【クロス】艦隊これくしょん×仮面ライダー龍騎【完結済】 作:焼き鳥タレ派
処刑台へ赴くが如く作戦司令室への道を歩む東條の姿に、道行く艦娘は恐れおののくか、
言葉を失いただ道を空けることしかできなかった。
青葉の惨殺死体を抱えながら、涙を流し、そして微笑む東條。
作戦司令室の前では既に長門をはじめとした面々が待っていた。
だが、長門ですら、東條の異常な姿、青葉の凄惨極まる遺体に絶句したようだ。
「ほら、見て。僕が殺したんだ。一番大切な人を。僕は、英雄になれたんだ……」
しばらく言葉が見つからず、混乱に陥る長門。だが、その混乱はすぐ怒りに変わり、
「殺されに来たのか貴様アアァ!!」
東條を殴り飛ばそうとするが、提督権限が邪魔して拳が届かない。
そんな彼女を陸奥が止める。
「落ち着いて!今は青葉ちゃんの治療が先でしょう!まだ助かるかもしれない!
大淀は全鎮守府にタイガ確保の連絡!
同時に警備班の艦娘に連絡、こいつを拘束させて!」
「了解しました!」
「くっ……すまん、青葉。東條、今から貴様を拘束する。
英雄なら往生際の悪い真似はするまいな!?」
「僕は逃げも隠れもしない。そんな必要はないんだから」
「“その必要はない”だと?自分の力に酔っているのか気違いめ!!」
「そんな意味じゃない。英雄になることができた今、僕はもう死んでも構わない。
ライダーバトルもコアミラー破壊も、全てはこのためだったんだ」
「お前なんかが英雄なものか!申し開きは牢屋で聞く。
……おい、救護班はまだか!このイレギュラーを捕縛しろ!」
そして、前身が熱傷と裂傷でズタズタになり、腹を刺された青葉が
医務室に救急搬送され、東條は縄打たれ、デッキを取り上げられ座敷牢に放り込まれた。
彼は抵抗することなく、すっかり色が落ちた畳に身を投げ出した。
それでもなお、彼は笑いながら泣くことを止めなかった。
英雄になる宿願が叶った喜びと、大切な人を失った悲しみ。相反する感情を抱えて。
1時間後。
座敷牢に事件の関係者が集まっていた。長門、香川、佐野、北岡。浅倉は来なかった。
「間に合わなかった……!
私が正しい英雄のあるべき姿をきちんと説かなかったばかりに!」
「先生は間違ってなんかないよ。だって、ほら。僕、英雄になれたんだよ?」
格子の向こうから不気味な笑みを浮かべる東條。
その狂気を孕んだ表情に佐野はただ恐れを抱き、北岡がため息をついた。
「そもそもおたくらが英雄なんかにこだわってるからこんなことになんのよ。
で、なんで英雄が牢屋に入れられてんの?
俺にはただの犯罪者にしか見えないんだけど?」
「それでいいんだ、それで……」
今度はブツブツと意味の分からない事を言い出す。
彼の姿を見て、香川が重苦しい口調で話した。
「教え子の不始末は、教授の責任です。私が責任を取りましょう」
「具体的にはどうする気だ」
怒りを押さえ込みながら長門が厳しく問う。
「まずは謝罪を。この鎮守府全ての艦娘の方たちに……
そうですね、本館前に来ていただくことは可能でしょうか。
私と東條君で、ご迷惑をおかけした皆さんに謝罪します。
もちろんそれで全てが終わるとは思っていませんが」
「ふん、口先で謝るだけで青葉が帰って来るわけではないが……」
その時、長門の頭に緊急通信のシグナルが届いた。彼女の目が見開かれる。
「……了解した。手筈を整えよう」
「感謝の念に堪えません」
「ただし、条件がある」
「なんでしょうか」
「もうこいつに暴れられては困る。奴から提督権限を剥奪し、私に移譲すること、だ」
「わかりました。今すぐにでも……東條君、提督権限を手放し、長門さんに渡しなさい」
「はい、先生。“提督権限、僕の提督権限は長門さんのもの”」
鎮守府全体に見えない力が働き、それはやがて長門に収束した。
「確かに……」
「他に、なにかできることは?」
「今のところない。今、小人たちが本館前広場に演説台を設置している。
それが終わるまで執務室で待機していろ」
「わかりました」
そして長門は去っていった。
佐野はどうしていいかわからず、キョロキョロ香川と東條を交互に見ている。
北岡は興味深げに獄中の彼を眺める。
「なるほど、謝罪ね。政治家や重役のは腐るほど見てきたけど、
まさかライダーの謝罪会見を見ることになるとは夢にも思わなかったよ。
まぁ、参考までに俺も見させてもらうよ。
仮面ライダーが不祥事を起こした場合どう弁護するか、
シミュレーションするのも面白そうだし?
じゃあ、間宮でお茶でも飲みながら時間を潰すとしますか」
呑気な言葉を残して北岡も出ていった。
ただ困惑するだけだった佐野もようやく口を開く。
「あの、俺、一度自分の鎮守府に戻ります。今日は遅くなるって叢雲に伝えないと……」
「ええ。君も出席してくれると助かります」
そして、佐野も帰っていく。残されたのは師弟二人。香川は改めて東條に向き合う。
ひたすら感情を隠していた香川が悲しそうな表情を浮かべ、彼に話しかける。
「さっきも言いましたが、君の過ちは私の過ちでもあります。
今夜、一緒に皆さんに詫びるのです。準備が終わるまで、自分の行動を振り返り、
何故こうなったのか、自分なりの答えを出しなさい。私が助言するのはそれからです」
最後の香川も本館の執務室で待機するべく、座敷牢から去っていった。
一人になった東條は、畳の上に座り込み、香川の言うとおり、
ここに来るまでの行動を振り返った。
浅倉威にライダーバトルを挑んだ。そのせいで先生と戦うことになった。
その後大事な人を殺そうとした。できなかった。
自分のことしか考えないライダーに戦いを挑んで負けた。そして、大切な人を、殺した。
僕を失いたくないと言ってくれた、あの人を。だから今、僕は牢屋の中にいる。
僕は、英雄になれたのかな。……そうだよね、そうだと言ってよ、青葉さん!
じゃないと、君を失った意味が、ないじゃないか!
「ああああああ!!」
突然感情が暴発し、絶叫する。
「……!?」
だが、不意にあることに気がつく。そうだ、僕は、まだやり残したことがある!
全部やり遂げないと、彼女の犠牲が無駄になる!
牢屋の中で、一人ある決意を固めた東條だった。
──東條鎮守府 本館前広場
夕暮れ時、広場にマイクが一本設けられたステージが設置された。
急な話だったので簡素な作りのものだったが、肝心なのは演説内容なので問題はない。
ステージの斜め後方に関係者が座るパイプ椅子が並べられ、
夜も近いので前方に探照灯が配置されている。そろそろ開場の時間が近い。
既に広場には、東條鎮守府のほぼ全ての艦娘が集まっている。
一連の事件に関わることはなかったが、ミラーワールドに深い関わりがあると思われる
二人組が騒ぎを起こしたとあって、真司と蓮も訪れていた。
北岡は待ちくたびれたという感じで、鉄の低い柵に腰掛けてあくびをしている。
東條は香川と長門に連れられて、座敷牢から会場へ移動しようとしていた。
その時、東條が歩みを止めた。
「何をしている、早く歩け!」
「すみません、顔と手を洗いたいんです。給湯室に行かせてください……」
「状況に贅沢を言える立場か?さっさとしろ!」
「お願いします。どうしても、ちゃんとした格好でみんなの前に出たいんです……」
東條は腰を折り、深く頭を下げた。長門は悩んだ末、
「5分で済ませろ。言っておくが逃げる場所などないぞ。クルーザーは封鎖中だ」
「ありがとうございます……!」
東條は両手を縛られたまま、本館に入ると階段を上り、執務室に入った。
そして給湯室で顔を洗い、必要なものを紙で包み、上着の内ポケットに入れた。
用が済んだら再び本館出入り口前に戻ってきた。
「よし、開場までもう時間がない。急ぐぞ。」
「はい」
そして、会場に着くと長門と香川が東條の両脇を挟む形でパイプ椅子に座った。
艦娘達から東條に刺すような憎しみの視線、罵声がぶつけられる。
“来たわ!あいつが犯人よ!”
“イレギュラーめ、出て行けー!”
“この恩知らず!青葉ちゃんに助けてもらっておいて!”
長門は前を向いたまま、東條に話しかける。
「これが、お前が英雄とやらを目指した結末だ。よく噛み締めておけ。
あと、お前が演説台に立つ前に、ある人から話がある。一言一句漏らさずに聞くんだ。
わかったな」
「誰ですか、それ……」
もう長門は何も答えず、前を見るだけだった。すると、進行役の艦娘が演説台に立った。
ガヤついていた会場が静まり返る。
「マイク音量大丈夫?チェック、ワン、ツー。えー、只今より、
仮面ライダータイガこと東條悟による傷害事件の謝罪会見を行いたいと思います。
まず、犯人の会見の前に、重要人物から一言あるそうなので、まず始めにそちらから。
どうぞ、壇上へお上がりください」
コツ、コツ、コツ……
固い足音を立てて鉄製の階段を上る艦娘。自分は幻を見ているのだろうか。
彼女の姿を見る東條の眼が大きく開かれる。彼女はマイクを取り、演説を始めた。
「みなさん、こんばんは。青葉です。日頃お世話になっている東條鎮守府の青葉です。
この度は私のためにご心配、お騒がせして申し訳ありません」
彼女がペコリと頭を下げると、一斉に皆が騒ぎ出す。
医療班も手の施しようがないと諦めていたと聞いていたのに。
“嘘……生き返ったの?”
“どうして?助からないって聞いたのに……”
“夢、じゃないわよね……”
何を言っていいのか。言いたいことが多すぎて言葉が見つからない。
ただ口を動かすが言葉が出ない。そんな東條に長門がまた話しかける。
「彼女の物持ちの良さに救われたな。確かに彼女は致命傷を負ったが、
懐に潜り込んでいた応急修理要員のおかげで首の皮一枚で助かった。
あとは高速修復材で見ての通りだ。
もし青葉が死んでいたら、謝罪会見ではなく公開処刑になるところだった」
だが、そんな長門の言葉は耳に入っていなかった。彼女が、彼女が生きている。
それは英雄になることに失敗した事を意味していたが、
東條の心を目の前の青葉の存在が埋め尽くし、思わず届かない手を伸ばす。
「今日は、東條提督のお話の前に、わがままを言って
少しだけ青葉に時間をもらいました。
ええと、実は、私も皆さんに謝らないといけないことがあるんです」
またも聴衆が騒ぎ出す。一体被害者である彼女が何を謝らなければならないのか。
「皆さん、一週間ほど前に、ここにミラーモンスターの軍勢が
攻めてきたことがありましたよね。艦隊新聞でも報じたとおりです。
実は、その襲撃事件なんですが……全部青葉の差し金だったんです」
その場にいた全員に衝撃が走る。うつむいていた東條が目を剥き、顔を上げた
Amazing grace. How sweet the sound. That saved a wretch like me.
(驚くべき恵み なんと甘美な響きだろう 私のような哀れな者をお救い下さった)
「ご存知の通り、艦隊新聞は青葉が書いてるんですが、
正直読んでくれてる人って少ないし、徐々に減ってきてるのが現状なんです。
何時間も原稿用紙に向かって、うんうん唸って文章をひねり出しても、
緩衝材か焚き火に使われるのが関の山。そんな状況が嫌で、
青葉は購読者を増やすためにあの事件をでっち上げる事を思いついたんです」
“でっち上げって、どういうこと……?”
“青葉さんも、ライダー?”
東條は瞬きも忘れ、青葉の話に聞き入っていた。理解が追いつかない。
彼女は、どうして嘘をついているのだろう。
「そこで私は偶然知り合った東條さん達にこの話を持ちかけたんです。
契約モンスターに命令して、みんなを襲わせるふりをして、特ダネを捏造して欲しい。
貴方達の主張を、身をもって知ってもらうことにも繋がるって。
……もし、断ったら、皆さんに押さえつけられてセクハラされたって記事にするとも
言いました。アハハ、これ、もう脅迫ですよね!」
“ふざけないで!みんな必死にかばい合ってたのに!”
“泣いてる娘たちもいたのよ!”
“艦娘の恥!”
怒った聴衆が青葉に罵声を浴びせ、一部が彼女に石を投げる。
ひとつが青葉の額に当たり、血が滲む。
聴衆の中にいた佐野にも、周辺の艦娘から冷たい視線が刺さる。
いたたまれなくなった彼は、そそくさとその場から立ち去った。
I once was lost but now am found. Was blind, but now I see.
(一度は迷っていたが、今では見出された かつては盲目だったが、今では見える)
行かなきゃ。東條は立ち上がり、ゆっくりと演説台へ向かいだした。
長門が止めようとするが、香川が両手で彼女を押しとどめた。何度も頭を下げて。
仕方なく、彼女は警戒心を緩めることなく、席に着いた。
青葉は相変わらず、罵声、石、ごみを投げつけられながら、演説を続ける。
「本当に、ごめんなさい。その時は、まさかこんな大事になるとは
思ってなかったんです。青葉は怖くなって、
計画を持ちかけたお三方になんとかするよう頼みました。
でも、その時にはもう全てが手遅れになっていて、
誰もが嘘に嘘を重ねなければならない状態に陥っていたんです。
特に、東條提督。彼を追い詰めたのは青葉です。孤独な道を歩んでいた彼は、
英雄になることしか愛を受ける方法を知らなかったんです。
そんな彼を利用したのは、青葉。こんなことになるまで追い詰めたのも、青葉。
だから、お願いです。司令官を許して下さい。
青葉はこの通り生きていますし、そもそもの原因は青葉です。
せめてもの償いに、青葉は新聞記者を辞めます。そして、この通りです!」
青葉は首から下げていたカメラを手に取り、思い切り鉄の床に叩きつけた。
無残に砕け散る青葉の大切な宝物。
ひび割れたレンズが転がり、演説台から落ちていった。
Through many dangers, toils and snares. I have already come;
(多くの危険、苦しみ、誘惑を乗り越え 私はすでにたどり着いた)
静まり返る広場。やっとわかった。彼女は僕達を庇おうとしているんだ。
自分ひとりを犠牲にして。視界がぼやけ、涙があふれる。見つけた。
僕はなれなかったけど、確かにそこにいる。
約2000年前、自らを犠牲に全人類を原罪から救った絶対的英雄の姿を見る。
なんと自分の小さいことだろう。ただ静かに涙を流す。
「青葉さん、もういいよ」
不意に後ろから声を掛けられた青葉は驚いて振り向く。
とうとうこの演説台に立つべき人物が現れ、またにわかに広場がざわつく。
東條は青葉からマイクを受け取り、聴衆に向かって話し始めた。
「みんな、僕のせいでいろんな人に迷惑を掛けて本当にごめんなさい」
そこで深く一礼する。
「みんなに知っておいて欲しいことがあるんだ。
今、青葉さんが言ったことは全部嘘だよ」
会場がどよめく。では、今までの話はなんだったのか。何のために嘘をついたのか。
「司令官!」
「青葉さんごめん、せっかく僕達を庇おうとしてくれたのに。
でも、僕は本当の事を話すよ。このまま君ひとりを犠牲にしたら、
僕は本当に英雄でなくなっちゃう」
青葉は何も言えなくなり、ただそこで見守ることしかできなかった。東條は話を続ける。
「確かにあの襲撃事件はでっち上げだった。でも、計画を主導したのは僕達ライダー。
青葉さんは半ば強引に付き合わされただけなんだ」
“どういうこと!?”
“さっきの話と全然違うんだけど!”
“落ち着いて、とりあえず最後まで聞きましょうよ!”
「それは、さっきの青葉さんの話にも出たけど、僕達はミラーワールドを閉じるために
この世界に来た。そのためには、みんなに僕達の英雄的思想をわかってもらって、
協力してもらう必要があったんだ。
……そう、“多くを助けるためにひとつを犠牲にする勇気”、だよ。
初めはみんなこの考えをわかってくれなかった。
だからあの二者択一の状況を作り出して、実際にそんな状況に陥った時、
どう動くべきかを知ってもらいたかったんだ」
'Tis grace has brought me safe thus far, And grace will lead me home.
(その恵みがここまで私を無事に導いて下さった だから恵みが私を家に導くだろう)
またしても聴衆の怒りが爆発する。
“何が英雄よ!この詐欺師!”
“最初から怪しいと思ってたのよ!やっぱりあんたなんか間違ってた!”
“それがどうして青葉さんを殺すことになるのよ!”
今度は東條に罵声と大小様々なゴミが投げつけられる。口を切り、目に当たり血が滴る。
それでも東條はマイクを手放さない。
「今ならわかる。僕達は間違ってた。
多くを救うために、ひとつを犠牲にする勇気なんて、間違ってる。
それは、僕が身をもって証明した。
大切な人を犠牲にできる者が英雄だと思ってたけど、できなかった。
ライダーバトルに勝ち残ることが真の英雄だと思ったけど、結局誰にも勝てなかった。
それが誤りだったことは間違いないよ。だって、ここに本当の英雄がいるから……!」
東條は身を引いて、青葉の姿を皆に見せた。戸惑う青葉に探照灯が当てられる。
「僕、気づいたんだ。英雄になるために何が足りなかったのか。
僕はいままで誰かを犠牲にすることしかしてこなかったけど、
自分を差し出すことは考えもしてなかった。でも、彼女はやってのけたんだ!
先生の教えもなかったのに、自分の意思で!」
「司令官……」
青葉の両の目から涙が伝う。
後方のパイプ椅子に座る香川と長門もじっと聞き入っている。
「そして、彼女は自らの犠牲を完璧なものにするために、大切な物を差し出した。
償いの証として!」
東條は足元に落ちているカメラの破片のひとつ取り、聴衆にかざした。
Yes,when this flesh and heart shall fail, And mortal life shall cease;
(そう。この体と心が滅び 死ぬべき命が終わる時)
「だから、僕も償いをしようと思う。みんなのためになる形で。
そう、悪いライダーをやっつける」
だが、再びブーイングの波が押し寄せる。
“今更どうしようってのよ!”
“悪党はあんたでしょうが!”
“また提督に戻れると思ったら大間違いよ!”
「ううん、まだ倒さなきゃいけないライダーがいるんだ」
そして、東條は上着の内ポケットから、すらりと“それ”を抜き取り、首の頚部に当て、
I shall possess, within the vail, A life of joy and peace.
(私は来世で得るだろう 喜びと平和の命を)
裂いた。
その場の時間が止まる。果物ナイフで切り裂かれた首から激しく出血し、
一番前の列にいた艦娘の顔や服を血に染めた。
彼女らが両手や服に降り掛かったそれを見て、現実を認識し、
「あ、あ……イヤアアアアァ!!」
悲鳴で時の流れが元に戻る。
瞬時に香川が白衣を脱ぎ、駆け出しながら長門に呼びかける。
長門はこめかみに指先を当て、緊急回線で救護班を呼ぶ。
「すぐに救護班を!私は彼に応急処置を!」
「……救護班!聞こえるか!?今すぐ本館前広場へ!東條が喉を裂いて自殺!
止血剤、リンゲル、あるだけ持ってくるんだ!」
パニックに陥る聴衆。皆が悲鳴を上げながら逃げ回る。
「嘘……どうして、なんでですか司令官!!
青葉、司令官に幸せになって欲しかったのに!」
悲痛な叫びを上げる青葉に笑顔を浮かべ、手を差し伸べる東條。
「馬鹿なことを!自殺で英雄になどなれるわけがないでしょう!!」
白衣を巻いて傷口に当てるが、すぐに血の赤に染まる。
「香川先生、次は僕……誰を……」
東條はそうつぶやくと、ゆっくり目を閉じ、伸ばした手を落とした。
「東條君?東條君!しっかりしなさい!」
「香川提督、救護班が来た!ここは狭すぎる、移動するぞ!
皆、身体の下にマットを敷け、慎重に運ぶぞ!1,2,3……今!」
長門が救護班に指示を出し、東條を担架に乗せてステージから下ろした。
そのまま開けっ放しの本館出入り口から医務室へ直行。
なおも出血は止まらない。時間との戦い。
彼の身体に電極が取り付けられるが、既に心拍数は平常値を下回っている。
「リンゲル静注!急いで!」
「駄目です、出血量が多くて間に合いません!」
「止血剤は!?」
「投与済みですが、効果が見られません!」
救護班が必死に処置を施しているが、頸動脈を傷つけたことによる出血はおびただしく、
止まる気配を見せない。心電図モニターが危険水準を示し、警告音を鳴らす。
だが、本来艦娘しかいない鎮守府に人間用の輸血用血液はない。
救護班の一人が叫ぶように呼びかける
「誰か、誰か輸血に協力してください!!香川提督、彼の血液型は!?」
「A型です!私はO型ですので、協力できます!」
看護婦が素早く香川の腕に輸液用チューブを差し、東條の身体と直結させる。
ゆっくりと香川の腕から、東條の腕に血液が流れていく。
「他に、他に誰かA型の方はいらっしゃいませんか!?」
駆けつけた真司や蓮もA型の血液を求めて回る。
「ねえ!誰かA型の人いない!?俺、B型だから駄目なんだよ!」
「俺もB型だ、他に誰かいないのか!」
「はぁ、しょうがないなぁ、面白いもん見せてもらったお礼……」
「待ってください!」
A型の北岡が輸血に協力しようとしたが、吾郎がそれを止めた。
「先生……もう、これ以上の無茶は止めてください!」
「何言ってるの!いくら悪人でも死ぬのを見過ごすなんて……」
「やめてください!!」
普段の彼からは考えられない吾郎の怒号に、飛鷹は一瞬怯える。
「俺も……俺もA型です!2人分取れば大丈夫です!」
吾郎も医療班の元へ駆けつけ、腕を差し出した。
飛鷹は北岡に何か聞こうとしたが、うまく口が開かなかった。
そんな彼女らを気にする余裕もない救護班が悲鳴に近い叫びを上げる。
「何をしてるの、早く傷を塞いで!!」
「駄目です!出血が酷くて上手く縫合できません!」
蓮が早足で治療現場に近寄り様子を見る。
確かにどれだけ大量のガーゼを当てても数秒で血まみれになる。
「……誰でもいい。工廠に行って手で扱えるバーナーを持って来い」
「えっ、それってまさか!」
「焼灼止血しかないだろう。この出血量ではいくら輸血しても焼け石に水だ」
ただし、焼灼による熱傷及びそれに伴う感染症のリスクはある。
あくまで“死ぬよりマシ”でしかない応急処置だ。
「急げ!もう時間がない!」
「はい!」
白衣を着た救護班が工廠へ走っていった。また心電図が警報音を鳴らす。
いつの間にか救護班に加わった蓮が次の指示を出す。
「心臓マッサージだ!少しでもいい、身体に血を回せ!」
「はい!」
救護班の艦娘が二本の指で心臓の位置を探り、両手のひらで規則正しく
何度も胸を押し始めた。わずかだが心電図が正常値に近づく。
その時、工廠に行った艦娘が飛び込んできた。
「バーナー、ありました!」
「あ、ありがとう……」
だが、さすがの救護班も全員が戸惑う。
これまで誰も焼灼止血などやったことがないのだ。
怪我をしても風呂に入ればそんなものは必要ないのだから。
業を煮やした蓮が手持ちバーナーをひったくる。
「全員、距離を取れ!」
「あなた、医療行為経験は!?」
「そんなもんあるか!だが、放っておけば出血が止まるのか!」
「それは……」
「行くぞ!」
ボウッ、ボオオオッ!
軽く、トリガーを2、3回引いて安定して炎が出ることを確認する。
そして、タイミングを測り、東條の首筋に当てられているガーゼを一気に取り除く。
再び大量出血が始まる。だが同時に蓮がバーナーで傷口をゆっくりと、
確実に焼き潰していく。すると出血の勢いが小さくなり、端から端まで傷口を焼くと、
出血が止まった。
「止血完了した。すぐに患部を冷やせ。消毒も忘れるな、感染症に注意しろ」
「わかりました!……香川提督、ありがとうございました。
これ以上血を抜くと危険です。ベッドでお休みになってください」
「そのようです……すみませんが、私はここまでです。
どうか、彼をよろしくお願いします」
若干頭のふらつく香川が輸液チューブを抜かれ、
傷口にガーゼを当てて離れたベッドに横になった。
「俺はまだ大丈夫です。身体だけは丈夫ですから」
吾郎はまだ顔色も良く、意識もはっきりしている。
「ありがとうございます……私の、生徒のために……」
「いいんです。きっと先生も、そう望んでたでしょうから」
見知らぬ者が見知らぬ者を助けるために団結する。“多くを救うためのひとつの犠牲”。
もしかしたら、私が唱えてきた英雄論そのものが間違っていたのかもしれません。
「心拍数、正常値に戻りました!」
「やったわ!もう大丈夫!」
「気を抜かないで、秋山提督の言うとおり、傷口の化膿に気をつけて。こまめに消毒を」
「はい!」
大出血さえ止まればその道のプロに任せればよく、その後の医療班の必死の治療で、
東條は一命を取り留めた。
──東條鎮守府 海岸
香川に車椅子を押され、体調が外出できるまでに回復した東條は、
海岸近くで海を眺めていた。そばには青葉もいる。
静かな波の音が響き、潮風が吹き付ける。マフラーを巻いた東條が一言つぶやいた。
「風が、気持ちいいね」
「はい……」
青葉はただそれだけの返事を返した。
「東條君。もう、何も心配することはありません。
英雄になることも、ミラーワールドを閉じることも、
君に多くを押し付けてしまいました。これからは君をミラーモンスターから守ります。
それが、私に出来る唯一の償いですから」
あの日。東條が危うく落としかけた命を拾った時、
香川はその場にいた真司に全てを託したのだ。
“待ってください、城戸君と言いましたね”
“ええ、俺っすけど、なんですか?”
“もう、我々はミラーワールド封印から手を引くことにしました。
香川鎮守府の執務室にあるデスクに全ての資料があります。持っていきなさい。
貴方なら、きっと最良の形で活かしてくれるでしょうから”
“いいんですか……俺、多分、あなたが言ってた英雄とは全然違う人間ですけど”
“だから、貴方にお願いしたいのです。誰かを犠牲に、ではなく全てを救う。
当然険しい道になるでしょう。ですが、貴方にそれを願う強い意志を見出しました。
お願いです。ミラーワールドがもたらす危険性、それを知った上で行動してください”
“……わかりました。あなた達の研究、絶対無駄にしません!”
「後は、彼らに任せましょう。東條君、君を追い詰めるものはもう何もありません。
いつまでここにいられるかはわかりませんが、せめて体をゆっくり休めてください」
「ありがとう、先生……」
歪んだ英雄像の妄執から解き放たれた東條の微笑みは、とても穏やかなものだった。
「そうですよ!青葉も新聞記者廃業しちゃって暇なんです。
司令官、話し相手になってくださいよぅ」
「君のことはみんな許すって言ってたじゃない。また新聞を書くといい」
「じゃあ、出会ったころのように、司令官達を密着取材しちゃいましょうかね!」
「ふふ、僕の闘病生活なんて面白くもないよ。
それこそ焼き芋の種火にされるのがオチだよ」
「あっ!それ結構気にしてるんですけど?」
「ハハハッ」
「もう、笑わないでください!」
「ふふっ……」
「香川提督まで~!」
「いや、すみません。ただ、この光景が微笑ましくて。
またこのメンバーが集まることなど思っても見なかったものですから」
「そういえば、佐野提督はどこに行ったんでしょう。あの日からお会いしてませんけど」
「彼はいつも忙しそうにしてたからね。また上手い儲け話でも見つけたんじゃないかな」
「あの人らしいですね……」
かもめが鳴き声を上げて一羽飛び立った。どこへ行くのだろう。
そんな取り留めもないことに思いを馳せながら、3人は海を眺めていた。
──赦しなさい、そうすればあなた方も赦される。
(ルカによる福音書6章37)
>オルタナティブ・ゼロ 香川英行 離脱
>仮面ライダータイガ 東條悟 棄権
「Amazing Grace」
作曲:不明
作詞:John Newton
各キャラの血液型は、役者さんの血液型を引用しました。
偶然の一致で物語とつながりました。