G・Iの子 作:めーび臼
「あ?」
「やっと効いたか。牙に仕込んだ神経毒が超速攻で体の自由を奪う筈なんだがな」
移動した慣性を地面に着いた手と足で抑えて止まった病犬(やまいぬ)は、立ち上がって見下ろしながら言う。
ウボォーギンは突然体が動かなくなり、不思議そうな顔をして尻もちを着いた態勢から首だけを動かしてドヤ顔で語る病犬を睨む。
今、ウボォーギンを囲むのは、三人のマフィア十老頭直轄の念能力者隠獣のメンバーである病犬(やまいぬ)、蛭(ひる)、豪猪(やまあらし)。
病犬(やまいぬ)は、痩せ形の黒髪の男だが、その顔は名前の通り耳が犬のようにやや三角に尖り、裂けた口からは鋭い牙が覗く。
避けた口からペッとウボォーギンを噛み取った肉を吐き捨てる。
「おい!ウボォー手伝うか!」
「余計なお世話だ!」
キョーサを倒し終えたノブナガがウボォーギンが動けなくなったと見て声を掛けるが、ウボォーはまだ戦う気満々でノブナガの助けを拒否する。
「おい!あれだけ居た能力者が……」
病犬(やまいぬ)は、動けなくなったウボォーギンに声を掛けるノブナガの言葉に、やっとこの戦場に自分たち隠獣の仲間は蜘蛛に殺された遺体しかない事に気が付く。
先ほどのどや顔は血の気が引いたように消え、その顔はまるでお化けを見てしまったかのように愕然としていた。
「あれだけのハンターがまさかなんだな……」
ウボォーの拳に絡み付かせた体毛でウボォーギンの右拳を封じていた豪猪(やまあらし)もまた困惑したように呟く。
豪猪は、緑のジャージを着た小柄な男だが、その念能力は自分の体毛を長さや硬さを自在に変化させ、ウボォーの攻撃を上回る防御力を得ている。
その豪猪は、今、ウボォーの右拳に体毛を絡み付かせ、武器として使用出来ないように封印していた。
彼は戦闘に参加していない他の幻影旅団の団員は、そんなに戦闘が得意ではないサポートのメンバーだと考えていたが、それでも隠獣三人で苦戦した蜘蛛の戦闘員がまだ二人も居る状況に伸びた体毛の下で冷や汗を流す。
「これは引いた方がいいかも知れねえぜ」
顔を強張らせる病犬が前傾姿勢の戦闘態勢を崩さぬままに言うと、ウボォーギンが大声でがなる。
「はぁ!ふざけんじゃねえぞお前ら!俺はまだやれる。最後まで付き合いやがれ!」
「うるせぇよ筋肉達磨!てめぇなんぞ、もうどうでもいいんだよ!」
「そうなんだな。うん。問題はこいつを殺した後なんだな」
「ふざけんな!おい!ノブナガ!フランクリン!俺が殺されても手ぇ出すな!おめぇらもそれでいいだろ!早くやろうぜ!」
ウボォーギンの馬鹿な提案に同じ仲間である幻影旅団のメンバーの二人は肩を竦ませるだけで、それが隠獣の三人にとっては同意したのか拒否した態度なのか分からない。
その反応を見て、ウボォーギンがなんと言った所で、他の二人の旅団員が自分たち三人を逃がす事がない事を悟る。
「まぁ待ってよ。俺にいい考えがあるよ」
「蛭(ひる)!」
今まで黙っていた蛭(ひる)だが、その顔はまだ嫌らしく笑顔を歪めている。
じっとりとした陰湿な雰囲気を醸し出す蛭は、戦闘行為に向いて居なさそうなでっぷりとした腹を揺らす。
病犬は、この状況に笑える蛭に希望の光を見る。
「このデカブツは動けないんだ。こいつらの仲間は僕たちの手の中さ」
この蛭の言葉に他の隠獣の二人も気づく。そして、病犬も焦っていた表情をその犬のように裂けた口を歪め変える。
「確かにお前の能力なら可能だな。へへ。やっちまえよ」
「グヒヒヒヒ。あぁそれに時間を稼げばあいつ等も来るしね」
「フフ。早くするんだな。うん」
さっきまでの怯えた表情は隠獣の三人にはなかった。病犬がノブナガとフランクリンを警戒する中、蛭はウボォーギンに突き出た腹を撫でながら近づいて行く。
「お前たちは動くなよ!」
「そうだよ。俺は体内に大小無数の蛭を飼っている。俺はこいつにとっておきの蛭をプレゼントするよ。俺たちは逃げるけど、お前たちが動けば、こいつは俺の蛭が体内で暴れて死ぬよぉ」
肥え太って冴えないオタクのような容姿の蛭(ひる)は、その口から巨大な蛭を舌のように出して、ノブナガたちを見ながらウボォーギンの顔を蛭で舐めまわす。
脅されているノブナガとフランクリンだけではなく、蛭のぬめっとした体液を塗りたくられているウボォーギンにさえ不安な様子を見せない。
「気持ち悪いな。んっあ!」
「ピッ!」
ウボォーギンのその行動には何の気負いもなかった。
首から上しか動かないウボォーギンが口を開けて閉じた、ただそれだけで蛭の頭の半分は食いちぎられて大の字に後ろに倒れ伏した。
「ん。不味いな。ゲテモンは美味いと相場は決まっているもんだがな」
蛭の血を口から滴らせウボォーギンは蛭の頭を咀嚼(そしょく)する。
その仲間が喰われていると言うあり得ない光景に隠獣二人が、先ほどまで滑らかに出ていた言葉を失って絶句してしまう。
「てめぇら倒すのなんか、仲間の力はいらねぇ。首から上が動けば十分だ」
「強がるなよ、ウボォー」
「うるせぇ!今、見せてやるよ!」
呆気に取られている隠獣を無視して、フランクリンと言いあうとウボォーは大きく息を吸い込む。
その行動に警戒を強め、さっと飛びずさる病犬だったがその行動も無駄に終わる。
オーラで強化された肺活量で押し出された白い弾丸が病犬に迫る。
「弾!いや、蛭の頭蓋骨か!」
とっさにオーラで強化された右手を飛んでくる頭蓋骨の盾にするが、その手を貫通して病犬の眉間に当たった蛭の頭蓋骨が後頭部を貫通して外に飛び出した。
貫通した頭蓋骨の威力に後ろに倒れ即死する病犬、病犬の倒れて行く姿をみた後、次に豪猪にウボォーは狙いを定め再度大きく息を吸い込んだ。
「俺にも来るか!だけど、俺の体毛針ならどんな弾丸も弾き返せるんだな。うんうん」
それは、ウボォーに言ったのか、はたまた自分に言い聞かせる為の言葉だったのか?
勝てやしないが、ウボォーギンの攻撃は自分に通じないと割り切っている豪猪にはまだ余裕があった筈だった。
「はぁ!!!」
ウボォーの口から吐き出された声は物理的な破壊力を持って爆発的に円状に周囲へと広がって行った。
その声は、双眼鏡でしか状況を確認できないくらいに離れたクラピカたちが耳を防がなければ耐えられない攻撃力だ。
そして、声の波が通り過ぎた後には一瞬の静寂の中に押さえ付けていた憎悪を燃やす覚悟を決める男が居た。
「隠獣の最後の一人まで死んだ」
双眼鏡で確認したクラピカが、ウボォーギンの拳に絡ませた体毛がズルりと抜け倒れる豪猪を見て言う。
「マジかよ……隠獣でも蜘蛛の一人も倒せないのか……」
頭を両手で抱えガタガタと震えるトッチーノはクラピカの言葉を聞いて、焦りながら携帯電話をスーツの内ポケットから取り出して、ボタンをプッシュする。
「もしもし、ダルッツォルネか。化け物だ。隠獣もハンターも今、幻影旅団と戦ってる奴は全員殺された」
自動車の傍でネオンの護衛団のリーダーのダルッツォルネに報告しているトッチーノを一瞥もせずに、クラピカは旅団がいる崖に囲まれたコロシアムのようになっている広場を凝視し続ける。
そして、クラピカは具現化した鎖が巻き付いた右手を握る。
「あぁ、そうだ!隠獣もだ!」
トッチーノの悲鳴を背にクラピカは歩き出す。
クラピカの突然の行動にバショウとセンリツは驚愕の表情を浮かべ、困惑の声を上げる。
「待て!クラピカ!どうする気だ!」
「決まっているだろう。奴を捕まえる」
クラピカは振り向きもしないで、言い切る。
今、広場にはフランクリン、ノブナガ、動けないがウボォーギンまでいると言うのにだ。
センリツは禿げあがった額に汗を掻き思う。
「なんて凄まじい怒りと憎しみの音なの。完全に我を忘れている」
トッチーノは携帯から完全に耳から離して、クラピカを止めようとし、右手に持たれた携帯電話からもダルッツォルネの静止の声が響く。
また歩き出そうとするクラピカにバショウは手を伸ばすが、クラピカから立ち上る凄まじいオーラに二の足を踏み、触れる事すら出来ない。
「拙いわ。これでは殺されに行くようなものだわ」
クラピカの心音を聞いて、彼の感情を読み取ったセンリツはグッと息を吸いフルートを構える。
ネオン護衛団の三人の耳にフルートの音色が響く。
三人はまるで、生命が一斉に芽吹く春の野の陽だまりのような暖かな空気に包まれた気がした。
知らぬ間に狭まった視界がパアッと開け脳の中から、リラックスを促す脳内信号が分泌された。
「”野の春”リラックスするのに最適な曲よ。皆さん、落ち着いたかしら?」
笑みを浮かべて諭すように三人に語り掛けるセンリツにクラピカ、バショウ、トッチーノは自分の心の動きに驚き振り向く。
「まず冷静になって作戦をたてましょう」
センリツの顔を見たクラピカは、冷静さを失って幻影旅団に執着に昂っていた心を静めてくれたセンリツに対して感謝を込めて一度頷いた。
だが、クラピカはここで止まる訳にはいかなかった。
向かう場所は、幻影旅団がいる崖に囲まれた広場ではなく携帯電話を持つトッチーノの下。
「……クラピカ?」
トッチーノは突然に目の前に来たクラピカに困惑の表情を浮かべる。
「トッチーノ、携帯を貸して欲しい。ダルッツォルネに伝えたい。策はあると」
「あぁ私の念能力なら可能だ。ボスを通じて十老頭にも連絡を……頼む」
電話を切ったクラピカは、トッチーノに携帯電話を渡すとここにいる護衛団の三人を見渡す。
近くでクラピカとダルッツォルネとの会話を聞いていた三人は既に、これから行われるクラピカの策を把握している。
「クラピカ、俺は車にエンジンを掛ける」
「頼む」
トッチーノはクラピカが頷くのを見て、トッチーノは乗って来た自動車へと小走りで駆けて行く。
「”火の意思が 気配消し去り 忍び寄る”『流離の大俳人(グレイトハイカー)』」
念を発動させたにバショウが詠んだ俳句を書き記し渡す。
「こいつを持ってれば多少は奴らに気づかれずに近づける筈だぜ」
「すまん。貰って行く」
彼とセンリツは中継役だ。もしクラピカが失敗した時はセンリツは音でトッチーノに知らせ、バショウは旅団の追撃を逃れる為に念能力を振るう。
「クラピカ……落ち着いているみたいね」
「あぁ、大丈夫だ」
センリツと言葉を交わすとクラピカは二人に背を向けて、旅団の下へと歩いて行く。
その後ろ姿を見た二人はクラピカから立ち上るオーラの強さに、何とも言えない頼もしさを感じた。
一人歩くクラピカはここまでの長き道のりを思い出す。
クルタ族が皆殺しにされたあの日の光景は今も忘れない。
心のそこで精神を炙る憎悪は、いつも早く早くとクラピカを責め立てた。
だが今は、心に迫る焦燥感を抑え、いや、宿敵を打ち倒す力に変える。
クラピカの念能力、その射程範囲ギリギリのところで彼は立ち止まる。
『絶対時間(エンペラータイム)』を発動させて、念の総量を引き上げると、右手を水平伸ばしジャラリと鎖を中指から垂らした。
中指から伸びた鎖の先端は釣り針のように鉤爪になっていて、その鎖の先端が鎌首を擡(もた)げる。
クラピカの顔の前で鎖が一人でにジャラリと音を鳴らすと、クラピカは視線を一点に定めた。
「『束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)』」
体を大きく後ろに撓(しな)らせて、鎖が装着された手を前に突き出せば、大きく撓(たわ)んで弧を描いた鎖がクラピカの突き出された右手を追い抜き飛んで行く。
赤茶けた大地ギリギリを音もなく這うように鎖が滑走する。
標的はただ一人。
最初に気が付いたのは、ウボォーの身体に入り込んだ毒を吸い出す為に崖を下る途中だったシズクだった。
だが、そのシズクでも気が付くのが遅すぎた。
彼女が見たのは、既に動けないウボォーギンに纏わり着こうと体の周囲を回る鉤爪の付いた鎖。
「ガっ!」
そして、鎖は姿を現した時にはもう、身体は鎖に拘束されたウボォーギンが鎖に締め付けられた圧力にうめき声を上げた後だった。
一番最初に気が付いたのがシズクなら、気が付いてから一番最初に行動を起こしたのはノブナガだ。
彼の行動は早かった。ウボォーギンの一番近くに居たと言うのもあるのだろう。
ウボォーギンが拘束されたと認識した次の瞬間にはその手は腰に帯びた刀へ伸び、刀を鞘から引き抜く。
鎖が拘束してウボォーギンの身体を引き寄せようとする前に、クラピカの『束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)』を刀で断ち切るべく振り抜かれた刀だったが……。
「チッ!硬い!!」
ノブナガが振るった刀は意図も容易く、その持ち手くらいの大きさしかない鎖に弾かれてしまう。
「ヤバい!」
ウボォーギンの巨体が重力を感じさせない動きで空中に釣り上げられてる。
だが、本当の予想外はその後に起こった。
「「「「「はぁ!?」」」」」
あのA級賞金首であり、ほぼ全員が人外な戦闘力を誇る幻影旅団がポカンと大きく口を開きアホ面を晒す。
二メートル上空までウボォーギンを釣り上げた鎖が一度大きく震えたと思ったら、砕けてウボォーギンの身体を空中に置き去りして四散したのだ。
まさか、蜘蛛のメンバーでも破壊出来なかった鎖が、壊れて行くとは誰が予想出来ただろうか?
「おいおい!待て待て!今、身体動かねぇって!」
哀れ。ウボォーギンは悲鳴を上げて地面にぶつかり、砂埃を巻き上げる。
ウボォーギンの身体が地面に落ちた揺れで、惚けていたフランクリン正気に返り叫ぶ!
「あそこだ!」
即座にフランクリンの念弾が指先から発射され、敵の居場所を指示した。
砕けて行く己の鎖をハイライトのない瞳で見つめて、クラピカはただ棒立ちになっていた。
心ここに在らずとは、今のクラピカのような状況を言うのかもしれない。
異変に気が付いたバショウがクラピカの後ろから走り込み、クラピカの目の前の地面を殴る。
「クラピカ!気が付かれた!逃げるぞ!」
バショウが声を掛けるがなにも反応を返さないクラピカを見て、自力で逃げるのは無理だと判断して抱きかかえ、肩に担ぎ走る。
「失敗だ!センリツ合図しろ!トッチーノのとこまで全力で走れ!」
まるで荷物のように担がれて揺れる視界の中で、バショウが目くらましの為に具現化させた陽炎が揺らめき地面から立ち上って行く。
その時に、狂気的な光がクラピカの瞳の底から湧き出す。
目にしたのは一枚のトランプのカード。
絵柄はハートの8。
日本人だったら、トランプゲームの大富豪の効果を思い出す人もいるかもしれないが、クラピカは大富豪のルールなんて知らないだろう。
代わりに思い浮かぶのは一人だ。
『束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)』を断った地面に刺さるトランプ。
その飛んで来た方向を向けば想像通りの男が崖の上に立って居る。
オレンジの髪を乾いた風に靡(なび)かせ、腰に手を当てて人を小馬鹿にしたような笑み。
腹の底から湧き立つ憎悪を火に変えたかような叫びがクラピカの口から放出され、抱えていたバショウさえ戦慄させる。
「ヒィィィソゥカァァァァぁ!!!」
クラピカが血の涙を流しそうな眼光で見る道化師ヒソカだったが、彼は表情一つ変えずに背後に振り返ると歩き去って視線から消えた。
クラピカは陽炎を超えて迫る念弾の中で、顔を憎悪に歪めて喉から血が出るくらいに叫び続けた。
今日中にあと一話出します。