ない。どこかに抜け道があり、ジバルから自分の情報が洩れるかもしれないと言う不安と危機感が付きまとう。
「戦いが近い。これ以上は危険だわ」
センリツが戦闘音を聞き取って忠告を聞いてバショウが自動車を止める。
「クラピカ、出ようぜ」
クラピカは閉じていた瞼を開けて、車を出た瞬間に一層大きな戦闘音がして、荒野の赤茶けた崖の一部が大きく崩れていった。
さっきまでクラピカたちが乗っていた自動車まで崖を崩した一撃の衝撃の波に揺れる。
「な、なんだこれは……」
圧倒的な破壊力。
圧倒的な暴力。
思わず口から漏れ出る言葉は果たしてトッチーノが意識して放った言葉だったのか。
彼だって念能力者として裏の世界でそれなりの経験があると自負していた。
だが、そのプライドさえも目の前の光景はいとも簡単にぶち折ってしまった。それくらい衝撃的な光景だった。
衝撃波に舞った土煙がまだ空間を濁らすなかで、ただ一人クラピカだけは自動車の中から双眼鏡を取り出し戦場の状況を確認する。
双眼鏡越しに見えたその戦場は凄惨と言う一言に尽きた。
人数だけで言えば、旅団のメンバーが戦っている数はたったの三人だ。他のメンバーは戦場になっている崖に囲まれた広場の崖の上でのうのうと見学に回っている。
ウボォーギン、ノブナガ、フランクリン。
フランクリンは顔に縫合した跡が残る大柄なフランケンシュタインみたいな容姿の男だ。
彼は群がるマフィアたちや中、遠距離の念能力者に対し、両手の指から放つ念弾を浴びせてまるで鴨打のように意図も容易く命を刈り取る。
彼は他の二人の戦いに雑魚が介入するのをけん制している。
ノブナガは長髪を布で髷みたいに一本に結った髭面の男だ。
彼が主に相手しているのは、ブラックリストハンターである念能力者なのだろう。
その中でもとりわけ近接戦闘に長けた者を相手しているようで、彼の円の範囲四メートルに入って斬り、殴りつけようとした能力者たちの命を腰に差した刀で一太刀の下に斬り伏せて行く。
その太刀筋を双眼鏡で見たクラピカにも早すぎて視認出来なかった。
そして、一番派手に大声で嗤いながら戦うのが、筋骨隆々の大男であるウボォーギンである。
彼の主な相手は奇しくも原作と同じ隠獣の三人だった。
豪猪(やまあらし)、病犬(やまいぬ)、蛭(ひる)。
もしかしたら、先ほどのロケットが爆発したような衝撃は蚯蚓(みみず)を倒す為に放った一撃だったのかもしれない。
戦闘と呼べるのは、ウボォーギン対隠獣くらいな物だ。
敵わないと悟り逃げる者の背中はフランクリンの念弾で打ち抜かれ、斬りかかったハンターは一太刀、多くてニノ太刀で上半身と下半身が泣き別れする結末を迎える。
「あぁあ。まともな奴はウボォーの奴に取られちまったからな。もう少し出来る奴は居ないもんかね」
斬ったハンターの刀に着いた血を振るって霧に変え、鞘に納刀しながらノブナガはごちる。
「ウボォーの獲物に横やり入れたら、俺たちの方が被害を被りそうだ。悪い事は言わないから止めとけ、ノブナガ」
「わぁかってるよ。あいつといつからの付き合いだったと思ってんだ、フランクリン」
切り落とした指先と念弾を放つ指を繋ぐ鎖をジャラリと揺らしてフランクリンはノブナガに忠告するが、その忠告はノブナガにとっていらぬ世話だったようだ。
「おっと、なんだ、お前好みの奴も来たじゃないか」
フランクリンの言葉にノブナガが目を向ければ、そこには短いポニーテールにまとめ、ゆったりとした民族衣装を身に着けた男が砂煙の中から歩き出て来る。
手に持つのは身の丈以上の三日月型の刃物に持ち手を着けた武器。
その男は何が面白いのか口元には僅かな笑みを浮かべている。
「確かに。あいつは俺が貰うぜ」
「あぁ勝手にしやがれ」
ノブナガは刀が納刀された鞘の鯉口に左手を添えると親指でチキっと音を鳴らして刀を少し引き出し、その刀の持ち手を右手で掴んで前傾姿勢を取る。
対して三日月型の刃物を持った男も、ノブナガを標的に定めたようでその武器を背中側に回して前傾姿勢を取った。
ノブナガの草履が砂をズズっと擦り僅かに前進すれば、念能力者の男も裸足で砂を掻いて前進し互いの間合いを詰める。
ジリジリとした間合いを測り合う陣取り合戦を細かく繰り返す中で、二人は短く言葉を交わす。
「名は?」
「ノブナガだ。お前は?」
「キョーサ」
ノブナガとキョーサも分かっているのだろう、決着が着いた時にはどちらか1人の命がこの世からなくなる事に。
短く自己紹介が終わった後に動いたのはキョーサの方だった。
背後に回した鎌のような刃を間合いを詰めると、下から上へ振り子のように振るう。
その斬撃に対し、オーラの円で軌道を掴んだノブナガは、右足を更に一歩踏み込み斬撃にあえて自分から間を詰める。
キョーサの斬撃を重心を低くしつつ躱し、居合切りで左手を斬り飛ばすべくノブナガは刀を振るった。
ノブナガはゆっくりと振り向きつつ、左の親指で刀の背を滑らせつつ納刀する。
「躱しやがったか。いいタイミングだと思ったんだけどな」
振り向いたノブナガの先では、ゆったりとした上着の二の腕部分を切り裂かれ僅かに血を流すキョーサが忌々し気な表情で、ノブナガを睨みつける。
キョーサの放った力量を測る為のやや大ぶりな一撃に対して、初撃から命を刈り取る斬撃を見舞って行くノブナガ。
「まぁ一合で終わっちまっても面白かねぇか。ほら、来な」
まだ余裕綽綽のノブナガに対してキョーサの顔には既に余裕はない。
それはお煽られた為の怒りの感情なのか?纏うオーラの量を増やしたキョーサは再度走り出し、ノブナガに斬りかかる。
キョーサの戦いは、そのトリッキーな武器に似合う変幻自在に斬撃の軌道を操る一風変わったスタイルであった。
三日月の刃に着いた取手を両手で掴んで扇風機のように回したかと思うと、そこから曲線を描き足から頭へと刃が抜ける。
そんな曲芸のような太刀筋に対したノブナガは極めて冷静だった。
その半眼の眼でキョーサの身体全体を観察しつつ、円から伝わる情報を脳内で混ぜて処理して躱す。
戦闘IQが高いとでも言おうか、普段の発言からは想像出来ない程、落ち着いた様だ。
まるで、零れそうになる戦いの熱を全て体の内に留めたその姿は、柳のようであった。
足への斬撃を冷静にすり足で届かない場所へ下がり、流れるように迫る頭への斬撃は暖簾を潜るように刃の腹を腕でかち上げる。
「クっ!」
必殺の一撃だったのだろう、その一撃を躱された事に歯ぎしりしたキョーサの口から声が漏れる。
「シッ!」
その一瞬の心の乱れを読み取ったノブナガは右手を刀に戻して、キョーサは抜き打つ。
隙を晒したキョーサだったが、三日月の刃を背後に力づくで振って身体を刃に引っ張らせて、なんとか肩口を切り裂かれるに留める。
ゴロゴロと横転しながら距離を取るキョーサに対して、ノブナガは追い打ちを掛ける事はない。
ただ静かにキョーサをその黒い瞳で静かに追うのみだ。そして、再び刀を鞘へ仕舞う。
「なぜ追撃しない!?」
三日月の刃を左手一本で盾のように前に構えるキョーサは肩口から血を流し右手をダラリとたらして憤慨する。
「俺はそういうタイプじゃねぇ。ただそれだけだ。だが、お前に逃げ場はねぇぞ。逃げたらフランクリンがおめぇの背中を打ち抜くからな」
追い打ちがないと見てチラリと後方を確認したキョーサだったが、その逃げるという考えはノブナガの言葉ですぐに断たれる。
逃げ場はないと観念したキョーサは、やけくそに走り右上段からノブナガの肩口に向かって刃を振り下ろそうとする。
だが、利き手ではない左手では余りにも遅すぎた。
キョーサの左手がグッと持ち手を握り、刃を振り下ろす為に握り込んだ段階で、そこは既にノブナガの円の間合いの中だった。
最初の一撃で冷静に測った筈のノブナガの間合いであったが、ノブナガは僅かづつすり足で前進し間合いを詰めていたのだ。
その事に冷静さを失ったキョーサは、気が付く事がないまま首と体は泣き別れしてしまう。
首のない体か一歩、二歩と歩いた時にその大きな武器の重量に引っ張られるようにして倒れる。
ほんの数センチの認識の違いだけで、キョーサは刃を振り抜く事さえ出来なかった。
ノブナガは満足気な顔で居合にて振り抜いた刃を振るい納刀した。
そのノブナガの戦いを双眼鏡で見ていた三人は思わず息を飲む。
「あれと戦うと言うの?」
思わずセンリツが双眼鏡を目から離して呟く。センリツはクラピカとバショウを見るが、二人は無言だ。
「あんなのと戦うだって?無理だ!格が違い過ぎる」
バショウの顔は血の気を失い真っ青になっているが、その横の男は違った。
ただじっと、幻影旅団を黒で隠した瞳で凝視し続ける。
クラピカは今、何を思って幻影旅団を見ているのだろうか?