「ーーわたし、は」
選択肢がなかった。説明する暇がなかった。躊躇している場合ではなかった。余計な情報を与えるべき時期ではなかった。幾らでも言い訳は思いつく。いくらでも正当だと主張できる状況ではあった。だが。だからそれがなんだというのか。白紙の契約書にサインさせたも同然のことをしておいて。しかし。いまさらどんな顔をして言葉を尽くせばいいというのだ。提督となって戦うモノに未来はなく。その時点で止まり。その手に掴めたはずの。栄光の輝きが尊いほど能力は高く。全て使い尽くせばどうなるのか、全てが終わった後どうなるのか。まだ始まったばかりの戦禍の一角で。固く。シラヌイは固く口を食いしばり。
シラヌイの葛藤を誰もが見守る中、やがて促されるかのように。
契約書にサインされた。同意された内容を。喉から絞り出すように、語り始めて。語り続けて。語り終わり。その間。不知火が提督と呼び、指示を仰ぎ、結果的に騙す形になってしまったその人は。一切声を挟まず。全く疑問の声を挙げず。呼吸音すら聞こえないほどの静寂に包まれていて。疑問。騙していたのかという声がない。よくもやってくれたなという恨みの気配もない。分からない。分からなくなって。不知火は。恐ろしくて恐ろしくて見ることのできなかった提督の顔を。ずっと俯いて己の知りうる限りの限りを音にし尽くしてようやく。ようやく見上げて。それを見た。不知火は「ーーーえ」誰かが何かを言った気がしたが、シラヌイの耳にはなにも入っていなかった。嘘だ。なんで。こんなことが。そんなばかな。わたしは。わたしは。確かめた。確認した。確信したから。そんな。嘘。「大和ォぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」川内が普段あげないような大声で「提督っ…!」速い。当たり前だ。彼女は何もかも桁外れで。そうではない。そうではなくて。え。なんで。「不知火ほさっとしてんななのです!はやくおさえろぉ…っ!」電が茶化す余裕のなくなった声で混乱した頭でも体はすぐさま反応して不知火は右に「なんでなんでなんでなんで」抱きついて。抑えて「分かりません、分かりませんが」飛び出た【右腕】を「元に戻すしかありませんっ!」大和が捩じ込んで「…止まったか?」両足を縛り上げていた川内が訝しむようにしながらも無駄のない動きで手際よく提督を縛り上げていき、一番太い鉄柱に縛り付けていって。
「…提督は」
「違うはずです。いえ、間違いなく違います」
「てめぇwww俺らと戦争がしたいなのですかこのエセ忍者wwwww」
「…だが」
「だがもくそもねーんだよwww今すぐ死ぬか死んだままが良かったのか選べなのですwwww」
「…しかし」
「わたくしは。役目を果たすことの出来る事に恩義以上のものを感じています、…川内さんは?」
「…分かった。私も今はそれでいい」
状況が把握できないままに周囲が結論を固めていく光景に不知火は言い知れぬ恐怖を覚えた。なんだ。彼女たちは一体何のことを知っていて、どういう前提で口にしているのか。不知火には分からない。分かりたくない。だって。提督が。こんなにも。こんなにも。提督の。提督を見て。提督の髪は黒だった。黒。当たり前だ。一般的な日本人の男性は多少茶色がかかっているが基本的に黒色の髪の色を持っている。提督の肌は肌の色をしていた。当たり前だ。極東において黄色人種に分類分けされる日本人として当たり前のことだ。提督の眼は黒に近い茶色だ。当たり前だ。当たり前だ。当たり前なんだ。ああ。ああああ。なぜ。なんで。どうして。どうして!
ーー白い肌。白い髪。全身から感じられる禍々しい黒い。全てを塗りつぶすような。
これではまるで。それではまるで。違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。だから。全幅の信頼を寄せている不知火は。まず現実を否定し。否定できなくて己を否定し。否定できなくて。否定できなくて不知火は。否定できない自分の頭がおかしくなったのだと判断して。なんの迷いもなく連装砲を頭蓋にあてがい「真面目かwwwwなのです」蹴飛ばされて「…縛る」あっという間に拘束されて「ですが、これではっきりとしました」抱えられて「…私も」提督の方向に向けられて「ずっと気になってたのですwww島民は誰がどこにやっちまったのかをwwww」縛り上げられた提督をまるで護るように黒い靄が辺りに立ち込め始めて。怨嗟の声が聞こえる。悲鳴の音が響く。慟哭がごうごうと駆け抜けていって。
「やべーやべーとは思ってたなのですがwwここまでだとは思ってなかったのですwww」
「…でも、よく考えると私たちの自業自得?」
「あぁ、わたくしなんかもう裏返る寸前でしたから」
明日の朝食の献立はなににすればいいかくらいの気軽さで艤装を身に纏っていく彼女たちを見て呆けていたら「ほれ不知火wwよく見ろなのですwww」提督の周囲だけ、光が舞っている。時にハラハラと舞い。時にゴウゴウと吹き付けて。まるで吹雪のような。その光景は。とても神秘的で。でも。見ていてすぐ分かった。きっとあれは護っている。だから。違うのだ。「ほど「…もうほどいてある」」そして次々と顕れるそれ。倒すべきもの。忌まわしきもの。かつての海の底より来るものたちを。あの光が護ってくれている間に「…提督のことは気にしなくて良さそうだ」川内が「だからっつって当てんなよなのですwwww」電が「わたくしたちが出来うることを為すのみです」大和が私の方を見て。そうだ。私が。私が言わなくては「みなさ」雪「ん!行きまし」雪が「ょう!」吹雪になって。見えない。前も。後ろも。かろうじて。直ぐ側にある仲間が見え「ーーさ」その時点で皆動き出していて「散開しろぉおおお!」誰が言ったかわからない。分からなくても。これはーー?
「ーー最初で悪いが最終試験だ」
吹雪いている。雪がはらはらとつもり。風が鳴り。まるで生きているかのようなうねりが獣の遠吠えのように響いて。ふぶきお姉ちゃんと名乗った少女は、まるで凍りつくように黒く黒く身を染めていき、あっという間にどちらなのかよくわからないものになって。見えない。直ぐ側に居るプリンツオイゲンは見える。視界に入る。その他は「なにも見えないけどーー見えるっ…そこぉ!」ぐしゃあ「とりあえず撃てば当たるんですよ!」どかーんどかーん「クソ本当にふざけんなお前が引き当てたあいつらもこいつらもなんなんだ」やや気勢が削がれたような顔をして「まぁいい」白く。白く。景色を染めて「どうだ?分かるか?」主語も述語のかかりもないそれに反応できず「分からんか」はぁ。と白くため息を吐いて「まぁ、おねえちゃんは優しいからな」あおじろくなっていく。肌が。蒼白になって「お前に」両足が「死ぬまでは付き合ってやろう…!」水中を進むのに最適な姿を取ったと同時「ーー来ます!アドミラール!」気がつくとプリンツに抱きかかえられて「合流を優先しろ!」敵と味方に別れた砲撃が「はははッ…! さぁ、お勉強の時間だ」戦闘の開始を告げていた。
南西の風と名乗る少女は焦っていた。
(…敵の数が多すぎる!)
手刀で首を撥ね、足刀で四肢を刈り取り、その類まれなる身体能力を駆使した大技を繰り出して次々と敵性個体を撃破するという八面六臂の活躍をしているものの一向にその数が減る様子がない。武器弾薬は一切使用しない。どうせ効きはしないのだ。矮小な体躯の重心をコントロールしながら推進剤にするぐらいしか価値がない。だから一撃必殺。一撃必倒を心掛けてはいるものの。割と頻繁に敵群体の壁に押しつぶされそうになって「よんじゅうろくせんちほうちゃんだぶるぶーすとなっくるぅぅぅうううう!」ると若干不貞腐れた顔をした明石が不思議な援護をしてくれるのでなんとか保っているが時間の問題だ。個人戦なら敗ける気はしない南西の風だが、押し潰すように迫られると途端に弱くなる。リーチが足りない。近接戦闘以外有効な手段を持たないとこんなに不便だとは思っても見なかった。武器が必要だ。敵を薙ぎ払えるような。一端でも仕切り直しが出来るような。砲ではダメだ。私の力を載せることのできない鉛玉ではかすり傷がせいぜい。獲物。獲物が必要だ。それも特殊な。下がる。明石のところまで「…(ギロリ)」ああっ、怒ってる!とってもとっても怒ってる!こわいよぉ…。状況が突発的に変化したため、なし崩し的になぁなぁで即席の前衛後衛の編成を組んだが。だからといって。それはそれ。状況には対応しますが流れ弾に当たっても後悔しないでね(はぁと)という文字列が明石の背後に見える気がする。これはまずい。いやでも爆弾に等しい危険物に触ろうとした彼女を止めた私の手段は。手段はともかく結果は褒められてしかるべき!そう。そうだよ!そう「…(あぁん?!)」じゃないですねあたま踏んづけたんだから謝りましょうそうしましょう「あたまふんづけてごめんなさい」素直に謝った「よろしい」許し「と言うとでもおもったかぁああああああ」てもらえなかった「に”ゃ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」ぐりぐりだ!あたまぐりぐりの刑に処されてる!いたいぃいいいいいい「ごめんさない!ごめんなさいぃぃぃいいいいいい!」けんけんがくがくぎゃあぎゃあやいのやいのとした末に「許してあげます」ゆるしてもらえました「で、武器ですね」下がってきた理由も分かっていたようで「南西の風ちゃんもどうやら使えるようになってるみたいなので」ごそごそと「はい」と手渡されるそれ「手甲足甲?」リーチの問題は「内部のボタンを押すとヒュッと伸びて手の動きに合わせてガシッと掴んでーー」足にも同じ機能が付いていたことから考えるとこれは蜘蛛のようで「機動性の拡張を目的としたーー」足にも付いてる。ハリウッドヒーローみたいに曲芸でもしろって?と皮肉ってやろうとしたが。明石はにっこりと「できるでしょ?」できるでしょじゃないんだけど笑顔の威圧感が凄すぎて逆らえそうにない「うー…」うなる以外ない。ちょっと涙目で上目遣いをしてみる「う”っ」効果は抜群だ「ごほんごほん。いいですか南西の風ちゃん?」時間もないですし手短に言いますと。と前置きして
「私の経験からすると。視界も電探も役に立たない戦いを強いられることになります」
「それ。敵味方識別双方向発信装置が付いてるので方角と距離は分かるようになってます」
「なんで殲滅するまで戦闘続行です」
「これが。どこから沸いてきたのかは分かりませんが…」
あぁさっそく来ましたか。どこか諦観を含んだ明石の声。轟と。大気を薙ぎ払う音がして。ごうごうと。いつしかそれはびゅうびゅうと鳴り。白い。雪がーー。吹雪。途端に見えなくなって「まぁこういうことです」装填する音がする。同時に。雪化粧を施された黒い黒い深きそれらが次々と奇声を。違う。歓喜の声を。喜んでいる。不味い。何かわからないけれどもこれは不味い。だけど。なんだろう。見えない筈なのに。見える。はっきりと。分かる。いける。走る。疾走る。地に覇を唱える流星となって「なにも見えないけどーー見えるっ…そこぉ!」ぐしゃあと。確かな手応え。そこを踏み台に手を伸ばす。文字通り。掴んで。飛ぶ。急激なGが掛かりその勢いのまま次々と「とりあえず撃てば当たるんですよ!」どかーんどかーんと。後ろから音がして。通り過ぎた後を耕すように次々と。一瞬でも立ち止まって戦闘行為をすれば同じように耕されるような速度で。え。嘘。待って舞って間を縫って。涙目になりながら追い立てられるように。
「明石のバカバカバカバカバカーーーーーー!」
「砲撃の音で何も聞こえませんねぇ…?」
やっぱりまだ怒っていた明石は、悪態を付ける余裕がある様子を見て。もう少し追い詰めても大丈夫かな?と思い密度と速度を倍増するのであった。
明石「まだ許しません」